シロ 狩野川のシロ
昭和三十三年、静岡県伊豆半島を直撃した大型の台風(狩野川台風)は、伊豆地方に甚大な被害を与えました。七人家族の内たった一人だけ生き残った少年は、自分を救ってくれた漁師さんから、実は一匹の犬が命の恩人だったことを聞かされます。
絵 ・ 文  ら ん だ な お

狩野川のシロ

  緑豊かな山あいの古い旅館に、和男さんという名の板前さんが働いています。

ある日、朝の仕事を終えた和男さんが帰り道の公園を歩いていると、茂みの中から「クーン、クーン」とかすかな鳴き声が聞こえました。

見ると、段ボール箱の中に子犬が二匹、体を寄せ合い震えているではありませんか。

 思わず子犬を抱き上げる和男さんに、二匹はすがりつくように上着の中にもぐり込みました。

でも、住まいの寮では犬は飼えそうにありません。(仕方がない)和男さんは、一度は子犬を箱に戻そうとしました。

 ところが、脇の下まで入り込んだ二匹は安心したように目をつむっています。

 そんな寝顔に、和男さんはどうしても子犬を置き去りにできなくなって、とうとう二匹とも抱いたまま寮に帰ってしまいました。

捨て犬を見つけた和男さん

いつもなら昼休みにはひと眠りする和男さんも、今日は連れ帰った子犬を見るのが楽しくて眠れません。

 実は和男さんは動物が大好きで、子供のころに一度だけ犬を飼ったことがありました。

「シロ、、、」和男さんはつぶやきました。

シロは昔、突然目の前に現れて、いつの間にか家族の一員となり、やがて消えてしまった犬でした。

 和男さんは、そのことを胸の奥に秘めたまま、忘れてしまっていたのです。

二匹の子犬は、その後一匹がもらわれて行き、残された一匹は一層和男さん夫婦になつきました。

 でも、早く新しい飼い主を探さないと、子犬の命は救えないかもしれません。

 心配でたまらない和男さんの胸に、再び過去の日のシロがよみがえりました。

「シロ、ごめんよ。お前のことを、ずっと忘れていて。もしかしたら帰って来てくれたのかい」

和男さんの目にうっすらと涙がにじむのを、奥さんは見逃しませんでした。

そして、「私も昔、犬を飼ったことがあるの。この子みたいに可愛い犬だった」と言いました。

和男さんは黙って子犬の頭をなでていましたが、やがてポツリ、ポツリとシロのことをしゃべり始めました。

 それは、これまで誰にも話さなかった少年時代の悲しい思い出でした。

というのも、和男さんの前から姿を消していたのはシロだけではなく家族全員だったからです。

和男さんの故郷は、今の静岡県伊豆市修善寺。

 伊豆半島を流れる狩野川沿いのとある集落に、当時の和男さんは両親、妹、三人の弟の七人家族で暮らしていました。

 長男の和男さんは家計を助けるため、中学に入るとすぐに新聞配達を始めて、毎日同じ順路を回っている内に、ある日、白い野良犬と出会いました。

どこからかフラリとやって来たその犬は、気がつけば新聞を抱えて走る和男さんを、いつも遠くから見つめていたのです。

(この道を下って、あの角を曲がると、必ずあの犬が待っている)和男さんがそう思いながら角を曲がると、白い野良犬は本当にそこにいました。

 その時の和男さんの嬉しさは、時に辛かった新聞配達も楽しみに変えてしまうほどでした。

野良犬シロと出会った少年時代それから毎日、和男さんは野良犬にパンをやり「シロ」と呼んで可愛がりました。

 利口なシロは、たちまち他のきょうだいにも愛されて、そのまま家族の一員として迎えられたのです。

忠実なシロはその後も和男さんと一緒に新聞配達に回り、中学まで付いて行った後はどこかで時間をつぶしながら、和男さんやみんなの帰りを待ちました。

そんな、つつましくも平穏で賑やかな家族七人とシロの暮らし。それが突然終わりを告げようとは誰も思わない事でした。

昭和三十三年、伊豆半島をかすめた台風が全ての運命を変えてしまうまでは。

(昭和三十三年九月二十六日)

「また雨かぁ」和男少年は、このところ降り続く雨にうんざりしていました。おまけに今日は大きな台風がこちらに向かっているというのです。

和男さんの中学校でも、みんな台風の話で持ちきりでした。大きな台風が来ると電車やバスが止まってしまうので、遠くから通っている先生や生徒はとても困ってしまうのです。

今、校舎の窓を打ちつける激しい雨とうなりを上げる風の勢いは、まさにそんな台風を予感させていました。

午前中の授業が終わる頃、「先生方は、お集まりください」と校内放送がかかりました。あわただしく教室を出て行く先生の後ろ姿に、生徒たちから「オー!」と歓声が上がりました。

みんな、学校が早く終わるのを期待してニコニコしています。実は和男さんも無邪気に喜ぶ、そんな生徒の一人だったのです。

家の中に押し寄せる濁流

その晩、和男さん一家は早めの夕飯を済ませて、いつもより早く床につきました。

 ところが何時頃だったのか、和男さんは庭からけたたましく吠えるシロの声に目を覚ましました。

シロは普段はまったく吠えないおとなしい犬だったので、和男さんは(何か変だ)と飛び起きました。

 すぐに、「水だ!」と叫ぶお父さんの声が聞こえました。

見ると、玄関の板戸が異様な音をたててきしみ、隙間から水が土間に噴き出していました。お母さんは、あわてて下のきょうだいたちをゆすり起こしています。

(大変だ!)と思った瞬間、玄関の板戸が壊れて真っ黒い水がドッ!と家の中になだれ込みました。

水の高さはたちまち和男さんの胸まで迫り、家族は夢中で押入れの中に逃げ込みました。

 「屋根へ登れ!」お父さんの声に、和男さんは夢中で天井板をはずすと屋根裏へよじ登りました。そして、急いで弟一人と妹を引き上げた、その時でした。

和男さんの家は一瞬で濁流にのみ込まれてしまったのです。

 弟や妹、お父さんやお母さんがどうなったのか。それどころか、自分がどうなっているのかさえ全く分かりませんでした。

分かるのは、真っ暗な水の中で自分が「グルグル」と回っていることだけ。そして、もがきにもがいている内に、運よく「パカッ」と水面に浮かび上がったのです。

和男さんは、ちょうど腕に当たった柱のような物にしがみつきました。しかし、川の流れは今や大きなうねりとなって襲いかかります。

その波に振り落とされないよう、和男さんは必死に柱を掴んで濁流の中を浮き沈みしていました。

それでも、混乱する頭の中に浮かんだのは、家族や異変を知らせてくれたシロのことでした。

 (みんな、どこにいるのだろう。みんなも無事でいるのだろうか)しかし、確かめるすべなど、あろうはずもありません。

津波の様に襲いかかる濁流は、木材や、建物や、家畜や、人や、すべての物をのみ込んだまま、ものすごい勢いで川を下り、やがて目の前に大きな橋がせまって来ました。

その橋にたくさんの漂流物がぶつかり、あたりに飛び散っているのが見えました。

 (このままでは自分もぶつかる!)和男さんはとっさに水にもぐり、何とか橋への激突はまぬがれたものの、命からがら流されて行くことに変わりはありませんでした。

濁流と満月

ふと気づくと、いつの間にか雨はやみ、空にはこうこうと輝く月が、ぽっかりと浮かんでいました。

 和男さんは、しばしその美しさに見とれて(もしかしたら、これは夢なのではないか)とさえ思いました。

しかし、「アー」「助けてー」と叫ぶ人々の声に我にかえれば、やはり、それはまぎれもない現実でした。

 空も、山も、キラキラと瞬くお星様さえもが沈黙する中、ただ自分の浮かぶ川だけが「ゴー、ゴー!」と音を立てて流れているのでした。

和男さんは(自分はこのまま死んでしまうのだ)と思いました。

 さっきまで、あれほど感じていた恐れも消えて、今感じるのは(とても寒い)ということだけでした。そして、そのまま意識を失ったのです。

それから、どれくらい時間がたったのでしょう。和男さんは、ほほをなでる温かい感触に目を覚ましました。すると、かたわらにシロが泳いでいるではありませんか。

(シロ、無事だったのか!)和男さんは、シロに聞きたいことがいっぱいありました。(妹や弟たちは無事なのか。お父さんとお母さんはどこにいるのか)

でも、くちびるは、ただ歯がガチガチと鳴るだけで言葉になりません。シロをなでてやりたくても体は動きません。それでも、シロがそこにいるだけで和男さんは安心でした。

もうろうとする意識の中で見たシロは、和男さんに寄り添って懸命に濁流の中を泳いでいました。そんなシロに身をまかせて、和男さんは再び意識を失いました。

次に気づいた時、ぼんやりと見える景色の中に女の人の顔が現れました。

 「お母さん!」和男さんは思わず叫びました。けれども、その人は見知らぬ看護婦さんでした。

 台風の晩、和男さんは家から三十二キロも離れた沼津という遠い場所で助けられました。

 あと少しで大海にさらわれようとする、すんでのところを地元の漁師さんに発見され病院に担ぎ込まれたのです。

その後、和男さんは沼津近辺の遠い親戚に引き取られました。しかし、顔も知らない人々の暮らすその場所は、和男さんには他人の家のように感じられました。

(早くみんなを探して元どおりの生活に戻りたい)和男さんはその一心で沼津の病院などを歩き回りましたが、家族は見つかりませんでした。

そんな和男さんの元に悲しい知らせが届いたのは、それから数日後のことでした。それは、母親と妹と一番上の弟の遺体が見つかったという知らせでした。

 けれども、お父さんと二人の弟の行方は分からないままでした。

和男さんは悲しくなると海を見つめに行きました。そして、岩壁に立ちながら(このまま死んでしまいたい)と何度も思いました。一匹の犬の存在を語る漁師さん

ある時、そんな和男さんに優しく声をかける人が現れました。それは、命を救ってくれた漁師さんでした。

漁師さんは「あの時、あの犬がうなり声をあげなかったら。あの時、君が手を上げなかったら、私は君を見つけることはなかっただろう」と言うのでした。

和男さんは「ハッ」としました。あの時、あの濁流の中で見たシロの姿。それが現実だったとは、今の今まで考えもしなかったのです。

「そういえば、あの犬は、あの後どうなったのだろう」と漁師さんはつぶやきました。そして、あの日の出来事を詳しく語り始めたのです。

漁師さんはその日、港にとめていた自分の船が心配になり、真夜中の海岸にたたずんでいました。

 すでに港には山のような流木が流れ着き、漁師さんの船に激しくぶつかっていました。

そんな、今にも壊れそうにきしむ船を見つめていた時、漁師さんは流木のあたりから、かすかなうめき声を聞いたのです。

じっと目を凝らすと、何か犬の頭のようなものが一つポカリと浮かび、岸に向かって泳いでいるのが見えました。

(この流木の中を、ここまでたどり着けるかどうか)そう思いながら見ていると、突然、人の手が「にゅっ!」と挙がったのです。

「あっ、人だ!」漁師さんは、あわてて流木に飛び移りました。しかし、その人は岸からまだ遠く離れて、どうにも手が届きません。

とうとう漁師さんは長いロープを自分の体に巻きつけると、浮き沈みするその人影に向けて泳ぎ始めました。

いいえ、それは泳ぐというよりも、流木をかき分け、あらがいながらの苦闘でした。

そして、ついに漁師さんがその人にたどり着いた時には犬の姿はどこにもなく、グッタリとしたイガグリ頭の少年が浮いていました。

 漁師さんは、ともかく力いっぱいロープを手繰り寄せて岸までたどり着くと、死人のように冷たいその少年を病院に担ぎ込んだのです。

それが、漁師さんの語る「あの晩」の一部始終でした。

「僕は、何も覚えていません」和男さんはそのことを詫びるように、うな垂れて言いました。

「そうか。君はあの時、全く意識がなかったからなあ。しかし、だからこそ私は今でも不思議に思うのだよ。あの時、私に手を振ったのは誰だったのかってね」

それから漁師さんは、和男さんが当時犬を飼っていた事を知ると合点がいったように何度もうなずいて、こうも言うのでした。

在りし日のシロの面影「あの時は君を助けるのに夢中で、犬のことはすっかり忘れていたのだが、今にして思えば本当に君を救ったのは、あの犬だったのかもしれない」と。

その言葉に和男さんの両目から、せきを切ったように涙があふれ出しました。

 シロはあの時、流木に寄りかかって流れる和男さんを見つけて、何とか岸までたどり着こうとしたのではないか。

そこで、たまたま漁師さんに出会うと、うなり声を上げて助けを求め、和男さんの腕をくわえて水面に突き上げたのではないか。

そして、ついに和男さんが助けられるのを見届けると、自分は力尽きて本流にのみ込まれて行ったのではないか。

(僕は生きて行くよ。シロ!)和男さんは、ほほに伝う涙をそっとぬぐいました。

それから三年後、故郷を遠く離れた都会へと向かう列車の中に、和男さんの姿がありました。

 当時十六歳の少年は親戚に間借りして暮らすより一人で生きて行く道を選んだのです。

そして、ある料亭に住み込みで入ると長く厳しい修業を重ねて、板前としての技術を身につけていったのです。

奥さんは静かに和男さんの話を聞き終えました。

 和男さんに家族が一人もいないのは昔あった台風のせいだと聞いたことはあっても、こんなふうに詳しく話してもらったのは初めてのことでした。

重苦しい沈黙が二人の間に漂いかけた時、玄関の狭い土間にうずくまっていた子犬が、ふいに「クォン、クォン」と鼻を鳴らしました。

二人はすぐさま子犬に目をやり、それから互いに見つめ合うと、どちらからともなくほほ笑みました。

奥さんは台所で熱いお茶をいれながら、あらためて和男さんも子犬も、どちらも愛おしく思うのでした。

翌日、二人は子犬を連れて、奥さんが借りている山のふもとの畑に行きました。そこには青々とした野菜や草花が茂り、そばに今は人の住んでいない古民家がありました。

 だいぶ古ぼけたその家は近所の子供たちから「お化け屋敷」と呼ばれていました。

和男さんは嬉しそうに駆け回る子犬を見つめながら、いつか家庭を持ち犬を飼うことが遠い昔の自分の夢だったことを思い出しました。

今振り返ってしげしげと古民家を眺めると、その家は十三才まで家族と暮らしていた家にどこか似ていました。

「この家に引っ越そうか」その日の和男さんの一言から、やがて家の修繕が始まり野草が生い茂っていた庭も二人でせっせときれいにしました。

穏やかに流れる故郷の狩野川

子犬の名前も「ハク」に決まり、庭の片隅にはハクの小屋もできて、近所の子供たちも集まるようになりました。

ハクが来てから身の回りの事が少しずつ変わり始めた、ある晩のこと。

 奥さんは、居間のテレビを食い入るように見つめる和男さんの姿に驚きました。

 そこには、和男さんが遠い昔に忘れたはずの故郷の景色が映し出されていたからです。

そんな二人に、ある日思いがけないことが起きました。

 その年還暦を迎える和男さんに、今は他県に嫁いだ長女と料理人として修業中の長男から、お祝いの一泊旅行がプレゼントされたのです。

しかも、その宿泊先は和男さんの故郷である修善寺温泉でした。

 封筒には子供たちからの手紙といっしょに、二人分の新幹線の往復切符と宿泊する旅館のパンフレットが入っていました。

和男さんは、そんな子供たちの心遣いに感謝しつつも、一方では故郷に足を踏み入れることへのためらいも感じました。

和男さんの心の中にはいまだに自分が一人だけ生き残ったことや、親戚の家を家出同然で飛び出したことへのわだかまりがあったからです。

しかし、久しぶりの旅行を心待ちにする奥さんに、和男さんは自分のそんな気持ちは言えませんでした。

 
そして当日、電車はついに修善寺の駅に到着しました。

およそ五十年ぶりに見る故郷の景色は、あの時の惨状が想像できないほどに復興し、和男さんは自分の中の故郷が十三才の時のまま停止していたことに気づかされたのでした。

あくる日、二人は何かに導かれるように狩野川のほとりに向かいました。和男さんは花屋さんで買い求めた花の束をそっと水面におきました。

そして、今は亡き家族やシロ、さらには沼津の漁師さんや親戚の人々の顔を思い浮かべながら静かに手を合わせるのでした。

和男さん夫婦とハクの新しい暮らし

旅行から戻った二人を「お化け屋敷」のハクが大喜びで迎えました。

 その古民家の修繕も順調に進み、この分では次に帰省する子供たちも、この味わいのある家でくつろぐことができそうでした。

奥さんは、きれいになった台所で鼻歌を歌い始めました。

 和男さんも何となく嬉しくなって、ハクの鎖を解くやいなや、家の前に広がる畑の土手を走り出しました。

ハクがあわてて和男さんを追いかけ、すぐに追い抜いて行きました。でも、ハクはどこかで必ず和男さんを待っていました。

何もかもが、あの少年時代の景色と重なって見えました。けれども、和男さんの胸はもう痛みませんでした。

「ハク、いつまでも一緒に暮らそうな」そっと抱き寄せる和男さんの手をすり抜けて、ハクが猛然と家の方角に走り出しました。

その行く手の先には、笑いながら土手を駆けて来る奥さんの姿が見えました。




(あとがき)

平成二十年は狩野川台風後五十年ということで、地元では様々な催しがありました。その一つに「狩野川台風を語る会」(当時)の代表、片山訓三さんが開いた小さな集会がありました。

集会の主役は、七人家族の内ただ一人生き残った、当時中学生の原勝美さんです。

 原さんを助けたのは沼津の漁師さんで、当時の静岡新聞には、その様子が美談として掲載されました。片山さんが提供してくれた、その記事の一部をここに抜粋します。

 「・・・その時流木のあたりからかすかなうめき声が聞えた。見つめると顔のようなものが一つぽかりと浮いた。最初は黒犬かと思ったが、片手がニュッと水面に飛び出したのでビックリ、人と気づいた」

片山さんはその記事を読み、原さんを救ったのは当時彼が可愛がっていた野良で後に飼い犬となった犬ではないか、と考えておられました。

実際には原さんに救出された際の記憶はなく、すでに漁師さんも故人となっており、その真偽のほどは定かではありません。

しかし、救出された際の原さんの体温は僅かに二度。完全に意識を失っていた原さんが、どうやって漁師さんに手を上げたのか? それは、永遠のミステリーなのです。

 漁師さんが原さんを見つけるきっかけとなった犬の頭。それが、本当に原さんの飼い犬だったとしたら。きっと、誰もが救われる気持ちになるのではないでしょうか。


それはともかく、当日の集会で参加者の皆さんから直に聞く狩野川台風の体験談は、とても衝撃的なものでした。

集会の最後に、一人の女性から質問がありました。「今は何かあれば心のケアがなされますが、当時はどうだったのですか」。原さんは沈黙しておられました。 誰かが、

「当時はそんな余裕のない時代で、子供といえども自分で何とかするしかなかった」と言いました。

無言で頷く原さんには、きっと様々な記憶が去来して言葉にならなかったのだろう、と私は想像しました。

 同時に、(人はどんなに辛い目にあっても生きてゆかなければならないし、又、生きてゆけるものなのだ)と教わった気がしました。

おりしも地元の新聞には当時被災された方々の生々しい体験談が連載されていました。それらの記事を読み、また集会での皆さんのお話を思い返す内に、この物語が出来上がりました。

その過程で、伊豆日日新聞に寄稿された方々の体験談を、ひとり原さんに背負わせる形で所々引用させていただきました。 

 また、この集会を呼びかけた片山さん、原さんと交流の深い吉田町の増田昭司さん、そして誰より、原さんの存在なしには本作品も生まれ得ませんでした。

 それら一つ一つの出会いに感謝しつつ、この物語を狩野川台風で犠牲になられた多くの人々と動物たちに捧げたいと思います。

                                                          平成二十二年一月   らんだなお 


この物語はフィクションです。

2022.4.20更新

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