7:Schneeschmelze ―雪どけ― 何はともあれ、フリーデリカはパーティーへ出席するための格好を整えねばならなかった。 既製品では、彼女の身体に合うドレスが見つからず、いくつかの店をはしごする羽目になり。 ようやく全ての買い物を終えた頃には、ダンスが始まるまでほとんど時間が残っていなかった。 オルフェレウスは、急いでくれるよう運転手に頼み、彼女と二人、後部座席に座り込む。 車中、憂いを含んだフリーデリカの横顔を見れば、オルフェレウスとて心が痛まないではなかった。 エドヴァルドの推測が正しければ、犯人がクリスマスパーティーに出席している可能性は高い。 オルフェレウスには、犯人の目的がわからないでいたが、あれだけのことをする人間だ。 大勢の人間がいるとはいえ……いや、大勢の人間がいるからこそ、 それらに紛れ、何か行動を起してくるかもしれない。 そんな場所に、わざわざ彼女を連れ出すのか、と非難されれば、反論はできない。 だが、こんな精神状態の彼女を一人、あの部屋に残しておくことなど、彼にはできなかった。 それが、身勝手な行為だと罵られても。 「落ち着かない……だろうな」 「申し訳ありません……」 「君が謝ることはない。……むしろ、今更ながらに、 君の意向を無視してしまったことを、後悔している」 オルフェレウスがそう言って目を伏せれば、フリーデリカは敏感な反応を示した。 「いいえ、いいえっ!……どうしてオルフェ様が、謝るのですか? どうして、私に謝らせてくださらないのですか?」 「君は、何も悪い事をしていない。だから、君が私達に謝る必要もない」 常にはない様子で取り乱す彼女に、彼は努めて落ち着いて諭す。 だが、彼女はまだ納得していなかった。 彼も、それには気付いていたから、言葉は慎重に選び、伝える。 「……オルフェ様?先ほどのエドヴァルド様のご指摘を、冗談とお思いですか? あれは、全て本当のことです……それなのに、こんな女を……」 何故彼女が、それほど頑なに人を拒むのか、彼にはわからない。 そしてそれを知るのは、容易ではなさそうだ。 けれども、彼にはもう、彼女を放っておくことはできなくなっていた。 「君が……エドが言っていたように、本当に私達を信じていないのだとしても。 私は、君を信じている」 「…………え?」 「君が、君自身をどれだけ信じられなくても、どれだけ貶めたとしても。 私は、君を信じている」 「そんっ……どうして……っ?」 「エリカ君。人に信じてもらうのは、簡単なことではない。 それでも私は君に、信じてもらいたい。だから、君を信じる」 オルフェレウスにそう言われ、フリーデリカは、言葉を失ってしまった。 もうずっと以前から、彼女の心を占めていたのは、もう顔も名前も思い出せない兄の存在だけ。 それは、本当の理解者は、味方は、彼だけだと。 信じることができるのは彼だと、彼以外にはいらないと、思ってしまった、その時から。 それなのに。 それなのに。 「……ぅっく…………っふ……」 エドヴァルドの言葉が、胸に刺さったまま、取れない。 オルフェレウスの切ない表情が、胸を締め付ける。 ずっと堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。 それが、嬉し涙かと問われれば、フリーデリカは答えられなかっただろう。 彼女は、混乱していた。 彼らの言葉が、確かに、激しく、彼女の心を揺さぶったから。 けれども、芽生えたその感情を、彼女はまだ持て余していたのだった。 だから、涙を溢れさす以外、その時に彼女ができることはなかったのだ。 彼女が弱みを見せたところを、オルフェレウスは見たことがなかった。 普段から、エドヴァルドに突っかかるとき以外には、感情を露にしない。 淑女としては、実に模範的だったが、近寄りがたい雰囲気は否めなかった。 彼は、そこに、彼女との距離を感じていた。 先ほども、あんなに泣いてしまいそうだったのに、彼女は一粒の涙もこぼさなかった。 それなのに、今はどうだろう。 「まだ……信じてくれとは言わない。都合のいいように利用してくれたって構わない」 彼は願う。 彼女がどうか、救われるように。 彼女がどうか、幸せになれるように。 「……それでも私は君に、手を差し伸べるから」 その言葉に、フリーデリカは涙を流しながら、小さく頷いたのだった。 |