「よく頑張ったね、アンジェ」 いつものように、彼女の頑張りを称え、頭を撫でてあげる。 くすぐったそうな君の無邪気な笑顔は、この世界で何よりも素晴らしいと思える。 陽だまり邸へと帰る道すがら、アンジェリークと碑文の森に立ち寄った。 タナトスの気配もなく、夕暮れに染まる森は、まるでその一瞬だけ秋を迎えたようだ。 俺は、足場の悪い道を、アンジェリークの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。 彼女は、人の女の子としては標準サイズなのだろうけれど、俺と比べると随分小さく感じてしまう。 「ジェイドさんって本当に大きいですよね」 「うん。でも、君を護るためには丁度いいくらいだよ」 そう、俺の身体は大きい。 アンジェリークなんて、腕の中に閉じ込めれば、すっぽりと隠れてしまう。 それは、抱き合うというより、親鳥が卵を抱いている様子に似ているのかもしれない。 時々無性に、彼女を抱きしめたいという衝動に駆られてしまうのだけれど。 そういう時は、ぐっと我慢する。 もし衝動的に抱きしめて、自分の鋼鉄の腕が彼女を押しつぶしてしまったらどうしようと、怖くなってしまうから。 「んー……でも……」 彼女はそのまま考え込んでしまった。 花びらのような唇に人差し指をあてている姿は、どこかの街で見かけた天使の絵よりも、微笑ましくて、可愛らしくて。 時間を忘れて見入ってしまいそうだ。 「あっ♪」 何か答えを見つけたのだろう。 ぱちんと両手を合わせると、アンジェリークは、道から少し外れて森の奥へ行こうとする。 「アンジェ……?道を外れちゃうけど……」 「ジェイドさん、こっちですよー!」 どこまで行くのかと思えば、ほんの十数メートル行ったところで、彼女は俺に向かって手を振っている。 なんだかとっても楽しそうだったから、一体何があるのだろうと、楽しみになってしまう。 けれど、そこにあるのは細い木の切り株がひとつ。 一休みしたかったのだろうか、とも思ったのだが、彼女だけが腰掛けるのだとしても、小さすぎる。 おもむろに彼女がその切り株に足をかけたので、転ばないよう手を貸してあげた。 「ほら、これに登ったら、ジェイドさんとおんなじくらいの身長ですよ」 言われてみれば、いつもは俺の肩よりもずっと下にある彼女の笑顔が、すぐ近くにある。 それだけで、嬉しくて。 ああ、俺は、この笑顔を守るためにここにいるんだな、と改めて強く思う。 彼女の、ペリドットのように明るい澄んだ緑の光を放つ瞳が、俺の瞳と同じ高さで瞬いている。 と。 「?……アンジェ、遊んでいるのかい?前が見えな……っ!?」 彼女の小さな手で目隠しをされたと思った次の瞬間。 唇に触れた柔らかい何か。 『それ』は、あっという間に離れてしまったけれど、目隠しはそのままだ。 その小さな手をそっと外すと、そこには、耳まで真っ赤になったアンジェリークの姿。 「アン……ジェ?今の、は……」 「おまじない、ですっ!」 そうか、おまじないなのか。 確かに、なんだか幸せな気分だ。 では、彼女を直視できないのは何故だろう。 思考回路がショートしてしまいそうなほど、身体が熱いのは、何故? アンジェリークは、頬を薄紅色に染めたまま、切り株から飛び降りた。 いつもの距離に戻ったはずなのに、近いのか遠いのか、判断できない。 それは、なんの距離? 「ジェイドさん?」 「アンジェ……俺は、おかしくなってしまったんだろうか?」 「ジェイド……さん……?」 彼女を抱きしめたいという思いでいっぱいだ。 俺の視界を全て彼女で埋めることができたら、どんなに幸せだろうか、と。 だからこそ、彼女を直視できない。 だって、こんな状態のまま彼女を見つめてしまったら、制御不能になってしまいそうだ。 目が合わせられないのは 正常な判断ができなくなってしまうから。 陽だまり邸まで君を護るためにも、ほんの少しの間、許して欲しい。 -------------------------------- 俺から君を護るため。 |