6:Beistand ―助勢― 「エドの言うとおりだ。君を放ってなんておけない」 それは、今フリーデリカが一番会いたくない者の声だった。 「オルフェ!?」 エドヴァルドが声の主の名前を呼んだことで、彼女の勘違いではないと証明されてしまった。 全身が強張って、思うように振り返れない。 「……オル、フェ様……!」 ようやく振り返ればそこには、紛うことなき、オルフェレウスの姿。 こんな部屋にいてもなお、彼の姿はまるで、神話に出てくる神のように神々しく輝いていた。 その光が眩しくて、焼き尽くされてしまいそうで。 嘘をついたことへの後ろめたさと、こんな状況を見られたという惨めさ。 そして、情けなく感情を露にする自分を見られたことへの恥ずかしさで。 フリーデリカは、彼の姿を直視することができなかった。 「エド、約束の時間はとっくに過ぎているぞ?」 「おまっ……よくあの塀、越えてこられたな……」 これが、エドヴァルドの素直な感想だった。 物理的な問題も勿論含めていたが、どちらかといえば彼が、 女子寮に忍び込むことを、彼自身に容認したことの方に驚いていた。 「お前ができることだ。私もできなくてどうする?」 「……ったく……」 エドヴァルドは思わず苦笑してしまった。 全く、恋の力というのは偉大なものだ、と。 そんな二人の様子を眺めながら、フリーデリカは困惑を隠せないでいた。 どうして、彼らはこんなことをするのだろう、と。 急に体調を崩してパーティーに出席できない、それでいいではないか。 こんな女一人、放っておけばいいではないか、と。 自分に構ったところで、彼らには何の得も無いはずなのに。 「……どうして……?どうして、事を大きくしようとするのですか? お二人に、何の……得があるのですか……?」 救われることを望みながらも、救いの手に怯える、小さき者がそこにはいた。 そのときのフリーデリカの様子は、自分にそっくりだと、エドヴァルドは思った。 関心が無いフリをすれば、誰も傷つけず、自分も傷つかずに済む。 期待しなければ、失うものはなく、望みが断たれることもない。 虚勢を張るのは、弱い自分に気付かれないために。 そんなもの、ただの逃げでしかない。 それを、彼は身をもって知っていた。 だからこそ、余計に放っておけなくなってしまったのだ。 怒りにも、使命感にも似た感情が、彼自身に溢れてくる。 「どうして?……俺は、最初からお前に文句を言いに来たんだ。 あんっっな寒い中待たされて、挙句の果てに、あんなあっさりと約束破りやがって、てな。 ……けど、今は違う。寒かったとか、約束破ったとか、そんなことに文句を言いたいんじゃない」 「エド……?」 オルフェレウスは怪訝な顔でエドヴァルドを見やる。 その緑に燃える瞳は、常にも増した彼の激情を、どんなものよりも確かに表していた。 「お前さー……俺らのこと信用してないだろ」 「エド!?何を……」 「オルフェは黙ってろ……エリカ、こんな状況を見られても、お前は俺に嘘をついた。 いや、きっとこのままだったら教師や寮監にも『ただの空き巣』って報告したんだろ?」 「…………」 フリーデリカは答えられなかった。 確かに彼がいなければ、生徒達が出払った頃を見計らい、彼女は簡単に報告を済ませるはずだった。 寮生の犯行だと言ったところで、信じてもらえる可能性は絶対ではなかったし、 面倒なだけ……いや、信じてもらう努力をするだけ無駄だと思ったのだ。 エドヴァルドの言うとおり、彼女は、誰も、何も、信じてはいなかったから。 養父母へ報告されるのもそう。 面倒だと思いこむことで、心配してもらえなかったら、という恐怖から逃げていた。 彼女は、彼らでさえも信じ切ることができなかったのだ。 「俺。オルフェ。ナオジ。それに、カミユとルーイ……俺達は、なんだ? 俺達は、何のために、ここにいるんだ?」 「……シュトラール、は……この学園都市の、市政を担う方々、です……」 「そうだ。そしてお前は、俺達の『仲間』だ……お前がそうは思っていなくても、な」 「……っ!」 「……それでも、俺達は、お前を仲間だと思ってる。ちゃんと……思ってる。 だから、逃げるなよ。お前が先に逃げたら、誰かが待ってたって、わかんねーだろ?」 「…………」 「なあ、エリカ?俺達が、俺達の仲間を心配するのは、罪深いことか? お前が誰かに助けを求めるのは、そんなに悪いことなのか?……違うだろ? それは、お前だって、わかってるはずだ」 「…………」 「もし、今までのどの言葉もお前に届いてないなら、これだけでいい。 こいつは……オルフェは、お前を裏切らねーよ。絶対に。 ……オルフェ、後はお前がなんとかしろっ!」 そう言うと、エドヴァルドは再び、バルコニーから木へと飛び移り、フリーデリカ達の視界から消えた。 後に残されたオルフェレウスは、途方に暮れる。 こんな気まずい空気にしておいて、何が『後はお前がなんとかしろ』だ。 彼にしてみれば、腹立たしいのはこんな状況にしたエドヴァルドだ。 彼の言い分はわからないでもないが、一方的すぎはしないか、とオルフェレウスは思う。 ふと、彼女に視線を戻して、驚いた。 彼女は、その大きな瞳いっぱいに涙を溜め、それでも涙は流すまいと唇を噛み締めていた。 まるで、親に叱られた幼子のように。 それは、普段の冷静沈着な彼女からは想像できない姿だった。 その姿を見た瞬間。 彼女がどう思うかとか、淑女への礼儀だとか、節度だとか。 そういった理性と言われるようなものは、吹き飛んでしまって。 オルフェレウスは、彼女をその腕で抱きしめていた。 それでも、彼女は肩を震わせながら、涙を流すまい、流すまいとじっと耐えているのであった。 「……エリカ君。君を助けたいと思う気持ちは、君にとって迷惑なだけだろうか?」 どれくらいそうしていただろうか。 ようやくフリーデリカが落ち着いた頃、オルフェレウスは腕の中の彼女に向かって静かに問いかけた。 「……そんな、ことは……」 「エドはあんな言い方をしていたが、彼も君を心配している。 君は優しい。優しすぎて、誰にも頼ろうとしてくれない。それが、歯がゆくて仕方ない。 君に、もっと頼られたいのに……」 「……オルフェ様……」 オルフェレウスの視線を直視することが出来ず、フリーデリカは思わず俯いてしまうのだった。 |