ぱすてるチャイム
Pastel Chime
アナザーシーズン
Another-Season
〜もうひとつの恋の季節〜
第T章 サクラの樹の下で
The continent which was surrounded by the
sea which was covered with fog.
The ROUVENS continent.
In the long history, all lands of mystery
were searched.
The country which was repeating a war and
peace changed.
Fog which was covering the sea passed away.
−The times of the adventure!!−
The possibility was born.
Adventure person passed away from seven countries.
Adventure person went to the continent of
the sunrise…
Adventure person went to the sea of the setting
sun.…
The adventure person passed away freely…
It brought away a treasury and a story.
Adventure person must be brought up.
The power of the strong sword!
The power of the great sorcery!
It tells nerve to the following generation.
for.
50 years after………
優しさを増した風が、頬を通り過ぎていった。
うたた寝ていた曖昧な意識が、カタチを浮かび上がらせていく。
一枚の花びらが鼻先に舞い降りた。
くすぐったくもあるが、手を動かして払うのも躊躇う。
意識が、自分が起きてしまうのが解っていたから。
ただ、曖昧なままの夢うつつが心地良い。
体育館の方がいささか騒がしくもあったが、目を瞑ればもう一度夢の世界へいけそうだった。
王立舞弦学園の入学式の最中だが、三期生の自分には関係が無い。
なら、春の風に抱かれ、中庭で昼寝するのも悪くない。
「…ん………カイトく〜ん!」
立ち入り禁止の芝生。
大きな樹の根元に寝転んでいた生徒の、片目が開く。
自分の名前を呼ばれた事に反応し、芝を払いながら上体を起こす。
遠い場所からの呼びかけは小さく、普通なら聞き逃して、いや無視していただろう。
その声を知っていたから。
その声の主を、相羽カイトは良く知っていたから。
目が覚める。
鼻の頭から、サクラの花びらが落ちた。
「ふふっ………おはよう。カイト君」
「ふぁ〜…っと。おはよ、ミュウ」
ぐっと、腕を振り上げるようにノビる。
「もぉ、こんな所でお昼寝なんて風邪ひいちゃうよ?」
ミュウと呼ばれた少女は、呆れたように、しかし優しげな笑みを浮かべてカイトを覗き込む。
幼馴染であり、同級生であり、今日からのクラスメートを優しく見つめる。
「いいんだよ、俺は。丈夫なのが取り柄なんだから」
「くすっ…変わらないね。カイト君は、ほっとしちゃう」
ミュウはちょっと戸惑ってから芝生に足を踏み入れ、カイトの側に腰を下ろした。
カイトは何とはなしに隣に視線を向け、何とはなしに視線を外した。
ミューゼル・クラスマイン。
十年も前。
引越し先の隣家に住んでいた、小さな桜色をした髪の少女。
『ミュウも変わってないじゃないか』
そう言おうとして止まった。
変わってないとは、言えない事に気づいたから。
でも、全部が変わったわけじゃない。
幼馴染で、大切な友達である事に違いは無い。
「で、何かあったのか?」
「何かあったの、じゃなくって」
ミュウは心なし頬を膨らませ、猫のように唸る。
「パートナーの件、ちゃんと考えてる?」
「………ああっ。当然じゃないか」
「その間は、なにかな?」
ミュウは呆れたような顔で、やっぱり…と呟いた。
ここベルビア王国のみならず、他の国にも舞弦学園と同じような教育機関が存在する。
すなわち『冒険者』という職業を育成するための、『冒険技能訓練学校』だ。
危険に立ち向かう技能や、知識を教えるトコロであり………
『戦闘実習』、すなわち実戦を行う。
そのため、学園の敷地内には地下迷宮が設置してある。
学園施設とはいえ決して遊戯場ではなく、本物のモンスターが生息しているダンジョン。
お互いに三年生になった今。
初めてダンジョンに潜る事となる。
ダンジョンでの実習は、卒業にも関わる重要科目だ。
「ま、難しく考えることないだろ。イザとなったら、独りで迷宮に行くだけだしサ」
「………それでいいの? カイト君は」
ダンジョン実習ではひとりのパートナーと行動する事が許可されている。
だが、必須という訳でもなかったし、単独で行動する生徒も多い、と聞いていた。
だから、カイトは深く考えなかったし、焦ってもいなかった。
「良いも、悪いも………相手がいなくちゃしょうがないだろ」
今の今まで忘れていたカイトに問題があるのだが、実際に午後のオリエンテーションまでにパートナーを見つけるのは難しいだろう。
カイトは人付き合いが悪い方ではなかったが、親しいという程の友達もいない。
普通は、何日も前からパートナーを決めておくものだ。
「それじゃ………私と組んでみない?」
「え…」
意外な言葉を聞いた気がしてミュウを振り返った。
校舎の方を向いたままのミュウの頬が、微かに染まって見えたのは気のせいだろうか。
「本当に、俺でいいのかよ?」
「う、うん。ホントはひとりでも良いんだけど、最初は心細いし。何かあったとき、男手があった方が安心かなって思うし。…ホント、それだけなんだけど」
外見は普通の少女だが、ミュウの冒険者のスキルは高い。
特に神術に関しては、高校生詠唱コンクールに上位入賞したほどだ。
自分なんかよりはずっと、冒険者として優秀なはずだ。
「はぁ〜ん。そういうコトか………」
「ち、違うよ。私、別にカイト君と一緒に居たいとか、そんなのじゃなくって」
「皆まで言うなって。本当はミュウも忘れてたんだろ? オリエンテーションの事」
「えっ…?」
顔を真っ赤にしてぱたぱた…と手を振って慌てていたミュウが、一瞬呆気にとられる。
カイトはひとり頷く。
「そんで今日になってパートナーを探しても見つからず、俺のところに来た。って感じか?」
「う、うん。そう、そんなところカナ」
ミュウは曖昧な笑顔で小さく頷く。
「そういう事なら、OKだぜ。俺も願ったり叶ったりだったしな」
「ホントに?」
「ああ、こっちこそ宜しく頼むぜ」
「うんっ。じゃ、よろしくね」
その笑顔が少し眩しくて、カイトは顔を逸らして頬を掻く。
「でも………いいのかよ、俺なんかで」
「うん。信じてるから、カイト君のコト」
あまりにもあっさり言い切ったミュウに、何故かカイトの方が動揺した。
「なんで、言い切れるんだよっ」
「それはね、カイト君が私の期待を裏切らないって、知ってるからだよ」
「なんだ、それ」
カイトは呟くように言って、空を見上げる。
自分がどんな顔になっているか、知っていたから。
天蓋のようなサクラは、ただ、綺麗だった。
咲き誇り、それに賛美を求めることなく、ただ美しく、優しく。
「綺麗だな………」
「えっ…」
何か隣で動揺したような気配を感じた。
「サクラがさ、雨みたいだ」
「あ、うん…そうだね、桜、綺麗だもんね」
「………ミュウ、おまえ今」
「あっ、そうだ! 私、さやちゃんと約束があったんだ。ごめん、カイト君」
わざとらしくも慌てて立ち上がったミュウは、傍目にも結構笑えた。
「じゃ、カイト君、オリエンテーションの件、忘れちゃ駄目だからね」
「ああ…解ってる。慌ててこけるんじゃないぞ」
本当に約束があったのか、小走りで渡り廊下を走っていく。
その後姿がなんか嬉しそうに見えて、自分もなんか嬉しくなる。
ミュウの姿が校舎に消えてから、カイトはもう一度芝生に体を投げ出す。
不図、誰かの視線を感じた。
寝転がったまま校舎を振り返ると、ひとりの男子生徒と目が合う。
銀色の髪の、おそらくは同級生。
一般的には美男子に分類されるだろう。
それが理由という訳ではないが、自分を見ていた視線が、嫌なものに感じた。
害意でも殺意でもなく、嫌悪感という表現が近いかもしれない。
曖昧な拒否感。
カイトはそいつを無視して目を閉じた。
だから、だろうか。
カイトは不図、漠然とした不安を感じた。
曖昧な自分、曖昧な成績、そして曖昧な関係。
いつのまにか、時間に流されるように過ごしている学園生活。
将来が、先に進む道が見えない不安感。
「俺………ホントに卒業出来んのかな」
答えは出なくても、時間は過ぎていく。
「はい、では良くプリントに書かれた注意事項を読んでから行動して下さい」
三年A組の担任であるベネット魔法教師が、よく通る声で指示を出す。
一分の隙もなく着こなしたスーツに、金髪の髪、そしてそこから覗く長い耳。
生真面目で厳しいが、生徒の評判は悪くない。
そういう教師である。
「それから、来週このクラスに…」
KINKONCANCON.
小気味いいチャイムの音が台詞を遮った。
「まあ、今日は良いでしょう。では、この後、購買部で装備を整えてから実習に臨んで下さい。以上です」
「起立………礼!」
委員長の号令が終わると、とたんに教室が賑やかになる。
目当ての相手を自分のパーティに誘う生徒たちの声が喧しい。
教室を出て、他のクラスに向かう生徒もいた。
複数の生徒に言い寄られ、複雑な表情をする者。
同性で不本意そうに握手する生徒たち。
「ずいぶん、余裕じゃない?」
「…委員長?」
窓際の席で頬杖をついたまま呆けるカイトに、クラス委員である陽子が声をかける。
茶色の髪に、首元に銀のクルスのチョーカー。
整った容姿に、少し皮肉げに見える笑みを浮かべていた。
「委員長も、焦ってる風には見えないぜ?」
「まあね。自分を安売りするつもりは無いから」
「相手は決まってるのかい? その様子だと」
「そういうんじゃ、ないんだけどね。………ま、駄目だったら、ひとりでも別に良いかなって、それだけ」
言葉からして、パートナーが決まっているわけでもないらしい。
「相羽君は、パートナーが決まってるのかしら?」
「ああ、俺は………」
「カイトくーん!」
幾人かの誘いを断っていたミュウが、ふたりの側にたどり着いた。
だが、カイトの前に陽子が立っていたのが意外だったのか、一瞬笑みが消える。
「やっぱりね。ミュウと一緒なんだ、相羽君」
「えと、陽子ちゃん…」
「ん? ああ、違う違う。別に相羽君をパーティに誘ってるって訳じゃないから。私も、そろそろ行くね」
陽子は後ろ手を振って、教室から出て行く。
カイトは一度髪を掻いてから立ち上がり、ミュウの背中を叩いた。
「俺たちも行こうぜ。ミュウ」
「う、うんっ」
弾んだ声のミュウと共に、一階にある購買へと足を向けた。
実習の舞台となるダンジョンは校庭の隅に設置してある。
仮にもモンスターが生息しているダンジョンだ。
出入り口は厳重な結界に封印され、その上に実習のための施設が建っている。
更衣室や休憩室、シャワールームなどだ。
無論、男女別になっている。
規模は大きいが、プールの施設に近いかもしれない。
だが、地下に続く階段の先には、ダンジョンが広がっていた。
「たいした事、ないじゃんか」
地下一階の探索を終えたふたりは、地上への道をたどっていた。
初めての戦闘にして唯一の戦果だったのは、結局スライム三匹だけだった。
小学生でも知っているほど有名で、恐らくは最弱のモンスターである。
神術士であるミュウはサポートに徹し、実質的に戦ったのはカイトひとりである。
初めての実戦で緊張していたカイトだが、それだけでもハイになっている自分に気づかなかった。
「うん、おつかれさま。何事も無く終わって、ホントに良かったね」
「まあな。でも、この調子じゃ冒険者ってラクな商売なんじゃ…」
「カイト君!」
ミュウの怒ったような大声に、カイトは吃驚して振り向く。
もともと穏やかな性格のミュウだから、そんな声を聞いたのは何度も無い。
「そんなこと言っちゃ、プロの冒険者の方々に失礼だよ! 今だって、次の瞬間何が起こるか私にだって解らないんだから!」
「お、おい、待てよ。俺、そんなつもりで言ったんじゃ…」
「あ………ごめんなさい。私…」
ミュウは声を荒げた自分に気づいたのか、うつむいて黙り込んでしまう。
気まずい雰囲気のまま、ダンジョンを歩く。
ふたりの靴音だけが、空しく響いた。
カイトは後ろ髪を掻きながら、自分の中で言葉を捜した。
明らかに自分が間違っていたと解っていたが、それを言葉にするのが酷く気恥ずかしい。
過去に何度かミュウとケンカをした事があったが、ミュウが悪かった事は一度も無い。
それでも、謝ってくれるのは、いつもミュウの方だった。
「なあ、ミュウ。俺…」
「………待って」
その真剣な声に、そんなに怒ってるのかと場違いな感想を抱く。
だが、ミュウの視線はダンジョンの奥。
ちょうど地上へ続く通路の、最後の曲がり角を睨んでいた。
「カイト君………あそこ、モンスターが、来る!」
「なんだ、アイツ…っ!?」
そこには山のような巨体のモンスターが待ち受けていた。
熊のように見えるが体格は一回りも大きく、濁った赤い眼がふたりを捕らえた。
四足で駆け寄ってくる姿、その威圧感、攻撃意思にカイトは後去る。
間違っても、レベル規制された浅階層に生息するモンスターではない。
吼える、それだけでカイトの手に汗が滲む。
「っく…!」
「カイト君っ!」
右前足の一撃を、かろうじて剣で受け流した。
ダンジョン熊の爪は鋭く、通路の壁に深く食い込む。
勝てない、と理解した。
自分が立ち向かえる相手ではないと、身体が悟ってしまう。
その瞬間。
カイトから戦意というものが抜け落ちた。
『ま…いいか』
辛うじて攻撃を受け流しながら、諦めの思考が浮かぶ。
『死ぬわけじゃないし。でも、最初のオリエンテーションから保健室行きかよ』
実戦に近い実習とはいえ、学園側も安全対策は可能な限り施してある。
規定時間で強制的にダンジョン内の生徒を退去させる転移魔法システム。
そして同じく、生徒が負傷により意識を失った場合には、自動でダンジョンの外に排出されるようなプロテクトが機能していた。
『でも、みっともねぇよな………』
背後でミュウが必死に何か言っていたが、カイトの意識は聞くのを拒んでいた。
後ろ足で立ったダンジョン熊が、振り下ろすような一撃を放った。
翻せない、と判断したカイトは、そのまま身体の力を抜いた。
『ホント、みっともねぇ………ごめんな、ミュウ』
「カイト君!!」
その瞬間。
カイトの前に飛び出したミュウが、両手を広げて立ちふさがる。
「っ…!」
カイトの手は、足は、固まったように動かない。
そして、現実を締め出すように、固く目を閉じる。
自分から、自分を庇ったミュウから目を逸らすように。
だが、次の瞬間に聞こえたのは、ミュウの悲鳴では無かった。
それよりもっと重いものが、床に崩折れる響き。
おそるおそる目を開いたカイトの前には、予想外の光景が待っていた。
ダンジョン熊は、背中をほとんど両断される勢いで殺されていた。
そして、その向こうには大剣を手にした、銀髪の男子生徒が立っている。
カイトはその生徒に見覚えがある気がした。
銀髪の男子は冷え冷えとした視線でモンスターの屍骸を見下ろし、同じ視線のままカイトを見た。
睨む、という表現が相応しい目つきに、カイトは怯んでしまう。
「悪ぃ…あんたが助けてくれたのか?」
「助けた………僕がキミをかい?」
その瞳は、倒れているモンスターを見るよりも冷たい。
「笑えない冗談だな」
「なっ…」
固まったカイトを無視し、銀髪の生徒は倒れたミュウに歩み寄る。
そして、優しく肩を揺らす。
「ミューゼル…」
「ん………カイト、くん?」
気を失っていたミュウはぼんやりとした瞳をしていたが、自分を抱える生徒に気づき慌てて身体を起こした。
「よかった…怪我は無いかい?」
「きゃっ、ロイだったの………」
ミュウの呟きで、カイトはその男子生徒が誰かを知った。
ロイド・グランツ。
騎士の家に生まれ、文武両道の優等生。
その整ったルックスも相まって、女子生徒の噂の中心。
「どうして、あなたがここに…?」
「どうして、じゃないだろう? ミューゼル」
ミュウに怪我が無い事を確認したのか、ロイドは爽やかな笑顔を浮かべた。
「僕が君を誘ったのは、いったい何のためだと思っていたんだい?」
「それは…ごめんなさい」
「いや、君を責めているつもりじゃない………ただ」
そこで言葉を止め、呆然としたままのカイトを振り返った。
そこでロイドは初めて、カイトに対して感情を表した。
唇の端に浮かんだのは、『嘲笑』というものだろう。
カイトは喉の奥が苦しくなるような、熱い屈辱を打ち込まれた気がした。
「君の幼馴染だという彼が、あまりにも見られた様じゃなくてね」
「なんだと、こいつッ! もう一度言ってみろ」
「は、怒っているのかい? だが、君のその怒りは、不当と言うべきだろうね」
「やめて、ふたりとも!」
頭に血が上る、冷静じゃない、そんな事は解っている。
だが、カイトは感情のボルテージが振り切れるのを抑える事が出来なかった。
固まっていた手足が動き、ロイドの胸倉を掴んだ。
「やれやれ、どこまでも見下げ果てた男だな」
「黙れよ、何なんだよオマエ」
ロイドはそんなカイトを、いっそ哀れさを含んだ視線で見下ろす。
カイトは自分でも何故こんなにも昂ぶっているのか、理解できない。
いや、解りたくなかった。
ただ、今はコイツのコトバをキキたくナイだけだ。
「では、はっきり言ってやろうか? まず、僕は君が大キライだ、君は最低の男だ」
「ナ、ニ…?」
「ロイ…っ、止めて!」
「ミューゼル、彼のためにも、はっきり教えた方がいい」
カイトは右手の拳を握り締めた。
だが、ロイドはいささかも動じずに言葉を続けた。
「君は仲間を見捨てた」
「…ッっ!?」
「君は戦いを放棄し、仲間を危険にさらした。まるで盾にするようにね!」
目の前が、暗くなる、ぐらい痛い。
コイツは今、ホントの事を、言ったから。
目を逸らしていた部分を、剣で切り裂くように明らかにしてくれたから。
カイトは自分が殴られたかのように俯き、ロイドから放れる。
ロイドの目に嘲笑はない。
ただ、まっすぐな瞳にカイトは気圧された。
「なあ。いくら君が愚鈍でも、ミューゼルをパートナーにと誘った生徒がいた事ぐらい、想像できただろう?」
「………ああ」
「…」
そんな事ぐらい、解っていた。
自分のちっぽけなプライドのために、笑い話にして誤魔化したダケだ。
ミュウはそれを承知で受け入れてくれたダケだ。
「無論、僕も含めてね。だが、彼女は全ての誘いを断ったんだ、理由も言わずに。………それじゃあ、引き下がらない奴だっていたさ。理由を追求されて、泣くまで責められても頷いてはくれなかった。でも、それが」
「…」
カイトは顔を逸らしたまま、ロイドと向き合うことが出来なかった。
怒りは………ある。
だが、それはロイドに向けたモノじゃない。
初めから自分に対して、ミュウを守れなかった自分に対しての怒りだった。
「こんな低レベルな奴の尻拭いをするためだったなんてね。君こそ恨まれて、怒りを向けられて当然というものだろう」
俺はミュウを守りきれなかった。
それどころか、コイツのいう通りお荷物でしかなった。
だが、もしもパートナーがロイドだったなら、俺以外の誰かだったなら、ミュウを守る事が出来たのかもしれない。
「今回は僕が間に合ったから良かったようなものの、考えただけでもゾッとするよ!」
「ロイ! もう止めて………」
「う…とにかく。僕は絶対に君をミューゼルのパートナーとは認めない」
「ロイ…」
「…」
「僕は待っているよ。気は長い方なんだ………君が思い直してくれてからで、いい」
ロイドはそれだけを言い残し、去っていった。
少し寂しげな笑みを浮かべ。
それは、ミューゼルが時折見せる笑みと、酷く似ていた。
夕方の校庭はパステル調に塗り潰されていた。
淡色の色合いは昼間の光景とあまりにも違って、少しだけイタイ。
地上に戻り、校舎へ戻るふたりは、あれから一言も会話をしていなかった。
時計の針が回り、下校を知らせるチャイムが鳴る。
「カイト君………」
後ろを歩いていたミュウの言葉に、カイトは立ち止まった。
中庭に面した渡り廊下。
ちょうど、昼間にミュウと約束を交わした場所だった。
「ごめん、ね」
「何で、ミュウが謝るんだよ………」
イタイ。
モンスターから受けた傷跡じゃない。
ミュウの優しさが、それに縋ってしまおうとする、自分のココロが痛い。
「ホント、ロイが言った事は気にしないで? 彼、ちょっと言い方がキツイ所があるし」
「いや、アイツの言葉は間違ってないよ」
そう、死ぬほどムカツク奴だけど、アイツは正しかった。
「俺…自分で思ってるよりも、ずっと…弱かった、んだ」
そう、剣とか魔法とかじゃない。
もっと深くて、大事なトコロでずっと、ミュウやロイドよりも弱かった。
出来るなら、このままミュウにも背を向けて逃げ出したい。
そんな自分がいる。
でも、それは。
「………悔しいよ、な」
「カイト…くん?」
振り向いたカイトの目に、泣きそうなミュウの顔が映る。
自分のことを想ってくれる、そんな気持ちに。
応えられない。
「俺…駄目だよな」
「カイト、くん」
「ミュウ、ひとつだけ、俺の頼みを聞いてくれないか………?」
カイトの決意を感じたのか、ミュウは両手を胸の前に組み合わせる。
「カイト君…まさか、学校…」
「ミュウ、改めて頼む! 俺と…俺と一緒に冒険してくれ!」
気づくと、堰を切ったように叫んでいた。
「俺は、弱い。今のままじゃミュウの足手まといになるってのは解ってる。いい加減に二年間も無駄にして、将来の事なんかより、卒業すら出来ないかもしれない。けど、このままじゃ嫌だって、駄目だって気づいたんだ。もう、一年間しかない、けど、あと一年あるんだ!」
「カイト…くん」
「期待を裏切っといて、こんなこと頼める立場じゃないって解ってる。………だけど、まだ少しでも俺の事を信じてくれるなら…頼む、力を俺に貸してくれ!」
自分でも何を言ってるのか解らない。
だけど、今度は間違った言葉を使っていないと確信できた。
ミュウは戸惑ったような、そんな表情で俯いた。
その瞳が、微かに泣いているように見えた。
カイトは怒鳴りつけるような声の自分に気づき、慌てて謝った。
「ううん………そうじゃないの」
「ミュウ?」
「違うの、カイト君は私の期待を裏切ってなんかないよ」
微かに微笑んで頷き、カイトの手を取る。
そして、祈るように組み合わせ、自分の手を重ねた。
「うん…一緒にがんばろうね」
「…ああ」
「一緒にがんばって、卒業しようね!」
「ああ!」
それは誓い、神聖な祈りにも似た。
サクラの花びらが、冷たい、優しくない風に舞って散った。
それでいい。
カイトは大きなサクラの樹を見上げた。
優しいだけの風に意味はない。
散り始めたサクラの樹の下で、誰のためでもない自分が自分で在れるように。
再びサクラが咲く季節までに。
ロイドに、そしてなによりミュウに対して、正面から向き合えるような強さを。
『俺は、強くなる』
自分自身に対しての、サクラの樹の下での誓い。
こうして………
俺の舞弦学園、三度目の春が幕を開けた。