竜園
Original Novel

HighKingReport


第W章  運命への旅立ち





 果てしなく広がる永劫の暗闇。
 鏡面を思わせる水面に立ち並ぶ石柱郡。
 『俺』は石柱のひとつに剣を抱えたまま、凍り付いた時間を、ただ座していた。
 どれ程の時が流れたのか。
 あらゆる思いも、思考も風化する程の年月を、ただ待っていた。
 消えぬ想いを、約束を果たすために。
 愛する者の側に居るために。
 愛する者を護るために。
 愛する者に再び逢うために。
 永遠にも似た…冷たい孤独の中で………。





「なぁに、精神的に疲れて眠っとるだけじゃ。すぐに目覚めるわぃ」
「よかった………。どうも済みませんでした、ロウ殿」
 聞き覚えのある二人の声。
 かすかにデジャヴを感じていた。
「肉体の方に異常はないしの。神代機動甲冑を制御するのに、疲れきったのじゃな」
「本当に…どうしてこの子が騎士になんて………」
「………やはり避けられぬ運命か」
「えっ?」
「いや、爺いの独り言じゃ。それよか、起きたようじゃぞ」
 夢現つで目を開いた俺の視界に、胸が引き裂ける程に懐かしく愛しい女性の、安堵に満ちた微笑みが映った。
「アズ、気分はどう? 何処か痛いところはない?」
「ぁ………」
 優しく腰にまで流れる黒髪。
 ちょっとおっとりして見える、綺麗な瞳。
 幾度も夢にまで見た、最愛のミルリッヒ=ラーナフェオラ。
「逢いたかった、ミル姉………ッ!」
「ちょ…駄目っ、止め…ぁ…アズっ」
 俺は寝呆けたままに、思い切り激しくミル姉を抱き締めた。
 うなじに頬摺りしようとした瞬間、底意地悪げににやける爺いと目が会った。
「じ、ロウ爺…何で?」
「若いもんはいいのぉ」
「へっ………? うわッ! ミ、ミル姉っ!? わっわわッ…ぁ!」
 正気に戻った俺は、力一杯の抱擁からミル姉を解放した。
 寝呆けた所為とはいえ、初めてミル姉を抱き締めてしまった。
 心臓がばっくんばっくんっいっている。
「………こほんっ。目、覚めた?」
「は、はい」
 心無し頬を染めたミル姉が、わざとらしい咳払いをした。
 お、怒ってる。
 怒る時のポーズで腰に手を当てたミル姉は、真剣な声で問うた。
「気分はどう?」
「凄いドキドキしてる………じゃなくて、いつもと同じ、だケド?」
 嘘じゃない。
 ミル姉の事を想うと、鼓動が倍増する。
「痛いところは、ない?」
「ないです」
 訳の解らない質問攻めに混乱しているアズに、安堵の溜息を吐いたミル司祭は、振り返って村唯一の魔道士ロウ=ディエに頭を下げた。
 メイの祖父でもあり、魔術の師匠でもある。
 偏屈な頑固爺いを地でいく、白髪白髭の精力家だ。
 メイの話では、宮廷魔術師並みの高位魔術を扱うそーだ。
 嘘臭せぇが。
「お忙しいところを、ご苦労様でした。このお礼は後日、必ずに」
「何の何の。別嬪の頼みを聞かぬ訳にもいくまいて? 機動甲冑の事はメイに任せてあるからの。宜しくやることじゃな、これからは色々大変じゃろうからの。……色々とな」
 不意に俺を見るロウ爺の瞳が、ぞっとする色彩に光った気がした。
 次の瞬間には、何時もの人を小馬鹿にするような、好々爺に戻る。
 気のせい…か?
「ほら、アズもぼぅっとしてないで。ロウ殿にお礼をおっしゃいな」
「ちょ、ちょっと待って」
 俺は話の展開についていけず、寝台から飛び降りた。
「一体何がどうなってんの? ミル姉もロウ爺もいつ帰ってきたわけ?」



 地面と空中に絵描かれた魔法陣が、アズの声に従って閃光に包まれる。
「物質転送魔法!? そんな高度な魔技式術が存在するはずが………」
「あぁ…何か、眩し」
 ミイアとメイの悲鳴にも似た声があがった。
 蛍緑色の巨大な人型の輪郭が、空間に滲みだすかのように形を絵描きだす。
 それは一瞬のプロセスだったが、影絵が質量を持ち、実体化する様は幻想的な美しさを感じさせた。
「き、機神………?」
 呆然と呟くミイアは、アズの背後に出現した機動甲冑に息を飲む。
 限りなく人型に近い輪郭をした動人形は、アズが遺跡の最奥で対面した『龍皇』に他ならなかった。
「これが…これが龍皇なのか………?」
 白亜の鎧を身に纏い、装甲には黒銀の紋章呪が優美に刻まれている。
 肩口には翼を思わせる突起が、腰部からは生物のような尻尾のパーツが生えている。
 頭部から背後に生えだした四本の角が、天を突いている。
 左手には流線型の騎士盾を、右手に握るのはアズの剣を巨大にした機神剣だった。
 極限まで鍛えられた剣が持つような独特の美しさが、この機動甲冑にはあった。
 ミイアとメイは、我知らず感嘆の息を吐く。
 龍皇に乗り移られたままのアズが機神剣を一振りすると、同様に機動甲冑もまったく同じ軌跡で剣を振るう。
 騎士の動きを正確にトレースし、パワーとスケールを何倍にも増幅する。
 そのための送受信機が機神剣であり、力の総称とされる所以だ。
「な、なんて反応速度なんだ。ほとんど完全同調じゃないか!?」
 騎士と機動甲冑の相性にもよるが、騎士の動きが伝わるまでに、一瞬のタイムラグが生じる。
 当然、高性能の機動甲冑ほど感度も優れている。
 龍皇の肩部分の装甲が、左右に伸びる。
 薄紅の半透明な皮膜が翼状に形成され、羽撃きにも似た砂塵が舞う。
 呆然としたままのメイ達を一瞥にもせず、龍皇の肩に跨がったアズは諸共にハヌマーンに向けて飛翔した。
「馬鹿な! 飛行するなんて、ありえないッ!!」
「メイさんっ。お兄ちゃん、追って止めないと!」
 幾らか元気を取り戻したミイアが、身体にマントを巻き付けて立ち上がる。
 慌てて頷いたメイが、自分達を襲った男達を振り返った。
 頭を抱えて蹲るゴロツキ達は、例外なく腰を抜かし、失禁している者もいた。
 自業自得だと内心吐き捨てると、もはや一顧だにせず広場へと急いだ。



 収穫祭の広場は、阿鼻叫喚の場と化していた。
 ザイクの取り巻きが動かそうとしたハヌマーンWは、機神剣ごと真っ二つに断ち切られていた。
 アズに宿った疑似人格は、主人の意識が戻るのを待っているのか、立ち尽くして身動ぎもしない。
 踏み躙られた露天が、無人の広場に散らばっている。
 メイトミイアが広場へと踏み入れた時には、村の自警団員がアズを囲んでいた。
 普段から異端者の烙印を押されていたアズに、高圧的な警告を一方的に叫んでいた。
 もっとも、圧倒的な威圧感を放つ龍皇に、逃げ腰になっていた。
 危険がないと判断したのか、アズ=龍皇は馬耳東風だ。
「待って! 手を出しちゃ駄目だッ」
「お兄ちゃーんっ!!」
 ふたりの呼び掛けに、自警団員達は何処か安堵したように迎えた。
「魔道士の娘、あいつの知り合いだったな。何の冗談だ、この騒ぎはッ!」
「アズの所為じゃない! これは全部、ザイクの馬鹿野郎が悪いんだいっ」
 メイはアズが殴られた経緯と、ザイクの所業を話した。
 多少脚色はあったが、ザイクに非があるのは明らかだった。
 もっとも、ザイク本人を斬殺したのは伏せた。
「言い分はわかったが、アズは投獄せねばならん」
 自警団隊長としては、村長の息子に非があるっても承認する事は出来なかった。
「だからぁ、今のアズに敵対行動取っちゃ駄目なんだってば! 自己防衛本能で行動してる限り、説得も威嚇も通じないんだから」
「ならどうしろと? 現に奴は男を一人殺してる」
「それは、いわゆる正当防衛なんだよ。………第一、アズは騎士身分になったんだ。国法でアズの罪を問うことは出来ない筈だ!」
「くっ…だが、事態を収めない事には」
「きゃああッ!! おに…お兄ちゃん!」
 ミイアの悲鳴の一瞬前。
 龍皇の放つ威圧感に切れた自警団の一人が、石弓の引き金を引き絞っていた。
 鉄矢は狙い違わず、アズの胸に吸い込まれ、硬質な音を響かせて弾け飛んだ。
 矢の命中箇所は、紛れもなく素肌だった。
「ば、化物…ッ」
「しっつれーな事いわないでよねっ! お兄ちゃんに何すんのよぉ!」
「んな事より、早く逃げろ! 今ので龍皇が………」
「駆爪!」
 周囲を包囲する自警団を、排除する敵と判断した龍皇は魔式を発動させた。
 地を疾走する爪痕が、弓を射った男の下肢を吹き飛ばす。
「貴様あっ! 何をするかッ」
 仲間を殺された団員達が、次々に武器を構える。
 自警団の中には元狩人もおり、魔式を扱えるものがほとんどだ。
 だが、誰も本物の騎士を知っている者はいなかった。
 祖父から騎士と機動甲冑について聞かされていたメイは、護衛団員達が返り討ちに合うのが関の山なのを知っていた。
「斬牙刀・覚醒………」
「止めるんだ、龍皇! それ以上殺せば、アズに迷惑が掛かるのが解らないのか!?」
 メイの必死の訴えに、アズの動きが止まる。
「我ガ使命ハ、主人ノ生命ヲ守護スル事」
「頼むから大人しくしててくれよ。誰にもアズを傷つけさせない、約束するから!」
 反論仕掛ける団員達を、メイは一喝に切り捨てた。
「騎士は貴族身分だぞ! 殺害はA級の犯罪行為だ、わかんないのかッ」
 メイの恫喝に正気に戻った団員達だったが、殺意は抑えきれていない。
「アズっ!ミイアっ! 一体どうしたの?」
「あ、ミル姉様ッ。まだ聖都にいるはずじゃ…?」
「お爺様まで、どうして…?」
 一発触発の状況に、広場への階段を上ってきた人影がふたつ。
 旅装束の神官着姿のミルリッヒ司祭と、魔道士ロウ=ディエその人だった。
「ミル姉様ぁ…お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ」
「ミイア落ち着いて、アズに何があったの? あの機動甲冑は、何?」
「お爺様っ、アズが機動甲冑の擬似人格に………」
「分かっておる。龍皇の自己防衛プログラムが起動しているのじゃろう」
「ど、どうして、それを?」
「話は後じゃ。攻性モードが発動しておる。なんとかアズの方を目覚めさせんとな。………問題は、今の儂に龍皇を止める力があるか」
 魔道士ロウはメイですら初めて見る切迫した表情で、愛杖を振り上げ構えた。
「まさか、このような状況とは………」
 無数の霊珠が埋め込まれた魔杖から、魔力が結晶した紋章がまろびでる。
 干涸びたミイラのようなロウ老の周囲に、強力な魔力が旋風に渦巻く。
「A,azamieru.Vi,Rande,Zberier………Ah!Ra!Ra,viant…」
「な、何を唱えているんです!? お爺様っ」
 メイは初めて耳にする奇妙な発音の羅列に、度胆を抜かれた。
 それはメイが祖父から習った魔道とは別系統の術。
「FirudRock,SchaingPrizun!! TimeSrouing,…Vz!…Am!」
 魔力が直接、通常空間に顕現した。
 龍皇の機体の周囲に、立体的な魔法陣が収束する。
 円形を描く光槍が、龍皇を縛り上げて超空間結合を阻害する。
 ロウ自身、こんな子供騙しで抑えられるとは思っていない。
 『龍皇』と『アズ』の力は、彼が最も承知していた。
 だが、覚醒したばかりの上、現段階のアズならば抑制も容易い―――筈だった。
「Sorcer=Low。是レハ何ノ心算カ!?」
「まだ早い。汝が目覚めるのは未だ早すぎる。時が来る迄、今暫し眠っておれ」
「ロウ殿っ、何をなさるお心算なんです!?」
 苦痛に身を捩るアズに、ミルリッヒは狼狽して問い掛ける。
「心配は要らぬ。少ーしばかり眠らせるだけじゃ」
「おじーちゃん、本当なんでしょうねーっ?」
 ほっとしながらも疑り深くミイアが言った瞬間。
 空気を振動させる咆哮を放ったアズが、魔力檻を弾き飛ばした。
「しまっ………!?」
「おっ、お爺様っ!」
「止めっ…駄目ぇーっ!!」
 ロウ爺に向かい、弾丸のように斬撃を撃ち放つアズの前に、ミルリッヒが両手を広げて立ち塞がった。
 アズの手にした機神剣は、吹き出す闘気が空気を切り裂いている。
 いかなる結界をも切り裂く、必殺の一撃がミルリッヒの頭上に迫る。
 誰もが脳裏に血の惨劇を予感し、悲鳴の代わりに呼気が出掛かる。
「み…ミル姉………っ?」
 振り上げた機神剣を頭上に、唖然としたアズの呟きが洩れた。
 ミルリッヒはアズの胸に抱きつくと、安堵に涙ぐんで熱い吐息を吐いた。
 ミル姉の黒髪と、押し付けられる胸の膨らみを嫌に意識してしまったアズは、急速に歪む視界の中、意識を失っていった。



 ミル姉に向かい剣を振り上げたという件を聞いて、真っ青になったアズが傍目にも激しく落ち込んだ。
「で、三日ばかり眠っていた君は、今日、目覚めたというわけさ」
「とんだ疫病神だ。こいつは」
 教会の中庭、石壁に腰掛けた二人は、白銀色の巨神を見上げた。
 不愉快げに溜息を吐くメイが、アズに事件の経緯を説明していた。
 村の鼻摘み者だったとはいえ、アズは数人を打ち殺していた。
 正式認可前だが騎士身分であり、ミル司祭の強硬な弁護もあいまって罪科には問われない事になった。
 アズにしてみれば自業自得の殺人罪より、ミル姉に剣を向けた方が遥かに落ち込む。
 メイにしてみれば、そんなアズが嫌になる程むかつく。
 大体、ボクとミイアちゃんじゃ駄目で、ミルさんの声で正気付くんだもんな。
「はぁ…でもさ、アズ。正当防衛だったとはいえ、ザイクを殺したのは不味かったよ。自警団もアズの事を付け狙うかもしれない」
 アズは忌ま忌ましげに龍皇を睨んでいたが、自虐的に頬を歪めた。
 もはや別れたとはいえ、恋人だったエルを凌辱した奴等を殺しても良心は痛まない。
「構わないさ。丁度いい切っ掛けだったよ。予定が早まっただけで…な」
「アズ、まさか…村を出て行く気なのか………?」
 前々から自分だけに洩らしていたアズの計画を思い出す。
 途端にメイは胸が締め付けられるような切なさに襲われた。
「狩人になるのは俺の餓鬼の頃からの夢だった。………こんな村に未練はないね」
「そんな…じゃ、じゃあ、ミルさんの事はどうすんだよ!?」
 自分に言聞かせるように言い切るアズに、メイは最も使いたくない奥の手を出した。
 確かにそれはアズがトザク村で暮らす、最大にして唯一の理由だった。
「いいんだ、ミル姉は神族だし………わかってたさ。ずっと前から分かってたんだ」
 神々の血を引く神族は、その力を維持させる為に厳密な婚姻制度を取っていた。
 同じ神の血脈者同士、若しくは極めて濃い血筋同士でなければならない。
 神族の子供は生まれる前から、許婚が決まっている事も珍しくない。
 聞けないままだが、ミル姉にも婚約者は居るはずだ。
「それに…俺は………」
 口篭もったアズの脳裏には、ミイアから教えられた教会内の乱れた性風紀が渦巻く。
 ミル姉が何人もの男達に輪姦され、顔と体中を精液塗れにされて居るのかと思うと、胸が張り裂けそうになってくる。
 いっそ総てを忘れ、諦められたらどんなに楽か。
 眠れぬ夜を過ごす事もなくなるのだろうか。
「聖都に行って正式に騎士資格を取る。それからは………」
「らしくない、らしくないよそんなの! ボクの知ってるアズは…そんな奴じゃない」
「メイ………」
「ボクは…ボクの好きなアズは………」
 震える指を組み合わせ言い掛けたメイの声に、一際明るい嬌声が重なる。
「おっ兄ちゃーんっ! おっはよーぉ!」
「ミイア、って抱きつくんじゃないッ」
「………まったぁ、この娘はぁッ」
 又もや計ったようなタイミングで登場したミイアは、アズに駆け寄って飛び付く。
 実はその通だったミイアは、メイに舌を出してみせる。
 メイの拳が、遣り場の無い怒りに細かく震える。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん本当に大丈夫? 起きても平気なの? ミイアがまた看病して上げよっか?」
「ありがと、ミイア。でも…大丈夫だから、さ」
 苦笑したアズは、何時ものようにミイアの馬の尻尾を掻き回すように撫でる。
 メイに当て付けるようにして、気持ち良さそうに目を細めるミイアだったが、何か何時もとは違和感を感じてアズを見詰めた。
「どうかしたの…お兄ちゃん?」
「んっ? なんでもないよ」
 今夜の晩餐の時、ミル姉とミイアに打ち明けよう。
 くしゃくしゃ…っと赤毛を撫でるアズを、メイが胸を痛めて見詰めた。
「あっ! そーだ、お兄ちゃん聞いた?」
 みゅぅ…っと子猫のように呻いて身を任せていたミイアが、不意に思い立ったように口を開く。
「ミイア達ね、王都に栄転するんだよ。ミルお姉様が中央教会に呼び出された理由ってば、そのお話だったみたい。勿論、おにーちゃんも一緒にくるよね?」
 アズの胸を抱き締め、何とも意地悪な表情でメイを見るミイア。
 んじゃ、メイさんばいばいね、っと言い掛けたミイアだったが、呆気に取られたように喉の奥で含み笑いしているメイに吃驚する。
 顔を上げると、唖然としていたアズもふっ切れたように声を出して笑っていた。
「ああっ! ミイアを仲間外れにしてるぅ」
 ミイアは悔しそうに、じたんだを踏みまくったのだった。



 三昼夜ぶっ倒れていた俺は、必然的に猛烈に腹が減っていた。
 キッチンではミル姉が、久しぶりに腕を振るった。
 俺は食卓に居座り、ナイフとフォークを縦横無尽に振るった。
 鮭の大蒜ソテー、南瓜のポタージュ。
 ミル姉特製ドレッシングがたっぷり掛かった新鮮サラダ。
 王都から持ち帰った、珍しい果実マンゴスチン。
 ミイアの殺人的スタミナメニューに悶絶していた俺は、まさに極楽気分だった。
 全てを三人前は平らげると、ミイアの調合した薬草ティーで胃を落ち着かせる。
 アズはぼぉ…っと後片付けをしているミルリッヒの後ろ姿を眺めていた。
 ミイアは隣でむすっとして、アズの様子を面白く無さげに眺めている。
「ねぇーってば、お兄ちゃん。お茶美味しいでしょお?」
「あーん…」
「お庭で採れたハーブを入れてみたんだよぉ」
「あーん…」
「………猛毒のベラドンナ煎れてやるぅ」
「あーん…」
 ミルリッヒの柔らかそうな黒髪の揺れるヒップを眺めていたアズは、それだけで無性に幸せな気分になっていた。
 性欲以前に、何か犯してならない聖女のような。
 改めてミル姉を愛している自分に気付く。
 ミル姉がヴァージンかどうかなんて、関係ない。
 馬鹿だな、俺は。
 そう簡単に諦められるならば、エルと所帯を持っていたはずだ。
 何時か、必ず俺の恋人にしちゃる。
 フィアンセがなんだ。
 いざとなったら、かっさらってどっか逃げて暮らせば良い。
「ミル姉………」
 夢見心地で呟くアズに、ミイアは無言で灰皿から火の点いたアズの煙草を取る。
 テーブルに乗せられたアズの掌に、じゅ…っと押し付ける。
「ぎゃわぅ!?」
「あっ、ごっめーん、お兄ちゃん」
「どーしたって、わざとだろぉが! 今のわぁ!」
 ふんっとそっぽを向くミイアの背中に、冷水の雫を垂らして上げる。
 限りなく低レベルの喧嘩が始まる。
 夕食の後片付けを済ましたミルリッヒが、猫の喧嘩並みのふたりを見詰めて微笑む。
「随分と仲良しさんになったわね。お姉さんとしては嬉しい限り」
「っどっこがぁ?」
「みゃうぅ、いひゃい…いひゃい」
 ミイアの頬っぺたを引っ張るアズが、思い切り否定する。
 実際、仲良くなり過ぎただけに、必要以上に声が大きくなる。
「そういう所よ。喧嘩する程仲がいいって、昔から言うでしょう?」
「俺は諺とか信じてねぇもん」
「きゃおがのびひゃう。もっ、ミイアが不細工になったらぁ、お兄ちゃんに責任取って貰うかんねぇ!」
 慌てて離れるアズに、何故かむっとするミイア。
 又もやくすくす微笑むミルリッヒが、食事前のアズの言葉を確認する。
「アズ………本当に後悔しないのね? この村で暮らす事だって出来るのよ?」
「くどいぜ、ミル姉。もう決めてたんだ。この事がなくとも、いずれ外の世界に出てみたいってずっと思ってた」
「でも、貴方の期待しているような所じゃないわよ?」
「ミル姉…俺が側に居るの………邪魔?」
 捨てられた子猫のような顔をするアズに、ミルリッヒは慌てて頭を振る。
「馬鹿ね。そんな事あるはず無いでしょう? もう………何時までたっても子供なんですから」
「まったくぅ、早く乳離れしてよね、お兄ちゃんってば。変なとこはちゃんと大人してるのにぃ」
「ぬわっ…何を言ってるんだ、この子猫の分際で」
「いひゃい、いひゃい、いひゃい」
 ミイアの頬を伸ばすアズの元気な様に安心したミルリッヒは、微笑ましい光景を母親のような優しい表情で見守っていた。



 同じ頃。
 魔道雑貨メルクリウスでは、祖父と孫娘が沈黙のまま向かい合っていた。
「お願いだよ、お爺様。ボクの一生のお願いだから、我が侭を聞いてほしい」
 メイは幾度目かの懇願と共に頭を下げた。
「龍皇を整備できる人間が必要なはずだし、ボクならお爺様から習ってる。魔術の修業なら、旅で鍛えられるってお爺様も言ってたじゃないか。だから、ボクは………」
 ずっと黙して語らずのロウに、メイは語尾を詰まらせ俯く。
 だが、諦める心算はなかった。
「初めてじゃな………。お前がそこまで饒舌になるのも」
「えっ…?」
「そんなに惚れておるのか、アズに」
 思い切り図星を突かれ、激しく赤面するメイ。
 そんな様に、ロウはこれまでになく優しく笑んだ。
「かっ、勘違いしないで、お爺様。興味があるのは、神代機動甲冑なんだから………。ボクはアズの事なんか………本当に」
「………やっこさんは、お前の体の事を知っとるのか?」
 その言葉に、メイは胸を押さえて首を振る。
 メイは両性具有の異端的な体だった。
 祖父のロウからは、女として育てられたが男でもある。
 そして、メイは少女として、ひとりの男性に恋をしていた。
 そう、幼い日に、初めて会ったあの時から………ずっと。
「本当に…アズとは親友なんだ、だから………ボクは、別に」
「案ずる事はない、あの男は些細な事で目を曇らせるような愚挙はせんよ」
 ロウは遥かに遠い目を彷徨わせた。
「そう…或いはお前を受け入れた事が始まりじゃったのか。安心せい、お前は男を見る目がある。爺いとして、孫を嫁にやってもかまわん奴じゃ」
「お、お爺様ッ?」
 メイは自分でも解らず、肩が震えながら狼狽した。
 目尻が変に熱い。
 瞳から涙が零れる前に、祖父の胸に抱かれていた。
「行くがいい、我が孫娘よ。決して後悔だけはするでない。己れの心に正直になれ、真実は常に自分の心の内にある」
 メイはその引用が、魔道の祖ソーサル=ロウの座右の銘だった事を思い出す。
 それから、ロウは胸の内だけで呟いた。
「恨むなら、儂を恨め………………すまぬ、全ての咎は儂にある」



 夢を見ている、とアズは奇妙に冷静に理解していた。
 思えば、龍皇と契約を交わしてから、毎晩見続けている夢の続きだ。
 目覚めれば、指の間から砂が零れるように忘れてしまう幻夢。
 それでも夢を見始めれば、確かに夢は物語を綴っていた。
「総てが終わった………」
 巨大な城の天守閣で、ひとりの男が呟く。
 銀の髪を背中に流し、奇妙な形の甲冑を身に纏っている。
 その言葉は重く、喪失と悲しみに彩られている。
 見渡す世界は彩りを失い、だがしかし明日への希望だけは残された。
 龍皇の機神剣を足元に突き立て、彼は瞳に総てを焼き付ける。
 俺は彼と一緒に、その視界を共有していた。
 何故かそれは自分の姿だと、不思議にも思わず理解していた。
「悲しまないで………メザイア。誰も貴方を恨んだりしない」
 振り返ればそこには、彼に忠誠を誓った四天龍将と、彼の妻である三女神がたたずんでいた。
「解っているさ…ラーナ。だが、忘れろとは言わないでくれ」
「………メザイア」
「風が冷たいな………」
 女神の中で、唯ひとり甲冑を纏ったシーが誰にともなく呟く。
 誰も、流れる涙は枯れはてていた。
「だが、いずれ風も温む。枯れた枝にも命は芽吹く」
「そうだよ。死んじゃわない限り、何時かきっと元通りになるから………」
 彼は腕を伸ばし、幼い末姫の髪を撫でた。
「そうだな、ララ。俺はそうなる事を識っている」
「おにーちゃん………」
「遠い…遠い明日だけれど」
 彼の台詞に誰もが一様に頭を下げた。
 自分で選んだ道だ、後悔はない。
 彼の手が運命を守れるならば、何故身を削る事を惜しもうか。



「おにーちゃん…お兄ちゃんってば」
「うっ……ぁ…」
「お兄ちゃん、起きてぇ…おにーちゃん」
 小さな手が繰り返し肩を揺する。
 虚ろな意識のまま、夢の登場人物である末姫の髪に触れた。
「…お兄ちゃん?」
「泣かないで…ララ」
 アズは何時の間にか子猫模様のパジャマに着替えた、アイメル=ララの頭を撫でる。
 夜も更けて、誰もが眠りに就く深夜。
 独り悪夢に目を覚ましたミイアは、足音を忍ばせてアズの部屋に入り込んでいた。
 ミイアは夜這いを掛けるために、合鍵を造っていた。
 自分と同じくうなされているアズを揺り起こすと、何と他の女の名前を呟いた。
 ぼく…っとアズの腹部を殴り、胸倉を掴んで問いただす。
「ララって誰なのよぉ、ミルお姉様やメイさんの他にも手ぇ出した娘いるのぉ!」
「っぐ…げはっげはっ」
「もっ、お兄ちゃんの浮気者ぉ! ミイアがさせてあげるって言ってるでしょお」
「まっ…待て、何でお前が俺の部屋に居んだ?」
「人が恐い夢見てたのに、エッチな夢見てるなんて最低ぇ! お兄ちゃんなんか大っ嫌いぃ!」
 毛布の上からアズに跨がり、持参した枕を顔に押し付ける。
 窒息させられるアズは、激しく藻掻いてベッドを軋ませる。
 訳の解らないうちに殴られ、殺されかけている。
 おまけに、暴れるミイアの尻が、股間の上で幾度も跳ねた。
 情けない事に溜まっていた俺は、肉根を勃起させていた。
「お兄ちゃんなんか嫌い、嫌い、嫌いぃ…」
 股間に当たる異物に、ミイアは無意識に腰を前後に擦り付けた。
 俺は枕を押さえるミイアの腕を掴む。
 次第に緩慢な動きになってきたミイアが、そっ…と枕を除ける。
 怒っているミイアの瞳が、切なげに潤んでいた。
 凄ぇくヤバイ雰囲気だ。
「み、ミイア…あのな………んッ!?」
「大嫌いぃ…んぅ、あ…ぁ」
 覆い被さってきたミイアに、止める間もなく唇を塞がれた。
 俺は肩を抱いて押し返そうとしたが、本能に負けてされるがままに舌を吸われる。
 ぅ…ミイアの奴、凄いキス上手いでやんの。
 暫らく無言のまま、俺達は互いに口腔をまさぐって口づけを堪能した。
 体重を俺に預けるミイアは、名残惜しげにはぁ…っと呻いて顔を上げた。
 舌先から俺の唇に、唾液の粘糸が引く。
 もう、怒りはどこかに行ってしまったようだ。
 ただ、可愛い顔を切なく火照らせ、愛の行為を無言で求める。
 事情も状況も判断できないが、今はミイアを慰める事がとても大事な事に思えた。
「泣くな………俺が側に居てあげる…から」
「おに…おにーちゃん………」
 体位を入れ替え、毛布に引き込んだミイアを胸の下に寝かせる。
 ミイアのパジャマのボタンを外しながら、ミル姉の事が脳裏を掠めた。
 すでにミイアを抱いて上げたい衝動は止められない。
 超絶的に寝付きの良いミル姉は、一度寝たら火事になっても朝まで目覚めない。
 部屋の壁も厚いし、余程の絶叫でも外まで響かない。
「やだよ…今は、今だけはミイアの事だけ考えて………」
 大人しく脱がされるミイアが、じ…っと俺を見詰め切なく哀願する。
 こういう時の女の勘は嫌に鋭い。
「うん…御免な、ミイア」
「ぁ…おにーちゃ…ん……好きぃ」
 胸をはだけさせられたミイアが、優しい兄の愛撫に思い切り甘える。
 キスされながら乳房を揉まれ、繰り返し髪を梳かれた。
 ミイアはアズに髪を撫でられるのが、何よりも大好きだった。
 今もミルお姉様が同じ屋根の下に居るのに、自分の事を思って可愛がってくれてる。
「御免なさいぃ…お兄ちゃん。本当は好き…大好きぃ…大好きなの」
「馬鹿…ミイアは俺の大事な妹だって言ったろ………?」
 ミイアは小さく、こく…っと頷く。
 今はそれで良い。
 今は妹で構わない。
 でも…何時かは、ひとりの女としてアズに見て貰いたい。
 でも、今は妹として思い切り甘えよう。
 ズボンと下着を一緒に剥かれ、すっぽんぽんにされたミイアがアズの首を抱く。
「おにーちゃん…気の済むまで抱いて。ミイアの事…自由にしてぇ」
「ミイ………」
「もぅ…ミイアの事、抱いていいの…お兄ちゃんだけなの。だから、思い切りシテ…思い切り可愛がってぇ」
 俺は何故、ミイアが部屋にきたのか悟っていた。
 うっすらと覚えている、ミイアが凌辱された時の事を。
 その時の悪夢が、ミイアの頭に残っているのだろう。
 なら、忘れさせる程に激しく、優しくミイアを抱いてやろう。
 守ってやる事が出来なかったが、慰めてやる事ぐらいは出来る。
 俺は毛布の中のミイアの身体を、隅々まで指と舌で愛撫した。
 俯せになり、仰向けにされるミイアは、繰り返し仰け反って俺の名を呼ぶ。
 何度目かの絶頂に翻弄されたミイアは、気が付くとアズの肉根に深く刺されていた。
「あぁ…あぁ………お兄ぃ…お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「ミイ…痛くないか? 抜こうか………?」
「やぁ…もっとぉ………もっとぉシテぇ」
 俺はミイアの背後に寝そべり、絞まった太股を抱き抱えながら、ミイアのお尻を優しく深く激しく貫く。
 ミイアの内部は、蜜で溢れて卑猥に締め付ける。
 俺は後背位で責め貫き、再び仰向けにさせたミイアの脚を肩に乗せる。
 腰を抱え上げられ、ベッドに押し付けるように折り曲げられたミイアは、これまでになく胎内の深くまで貫かれて悲鳴に似た嬌声を上げた。
 ミイアの性器は、小柄な割りには奥行があった。
 俺はミイアと性器を溶け合わさせるように、深く結合したまま腰を振りたくる。
 腰が痺れるような快感の中、自制する間もなく射精していた。
 膣孔に脈打つ精液を注入させ、ミイアもよく解らないままに子宮を痙攣させて精液を搾り取る。
 一度きりの射精だったが、深い満足の中でミイアを抱き締めていた。
 腰を交じり合わせたまま、ミイアも荒い息をついで背中に指を食い込ませた。
「みゃ…ぁ…大好き、お兄ちゃん」
「んっ…ミイ、素敵だったよ」
「みぃ…?」
 胸の下で可愛く見上げるミイアが小首を傾げる。
「あ、ごめん。ミイア」
「ぁううん。ミイでいいよぉ…そう呼んでいいのはぁ、お兄ちゃんだけ」
「じゃ…ミイ」
「あぅん」
 甘えるように鳴いたミイアが、裸の胸に擦り寄る。
 それは、飼猫が主人に甘える態度そのままだった。
「あのね…恐い夢見るの。一緒に寝て…いい?」
「えっ…?」
「朝になったら、ミルお姉様より早く起きて自分の部屋に帰るからぁ………」
 泣きそうに縋り見るミイアを、愛しく感じて胸に抱き締める。
「悪夢なんて追い払ってやる。何も心配するな………ずっと…見てて上げるから」
「ぅん…お兄ちゃん………大好き」
「さ…ランプ消すよ」
「はぁい…お休みなさい………おにーちゃ…ん」
 むにゃむにゃ…っと呟くが早いか、す…っと意識を失うミイア。
 セックスの疲れに、本当に不眠症気味だったらしい。
 無邪気な可愛い寝顔を眺めていたが、脳裏にずきりと奇妙な痛みが走った。
 奇妙な夢の中で、たしかにミイアが出てきていた。
 それも、俺の、妻のひとりとして。
「ぅ…はじぃ夢だ」
 プラスアルファ。
 三女神のひとりは、何とミル姉だった。
「重婚は犯罪だってんのに、潜在願望あるんだろぅか?」
「うぅ…ん、好きぃ…おにぃちゃ………ぁ…す〜ぴぃ…す〜ぴぃ」
 どんな夢を見ているのか、口元を綻ばせて寝言呟くミイア。
 今はこまっしゃくれた子供しているが、後二、三年もすれば結構凄い美少女になる素材をしている。
 そう…夢の中に出てきた女神様のように。
「そ、言やぁ、アイメル=ララってミィの祖先神じゃんか。似てて当たり前か」
 第一、本当の女神様がどんな姿なんか知らない訳だし。
 何とも自己中心的な夢を見てしまった。
 ミル姉そっくりのラーナ=フェオラとか、もうひとりは確か………。
 考えている内に、俺もミィの隣で寝息を立て始めていた。
 ミィと俺は抱き合って互いの存在を確かめ合い。
 久しぶりの安眠を。
 今は―――穏やかな夢の中へ。






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