蜂蜜とパンケーキ






悪いね、名も知らぬ花よ、草よ。

せめて、君たちの上に敷く布は、薄手の軽いものを選んだから。

そう、布を一枚だけ敷いて、その上に座るのもたったの二人。

大人数で踏み荒らそうなんて考えちゃいない。

大人しく、大人しくしているから。

少しの間だけ、我慢していてくれよ。



「……なーんか、蜂が多いな……オイ、刺されたりすんじゃねーぞ」


「エド様、そればかりは、蜂のご機嫌次第というものです」


「だってほら、お前ってイイ匂いするからさ、心配になるだろ?」


「……それを言うなら、エド様の赤い髪を花と間違えてしまうのでは……?」


「げっ、マジ?」



やあ、働きものの蜂たちよ。

今日は君たちの職場にお邪魔するから。

まぁまぁ、テキトーに休んでいてくれたまえ。

なーに、今日くらい休んだって大丈夫。

だってこんなにも、花は力強く、遥か遠くまで咲いているのだから。



「あいつらが集めた蜜が、俺たちの食卓に乗ってるわけか……」


「可哀想、ですか?」


「いや。可愛くてうまいものを作ってくれる、最高にイイ奴らだなー!……と思ったんだ」


「ぷっ……なんですか、それ……」



白磁のカップに注がれるのは、陽光を溶かし込んだカモミールティー。

ぬるめだけれど、気にはしない。

おっと、悪いけどこれは誰にも飲ませてやらない。

大事な人が注いでくれたものだから。



「笑いすぎだろ、エリカー?」


「すみません、エド様……だって、あんまり可愛らしいことを仰るから……」


「……拗ねるぞ、お前……」



白くてまあるいお皿には、きつね色に焼けたパンケーキを。

お一つどうぞ。

こちらのお皿にもお一つどうぞ。

お二つどうぞ。

こちらのお皿にもお二つどうぞ。

余った一つは、半分こ。



「おっ!噂をすれば蜂蜜じゃねーか!」

「はい。エド様には透視能力がお有りなのかと思ってしまいました」



パンケーキには、琥珀色の蜂蜜を上からたっぷりかけて。

パンケーキの上に注がれた蜂蜜が、ゆっくり広がってお皿に零れ落ちるまで。

そうして、蜂蜜が動かなくなって、じんわりとパンケーキに染み込んだら。

ナイフをどうぞ。

フォークをどうぞ。

さあ、召し上がれ。



「エド様、来年は、今年よりもたくさん来ましょうねっ!」


「え……」


「?……エド様?」


「い、いや!わりーわりー、その、なんつーか……」


「あ……そ、うですよね……来年のことなんて、わかりませんものね……」


「ち、違っ!そうじゃねーんだ!!……その、嬉しいぜ、そんな風に言ってくれて。

 だから……その、なんつったら良いかわかんなくなっちまって……」



聞こえたかい?

花よ、草よ、働きものの蜂たちよ。

彼女は、もう次の花咲く季節に想いを馳せてくれている。

卒業した後も、俺の傍らにいる自身を、彼女は描いている。

それを、幸せなこととして、彼女が望んでくれている。



「それじゃあ来年は、今年よりもたくさん来ましょうね?」


「おう!当たり前だろ!!」



これが、どんなに幸せなことか、お前たちにはわからないだろう。

そうきっと、当の彼女でさえ、俺がどれほど幸せか、なんてわからないだろう。


誰にもわかりはしない。


何気ない彼女の一言が、どれほど甘いかなんて。


それが、どれほどゆっくりと染み込んで、心を溶かすかなんて。





それは、俺以外じゃ、蜂蜜たっぷりのパンケーキぐらいにしかわからない。









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甘い媚薬。







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2009.01.04