ぱすてるチャイム
Pastel Chime

アナザーシーズン
Another-Season
〜もうひとつの恋の季節〜







第Y章 ナギサの唄






 風に磯の匂いが混じった。
 灰色一色の視界。
 腰に伝わる小さな振動。
 クラシックなリズムが色になって頭の中を染める。
 単調なリズムに誰かの歌声が混じった。
 お菓子をかじる音とか。
 意味も無い女子の歓声とか。
 『ダウト!』とか『どぼん!』とか、喧しい。
 カイトは懐に手を入れ、小型蓄音機のボリュームを上げる。
 と、ベッドホンのコードが引っこ抜かれる。
「何をする」
 片目を開けて犯人を睨んだ。
 ソイツはポッキーを咥え、ミラーシェードを掛けたちびっこギャングだった。
「なに黄昏てんのよ」
「眠いんだ、俺は」
 夏休み前の学校行事。
 舞弦学園夏期特別実習、臨海学校である。
 舞弦学園三年生ご一行は、大型バスに乗って一路南へと進路をとっていた。
 クラスごとに便乗したバスの中は、祭りのような賑やかさだ。
 マイクを握り締めて熱唱しているクーガーや、紙マージャンでクラスメートから小遣いを巻き上げてニヤケるシンゴ。
 かと思うと、真っ青な顔でエチケット袋を握り締めた苅部とか。
 どっかの馬鹿が鳴らしたクラッカーの紙ふぶきが、蜘蛛の巣のように荷台から下がっている。
 担任のベネットも諦めて寝たフリをしていた。
「なあに? あんた、また寝れなくって熱でも出したの? ホント餓鬼よねー」
「う、五月蝿いやい」
 それは事実だった。
「でも、嬉しいな。初めてだよね? カイト君と海に行くのは」
「ま、そうだな」
「なぁーにが『そうだな』よ。このむっつり助平」
 隣に座ったミュウのフォローを、ボロボロに堕とす小悪魔コレット。
「てめえ、喧嘩売ってんのか」
「ナニよう」
「まあまあ。せっかくの旅行なんだから、ふたりとも喧嘩なんかしないの。どうしてもって言うんなら、トランプで決着をつけない?」
 ミュウは五枚のカードをカイトに手渡した。
 どうやらポーカーで勝負をしているらしいが、ミュウの椅子の前には戦利品が詰まれていた。
 メンバーに巻き込まれていた陽子が、黙ってカイトに肩をすくめて見せた。
 ミュウのポーカーの強さは、カイトも良く知っている。
 カモられたコレットが、流れを変えようとカイトを引っ張り込むつもりらしい。
「いいぜ? かっぱいでやろうじゃないか」
「ふふ、じゃあカード配るね」
「絶対、負けないんだから」
 窓から吹き込む風が、海の匂いを伝えてくる。
 遠くに青い海のきらめきが映っていた。





 国営の宿泊施設に荷物を置いたカイトたちは、簡単なオリエンテーションを受けた。
 次いで、クーラーの無い会議室で、すし詰め状態の講義を受ける。
 潮風が吹き込むだけ涼しげだが、傍らに見える海の青さが、却って忌々しい。
「これじゃ、学校の方がマシなんじゃないだろうか?」
「そうかな? 私は結構、楽しいと思う」
「ミュウのそーゆー性格、羨ましいぜ」
 目の前にニンジンがぶら下げられた馬の気分だ。
 講義が終わり、今は夕食の時間だった。
 臨海学校での全食事は生徒の自炊である。
 材料だけは学校側で支給するが、メニューの決定・調理は生徒の判断だ。
 合宿は基本的に、男女混合で編成された六人グループで行動する。
 カイトは剥いたジャガイモを適当に切って鍋に放り込んでいく。
 メニューはカレーだ。
 明日の朝食は残りカレー、昼はカレーパン、夜には新たなカレーが生成される予定。
 ここは、カレーによるカレーの為のカレー王国。
 カレーが嫌いではないが、いささかウンザリする。
 せめてウドンがあれば良いのだが。
「…米とぎ終わったぜ。委員長」
「じゃ、窯に持ってって。シンゴ君が火を起こしてるから」
 仏頂面でハンゴウを掲げたクーガーに、陽子は石を積んだ窯の前で四苦八苦しているシンゴを指差す。
 支給所から豚肉をぶん取ってきたコレットが呆れたように呟く。
 ちなみに肉類、特に牛肉の競争率は高い。
「何も、ここまで本格的にサバイバル訓練する必要は無いと思うわ」
「だよな」
 べたん、とカイトの目の前に肉塊が置かれる。
「確保するの、結構苦労したんだからね?」
「何だよ? 誉めて欲しいのか」
「………うん」
 冷やかすようなカイトの台詞に、コレットが小さく呟く。
「カイトに誉めて欲しい…かな?」
「って…あ、ああ」
 カイトは自分でネタを振っておきながら動揺してしまう。
 一見、今までと変わらない関係が、少しずつズレて行くコトを認識させられる。
 少しずつ、見えないヒズミが溜まっていく。
「痛っ…」
 照れたように微笑むコレットに見惚れていたカイトは、包丁の先で指を刺してしまう。
「ナニやってんのよ。馬鹿ね」
「うるせ…って、コレット?」
「…っん」
 コレットはしゃがみ込むと、カイトの左手を掴んで指先を咥える。
 自然に、なんでもないコトのように。
 カイトは頭を真っ白にして硬直した。
 それは、グループのメンバーも同様だった。
 竈に火を点けることに成功していたシンゴがズボンにも点火してしまうが、誰も相手にしない。
「んっと、血は止まったかな………バンソーコー貼っとくね」
「カイトっ…君」
 最初に我に返ったミュウが、カイトの元に駆け寄る。
「カイト君、回復法術かけるね」
「い、いいって。そんな深い傷じゃないし」
「駄目だよ。ばい菌とか入ったら…」
「………イイって」
 俯いたコレットが呟いた。
 小さな肩が震えていた。
「コレット…?」
「カイト…イイって、言ってるじゃない。過保護だよ、ミュウ」
「え、だって…私そんなつもりじゃ」
 戸惑うミュウに俯いたままのコレットが続ける。
「そんなつもりも何も、母親じゃないんだから。…お節介、なんじゃない?」
「そ………ごめんなさい」
「ミュウ!」
 ミュウは口元を押さえ、浜辺の方に駆け出してしまう。
 残されたメンバーも、一様に重い空気を感じていた。
「コレット、今のは…」
「ごめん…あたし、ちょっと顔洗ってくる」
 コレットも誰とも顔を合わさずに、炊事場の方へ駆け出した。
 残されたカイトは腰を上げかけるが、どっちにも行けず、呆然と立ち尽くすだけだった。
「…なんか、メンドくせえ事態になってるみてぇだな」
「そう? 良くある事でしょう?」
 クーガーはクールに言い切った陽子に苦笑いした。
 ひとり忘れられたシンゴが、笑みを浮かべたまま黒焦げになっていた。





 臨海学校二日目は実習訓練だった。
 砂場でのダッシュ百本とか。
 悪路を想定した模擬戦闘とか。
 海を利用した水中戦闘の講義とか。
 そんなコトを。
「ホンキでヤルと思ってんのはあんただけよ」
「喧しい」
 コレットの突込みをカイトは溜息混じりにかわした。
「ふふっ…頑張ろ? カイト君」
「んだな」
 ミュウの励ましに曖昧に頷く。
 いつも通りの挨拶のような会話。
 だが、ミュウとコレットの間に、よそよそしい空気が漂っているのがカイトにも解った。
「んでも、メンドクサイかな」
 実際は海辺の付近に生息するワンダリングモンスターの駆除である。
 臨海学校でお世話になる、地元住民への奉仕活動の一環である。
 午前中に実習を済ませた後は、待望の自由時間になる。
「まあ、怪我しねぇ程度に、ぱっぱとやっちまおうぜ」
「そうだね。怪我をするのは嫌だからね、ははは」
「ていうか、あんた達ね………海パンの上に鎧を着るのは止めなさいよ。みっともない」
 陽子は頭を抱える。
 クーガーのビキニパンツの上に鋲付き革ジャンはまだ良いとして、シンゴの紫のラメパンに竹の胴当てというチョイスは、夢に出そうなほどイカしていた。
「ふふっ…そう言う陽子ちゃんも水着でしょ?」
「まあね、服を濡らすのも馬鹿らしいし」
 女子メンバーも、言わずもがな水着だった。
 おまけに学校指定のスクール水着、じゃなくても可である以上、それなりに気合の入った水着の生徒が多かった。
 ミュウの大人し系の白いワンピースは兎も角、陽子の赤いビキニはちょっと正視できないカイトたちであった。
 スタイルの良い陽子であったから、直視すると『ヤバイ』コトになる。
「あれは………武器だな」
「つうか、あれはマジ許されんのかよ?」
「いやいや君達、白いワンピースというのも破壊力が」
「イヤラシイわね、あんた達」
 男子三人の視線が、コレットに向く。
 ほとんどBWHの差が存在しない、贔屓目に見ても中学生がいいトコのライン。
 当然水着のデザインも、可愛い系の水玉ワンピース。
 ふ…っと三人の視線が同じように逸れ、労わるような溜息が漏れる。
「あんた等………マジにむかついたわ。少し黒焦げになってみる?」
 魔術師として一人前になってきたコレットだから、その気になればいい具合に焼ける。
 ホンキで身の危険を感じた三人は、担当地区へ足を速めた。





 砂浜を越えると、海岸の風景は岩場の磯に変わる。
 波で削られた岩肌。
 海風に折れ曲がった格好の松。
 足場と海面の標高差は結構あり、足を滑らせれば洒落にはならないだろう。
「鷹眼!」
 カイトは下段の構えから踏み込み、大きなハサミを吹き飛ばす。
「くらいやがれ!」
 上品とはいえない掛け声と共に、クーガーがハルバードを振り下ろす。
 ゴキン、とカニラスの甲羅が粉砕される。
「頑張れ!」
 最前列に立ったシンゴが、敵の攻撃をかわしながら目一杯応援する。
 まあ、ウザイが邪魔にはなっていない。
 少なくとも敵の一体は引きつけている。
 流石に本場というべきか、海産物系のモンスターが山ほど現れる。
 学園のダンジョンでも見ないような、タコやイカの亜種も多い。
 一度、巨大なフナ虫に遭遇した時は、流石に逃げ出した。
 だが、ほとんどは雑魚ばかりで、一行は好調に駆除を進めていく。
「いくわよ………下がって!」
 コレットと陽子の詠唱が終わって、前衛の男子が飛び退く。
「Flame Wave!!」
「Thunder Wave!!」
 炎と雷の魔力が、波動となってモンスターに襲い掛かる。
 美味そうに焼けたカニラスに、カイトはトドメの雷電を突き刺す。
 装甲の厚い敵には、直接打撃より魔法攻撃の方が有効だ。
 自然と、魔術スキルを保持したコレットと陽子の負担が増すことになる。
「すまないな、ふたりとも」
「まあね、確かにそろそろ疲れてきたかな?」
 陽子が額の汗を拭う。
 敵のレベルは雑魚でも、遭遇率が高いのだ。
 特にカニラスの数が異様に多い。
「私はまだ平気なんだけど」
「私も、全然…ダイジョウブ、だもん」
 肩で息をしていたコレットが、胸を逸らしてニッコリと笑う。
 妙に張り切るコレットは、ほとんど全開で呪文を使いまくっている。
「大丈夫じゃ、ないだろ? 少し、後ろでミュウと休んでろよ」
 ミュウは神術スキルオンリーで習得している。
 直接的な攻撃方法がないので、後衛で補助に徹する事になる。
「まだまだ、へっちゃらよ」
「いいから、下がってろよ。足元がふらついてるだろ」
 魔法力のプールは兎も角、小柄なコレットは体力がない。
 慣れない岩場での戦闘で、足にキテいるのが一目瞭然だ。
「嫌だってば。私も、まだ戦えるもん」
「ナニ意地張ってんだよ! 怪我とかしたら、皆に迷惑掛かるんだぞ」
「意地だって………張るよ。私だって戦えるもん。私だけ…足手まといじゃないもん」
 膝が折れそうになるコレットだが、手で押さえて崩れるのを拒否する。
 それでも、自由にならない身体に唇を噛み締める。
 悔しくて、涙が滲むぐらい悔しくて。
「コレット…少し休も?」
「触らないで…!」
 肩に触れたミュウの手を、コレットは反射的に弾いた。
 ミュウは手を振り払われて唖然とする。
 次の瞬間。
 一歩、踏み出したカイトは、右の手でコレットの頬をハタいた。
 力は入っていないが、音だけがはっきり響く。
 コレットは瞬きも忘れ、左頬を押さえてカイトを見つめる。
「コレット。頭冷やせよ。それじゃホントに子供だ」
「…ば…か」
 震えるコレットが、俯いて呟く。
 足元に涙の雫がポタポタ…と落ちた。
「カイトの…馬鹿あ!」
「待てよ! コレットっ」
 制止も聞かず、伸ばしたカイトの手もすり抜け、コレットはその場から駆け出す。
 カイトは伸ばした手を握り締め、唇を噛んだ。
 女の子に手を上げたのは初めてだった。
 後悔をする気はないが、手と心が想像以上に痛い。
「おいおい、ナニやってんだよ?」
「まったく、あんた達は………」
「カイト君…コレットを追いかけないと」
 ジャケットを掴んだミュウに、カイトは切るように頭を振った。
「ほっとけよ。アイツも餓鬼じゃないんだ」
「解ってない!」
 大声を出したミュウに、カイトの方が驚く。
「カイト君、コレットの気持ちが解ってない。カイト君からあんなコト言われたら………あの子、すっごく傷ついてる。誰かが、そばに居てあげなきゃ!」
「ケド…よ」
 事の成り行きを見守っていた陽子が溜息を吐いた。
「しょうがないわね。皆で手分けしてコレットを探しましょう」
「ええっ? 今は一応実習の時間…痛い」
「てめえ、馬鹿か? ほら、さっさとコッチくんだよ。集合場所は宿舎で良いんだな? 昼間まで探して見つかんなかったら、戻っちまうからな」
「ああ、済まない。クーガー」
「へっ、だったら今度、昼飯でも奢りやがれ」
 クーガーはごねるシンゴの首根っこを掴んで、コレットが消えた方へ向かう。
「ま、基本的にはアイツも良い奴だからね」
 陽子も手を振って、別の方に歩いていく。
 戦闘ではなく逃げるだけなら、単独行動でも危険は少ない。
「………じゃ、俺も行くよ」
「あ………うん、気をつけてね」
 ミュウは言葉を飲み込んでカイトを見送った。
 多分、コレットが待っているのは、探しにきて欲しいと思っているのはカイトだろうから。
 自分が一緒に居ては、コレットが嫌がると、解っていたから。
 一緒に探しに行こうとは、言えなかった。
 ミュウは胸の前で手を握り締めた。
「気をつけて………」





 予感がある。
 多分、俺が見つけられる。
 一度探せたからかもしれない。
 だから、岩場の影で蹲っているコレットを見つけた時、あんまり驚きはしなかった。
 海側に面した岩を回り、カイトがコレットの背後に立った。
 コレットも背後に立ったのが誰か、振り返らずとも解ってしまう。
 会話はなくて、波の音が繰り返し響く。
 ウミネコの鳴き声が幾度か通り過ぎた。
「なんで………カイトが見つけちゃうのよ」
 やがて、コレットが理不尽な事を呟く。
「なんで、俺から見つけられるんだ、っての」
「痛い…って、二回も叩いたわね!」
 こつん…と頭のてっぺんを叩かれ、立ち上がったコレットがカイトを睨む。
 その怒り顔に安堵したカイトは、にやっと笑んだ。
 泣き顔より、百倍もマシだ。
「な、なによう。へ…変な顔で笑わないでよ。私、怒ってるんだから………」
「叩いて悪かった。だから………ほれ」
「な、何のつもりよ?」
 アホみたいに顔を突き出したカイトに、コレットは半歩退く。
「殴り返していいぜ。そんで、チャラな?」
「そんなっ………………って、そうね」
 最後の台詞があまりにもあっさりしていて、カイトが台詞を撤回しかけた。
 が、その前にコンボが炸裂した。
 マシンガンのようなビンタが、小気味良い連続打撃音を響かせる。
 紅葉のような掌に的確な衝撃を乗せた、手首のスナップが効いたビンタだった。
 こう、抉り込むように撃つべし撃つべし。
 カイトは十発目まで数えていたが、その先は諦めた。
「はあ。すっきりした………もぉ、手が痛いじゃない。ばカイト」
「てめへ、容赦にゃひのな」
 いや、マジで。
 カイトは真っ赤に腫れて麻痺した顔面を押さえる。
 コレットは真っ赤になった手で、カイトの上着を掴んだ。
 そして、こてん…とオデコを背中に押し当てた。
「………ごめんね」
「ああ。俺はいーんだよ。ただ、皆にはちゃんと謝っておけよ。………後、ミュウにもな」
「うん………私、ミュウに酷い事、しちゃった」
 コレットから掴まれた上着の裾が、ぎゅっと引っ張られる。
「もう、許してくれないかな? ミュウに嫌われちゃった、かな?」
「バーカ。アイツは、そんなコト根に持つタイプじゃないよ。なんなら、俺から言っといてやろうか?」
 ぽけ…っとしたコレットが拳を握り締めて肩を震わせる。
 だが直ぐに、はぁ…と溜息を吐いて脱力した。
「解ってないよね、カイトってば。…ホンット、全然解ってない」
「な、何がだよ?」
「もう、犯罪的。っていうか、本気ナチュラルですか、とかマジに思うし。致命傷?」
 ミュウにも同じコトを連呼され、『ああ、俺って丸出駄目男なんだ』とか自分自身なんとなく悟っていた。
 カイトはしゃがみ込んでイソギンチャクとかを弄り始める。
「…なんだよ。解んねーのは、解んねーんだもん。いいじゃんかよ…」
「そ! 自覚しなさいよね。………ま、カイトのそんなコト好き、だけど」
「な、何だって?」
「あはっ………言葉通りの意味ですよーだ」
 とん、と岩場を跳ねるように駆け上がったコレットは、呆然としたカイトを振り返った。
「何ぐずぐずしてんのよー! 皆心配してるだろうから、早く帰るわよー」
「なんて身勝手な奴だ」
 吐き捨てるように呟きながら、カイトの顔は楽しそうに笑っていた。





 国営宿舎は浜辺に面した入り江にある。
 一足先に実習を終了させた生徒達は、思い思いの海水浴を堪能していた。
 カイトとコレットのふたりは、オリエンテーション受付すぐ側のビーチパラソルの下に座り込んでいた。
 コレットは先に戻っていたグループのメンバーに謝罪し終え、最後のひとりを待っているところだ。
 ふたりは入り江口に視線を据えたまま動かない。
 たまに嬌声がして振り返ったりするが、体育教師のティオが無意味にポージングをして女子生徒のヒンシュクを買っているだけだったりする。
「遅いね」
「ああ」
 何回目かの同じ会話。
 腕時計を見なくとも、実習の時間はすでに終了している。
 心の中で嫌な予感が膨らむ。
 幼馴染の生真面目さと思いやりを、カイトは誰よりも知っているつもりだった。
 だから、実習時間が過ぎても親友の探索を続けるというのは、納得できる話だ。
 実際、不安そうなコレットにも同じ話をした。
 受付を振り返る。
 受付担当をしている担任のベネットが、リストと時計を見比べていた。
 名簿を確認させてもらった時には、未帰還者は数名だった。
 今は、恐らくミュウひとりだ。
 嫌な、予感がする。
 心臓が鷲づかみにされたような、焦燥感。
「…遅いね」
「…ああ」
 身近で嬌声らしきものが聞こえ、カイトとコレットが視線を上げた。
 そこに立っていたのは。
「あ、馬路出気障男」
「ミューゼルが帰ってきていないそうだな」
 コレットが命名した妙なあだ名をあっさりと無視し、ロイドがカイトに詰め寄った。
「ああ、そうだ」
「キミは、一体何をしているんだ? ミューゼルを探しには行かないのか」
 ロイドは苛立った様子で首を振った。
「やっぱり、キミはその程度のいい加減な男なのか」
「ちょっと! 気障男。いきなり出てきてムカツク台詞喋んないでよ」
「相場君、コレットさん…ちょっと、いいかしら。あら、ロイド君も」
 暴発しかけたコレットの背後に、受付担当のベネット先生が声を掛けた。
 ロイドの挑発も耳に入っていなかったカイトは、雷電を手に立ち上がった。
「ベネット先生。ミュウは」
「はい、ミューゼルさんはまだ帰還していません。それで、先生達がこれから捜索に向かいますので、あなた達は自由時間に入っても構いません」
 可笑しなコトを言わないで欲しい。
 ミュウが帰って居ないのに、俺だけが遊んでいられる、訳がないのに。
「そんな、悠長な! 捜索隊を派遣するべきです」
「そうですよ、先生…」
「ロイド君、コレットさん。その判断は貴方達が下すものではありません。幸い、この付近のモンスターにさほど強力な固体は存在しませんし………」
「それじゃ、先生。俺は、失礼します」
「カイト…?」
 一礼してさっさと離れるカイトに、コレットが呼びかけた。
 ロイドの言う通りだ。
 のんびり話し合いなんか、していられるわけがない。
 ミュウの事なら、カイトは誰よりも知っているつもりだ。
 たとえ、親友を探すためとはいえ、時間に遅れれば皆に迷惑が掛かることを忘れる娘じゃない。
 ミュウなら一度戻ってから、また自分で探しに行く。
 だから、今ここにミュウが居ないのなら、それは。
 ミュウの身に何かあったからに決まってる。
 カイトは雷電の鞘を握り締める。
 砂浜を蹴る足が全力に移る。
 行かなければならない。
 それは理屈じゃない。
「待って! カイト、私も一緒に…」
 背後で聞こえたコレットの声に、カイトは振り返る事はなかった。





「はあ、はあ、はあ、はあ」
 肩で息をするカイトは立ち止まって周囲を見回す。
 ここでミュウと最後に分かれた。
 向こうに走っていったのは俺。
 残ったミュウは何処に行く?
 他のメンバーが消えた方角を潰し、ミュウが散策に向かったであろう方向を予測する。
 今の自分には、ミュウの足跡を追えるほどの探索能力はない。
 スカウトではなく戦士の道を自分は選択したのだから。
 だったら、考えるしかない。
 ミュウなら、どう考え、どう行動したであろうか?
 多分、自分には出来る。
 いや、俺にしか出来ない。
 思考開始。
『迷子』
 である可能性は低い。
 記憶力に優れたミュウは、学校のダンジョンもマップなしで歩けるほどだ。
『敵攻撃による行動不能』
 これも考えづらい。
 攻撃系の魔法が少ない神術士とはいえ、ミュウは高レベルの回復・防御術がある。
 元より体術に関しても、劣等生ではない。
『身体的不調による行動不能』
 昨日から朝の様子を思い出しても、具合が悪そうな兆候はなかった。
 同じメンバーでシンゴが腹を下したが、ミュウに拾い食いをする意地汚さはない。
 生理は先週終わったはずである。
 何で把握しているのかは、そこはそれ。
『対モンスター魔法地雷を踏んで一歩も動けない』
 まったく無いとは言えないが、確立は恐ろしく低い。
 でなければ、学校の実習で注意の一言はある。
『突然、天空から現れたUFOに誘拐され、生き血を抜かれる』
「馬鹿か俺は」
 カイトは自分で自分に突っ込みを入れる。
 だいぶ疲れてきている、というより苛立っている。
『何の脈絡もなく現れたロニィ先生から、即効性麻痺毒の吹き矢を打ち込まれる』
 カイトは手頃な岩に頭を繰り返し打ち付けた。
 冷静にならなければならない。
 激情に流されては的確な判断は下せない。
『偶発的事故による行動不能』
「これしかない…か」
 他のグループにも発見されていない以上、視界に届く場所には居ない。
 意識を失っているのか、自分の位置を知らせる事が出来ないような場所。
 カイトは意識的に崖の切り立った、海岸沿いを歩いた。
 ミュウが自分に課した、コレットの探索範囲領域。
 多分、誰も探さないような、探索が困難な場所だ。
 自分から貧乏くじを引いてしまう、そんな要領の悪さ。
 岩壁に打ち付けられる波を見下ろし、カイトは唇を噛んで頭を振った。
 怖い、という感情を自覚する。
 ミュウを、ミュウという存在を失ってしまう事が恐ろしい。
 恐らくは自分という存在を失ってしまうより。
「わっ…!」
 と足を滑らせたカイトは、慌てて近くの岩を掴んだ。
 カイトは大きな溜息を吐く。
 だが、その前に自分が帰らぬ人になっては話にならない。
 岩盤が崩れやすくなっている場所らしい。
 砕けた岩ころが、十数メートル下の海面に落下していく。
 覗きこんで息を呑む。
 ほとんど垂直の崖の下は真っ青の湾のようになっており、落ちたら最後、二度と這い上がってはこれないだろう。
 不意に『ドクン』と心臓が脈打った。
 感覚を否応なしに研ぎ澄まされる、強制覚醒感覚。
 聴覚に、飛び込む、微かな音。
「………カイ…ト、くん………助け………」
 視界が反転する。
 重力から開放された落下感に、怖いと思う気持ちは無かった。
 真っ白な頭の中で迷いはない。
 カイトは崖から身を躍らせて、海面にダイブしていた。





 意識を回復する前に目を開ける。
 薄暗いゴツゴツした天井が見えた。
 次いで触覚の回復。
 肌寒い。
 シャワーを浴びて、身体を拭かずに寝てしまったような不快感。
 次いで臭覚の回復。
 刺すような生臭いすえた匂いに、ミュウは意識を取り戻した。
『たしか、コレットを探している途中で………足を滑らせて海に落ちた。それから』
 寝ていたのは岩肌。
 ここは洞窟のような場所だった。
 潮風と波の音。
 そして、生臭さを伴った腐敗の匂い。
「い、いや…!」
 ミュウは自分の周りの現状に気づいて悲鳴を上げる。
 うずたかく詰まれた、魚の山。
 その魚の所々に、楕円状の発光物体が植え付けられていた。
 良く見ると、洞窟のあちらこちらにソレが群植されていた。
 それは卵だった。
 自分がこの場所に運ばれた意味を理解して、ミュウは背筋を凍らせた。
 魚は餌なのだ。
 孵化したモノが食らうために集められたエサ。
 そして、その親が、洞窟の奥で身動ぎした。
 光るふたつの目に睨まれ、ミュウは金縛りにされる。
 洞窟の入り口からの光に照らし出されたソレは、天井に届きそうな体躯を揺する。
 ソイツは通常の五倍の大きさはあろうかというカニラスだった。
 モンスターに稀に産まれる、クイーンと呼ばれる突然変異体だ。
 クイーンは単体繁殖が可能で、異常な多産能力を備えており、付近でカニラスが大発生したのもこの固体のせいだった。
 金縛り状態のミュウはうめくコトも出来ない。
 クイーンの腹部から、ズルリ…と何かが伸びた。
 ソレは輸卵管だった。
 白い、柔らかそうな、肉管。
 ヌロリ…とした粘液に塗れた輸卵管は、人間の男性器に酷く酷似していた。
 植え付けるつもりなのだ。
 魚の屍骸と同じように。
 ミュウの身体の中に。
 肉管を突き挿し、そのハラワタの中へ。
 ミュウは意識を失いそうな恐怖の中で、喉の奥を震わせる。
 だけど、その口から出た声はあまりにも小さくて。
 それが誰かに、名前を呼んだ相手に届くとは、ミュウ本人も思えないほど。
 小さな、助けを求める、呼び声。
「…カイト…くん………助…けて…」
 だから、その声が聞こえた時。
 心臓が止まるほどに。
「ミュウ!!」
 嬉しくて涙が零れた。





 海水は思ったほどに冷たくは無い。
 だから、潜って僅かな砂場に駆け上がった。
 見上げるほどに巨大な体躯。
 その前に立ち尽くす、桜色の髪をした幼馴染。
 その光景はあまりにも『あの時』と同じだった。
 歯軋りが自分の耳にも聞こえる。
 解ってる。
 この『恐怖心』は自分が傷つくコトに対してじゃない。
 ミュウを守れないかもしれない、という恐怖。
 約束を守れないかもしれない、という恐怖。
 だったら、そんな邪魔な感情は。
 噛み殺してしまえば良い。
 雷電を抜き打ち様、右の鋏関節に撃ち込んだ。
「くっ…!?」
 跳ね返された刃に欠けがある。
 クイーンの外骨格には傷のひとつも与えていない。
 恐ろしく頑強な、生まれ付いての鎧だ。
 打ち下ろされるハサミを飛び退いた姿勢で、右足を引き、真横に構えた雷電を弓のように目一杯振りかぶる。
 四肢の『気』を活性化させ、『剣技』を発動させる。
 装甲を貫通させるために、手持ちで最大の破壊力を有した技。
「…っッ虎撃!!」
 足元の岩を砕く踏み込み。
 閃光のような雷電の軌跡。
 一瞬後に、ガラスの割れるような音。
 クイーンの腹部の継ぎ目を狙ったカイトの一撃は、恐らくは最も理想的な一撃だった。
「カイト君!」
「ぐわあっ!」
 だから、砕け散った雷電の刃に呆然としたカイトは、薙ぎ払うようなハサミの攻撃をまともに食らって吹き飛ばされる。
 そして、岩壁にぶち当たったカイトを、救い上げるようにもう一撃。
 バン、バン、と立て続けにカイトの身体が跳ねる。
 金縛りの解けたミュウはカイトの元に駆け寄り、回復法術を施す。
 折れたアバラが癒着し、失神しかけたカイトが意識を取り戻す。
 だが、同じく折れていた脚の感覚は失い、喉の奥から血塊が吐き出される。
 ビル破壊の鉄球で殴打されたに等しい一撃。
 カイトは一切の防御装備のない裸だ。
「カイト君…カイト君っ」
「…ったく、泣くなよ。ホント、ミュウは…泣き虫だな」
 何か可笑しくなって、カイトは苦笑して立ち上がった。
 右手に握ったままの雷電は、ちょうど半分辺りで折れていた。
 唯一の逃げ場は後ろの海。
 だが、海中戦闘でカニラスから逃げきれるとは思えない。
 ミュウもそれを理解しているのか、カイトを庇うようにカニラスと対峙している。
 だが、その膝が震えているのがカイトには解った。
 一番目の約束を守れない代わりに、二番目の約束を果たしている。
 それは、多分ずっと昔から。
 クイーンが圧し掛かるように近づいてくる。
「…ナイカイコト…ナカマヲマモルコト」
「…え?」
 それはふたりで誓った約束。
 カイトはミュウを押しのけるように、カニラスの前に立ちはだかった。
 頭がぐらぐらして体中が痛い。
 でも、まだ動く。
 身体が動く以上は、今度は絶対に諦めたりしない。
 今度は、俺が、約束を守る番だから。
 動かない足で踏ん張って、右手に折れた雷電を、左手にミュウを庇う。
 前には敵。
 後ろには守るべき人。
 ずいぶん、色々なコトを忘れていた自分が、酷く可笑しい。
 小さい頃にかわした約束とか、教えてもらったコトとか。
 カイトはゆっくりと、折れた雷電を上段に構えた。
「この世に…切れぬモノは無し」
 覚悟が決まったせいか、自分の立っている場所が解ったせいなのか。
 はっきり『見える』ものがある。
 この世のモノは、すべて糸で織られたようなモノだと、誰かから教えてもらった。
 人も、空間も、あらゆるモノも。
 コイツを構成する『糸』は複雑に絡み合っていたけれど、その実酷く脆い。
 硬い『面』を構成する糸の一本一本は、脆くか細い『線』の集合だった。
 確かにこれは砕けない。
 だけど、切断をするなら。
 こんなに容易い事は無いと思えた。
 だから、まっすぐに切れそうなラインを、そのまま。
 折れた雷電でなぞった。
 豆腐を切るように。
 酷く曖昧な手応えを残して。
「カイト…君?」
「弐堂式絶招・刃之弐………『閃翼』」
 ズル、とクイーンの左右が上下にずれる。
 容易く、風を切り裂く音すらさせず。
 山のような巨体を、刃の届く範囲を超えて両断していた。





 日が暮れたように薄暗い。
 洞窟の中も、外も同じように薄暗い。
 叩きつけるような雨は、空の底が抜けたような勢いで水滴を叩きつけた。
 波の荒れた海面も、激しい降雨の跳ね返りで、白いカーテンのような霧を漂わせていた。
「みんな…心配してるよね」
「まあ、な」
 幸い波は、洞窟の中まで入り込んで来ることは無い。
 これ以上波が荒れても、洞窟の奥は先へと続いていた。
 ミュウが動けないカイトの代わりに、漂流物を集めて火を焚いていた。
「あのさ。やっぱ、ミュウだけでも先に戻った方が良くないか?」
「動けないカイト君を放っていけないよ」
 外傷はすべてミュウの回復法術でふさいである。
 だが、深い部分のダメージを、魔法という手段で癒すコトは出来ない。
「俺なら大丈夫だって」
 ふたりは壁際に寄り添って座り込んでいた。
 水着のままのふたりとって風は冷たかったし、防寒具はミュウのローブしかなかった。
 ふたりはひとつのローブを一緒に肩に羽織り、自然に手を握り合っていた。
「行かないで…もう少しだけ」
 身動ぎしたカイトの動きを肌で感じたミュウは、握った手に力を込める。
 ゴツゴツした『男の子』の手。
 その無愛想な手に宿った優しさを、ずっと昔から知っている。
「お願い………そばにいて」
 ミュウは身体を傾けて、カイトの肩に頭を乗せた。
 波の音や雨の音は単調すぎて、次第に意識から薄れていく。
 ただ鼓動が。
 自分の心臓と、もうひとつの重なる鼓動が、同じリズムを刻んでいく。
 目を瞑ったミュウはまるで寝ているようで。
 カイトは指先で、その髪を撫でた。
 オデコを触れ合わせ、その動きが止まる。
 焚き火は小さな炎をユラユラと震わせる。
 ミュウは大きな手と組み合わせた指に、きゅ…っと力を込める。
 一度離れ、触れ合う距離で互いを見つめる。
 ミュウの潤んだ瞳に惹きこまれる。
「ミュウが………欲しい」
「…ん」
 頷くような仕草に、カイトからの口づけが重なる。
 オデコを触れ合わせ、押し付けるようなキスをかわす。
 心臓の音がドクン、ドクン、と耳の奥で響く。
 嫌になるぐらい興奮してる自分が、煩わしい。
「やっ…」
 掌に柔らかい感触。
 腕を回して、細いミュウの身体を抱きしめる。
 ふたりが羽織っていたローブが落ちる。
 頭の中が、タダマッシロになっていき、ミュウの匂いとそのスベテがホシイと願った。
「や…カイト君…待って」
「…っ」
「痛い…よ。も…少し、優しく………して」
 ビクン、と震えたカイトが身体を離した。
 息が荒い。
 ケダモノのような自分が酷く浅ましく、汚らわしいものに感じる。
 ミュウは俯いて固まったカイトの頬に、自分からそっとキスをした。
「カイト…君、だいじょうぶ…だよ。私はどこにも行かないから、ずっと………一緒だから」
「っとに、情けねぇ…餓鬼みてーだな、俺」
「そんなコト…ないよ」
 ミュウは潤んだ瞳で微笑み、優しくカイトの手を取った。
 そして自分の左胸に押し当てる。
 柔らかい感触にカイトの頭が真っ白になる。
「ほら………解る? カイト君」
 微かに感じるミュウの鼓動。
 それは激しくて、熱くて、恐らくはカイトの心臓より鼓動を昂ぶらせている。
「カイト君………初めて?」
「あ、ああ。そうだよ」
「私も初めてだから。ね………一緒だよ?」
 カイトは改めてミュウを抱きしめた。
 好きな子を、好きだと言えなかった自分が恥ずかしい。
 そして、好きだと伝えるための表現手段が酷く稚拙で、それが悔しい。
「うん…ゴメン」
 小さく溜息を吐いて、余計なものを一緒に吐き出した。
 ミュウを見つめる。
 一番大事で、一番愛しいもの。
「ミュウ…好きだ」
「私も、カイト君が…大好きだよ」
 優しい口づけを。
 貪るように、ふたりでお互いの背中を抱きしめて。
 そっと、カイトはローブの上にミュウの身体を寝かせる。
 パチパチと弾ける焚き火は小さな炎になっていたけれど、ふたりは寒さなど感じない。
 カイトはミュウの頬に口づけて、耳元に囁いた。
「脱がす、よ」
 白いワンピースの水着を、肩から抜き取る。
 指先で引っ掛けるように水着を脱がせていくと、胸元に差し掛かった時点で引っかかる。
 顔を覗き込むと、ミュウは恥ずかしげに顔を背けた。
 ミュウのバストのサイズは、控え目なんてモノではなかったから。
 クラスの女子の中でも、恐らくは一番大きいのかもしれない。
 息を呑んだカイトは、黙ってウエストまで一気に水着を脱がせた。
 零れ出るふたつの肉塊が、左右にたわんだ。
 どこまでも柔らかそうで、まるで水の中に浮かぶモノのように。
 それでいて何処か硬質なラインを描く、青い少女の乳房。
 カイトは確かめるように掌を乗せる。
 ビクン、とミュウの身体が震えたが、カイトは黙殺して両掌を両乳に乗せる。
 ゆっくりと揉む。
 感触を確かめるように、大きさを確かめるように。
 唯一つの玩具を手に入れた子供のように、執拗に、念入りに弄ぶ。
 柔らかい、どこまでも指が沈むような感触に、カイトは酔いしれるように触れ続ける。
 乳房の秘肉が、引き締まるように弾力を増した。
 不図、カイトは掌の中心で硬くしこった感触に気づく。
 ミュウの顔を覗き込むと、万歳をするように掲げた手で顔を隠している。
 ミュウも『感じて』いると知ったカイトは、背筋を甘い刺激が走り抜けたような気がした。
 掌を擦りつけるように動かし、乳首をはっきりと充血し硬くしこらせる。
 カイトは手を退けて、ミュウの乳房を見つめた。
 大きな乳房に比べ、ミュウの乳輪は驚くほどに小さく、慎ましげだった。
 その桜色の乳首は硬く隆起し、微かに震えている。
「ぁ…や」
 カイトは乳房に顔を埋めるように、ミュウの乳首にキスをした。
 潮の味がするはずが、何故か微かに甘い。
 ビクン、とミュウの身体が跳ねる。
 唇で挟むように咥えて吸う。
 両方の乳房を平等に、優しく、丁寧に、執拗に。
 指先で完全に充血した乳首を抓み、擦り合わせるように弄る。
 ミュウは腰を捩るように震え、カイトの頭を押さえた。
 時間が曖昧に流れていった。
 カイトは熱に浮かされたような意識の中で、身体を起こした。
「ん…はぁ…はぁ…」
「ミュウ…」
 青色の瞳を潤ませたミュウは、虚ろにカイトを見つめる。
 その身体が、ヒク…ヒク…と淫らな仕草で震えていた。
 カイトは唇を噛み締めて堪えた。
 やめて欲しいと、本気で願った。
 愛しくて、欲しくて、無茶苦茶にしてやりたいなんて思ってしまう。
 カイトはミュウに跨ったまま、ウエストに蟠った水着に手をかける。
 剥ぎ取る手つきに、遠慮はなかった。
 尻を上げさせて、一気に脚から抜き脱がす。
 剥かれたミュウは、隠そうと動いた手足をカイトに押さえつけられる。
「や…ぁ………カイト、くん」
「隠さ、ないで」
 幼馴染の一糸纏わぬ全裸を目の当たりにし、カイトは呼吸も忘れる。
 綺麗だ、と思った。
 微かに上気した肌も、恥じらいの仕草も、その吐息すらも。
 そして、その股間が濡れているのに、カイトは驚きを感じる。
 知識として、女の子が『濡れる』というのは知っていた。
 だが現実に、そして好きな子が『濡らしている』のを目の当たりにし、眩暈がするほど興奮する。
 痛いほど、自分の股間が水着の中で勃起していた。
 キリキリと痛いほど勃起している。
 オカシク、なりそうだ。
「カイト、くん…」
「ミュウ、俺…」
 こく、と小さくミュウが頷く。
 ココロのどこかで感じてた罪悪感が、その微笑に癒される。
 カイトは自分も裸になって、ミュウの脚の間に膝を突く。
 勃起した股間の逸物は、醜いほどに充血して反り返っていた。
 臍まで反った逸物を、水平に押し下げる。
 先端に触れた生暖かく濡れた感触に、込みあがる射精感を尻の筋肉を締めて堪えた。
「いっ…」
 ミュウの顔が、一瞬しかめられる。
 自分の肉の中に、初めて押し入ってくる異物の感触に呼吸を止める。
 繊細で敏感な肉を蹂躙される激痛に、唇を噛み締める。
 カイトの顔も歪む。
 それは苦痛ではなく、ミュウの中に入っていく悦楽を堪えるために唇を噛む。
「いっ…う、あ………カイト、くんッ」
 ビクン、ビクン、とミュウの腹筋が痙攣した。
 根元まで自分の欲望を押し入れたカイトは、何かを探すようなミュウの手を握り締めた。
 ミュウの胎は温かく、優しく、そして卑猥だった。
 押さえられない鮮烈な衝動に、カイトは腰を痙攣させた。
「あ!」
「あああ…っ!」
 深くまで、ミュウと一体になったまま、カイトは己を弾けさせた。
 胎内で激しく痙攣する異物の感触に、ミュウは強くカイトを抱きしめた。
 腹の奥で流れ込む精液は、ミュウにも感じられるほどに大量に。
 弾けるように脈打って、痛いくらいに勢い良く。
 だけど幸せで、とても幸せだったから。
 ミュウは言葉にならない謝罪を飲み込んだ。
 許される罪ではないと、解っていたから。
「ごめんなさい………コレット」
 ミュウはカイトの肩に縋りつきながら、そっと一筋の涙を零した。





 しと、しと、と小降りになった雨が降っていた。
 雨水は細い糸のような流れになって、崖の裂け目に小さな滝のように流れ込む。
 波の音と、雨の音がざわめきとなって、その他の音を均一に塗り潰す。
 風の音も、葉擦れの音も、小さな嗚咽も。
 岩陰で蹲る小さな影。
 その影は小さくて。
 誰にも見つけられないほどに小さくて。
 灰色の景色の中で、濡れそぼった金糸の髪が小さな肩に流れている。
「痛いよ………カイト」
 その、嗚咽に混じった声は、誰にも届かない。





 ゆっくりした時間は暖かい。
 好きだな。
 こういう時間を、自分が好きだと、カイトは自覚した。
「あぅ………カイト君」
「ゴメン、まだ…痛むか?」
 カイトは動きを止めて、膝の上に抱えたミュウを覗き込む。
 胡座をかいたカイトは、背中を胸に抱いてミュウを抱えていた。
「そんな、コト…ないんだけど」
「あー…っと、じゃ続けて、いっか?」
「あ、ま…待って………あっ、やあ」
 カイトは待たなかった。
 後ろからミュウの太腿を抱え、ゆっくり前後に揺らす。
 ミュウは自分の格好に赤面しながらも、カイトの腕を押さえて身を委ねる。
 カイトの腰に乗せられた自分の尻に、カイトのモノが突き刺さっていた。
 卑猥な眺めに、眩暈すら感じたミュウは瞳を閉じた。
 膣への挿入に痛みはない。
 破瓜の傷は、回復法術で癒していた。
 だが、痛みはなくとも胎内で蠢く異物感は、実に奇妙な感触だった。
 熱くて、硬いものが腹の中を蹂躙する。
 その胎内温度差に頭が、ぼぅ…っとする。
 だけれど、それは嫌ではなくて。
 多分、自分はそれを心地良いと、感じている。
 愛しいと、感じている。
「あっ…」
 カイトがうめいて動きを止める。
 子宮に向かって弾ける体液の感触に、ミュウは無意識に腰を痙攣させる。
 カイトは震えるように仰け反るミュウの身体を抱きしめ、思い切り射精を撃ち込む。
 だけど震えるモノは体液を撃ち出した後も、まったく萎える兆しがない。
 自分の下半身に、馬鹿じゃないかと悪態を吐く。
 都合三度も射精して、勃起は硬くなるばかりだ。
 オナニーでもこんなに昂ぶった経験はない。
 カイトは情けなく思いつつも、ミュウの顔を覗き込む。
 ミュウは叱られた子供のようなカイトに、微笑んで頷いた。
「いいよ………好きなだけして欲しい。私は、カイト君のものだから」
「っ…ミュウ」
 ホントに勘弁して欲しい。
 そんな答えをもらったら、全然俺のモノはいきり立って、どうしようもなくなる。
 カイトは強くミュウを抱きしめた。
 外の雨は止んで久しい。
「あ…」
 小さく震えたミュウがうめく。
 カイトはミュウの尻から、勃起したままの逸物を引き抜いた。
 柔らかく捏ねられた膣の淫肉が、卑猥に窄まって逸物を引き止める。
 ねっとり…とふたりの体液に塗れた性器から、湯気が立ち昇る。
 カイトの執拗な穿孔を受けた膣孔は、外側に爆ぜ割れて、ピンク色の膣ヒダを晒していた。
 どろり…と一呼吸おいて流れ出した白い粘液が、カイトの逸物に滴り落ちる。
 カイトは息を呑んで、自分達の性器を眺めた。
「なんか………エッチだな」
「や、もう…カイト君の、馬鹿」
 ミュウは赤面して自分の股間を隠した。
 だが、指の間からカイトの精液が、隠しようもなく漏れ滴ってくる。
 カイトは頭を掻いて視線を外した。
 処女だったミュウに対して立て続けに三度も求めた外道さを、激しく反省する。
 だけどミュウとのセックスはとても気持ち良くて、今までにない幸せな時間だった。
 カイトは恥ずかしそうに後始末をするミュウを、後ろから抱きしめた。
「駄目…だよ。カイト君………今は、これ以上」
「好きだ。ミュウ…ずっと」
 ミュウは微かに震えて、動きを止める。
「うん………うん、私も…だよ」
 その声は、酷く悲しそうにカイトには聞こえていた。





 臨海学校最終日のディナーは、恒例のキャンプファイヤーを囲んでの宴会だ。
 だが、宴会の料理は自炊のものであり、グループによって貧富の差が激しい。
「皆、ホントに御免なさい」
 ミュウはひたすら平謝りする。
 カイト達の前に置かれた食事は、丼飯、だけだった。
 ツヤツヤ、ホコホコした白米が哀愁をそそる。
「おめえが気にする必要はねえよ」
「そうねぇ、ミュウのせいじゃないわ。私達が勝手に探してただけだから」
「そうそう。誰のせいでもない、という事で」
 人畜無害の笑みを浮かべるシンゴに、一同の冷たい視線が集まる。
 当然、というかミュウの探索に回ったのは、カイトだけではなかった。
 コレットや陽子、そしてクーガーも先生の叱責覚悟で探索していたのだ。
 ………唯ひとりシンゴを食事担当に残して。
「さあ、みんな。何を暗くなっているんだィ? パーっと行こうじゃないカ、パーっと!」
「ヤカマシイ! テメエが悪ィんだよ、この阿呆」
「クーガー。それ以上ヤルと、マジに逝く」
 シンゴの首を絞めるクーガーを、カイトが背後から引き止める。
 だが、止めろ、とは言わない。
 心境的には皆同じだ。
 笑顔で失神したシンゴの頭が、人形のようにカクカク揺れるのは、傍目で見てても酷く気色悪い。
 陽子は額を押さえ、三馬鹿トリオの漫才に溜息を吐いていた。
 ミュウとコレットは、隣に座ったまま黙って俯いていた。
 微妙な、距離がそのままふたりの心境を表しているように思えた。
「………コレット、その」
「あ、あのね………そのね、ミュウ」
 ミュウの微かな声を遮るように、コレットが顔をあげる。
 精一杯の笑顔を浮かべていたが、その笑顔はまるで泣いている子供みたいで。
 ミュウは言葉に詰まる。
「ホント…ゴメン!」
「えっ…」
「昼間の事とか、ここ最近の事とか。私、自分でもなに言ってんだか解んなくって、一杯ミュウに酷いコトしちゃってて」
 コレットは頭を下げて、拍手を打つように両手を合わせる。
「だから、その………私たち、まだ…親友だよね?」
「コレット…御免…なさい」
 口元を押さえたミュウは涙を零した。
 どちらからともなく肩を寄せて、お互いに、支えあうように。
「………あのね。私、カイトのコト…好きだったんだよ」
「うん…うん、私もカイト君が、好きだから」
 お互いに解らなかった筈がない。
 誰よりも側にいて、同じ相手を見つめていたのだから。
 それでも、コレットの言葉は、けっして恨み言なんかではなかったから。
「でもね…でも、私はやっぱりミュウのコトも好きなんだーって、解っちゃったから」
 そして、カイトもミュウのコトが好きなんだって、解ったから。
 コレットは小さく震えるミュウの手を握った。
「だからね、ミュウなら…イイかなって。ミュウだから、イイんだよ?」
「うん…ゴメン…御免ね、コレット…」
「やだなー、もう…泣かないでってば。ミュウってば、ホント泣き虫なんだから」
 同じ時間には、きっと戻れない。
 時の流れは止まるコトなく、戻るコトなく。
 ただ、振り返って懐かしく思うコトを許すのみだ。
「確かにねー。でも、ちょっと考え直してみる気はない?」
「え?」
 ふたりだけの世界から顔を上げると、なかなかに愉快な状況が待っていた。
「こっ、コイツ…失神しながら勃起してやがる!?」
「………確かに、オチル瞬間は『気持ちいい』って聞いたコトはあるけど」
「委員長! 冷静に卑猥な突っ込み入れてる場合じゃない。シンゴの奴、ビクビク痙攣しだした」
「活でも、入れてやれば?」
「ああ。クーガー、背中向けさせてくれ」
「お、おう………いっせいの、せ!」
「あっはあん♪」
「お、お前って奴は…」
「あ、相羽。止めろ、剣はマズイだろ、落ち着け」
「命がけの『ボケ』ね。もう少し、真面目に人生を考えたら?」
「はっはっは。嫌だな委員長。ボク以上に真面目な人間なんて、このクラスに居る訳ないじゃないか?」
「………ふたりとも離れて。電気ショックで蘇生を試みましょう」
「つうか、どう見ても起きてるだろが」
「誰か、委員長を止めろぉー!」
 文字通りケツに火の点いたシンゴを追いかける陽子を、カイトとクーガーが必死になだめる。
 いい感じで延焼し始めるシンゴがカイトに抱きついて助けを求め、クーガーを巻き込んだ人間キャンプファイヤーに其処此処から悲鳴が上がる。
 そんな感じだから、ふたりの会話に気づいたものは誰も居ない。
 ミュウとコレットは互いに顔を見合わせ、小さく吹き出した。
「………はあ、まったく付き合ってられないわ」
「陽子ちゃん。放っておいていいの?」
「ていうか、放っておきなさいよ。あーゆー馬鹿ズは」
 それは小さな祭りの夜。
 夢のように切ない季節の祭り。
 終わりを留めることは出来ないが、ただ思い出すことは許された永遠の一瞬。
 意味と無意味の境界が曖昧な、夏の夜の唄。







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