初見







初めて彼女に会った日のことは、この年になっても覚えている。

それは、とてもとても強烈な印象だったから。

もしかしたら、夢見た内容が記憶として刷り変えられているのかもしれないが。

それでも、きっと全てが夢のはずがない。

その夢を創り出すのは自分の記憶なのだから。




その日は雪が全てとけきってしまった、しかしまだ肌寒い日だった。

同じ家にいながら普段は顔を合わさない継母もいた。

父親と自分と姉達、使用人は執事のみだった。

そして、見たことのない男と女と幼女。

一体何が始まるのか、エドヴァルドはわからなくてどきどきしていた。


もしかしたら、自分が皆と違う髪の毛の色なので、この女の子と交換されるのだろうか。


そんなことすら頭をよぎる。

しかし、女の子の髪の毛の色も自分と同じで赤い。

女の子は女性のスカートの端をがっちりと握り、後ろからこちらの方を恐々覗いていた。


大人たちは何か難しいことを話していて、姉達もわかった風に状況を見守っていた。

わからなかったのは、きっと自分とあの子だけだろう。


小さくてやせっぽちな女の子だった。

肌の色は青白く、子供ながらに不健康そうだと思ったことをエドヴァルドは覚えている。


不安でたまらなそうにしているから、なんとか笑わせてあげたくて。

変な顔をしてみたり、ポケットからキャンディを取り出して

「後であげるから」とジェスチャーを送ったりした。



「エド、この子は今日からこの家に住むのだ。お前の妹だぞ」



父親が初めて女の子のことを紹介してくれた。




妹。




姉がいて、自分がいるのだとエドヴァルドは思っていた。

だから、兄弟というものは年が離れていて当然だと。

自分より小さな兄弟が、というよりは姉以外の兄弟が存在するなど、

エドヴァルドにとってはとてつもない衝撃だった。

しかも、自分と同じ赤毛に碧色の瞳をしている。

大きくてぱっちりとした深い緑色のその瞳は、

まるで継母がしていたエメラルドのネックレスのようだとエドヴァルドは思った。

女の子は女性のスカートから引き剥がされ、「あなたのお兄様とお姉さま方よ」と前に押し出された。



「よろしくね」



このあたりは、エドヴァルドはなぜかぼんやりとしか思い出せないのだが、

姉達は思い思いの自己紹介を済ませ、簡潔に歓迎の言葉をかけていたと思う。

彼女達にとっては、既にエドヴァルドという腹違いの弟がいたのだから、

天地がひっくり返るほどの衝撃ではなかったのかもしれない。

だが、彼にとってはそうではなかった。

あまりの出来事に胸がどきどきして何も言えずにいた。

しばらく無言でそうしていたせいだろう。

女の子の瞳が不安そうに揺れ始め、今にも泣き出しそうに肩が震えだした。




泣かせたいわけじゃない。

泣かせてはいけない。


妹なんだ。

自分の。




エドヴァルドには、今まで守らなければならない者などいなかった。

母親は遠く遥かな空へ還ってしまったし、姉達はエドヴァルドよりも強い。

そう、姉達はなんでも上手にこなすことができ、髪の毛も継母と同じ金髪か父親と同じ栗毛だった。

だが、この子はどうだろう、と。

自分一人に見放されたと思うだけで、不安で涙を浮かべているのだ。

しかも、自分と同じ赤毛で。

彼はこの赤毛を鏡で映して見るたびに、自分はこの家で仲間はずれなのだと思い、ため息が零れるのだった。

ようやくできた仲間だった。

一人ではないと思った……だから。



守らなければ。



エドヴァルドはつかつかと女の子に歩み寄ると、小さな両の手で熱くなった女の子の頬を挟み込み、

自分と同じ輝きを放つ瞳を覗き込んだ。

女の子は大きな瞳をさらに大きく見開いている。

涙は驚きで引っ込んでしまったようだ。


「はじめまして。今日からボクが、おにいさまだよ。

 ずっとキミのそばにいてあげるから。泣かなくても大丈夫だよ」


にっこり笑って、女の子の額にやわらかな唇を落とした。

それは母親がいたときにはいつもしてくれた、不安の消えるおまじないだとエドヴァルドは思っていた。

父親も時々してくれた。

姉達もしてくれたような気がする。

ただ、残念ながら、継母にしてもらったことは一度もないのだけれど。

女の子も最初はきょとんとしていたけれど、最後にキャンディをあげたら嬉しそうににっこりと笑ったのだ。

それなのに。

大人たちはそれぞれが胸中複雑そうにこの光景を眺めていた。












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2008.12.08