おかしい。
どう考えてもおかしすぎる。
自分は確かに言われたとおりの道を通ったはずなのに。
ちゃんと地図まで貰ったというのに。
まさか自分が方向音痴などと馬鹿げたことがあるはずが……
ある……はずが……
「(…………)」
途方にくれる少女がここに一人。
いくら見回したところで、慣れた景色になど変わるはずはなく。
もはや、来た道を戻ろうにも、それすら覚えていない。
西の空は最後の余韻を惜しむかのように明るい橙色に染まっているが、灯りは欲しい時間帯である。
「よう、ねーちゃん!どうしたー!?」
どう見ても。
明らかに。
というか、雰囲気からして酒くさい男達が近寄ってきた。
しかもまだまだ明るいというのに、どいつもこいつもべろべろである。
こういう輩には関わらないのが一番なのだが、あいにくと関わりたくなくても関わってくるから性質が悪いのであって。
「な、なんでも……」
2、3歩後ずさると背中に何かの感触。
まさかと思い振り向くと、やはりそこには一人の男。
輝の顔から一気に血の気が引く。
しかし。
「お前ら、酒盛りはあっちでやってくれねぇか?」
思いがけぬ一言。
「ぁあん?……あ゛……さ、左之……さん。」
急に腰の低くなる男たち。
格上の登場といったところか。
ついでに酔いも醒めたのか、口が良く回っている。
「……あ、ィヤ……す、スンマセンー。イヤ左之さんの女だって知ってたら声なんてかけなかったんですがねー…」
「そ、それじゃ!!!」
我先にと、転がるように散っていく男たちの背中を見送りながら、左之と言われた男は輝に向き直る。
「こんなとこで何してやがんでぇ?これからの時間帯はあんたみたいなのが来る場所じゃねぇぞ。」
そうは言われても。
迷ってしまったものは仕方がないのである。
輝が何も言えずにいると、
「なんでぇ、もしかして……迷子か?」
「ま、迷子なんかじゃありません!!!」
思わず、大声を出してしまった。
こういうのを墓穴を掘るというのだ。
案の定、ばれてしまい、鼻で笑われてから。
「なんだ、それならそう言え。どこだ?送ってってやるから……」
ぽんぽん、と頭を叩かれる。
どう見ても、子供をなだめるその仕草に輝は閉口してしまう。
見上げると人の良さそうな笑顔があった。
---いい?知らない人に声をかけられても、それがいい人そうでも、簡単について行っちゃダメよ?---
……薫さん、この場合は……?
「あ、あの……えっと……」
さらに何を言っていいかわからなくなってしまった。
気分を害してしまったら売られるかもしれない、そんな考えがふとよぎった。
「え……っと……」
恐怖で泣きたくなってきた。
「……なんでぇ……まさかワケありなのか?」
ふるふると首を横に振る。
「じゃあ……オレに信用がないってことか?」
当りです、などとは口が裂けてもいえない。
しかし、そのまま押し黙ってしまったので、またしてもばれたようで。
「……なら地図書いてやっからよ……それならいいんだろ?」
「は、はい。」
言ってから、慌てて口を押える。
思わず返事をしてしまった。
「……まあ、いいがな……」
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悪いことをしてしまったという感に苛まれながらも、輝は嬉々とした表情で地図に書かれたとおりの道を歩く。
もう少しで着くことを思えば、多少の暗さなどさして気にならない。
周りの家々にはぽつぽつと明かりが燈り始めている。
「ここから4件目……」
1、2、3……
4……件、目……?
っておかしいだろうが、自分ー!!
律儀に数え終わってから、ようやく気付く。
神谷道場は長屋にはない。
したがって、長屋の4件目というのは明らかにおかしいのであって。
……今更後悔したところで、時既に遅し。
「なんだ、本当に来たのか……」
先ほどの男が、苦笑して立っていた。
家から出てきたところを見ると、どうやら男の家のようである。
「危ねぇなー……オレじゃなかったら本当にどうなってたか……」
がりがりと頭をかいてから、一つ大きなあくびをして。
「しゃぁねぇな。ホラ、送ってってやるから」
くっ、と手をつかまれ軽く引かれる。
大きな手だった。
慌てて放そうとしたが、力では到底叶わない。
輝の様子を見て、男はまた苦い笑みを浮かべた。
「オレの名前は、左之助。相楽左之助。お前の名前は?」
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