が来る!
― square of the MOON ―

短編 After Story





ラブラブな日々で行こう!
(Original Version)





Tuesday:

新開さんの憂鬱な火曜日


後編










 コウヤとの超常バトルから一月が過ぎようとしていた。
 様々な傷を、そして思いと記憶とを残した戦い。
 だが、桜水台学園・天文部のメンバーにも賑やかだが、それなりに平穏な日常が戻ってきていた。










「俺はどうしたら良いんだ! 元祖ばカップルのお前達なら、どうする! お願いだ、俺の進むべき道を示してくれ!!」

 ケンカ売ってますか? 新開さん。
 嗚呼………マジでお家に帰りたい。
 光狩に操られていたトラウマを解消したのは確かなようだったが、正直吹っ切れ過ぎだ。
 ぶっちゃけた話、かなりウザい

「ヤッちゃえば良いんじゃない?」
「………お前は、人が言葉を選んでるってのに」
「遠回しな言葉使っても、新さんには通じないでしょ?」

 それ以前に、女の子がそんな言葉を使っては駄目だ。
 椅子に寄りかかった鏡花は、伸びるように頭の上で手を組んでこっちを見た。

「…ふふっ」

 見透かしたような優しい微笑み。
 ああっ、畜生。
 そうだよ。
 そんな言葉遣いや態度なんかで、鏡花に対する評価が変わったりしないさ。
 新開さんやいずみさんを、本気で心配してるのは解ってるからな。

「ゲフンゲフン―――じ、実際、我慢する必要は無いと思うんだ。いずみさんも、新開さんのアプローチを待ってると思う、多分」
「そうよね。今夜にでも新さんの方から」
「それが出来れば悩みはせんのだ!!」

 硬く握り締められた拳が、机を強打した。
 『金剛力』が宿った新開さんの拳は、机を半分ひしゃげさせてしまう。

「ひゃ…」

 角材の打撃音に混じって何か聞こえたような気がしたが。

「じゃあ、何が問題なのよ………もしかして、新さん、フノー?」
「ごふっ…」

 俺は崩壊直前の机から救い出していた湯飲みから飲んでいたお茶を、霧のように噴出していた。

「………イヤ、そうじゃないんだ」
「それじゃ、いずみの前だと勃起しなくなるとか?」
「………そういう訳でもない」

 済まない、鏡花。
 言葉は取り繕ってくれ。
 少なくとも、俺以外の人と話す時は。
 というより、何を正直に受け答えしてるんですか、新開さん。
 多少苛立ってきた鏡花は、更に新開さんを問い詰める。

「実際………口でして貰うときには勃つからな」
「…」
「…」

 
口で?
 
誰が?

「胸でシテ貰ったときも同様だ」

 胸で?
 いずみさんが?
 マジで?

「現に昨夜も………故に俺は不能ではない!!」
「…鏡花」
「…チロ」
「シャー…(充電中)」

 指を鳴らす俺の隣で、指先にチロを絡ませた鏡花が並び立つ。

「む、どうした? ふたりとも」
「チロ………
スペシャル
「シャー…(ゾブリ、ぐるぐるぐる!ブン!ブン!ブン!サクサクサク!!ギリギリ…べちゃ)」
「うおゥおう!おう!おう!おぐア!!(………べちゃり)」

 …
 …
 …
 ―――凄くやなモノを見てしまった。
 鏡花を怒らせるは控えようと決心する、俺だった。










「つまり、問題は何なんですか?」

 俺は鏡花に代わって新開さんを尋問していた。
 鏡花に任せると容易く話が脱線するからな。

「正直………俺は怖いんだよ」

 床に座り込んだ新開さんが、鏡花の手当てを受けながら独白する。
 鏡花の手つきは、まあ…言わずもがなだったが。
 重傷一歩手前の新開さんでも、家に帰れば
手厚く看護してもらえるだろう。
 しかし、何ていうか頑丈だ、俺も人の事は言えんが。
 天文部の男は、あらゆる意味で頑丈じゃないと、容易く逝ってしまうからな。

「新さんが怖いモノなんて………」
「俺は、自分が傷つく事を恐れはしない」
「そういう………コトか」

 鏡花が驚いた目で俺を見る。
 自分が読めない事を何で俺が? という顔だ。
 苦笑した新開さんは、床に投げ出された缶コーヒーを掴むと、いとも簡単に握り潰した。
 未開封の缶ジュースを、である。
 『金剛力』の持ち主である新開さんには、容易い事なのだろう。

「? そんな今更………て、あっ」

 確かに俺達には見慣れた光景だ。
 普通の人間には無い、異能力。
 火者としての力。
 『サトリ』の能力を持つ鏡花が、一時期人間不信のノイローゼ状態になったように、時に俺たちの『力』は人並みの生活を許してくれない。
 俺も無意識に、額の古傷に手を当てていた。

「ゴメン。そうか………そういう事だったんだ」
「俺は考えるんだ。もしも、これが火倉の腕だったら………俺は、惚れた女を傷つけてしまうかも知れん。っ…俺には出来ない!」
「新開さん…」
「俺は臆病者なのかも知れない! だが、火倉を傷つける事が堪らなく怖いんだ!!」

 だから、惚れた女性と愛し合う事も出来ないなんて。
 そんなのは悲し過ぎる。

「そーゆーコトなのね。状況は理解できたわ」
「おい、鏡花…」
「大丈夫! アタシにお任せ♪」

 ゴメン、鏡花。
 全然信用できない。
 言えないけど。
 俺は鏡花を傷つける事が堪らなく怖い!!

「………そんな優しい亮に御褒美♪」
「シャー…(♪)ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる!」
「うあ゛ッ、な、長い!」










「要するに、新さんが女性に馴れるように訓練すればいいわけよね?」
「言ってる事は正しいな」
「いずみに対する恐怖心を無くすには、同じシチュエーションを経験しちゃえばいいのよ」
「強引かもしれないが、間違ってはいないだろう」

 俺は部室の隅に立ち尽くしていた。
 いや、正確には
拘束されていた。

「………なあ、何で俺が縄でぐるぐると縛られてるんだ?」

 ぐるぐる…か。
 どうも螺旋に祟られてるようだ。
 ひょっとしてコウヤの呪いか?

「亮にはいずみの身代わりをしてもらおうと思ってネ♪」
「『ネ♪』…じゃねーだろう! 俺の操を何だと思ってるんだ、お前は!」
「大丈夫。男相手の浮気なら許すから(はぁと)」

 ちょっと待て!
 本気なんですか、鏡花さん!?
 新開さんのお相手なんかしたら、壊されちゃうよ♪
 ………ていうか舌噛むぞ、俺。

「じゃ、何よ? 最初のプラン通り、アタシが新さんのステディ役を務めちゃってもいいの?」
「そ、それはだな………」

 どうせ………最初から俺の反応を見越していたんだろう。
 だが然し、俺にも許容範囲がある!
 第一、ここで俺が頷いたら、鏡花はどういうリアクションを返すつもりなんだ?
 それも面白いか。
 ふふふ………うろたえるが良いわ、鏡花!

「そうだな、じゃあ…」
「題名、『或る男の心の叫び』パートワン」

 何やら芝居がかった仕草で喉の調子を確かめる鏡花。
 そして、余裕ぶった仕草で、懐から怪しい手帳を取り出す。

「え〜っと………『こればっかりは幾ら新開さんの為でも駄目だ!』」
「そ、それはっ!」
「『鏡花は俺の女だ。例え誰でも鏡花に触れる奴はコロス! 嗚呼、我が愛しの鏡花! 鏡花に触れていいのは俺だけなんだぁー(はぁと)』」
「………俺は何をすれば良いのでしょうか? 鏡花さま」

 後で、絶対あの怪しい手帳は燃やす!
 ていうか、脚色し過ぎだろうが!

「亮はそこに立ってるだけでいいから」
「俺に一体、何をさせるつもりなんだ?」

 流石の新開さんも引いているようだ。
 額に浮かんだ汗が、心情を物語っている。

「まさか、まさか! ………羽村を抱け、と?」
「ぶっちゃけた話、その通り♪」
「イヤっ、しかし、それは! うむ―――――――――
モノは試しだな

 慈悲深き夜の女王、火倶夜よ!
 俺に『金剛力』をくれ!!

「はい、そこ。何気に死に物狂いで暴れない。新さんもマジにズボンとか脱がないように」
「う、うむ。軽い冗談だ」

 絶対、嘘だろう!
 目がマジだったぞ、新開さん!!

「要するにリハビリテーションなのよ。いずみを無理矢理押し倒しちゃった時の記憶が残ってるのね、多分」
「それで?」
「亮をいずみだと思って優しく抱き締めてみて。………それ以上は本気で駄目だからね。亮はアタシのモノなんだから」

 頬を染めて顔を逸らして照れる鏡花は、正直可愛らしかった。
 が、俺は鏡花の所有物か?
 それより、何故に残念そうな顔をしているんですか、新開さん?
 俺、本気で舌噛みますよ。

「大体だな。俺をいずみさんだと思えってのは、無理なんじゃないか?」
「暗示よ、自己暗示。新さんなら効き目は有りそうだし」
「無理だとは思うが、やってみるとするか」

 溜息を吐いた新開さんが、俺の前に立って目を瞑る。
 真剣な表情で自分に言い聞かせるように、ブツブツと呟き始める。

「………逃げちゃ駄目だ…逃げちゃ駄目だ…逃げちゃ駄目だ………」

 俺に言ってるんですか? 新開さん。
 無理な事を仰らないで頂きたい。
 突如。
 くわっと目を見開く新開さん。
 血走った目。
 ハァハァと乱れた吐息。
 充電完了、って感じですね。

「あの、新開さん………?」
「火倉…」

 何と言うか、正気の目をしていなかった。
 虚ろな瞳には、いずみさんが映っているのだろうか?

「火倉………俺は、俺はっ!」

 叩きつけられる気迫に、気を失いそうになる。

「火倉ああァァ! …っ好きだああああッッ!!!」
「うお…っ!」

 両腕を十字に広げた新開さんの抱擁から、間一髪で身をかわす!
 新開さんの全力を込めたベアハッグは、俺の背後にあった石地蔵を粉砕する。
 背中の位置を折ったんじゃない、粉々に砕いている。
 全身から冷たい汗が吹き出す。
 腕組みをしたまま面白そうに俺たちを見守っていた鏡花が、流石にあ然とした顔で呟く。

「………びっくり」
「吃驚したのは俺だ! っていうか、他に感想は無いのかよ!?」
「何で部室に石のお地蔵様があるのかしら?」

 済みませんが新開さん。
 貴方は一生涯、童貞でいて下さい。

「火倉…何故逃げるんだ?」
「ちょ…ちょっと、新さん?」
「俺が…怖いのか…火倉…そうなのか…?」

 正直、めっちゃめっちゃ怖いです。
 気が遠くなりそう。
 俯いた新開さんは全身から石の欠片を撒き散らしながら、一歩一歩と近づいてくる。

「俺は…こんなに…お前を…愛してるってのに…なあ…火倉…?」

 うわぁ、なんか小便がちびりそうなくらい怖い。
 完全に『狂気のラブマシーン』と化したままの新開さんに、部室の隅に追い詰められていく俺と鏡花。

「ど、どうして俺を盾にする!」
「こ、こういう場合、彼氏が守ってくれるのがセオリーでしょ!」
「せめて縄を解け!」

 俺たちが醜い仲間割れをしている間に、『愛の破壊王・新開さん』はその魔手で俺を捕まえる!
 いかん、このままでは俺の貞操が!

 コン、コン。

「………あれ? 何で鍵が」

 その時。
 微かに聞こえた呟き声。
 新開さんの瞳が、正気を取り戻していく。
 有難う、いずみさん!

「………はっ、俺は何をしていたんだ?」
「新開くん? 中に居るの?」
「か、火倉っ…どうして? 今日は休んだ筈では」
「うん。ゴメンね、心配かけて。………どうしても、新開くんに話したい事があって」

 修羅場の予感だ。
 鏡花も同意見なのか、無言で準備室の方を指差す。

「………新さん、しっかりね」
「お、おい」
「新開くん、ひとりなの? ………開けて、くれないかな」
「わ、解った」

 新開さんが鍵を開ける前に、俺たちは薄暗い準備室の中へと逃げ込んでいた。










「まあ、後は成り行きに任せるしかないだろうな」
「そうね。………でも、アタシはマジでいずみの命が心配かも」
「同感だ」

 命拾いした俺は、気配を消したまま溜息を吐いて座り込んだ。
 まだ縛られたままなので、多少窮屈だ。
 そういや、星川の奴も拘束されて放り込まれた事があったな、ココは。
 アイツ、今頃、どうしているだろうか。
 元気でやってるだろう事は、疑っていないが。

「………鏡花、いい加減解いてくれないか?」
「………しー、静かにして」

 鏡花は扉に張り付くようにして、耳を澄ませていた。
 懲りないな、本当に。

「止めとけ、無粋だろ?」

『………昨夜の事』

 扉を通して、いずみさんの声が聞こえる。

「………誰が無粋なの?」
「しーっ…今から良いトコみたいだぞ」

 ふたりで扉に耳を当てる姿は、無粋の権化みたいな感じだった。
 俺も大分、鏡花に染められたようだな。

『…本当にゴメン。新開くんが悪いわけじゃないのに』
『…謝らないでくれ、火倉。俺が不甲斐ないのは確かなんだ』
『…違うよ! 新開くんは優しいだけ、それは私が一番良く知ってる』
『…優しい男、か。火倉にだけは言われたくない言葉だ』
『…どうして?』
『…優しい男であるより、俺は強い男でありたい。惚れた女の前では、男なら誰でもそう思う』

 …

 …

 …

 新開さん、いつの間にそんな
レベルアップしたんですか?

『…新開くん』
『…笑ってくれ、火倉。俺は男になれない、ただの一匹の獣だ』

 もはや、聞いてられるか!
 鏡花は例の怪しい手帳に、嬉々として何やらメモっていた。

『…お願いだからそんな悲しい事を言わないで』
『…それに、自信が無いんだ』

「鏡花、いい加減止めよう」
「今からが良い所なのに」

 可愛らしく頬を膨らませた鏡花が、上目遣いで睨んでくる。

『…本当に火倉が好きなのは、アイツなんじゃないか、と。まだ、アイツの事を忘れられないんじゃないかって、考えてしまうんだ』
「…ッ」

 鏡花が硬直したように、びくっと震える。
 確かに俺も驚いていた。
 いずみさん、前に好きな奴がいたのか………誰だ?

『…違うよ、りょ…』

「お、おいっ…」
「ダメっ…」

 思わず聞き耳をたてようとした瞬間。
 鏡花がしがみ付くようにして耳を塞いできた。

「聞いちゃ…ダメ」

 反射的に振りほどこうとした俺だったが、跨るようにして抱きついた鏡花の身体が震えているのに気づく。
 だから。
 俺はそのままじっとしていた。
 胸に塞がれた暗闇の中で、鏡花の鼓動が聞こえる。
 微かに甘い鏡花の匂い。
 顔に押し当てられた柔らかい乳房の感触。
 愛しい女の子の、身体の温かさを感じた。

「あ………亮」
「うっ、わ…悪い」

 俺は、その、元気になってしまっていた。
 腰に当たっている感触を悟った鏡花が、驚いたように身体を離す。
 殴られるだろうと思ったが、鏡花は真っ赤に赤面していた。

「馬鹿………なに、おっきくしてんのよ」
「しょ、しょーがないだろ。好きな子に抱き締められたら、男はこうなるんだよ」

『…私が好きなのは、新開くんだけだよ』
『…火倉っ、好きだ!』
『…あっ………優しくして』

 俺と鏡花は、別の意味で硬直してしまう。
 まさか………このまま、『なさる』御積りで?
 扉一枚を隔て、ヤバイ感じの声が漏れ始める。

「………本気かよ」
「亮…ぉ」
「そうだな。ちょっと奥に避難………って!」

 四つん這いでにじり寄る鏡花が、潤んだ瞳で俺を見詰めていた。
 ひょっとして、スイッチオンですか?

「亮ぉ………あたし達も、シよ♪」
「鏡花、こんな場所で………っ、う」
「ちゅ…」

 抵抗する間もなく、俺は鏡花と唇を重ねていた。
 両手で捧げ持つようにして、俺の顔を固定したまま。
 子猫が舐めるような舌使いに、拒む意志も失ってしまった。

「れる…ふふ………目がえっちだよ? 亮」
「っ…ッ、言うな」

 照れから睨むような視線になった俺に、鏡花の目が細く歪む。
 捕まえた獲物をいたぶる、猫の目だ。

「縛られたまま、こんな………硬くして」

 尻餅をついた体勢の俺に跨ったまま、スカートの下に隠れた俺の股間に指で触れる。
 制服のズボンが、内側から恥ずかしいほどに突っ張っているのが解る。

「亮って、マゾっ気あるんだ………」
「っく、鏡花…程じゃねーよ」

 ああ、くそっ。
 なんて意地悪そうに笑うんだ、コイツは。

「ふ〜ん、じゃあ…どうしてこんなに硬くなっちゃってるのかな〜♪」
「…〜ッ!」

 鏡花は俺の顔を観察したまま、指先の感覚だけでジッパーを下ろして、パンツから其れを露出させる。

「アタシの掌の中で、びっくんびっくんしてるコレは何なのかな〜………ねっ、亮ぉ?」

 後ろ手に縛られたままの俺には、抵抗も拒否も出来なかった。
 畜生っ、覚えてろよ、鏡花。
 今夜は絶対、泣かすまでエッチする!

「そんなの………いつもと同じじゃない? たまには、アタシが亮を泣かせてあげたいもん」

 言いながら指先に微妙な力を加える。

「あっ…」
「可愛い声」

 思わず漏れた喘ぎに、心臓が軋むほどに羞恥が込みあがる。
 だが、嬉しそうに微笑んだ鏡花は、再び舐めるように、甘えるようなキスを繰り返した。

「亮がアタシのコト………泣き出すまでイヂメたくなる気持ち、ちょっとだけ解っちゃった」

 鏡花の瞳が、溶けるように潤んでいる。
 心臓が別の感じでキシキシと痛む。
 なんて、甘くて、刺されるような感情。

「…うん。アタシも好きだよ、亮。誰よりもアタシが、亮を大好き」
「…ッ」

 こういう時、鏡花は自分の感情を隠さない。
 俺の感情を直接受け取る代わりに、自分の想いも、訴えるように語り掛けてくる。
 そんな、子供のようにフェアであろうとする鏡花が、笑っちまうぐらい好きだと思う。
 だが、例え筒抜けだとしても、鏡花に無様な姿は晒したくない。
 それが男のエゴだったとしても、だ。

「…でも、アタシはそんな亮の姿が、見たかったりして」
「…タンマ。俺、そろそろマジなんですけど」
「…ダ〜メ♪」

 鏡花は俺の肩にオデコを乗せるように少し屈み、自分でスカートの下に手を入れた。
 もぞもぞと腰を動かし、そのまま少しだけ位置合わせをするように膝を動かす。

「…鏡花、早く…」
「ふふっ…」

 妖しく微笑んだ鏡花が、俺の胸板に両手を突いた。
 スカートに隠されたままの尻が、ゆっくりと下がっていって―――止まった。

「…ちょ、鏡花、勘弁し―――」
「…『挿れて下さい、鏡花様』…って、言って♪」
「っ…ッッ!」

 言えるか! そんな、こっぱずかしい台詞!

「…じゃあ、このまま………ねっ?」
「…マジ?」
「…うん。結構、ホンキかな」

 認めたくないが、今の俺は完全に鏡花の手玉に取られていた。

「…言って…亮」
「…ッ」
「…アタシ…亮の声が聞きたいな」

 甘えるような仕草で、微妙に腰を蠢かす。
 触れ合うその場所が、濡れているのが感じられた。

「…酷いよ、亮。…アタシもこんなになってるのに」
「…ッッ」

 ああ、もうっ、なんかどうでもいいや!

「…っッ…鏡花」
「…『さま』…は?」

 耳元に囁きかけてくる鏡花の吐息が、熱い。

「っ…様、挿れ、て」
「続けて、言ってくれなきゃ………ダメ」

 目の奥が痺れるようだ。
 鏡花の匂いに魅入られているかのように、思考能力を削られているの感じる。

「…亮ぉ…お願いだから…ねぇ」

 なんか、このままだと大事な何かを無くしそうだ。
 ああ、御免、母さん。
 俺を笑ってくれ、父さん。
 俺、もう駄目です。

「挿れて…っく、下さい………鏡花…ッ」
「…頑張って」
「…ッ、さ」



 カランコロン………カラカラカラ。



 目の前に転がってくる、空き缶に陥落寸前の俺と、うっとりと腰を揺らす鏡花の視線が向けられた。
 ―――え〜っと、その、俺は何をしてた?
 真っ白なお花畑の中で、黄金色の菩薩様に指差されて嘲笑されてたような気が。
 鏡花も我に返ったような、そんな顔をしていた。
 そして、鏡合わせのように空き缶が転がってきた方向を見る。

「よっ、よう………先輩たち」
「あ、あはは………どうもー」

 百瀬と真言美ちゃんが気まずそうに、乾いた笑い声を上げる。
 暗幕や、ベニヤ板の影に隠れるようにして顔を覗かせていた。

「あ、あんた達………いつから?」

 どうやら、鏡花も本気で気づいていなかったらしい。

「………そのですね、何と言いますか。最初っからでしょうか? ねっ、モモちゃん」
「お、俺に振られても困るぜ」
「つーか、ふたりともナニやってるんだ?」

 真言美ちゃんは顔を真っ赤にして暗幕を羽織っているし、百瀬にいたっては肌蹴たワイシャツが妙に艶かしい。

「それを聞かれると、非常に困っちゃうんですけど」
「大体、先輩たちが悪ィんだろ! こんな場所でおっぱじめるんだからよ!」
「………マナちゃん、アンタって子は」
「いや〜流石ですね、鏡花さん。色々と参考になりました♪」

 開き直ってるな、ふたりとも。

「無茶するなよ、百瀬…」
「イヤ、なんか、三輪坂の奴が………途中でスイッチ入っちまってさ」

 何処で?
 まさか、俺と新開さんの
デストロイヤープレイ中か?

「多分、間違ってねーぜ………先輩の想像」
「そ、そうか。頑張れよ」

 済まない、百瀬。
 俺には応援する事しか出来ないよ。

「全く、ホントにしょうがないわね」
「そーですね」
「こうなったら、あたし達のする事はただひとつ」
「部長たちの応援ですね♪」

 何で阿吽の呼吸なんだよ、この超人師弟コンビは。
 俺と百瀬は深い共感の溜息を吐いた。

「………誰の応援なのかな? 三輪坂さん、鏡花ちゃん」
「そりゃー決まってますよ」
「鉄の処女と、鋼の童貞―――」

 待て! 鏡花。
 そのお約束ボケは、まずいぞ!!

「ほお………可愛い後輩のエールか。嬉しくて涙が出そうだぜ?」
「ご、ゴリポン?」

 恐らく、能力を全開にしているのだろう。
 筋肉の鎧で覆われた新開さんの身体は、ふた回りは膨れ上がっていた。

「い、いずみ…」
「貴方たちは、ここで一体ナニをしてるんですか?」
「それを聞かれると、非常に困っちゃうんですけど」
「や、や〜ね。それを聞くのは野暮ってものよ? い・ず・み♪」

 顔を真っ赤にしたいずみさんが、メガネを外す。

「健人くん…」
「おう、任せておけ、いずみ」

 何気に呼び方が変わっておられるようですね。
 まあ、何よりです。

「俺が性根を叩きなおしてやる!!」
「目ぇマジっスよ、新開さん!」
「地獄のこけら落し!地獄のこけら落し!地獄のこけら落しィィ!!」










 結局、この日から部長命令で『部室でのH禁止』が言い渡される事になった。
 雰囲気に流された俺たちも悪いのだが、わざわざ部則にしなくても二度としないって。
 と思ったら。
 百瀬と真言美ちゃんがえらいショックを受けていた。
 ああ、確かふたりとも実家から通学してるからな。
 ………もうちょっと、学生らしい付き合いをしようよ、みんな。

「アンタがその台詞を言うの?」
「ゴメンナサイ」










 追記:
 例の怪しい手帳は発見できず、引き続き探索中。










 鏡花はベッドの中で、全裸のまま眠りこけている。
 即ち、鏡花の手荷物は総てこのバックに入っている筈なのだ。
 筈なのだが。

「何で無いんだ………」
「むにゃ…女の子には…秘密の隠し場所があるのよ〜………すー…すー…」
「何処だよ? …ていうかホントに寝てんのか?」
「くー…すー………チロぉ…♪」
「シャー…(寝惚け)」
「ま、待て、チロ? ………あうアうアぁぁ!!」
「…ぐるぐるぐる♪(寝惚け)」


火曜日・前編へ♪  水曜日・前編へ♪