竜園
Original Novel

- 銀のHYDRA -




第T章  誰かの為の夜想曲








 「刃に魔の力…固定…刀身に宿り…斬・撃………」
 机上の魔法陣の上に浮いた長剣に、淡い光が灯っていた。
 カムイは永続的な魔力付加の儀式の、最後の仕上げにかかる。
 錬金術的に清められた聖水と共に、月桂樹の若葉を振りかけた。
「カムイ! 今夜のパーティの事なんだけどサ」
「うわあっ! ファンブったぁ」
 剣に収束していた魔力が掻き消え、がちゃりと落ちる。
 突然の背後からの呼び声に、二週間かかった儀式はあっさりとご破算になった。
 カムイは脱力して、床にへたり込む。
 人族にしては長くとがった耳が、哀れっぽく下がる。
 カムイは妖精族と人族との間に生まれるハーフエルフだった。
 中途半端に伸ばしたシルバーブロンドの髪を頭の後で結わえ、鼻先に小さな丸眼鏡を掛けている。
 母方のエルフの血を強く引いているのか、顔の造りは線の細い美少年に見える。
 ただその惚けたような表情の為、素材ほどは映えて見えない。
 普段着の上には、錬金術師の証である外套を羽織っていた。
「折角、上手く行ってた魔法剣が…ぁ」
「あ、悪ィ。でもま、あれ位で集中乱すようじゃ修業不足だぜ?」
 カムイは涙ぐんだまま、ジト目で闖入者に振り返った。
「グレイ。居候の分際で何を偉そうに言ってるんだよ、お前は」
 グレイと呼ばれた人物は、明後日の方を向いて肩をすくめた。
 グレイは名前の通りに白銀色の毛並みをした、ウオルフィ族の青年だった。
 人族に比べ、一回り大きな体は全身体毛に覆われ、野性的な力強さを秘めていた。
 その頭部は本物の狼のような獣頭をしている。
 その深い湖色の澄んだ瞳が、何処か気怠げに見える。
「人聞きの悪いことを言うな。食費、払っているだろう?」
「僕は貧乏なんだ。お師様に借りてる借金だって返さなきゃならないんだ」
「俺とお前の仲だ。堅い事言いっこなしだろう?」
「………じゃあ、三つ編みやらせてくれんのか?」
 グレイは拗ねたように言うカムイに、嫌そうに顔を歪める。
「何度も聞くんだが、人の尻尾を三つ編みにするのは何故だ?」
「なして?」
「この間も、寝てるうちに髪と尻尾の毛を編み上げてリボンまで結んだろう。楽しいか、お前?」
「楽しい。………三つ編みって可愛いじゃないか」
「女にやれよ、そういう事は。女にっ!!」
「ウオルフィ族の可愛い娘、紹介して」
「言葉に切実身が無いよ。お前」
 貴族であるウォルフ家の第二子息であるグレイは、精悍な容貌と相俟って女関係の噂は絶えない。
「大体、そんな事言ってると、スゥちゃん泣くぜ」
「………大きなお世話。スゥは僕の妹だ」
「柄じゃない事は知ってるが、あの子は本気でお前の事をだな」
「グレイ、お前には関係の無いことだろう。その先は聞きたくないね。で、何か用なのかい?」
 躱したな、とグレイは溜息を吐きつつ、内心関係なくはないんだが…と一人ごちる。
「あ、うん。どうせ知らないと思って誘いにきたんだけどサ。今夜、城内でスクールのナイトパーティがあるんで一緒に行かないか?」
「緑森学園の? だったら、僕は退学した時点で部外者だよ」
 緑森学園は王国付属の教育機関であり、主に貴族などの裕福な者達が通う、伝統と格式のある組織だった。
 カムイは約一年前にそこを自主退学していた。
 今だに現役の学生であるグレイは、ほとんど幽霊生徒をやっている。
 カムイは入学当時から常にトップを維持していた、それが退学したひとつの理由でもあったのだが。
「僕は行っても息が詰まるだけさ。グレイなら綺麗所のパートナーに困らないだろ?」
「惚れてもいない女に付き纏われたって、迷惑なだけだね」
「はぁん。持てる奴は言うことが違う」
 カムイは呪鍛練に失敗した剣を、ごみ箱に立て掛ける。
「きついね。………あれ、そういや武器の呪鍛やってるなんて、珍しいな」
 下町に居を構えるカムイの店は、魔力の宿った玩具を作り売りしている。
 早い話が、おもちゃの店だ。
 開店資金は、宮廷魔術師の師匠に借りている。
 煉瓦造りの小さな二階建で、廃屋を買い取って改装した代物だ。
 女の子受けしそうな可愛い赤い屋根は、義理妹のスーシャインが強引に決定した。
 二階の居住部の一部屋には、何時からか幼馴染みのグレイが住み込んでいる。
「スゥに魔法剣が欲しいと頼まれたんけどね………止めた。僕の知ってる魔封儀式じゃ、行って規定値2がせいぜいだから」
 ちょっと寂しげな溜息を吐いたカムイは、グレイに向き直って座った。
 グレイは煙草を取り出すと、犬歯の間にくわえた。
「近衛騎士になれば、もっと性能の良い魔法剣が配給される、さ」
「騎士叙勲の話、本決まりになりそうなのか?」
「あぁ、本人から聞いたんだ。良かったよ。嬉しそうだった」
 妹の出世に話に、自分事のようにカムイは嬉しがっていた。
 妹といっても、スーシャイン レイロードはカムイとは血が繋がっていない。
 王宮付きの大神官であるスウの母が修行の旅をしていた頃、孤児として拾われたのがカムイだった。
 宮廷魔術師に指南できたのも、義理母のコネのお陰だ。
 其れから暫らくしてスーシャインが生まれたが、今では老化の遅い半妖精であるカムイと同年代の外見年齢になっていた。
 スゥのカムイへの想いは、何時しか兄からひとりの男への思慕へと変わっていった。
「………おまいも、嬉しそうだな」
「嬉しいさ。当然だろう?」
「お前さー………スゥちゃんの事、好きなんだろ? 妹じゃなく、女の子としてもさ。なーんで想い遂げさしてやんねーんだよ」
「僕がか? 天神の、呪われた血を引くハーフエルフの、この俺が?」
 身体を投げ出すように椅子に座ったカムイは、皮肉げに唇を歪めてグレイを睨んだ。 肩を抱いた手の指に力が篭もり、爪痕が赤く滲む。
 まるで傷つけ血を流す事で、身体からエルフの血を抜き取れるとでも言うように。
「俺のような身内が居るというだけで、騎士叙勲も棚上げにされた。王宮付きの大神官の母様の後押しがあってもだ。俺は馬鹿だけど、スゥの幸せを踏み躙る程、物分かりの悪い兄貴じゃないね!」
 いつも装っている道化の仮面を脱ぎ捨てたカムイは、深い紅の瞳を鋭く光らせて履き捨てた。
 感情を剥出たカムイは、美神と伝えられる天神を彷彿とさせるに充分だった。
「………惚れた腫れたに、種族は関係ないだろ?」
「お前に分かるか? 貴族の長子に生まれ付いたグレイに」
 言葉に打たれたように身動ぎしたグレイに、カムイは激情のままに言ってはならない事を口にしたのに気付いた。
「す、済まない。僕は………」
「あー、気にするなって。放蕩やってんのは確かだし、サ」
「御免…どうかしてた」
「いいっての。悪かったと思ってんなら、今夜のパーティ付き合いな」
 言葉に詰まったカムイは、眼鏡を外して煙草をくわえた。
「………わあーったよ。何時から?」
「六時。………でサ。お前、眼鏡外さん? 俺が言うのも気持ち悪いが、外してりゃ結構美形だぜ」
 紫煙を吐き出したカムイは、目尻に指を押しあて舌を出した。
「見えないんだ。しょうがないさ」
「そりゃ、お気の毒」
 頬の毛を引っ掻くグレイは、椅子に仰け反った。
 其れから思い出したように付け加える。
「スゥちゃんがさ、兄貴連れてきてくれってお願いすんだよなー」
「はぁーん? グレイも人が善い。スゥの我が侭聞くなんて」
「ほっとけよ」
 呟いたグレイは、鈍い恋敵に溜息を吐いた。





 ファクナシオ城は、建国時に英雄王に築かれた歴史の古い城壁を持っている。
 長い年月に磨耗した花崗岩が、何時しか大理石にも勝る光沢を生み出している。
 その美しさは燐国にも響き渡り、『白亜の城』と呼び讃えられた。
 国営機関の緑森学園は、城内にある貴族の館だったものを改築した優美な建物だ。
 陽が西の空を紅蓮に染め上げる頃。
 学生の為に開放された城の中庭には、幾つものランプ灯りの下、立食形式のダンスパーティが行なわれていた。
 貴族の子息がメインだけあって、誰もが華やかな衣装を身に纏っている。
 花も盛りの娘達など、機会を逃さずとばかりに着飾り、意中の相手に誘いを掛ける。
 学園制服の肩掛けを背中に流し、珍しく正装したグレイが新しい杯を受け取る。
 相手もなく壁の花になるグレイには、幾度もダンスの誘いが掛かった。
 だがグレイは優しく微笑んで、丁重に辞退をしていた。
 腐っても貴族育ちのグレイだ。
 しようと思えば幾らでも紳士的な振る舞いが出来た。
 本人は気疲れと慣れない立ち居振る舞いに、宴を楽しむ気にはなれていない。
 同族はともかく人間の娘も、アンニュイな横顔に見惚れている。
 ウォルフ伯爵家は建国時からの有力貴族で、誰もが玉の輿を狙っている。
 精力旺盛で奔放的なウオルフィ種族だ。
 グレイも後に引かない娘達を見繕い、情事を愉しんだ事もある。
 昔の話だが、と誰にともなく自嘲するグレイ。
 実家にはしばらく帰っていないが、つい最近使いの者が寝耳に水の話を伝えにきた。
 なんと、自分に婚約者が決まったそうだ。
 同族らしいが合った事も、顔も名前も知らない相手だった。
 政略結婚は、貴族の間では常識だ。
 家同士では正式な結納も交わしたそうだ。
 笑えない冗談だ。
「グレイっ! 来てたんだ?」
 憂欝な物思いに耽っていたグレイが、闊達な呼び掛けに顔を上げる。
 朝露に濡れたような艶やかな黒髪をアップに纏め、珍しくうなじを見せている。
 太股の吊りガーターも露な、紅調のドレスも彼女には珍しく気合いを感じさせた。
 普段は騎士見習いだけあって、中性的な装束なのだ。
「随分めかし込んだね? 見違えたよ、スゥちゃん」
「あっ…そっかな。変じゃない?」
 自分でも無理していると感じていたのか、スーシャインは恥ずかしそうに照れた。
 僅かに化粧をした頬が、ほんのりと染まる。
 無意識に、上品なドレスに似合わない耳元のイヤリングを弄る。
 昔からのスゥの癖だった。
「全然。凄く綺麗だってば、貴婦人みたい」
「あはっ、そういう台詞、さらっと言っちゃう所がグレイだよね」
「何言ってんの。可愛いってば、マジでサ」
 本当にマジなのに、っと内心身悶えするグレイ。
 スゥと話していると、気が急く余り、毎度余計な事を言ってしまう程だ。
 現に今も口が滑る。
「カムイも絶対スゥちゃんの事見直すって」
「じゃあ………兄貴、今夜来るんだ? 有難っ、グレイ」
 表情を読みにくいウオルフィの顔が、傍目にも情けなくなる。
「後免ね。こんな機会でもないと………。兄貴、家を出てから会ってくれないし」
「大丈夫だって、来るって約束させたからサ」
「うん………」
 悲しく切なそうに頷くスゥに、グレイは慰める事しか出来ない。
 自分から愛する家族から離れたカムイも、その事を理解して悲しむスゥも、グレイにとって事な幼馴染みで親友だった。
「そうだ。騎士昇格お目出度う。今度、お祝いして上げるよ」
「うん。有難、兄貴から聞いたんだ?」
「そ、カムイの奴、凄い喜んでたよ。配属は姫様の親衛隊だっけ? 凄いね、エリート職じゃん」
「そ、そんな事ないモン。お母様のコネがあったから」
 お世辞の苦手なスゥは、益々赤面してイヤリングを弄る。
 ルビーを模した色ガラス製で、露天の子供の玩具位の価値しかない。
 風呂以外は外さないそのイヤリングは、子供の頃カムイからプレゼントされた物だ。
 あの頃は、本当の兄妹以上に仲が良かったはずだった。
「そっか。兄貴、喜んでくれたんだ………」
「凄っごく、はしゃいでた」
 自分でも馬鹿だと思いつつ、心底嬉しがるスゥに合わせる。
 顔を逸らして溜息を吐いたグレイは、暗闇に浮かび上がった人影を見付け吃驚した。
 夜風に靡く銀髪。
 硝子越しの綺麗な濃紺の瞳が、篝火に妖しく煌めく。
「………カムイ、か?」
 幽霊かと思った人影は、何時も以上に寝呆け眼の親友だった。
 昼間と今垣間見た、種族を超えた美貌は輪郭も残っていない。
「兄貴っ?」
「やぁ…お早よう。グレイ、スゥ」
「今は、夜だよッ!」
 とぼけた面で頬を掻くカムイに、スゥはお約束の突っ込みを入れる。
 怒鳴ってから我に帰り、この頃絶えていた、たわい無い会話に胸が温かくなる。
「遅刻だぞ、兄貴。グレイも待ってたんだからね!」
「………いいけどネ。別に」
 ダシにされたグレイは、釈然としないながらも呟く。
「来たくて来た訳じゃないよ。登城する用事があったしね。お師匠様に借金を返さなきゃならないんだ」
「だからって、お前なぁ………。もぅ少し、何とかならんかったのか?」
 カムイの服装に目に留めたグレイは、呆れたように天を仰いだ。
 乱れた銀髪にずれた丸眼鏡。
 錬金術士見習いの外套の下は、浅黄色の普段着だった。
 場違いな、はっきり言えば最低のセンスだ。
 舞踏夜会の雰囲気の中で、激しく浮きまくっている。
「仕様がないだろ。他に服が無い」
「嫌、そぉーいう問題じゃなくてだな」
「勿論、金もないぞ。ボクは貧乏だ」
「いいじゃない、別に。どんな格好してたって、兄貴は兄貴だよ」
 楽しげに笑うスゥが、カムイの手を取る。
「久しぶりだね。ここ2、3ヵ月、顔も見せてくれないんだモン」
「そうだったか?」
「あ、酷いぞ。ボクの事なんて気にもしてなかったなぁ?」
 冗談粧して抓るスゥだったが、内心は結構傷ついていた。
 場に取り残されたグレイは、頬毛を掻きながら諦めの溜息を吐く。
 カムイの分の酒杯を取ろうとして、こちらに向けられる冷たい視線に気づいた。
 何気ないふりを装って向けられる敵意と、拒否。
 耳障りな内緒話は、雑音となって耳を汚す。
 総てがカムイに向けられた負の感情だ。
 それは、昔からずっと変わる事が無い。
 グレイは幼馴染みのふたりを思い、小さく舌打ちした。
 そして、故の無い迫害に、何も出来ない自分への苛立ち。
「………でサ。あの、だから…ぉ……踊ってくれない…かナ」
 怖ず怖ずと差し伸べられた細い指先が、恥じらいに震えている。
 年頃の少女らしい可愛い仕草は、普段の彼女からは信じられない健気さだった。
 カムイの肩が小さく震え、頬が引きつるのにグレイは気づく。
 表情の消えた顔は、氷で出来た仮面のように冷たく、鮮烈に。
 誰もその危うい脆さに触れられない。
 沈黙にスゥが怪訝げな顔を上げた時。
 血色の薄いカムイの唇が、ぎこちなく言葉を紡ぐ。
「………用事が、あるんだ」
「ぇ…?」
 差し伸べた手もそのままに、スゥの表情が固まる。
「パートナーならグレイに頼んで。脚を踏まれるのは嫌だからね」
「おっ、おい! お前なっ…」
「約束は果たしたよね? じゃ、お師匠様が待ってるから」
 慌てるグレイに微笑んだカムイは、踵を返して後手を振る。
 去っていく兄の姿を見詰めるスゥに、グレイは掛ける言葉を見つけられなかった。
 受ける者の居ない寂しい手が、きゅ…っと握られる。
 震えるスゥの肩が、慰めを拒絶していた。
「………………帰る」
「あ、スゥ…ちゃん」
 一度も振り返る事無く、走り去ってしまうスゥ。
 泣いていると解っていても、追う事が出来なかった。
 ふたりが居なくなった舞踏夜会に意味はない。
 重い息を吐いたグレイは、酷く落ち込んで空を仰いだ。
 霞の掛かる朧月が、嫌に綺麗だった。





 無人の城内を進むカムイは、何処か足元の定まらない歩みをしていた。
 建城当時から残る、ファクナシオ城の地下空間。
 昼なお暗く人の気配も近付かぬそこは、宮廷錬金術士の私用一角となっていた。
 宮廷術士長に師事するカムイは、歩き慣れた回廊を足の赴くままに歩む。
 位相を組み替えた結界を通り過ぎるのにも気づかず、明らかに生活感のある場所へと辿り着く。
「いらっしゃい………気持ち良い夜風だねぇ」
「………お師匠」
 カムイは意識せず、誰かを探していた事に想い至った。
 誰でもいいから、独りで居たくはなかった。
 城の東側の渓谷に切り開かれた窓辺で、カムイを待っていたように腰掛けていた。
 手にした硝子のグラスに、蒸留酒が満たされている。
 透明度の高い単結晶の硝子は、王侯貴族が使う高級品だった。
「あんたにゃ、寒過ぎたかな?」
 宮廷錬金術士は12の人数を揃える。
 実際は下役に多数居る訳だが、まとめ役としての長老がレヴィ=アンシャブルだ。
 妖精族のようなブロンドは、柔らかそうに波打って床にまで流れている。
 見た目は妙齢の美女だが、若返りの秘術を用いていると噂だ。
 宮廷錬金術長のローブを、下着の透けた絹の寝巻に羽織っている。
 紅紫色の神秘的な瞳が、優しくカムイを迎え入れていた。
 外見もそうだが、浮き世離れした雰囲気がカムイに似ている。
 カムイは鏡のように磨きぬかれた水晶玉に気づいた。
 頬がカッ…と赤く染まる。
「見ていらしたのですか………?」
「覗く気は無かったんだけどね。ミシュランが、珍しく城にきたあんたを見つけたから………ね」
 ミシュランとは、レヴィ使い魔の雪梟だ。
 梟の首輪の水晶から、映像を転送して映し出していたのだ。
 グラスを置いたレヴィは、労わりに寂しく首を傾げる。
「馬鹿だね。あんたも………そんな格好までして」
「別に、これは」
「あたしにまで嘘をお付きでないよ。これでも、弟子思いの心算なんだけどね」
 俯いたカムイは顔を逸らす。
 もとより、用事があった訳ではない。
 適当に周囲を散策し、誰にも合わずに帰る心算だったのだ。
 足の赴くままに、何時の間にかレヴィの部屋に辿り着いていた。
 硝子の鎧に包んだ心も、ひび割れる事もある。
 冷たい態度に反して、誰よりも激しい情熱を持つカムイだった。
「ワザと不様な姿なんざして。スゥちゃんの方から、愛想をつかすように仕向けて…」
「………」
 カムイは無言で唇を噛む。
 人格の成熟度の差だろう。
 図星を突かれ、話を逸らせられる程、カムイは大人に成り切れていなかった。
「少しぐらいの我侭言っても、罰は当たらないさね」
「………ぉ…師匠…さま」
 無言のカムイに近づいたレヴィは、頭を抱き止せて、豊満な胸の谷間に押し付ける。
 微かに震えたカムイも、されるがままに身を委ねる。
 銀細工のように繊細な髪を、梳るように幾度も撫でる。
「慰めてやろうか? 今夜は独りで居たくないんだろぅ?」
「だっ、俺は…っ」
 身動いで顔を上げたカムイに、レヴィは唇を重ねて黙らせる。
 強ばるカムイの唇が、滑る舌先で抉じ開けられる。
 カムイは女も、師匠であるレヴィに教わっていた。
 借金の利子代わりに、所謂ベッドでの肉体労働を催促されている。
「は…ぁ、駄目………今は…お願いだから…っ」
「んぅ…はぁ……いい子だから、あたしに任せな」
 身を捩って逃げるカムイを押さえ込み、寝具に押し倒すレヴィ。
 目尻に涙を滲ませ、悩ましげに吐息を乱すカムイ。
「泣かないで………今は、辛い事なんか全部忘れちまいな………よ」
 密かに童子愛好趣味のあったレヴィは、カムイの仕草に激しく興奮してしまった。
「ぁ…お師…ッ……さ…ま」
 細いレヴィの指がカムイの胸元を滑り、白過ぎる肌を露にさせる。
 そのまま肋骨をなぞるように、上着をはだけさせる。
 陶磁器のような脆さを秘めた少年の肌を、怪しく伝うレヴィの指先。
 白過ぎる肌の下を流れる、血の流れさえも冷たく感じられそうだ。
 腰布が解かれ、はだけられた股間で、カムイの肉根は著しく充血していた。
 神秘的な白銀の陰毛から突き立つそれは、柔な外見とは正反対に、獣のように荒々しい狂暴さを秘めた逸物だった。
 長さ、太さと硬度から言えば、確かに人間離れしている。
 母方の血筋から受け継いだ、天神の特徴でもある。
 レヴィはあいも変わらぬ立派な物を、指先で摘んで弄る。
「確かにねぇ………。これじゃ、処女のスゥちゃんには納まんないわ」
「くっ…」
 虚ろな瞳で、師匠の愛玩人形になっていたカムイが身動いだ。
 見ないフリをしたレヴィは、ネグリジェから下着だけを脱ぎ去る。
 自分の指で自慰をして秘肉を揉み解す。
 カムイを押し倒した時から濡れていたそこは、すぐにぬかるんだ粘音を響かせる。
 若い頃から奔放と言っていい程に経験を積んでいるレヴィだが、カムイの逸物を挿入するには一応の準備が必要だった。
「ほら…もっと、力を抜いて」
 言いながらカムイの股間に跨がり、肉根を握って位置を合わせる。
 肉根の先端がぬる…っと粘膜を滑り、カムイは呻いて腰を捩る。
「射精は駄目だよ。………出すならあたしの膣でね」
 くち…くち…っと焦らすように亀頭部分を潜らせては吐き出し、じっくりと膣孔に肉根の感触を覚え込ませる。
 生々しく血管を浮き立たせ、ビクビクと痙攣する肉根に愛液が滴り流れる。
「ぉ…っし、匠さ、まッ………俺、もぅ」
「んぅ…いいっか、根元まで含んでやるよ。…んっ……はあぁ」
「くく…ッう」
 胸を逸らして腰を突き出したレヴィは、後手を突いて尻を沈める。
 目一杯開放された股間に、ずぶずぶ…っと根っ子が埋まっていく。
 幾多の男達の肉根を喰わえ、鍛えられたレヴィですら重厚な圧迫感に吐息を吐く。
 最後の一握り分は、腰が抜けてしまい、重力に任せてヌラ…ッと滑り納まる。
「ッあ、あァ」
 急激な刺激に、カムイは悲鳴のように喘いでしまう。
 ぎりぎりにレヴィの胎内を貫いた肉根は、先端を子宮の奥に食い込ませていた。
 混じった陰毛は、膣孔から押し出された蜜液で滑っている。
 小さく腰を振り、尻中の物の位置を微調整したレヴィが前かがみに身体を起こす。
「後免…ワザとじゃ、ないんだけど。今………イッちまって」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
 悩ましく呼吸を乱すカムイに、レヴィは愛しげに微笑む。
 自分の下腹部を撫でると、膣孔に目一杯納まった肉根の感触が直に伝わる。
 セックスした男達の性器についての自叙伝なぞを書き認めた事のあるレヴィだったが、自分の弟子のそれが過去最高だった。
 何より、情事の相性がぴったり合った。
 無理難題の口実を儲け、カムイと身体を重ねてるのはそういう訳だ。
「好きな時に………イッていいんだよ」
「ぁ…俺………もぅ、イ…駄目」
 カムイの銀髪を優しく撫で梳き、腰を円を描くように蠢かせる。
 無意識に差し出されたカムイと手を合わせ、指を組んで尻を擦りつける。
 夜の静寂に寝具の軋み音が響く。
 金銀髪を波打たせてカムイを犯すレヴィは、ようやく馴染んだ膣一杯で、激しくカムイの肉根を窄め摩擦する。
 眉根を寄せて切なげに悶えるカムイは、魅力的に揺れる乳房にさえ気づかない。
 腰の奥に疼く激しい強ばりが、突然込み上がって爆発した。
「うわァ、ああッっ」
 幾度も腰を跳ね上げて射精するカムイが、きつく羽毛枕を抱き締める。
 レヴィも機械的な激しさの出し入れに、絶頂に押し上げられてしまう。
 心無し膣の中で肉根が膨張し、肉体の奥底で精髄を流し込まれていく。
 レヴィは深い愛しさに、腰に体重を掛けて、更に胎内の奥に肉根を取り込み射精を受け止める。
 誰とも精を交わしていなかったのか、流し込まれている方が恥ずかしくなる量だ。
「んん…ぅ………」
 訳無く赤面したレヴィは、自分の尻に手を当てて腰を上げる。
 胎内から抜け出ていく肉根は、蜜液で濡々に滴っていた。
 握り拳三つ分程もの肉根が、ようやく捲れ切ったレヴィの膣唇から抜け切る。
 圧倒的だった異物の挿入から開放された穴は、痕跡のままに口を開けて内部の腫れ上がっ膜を覗かせていた。
 一呼吸置いて、奥深くに注がれたザーメンが流れ落ちてくる。
 カムイの胸に顔を置くレヴィは、少女の様に呻いて体液が流れ出る感触を堪能する。
 ブロンド越しに掲げられた、ネグリジェから剥き出した臀部が揺れる。
「はぁはぁ……ぅ…ぁ………お師匠…?」
「今は…名前で呼んで」
 胸に縋ったレヴィは、悪戯っぽく微笑んで喉を舐めた。
「不健康な程、溜めてちゃ駄目だろぅ? 全部受け止めてやるから…あたしに気の済むまで吐き出しちまいな」
「お師…っ……れ…ヴぃ」
「ん………合格」
 猫のように可愛く微笑んだレヴィは、体位を入れ替えて四ん這いになる。
 臀部をカムイに向け、鄙猥に揺すった。
 我知らず股間の逸物を跳ね上げたカムイは、無言でレヴィの腰骨を掴む。
「あたしの事は気にしないで………好きなようにおやり…ね」
「有難…レヴィ」
 股間から生えた杭のようなそれで、淫らに成熟した臀部が貫かれていった。





 情事の後の気怠い沈黙の中で、カムイはゆっくりと半身を起こした。
 カムイの隣に寄り添い、うたた寝ていたレヴィが小さく呻く。
 身長も体重も年齢もレヴィの方が上だったが、この時には意味を成さない。
 カムイは窓から差し込む月の影を読んだ。
 一刻も過ぎただろうか。
 深夜、と呼べる時間になっている。
 行為の途中で脱ぎ捨てられた衣服が、ごちゃ混ぜになって床に散乱している。
 ベッドから降りたカムイは、自分の服を身に付ける。
「泊まっていかないのかい………?」
 背後からの気怠い声に、静かに首を振る。
 シーツに俯せるレヴィは、枕に埋めた横顔に微かに寂しさを浮かべる。
 火照った裸身は、腰の部分だけ毛布が掛かっている。
 三度に渡って天神の肉根の洗礼を受けた尻は、これ以上ない充足感を味あわされて弛緩仕切っている。
 流し込まれた大量の精液が、内腿を滴ってシーツを濡らし続けていた。
「少しは、すっきりしたようだね?」
 小さく頷くカムイ。
「じゃ…僕、帰るから」
「ちょい待ち。いいかい? 覚えておいで。何があっても………あたしゃあんたの味方だからね」
 戸口で足を止めたカムイは、一度だけ振り向く。
 素直な微笑みは、痛々しい程に切なく、そして美しかった。
「有難う………お師匠様」
「馬鹿だね。まったく………」
 足音が遠くに去ってから、目を瞑ったレヴィが囁いた。





 石畳に空虚な足音が木霊する。
 城壁を抜け、城下町に出たカムイは無人の町並みを帰路に着いた。
 街灯と月の明かりが、影法師となって舞い踊る。
『………いいよ………』
 何時か聞いた声。
 何時か見た場所。
『絶対…後悔なんてしないよ。本当に好きなの』
 してはいけない、禁断の行為。
 絶対に、絶対に?
『愛してるよ………お兄ちゃん………』
「俺は大嫌いだ」
 口から出る言葉は、限りなく虚しい。
 自分自身の本心に嘘を突き通す事は出来ない。
 だが、言葉は? 態度は?
 なんて事はない。
 大丈夫。
 平気、演じるのには慣れたものだ。
「俺は人間じゃないから」
 傷つかない、痛まない、全然平気だ。
 ほら、なんて事はない。
 銀の髪が夜風になびき、月光に煌めく。
 欝陶しい。
 短く切ってしまえば良い。
「金が無かったから」
 嘘を吐いた。
 言い訳、建前、それだけが贖罪。
 そして思考を止める。
 終わりの無い堂々巡り。
 自分の家に着いても、よそよそしい感じだけが漂う。
 カムイは溜息を吐いて思考の中に沈むのを止めた。
 ふと、空腹を感じて冷蔵庫を漁る。
 チーズの塊を貪る自分の姿が、酷く浅ましく思えて自嘲した。
 激しく深い性行為の余韻で、酷く眠かった。
 階段を昇り、自分の部屋に入ると、真っすぐにベッドに倒れ込む。
 同時に、誰か先客が寝転がっているのに気づく。
「グレイか………お前の部屋は、隣………だ…ろ」
 言葉尻に寝息が混じる。
 押さえ切れない夢魔の抱擁に、カムイは夢を見ない眠りへと落ちていった。









Presented by
"竜園"



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