「愚かだよね、君も。」 男は目を細め、口の端を吊り上げた。 過去と未来、 そして裏切りと忠誠 ―愚行― 「では、もうほとんど良いと?」 「うん、もう結構大丈夫みたい。 だいぶ落ち着いてきたようだしね。」 が塔(トゥルム)に来て数日がたった。 あれから毎日のようにのもとへと通うカインは、イザークにここの所のの容態を話していた。 少しずつではあったが、も来た時よりは身体的にも精神的にも良くなっており、 だいぶ表情に変化が見られるようになってきていた。 今では毎日やってくるカインと長い時間、会話を交わすほどである。 「それにしても彼女、どうやら本当に月の一族の一員みたいだね。 しかも、話を聞いている限りでは、その末端にいる者と見て良いみたいだよ。」 「そうですか、やはり……。 では、月の一族が彼女以外全員殲滅したというのも……」 「うん、本当みたいだね。」 ということは、月の一族の生き残りは本当に彼女、だけとなる。 改めてそれを再確認したイザークはほう、と相槌を打った。 「では、彼女が一族の長をも超える力を持つというのは…。」 「そこまではまだわからないね。実際に見たわけじゃないし…… まあ何にせよ、しばらくを様子をみるしかないかな。」 「そのほうが良いでしょう…かしこまりました。」 窓の外を見つめながら話す主人に対し、イザークは恭しく一礼をする。 だがスッと、それまで窓の外を見つめていたカインがイザークの方へと向き直った。 その表情は先ほど窓を見つめていたときと同じく、笑みを浮かべてはいるものの、 笑みは先ほどの柔らかな者とは違う、どこか覇者としての笑みだった。 その微妙な変化に気づき、その意図を察したように、イザークもまた笑みを深める。 「それで…そっちのほうはどうなのかな。 例の月の一族を滅亡に追い込んだ長生種(メトセラ)は。」 「はっ、丁度ご報告申し上げようかと…。 ……例の長生種(メトセラ)ですが、居場所が特定出来ました。 調査したところによりますと、まだまだ小規模な組織であり、さほど我々に影響はないかと思われます。 月の一族を一番に狙ったのは、一番近く、そして脅威をもたらすであろうという考えであり、 真っ先にそこを狙ったのではないかと………」 「ふーん、なるほどねー。 まあ気にかけるほどのことでもないと思うんだけど。」 「ええ、そのようです。ですが我が君…… ………悪い芽は早いうちに摘んでおいたほうが良いかと。」 一段と低く声をひそめ、深き笑みを浮かべてイザークは主人を見る。 カインもまた、それに同意したように笑みを深めて、下にイザークを見やった。 「それもそうだね。ま、君に任せるよ。」 「はっ。」 半ば投げやりに言い放ってカインは向き直ると、 イザークはまた、深く恭しく一例をしたのであった。 その下に見える表情は、組織の一員としての企みを浮かべたものだった――― ―――月光に照らされた塔(トゥルム)は美しく、そして怪しくも際立っている。 昼間も大して不気味さは変わりはしないが、夜の塔の中は一段と静けさを保ち、 その不気味さを増している。 ―――あれから幾日ほどの時がたったのだろうか。 自分はあの事件の数日は寝続けていたらしく、確実な日にちはわかっていない。 だが、そんなとこを気にさせはしないほど、ここでの時間は安心させるものがあった。 「カイン様は毎日のように姿を見せてくださるのね……。」 目に浮かぶのは、長い金髪を持ったあの方。 もしあの時、あの方に拾われてなければ、自分はどうなっていたのだろう。 行くあてもなく、きっとさまよい続けていたに違いない。 豪奢な金髪をなびかせ、王者のような品格を漂わせるカイン、という名の彼。 自分がここの来て以来、毎日のように会いに来てくれている。 包み込むような優しい笑顔。 その容姿からは思わせないような、意外な一面も見せるが、 それでも優しく、そして大事に自分を扱ってくれている。 初めてここに来て、まだ事件のショックで泣いていた自分を、 彼は優しく頭を撫でていてくれたのだ。 「………今思うと、ちょっと恥ずかしかったかしら…。 なんだか失礼なことをしてしまったわ…。」 そのときの光景をつい思い出してしまい、少し顔が赤くなる。 しかも、初対面時に「天使様」などとつぶやいてしまった…… 我ながら恥ずかしい行為をしてしまったと思う。 が、そう思ったのも、嬉しかったのも事実であり、顔には笑みがこぼれていた。 トントン 「…?はい。」 突然、部屋のドアがノックされる。 だが今日はすでにカインも来たし、もう夜も更けてきている。 特に自分に用のある者はいないはず。 少々不思議には思ったものが、は一応返事をした。 キィ、と音を立てて扉が開かれ、ノックをした本人の姿が目に入ってくる。 目についたのは鷲色の髪と天使のような微笑み。 はその者の名前を読んだ。 「ディートリッヒ様。」 「やぁ。」 自分がここで目覚めたときもいた彼。 彼もカインにつれられて幾度かのいる部屋には来ていたものの、 特にに話しかけるような素振りを見せることなく、いつも、 ただじっと、とカインのやり取りを見ていたのだ。 そんな彼がこんな夜に、しかも単独でこの部屋にやってくるのはかなり珍しいことである。 「どうかされたのですか…?何か不都合なことでも…」 「いや、ただなんとなくだよ。 悪かったかな?」 「そんなまさか。むしろ嬉しいです。 どうぞ。」 そう言って椅子を差し出すと、失礼するよ、と言って、ディートリッヒは腰掛けた。 はたから見て、特に焦っている様子もないし、普通にしている。 どこか少し妖しい雰囲気を感じるといえば、それもそうなのだが、 それが彼の元々見せる雰囲気…オーラというものなのだろう。 さほど気にはしなかった。 「もうだいぶ良くなったんだってね。 イザークから聞いたよ。」 話を切り出し始めたのはディートリッヒ。 「あ、はい。おかげさまでだいぶ……本当にありがとうございます。」 「礼なら我が君に言った方がいいよ。君を拾ったのは我が君の意思によるものだからね。」 「ええ、でも本当に良くして頂いて…感謝しています。」 そう言って、礼をする姿はを品のある人間だと思わせるものだ。 よほど良い家庭環境にいたのだろう、始めてみたときから彼女はどこか、気品のようなものが漂っていた。 そういう場所にいたからこそ、一族の滅亡は、 今まで幸せに暮らしていた彼女をどん底に落とし入れたに違いない。 彼女が見せる無垢な笑顔が、さらにそう思わせる。 純粋で、何者にも汚されたことのないような、そんな笑顔が。 ディートリッヒはその表情を見ると、突然、 意地の悪そうな笑みを浮かべてに呼びかけた。 フッ、と彼から発される雰囲気も変わってくる。 「ねぇ。」 「はい?」 「もう一度聞くけどさ、この間のあれって本当に君がやったの?」 「……え?」 ディートリッヒに問いかけられたことに、すぐに理解出来なかったものの。 彼が、あの一族の滅亡の事件で起こった自分の力のことを言っているのだとわかった。 思い出すのも辛い、あの日の出来事を。 その瞬間、の表情が一変した。 「君には悪いけど、僕には君があれほどのことを出来たとは思えないんだよね。 我が君やイザークはああ言ってるけど。」 だんだんとうつむき加減になる視線。 今にも目の前にひろがりそうなあの、恐ろしい光景。 そしてその中で放出してしまった、暴走した自分の力。 辛い事実から逃げ出したい衝動を抑えて、自分の声を搾り出すように答える。 問いかけられた以上、答えるしかない。 「……間違いありません。自分の感情が抑えきれなくなって、 何かがあふれ出すような衝動を…よく…覚えています…から…。」 あの時感じた、あふれ出しそうなほどのもの。 途中からは何も考えられなくなり、自分の中で考えるという行為が静止した。 その後の記憶はまったくもってない。 だが、恐れていたことを…自分はやってしまったのだ。 長からも、自分の感情を制御できるようにと、あれほど言われていたのに…… 「……その場にいた全員を皆殺しにした。」 自分の思っていたことを読んでいたように、発せられたその言葉。 もちろん発したのは自分ではない。 それはディートリッヒによるものだった。 はその言葉にハッとし、ディートリッヒの方を見る。 目を合わせると、彼から発される深いオーラがを襲う。 ”天使のような微笑み” それが、もっとも彼に合うと思った言葉。 今も確かに、その表情は変わらない。 だが、そこから出てくる雰囲気は、その場の温度を一気に下げたような… そんなものだった。 「…ディートリッヒ…さま…?」 「君ってさぁ。」 はその表情の意図が読み取れず呼びかけるものの、 彼はそれを遮って言葉を続ける。 天使のような表情の裏にある、悪魔のような彼の黒い一面が出た瞬間だった。 「自分は純粋で無垢だっていうような表情してるけど、 結局はみーんな殺しちゃったってことなんでしょ?君が。」 「それは………」 「いいご身分だよね、ホント。」 ”いいご身分だよね” その言葉が妙に重く、そしてこだまするように自分にのしかかってくる。 まるで地の底に追いやられるように、自分の体が沈み込んでいくように。 自分の表情が無と化していき、目がディートリッヒの妖しくも美しい表情をとらえて放さなかった。 「それにさ、君知らないだろけど。」 固まってしまったに向かって、 なおも残酷に無造作に言葉は投げられていく。 「僕らの組織はね、使えると思ったものは使うし、それがいらなくなれば捨てる。 邪魔になるようなものが出てくれば、即効で処分して消し去っちゃう。 ま、つまり、殺しちゃうってことだよね。」 「殺す……?」 「そ。だからさ、 君はそうやって、僕らに感謝してるし、僕らのことを良い人だとか思ってるけど、 実際はまったくの逆、世間的に言えば悪い人たちってことなんだよ。」 こうも簡単に”殺す”と言うのか。 目を見開き、驚きの表情で見つめる。 一瞬、頭の中が思考を停止させた。 ディートリッヒの言葉は容赦なく、自分を落としていく。 「愚かだよね、君も。」 月の光に当てられ、妖しく綺麗な笑みは増す。 クスクス、と嘲り笑いながら そう、彼は言った。 うつむき加減になり、目からは先ほどまでの無垢な色を無くして 放心状態と化している。 絶望に落とされたような、そんな姿で。 ―――結局、そんなものでしかないんだよ――― みんなみんな、結局そうだ。 偽善者ぶっちゃって…ホント、笑える。 の姿をディートリッヒは横目で見ると、 クスリ、と満足そうに口の端を吊り上げ、席を立つ。 ―――この世に生きるものも、彼女も…同じでしかないのだから――― そのままドアの方へと歩みを進めて、部屋を出て行こうと、ノブに手をかけようとした… その時だった。 「…確かに……」 弱々しくも芯のある声が、その場の静けさを断ち切った。 それに少なからず驚いたディートリッヒは、歩みを止め、振り返る。 いつのまにかこちらを向いて、じっとディートリッヒの顔を目に捉えている。 そこには少し震えつつも、さきほどまでの絶望に満ちた表情と姿はなかった。 「…確かに、私は愚かだと…自分でも思っています。 あれほどのことをしておきながら、平然と生きてて、ここにいる。 あなたが私のことを無垢な表情をしているというのなら、確かに私は愚かです。 一度おきてしまったことは仕方がない。 神に許しを請いたって、そんなもの……何の報いにだってならない。 ただむなしいだけ。 だからと言って死んでいった人たちの分まで生きるとか、そんなこと……決して言いません。 あなたが愚かだと言うのなら、私は愚かな人間なのでしょう。」 スッ、と先ほどまでとは変わり、ディートリッヒの表情が変化を見せる。 意地の悪い、妖しい笑みではない、また別のもの。 今度はディートリッヒが、の表情に目をひきつけられていた。 「それに……」 スッと、今度はの表情が変わる。 それは、ディートリッヒが無垢だと言った、の柔らかい笑み。 「あなた方は、その愚かだと言った私を拾ってくださった。それは事実です。 どんな方々であれ、どんな理由であれ、 私がカイン様に…あなた方に感謝しているのは… 変わりありません。」 歩みを止めたディートリッヒのもとへ、が歩み始める。 そしてその歩みは、彼の近くまで来たときに止まった。 自分よりも高いディートリッヒを見上げ、は言う。 「愚かな人は嫌いですか?」 一瞬ディートリッヒの目が見開く。 が、その言葉はディートリッヒの口の端を吊り上げた。 「クスクスクス………いいね、君。」 顔を手で覆い隠し、笑いをこらえるかのように、 クスクスと肩を震わせてディートリッヒは言った。 その表情や雰囲気に、先ほどまでの冷たさはない。 「そうだね……愚かな子は、嫌いじゃないよ。」 顔を覆い隠していた手をどけ、を見据えて ディートリッヒは言った。 「なら、良かったです。」 嫌いじゃない、その言葉に安心したようには微笑んだ。 ―――へぇ、結構面白い子じゃないか…… ただの偽善者かと思ってたけど……興味深いね。―――― ディートリッヒにとって、が偽善者から興味の対象へと移る。 正直、があれほどの力を出したとはまだ思えない。 だが、珍しいと。 面白いと、そう思った。 |
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ぜ…前回よりもだいぶ(どころかかなり)間が空いてしまいました…。
なるべく早く〜…とかいいつつ、申し訳ありません(土下座)
今回は、「ヒロイン、ディートリッヒに虐められる。」ということで(笑)
ディートリッヒを相手に書きました〜。鬼畜だぜ、イエイ★
彼は世界に絶望してるって感じの設定が、私的に好きです(笑)
エステルのこと気に入っちゃってる彼なんかは特に!!
ヒロインが無垢で純粋な感じの子なので、ディートリッヒと絡ませてみたら
おもしろいかなーと思って、こんな感じの話にしてみました。
ちなみに次の話はこの場面からまだ続く予定でございます。
まあ次は騎士団のことをヒロインが知るって感じですかね。
うん〜そうだな…あと2・3話で過去偏は終わるかなと。(まだかよ)
こんなものですが、どうか最後までお付き合いくださいー;;
H.18.9.18