竜園
Original Novel

- 銀のHYDRA -




第Z章  誠の想い








 ファクナ迷宮街は皇都の目と鼻の先にありながら、一種の自治体制を維持している。
 迷宮の化物が流出しないように、駐留騎士団も強者が揃っていた。
 荒くれ者の冒険者や、出張錬金術組合を含めれば、機甲師団に匹敵する戦力がある。
 治安も決して良いわけではない。
 漆喰と煉瓦造りの街並が、夕暮の灯りに飾りたてられる。
 彼等一行は、表通りに面した旅篭屋に脚を踏み入れた。
 先ず目立つのは、長身で精悍な牙狼族の青年だった。
 外套から突き出た握りは、肩掛けに背負った両手持ちの巨剣の物だ。
 何処か茶目っ気のある深紅の瞳が、空席を探して食堂兼酒場を見回す。
 その子供のような仕草を、旅路用の神官着を着込んだ娘が窘める。
 栗毛から房毛の猫科耳を生やした、人間と亜人種の混血児だった。
 元より亜人種の多いファクナシオ王国だったが、亜人に対する風当たりは冷たい。
 最も、ファクナ迷宮街は様々な人種で構成されている。
 親友の世話女房ぶりに呆れているのは、くすんだ金髪をした娘だった。
 煙草をくわえた仕草が妙に填まって、すれっからしの印象がある。
 一見して普通の人間に見えたが、鎖を編んだ甲冑の臀部から馬の尻尾が伸びている。
 下半身のみを自由に馬の脚に変化できる、騎士種族と呼ばれる優越種だった。
 大概が遊撃騎士団に所属する所以である。
 この国の騎士は、最低位でも爵位を献じられる。
 そして、黒毛の少女がカウンターに空き席を見つけた。
 一週間後に騎士叙勲を控え、先日正式に子爵に任ぜられている。
 常に明朗闊達な彼女だったが、皇都を発ってからは無愛想と無口を友にしている。
 短く刈り込んだ髪型が少年にも見せたが、素材が整っているためか陶器人形のような変質狂的な美少女に見える。
 序で、女性にしては長身の牙狼族の娘が、金銀毛の尻尾を意味なく振って振り返る。
 腰に差した戦刀に軽装甲冑からも解る通り、侍&風属の巫女能力者の娘だ。
 自作したマントの襟首から覗く首輪は、彼女にとって一番大切な人との絆だった。
 三つ編みのされていない尻尾の落ち着きが悪いのか、気遣うように幾度も後を気にしている。
 貴族を捨てた者と、貴族に成り上がった者。
 手段は違えど、自らの思い故に選んだ道だった。
「奥のテーブルが空いてるね」
 最後に店内を見回した人物が、よく通る澄んだ声で皆に報せた。
 全身を覆ったマントと、深く被った面覆いで男女の区別さえつかない。
 恐らくは一行の中で最も華奢で、背丈も小柄だった。
 充満している紫煙を払うように振られた外套の下から、束ねられた呪符と、円型の筒が並び填められた戦闘ベルトが覗いた。
 術師の戦闘用一張羅だったが、ファクナ迷宮街では珍しいものではない。
 短剣のように沿った耳に、紅の瞳。
 何より月光で染め上げたような銀髪が、フードの奥で鈍く光る。
「姉ちゃん! このテーブル、ビール六つね」
 席に着くや否や、机上のメニューを食い入るように速読するグレイ。
 チェックインした宿の代金を残し、残金すべてを食事代に注ぎ込む心算だった。
「ちぇ、恥ずいから大人しくしてくれよ。グレイ」
 コートを外したフィズが、餓鬼のようにはしゃぐグレイに釘を差す。
 軽量金属製のごっついガントレットをテーブルに置き、鱗甲冑の留め金を緩めた。
 彼女の愛器である槍鉾は、カウンターの預かり所に置いてきている。
「俺、保存食の関係って嫌いなんだもん。鋭気養わないとサ」
「いいんだけどよ? 俺ぁサ、飯代足りんのかなぁ…って思ったもんだからよ」
 いぢわるく目を瞑ったフィズは、くわえた煙草に燭台から火を移す。
 至極真面目な顔で悩むグレイが、一転して甘えた表情でフィズの尻尾を引く。
 我知らず、背筋が痺れる甘い快感に腰を捩る。
「ゃ…止めんか阿呆! 尻尾は敏感なんだゾ!」
 ドキドキする心臓を宥めるフィズは、反射的に周囲を気にした。
「奢って欲しいなぁー」
「な、何で俺が、グレイに奢らなきゃならないんでぇ!」
「私が御都合致しましょうか? グレイ様」
「大体、ローンがそぉやってグレイの奴を甘やかすから………」
 そんな痴話喧嘩じみたやり取りをしながら、給仕娘に注文をした。
 両側から頭ごなしに言い争うふたりに萎縮しながら、グレイはテーブルに肘を突いて空腹を宥めた。
 不図、顔を上げると、城下町を出てからの状態が続いている事態に溜息が出る。
 カムイを挟んで並ぶスゥとミリュウは、無言の行で押し黙っている。
 無論、視線を交差させる事もない。
 事情は解らないが、お互いに、お互いの敵対関係を察してしまったらしい。
 料理がテーブルに並んでからも、黙々と箸を往復させている。
 はっきり言って、グレイは恐かった。
 肛門が窄む思いが続いている。
 痔になりそうだった。
 根本的原因であるカムイを観察すると、浮き世離れした態度で醗酵酒を飲んでいる。
 人目を避けるためにフードを被ったままだから、表情はうかがい知れない。
 一見両手に花だが、ごっつい刺つきだ。
 全く料理に手を付けないカムイに気づいたミリュウが、気遣わしげに見詰める。
 会話は聞き取れないが、何かと健気に世話を焼き始める。
 頭を振るカムイに、箸で鴨の照り焼きを食べさせようとなどする。
 本人にその気は無いのだろうが、恐ろしく挑発的な行為だった。
 下戸のスゥが握っている麦茶の水面が、心情を表すように波立っている。
 次第に泣きそうになってきたミリュウに、折れたカムイは渋々食べさせてもらった。
「………あれって、一種の脅迫だよな」
「見習いたい手管ですわ」
 何時の間にか言い争いを止めていたふたりが、グレイの頭上で頷き合う。
 フィズとローンの頬は桜色に染まり、酩酊の度合いを示していた。
 カムイが食べてくれた事に喜んだミリュウは、にぱ…っと微笑んでもう一切れ摘み上げる。
「後免。ミリュウさん…少し胃が重くて」
「だって、食べないと身体が保たないぞ…?」
 思い切り不安げな顔をするミリュウに、カムイは密かに苦笑した。
 俯き自閉して食事を続けるスゥを気遣ったグレイが、場の空気を入れ替えようと、新しいワインのボトルを注文しようと手を挙げた。
 丁度、トレイに皿を乗せたウエイトレスが、一行のテーブルに来る。
「えーっと、赤の大瓶くれないかな。カチカチに冷やした奴………っと、果実の盛り合わせ頼んだの誰?」
「わぁお。洒落てる」
 硝子皿に飾り付けられた色鮮やかな果実に、フィズがはしたなくも口笛を吹く。
 まだ少し時期外れでメニューに載っていなかったので、特注したのだろう。
 値段も張ったはずだ。
「ボクだよ。………兄貴、食べるでしょ?」
「ぇ?」
 とぼけた返事をするカムイの前に、ぶっきらぼうに皿を押しやる。
「夏バテ、でしょ? この時期、何時もじゃないか。フルーツなら平気だから」
「あのサ、僕は…」
「ちなみに奢りだよ」
 釘を刺されたカムイは、額に手を当てて押し黙る。
 拭い切れない敗北感に打ち拉がれたミリュウは、きつく唇を噛み締めていた。
「この勝負…スゥの勝ち、だよな」
 溜息と一緒に、フィズは言葉に出さずに呟いていた。





「フェアじゃないぞ」
「そりゃしょうがないってばサ、ミリュウさん」
 唇を噛んだミリュウは、可愛く牙を覗かせていた。
 部屋割り。
 運命の神の悪戯か、空き部屋はふたつ。
 相部屋という手も有るには有るが、仮にもうら若き女性にはお薦めできない。
 人目を避けるカムイも同様だ。
 6人のパーティーメンバーに、ツインの部屋割り。
 意外にもスゥの提案で、ミリュウさんが男部屋に泊まる事になった。
 グレイは今現在進行しているであろう向かい部屋の会話に、胃袋がキリキリと痛む程に圧迫を感じる。
「狡い。絶対、狡いぞ。………ちっちゃな頃からカムイと一緒だったなんて…妹だったなんて、狡い」
 カムイが寝る予定のベッドに乗ったミリュウが、膝を抱えて身体を揺する。
 シーツに広がった金銀毛の尻尾が、切なさに振られる。
 カムイは奥の水場で、身体を流していた。
 明るい場所で素肌を見られる事を、カムイは神経質な程に毛嫌いしていた。
「こればっかはどうしようもないサ」
 グレイは子供っぽく拗ねるミリュウに苦笑した。
 平時の落着き払った冷静な大人の女性に見えるミリュウが、随分可愛らしく幼い仕草をする事に驚く。
 不意にカムイが言っていた、人一倍寂しがり屋という表現が理解できた。
 カムイの前では、本当の自分を曝け出せるのだろう。
 それは、カムイの事を完全に信用しているからに他ならない。
「ミリュウさんも、カムイの妹になりたかった訳?」
「ぅんん。本当に願いが叶うなら、姉になりたい。カムイの事、ずっと見守って上げられるから………」
 余りに健気で純粋な想いに、思わずミリュウを抱き締めたくなってしまう。
 だが同時に、哀れさを感じて顔を背けた。
 その時が来たとき、この娘は何を感じるのだろう。
 裏切りを悟った時、その想いがどう変わってしまうのだろう。
 総てが仕組まれた喜劇だとしても、グレイにカムイを責める気は起きない。
 地に爪を立て、絶望に吠えるもうひとりのカムイの姿を知っていたから。
「本当の咎人は、誰なんだろうな………」
 両手持ちの巨剣を手に取ったグレイは、鞘袋から取り出した刀身に顔を映した。





 『居たたまれない』、という本当の意味をフィズは知った。
「じゃ、じゃあよ。俺ぁ、ちっくら飲みにいってくるわ」
 ベッドに腰掛け、沈黙のままに凝視するスゥの放つプレッシャーに耐え切れず、フィズが逃亡を試みる。
 駄菓子菓子、素早くローンのぽっちゃりとした手が尻尾を掴む。
 確かに、残された方は精神的に壊死してしまうだろう。
 部屋の両脇に据えられたベッドと、ジャンケンで負けたローンが腰掛けた簡易寝具。
 普段は長椅子なので固く、寝心地が悪い。
 懐から煙草を取り出したフィズだったが、ローンが一緒の部屋に居る事を顧慮して仕舞う。
 猫科の獣人種は、嗅覚が敏感だった。
 ローンは妙に畏まって身を正し、膝に可愛らしく拳を添えた。
「ぁ…あの、ですね。スゥ………?」
「………」
 暫し、親友の心をほぐそうと奮戦したが、徒労に終わり笑顔を引きつらせた。
 始めは居心地悪く傍観者を決め込んでいたフィズだったが、無言無反応のスゥに苛立ちのボルテージが振り切れた。
「いい加減にしろよな! 言いたい事があるんなら、はっきり言えばいいじゃん!」
 テーブルを叩いて怒鳴ったフィズだが、スゥの視線に捉えられて怯む。
 短い黒毛の奥で、瞳が痛々しい程に蒼かった。
 スゥは静かに、問い掛けた。
「………何時から、知ってたの?」
 何を? と言える程、フィズは鈍くなかった。
 代わりにローンが、解らないふりを装う。
「何がですの?」
「口止め…されてるんだ………」
「んな訳じゃ…」
「フィズ!」
 ハッとして口元を押さえたフィズだったが、後の祭りに過ぎない。
 慌ててスゥを振り返ったが、俯いた肩が細かく震えていた。
「…ぁ…ハ。ァハハ…」
 途切れに漏れる乾いた笑い。
「馬鹿みたいだね…ボク、独りで思い込んで。ボクって道化だ」
「スゥ…違いますわっ」
 思わず伸ばされたローンの手が、乾いた打撃音と共に振り払われる。
「皆で! ボクの事、馬鹿にしてッ。酷いよ! 影でボクの事嘲笑ってたんだろ!!」
「違うっ、違いますわ! 私達は………」
「愚痴愚痴、愚痴愚痴! 男、寝取られたぐれーで五月蝿ってんだ!」
 一発触発の状態に、ローンは聖印を握り締めて虚しく祈った。





「か…カムイぃ………もっと」
「駄目…。グレイが起きちゃうよ」
 カムイに組み敷かれたミリュウは、股間に乗ったカムイの腰を太股で挟んだ。
 筋肉質だが、羚羊のようにしなやかな脚だ。
 絶頂で力が抜けているとはいえ、カムイは腰を上げる事が出来ない。
 暫し夜も更けた頃、そ…っとカムイのベッドに忍び込んだミリュウだった。
 もみくちゃに蟠った衣服は、床に散らばっている。
 毛布の中で二人の肌が、情事の余韻で熱く火照っている。
 潤んだ瞳で続きをねだるミリュウは、きりきり…っと膣襞を搾った。
 カムイは優しく苦笑して、恥じらいに背けられたミリュウの頬に唇を落とす。
 ミリュウにとって、グレイが側に寝ていようが、魔獣が寝ていようが大した問題ではないに違いない。
 今のミリュウの意識の総ては、愛しい旦那様であるカムイに収束している。
 カムイに愛される事。
 ミリュウにとって、それが望みの総てだった。
 特に不安に押し潰れそうな今夜のミリュウは、確かなカムイの肉体の感触に縋りたかったのだ。
 胎内で隆起しているカムイのそれが、自分を求めているのは違いなかったから。
 例えそれが、肉体に抱く刹那的な性欲であれ。
 顔を背けて瞳に涙を溜めていたミリュウが、細い繊細な指先で顎を押さえられる。
「ぁ…」
「お願いだから…泣かないで」
 く…っと上向かされたミリュウに、呟いたカムイは深いキスを施した。
 ちゅ…っと柔らかな桜色のミリュウの唇から、舌が滑み抜ける。
 再び、ぁ…っと呻いたミリュウは、カムイの舌を求めて舌を伸ばす。
 おでこからプラチナブロンドを撫で梳くカムイは、砂糖菓子を求める幼子のようなミリュウの舌先をくわえて吸う。
 同時に、完全に勃起し直してしまった肉根を押し込める。
 うっとりと舌戯に酔っていたミリュウは、狼のように呻いてて腰を跳ねさせた。
 狼耳をひゅくひゅく…させながら身悶えるミリュウに、自分の舌も含ませて激しく絡める。
 口内で掻き回される互いの唾液が、ミリュウの頬に伝い流れる。
 間にもずろずろずろ…っと愛液を描き垂らしながら肉根が抜き出され、ミリュウの腹筋は筋を浮かばせてビクビク痙攣する。
 そして、ミリュウの予想通りに、膣口に雁首が引っ掛かるまで抜かれると、一気に子宮へと食い込む勢いで挿入された。
 抱かれている時間を引き伸ばすために官能を我慢していたミリュウだが、甲斐なくあっさりとイかさせてしまった。
 膣の痙攣、湧き出した愛液の滑りを察したカムイだが、黙認して突き上げを続ける。
 ミリュウはイッた後でも、次の絶頂の波に乗れるよう仕込まれている。
「ぁ…ぅん」
 幸せそうに一声鳴き、カムイの背中を強く掻き抱く。
 頭の中が白熱していくのを自覚しながら、共に腰を突き上げてカムイを迎える。
 人一倍発達した胎盤に突き上げの衝撃が断続的に叩き上がり、安物のベッドの支柱をギシギシ軋ませる。
「きゅ…ひ……っ…っ…くぅん…くぅん…くぅんくぅんー…ッ!」
 意図して押さえていた喘ぎ声が喉から漏れ、カムイの肩を噛んで封じようとする。
 ミリュウはただ手足を必死に絡ませた。
 まるでカムイを胎内に取り込むかのように、カムイと同化するように。
 カムイは訳の解らない獣欲を描き立てられ、乱暴にミリュウを貪る。
 ずびゅずびゅずびゅ…ッとミリュウの性器が悲鳴を上げる。
 先に放たれた精液と、ミリュウ自身の分泌した粘液がじゅぶじゅぶにかまさせる。
 極根を含むミリュウの肉唇も、唯一許された侵入物を思い切り吸い付ける。
 カムイの肉根に破瓜されて以来、繰り返し主人のモノだけを迎え入れてきた。
 並み外れた巨根であれ、ミリュウにとっては意味をなさない。
 カムイ以外を胎内に迎え入れる心算はなく、故にカムイの肉根だけがミリュウにとって総てであるからだ。
「ミリュウはカムイ…の。ミリュウはカムイの物…全部……カムイの…なの」
 ミリュウは譫言のように、繰り返し言葉を紡ぐ。
 右手でシーツを裂きながら、嫌々するように顔を振る。
「…少し…黙って…」
「ぃ…ゃ……嫌ぁ…。カムイのぉ…カムイのぉ」
 心臓が凝縮して感じる、ほとんど物理的な痛み。
 それでも無心に腰を突き動かすカムイの背中を伝うのは、冷た過ぎて熱い汗。
 組み敷かれて身悶え続けるミリュウとは、まるで反対に。
 カムイは冷めている自分に気づく。
 均一化する意識が、針の先端のように鋭敏に尖っていく。
 肉に生じる官能と、意識が分離する感覚。
 弾む乳房の頂に、ぴくんと起った桜色の乳首。
 滑った陶器のように艶びかる肌は、幾ら貪っても餓えが満たされる事はない。
 ミリュウの捲れた粘膜から流れ垂れる愛液は、快感に窄まる肛門をも濡らす。
 立て続けに官能の深みを往復しているのか、ミリュウの肌は産毛が逆立ってじっとりと汗で湿っている。
「…むぃ」
 無心で腰の動きに没頭していたカムイが、不意の呟きにハッとなる。
 爪の尖った綺麗な指が、汗の伝うカムイの頬に触れた。
 鉱石のような、深紅に染まっていたカムイの瞳が揺らぐ。
 すぐにでも押し寄せる官能の波に押されるミリュウは、エメラルドの瞳に一杯の涙を浮かべ、能面のように凍ったカムイの顔を見詰めた。
 ぱく…ぱく…っと言葉なしに唇が動く。
「ぃ………好き………」
 堰が弾けた。
 凍っていた感情がカムイの中で弾けた。
 気づくと、激しい愛しさを込めてミリュウを抱き締め、胎内の深くに射精していた。
 我を忘れていたのは一瞬だっただろう。
 本気でミリュウを愛しいと思い、肉の欲望に負けて精を子宮に撒いた。
 己れの為でなく恐怖し、感情をもう一度殺す。
 だが、その前にミリュウは火傷しそうに熱い迸りを身体の奥に受け入れていた。
 子宮の子袋に流れ込む、熱い奔流がミリュウを犯した。
「はーぁ…ぅー……………」
 長い溜息にも似た最後の喘ぎが、肺から吐息となって漏れる。
 今までのセックスとは違う次元の、深い官能と満足にミリュウは溺れた。
 どぷどぷ…どぷぅ…ッと子宮に垂れる精液の感触さえ、より深い幸せをミリュウに感じさせる。
 微かに受胎の感覚さえ脳裏に浮かぶ。
 カムイにさえ内緒だったが、ミリュウはカムイの子を身篭もる事を神願していた。
 避妊薬は、とうの昔に飲むのを止めている。
 カムイの妻として受け入れてもらった時から。
 だが、毎晩カムイに抱かれ、膣の深くに射精を受けているのに妊娠していない。
 その事がミリュウにとって不思議であり、悲しかった。
 不思議な夢のような至福感が消えると、甘えるようにカムイの胸に頬を擦り付ける。
「みゃ…」
 綺麗に薄桃色に勃起している乳首を抓り、可愛く仰け反った隙に腰を引いた。
 強かに膣に放ったお陰で、ちゅぶ…っと鄙猥な音がする。
 勃起した肉根は、ミリュウの愛液と相俟って、ドロドロの粘液塗れになっていた。
「ふゃ…ぁ…」
 一体化していた肉器官が抜き出され、激しい喪失感にビクビクと痙攣するミリュウ。
 その仕草は乙女ではなく、官能に飲まれた娼婦のものだった。
 恨みがましくカムイを見詰め、どうしようもない愛しさに幾度も愛咬した。
 強く抱き締められて肩を噛まれるカムイは、痛みに小さく呻きながらも受け入れ、優しく繰り返しミリュウの髪を撫で梳く。
「好き…好き…好き…ぃ………大ぃ好き」
「ん…ミリュウ」
 優しく微笑んで身体を起こそうとしたカムイだったが、ミリュウは抱えた腕を解こうとはしなかった。
 子供が、大切な宝物を放したがらないように。
 ミリュウの瞳が潤み、小さく唇を震わせるが言葉にならない。
 月光に可愛く煌めく狼耳も、ひく…っとして伏せっていた。
「?………ミリュウ」
「ぃ…ゃ………やぁ…。捨てないで………」
 傍目にも解るほど、カムイの肩が震えた。
 暫しの沈黙に怯えたミリュウが、尚もカムイの胸に縋った。
「な…んで………どうして、そんな事…?」
 顎の下で震えるプラチナブロンドに頬を寄せ、擦れを帯びた言葉を紡ぐ。
「側女でもいい…性奴でもいい…他に好きな人が居てもいぃ…の。カムイの側に居たい…よぉ…一緒に…一緒に」
 カムイは、胸板を濡らす熱い涙の雫を感じた。
「一緒に…居たぃ…よぉ」
「馬鹿…だね。泣かないで…ちゃんと、ここに居るから」
「ひっく…ひく…か、カムイぃ」
「もぉ…お休み」
 丸まって身体を寄せ合うミリュウを宥め、子守歌を口遊む。
 すぐに嗚咽が止み、安らかな寝息に取って代られた。
 備え付けの洗面器から濡れタオルを絞ったカムイは、何時ものようにミリュウの汚してしまった股間を丁寧に拭う。
 しっとりとした柔らかい金銀の陰毛が、ランプの灯りに悩ましく艶る。
 寝ながらも恥じらいに僅かに開かれた股間に手を差し入れ、膣から流れ出る精液を布に染み込ませる。
 労わられているのを感じるのか、ミリュウは可愛く呻いて喉を鳴らす。
 最後に真新しい布巾で顔を拭ってあげると、自分のベッドで寝込んだミリュウに毛布を掛け直した。
 同じベッドに腰掛け溜息を吐いていたカムイだが、服を手に取って立ち上がった。
 装甲を縫い込んだ黒地の服を着ると、四本の短刀を差した戦闘ベルトを襷がけた。
 呪鍛した短刀は、トリガーを絞れば刀身が白熱する。
 ドアノブに手を掛けたカムイが、ミリュウのベッドと対になっているベッドを振り返った。
「…グレイ………飲んでくる」





「気づいてたんなら、そおゆえ」
 ドアの閉じられる音と共に、頭から毛布を被ったグレイが起き上がった。
「しっかし…俺に聞かれてるの知ってて、よく何度もイケる」
 ぼりぼりとうなじの毛を掻き、著しく隆起した己れの股間を見下ろす。
 可愛らしくも悩ましげに呻くミリュウを視界から外す。
 寝返りをうった弾みに毛布がずれ、可愛く締まった臀部が見えたのだ。
 ふさ毛の生えた綺麗な真っ白のお尻が、脳裏に焼き付いた。
「マジ、俺がミリュウさん犯しちゃうとか考えんのか? あの阿呆は。自慢じゃないが、俺って克己心ねぇんだかんな」
 夢の中でもカムイに可愛がられているのか、何とも艶っぽい寝言を呟くミリュウ。
 頭蓋骨を殴りながら頭を振ったグレイは、上着を着直して部屋を出た。
「あかん…ヤッちまいそうだ」
「…グレイ様…」
 扉を抜けた途端、名前を呼ばれて仰け反るグレイ。
 向かいの部屋の扉前に、フィズとローンが座り込んでいた。
「………あにやってんの?」
 言いながらグレイは、ふたりの状態から薄々感じてはいた。
 髪はひっ掴み合いでもしたのかざんばらに乱れ、引っ掻き傷もあるらしい。
「は…あはは…ちょっと」
「済まねぇ、ばらしちまった」
 虚ろに笑うローンの影で、フィズは顔を背けた。
「………でもよ。俺、悪いとは思ってねぇかんな」
「下で、一杯付き合うか?」
 頚後ろを掻いたグレイは、階下の酒場へと二人を誘った。
 階段を下りると、尽きる事のない喧騒が満ちていた。
 麻薬の混じった紫煙。
 反吐の混じったアルコール臭。
 宮廷音楽会などでは聞けない鄙猥な、しかし、親しみにあふれた流行曲。
 生と死が隣り合っている街だから、刹那的な活気に満ちていた。
「………居ねぇか。『ハウンド』にでも行ったか」
 店内を見回したグレイが呟く。
 以前から度々ファクナ迷宮街に訪れているお陰で、顔の知れた場所もあった。
 あそこなら、カムイが酔っ払いに絡まれる事もあるまい。
「二人にモスコを。俺はアーリーのロックで」
 カウンターの角に席を求め、無口な店主が三つのグラスを滑り寄越す。
 グレイは琥珀色の液体で唇を湿らせると、懐を漁って煙草を取り出す。
 牙の間から紫煙が漂い、遠くを思いやる横顔で掻き消えた。
「お、俺が悪ぃんじゃねぇじゃん。スゥを騙すなんで、出来ないじゃんか」
 無言のグレイに気圧されたフィズが、吃って言い訳を言う。
 ローンも責任を感じているのか、可愛らしい手付きでグラスに指を添えている。
「………いや…怒ってる訳じゃないんだ………。いずれ、スゥちゃんも感付いただろうし…な」
 掲げたグラスの氷を鳴らす。
「偽りは、何れ真実の元に晒される。…それが真理ですもの」
「それ以前に、態度でもろばれじゃん? あの女は兎も角、カムイさんもサ」
「そうですわね。ミリュウ殿は、割り切って玩べる女性ではありませんもの。グレイ様には失礼ですが、カムイ殿の所業………許せません」
「自分家で愛人囲ってる二股なんざ、ばれるに決まってんじゃん」
 同性としての立場上、やはりミリュウに同情がいく。
「………隠そうなんて、思ってないのサ………。多分ね」
 グレイの独り言は、次第に悪態に変わる二人の耳には入らなかった。
「大体、カムイさんって、何時も木瓜っとしててサぁ。ナニ考えてっか、解ったもんじゃないよ。ひょっとして、感情ないんと違う?」
「確かに冷たい…という所は感じますわね。超越していると言いますか、冷静過ぎると言いますか………」
「スゥの事だって、何とも思ってないんじゃんサ? ひでぇよな」
「八方美人の優しさと、事なかれ主義は罪悪です」
「…っぷ」
 衝動的に込み上がった可笑しさに、思わずグレイは吹き出した。
 押さえようとしても、笑いの発作は止まらない。
「な、何だよ! グレイ!?」
「くくッ…そっか、だよな。カムイの事、んな奴だと思ってたんだな」
 不意に笑いを止めたグレイは、我知らず凄味さえ漂うニヒルな笑みを浮かべた。
 ローンもフィズも、ハッとしてグレイの話に引き込まれた。
「………俺が、カムイ達と知合った経緯、話したっけ…か?」
 頭を振った二人だったが、改めて疑問が浮かび上がる。
 普段から貴族らしくない振る舞いのグレイだったが、平民のカムイ達兄妹と付き合いがあるのは奇妙なところである。
 フィズとローンがグレイと知り合った時には、既に親しくつるんでいた。
「…そぉですわね」
 幾らか呂律の怪しくなったローンが小首を傾げる。
 決して酒に弱いわけではないのだが、結構な勢いで飲むせいだ。
「グレイ様とカムイ殿が親友なんて件、非論理的ですわ」
「学園で顔合わせる以前からだよな? お袋さんの関係?」
 新しく注文した桜桃フィズを掲げたフィズは、綺麗なスカーレット越しにグレイに問い掛けた。
 カムイ達の母親は、王宮付きの司祭長である。
「………ちと、長い昔話になるが、付き合うか?」
 普段、自分の事を話したがらないグレイだ。
 仮にも妻を自称する二人は、壱も弐もなく頷く。
「ま、俺も餓鬼の頃は結構な悪餓鬼でサ………」
 グラスから立ち上る芳醇な薫りを味わいながら、グレイは物語のように語った。
 今もそうだが、貴族、それも公爵の嫡子であるという事が重かった。
 厳格な親父と、追従する総ての大人達。
 反発心と、餓えにも似た苛立たしさを覚えている。
 夜のストリートを彷徨するうちに、ファクナシオでも名の知れた不良グループの頭になった。
「ちょっと待って! それって、『餓牙羅』ぁ!?」
「ぁ…知ってた?」
 今も半分ほどそっちの世界に足を突っ込んでいるフィズが裏返った声を上げる。
 知ってるも何も、少年達には今も伝説に語り継がれるほどのグループだったのだ。
 それが、ある日を境に、幻のように解散したと聞いていた。
「それを、グレイが創ったって?」
「ま、創った…って、か。成り行きだ」
 珍しく苦い笑みを浮かべたグレイは、自嘲に頬を歪める。
 悪評が知れ渡るほどに、彼は解放感を覚えた。
 自分が堕ちる事が、貴族達へ………そして身内への反逆だと思っていた。
 その実、貴族だからこそ保護されていた事実さえ知らず。
 暴力や窃盗、目のつけた可愛い街娘をさらって輪姦したりもした。
 そんな、犠牲者の一人にスゥがあげられた。
「って、そんな話し、スゥから聞いた覚えありませんわよ」
 流石に居たたまれない気持ちで聞いていたローンが、弾けるように顔を上げた。
「だぁろうね。スゥちゃんは、なぁんにも知らんよ」
「じゃ、何で、その…襲わなかったんだよ?」
「んだからサ。邪魔者が入ったわけだ。いざ拉致って瞬間に、グループにたった独りで殴り込んできた奴が居たのサ」
 その時の吃驚した自分を思い出し、くすくすと笑う。
「………それって、まさか」
「もぉ、すっげえ無謀。二十人は居た俺達に、単身特攻」
 当然、めたくそに殴られたが、紅の瞳だけがギラギラに熱かった。
 得体の知れない迫力に、自分を含めた皆が圧倒された。
 グレイは無意識に左の二の腕に触れた。
「短剣で切られた、ここ…っか。引っ掻き傷程度のもんサ。痛みより、熱かったの覚えてるぜ。初めて、誰かに傷つけられた。笑うだろ? それまで、殴られた事もなかったんだぜ」
 逆上した。
 頭が真っ白になった。
『俺は貴族だ。お前、自分が何したか解ってんのかよ!』
 気づくと、そんな台詞を叫んでいた。
 思い出しても頬が熱くなる。
 思い上がった貴族のおぼっちゃま。
 青くなった銀髪の少年を、散々に罵倒した。
 背筋が凍る程に綺麗な紅の瞳が、自分を見詰めた。
 振り上げられた短剣。
 突き刺さった先は、彼自身の腕だった。
「オトシマエ、だったんだろーね? 吃驚した。動けなかったよ、誰も。ギラギラした紅の目で俺を睨んだままサ。―――阿呆な事言うけど、すっげえ綺麗だったぜ? 息も出来ないぐらいな」
 どさ…っと何かが落ちた。
 真っ赤に染まったそれが、自分に投げられる。
 彼は悲鳴を洩らした。
 蜘蛛の子を散らすように逃げる仲間達。
『手を出すな!』
 それが、初めて聞いたカムイの言葉だった。
 失った腕を押さえ、瞳を燃やして。
『妹に、スゥに何かあったら………貴様を殺す』
 血だらけの彼が、絶対の意志を込めて囁いた。
「負けた…っと思った。感動した。失神したカムイと腕を掴んで、教会まで走ったよ。くっついたのは、運が良かったからサ」
 フィズが知らず握り締めていた拳を開くと、べっとりと汗をかいていた。
 興味を持ったというのは言い訳で、言わばカムイに惚れたのだ。
 何時か―――つるんで笑えるぐらい昔の話だ。
「カムイの裸、凄ェぜ? 傷だらけでサ。亜人嫌いの奴らにリンチされたのが半分、後はスゥちゃんを守った傷サ………」
 フィズもローンも唖然としてグレイを見詰めていた。
 振り返ったグレイは、酷く優しく微笑んだ。
「カムイはずっと昔から、スーシャインを愛しているよ」









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