ぱすてるチャイム
Pastel Chime
アナザーエイジズ
Another-AGE's
〜天空の戦使〜
第T章 Reorganization Day's
恒星に照らされる月は、漆黒の天蓋に映し出されるスクリーンのようだった。
真空に満ちるエーテルの海に漂うデブリが、五月雨のように微かな影を透り流していく。
砕けたアステロイドに混じり、メタリカルな人工物が潜んでいた。
―――息を殺すように。
風が肌を凪いでゆく。
何処までも黒い夜の中。
何処までも静かな空間を彷徨っていた。
何処からか聞こえる歌声。
姿も見えず、聞き覚えも無い。
風が運ぶ匂いも―――寂しげな面影も。
だけど、俺は知っていた。
覚えてはいない、だけど。
それでも―――
『見…つけ…タ』
ノイズ混じりの掠れた声に、片目を開ける。
電力節約の為に、最低限の生命維持機械以外のスイッチはオフにしてある。
周囲は暗いを通り越して、闇で塗り潰されている。
外部からの強制介入で、様々な明りが灯されていく。
緊急時に備え、緊急事用オープン回線は、此方からは切断が出来ないようになっている。
まあ、それでなくても。
幼馴染から逃げ切れた経験は無いのだが。
『サボってちゃ、駄目だよ? カイト君』
「解ってるよ…ミュウ」
カイトは潜伏を諦め、通常回線を復帰させた。
最大限にリクライニングさせていたパイロットシートを戻し、指先で幾つかのスイッチを弾いていく。
機体制御系のメーター。
索敵システムがホログラフを立ち上げる。
機体を中心にした360度の俯瞰図。
フィルターが掛けられていた正面スクリーンが、瞬きの無い星空を映し出した。
カイトの『やる気』を感知したのか、ジェネレーターの微かな振動が伝わった。
「………だるい」
呟きに、大きな欠伸の音が聞こえたけれども。
『こちらサードAクラス、識別コードNo.1 相羽カイト』
「ハイ、機体確認したわ…寝ぼすけさん?」
スクリーンに映し出された鋭角的な機体が、コケたようにローリングする。
器用なものだ、と陽子は呆れながらも感心した。
『委員長、誰から聞いた? ………ていうか、当直はミュウじゃねーのか』
「ミュウはバド教官の手伝いで、さっきアタシと交換したのよ」
陽子は右手でパネルを操作しながら、左手の珈琲カップを傾ける。
だだっ広い管制室には、他のオペレーターは数えるほどしか居ない。
でなければ、砕けた私語などは許されない。
教習空母『舞弦』は、一応は連合国家所属の特A級戦闘艦なのだから。
『ゴミ掃除終了、着艦許可を願います』
「着艦を許可します………投げやりね? ミュウじゃなくてがっかりしたの?」
『誘導波感知、オートライディングシステム起動………俺をイヂメて楽しいか?』
「機体制御ネットワークに接続、成功。………ちょっと、ね。ベネット教官がドックでお待ちかねよ」
『げ』
下品な呟きにクスリと微笑んだ陽子は、通話回線をオフにする。
カイトの機体『雷電』が、正面のウィンドに映っている。
眼下に見えるルーベラント星をバックに、雷電がキャプチャーアームに接続されていた。
「捕獲完了…ってね」
一言呟いた陽子は、コンソールに肘をつくと、読みかけの小説に視点を戻した。
「………大体、戦闘機にゴミ掃除なんて、無理なんだよな」
それもゼロ距離仕様-特殊機動戦闘鑑、通称『ソードシップ』でなんてのは。
カイトはドックに固定された愛機を見上げながら、腕を組んで呟いた。
削り出されたような銀色の装甲。
機体の形状は、両側に張り出した翼と相まって、大気圏内を飛ぶ飛行機に酷似している。
真空において、翼は浮力を得る為のモノではない。
無論、飾りでもなかった。
雷電の全長は10メートル程だろうか。
戦闘以外の装置を搭載していないとはいえ、そのポテンシャルは単機で惑星間の飛行さえ可能だった。
「戦闘機は戦って"ナンボ"だっての」
「ランサーアーム、付ければ良いのに…」
背後からの拗ねたような呟きに、カイトはビクンとして『跳ね』てしまう。
ドックの人工重力は、居住部の三分の一以下に設定されている。
カイトはギャグ漫画のように三メートルほど跳び上がって、雷電の主翼に頭をぶつける。
「あ、相羽君…だ、大丈夫?」
「痛てて………ベネット教官かと思った」
頭蓋骨が陥没したかと思うほどの音を響かせた割りに、余裕の仕草で床に倒れる。
「あ、あのあの…保健室に、行く?」
「平気だよ」
頭から真っ赤な血をダラダラ流すカイトに、薄情にもクレアは一歩退いた。
「………涙目で睨まれても困るんだが」
「ご、ゴメンなさい」
「マジで気にしないでくれ。整備担当に恨まれてると、おっかなくって飛べなくなっちまうからさ?」
「わ、私はそんなコトしません!」
顔を真っ赤にして怒るクレアの三つ編みが、低重力に任せてふぁふぁと跳ねる。
雀斑の残る丸みを帯びた顔は、年相応よりも大分幼く見える。
したがって、怒り顔も迫力に欠けていた。
「冗談だって。クレアの整備は信用してる」
「あ、ぅ………相羽君、ズルい」
照れたようなカイトの笑みに、クレアはちょっとだけ赤面して拳を収めた。
その手にスパナが握られていたのを見たカイトは、冷や汗を流して視線を逸らす。
戦闘空母『舞弦』は、元は外宇宙航海すら可能な軍艦だった。
耐久期限をオーバーし、第一線を退いて解体を待つ舞弦は、運命の気紛れか汎用宇宙間連合国家所属ルーベンスの士官学校に払い下げられる事になる。
ボロとは言え通常航海に問題は無く、有り余るスペースに封鎖地区まである始末だ。
『空母ってよりは、街だよな…』
カイトはそのままシリンダーのような駐機ドックを仰ぎ見た。
舞弦では三期生から、実機を与えられた実戦訓練が始まる。
「そんなに気にしないで、相羽君? 最初の頃みたいに、機体をボロボロに壊しちゃう…なんて事も、最近は無いし」
「………お手数をかけまス」
アンニュイなカイトの顔に勘違いしたクレアが、改めて落ち込ませる台詞で慰めた。
小惑星帯での鬼ごっこで大破。
大気圏突入のチキンレースで火の鳥になる。
放置機雷を拾って、ジャンク屋に売り払おうとして誤爆。
疑うまでも無く、カイトは問題児のひとりだった。
『良く生き延びてるな………俺』
「でも、細かい作業をするんだったら、船外作業用のオートアームを装備した方が良いのに」
「嫌いなんだよ。『ランサーシステム』は」
ランサーシステムは、機体姿勢制御や小型マニピュレーターの操作負担をアシストする人工知能だった。
情報処理能力の強力な上位のランサーは、殆ど操作を必要とせずに船を飛ばせる。
もっとも最低クラスのランサーでも、ゴミ掃除―――船の周囲のデブリ撤去には充分だ。
「そんなコト言ってるのは相羽君だけだよ………もぉ」
「ひとりが良ーんだよ………飛ぶ時は」
カイトは雷電の機体に触れた。
正確には、その奥に埋め込まれた、自分の『ソル』に意識を繋げる。
微かな波動は、まるで眠っているようだった。
「………怖くないの? 相羽君は」
「何がさ?」
「ひとりで…独りで宇宙を飛んでて。回りには誰も、何も無くて…自分だけが其処に居て」
クレアも元は、パイロット候補で舞弦に配属された生徒だ。
雷電のようなソードシップや、他の同系統の『エルダーシップ』のパイロットになるには、特殊な資質が必要とされる。
故に、資質を持ってしまった者は、否応無しに軍へと徴集される。
だからこそ、待遇から脱落していく者は多い。
「私は、無理だったから………怖くて」
「好きだよ」
「…ッえ、ぇ?」
優しく微笑んだカイトの横顔に、クレアの頬が真っ赤に染まる。
「好きなんだよ、飛ぶのが。全部から自由になれてる気持ちがして………」
「あ、そうなんだ!」
「な…何で怒ってんだ?」
「怒ってない、からっ」
俯いて肩を振るわせるクレアに、カイトは頬を掻いて戸惑う。
そして、たった今思いついたように、致命的な一言を聞いた。
「ところで、ミュウ…何処に居るか知らないか?」
「はぁ…」
クレアはスパナを作業着のズボンに入れ、工具箱に腰を降ろした。
もう一度溜息が漏れる。
別に、相羽君の事を、好きだとか思ってる訳じゃない…と思う。
私にも他に好きな人はいる訳だし。
でも、パートナーとして余りにも無神経なのではないでしょうか、アレは。
クレアは膝を抱えたまま、これから整備をする雷電を見上げた。
「でも、仕方ないよね………相羽君の『唯一つ』の絆だから」
リラクゼーションルームのゲートを潜ると、不思議な匂いに包まれる。
土の匂い。
草の匂い。
生き物の匂い。
そして、風の匂い。
それが宇宙には存在しない、『自然』の匂いだと、彼女は教えてくれた。
「あ………カイト君、お帰りなさい」
アジサイの花に水をやっていたミュウが、如雨露を片手に振り返った。
ドームのようなだだっ広い空間は、一杯の草花で溢れていた。
戦艦に有るまじきこの植物園は、戦史のバド教官が趣味で育てていた。
区画が余りきっている事、生徒の情緒教育、閉塞された宇宙空間でのストレス解消。
様々な理由付けの元に、バド教官の趣味は黙認されていた。
一般生徒にも開放されており、恋人たちには恰好のデートスポットにもなっていた。
「や、ただいま」
自分の台詞に気恥ずかしさを感じて苦笑した。
だが、ミュウはカイトの姿を見て如雨露を取り落としてしまう。
「だ、大丈夫? カイト君っ」
「あ…ああ。ちょっとスパナで殴られただけだから」
あはは、と笑うカイトに、ミュウは呆れながらベンチに座らせた。
「じっとしてて、ね」
「別に、そんな大げさなモンじゃ」
振り払いかけたカイトのオデコに、ミュウの掌が重ねられた。
諦めたカイトは、目を瞑って気持ちと身体の力を抜いた。
攻撃魔法なら兎も角、治癒の法術をレジストしても意味は無い。
「…ただ優しき天使の触れる…『癒しの指』よ…」
温かい、微かな燐光にぼーっとミュウを見詰めるカイト。
「どうしたの? ………また誰かにイジメられた?」
「そんな歳じゃないだろ? もう、殴られて黙ってるほど餓鬼じゃないし。喧嘩するからには勝つ!」
胸を張るカイトに、ミュウは悲しげに微笑む。
無言で責められている気がして、カイトは気まずげに顔を逸らした。
思い返せば、何度こんなコトを繰り返したか、忘れてしまった。
記憶にある限り、いつも側には桜色の髪をした幼馴染が居てくれたのだから。
今の自分が在れるのも、ミュウが支えてくれたからだった。
「駄目だよ、カイト君」
「イヤ…実は喧嘩でなく」
「じゃなくて。実習をサボっちゃ駄目でしょう?」
腰に手を当てて、形の良い胸を突き出すような姿勢になる。
だが、カイトはイヤらしい事を考える前に、申し訳なさで一杯になってしまう。
ここら辺、雛が親鳥に抱く条件反射と代わらない。
「ミュウ、俺は、もう子供じゃ…!」
無意識に怯える心臓を抑え込み、トラウマの克服を図ってみる。
「カイト君」
「ぅ…はい。………ゴメンなさい」
「うん♪」
落ち込みかけたカイトだが、嬉しそうなミュウの微笑みに溜息を吐いた。
青空のホログラフが投影された天井を見上げ、頬を掻く。
ミュウには勝てない。
けど。
別に悔しいなんて思わない。
「カイト君、どうするの? 私はもう少し掛かるみたい」
「良いよ」
如雨露を拾い上げたミュウが、噴水から水をくみ上げた。
自動撒布機などの無粋な装置は、設置されていないのだ。
「見てるから」
「うん」
ミュウは心無し嬉しそうに頷いた。
カイトは楽しそうに植物の世話をするミュウの背中を眺めながら、ずり落ちるぐらい深く背もたれに寄り掛かった。
例え戦艦の中の偽りの世界だったとしても。
こんな風に何でもない毎日が。
明日も訪れるだろうと。
ただ―――漠然と信じていた。
―Enemy Detection! Enemy Detection!―
「っ…敵か!?」
ベンチから、跳ね上がるように立ち上がった。
甲高い警報音と、機械音声が敵襲を告げる。
胸がドクドクと高鳴る。
逆に頭の中は冷たく醒めていく。
嗚呼、戦闘が始まる。
カイトは見えるはずの無い敵影を、隔壁越しに見て―――
その瞳の色が、ミュウの視界に入った。
「カイト…君」
「ミュウ…」
ミュウの顔が、一瞬泣き出しそうに歪んだ…気がした。
―Intercept Prepare! Intercept Prepare!―
頭の上で、迎撃を指示する命令が繰り返される。
大体この宙域では、週に一度は敵と遭遇する。
実際に敵を迎撃するのは、サードカテゴリーのクラス。
そして、当直となっていたのは自分たちのクラスだった。
「………行く」
「待って! 私も…」
―サードAクラスの生徒は、至急迎撃して下さい―
―なお、出撃機は『ソードシップ』及び『スナイプシップ』に限定。マジックユーザーは艦内にて管制のサポートを担当して下さい。繰り返します…―
「…だとさ? 大した相手じゃない」
小規模の敵編隊の場合。
機動力の無い魔法仕様戦闘機では、足手まといにしかならない。
逆に大編隊の時には、広域殲滅攻撃が可能な魔法仕様機の独壇場なのだが。
それに―――貴重なのだ。
数少ない『資格者』の中でも、『魔法力』を有している人材を失う訳にはいかないのだ。
もっとも、本当の非常時には現役軍人である教官から、直接の指示がある。
舞弦に配属されて2年以上になるが、そんな事態に陥った事は無い。
戦争、ではない。
あくまで訓練、だった。
「う…うん。気をつけてね、カイト君」
既に駆け出していたカイトは、振り向かずに手を振って応えた。
カイトはそのまま壁に向かって突進すると、勢いを殺さずにシューターに飛び込んだ。
物凄い勢いで、チューブの中を潜り抜け。
ほぼ一瞬にしてドックの中へと帰り着く。
重力制御により加速される移動用シューターは確かに便利だったが、使用する生徒は余りにも少ない。
「あ、相羽君………お尻から煙が!」
天井から射出されたカイトに、雷電の発進準備をしていたクレアが悲鳴を上げる。
何しろ舞弦も老朽艦なので、幾つかの機能は故障したままなのだ。
移動用シューターも、本来なら使用を禁止されていた。
案の定、カイトが一番乗りのようだった。
「人間大砲か、俺は」
張り付くように床に潰れていたカイトは、クレアから消火されながら呟く。
頑丈な耐Gスーツを着ていなければ、骨折程度では済まないだろう。
「…消火器っ、消火器は…」
「俺は不審火でも、燃え上がった油鍋でもない」
でもケツは真っ黒に焦げていた。
「雷電の整備は? イケるか」
「い、一応点検だけだケド………整備まで手が回らなかったから」
「充分!」
カイトが愛機を見上げると、何かのスイッチが作動したようにキャノピーが開いてく。
同時に、機体が目覚めるように身震いし、推進器の唸り声が響き始める。
「相変わらず、凄い………『ソル』と完全に同期してる」
コックピットに飛び込んだカイトの背中に、クレアは呆然と呟いた。
出力のコントロールさえ覚束なかった自分とは、比べ物にならない。
「…キャプチャーアーム固定、カタパルトデッキへ移送」
クレアは無意識に手元のパネルを操作し、雷電の射出準備を開始する。
円筒形のドックが、一部分だけ回転していく。
ちょうど、リボルバーのシリンダーが回る様に似ている。
無論、上下左右のシリンダー位置には、他の機体が設置されていた。
ドッグは円筒形の輪が、幾重にも重なり合って作られている。
デッキには下向きの弱重力が掛けられている所為で、天井と床が入れ替わるような錯覚を抱かせた。
微かに感じるコリオリ力に、クレアはパネルに掴まって声を張り上げた。
「…相羽、くん! オプションで『Fire Cracker
U』を左右に五門ずつ積んでるわ。モンスターのフィールドを破れるとは思わないけど、弾幕にでも…!」
シリンダーが停止位置に近づくと、空母舞弦を覆ったフィールドの干渉気流が酷くなる。
クレアはコンソールにしがみ付いたまま、聞こえないのを承知で叫んだ。
「…だから、また無茶をしないで! みんなが来るまで、せめて…」
『バレルカタパルト位置固定。電磁加速…開始』
雷電の支持脚が射出機に乗った。
「…せめて…話ぐらい、聞いてよ…」
『クレア! ………………アリガト』
「えっ…?」
舞い上がる粉塵の中、バレルカタパルトの内部に放電現象が始まる。
カイトは推進器の出力を限界まで溜めたまま、歯を食いしばって急加速に備えた。
『―――相羽機、雷電。発進します!!』
撃ち出される弾丸のように。
射出路の中を更に加速しながら打ち出された雷電は、舞弦を離れた瞬間に爆発するようなバーナーを噴かした。
「…嘘吐き…人の話、全然聞いてないじゃない…」
硬直していたクレアは、溜息を吐くようにして座り込んでしまった。
「…私は相羽君の事を、好きだとか思ってる訳じゃない…筈なのに…」
クレアはそのままコンソールに寄りかかるようにして、頬の火照りを冷やしていた。