夜が来る! ― square of the MOON ― 短編 After Story ラブラブな日々で行こう! (Original Version) Wednesday: 真言美ちゃんの悩める水曜日 前編 |
コウヤとの超常バトルから一月が過ぎようとしていた。 様々な傷を、そして思いと記憶とを残した戦い。 だが、桜水台学園・天文部のメンバーにも賑やかだが、それなりに平穏な日常が戻ってきていた。 「あっ、鏡花さ〜ん! こっちです」 「ハイ♪ 御免ね、マナちゃん。ちょっと遅れちゃったかな?」 「いえいえ、そんな事ないですよー」 「あっ、先輩! こっちだぜ」 「よっ。悪いな、百瀬。少し遅れちまった」 「気にすんなよ。話持ちかけたのは俺だし」 「それで、急にどうしたの? 話したい事があるなら、天文部室でもいいじゃない」 ここはアーケード街にあるワクドナルド。 放課後の時間帯だから、学生が一杯居るわ。 桜水台学園の生徒も、結構多いんだけどね。 ウィンドウ越しに歩いている人波も、圧倒的に学生が多い。 何してんのよ皆、もうちょっと時間を有意義に使いなさいよね………って、あたし達も同じか。 「あ、あはは………ちょっと部室では話し辛いことでして」 「確かに―――ある意味、今日の部室は異様に居た堪れなかったわね」 そう、妙に機嫌の良い、いずみ。 プラス、異常にハイテンションな新さんの激ばカップルは、完全に別の世界を構築していたわね。 意識せずに流れ込んでくるラブラブな思考は、はっきり言って『うざったい』の一言に尽きる。 原因はあたし達にあるのは確かなんだけど。 「それで、ですね。…鏡花さん?」 「ああ、御免。なに? マナちゃん」 自分から話を振っておきながら、押し黙ってしまう。 心無し頬を染めて、手にしたコーラをストローで掻き混ぜていたり。 なんていうか、可愛い娘だな〜って思う。 アタシも自分に自信がない訳じゃないが、可愛い系の女じゃない事も自覚してる。 普通、男はどっちのタイプが好きなんだろう? アイツもやっぱり、可愛い女の子の方が好きなんだろうか? ………思い出したら、腹が立ってきた。 「え〜っと、それで、ですねー」 「はぁ………壮一のコトでしょ?」 「え゛え゛っ…な、何で解ったんですかぁ?」 全くの素で驚くマナちゃん。 この子のこういうナチュラルな所が、アタシは好きなのかもね。 アタシの『力』を知っている人間は、真っ先に心を読まれたのかと疑う。 見られるのがイヤなら、後ろ暗いコトなんか考えなさんな、っての。 「ま、まさか、わたし………そんな強烈にモモちゃんのコトを考えちゃってたんでしょうか?」 「あ、あのね、マナちゃん………」 心の中に考えている事が、直接口に出てるわよ? 嘘の吐けない人間。 ぶっちゃけた話、ちょっとお間抜けだわよ、マナちゃん。 「大体、マナちゃんの最近の悩み事ったら、壮一のコトしかないじゃない?」 「そ…そんなコトは無いと思うんですけど」 「ふ〜ん…」 自分でも意地悪な笑みを浮かべてると思う。 「あうあう………駄目です〜、反則ですよぉ」 テーブルに突っ伏すようにして顔を隠すマナちゃん。 あらら、ちょっとやり過ぎちゃったかな? 別に本当に『サトリ』の力を使おうとしたわけじゃない。 人間の生の感情なんて、ホント気持ち良いもんじゃないから。 言語にも変換できないような、原始的で剥き出しの『情動』なんてモノは、見えない方が良い。 特に男性と向かい合った時。 強制的に流し込まれる下種な意識なんて、アタシにとってレイプされるのと変わりない。 今でこそ、こんな風に街中を歩けるけど、あの当時は自分の部屋から一歩も出られなかった。 いずみとソウジさんが居てくれなかったら、多分………今でもあの暗闇の中で怯えていたはずだ。 そして、あの能天気なバカ男と出会えなかったら、アタシは――― 「勘弁して下さい〜…鏡花さぁん」 「冗談よ♪」 本当は『モモちゃん大好き♪』的な感情がビシバシ伝わってくるんだけど、下手に突っ込むと話が進まないしね。 「で、壮一がどうかしたの?」 「そうです、聞いて下さいよ〜鏡花さん」 「で、真言美ちゃんがどうかしたのか?」 「そうなんだよ。聞いてくれよ、先輩」 テーブルの上で拳を握り締めるようにして身を乗り出す百瀬。 声がでかいよ、お前は。 ワクドナルドの二階には空き席が目立つとは言え、学生連中で一杯だった。 桜水台学園の生徒も結構いるみたいだしな。 大抵がカップル連中だ。 「どうしたんだよ、先輩? 急に切ない顔しちまってさ」 「………いや、気にするな」 決して羨ましいわけじゃない、俺にだって彼女は居る。 それも、まあ………見かけだけは極上の部類に入るだろうステディが。 ………なんか、思い出したら腹が立ってきたな。 何で俺が一方的に殴られにゃならんのだろう。 確かにデートの約束をキャンセルしたのは悪いと思うが――― 「本当に大丈夫だったのかよ、先輩。姉ちゃん、えらく怒ってたんじゃねえのか?」 「気にするなって、あれで鏡花の奴も後輩思いだからな。快く承諾してくれたさ」 「でもよ、その顔面に拳の跡、ってのはよ」 「本気で気にするな」 さっきからすれ違い様にクスクス笑われてたのは、鏡花のマーキングの所為だったのか。 せめて平手にしてくれると嬉しいよ、鏡花。 浮気防止のつもりか? ひょっとして。 「俺の事は置いておいてだ。百瀬が相談なんて珍しいからな、一体どうしたんだ?」 「いや、それが…そのよ」 いや、俯いて赤面されても可愛くないぞ。 と思ったが、回りの年上っぽい女性達が百瀬を見てはしゃいでいた。 百瀬も口を開かなきゃ美少年系の顔をしてるからな。 羨ましくなんか無いけど。 「まぁ…真言美ちゃんと何かあったんだろ?」 「なっ、何で解るんだ?」 解らいでか。 最近の百瀬の悩みといったら、真言美ちゃん関係一色だからな。 正直、良い傾向だとは思った。 いずみさんが新開さんと正式にお付き合いを始めた時。 コイツの落ち込み様ときたら、ちょっと見てられなかったからな。 それだけいずみさんに本気で、そして今は真言美ちゃんを本気で想っているんだろう。 移り気な奴だとは思わない。 憧れと、恋愛感情は違うからな。 「その、先輩はさ、姉ちゃんのこと呼び捨てしてるよな? 何時からだ?」 「ん? ああ、最初に会ったとき、鏡花からそう呼べって言われたからな」 今更『七荻さん』なんて呼んだら、挽き肉にされそうだな。 「付き合う前からかよ?」 「………そうだな。好き嫌いは別にして、話しやすい奴だったし」 「それじゃ…参考にならねーよ」 「そっか。名前で呼んで欲しいんだ。真言美ちゃんは」 再び百瀬の顔が真っ赤になる。 「んっとに、今更だぜ。先輩もそう思うだろ?」 「まあ、今朝の新開さんといずみさんが羨ましかったんだろうな」 「だけどよ! 三輪坂は三輪坂だぜ。今更、『マナちゃん(はぁと)』なんて呼べるかっての………わっ、汚ェ!」 「げほっ………わ、悪い」 正直、イメージできなかった。 衝撃だけが俺の横隔膜を刺激したのだ。 俺は潰しかけたウーロン茶を置いて深呼吸した。 「ちなみに、真言美ちゃんは百瀬の事を、どう呼ぶつもりだったんだ?」 「それは当然、『そーちゃん(はぁと)』ですよっ♪」 「そ、そう…」 流石のアタシも毒気を抜かれていた。 他人のラブラブな相談を受けるのが、こんなにキツイなんて考えてなかったな、正直。 「どーしたんですか? 鏡花さん」 「な、何でもないわ。………ただ、ちょっと二階が煩いなって思っただけよ」 「そういえば、絞め殺されそうな子豚さんの断末魔とか、どっかで聞いた事のある怒鳴り声ですとか…?」 「まあ、そんな馬鹿な連中の事なんてどうでも良いんだけどね」 「そうですね♪」 問題はどうやってこの場所から逃げるか、よね。 マナちゃんには悪いけど、これ以上の惚気話は勘弁だわ。 「それではですね。鏡花さんを師匠と見込んで、お聞きしたい事があるのですが…」 「え〜っと、マナちゃん…」 「…実は夜のコトについてご相談が」 「…何でも聞いて♪」 ああっ、アタシって馬鹿? でも、ちょこっと興味があるのは確かなんだけど。 「頼もしいですっ、鏡花センパイ」 「ま、まぁね。アナタが相談した相手は間違っていない…とだけ言っておきましょう」 幾らか引きつったアタシの笑いにも気づかず、マナちゃんが尊敬の眼差しを向けてくる。 ていうか、アタシは何を言ってるんだろ。 自分が見栄っ張りな性格だという事は、自覚してるんだけど。 何か、泥沼にはまった気分なのは、気のせい? 「それで? 壮一に何か問題でもあるの? 構ってくれないとか…」 「いえいえーそんなコトは無いですよ。逆に放してくれなくて困っちゃうとか、そういう感じですから。でも、そーゆー所がモモちゃんの可愛いところなんですよねっ♪」 「…そ、そうね」 「モモちゃんって男気に憧れてるっていうか『俺に黙ってついて来い』って感じを理想としてるみたいなんですけど、肝心なトコで押しが弱いって言うか、甘えんぼって言うか、こうなんて言ったらいいか、ホントに可愛いんですよねー」 「……へー…」 「この間なんか、『三輪坂は放っておくと死んじまう、寂しがり屋の兎みてーなんだよ』なんて言っちゃうんですよっ。それは自分だろーって感じですよね♪」 「…」 … … … ゴメン、マナちゃん。 限界。 「あの………鏡花さん?」 「な、何かしら?」 「チロちゃんが苦しそう…というより『伸び』ちゃってるんですけど」 アタシは無意識の内に、チロをブルワーカーみたいに左右に引っ張っていた。 「わっ、ゴメンね。チロっ」 「シャー…(涙)ぐったり…」 アタシはチロを膝の上に載せて、小さな頭を撫でてやった。 本当にゴメンね、チロ。 でも、悪いのはアタシじゃないの。 マナちゃんでもないでしょうね。 誰とは言わないわ。 ただ………壮一の奴は、明日お仕置フルコースに激決定。 「…それで、鏡花さんはどう思いますか?」 「…えっ?」 いっけない、頭の中で『壮一の折檻プラン♪』に熱中し過ぎて声が聞こえていなかったな。 どうでもいいけど、アタシのイメージの拷問室は酷く和風だった。 ホントにどうでも良いけど。 「…そ、そうね〜…そういうのも良いんじゃないかしら?」 微妙に疑いの眼差しを向けてくるマナちゃんから視線を逸らして、当り障りの無い賛同を述べてみる。 又、あのマシンガントークを連射されちゃ堪らない。 マナちゃんはトリガーが異様に軽いし。 アタシは既に、心底どうでも良くなってきていた。 頭の中で、壮一に石でも抱かせてようかな♪ 「ええっ…? マジですか鏡花さん」 「も、勿論よ♪ そんなんで躊躇ってちゃ、まだまだ大人の女とはいえないわ」 「流石、鏡花さん! お口でシテあげるコトなんて、朝飯前なんですねっ………わっ、汚いです」 「ケホッ………ゴメン」 正直、イメージが意外過ぎた。 ていうか何を大声で感心してるの、この子は。 アタシは潰しかけたプアール茶を置いて深呼吸した。 「私も最初は確かに、『頼む…三輪坂』なんて顔を真っ赤にしたモモちゃんからお願いされて仕方なく………てな感じだったんですけど。最中のモモちゃんが、凄く可愛いくてですね…」 「声が大きい」 ここはファーストフード店なんだよ、覚えてる? いや。 どこでされても、それはそれで非常に困っちゃうんだけど。 「最近、ちょっとは慣れてきたかな…とか思ってたんですけど、流石に朝飯前までとは」 「そ、そーね」 まあ、それはね………嘘をついてる訳じゃないし。 アタシだって亮にしてあげた時はある。 文字通りに朝ご飯の前に、ね。 て、何を考えてるの、アタシは。 それに、マナちゃんの言ってる事も解らないではないんだけど。 「…それで、鏡花さんはどう思いますか?」 「…ええっ?」 ―――ちょっとトリップしてたみたい。 ポーカーフェイスのまま、内心冷や汗を流す。 「…そ、そうね。そういうのもアリなんじゃないかしら?」 「流石、鏡花さん!! お尻の方までOK♪だなんて、本当に尊敬しちゃいますっ………わっ、凄いです」 「ケホケホ………声が大きいって言ってるでしょ!」 アタシはプアール茶を毒霧のように噴出してしまっていた。 古のビジュアル系プロレスラーか、アタシは。 というか、お願いだから名前を連呼しないで。 はっきり言って店内の視線が痛い。 「私も最初は確かに、『三輪坂…どうしても駄目なのか?』なんて泣きそうな顔をしたモモちゃんからお願いされて仕方なく………てな感じだったんですけど。段々、あれはあれで宜しいんじゃないかと…」 「声が大きい………」 突っ込むのも疲れてきたわ。 ホントに何やってんのよ、ふたりとも。 亮の言葉じゃないけど、学生らしい付き合いってのがあるでしょうに。 確かにあたし達も人のコトは言えないんだけど。 ―――そういえば、昨夜の亮は異様に何かに怯えていたけど、なんだったのかしらね? 「―――それだけは止めろ。マジで」 「そ、そうか?」 「人間として、否、生物として間違ってる。………ていうか俺にその話だけはするな」 百瀬が引きつった顔で、珍しく素直に頷く。 今の俺は『人を射殺せそうな眼』をしてるだろうからな。 これ以上、アッチ方面の話題は止め様。 トラウマが蘇りそう。 「それは別に良いんだけどサ、どうしても我慢できない事があるんだよ」 「今度は何だ………?」 自分でも投げやりだと感じる声が出た。 店内の注目が百瀬に集中していくのを感じる。 何で女性客の比率が多いんだ? このワクドは。 それも年下趣味らしき輩が多いぞ。 ………俺に嫉妬混じりの視線を向けるのは、非常に勘弁して頂きたい。 「その…着せたがるんだよ」 「つまり…?」 「俺に、三輪坂の奴が、ヘンテコな衣装を着せたがるんだ…」 赤面して俺を睨むような百瀬が、尻すぼみな台詞を吐く。 しきりに頷く回りの連中は、心底どうでもいい。 「コスチュームプレイか………真言美ちゃんも相変わらず、何と言うか」 取り合えず、新たに注文したコーヒーを飲みながら、窓の外など眺めてみる。 だが、心の中では大分冷や汗をかいていた。 済まないな、百瀬。 俺にそれを非難する資格は、既に失ってしまったのだ。 そもそも俺たちの場合。 最初から『メイドさん』で『屋外』、そして幾らか『露出系』も付加されていたからな。 故に俺の嗜好は、最初から保有していた『属性』ではない。 断じて違うと言いたい。 「『相変わらず』…かよ? じゃ、先輩は何か着せられた事があんのか?」 「いや、着せられたというか、着せたというか」 百瀬の声が裏返った。 「…着せた!?」 「着衣の概念がどこまで適用されるか解らないが、取りあえずは『羽織らせた』という事にしておこう」 「イヤ、俺が言いてえのはそういう事じゃなくて」 「うむ、確かに『着せた』という命令形ではなかった気もする。『着て頂いた』という表現が正しいのかもしれない。無論、殴る蹴るチロ…等の折檻は受けたが」 何を正直に暴露してるんだ、俺は。 「ひょっとして………姉ちゃんの事か?」 「当たり前だろ?」 他に心当たりがあるのか? マジで変な噂を流すのは勘弁してくれよ。 誤解でも何でも、鏡花の奴は容赦しない。 その時は、恐らく―――速攻で逝くだろうな、俺。 「悪ィ…先輩。そりゃそうだよな………つうか姉ちゃんの気持ちが、ちょっと解っちまったぜ」 「まあ、俺たちの事は置いておいてだ。別にそんなに嫌がることでもないだろ? 衣装ぐらいは」 「イヤ、でもよ。俺も流石に『ウォーレンジャー』のコスプレさせられんのは…」 流石だよ、真言美ちゃん。 少なくとも、俺には提案できないね。 鏡花のリアクションが怖くて。 ていうか、着るなよ、百瀬。 「そ、そーだな、雰囲気を変えるにはそれもアリじゃないか?」 「その格好で継続してってもかよ…?」 見事だよ、真言美ちゃん。 それ以前に、何処からヒーロー衣装を調達しているんだい? まさか、手造り? ていうか、自分は何色なんだい? 真言美ちゃん。 レッド? ピンク? それともカレー色? … … … … … … まさか、グルメン? それとも、フーマンなのかい? 「でも、そっか…そうかもしんねーな………ま、別に良いか!」 いや、納得されても。 微妙に………切ない。 まあ、精々頑張れ。 どうでもいいけど真言美ちゃん。 妖しいダイナモで、妖しいエネルギーをチャージしてるんじゃないよね? 「そうだ、聞いてくれよ! 先輩」 「ま、まだ、何かあるのか?」 もはや、俺に逃げ出す術は無いのか? ただ俺は、自分の部屋でまったりとしながら、鏡花と一緒にくだらないテレビ番組を眺めて居たいだけなのに。 ―――でも、そういうのが。 凄い贅沢なんだろう、なんて思った。 「先輩っ、マジに聞いてんのかよ?」 「…」 鏡花の顔が、何となく見たくて。 その声を聞きたくて。 堪らなくなる。 「悪い! 百瀬。急用を思い出した」 |
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