が来る!
― square of the MOON ―

短編 After Story





ラブラブな日々で行こう!
(Original Version)





Thursday:

祁答院の酔える木曜日


前編










 コウヤとの超常バトルから一月が過ぎようとしていた。
 様々な傷を、そして思いと記憶とを残した戦い。
 だが、桜水台学園・天文部のメンバーにも賑やかだが、それなりに平穏な日常が戻ってきていた。










「…だからね、亮は地獄行きが決定してるの(はぁと)」
「…くすくすくす」
「…うるあァ! 飲んでんのかァ、兄ちゃん!」
「…俺を見ろ! 俺を見てくれ!!」
「…(無言でケロヨンを撫でている)」
「…殺せー…いっそ殺してくれー(便器を抱いてうめいている)」
「…かかか、辛…(テーブルに転がって手足を痙攣させている)」

 何と言うか………ここは
地獄と化していた。










 ああ、ええっと―――
 何処で道を間違えたんだか。
 さっきからずっと考えてるんだが、俺も大分アルコールが脳みそに回っているらしい。
 空き缶と酒瓶で埋まるような自分の部屋を見回す。
 そうだ、ここは俺のアパートメントだ。
 それで、天文部のメンバーが何故か宴会をしてるようだな。
 何か目出度い事でもあったのか?
 どうしても、その原因が思い出せない―――

「羽村………飲んでいるか?」
「祁答院…」

 蛙の愛玩を止めた祁答院が、電子ジャーを抱き締めた俺に缶ビールを手渡した。
 ていうか、何で後生大事に電子ジャーなんぞ抱いてるんだ、俺?

「挨拶が遅れたな。…取り合えず、今日からよろしく頼む」
「ああ…」

 ああ―――そうだ、思い出した。










「よっ! 兄ちゃん、久し振りやな。元気しとったか?」
「ああ………今日も良い天気だな」

 俺は部屋の扉を開けたまま、青い空を見上げて深呼吸した。
 今日も良い日になりそうな予感がする。
 さっそくこのまま部屋に戻って、鍵をかけて閉じ篭りたいぐらい。

「とはいえ、学校をサボる訳にもいかないか」
「なんや、自分…ひょっとしてウチの事、無視しよるんかい」
「旅にもでも行きたい感じだな〜」
「―――うりゃあ!」
「………げふァ!」

 リバーに撃ち込まれた衝撃に、俺は朝の爽やかな空気を肺から搾り出される。

「亮、お待たせ♪ …って、何這いつくばってビックンビックンしてるのよ?」
「お。姉ちゃん、久し振りやなっ」
「あなた………キララ?」
「ヴい♪」

 Vサイン(今時…)をして、ちっちゃな胸を誇らしげに反らすチビッコギャング。
 正式名称、祁答院キララだった。

「名称て、ウチは未確認生物か?」
「モノローグに突っ込みを入れるのは止めて貰おう」
「口から出とるて、兄ちゃん」

 相変わらず王様態度だな、この娘は。

「一体、どうしてここに居るの、キララ? マコトと一緒に里帰りしてたんじゃ…」
「せや! でもって、一折りメンドイ手続きも終わったんで帰ってきたんや」

 コウヤとの戦いが終わって直ぐに。
 祁答院とキララのふたりは、この街を後にして『火者の里』へと帰っていった。
 理由は幾つかあった。
 正式な火者として、今回の事件の顛末を報告する事。
 キララの両親の墓参りに行く事。
 そして、ふたりが正式に家族になるための手続きをする為だった。
 ―――ふたりに、そして俺たちにも確かに傷痕は残っている、
 だけど、俺たちは明日への一歩を、確実に踏み出しているのだ。

「か〜っ…正直、赤面するわ。姉ちゃん、良くこんなんと一緒に居られるなぁ」
「…そりゃあね。アタシも時々、退くわ」

 フォローしてくれよ、鏡花。

「でも、あなたがここに居るって事は、マコトも?」
「そういう事だ」
「あらっ、マコト!」

 隣の部屋からちょうど良いタイミングで、本人が顔を出した。
 桜水台学園の制服とは違う、ラフな感じのブレザー姿。
 黒いリボンでポニーテールにしているのだけが、共に戦った時の記憶と違った。
 そういえば………見た事があるな。
 ああ、そうだ。
 祁答院が部屋で料理をしていた時の格好だ。
 て、何故踏むのですか鏡花さん。

「うむ、久し振りだな。鏡花………何故、ふたりに踏まれているんだ、羽村?」
「俺にも何が何だか…」
「この馬鹿は放っておいて、久し振りね」

 もがく俺を無視して、立ち話状態に入る鏡花。
 何で一緒になって俺を踏んでいるんだい、キララ?
 妙に気が合うようじゃないか。
 同じシマ柄のパンツとか穿いてらっしゃるしな。

「ああ、元気そうで何よりだ………何故、足踏みを始めるんだ、鏡花?」
「気にしないで♪ それより、またお隣に引っ越してきたんだ?」
「知っている場所の方が、勝手が利くからな。駄目元で不動産に当たってみたんだが、どうやらあれから空き部屋だったらしい」

 隣が空き部屋なのは俺も知っていた。
 実は祁答院たちが部屋を引き払ってから、何人かの入居者は来たのだ。
 不思議と一週間も経たない内に、逃げるようにして引き払っていったが。
 噂では夜な夜な、妖しげな女の泣声が一晩中響き渡るそうで………
 入居者は皆、ノイローゼ状態になるらしい。

 
何故だ?


「桜水台学園の方も転入手続きを済ませてあるから、今日から一緒に通う事になるな………何故、ツイストを踊り始めるんだ、鏡花?」
「最近、運動不足なの♪ キララの方も、こっちの学校に?」
「せや! 付属のガッコに通う事になったんや。よろしく頼むで」
「うん。宜しくね。でも、意外と早かったわね? 半年は戻れないって話だったのに」
「………約束、だったからな」
「約束?」
「ああ………一緒に学校へ通おう、と。当たり前の日常を、当たり前の…小さな幸せな時間を一緒に過ごそう、と。羽村と約束をした」

 ああ、そうだった。
 辛い過去と、辛い使命を背負っていた祁答院だから、俺たちの当たり前を知って欲しかった。
 俺との約束を守ってくれたのか。
 だから、他意はないんです。
 そういう訳なんです、鏡花さん。

「へえっ、良い事っ、言うっ、わねっ、亮もっ」
「………なあ、姉ちゃん。そんなんガスガス蹴ったら、兄ちゃん本気で逝くで?」










「という訳で。久し振りの仲間との再開と、天文部への入部を歓迎して」
「乾杯!」
「「乾杯♪」」×7

 打ち鳴らされるグラスの音が、俺の部屋いっぱいに響き渡った。
 グラスにはシャンパンが注がれている。
 今更どうでも良いんだが、皆………飲酒は二十歳を過ぎてからだぞ。
 本当に解ってるんだろうか?

「いいじゃない、たまにはね♪」
「下手人が何を言ってるかな」

 ダース単位のビールや、其々が持ち込んだ様々な種類の酒瓶が、部屋の隅に山積みされている。

「何でアタシの所為なのよ?」
「このチラシを作ったのは鏡花だろう?」

 俺はA4サイズの紙をポケットから取り出した。
 手書きのコピーチラシには流暢な文字で『マコト&キララの歓迎会お知らせ♪』と描かれている。
 宴会場=俺のアパート(せめて一言くらい相談して欲しかった)
 会場準備者=俺(本当に俺ひとりにやらせやがったな)
 調理担当者=俺(鏡花といずみさんにやらせる位なら、俺がやる)
 おつまみ&飲み物は各自持参。

「アタシは『飲み物持参』と書いただけで、『アルコール持って来い』とは書いてないわ」
「絶対、確信犯だろう…」
「宴会は楽しければいいのよ♪」

 注ぎ足したシャンパングラスを片手に、ウィンクしてみせる鏡花に溜息を吐いた。










「一番! 新開健人、脱ぎます!!」
「きゃあ♪」

 いきなり火が入ってますね、新開さん。
 ポージングを交えながら脱衣していく新開さんと、観客に徹するいずみさんは置いておいて。

「………何してるんだい? 真言美ちゃん」
「か、かか…辛いです」

 テーブルに突っ伏した真言美ちゃんが手足を痙攣させていた。
 皿に転げたコロッケの断面は深紅だった。

「初っ端から『当たり』を引いたのか…」
「あ、ああ、当たりって、何なんですかー!」
「実はいずみさんが手料理を持参してね。最初は『隔離』しようとしたんだけど、新開さんが嬉々として他の料理に『混入』しちゃって」

 まあ、誰だってひとりだけ泣きを見るのは嫌だからな。
 新開さんもまだ覚悟が足りない。

「…ちなみに、あの封も切られてないレトルトの山は」
「鏡花の
手料理だ」

 あれはまだ良い。
 見分けがつくし、少なくとも『喰った瞬間に全身麻痺』なんて事にはならないからな。
 問題は本当の鏡花の手料理が混入されている事だ。
 俺の目の届かない、いずみさんの所で作成してくる当たり、非常に手が込んでいる。

「…ロシアンルーレットみたいです」
「…ああ、覚悟を決めてくれ」

 俺は馴れてるけど。
 死ぬ事は無いさ。
 致死量を見誤ら無ければな。
 見掛けだけはそこそこのブツを作るからな、あのふたりは。

「じゃ、頑張って」
「はい! 祈っていて下さい」

 再び箸を握るチャレンジャーに、心からのエールを送る。
 食べない、という選択肢は無いのかい? 真言美ちゃん。
 最初に直撃した辛さに、正常な判断力を失っているみたいだった。
 ―――止めないけど。










「なんや? 自分、もうギブアップかぁ?」
「…う、うるせえ!」
「何を吼えてるんだ、百瀬」

 グラスを握り締めた百瀬が、余裕の笑みを浮かべるキララと向かい合ってる。
 百瀬の頭がメトロノームみたいに左右に揺れていた。

「モモの兄ちゃん蟻んこよりも弱いで、話ならんわ」
「飲み比べか………程ほどにしておけよ、百瀬」

 キララに余り飲ませようとするんじゃない。
 というか、先に酔ってどうする。
 シャンパンの一杯や二杯で………

「おい、キララ」
「なんや、兄ちゃん? 代わりに相手してくれるんか?」
「その、ウオッカの空瓶は何本あるんだ?」
「ひい、ふう………あー、最近…目ぇ霞んであかん」

 キララはワザとらしく目を擦って天井を見上げる。

「火が点きそうな度数だな」
「あ〜点くで? 青白い光が、ぽぉ〜っとな」
「お、俺は負けねぇ、次だ! さあ、来い!」

 満身創痍の百瀬が、震える手でグラスを掲げる。

「口だけは達者やな、自分。態度で証明して貰おうか?」

 嬉しそうに新しい瓶の封を切るキララ。
 百瀬の事を、実は結構気に入っているのかもしれない。
 完全に遊ばれているみたいだが。










「いいのかよ? キララに飲ませて」
「うむ。問題ない。あれはあれで楽しんでいる」
「そうよ。野暮は言いっこなし」

 鏡花と祁答院は、互いにワインを注ぎながら座り込んでいた。
 結構な分量が入っているようだが、全然顔色が変わらないなふたりとも。

「それはそうか。楽しくなきゃ、歓迎会の意味が無いよな」
「五番! 新開健人、Tシャツをバンプアップして破きます!!」

 まあ、趣旨を忘れて
勝手に楽しくなっている人もいらっしゃるが。
 俺は意図的にそっちを見ないようにしていた。
 腰を降ろした俺に、鏡花がワインのボトルを掲げてみせる。

「サンキュ」
「きゅ…っと行きなさいよ。男の子でしょ?」

 苦笑して干したグラスを差し出した。

「たまには白いのも美味いな」
「ホットパンチでも作ってあげよっか?」

 ちょっと考えて頭を振った。

「風邪ひいた時の楽しみが無くなる」
「ふっ………」
「どしたの? マコト」
「ふたりとも仲が良さそうで何よりだ」

 優しい目をした祁答院が、明後日の方向を向いてカーネルおじさんの肩を叩く。

「………誰が、何時持ち込んだ?」
「ていうか、実はだいぶ酔ってるんでしょう? マコト」

 言いながら緑色のケロヨンに指を突きつける鏡花。

「………改めて自分の部屋を見回すと、見慣れないモノが増えてきたな」

 それ以前に、どれだけ飲んだんだい? 鏡花、祁答院。
 言動が妖しいを通り越して………怖い

「失礼ね。アタシはまだ全然飲んでないんだから」
「うむ、戦士が酒に飲まれるなど、あってはならない事だ」

 焼酎にチロの漬け込み作業中の鏡花と、明後日の方向を睨んでいる祁答院。
 いかんな。
 収拾がつかなくなって来た。
 過去の経験からして、このままだとろくでもない事になるのは確実だ。
 正気を保っている奴は、誰か居ないのだろうか?

 ―――新開さん…は、そこで心ゆくまでバンプアップしていて貰うとして。
 ―――百瀬は、便所で便器を抱いて身悶えている。
 ―――真言美ちゃんは、テーブルに突っ伏して痙攣している。
 ―――いずみさんは、お腹を押さえてクスクス笑ってるし。
 ―――キララは、一升瓶をラッパ飲みして部屋を闊歩していた。


 …

 …

 …

 うむ。


 
俺も飲むか。



水曜日・後編へ♪  木曜日・後編へ♪