ぱすてるチャイム
Pastel Chime

アナザーエイジズ
Another-AGE's
〜天空の戦使〜







第W章 Carnation Carnival






 目が覚めて、細波のように乱れたシーツから躰を起こす。
 血が、四肢の先端まで届いていないかのように、反応が鈍い。
 気怠い、とぼやけた頭で感じた。
 もとより朝は苦手だ。
 だが、躰の調子は記憶に無いぐらいに良好だった。
 今の自分が宿している記憶。
 すなわち――――三年間だけの範囲だったが。
 心臓の位置に手を当てる。
「熱い」
 心臓の他に、そこへ新しい器官が埋め込まれて駆動してるような、そんな違和感。
 ついでに視線を下げると、シーツが墓石のように隆起している。
「………新鮮だ」
 朝立ちしている自分というのに、酷く感動してみたりする。
 初体験だった―――記憶にある限りだが。
「ぅー…」
「クレア…?」
 拗ねたような呻き声に、一緒のベッドに寝ていたクラスメートに向き直る。
 実はカイトと一緒に目覚めていたクレアは、ぼやぁ…と寝惚けたまま同衾した相手を見ていたのだ。
 回転しない頭で、『同じクラスの男子生徒の部屋』で『ほとんど一晩中エッチな行為に耽って』しまった『記憶』を思い出していた。
 両手でシーツを握って、顔を半分隠すようにして睨んでいる様子は、拗ねた子猫みたいだった。
「クレアも、朝…駄目?」
「ぅ〜…」
 雀斑の浮かんだ頬を突付きながら頬笑みかけられ、真っ赤に顔を火照らせたまま再び呻く。
 小さく密閉された自分のプライベートルームには、ベッドの他には最低限の備品しかない。
 支給品のゴツイ腕時計を床から拾い上げ、枕に突っ伏した。
「………講習始まってる。サボりだ、今日も」
「ぁぅ〜………最低。初めてのサボりで…オマケに男の子の部屋で寝過ごして…」
「初体験だね?」
「あ〜う〜…」
 向かい合うように寝そべったカイトは、爽やかに微笑していた。
 その態度に罪悪感とか、卑屈な感じは全く感じられない。
 だから、却ってクレアは恨み辛みを抱けなくなってしまう。
 元よりカイトには、少なからず好意を抱いていたから、尚更。
 だが、この態度はあんまりなのではないだろうか。
 クレアは恨めしそうにカイトを睨む。
「相羽君、反省の色が無い」
「うん」
 あっさりと肯定したカイトは、逃げ場の無いクレアの毛布を捲って潜り込んだ。
「ちょ…ちょっと…っ? あ、相羽、くんっ」
「エッチしよう、クレア」
「あ、ああ相羽くんっ?」
「カイトで良いよ………あ。昨夜のでヌルヌルしてる」
「ちょ、ちょ…まままって」
「今日はふたりでサボろ。どうせ、今から出席しても詰まんないし。クレアとエッチしてた方が良い」
 暴れるクレアをいなして、カイトは仰向けにしたその腰に跨がる。
「もう、だっ…駄目なんだから。き、昨日は間違い! そうっ…間違いだったのっ」
「え? ………だって、クレア、許してくれるって」
「それも間違いなんだからっ………そ、そんな目で見詰めても、だ…駄目」
 叱られた子供のような眼差しに、クレアは顔を背けて抵抗する。
「そ、それにね。こーゆーのは好きな人同士じゃないと、しちゃいけないんだからっ」
「………俺、クレアのコト好きだよ?」
「っえ!?」
 ドキリ、としてカイトを見詰めるが、その瞳は真剣だった。
「だ、だって………相羽君にはミュウが、ミュウの事が好きなんでしょ…?」
「うん」
 あっさりと頷くカイトに、コノヤロと思う。
「ミュウのコトは好きだし、クレアも好きだよ?」
「堂々とそんな宣言されても…」
「好きな相手にエッチな気持ちを抱くのは、自然なコトだってミュウが言ってた」
「そ…その、ミュウともこういう事、し…シテるの?」
「うん。たまに」
 二股宣言をするカイトの表情は、子供のように無邪気な顔をしていた。
「………あ」
 クレアは唐突に解ったような気がした。
 要するにカイトという男は―――『子供』なんだ。
 道徳概念、それに付随する抑制が真っ白なのだ。
 カイトの『好き』という言葉は本気だろう。
 ただ、それは恋愛感情ではなく、『お菓子』や『玩具』が好きだというのと同じレベルなのだろう。
 女として侮辱された気がしたが、クレアにもふたつの『好き』の差は明確ではなかった。
 だがそれだけに、純粋にカイトが自分を『好き』だと思っているのは確かだ。
「ど、どうやって説明したら良いの? ………というより、ちゃんと肝心なトコまで教育しててよぉ。ミュウぅ」
「クレア………俺のコト、嫌い?」
 ここで嫌い、と言い切ってしまえば、実は簡単にカイトは諦めるだろう。
 それを解っていながらも、クレアは口籠って俯いてしまう。
 結局一番の問題は、カイトを憎めない自分なのかもしれない。
「き、嫌いなんか…じゃ………無いけど」
「それじゃ」
「い、挿れちゃ…駄目ぇ」
 拒絶するようにカイトの胸に手を当てたまま、クレアはビクンと仰け反った。
 既に馴染んでしまった異物感に、痛みは全く伴わなかった。
「………熱い」
「ぇ…? 私…まだ」
 まだ男性自身を受け入れる態勢に無かったクレアは、一息に根元まで挿入されて怪訝な表情を浮かべた。
 だが、一呼吸置いてから顔を真っ赤に染める。
 挿入がスムーズに行なわれた潤滑油が、接合部分から尻を伝うのが感じられたのだ。
 即ち、昨夜に散々受け入れたカイトの精液である。
『だ…大丈夫な日だったよね…確か』
 遠慮しない、というかミュウも苦労してるんだろうな…と秘かに共感を抱いたりした。
 大体、この男は何度果てれば萎えるのだ、と心の中で訝しむ。
 男性の生理について詳しくは無いが、全く知らないという訳でもなかった。
『カーゴの時から算えて………二桁越してるわよね、多分』
 行為の最中に何度も意識を手放してしまい、覚えていないのだった。
「熱…い」
「ま、まだ………そんなに熱くないんだからっ」
 無意識に口走ったクレアだったが、挿入したまま動きを止めたカイトは、自分の鳩尾の辺りを押さえて不安げに俯いている。
「ぁ…怪我、の痕?」
 傷痕も無い、ナイフの幻視痛覚。
 細胞を活性化させて外傷治癒を行なわせる『回復神術』でも、深い傷や致命傷を治癒させることは出来無い。
 死者を黄泉帰らせると思われている『蘇生神術』も、仮死状態の肉体を復元させるだけだ。
 肉体に宿っているポテンシャル、生命エネルギーとでも表現すべきモノが鍵なのだ。
 科学者は其れを『ソル』と呼び、魔法学者は其れを『マナ』と表現し、神秘学者は其れを『魂』と位置付けている。
 旧世界の物理学を覆す無制限のエネルギーを生み出し、数式的には存在確率さえ確定されない、ただ人の躯にのみ宿る『何か』。
「多分………違う、と思う。クレアは感じない?」
「かっ…感じないって」
 この状態で何を言うのか、この男は。
「イヤ………………辛くないなら、別に良いや」
「自己完結しないで…って、あっ…やっ…あんっ」
 カイトはクレアに重なるようにして、その規則正しく前後に弾む乳房に顔を埋めた。
「ミュウより…少しちっちゃい」
 流石にクレアは、固く握り締めた拳を振りかぶっていた。





 航宙法規、基本電子技術、超空間理論、機動戦略戦術、etc………
「ま、こんなモンか」
 自分の端末ディスクに座ったコレットは、片っ端から表示させた教本テキストを高速でスクロールさせる。
 問題は無かった。
 自分にとっては総て習得済みの知識。
 そして、自分の所属している『組織』に比べれば、余りに稚拙な内容だった。
 クラスの中は、適度なざわめきに満たされている。
 先程まで機動戦闘の講義を行なっていた優男風の教官は、講義時間の終了と供に姿を消している。
 実践訓練を許可される三期生の中でも、Aクラスはエリートが集められている。
 それは、『成績優秀な生徒』という意味ではなく、『エリートになる資質がある生徒』だった。
 即ち、生まれながらに決定している、『ソル』のキャパシティが強力な人間だ。
 その中には、素行や成績不良な生徒も含まれる。
「あー、今日もつまんねぇ一日だったぜ」
「君は毎日、同じセリフを言うねぇ。クーガー」
「ウルセぇよ、シンゴ」
「うるさいのは貴方でしょ、て感じよね。光代」
「全くですね。グロリア」
「黙れ、性格ブスども」
「何ですってェ!?」
「………静かにしてくれないか。君たち」
 苅部が頬を引きつらせながら、メガネのツルを指先で押し上げた。
「―――馬鹿ばっか」
 コレットは呟いて、特殊硬化テクタイト越しに宇宙を眺めた。
 馴れ合うつもりは無い。
 だが。
 少し視線を下ろした先の席は、空席だった。
「何をやってるんだろ………アタシは」
「コレット」
 びくっとして物思いから覚める。
「どうかしたの?」
「な、何でもないよ。ミュウ」
 内心、ドキドキする心臓を抑え、外向きの無邪気な表情を浮かべてみせる。
「そう? それじゃあ、艦内を案内するけど何か用事とかはない?」
「ん、大丈夫」
 恐らく、目当ての男が教室に来ることはないだろう。
 避けられているのだ、多分。
『当たり前…か』
「そういえば、ミュウ」
「どうしたの、陽子ちゃん?」
 帰り支度をしていた委員長が、思い出したように振り返った。
「相羽君、今日どうしたのか知らない? ………ちょっと話があるんだけど」
「う〜ん、御免ね。解らない」
「そ。ちょっと探してみる」
「見かけたら。サボっちゃ駄目だよって、言っておいてね」
 後ろ手を振る陽子を見送ったミュウは、コレットが怪訝な表情で自分を見ているのに気づいた。
「………その相羽って生徒。親しいの?」
「どうなんだろ。そうなのかな?」
 ちょっとだけ首を傾げて考えている。
「ちょっと事情があってね。三年くらい前からかな、私の実家で身元を預かる事になったの」
「そ、そー…なんだ」
 コレットの顔から血の気が引く。
 馴れ合うつもりは無い。
 だが、向けられていた親切心が怨嗟に変わっても平気なほど、人の想いに鈍感でもなかった。
「どうしたの、コレット? 顔色が悪いみたいだけど」
「何でも、ない」
「平気には見えないよ。何なら、医務室から案内してあげましょうか?」





「何をしてるの? カイト君」
「痛い」
 右の頬を押さえたカイトが、阿保のように天井を見上げて椅子に腰掛けていた。
 医務室には担当の係員が常駐している規則だったが、現にそこに居るのはカイト一人だった。
 普段は『ヌシ』のように医務室に詰めている少女が居るのだが、その少女はカイトを自室から叩き出した本人でもある。
「拳で顔面を殴られたのは初体験だ」
「もう…誰と喧嘩したの?」
「間違ってないのに」
 入り口で呆れていたミュウが、恐らく医療担当員が来るのを待っていたであろうカイトに手当てをする。
 この男は多分、ナイフで腹を刺されても、自分で止血する事もせずに待っているのだろう。
 カイトは『記憶』と一緒に、『常識』や『本能』といった基幹的な部分まで喪失していた。
 痛いから医務室に行く、という行動は、ミュウから教え込まれた行動のパターンに過ぎない。
「あ………あんた」
 呆然としていた少女がもうひとり。
 大人しく拳大の痣に軟膏を塗られていたカイトが、入り口に立ち尽くした小さな人物に気づいた。
「あ。殺人鬼」
「だっ…だれが殺人鬼だってのよ!」
「お前お前」
「お前って言うなっ」
「じゃあ、汝」
「そんな不自然な人称使う? ふつー」
 詰め寄ったコレットが、きょとんとした顔のカイトの胸倉を掴む。
「座って視線が一致する」
「何が言いたいの、アンタは!」
「ふりょーだ。発育不良」
 喧嘩を売ってるとしか思えないカイトの言葉に、顔を引きつらせたコレットが殺意を抱く。
 だいたい、可笑しいだろう、この男は。
 普通なら殺意を抱いているのは、自分ではなくてカイトの筈だというのに。
「知り合い、なんだ? カイト君とコレット」
「っ…それは、その!」
「昨日、会った。ナイフを貰った」
 正確には、『腹にナイフを食らった』であるのだが。
 のんびりしたカイトの口調から、ミュウは『ナイフを譲って貰った』と解釈した。
「そうなんだ? 良かったね、カイト君」
「どうなんだろう? 結果的には気持ち良かった気はする」
「あ、アンタって…」
 本気で首を傾げて考え込むカイトに、コレットは色々な意味で激しい目眩いを感じた。
 違っていた。
 あまりにも、コレットが知っている『奴』とは違っていた。
「うん、でも、まあ。気持ちが良いコトは、良いコトだ」
「………最低な奴」
 思い返す。
 やっぱり、根本は変わって居ない。
 即ち、下衆っぽい所が。
 コレットは安堵すると同時に、そんな自分を嫌悪した。





「馬鹿、阿保、間抜け、屑野郎、鬼畜、犬畜生、早漏、包茎………」
「あ、最後の違う」
 天井を見上げながらのんびりと歩いていたカイトは、振り返って訂正ポイントを指摘した。
「ちゃんと剥けてる、俺」
「変態」
 何故かその後ろには、ちびっこい半エルフの娘が悪態を吐きながら付き従っていた。
 付かず離れずの微妙な距離だが、尾行にしてはあからさまだ。
「………失礼だな。見てみろ」
「本当に見せるな! 痴漢野郎っ!」
「サッカーボールみたいにブツを蹴られたら、流石の俺でも逝っちゃう」
「逝け! 逝っちゃえ!」
 尻尾を踏まれた子犬のように吠えるコレットは、顔を真っ赤にして蹴りを連発する。
 バネのように鋭く跳ね上がる足刀が、薙ぎ払うような手刀に受けられた。
 空気を切り裂くナイフのような蹴りが、舞踏のような継ぎ目の無いコンビネーションを繋げる。
 小柄すぎる身体で蹴りに速度と重さを与えるために、全身のバネを脚に乗せていた。
 それは、白兵戦の訓練を受けた、戦闘者の蹴りだった。
 そして―――それを総て片手で捌く、カイト。
「本気だね。そんなに俺の生殖器が憎いのか………」
「良いから、さっさとしまえ!」
「とか言って、手をジッパーに持って行った瞬間、俺の大事なトコロをなぶりモノにする気だな?」
「黙って、その汚いモノを隠せって言ってんのよ!!」
 やせ我慢も限界に来たコレットは、蒸気を吹きそうな顔を隠すように後ろを向いた。
「………人の腹に硬いブツを突き込んでおいて、恥じらいも何もあったもんじゃないだろーに」
「あっ…アンタは、一々、台詞が卑猥なのよ!」
 振り返って怒鳴ったコレットはソレを直視してしまい、そのまま一回転するように背中を向けた。
「な、何でおっきくなっちゃってんのよ!? アンタのソレ…」
 自分でも不思議そうにソレを見下ろすカイト。
「何故だろう?」
「良いから、しまいなさいよ! お願いだから」
「この状態で押し込むのは無理だと思う。―――嘘。仕舞えました。ハイ」
 ナイフを取り出した震えるコレットに、カイトはちょびっと萎えたソレをズボンの奥に押し込める。
「ナイフをちらつかせれば、何でも解決できると思うのは間違いだ―――ってミュウが言ってたぞ」
「五月蠅い」
「五月に発生するハエはブンブン『ウルサイ』から『五月蝿い』って読ませるんだって」
 レーザーナイフのスイッチをオフにしたコレットは、こめかみを押さえて溜息を吐いた。
 出来の悪いアルゴリズムで組み上げられたランサーシステムよりも、ウザかった。
「それがアンタの『素』だったの? ………ていうか、何でアタシを怖がったり、警戒したりしないのよ?」
「? だって。全然、殺気が無いし」
 だから、身体が防御反応を示さなかったのだ、腹にナイフを埋められる瞬間さえ。
「嫌いじゃない、と思う。お前のコト」
「な、何よ。それ………」
「あ〜…うん、何て言うんだっけ? 嫌いじゃない、だから―――好きだ」
 通路に乾いた音が響いた。
 カイトは呆然として、凄い勢いで駆け出したコレットの後ろ姿を見送った。
 ジンジンと痛む左の頬に、小さな紅葉が張り付いていた。
 自分がぶたれたと気づいていないかのように。
 ただ呆然と呟く。
「あ………名前聞くの忘れた」
 でも、知っている。
 自分は『あの女の子』を知ってる。
 誰だか解らないけれど、『自分があの子を知ってる』事を知ってるのだ。
「………頭痛くなってきた」
 考えるのを放棄したカイトは、ポケットに手を入れて天井を見上げた。
 そんな些細な事より、切実な問題があるのだ。
「俺って本当に変態なのかな?」
 ぶたれた拍子に自分のモノが、再び痛いくらいに突っ張っていた。





『―――相羽君。居るの?』
「………いいんちょ?」
 目の前に映し出されたフォロモニターに、【CALL YOUKO LADY?】の文字が点滅している。
 空中に映し出されたモニターに触れると、不機嫌そうな陽子の顔が投射された。
「なに?」
『居るんならリアクションぐらい………って。寝てるの?』
「ん―――ベッドに寝転がってる」
『講義もサボって、何をしてるのよ。まったく』
 ぼぉーっと、ベッドボードに背中を預けるようにして惚けているカイトの姿に、陽子はモニターの中で溜息を吐く。
 この男の奇行は日常の事だったが、数日前から異常のレベルがアップしている気がした。
 大体、ひとりで部屋に籠っているなんて事が異常だった。
 訓練中と戦闘時、後は寝る時以外は、カルガモの子供のようにミュウの後に引っ付いていたのだ。
 冷やかすのが馬鹿らしくなる位に。
『ちょっと、話があるんだけど………入れてくれない?』
「勝手に入ってきていいよ―――ぁ痛」
『? あ、そ。ロックぐらい、しときなさいよね」
 個室のドアが開き、圧縮空気が小さく音を響かせる。
 舞弦の生徒に与えられる個室は、広くは無いが戦艦のプライベートルームに有るまじきスペースを確保している。
 もっとも、生徒全員に個室を与えた上に、更に居住区が余ってる舞弦が規格外なのだが。
「………換気、死んでるんじゃないの? この部屋」
 私物が無いので妙に無機質に感じるカイトの部屋に足を踏み入れた瞬間。
 陽子は鼻をしかめるようにして退いた。
 妙に鼻につく異臭が、濃密に漂っていた。
「故障したのかな? 俺は何も感じないけど」
「あのね、空気の循環機系が止まったら、死ぬよ、本当に」
 ベッドで毛布を掛けたまま壁に寄りかかっているカイトが、のんびりと天井を見回した。
「大丈夫」
 何が大丈夫だというのか。
 出入り口の壁に背中を預けた陽子は、頭痛を堪えるようにこめかみを揉み解す。
「で、どーしたの? いいんちょ」
「奇妙なアクセントで人を呼ばないで、って言ってるでしょ………ま、どうでも良いけど」
「了解。いいんちょ」
 解ってない。
 揶揄ってる訳でも、馬鹿にしてる訳でもなく、本当に理解出来てないんだろう、この馬鹿は。
 いやいや。
 どうでも良いんだけどね、本当に。
 陽子は自問自答しながらも、無意識にこめかみを押さえる。
「取り合えず、伝言がひとつミュウから、ね。『サボってんじゃないわよ。馬鹿』―――以上」
「うわ」
 青くなるカイトに溜飲を下ろした陽子は、溜息を吐いてカイトを見据える。
「んで、こっちが本題。………いちお、委員長として忠告に来たんだけどサ」
「………酷いや。優しく手当てしながら俺のコト嗤ってたんだ―――痛た」
 語尾と肩が震える。
 陽子はその無神経なツラを、思い切り小突きたくなったが我慢する。
「人の話、聞きなさい。叩きのめすわよ?」
「あーう…うィス」
 既に切れそうな陽子に、カイトは顔を引きつらせて退く。
 マトモな会話ができる状況ではない。
 色んな意味で。
「プライベートに首を突っ込むのは趣味じゃないんだけど。程々にしときなさい、ってコト。………言ってる意味、解るよね?」
「あの、委員長?」
「アンタに聞いてンじゃ無いわ」
 怒っている、というよりは呆れている口調の陽子に、カイトは乾いた笑いを見せた。
「ちゃちゃいれる心算も無いけど、フォローする気も無いから、それだけよ。せめて講義には出席しなさいよね………それじゃ」
 そのまま、部屋を出ていく。
 カイトは閉まったハッチを眺めたまま、指先で頬を掻いた。
「………何しに来たんだろーね?」
「んん…ぅ………はぁ、絶対。解ってたよね…陽子ちゃん」
 カイトの腰に掛けられた毛布から、顔を真っ赤にしたクレアが顔を覗かせた。
「吃驚した………心臓が止まるかと思っちゃった」
 クレアはベッドに寝転がって丸くなったまま、左の乳房に掌を当てる。
 恰好は全裸だった。
 というより、昨日からまともに服を着ていなかった。
「それに、普通ー…部屋に入れる? 躇わないで?」
 拗ねたような上目遣いでカイトを睨む。
「ん…何か可笑しい?」
「凄く可笑しいと、思うんだけど」
「解んないよ。それより、続き、シテよ。クレア」
 翠系の少し硬い髪を撫でたカイトが、唾液に塗れたソレへの奉仕を求める。
「もっ…今日はお終い、なんだから。陽子ちゃんにも言われた、でしょ…?」
「問題ない。俺は人の話を聞かない奴だから」
「やっ…だ」
 強引に、自分の手を重ねるように、勃起物を握らせる。
 それでも、カイトの指が離れても、クレアは其れを両手で握り込んだままだった。
 泣きそうな瞳で、問い掛けるように覗き込む。
「そのまま、上下に擦って…」
「あ、あのねっ、相羽君…やっぱり…凄くいけないコトしてる気がするんだけど…!」
「上手だね、クレア」
 聞いてない、と言うか聞こえてなかった。
 クレア自身も台詞と行動が、噛み合っていなかったのだが。
「もっと、強くして」
「だっ、大体ね………相羽君、ちょっと変だよ。絶対に」
「何が…?」
 言いながら手を伸ばし、大きくもなく小さくもない乳房を、両掌で包みこむように捉えた。
 少し硬く感じる弾力を、優しい指使いで揉み解していく。
 ちなみに、力を入れ過ぎては駄目、というミュウの指導によっている。
「だっ…だって、何回も何回も出して上げたのに…まだ、こんな………こんなに」
 クレアの指が絡められた勃起物が、しゃくりあげるようにビクビクと痙攣する。
 自分の体液でヌルヌルと滑る塊を、クレアは教えられたままに熱心に弄る。
 自分が何をしているのか? という状況判断力が希薄になっているのだけは感じていた。
「変だよ…絶対、変だよ」
 それは恐らくカイトも、そして自分も等分に。
 まともに判断し様にも、クレアには基準となる男性経験が少なかった。
 というより、一度だけであったし、その相手となった男性は―――見かけによらず、極めて淡白であった。
「クレアと一緒に居ると、こーなるんだ………変かな?」
「わ、私のせいじゃ…無いもん」
「クレアの所為だよ…クレアが悪いんだ………だから、クレアが慰めて」
「あっ…ヤ」
 毛布を剥ぎ取り、緩慢な仕草で拒絶するクレアにのしかかる。
「ャ、ヤダぁ………そんなに開かないで」
 両方の足首を掴まれ、左右に大きく開脚させられると、違和感を感じさせないほどに馴染まされた部分が、もう一度犯された。







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