が来る!
― square of the MOON ―

短編 After Story





ラブラブな日々で行こう!
(Original Version)





Tuesday:

新開さんの憂鬱な火曜日


前編










 コウヤとの超常バトルから一月が過ぎようとしていた。
 様々な傷を、そして思いと記憶とを残した戦い。
 だが、桜水台学園・天文部のメンバーにも賑やかだが、それなりに平穏な日常が戻ってきていた。










「………ィ痛つつ」
「どうしたんだよ、先輩? 腰なんか押さえて、しんどそうだぜ?」

 昼休みに天文部室に顔を出した俺に、百瀬が怪訝な顔で聞いてきた。

「いや、昨夜…ちょっとな」
「はァい、壮一♪ そこの馬鹿の事なら、気にしないでいいわよ」

 ツインポニーをなびかせた鏡花が、軽い足取りで俺を押しのけるように部室に入っていく。
 いつもより血色が良いように見えるのは、気のせいではないだろう。
 何となく理不尽を感じるぞ。
 摂理に対する異議申し立ては、神宛か?

「………なあ、先輩。マジどうしちまったんだ? 今度は天井見上げてぼーっとしちまってさ」
「ちょ、ちょっと怖いですね」
「ふたりとも、怪しい先輩には構わないようにね。エサもあげちゃ駄目よ」

 凄い失礼な扱いを受けてる気がするぞ。
 特に鏡花の視線が、洒落にならないくらい痛い。
 まったく、昨夜は俺の腕の中で、可愛らしい声で許しを請うていたってのに。
 『もう…堪忍して』とか『死んじゃう、死んじゃう』とか〜♪

「ッッ………チロ!!」
「シャー…ブスリッ!」
アウアッ!!

 ちょっと待て!
 ぶすり、って何だよ。
 『ぶすり』って!
 昨日までは『がぶり』、だっただろうが。

「いつまでもアタシが同じ位置に居ると思ったら大間違いよ?」
「突っ込みの攻撃レベルを上げてどうするんだよ! お前はっ」
「そうね………少なくとも、アタシの『すっきり度』が上がるかな」

 本気か、というか間違いなくマジだろうな。
 俺は大きな溜息を吐いて、椅子のひとつに腰掛けた。

「………あの、羽村先輩? 痛くないんですか?」
「ん、ああ」

 俺の右の二の腕には、チロがブラブラとぶら下がっていた。
 無論、牙を突き入れたまま。
 筋肉を締めているので、制服が血で汚れる事も無いのだが。

「まあ、馴れてるからね。ははは………」

 自分でも虚ろに聞こえる乾いた笑いだった。

「俺は絶対馴れたくねーよ」
「駄目だよ、モモちゃん。これが先輩たちの『愛情表現』なんだから」
「んな訳無いでしょ?」
「全くだ」

 いや、待てよ?
 これは、鏡花独特の愛情表現の一種なのかもしれない。
 こうやって昼間、俺を虐待する事によって、夜に行われる
『お仕置き』を期待しているに違いない!

「ッ、ッッ………チロ!! ドリル! 」
「シャー…ぐるぐるぐる!」
「ぐわアワァァ!!」

 二の腕に噛み付いたままのチロが、扇風機みたいな勢いで回転した。
 本気で痛い。
 涙が出そうだ。

「だからっ…! 怪しいワザを開発するなよッ、お前は!」
「アンタこそ少しは成長しなさいよ!」
「………どう見ても、愛情表現だよね。モモちゃん」
「………ああ、そだな」

 本格的な闘争状態(俺が負ける事は疑い無い)に移行しかけた時。
 部室に一際大きな人物が現れた。

「新さん…?」
「どうしたんだよ、ゴリポン?」
「はァ〜〜〜………」

 大きな、それも重い溜息に、俺たちは一様に驚いた。
 新開さんは外見の通り、気は優しくて力持ち。
 まあ、悪い言い方をすれば、単純能天気なさっぱりタイプなのである。

「………アンタも最近、容赦ないわよね」

 それは付き合ってるステディの影響だと思うが、それはさて置き。
 そんな新開さんが落ち込んでいる様子など、滅多に見れるものではない。

「………羽村。ちょっと顔を貸してくれ」
「あ、ああ。別に構いませんけど」
「済まんな。屋上で話そう」

 それだけ話すと、何処となく暗い瞳で扉から出て行った。
 何となく、あの目あの雰囲気。
 光狩に操られていた時の、『ブラック・新開さん』を思い出させる。

「…亮っ!」
「ちょっと、行ってくる」

 同じ事を考えていたに違いない鏡花が、らしくなく慌てた感じで腰を上げた。
 だが、俺は微笑んで頭を振った。
 名指しで俺を呼んだという事は、他のメンバーには聞かれたくない話なのだろう。
 それに、新開さんが光狩に屈する事は二度とない筈だ。
 何よりも大事な人の為に。
 そして、俺もそれを信じてる。










 屋上に人影は無かった。
 昼休みの時間に、部室がある特殊教室連の校舎に来る生徒は少ない。
 新開さんは腕組をして背中を向けたまま、金網越しにグラウンドを見詰めていた。
 俺が上がってきた気配は捉えているだろうが、振り向こうとしない。
 恐らく、真剣な話があるのだろう。
 俺は腹を決め、壁に背中を預けて新開さんの言葉を待った。
 風と、鳥の声が下からのざわめきに混じる。
 午後の授業開始を告げるチャイムが鳴った。

「羽村………お前に聞きたい事がある」
「何だい? 新開さん」

 搾り出すように、新開さんの口が開いた。
 振り向かない背中が、微かに震えているように見えた。

「イヤ………教えて欲しい、という方が正しいかも知れん。羽村!」

 物凄い勢いで振り返った新開さんの迫力に、正直ビビッた。
 逃げ出そうかと思ったぐらいである。
 対コウヤ戦か、それ以上の闘気を向けるのは、勘弁して欲しい。

「羽村は、その………七荻と、恋人同士だというのは本当だな!?」
「い、一応…多分」

 何やら、背後で不穏な気配が動くのを感じた。
 コンクリートの壁越しに、突き刺さるような殺気がもうひとつ。

「イエ、恋人です。…ハイ」

 ロボットのような返答を返した俺に、背後からの殺意が衰える。
 居るのか、『奴』が。
 授業をサボって、何をしてるんだ。
 俺も新開さんも同罪だが。

「つまり、何だ、という事は………………………してるのか?」
「ハイ…?」

 なんか新開さんの顔が真っ赤だった。
 こめかみの血管が浮かび上がって、笑ってしまいそうなぐらいに怖い。
 肩の筋肉もバンプアップして、Tシャツを内側から破きそうだった。

「お前は、七荻と、その………恋人同士の行為を………ヤッてるのか?」
「…」

 意外といえば意外な問いかけに、あ然とする。
 つまり、性行為を致しているか? という事でしょうか。
 もっと、ストレートに表現すれば。

「要するに、鏡花とセック………うォッ!!?

 背後から、殺気とは違う強烈な『突っ込み』の攻撃波を感知する。

「そ、そうだ!」
「それは………普通の恋人同士が致しているぐらいには、ヤッておりますが」

 多少、普通より回数は多いような、気はするのだが。
 背中にビシビシと感じる予知痛覚は無視する。

「う、うむ。そうか………それが、普通なのだろうな」
「ひょっとして、いずみさんとの事ですか?」
「な、何故解った!?」

 クワ、と全身にリキを入れて威圧する新開さんに、フェンスに留まっていた小鳥が逃げ出す。
 どうでも良いスが新開さん。
 子供が泣き出しそうな顔をするのは、マジで止めて欲しいトコロです。

「そこまで話を振られたら、いくら俺でも解りますって。………それで、いずみさんと何かあったんですか?」
「う!」
「つまり………夜の関係で、いずみさんとトラブルが?」

 背後の気配が、好奇心で耳を済ませているような感じに変わる。
 デバガメめ。

「実は………その通りだ」

 まあ、最初は意外に感じたが、新開さんも人の子。
 というより若い男の子だ。
 イヤ、何て言うかリビドーも人一倍強烈な感じもするな。

「ひょっとして、プレイスタイルに問題が?」
「違う」
「タイミングがどうしても女性の方と一致しないですとか」
「違う」
「変な格好をしてもらおうとして、殴られたとか」
「違う」

 ちなみに以上の問題点は、俺と鏡花の実地体験から抜粋した。
 おお、背後からの殺気が復活したようだな。

「まさか………マンネリなんですか?」

 はっ!?


 
まさか、スワッピングのお誘いなんではあるまいか?


 つまりはお互いの彼女を交換して、新しい刺激と、自分の彼女の魅力を再確認しようと。
 な、何という事を、新開さん!
 鏡花といずみさんを交換しよう等と!
 いかん―――――――――少しだけ興味があるぞ。

ぬわわ…ッ!!

 全身が泡立つような死の予感に、四肢が硬直する。
 背後のコンクリートが殺気と共鳴してビリビリと震える。
 攻撃を仕掛けてくる気か!?
 このコンクリートを外壁ごとぶち破り、背へ―――
 まさか、そこまでは出来まい。
 というより、しないで頂けると嬉しい。

「羽村っ…俺は!」
「し、新開さん?」
「俺はっ…俺はっ…俺はああ!」

 新開さんの様子がおかしい!?
 苦痛に耐えるようにブルブルと震え、叩きつけるように吼えた。

「新開さん!」
「ちょっと待って…新さん!」

「俺はまだ童貞なんだ!!」

 雰囲気の急変を察して、扉から飛び出してきた鏡花の動きが止まる。
 無論、俺も硬直していた。










 えーと、その、何だ。

「つまり、新開さんといずみさんは………未だ、清い関係のままだと」
「馬鹿」

 表現が気に入らなかったのか、鏡花が拳で突っ込む。
 放課後の天文部室。
 急遽、天文部は活動を休止していた。
 というか、鏡花が休みを宣言して、百瀬と真言美ちゃんを追い出した。
 今、部室に居るのは俺と新開さんと、妙に楽しそうな鏡花だけだ。
 どうでも良いが、鏡花は部長じゃないだろう?
 勝手に休みにして良いのだろうか。

「う、うむ。………実はその通りだ」
「正直。そんな焦る必要も無いと思うんですが」

 セックスは愛情表現の一手段だと、俺は思う。
 重荷に感じるコトでも、神聖な行為でも無いんじゃないだろうか。
 ヤリたく無いのならばヤラ無ければ良いし、ヤリたいのならお互いの同意の元にヤレば良い。
 無論、それなりの責任は生じるが。
 どうも、表現が直接的過ぎるな。

「………でも、間違ってないんじゃない?」
「そうだな。じゃあ、何が問題なんだろう?」

 待てよ?
 『お互いの同意』ってコトか。
 新開さんといずみさんの間に、方向性のズレがあるに違いない。

「そんなトコね」
「微妙な問題だな」

 腕組みを解いて顔を上げると、新開さんが妙な顔で俺たちを見ていた。

「ど、どうかしたんですか?」
「いや…羽村たちは、いつもそんな感じなのか?」

 鏡花を振り返ると、何となく優しい笑みを浮かべていた。
 そこで俺は言葉を使わずに、鏡花とコミュニケーションしていた事に気づく。

「ふたりだけの時は、こんな感じです」
「そうか………羨ましいものだな」

 そうだろうか。
 最近は改めて意識する事も無いが、どうなんだろう?
 何となく鏡花の顔を覗き込むと、頬を染めて視線を逸らした。
 む、可愛い奴。

「………チロ」
「シャー…(威嚇)」
「照れ隠しにチロを利用するのは止めてくれ」

 光狩の活動が沈静化している今。
 チロの牙が向けられる対象は、俺がダントツ一位だろう。
 二位は百瀬あたりか。

「取り合えず! 今はアタシ達の事じゃなくて、いずみと新さんのコトでしょ?」
「う、うむ」
「どうでもいいが。まず………チロを抜いてくれ」
「あ、ゴメンね♪」

 最近チロはご主人様を俺に盗られたと思っているらしく、半分自己意思で攻撃を仕掛けてきてるような気がする。

「………それで、いずみと何があったの?」
「うっ、それは」

 新開さんが怯んだように言いよどむ。
 女性には話しづらい話題なのだろう。
 だが、そこは魔性の女、鏡花である。
 何でもない話題を振ったり、さり気なくお茶を煎れたりして、心理的な障壁を取り除くような雰囲気を構築していく。
 『サトリ』の能力でも心の奥に秘めた思考や、強力な意思力でガードされれば読めないらしいからな。
 見事だが………何となく怖いぞ、鏡花。
 何でそんなに尋問馴れしてるんだ?
 いかん!
 鏡花が俺を見て、優しい微笑を浮かべている!

「亮くん…(はぁと)」
「は、はい」
「後で憶えてなさいよね?」

 以心伝心の彼女を持つのも、考え物だと思うよ、新開さん。
 マジで。










「………という訳だ」
「はぁ、そっスか」
「素っ気ない感想ね?」

 鏡花の突込みを無視して、俺はテーブルに突っ伏すようにして身悶えていた。
 はっきり言って顔が焼けるように熱い。
 第三者(それも顔見知り)のラブラブ話など聞くものではない。
 恋愛相談(それも男の)を喜んで拝聴する人種も居るだろうが、少なくとも俺には無理だ。
 逸らした視線の先では、鏡花が嬉々として怪しい手帳に、怪しい単語を書き連ねていた。
 あれは、あの怪しい手帳は、何だ………ネタ帳か。
 ………ゴメン、鏡花。
 お前の事が酷く遠くに感じるよ。

「俺は、俺は自分が不甲斐ない!」
「いえ、そんな事は、まったく、一向に、全然無いです」

 血を吐くように独白する新開さんに断言してあげる。
 現在、新開さんといずみさんは、マンションを借りて同棲生活をしているそうだ。
 何時の間にですか? 新開さん。

「………まー、アタシ達も同じみたいなものじゃない」

 つまり、部活が終わると一緒に下校し、一緒に買い物して、一緒の部屋に帰っておるのだそうだ。
 そしていずみさんの手料理をゴリラのように喰らい、一緒に無駄な受験勉強をして、浴槽をぶち壊しそうな体躯を押し込めて一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで惰眠されると。

「………アンタも良い感じで毒を吐くようになったわね」
「あまつさえ、朝から手を繋いで登校された日には! 嗚呼!!

 それで、最後の一線は越えていないとおっしゃる?
 
どの口で?
 小学生の『嬉し恥ずかし初恋カップル』か、貴様ら!

「まあ、この馬鹿はうっちゃっといて」
「どうしたんだ、羽村は? 自分で肩を抱いてブルブル震えているようだが?」
「あ、放って置いていいわ。直ぐにオートで再起動するから♪」

 フォローしてくれ、鏡花。

「コレは置いておいて。………新さん、ほんっとうにキスまでしかしてないの?」
「そ、その通り、だ」
「一緒にお風呂まで入って、その…シちゃってないんだ?」
「あ、ああ、そうだ」

 新開さんの顔は、目玉焼きが焼けそうなぐらい真っ赤になっていた。
 赤鬼みたい。

「それは新さんが悪いよ。いくらいずみでも怒る………っていうか、焦れるわ」
「まあ、そーだろうな」

 いい加減。
 俺は既にどうでも良くなっていたが、いずみさんの気持ちも解らないでも無い。
 いずみさんも生身の女性だ。
 所謂、その、何だ………欲求不満なのだろう。
 鏡花と付き合っている俺には、嫌でも予想できた。

「チロ〜…♪」
「シャー…ぐるぐるぐる!」
「あウあア!」

 
指示が無くてもドリル!?

 新開さんは拳を握り締めて頭を下げた。

「俺はどうしたら良いんだ! 元祖ばカップルのお前達なら、どうする! お願いだ、俺の進むべき道を示してくれ!!」

 ケンカ売ってますか? 新開さん。
 ああ………マジで、おウチに帰りたい。


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