夜が来る! ― square of the MOON ― 短編 After Story ラブラブな日々で行こう! (Original Version) Friday: ホッシーのそれでも幸せな金曜日 前編 |
コウヤとの超常バトルから一月が過ぎようとしていた。 様々な傷を、そして思いと記憶とを残した戦い。 だが、桜水台学園・天文部のメンバーにも賑やかだが、それなりに平穏な日常が戻ってきていた。 ウチ等は今、駅におる。 皆、結構なおっきさの荷物放り投げて、てきとーにくつろいどるわ。 ………約一名を除いてやけどな。 「兄ちゃん、しんどいんちゃうか?」 「キララか―――問題ない」 とか言いながら、額から汗をだらだら流しとる。 両手にボストンバック。 首からショルダーバックを提げ、背中にリュックを重ね合わせて背負っとる。 まるで我慢大会やなぁ。 手足がブルブル震えとるて、亮の兄ちゃん。 「全然平気よ、キララ。男の甲斐性よね? 亮♪」 「無様だな、羽村。これもトレーニングだと思って気合を入れろ」 「…」 手ぶらで談笑していた姉ちゃんズは、ベンチに腰掛けたまま兄ちゃんをこき下ろした。 イヤ、泣きそうな目で助けを求められても、困るんやけどな。 あっさりと見捨てたウチは、視線を逸らして電車のダイアル表を眺めた。 目的の電車は、ローカル線だけあって一時間に一本ちゅうとこやった。 「でも、ホンマええんか? ウチは部外者どころか、桜水台学生でもないんやけど…」 「良いって良いって。部長であるイズミがOKしてるんだし」 「うむ。キララにも良い経験になるだろう。幸い…という言い方も可笑しいが、まだこちらの学校への編入日も先だ」 マコトの台詞は妙に言い訳臭い。 ウチの事、独りにさせたくないんやろな。 「それに………私たち家族みたいなものじゃない?」 「せ、せやな」 鏡花姉ちゃんの台詞に、なんや気恥ずかしい気がして俯いてまう。 桜水台学園の天文部は、創立記念日を利用した合宿をするらしいんやけど――― 「天文部の強化合宿って、何するねん?」 「勿論、星の観測をするのよ。キララちゃん」 「嬢の姉ちゃん………とゴリの兄ちゃん来たんかい」 「誰がゴリだ?」 美女と野獣の到着やな。 ケド、なんや………ゴリの兄ちゃんが季節感を無視したTシャツ一枚なんはどうでもエエとして。 「なぁ…嬢の姉ちゃん」 「何かな? キララちゃん」 「その真っ黒いマント………考え直さへん?」 「う゛………変かな?」 変とか、センスが逝かれてるとかの問題でなくてやな。 その背中の、髑髏と逆十字とバラのアップリケは止めた方がエエとウチは思う、比較的切実に。 街中で見かけたら、背中向けて逃げるわ、ウチは。 「そんな事は無いぞ。イズミはどんな格好をしていても可愛いからな」 「あ、有難う。健人くん………」 「はいはい、ご馳走様や」 身体中が痒くて堪らんわ。 「悪ィ! 遅れちまった」 「スイマセン〜っ。電車、まだ着てないですよね?」 また鬱陶しいカップルが、改札口から駆け寄ってきた。 取りあえず、これでメンバーが揃ったみたいやな。 「なあ、兄ちゃん?」 ウチはやってきた電車を眺めながら、さっきから独り立ち尽くしていた亮の兄ちゃんに聞いてみた。 「………荷物、下に降ろしとけば良かったんちゃうんか?」 「亮っ、お願いね(はぁと)」 「それでは頼むぞ、羽村」 「ついでにこれもな、兄ちゃん♪」 「………お任せ下さい」 「健人君。お弁当、食べて♪」 「お、おうっ」 正直、見てらんねぇよ。 俺は込みあがってくる熱いモノに、目頭を押さえた。 「どうしたの? モモちゃん」 「な、何でもねぇよ。三輪坂」 チェック柄のボストンバックを手にした三輪坂が、頬っぺたをぷく…と膨らませた。 呼び名が気に入らねぇんだろう、多分。 だけど、三輪坂………マジ、勘弁してくれ。 『マナちゃん』なんて呼べねぇよ。 男としての矜持に賭けて! 「モモちゃん、バックお願い♪」 「………おう」 三輪坂のバックを受け取った俺は、渾身の力を込めて頭上の荷物棚に押し込める。 腕がブルブル震えやがるぜ。 何が入ってやがんだ? たかが、一泊二日の旅行だってのに。 それも温泉旅館に宿泊ときてる。 良いのかよ、顧問の引率も無しによ。 ―――ていうか、顧問のセンコウって居んのか? 天文部に。 「もぉ…たかがじゃないよ、モモちゃん。私たちが入部して初めての合宿じゃない」 「………イヤ。どっちにしろ、たかが合宿って感じはするんだけどよ」 俺、今口に出して何も言ってない筈だよな? 姉ちゃんみてーな真似は勘弁してくれ。 天文部の超人師弟コンビとは、良く言ったもんだぜ、マジで。 「………なんかヤな事、考えてない? モモちゃん」 「ご、誤解だぜっ、三輪坂」 慌てる事無く否定した俺。 やっぱ、男は何時如何なる時でもどっしりと構えてなきゃならねえよな。 『尻に敷かれてる』どころか『踵で踏み躙られてる』先輩たちと同じに見られるのは耐えらんねぇぜ。 もちろん俺は違うぜ。 違うぜ、…と思うぜ。 大体、女って奴は何でこう、勘が鋭いんだよ。 ウチの姉貴たちにしたってそうだ。 男なんざ、自分を飾るアクセサリー程度にしか考えてやがらねェ! 「モモちゃん………隣に座って良い?」 「お、おう…べ、別に構わねぇよ」 毅然とした態度で許可した俺の隣に、ちょこんと三輪坂が腰を下ろす。 子犬みてぇに無邪気な笑顔を見せる三輪坂に、気恥ずかしくなっちまって視線を逸らした。 「…はい、亮。あ〜ん」 「…食らえ。羽村」 「…ついでやからウチも、ほりゃ」 「勘弁して下さ………ムグ!…はが!…はうァ!」 何やってやがんだよ、羽村先輩はよ。 何があったのかなんて知らねぇけど。 鏡花の姉ちゃんとあんだけ相思相愛だったってのに、なんでマコトの姉ちゃんとそんなんなっちまってんだよ! 俺は自分でも、訳が解んねぇぐらい苛立ってんのを感じた。 「モモちゃん…何を怖い顔してるの?」 「あ、イヤ………何でもねー」 「私たちもお弁当食べよ?」 微笑んだ三輪坂が、いそいそとバックから弁当箱を取り出す。 グゥパーのキャラがプリントされた、ピンク色の可愛い奴だ。 だけど、俺の視線は通路を挟んだ向かい側。 羽村先輩とふたりの姉ちゃん(プラス一匹)を睨んだままだった。 「もうっ…変だよ? 今日のモモちゃん」 頬を小さく膨らませた三輪坂から、拗ねたように腕を抓られた。 俺は三輪坂が好きだ、本気で。 だから、不安になっちまってる。 『結局、怖いのか………俺は』 呟きが、口から漏れてた。 「なぁ………三輪坂」 「どうしたの? モモちゃん」 「お前………あっちに居たかったんじゃねーか?」 三輪坂がきょとんとした目で俺を見詰めた。 そして、羽村先輩たちと俺とを何度か見やってから、俺の言いたい事を悟ったみたいだ。 その瞳が―――凄ぇ…怒ってる? 「モモちゃん………………………本気で言ってるの?」 「いやっ、けどよ!」 三輪坂の右手が、遠投するみてーに大きく振り被られた。 「どうしたの? 健人君」 「いや。ホシの奴に会うのも、久しぶりだと思ってな…」 イズミの問いかけに、俺はさ迷わせていた視線を向かいに合わせた。 「そうだね。………あれから一月だもんね」 感慨深げに呟くイズミに頷いた。 今回の合宿旅行は、部活動の一環という以外に、もうひとつの目的がある。 火者としての使命。 一時は闇の側に堕ちた少女の保護観察だ。 そう、コウヤとの死闘が終わって直ぐに、星川の奴は光狩の仲間だった少女を追って東京へ転校していった。 凍夜の中。 報われぬ夢の中で生きていた少女を、奴は確かに救ったのだ。 詳しい事情は解らん。 その少女の犯した罪を、俺には弾劾する資格は無い。 俺もまた、罪人だった。 だが、俺は許され、俺の犯した罪も償っていると信じたい。 そう―――愛の力で。 『ホシよ………貴様も癒し、癒されているのか?』 「…モモちゃん………隣に座って良い?」 「…お、おう…べ、別に構わねぇよ」 「…亮♪ はい、お茶」 「…羽村、ドクターペッパーだ」 「…逃げちゃ駄目やな、兄ちゃん」 「…熱ぅ!…薬臭ィ!…鎖は勘弁…」 深く韜晦する俺の耳に、ケツが痒くなるような甘ったるい会話が聞こえた。 ―――断末魔の呻き声も混じっているようだが。 無様だな、貴様ら? 百瀬の向かい合わせのボックス席で、行儀良く並んで座ってる姿なんざ、お雛さまのようだ。 七荻と祁答院ズに囲まれた羽村など、追い詰められて今にも逝ってしまいそうだ。 ふっ………女に飼い慣らされた犬め等が。 「………腑抜けどもめ」 「どうしたの? 健人君」 メガネの奥から優しく頬笑みかける赤い瞳に、魂の安らぎを感じる。 嗚呼、俺は癒されていく。 「大した事じゃない。む………その膝の上の風呂敷包みは?」 「うん。そろそろ私たちも、お弁当にしないかな?」 きたか。 だが、抜かりは無い。 「うむ、そろそろ昼飯の時間だ」 「そうだね、だから…」 「どうだろう、いずみ? せっかく電車に乗っているんだ。駅弁でも食ってみないか」 「でも、車内販売なんか、来ないよ?」 無論承知だ。 ローカル線に車内販売など無い。 ニコニコと頬笑みながら、風呂敷包みを解いていく。 むぅ! 俺の本能が大音量で危機を知らせている。 「まあ、待て。こんな事もあろうかと、俺は駅で駅弁を」 膝の上に広げられた重箱弁当に、動悸が乱れて発汗いちじるしい、俺。 もはや一刻の猶予も無い。 膨らんだスポーツバックの隣に押し込んでいた手提げ袋を取り出し――― 「亮君たち、お弁当もってこなかったみたいだから、その余計なブツはあげちゃった」 「………いずみ(;´Д`)」 メガネを外したいずみが、頬笑みはそのままに無機質な瞳で俺を見据える。 「お弁当作ってきてあげるって言ってたのに、本当に健人君も人が悪いんだから………ねぇ?」 重箱の蓋が開けられると、鼻を突き刺すような刺激臭が立ち昇った。 なんと言うか、真っ赤だった。 米粒まで真っ赤にコーティング(キムチ炒飯)されている。 赤い絵の具を流し込んだように、重箱の中が真っ赤だ。 「―――顔色が悪いよ、健人君」 俺は追い詰められているのを感じた。 胃とケツの穴が、針で突き刺されるように痛い。 「はい………あ〜ん♪」 豆板醤の塊のような真紅のブツが、箸に抓まれて俺の口元に運ばれる。 いずみよ、そんなに俺の愛を試したいのか!? このシチュエーションが羨ましいという奴が居るなら、今すぐ手を挙げろ。 俺が直々に喰らわせてやる。 俺は覚悟を決めて、大きく口を開いた。 ―――が。 五寸釘をフルスイングしたバッドで射ち込まれたような刺激が、鼻の穴を直撃した。 「っッー…げはあ!!」 「…きゃ!」 我ながら盛大なクシャミが爆けた。 ついでに、口の前に差し出されていた真っ赤な塊も爆け飛んでいた。 「………新開クン?」 「い、いずみ…」 取り出したハンカチで、付着した辛味の元を拭ういずみ。 その肩が、震えておられる。 にっこり頬笑んだその瞳の奥に―――赤い炎が燃えていた。 「もお、お腹いっぱいや。タマには駅弁もええなー」 「そうね、何より自分の懐が痛まないのが良いわね」 「うむ。まったくだな」 「…」 兄ちゃんが物問いたげな目で、こっちを睨んどる。 待遇に不満があるようや。 まあ、ウチも鎖で縛られて足元に転がされれば、同じコトを思うかも知れんけどな。 「何よ、亮。その目は?」 「………もう、イヤだ」 兄ちゃんの心が、ファイティングポーズをとるのが解った。 男やな〜。 勝てるはずも無い戦いに挑む決心したんか。 「何で俺がこんな扱いをされなきゃならないんだ!」 「何を言っている? 羽村」 「そうよ。自分で勝手に卑屈になってるんでしょうが、アンタは」 おお、容赦無くコキ下ろした鏡花の姉ちゃんが、つま先で兄ちゃんをいちびる。 兄ちゃんが新たな趣味に目覚めるのも近いようや。 姉ちゃんの方は、元からそんな趣味…絶対持っとるしな。 「………キララ〜♪ 後でゆっくりお話しましょ?」 「か、堪忍や」 目ぇ笑っとらん姉ちゃんの笑顔は、凄かった。 「解らんな。何を焦っているんだ?」 「後ろめたいんでしょ、どうせ」 「そ、そんな事は無い!………と思うぞ」 兄ちゃんが冷や汗を流しながら芋虫みたいに後退る。 ………余っ程、後ろめたいんやな。 「だったら、ちゃんとアタシ達の目を見て話しなさい」 「雑作も無い事だ」 とか言いつつ、あからさまに泳いどる兄ちゃんの目。 スカートの中でも覗こうとでもしとるんかいな。 「本当にどうしたんだ? 羽村」 「な、何でもないんだ、祁答院。何でもない」 「もしかして………やはり、邪魔なのか。私は」 マコトがちょびっとだけ視線を逸らして俯き加減になる。 なんちゅーか、破壊力のある芸を覚えたようや。 「ち、違うっ。祁答院は邪魔者なんかじゃなくて…」 「へ〜? そんじゃ、邪魔者はアタシなんだ?」 脚を組んだまま、膝に肘をついた鏡花の姉ちゃんが、細めた目ぇで兄ちゃんを見下ろす。 獲物をいたぶる蛇の目ぇや。 どれくらい迫力があるかっちゅうと、ホンマモノのチロがフリーズしとるくらいや。 「そっ、そんなんじゃなくて、その、なんて言うか………色々と、俺にも、考えと言うか、ほらっ、つまり―――」 見事やな〜、兄ちゃんの慌てッぷり。 なんちゅーか、誠実さが全く感じられんわ。 案の定、鏡花の姉ちゃんの目ぇが「視線で人が殺せそう」って感じになった。 「亮………今のアンタ、最低」 「きょ、鏡花さん?」 「しばらく、頭を冷やして考えなさい。―――それまで、絶交だから」 『絶交』て子供の喧嘩かいっ………て、突っ込もうかと思ったんやけど。 あらら、兄ちゃんは真っ白になって絶句しとる。 そんなショックだったんか? 「鏡花…祁答院…俺は」 「うざい」 「む………済まんな、羽村」 兄ちゃんが容赦無く通路に蹴り出された。 「モモちゃんの馬鹿ァ!!」 「み、三輪坂…?」 「健人君、酷いよっ!」 「い、いずみ」 なんや知らんが、野郎メンバーが兄ちゃんを踏み付けるように通路に追い出されてきおった。 それぞれ、顔面に紅葉やら、拳の痕やらをお見舞いされとる。 ま、あれや。 大の男三人が、魂抜かれたツラで突っ立っとる様は―――笑えるわ、ホンマに。 その三匹の男どもが、互いの顔を見合わせて俯く。 その肩が次第に、小さく震え始める。 笑っとるんか、アレは? 気ぃでも触れたんかと思ったが、弾けるように天を睨んだその目ぇには、流石のウチも背筋が冷とおなった。 アレは―――獣の目ぇや! 愛を失った野獣や! 奴らに恐れるモノは、何も失くなったんや! … … … チンピラに堕ちたとも言うけどな。 取り合えず。 今、ここに愛を失った三匹の獣が誕生したんや。 獣の本能はひとつ。 奴らの全身から沸き立つ、恐ろしいほどの波動が、こう叫んどる! 幸せなカップルが憎い、と。 ………鬱陶しいわ、ホンマ。 「ハァイ♪ ミズキ。調子はどうだい?」 「あ、星川君…」 病室の窓から外を眺めていた私に、星川 翼君が声をかけてくれた。 扉に寄りかかるようにして、真っ赤なバラの花束を手にして。 毎日。 そして、ずっと私の側にいてくれる。 「チッチッチッ………駄目だよ、ミズキ」 「なっ、なに?」 「ボクの事は『ツバサ』、もしくは『ヨク』とでも呼んで欲しい。そう言ってるじゃないか」 爽やかな笑顔を浮かべたまま、ベッドサイドにある椅子に腰掛ける。 「ご、御免なさい。翼…くん」 「うん。なんだい? ミズキ」 その優しくて素敵な笑顔を直視できなくなった私は、慌てて視線を逸らした。 そう、ツバサ君は素敵な人だ。 それも、美形で優しくて、とても『今』の自分が釣り合うような人だとは思えない。 夜の世界で、『もう一人の私』が罪の中で夢見ていた世界で。 私はツバサ君と知り合って、恋をした。 でも、夢が覚めた後でも、ツバサ君は私を追って、ここまで来てくれた。 だけど………元に戻った『今の私』は、ツバサ君と向き合えるだけの勇気が持てない。 そんな、つまらない普通の女の子だった。 それに比べて、ツバサ君は本当に素敵な人だった。 ―――ついでにお金持ちでもあるみたい。 実は身体は完治していた私だったけれど、『家には帰りたくない…』という私の言葉を真に受けたツバサ君が、病院の個室を半ば無理やり借り取ってくれたのだ。 看護婦さんの前に山のような札束を積み上げた時は、流石に青くなってしまったけど。 『気にしないでいいのさ♪ これはミズキの為に稼いだ軍資金なんだから』 嬉しかった。 でも、ツバサ君………聞けなかったんだけど、どうやってン千万円というお金を稼いだの? … … … 大阪? ひょっとして、妖しい組織間抗争なんかに巻き込まれて無いよね? 「…幸せは減らない増えもしない、ありっこないで決めてかかれ♪…」 「え…?」 「…打算じゃない愛という本能だって信じさせて〜♪…」 どこかで聞いたようなリズムを、口遊む。 その視線は、さっきまで私が眺めていた窓の外へ向いていた。 気を使ってくれているの? ツバサ君のさり気ない優しさが、私の心を解き解してくれる。 「歌はいいねぇ、歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう感じないかい? ミズキ」 ………たまに遠くに行ってしまった、と感じる事があるのだけど。 等と考えていたら、目の前にツバサ君の顔があって驚いてしまった。 「ふふっ」 「な、なに? どうしたの…」 サラサラの髪。 長い睫。 浮世離れした王子様のような微笑に、また逃げるように顔を逸らしてしまった。 「キミの心はガラスの様に繊細だね、ミズキ。………好意に値するよ」 「え、それって…?」 「それはね。好きってこと………さがアァ!!」 あっ………ツバサ君が空を舞った。 そのまま、爽やかな笑みを浮かべたツバサ君は、開けっ放しの窓の外へ飛んで行った。 私は状況が理解できないまま、呆然と窓の外を眺めていた。 ここは三階。 雲ひとつ無い青空が綺麗だった。 「ふっ………星になったかホシよ」 はちきれんばかりの筋肉をした大男が、膝からしゅうしゅう…と煙を立たせていた。 どうでも良いけど、人を跳ばすほどに力を込めたシャイニングウィザードなんて、やっちゃいけないと思う。 「うむ。危ないところだったな、娘さん」 「あ、貴方は…?」 「我々の事は、そう………辻斬りマスクマンとでも呼んでもらおうか」 だから、誰? 何で虎の覆面を被ってるの? 変質者? 「ザマぁないな、ホッシー先輩」 「無様だな、星川」 変質者が増えた。 蟹の覆面を被った少年(多分)と、竜の覆面を被った青年(多分)が病室に入り込んでいた。 「………つ、ツバサ君! ツバサ君っ!?」 我に返った私は、慌ててベッドから飛び出そうとした。 「―――突然、何をするんだい!? キミ達は!」 「…ツバサ君?」 窓枠に足を掛けたツバサ君が、星の世界から帰ってきた。 土塗れになったワイシャツに、頭に突き刺さった木の枝。 もしかして、地面まで落下したの? ゴメンね、ツバサ君。 無傷の貴方に、喜ぶより―――ちょっと恐怖を覚えたの、私。 「まったく! 久し振りに会った仲間に対する挨拶がこれなのか?」 「仲間?」 竜の覆面を被った変質者が鼻で笑った。 「そんな幸せそうなラブラブ男が仲間だった覚えは無いな」 「な、何を言ってるんだい? 亮君」 「羽村亮………。ふっ、奴は死んだよ」 明後日を向いた変質者のマスクから、光る物が流れ落ちた。 泣いているの? 「ツバサ君………お友達なの?」 「イヤ、友達と言うか、部活の仲間と言うか。そうだ、ミズキも会った事が…」 「酷ぇぜ、ホッシー先輩………」 蟹の覆面をした変質者が、ツバサ君の言葉にショックを受けたように俯いた。 「新しい愛人が出来たら、もう俺の事は友達扱いかよ」 「つ…ツバサ君? 愛人って…どういうコト」 「な、何を言ってるんだい? 百瀬」 「俺を捨てるのかよ、先輩! 前みたいに『モモ(はぁと)』って呼んでくれよ!! あんなに激しく俺を愛してくれたのは嘘だったのかヨ!?」 「イヤっーッッ!! ツバサ君、不潔不潔不潔!」 「誤解だよ、ミズキ! ボクはそんな」 「無様過ぎるな、ホシ? 人の心を玩んだ報いだ」 「まったくだ。今まで、何人もの少年を泣かせてきたツケだと思え」 「な、何人も…それも全部、男の子………ツバサ君、私の事はダミーだったの?」 「違うんだよ、ミズキ!」 「俺を捨てないでくれよ! ホッシー先輩っ」 蟹覆面の男の子が、ツバサ君の腰に縋り付いて泣き喚いていた。 そう、そんなにツバサ君を愛しているの? 崩れ落ちた私の肩を優しく押さえ、竜の変質者が頭を振ってフォローする。 「星川を怨まないでやってくれないか? 例え、ウチの学校にいた頃は、とっかえひっかえ毎日のように下級生の男子を手込めにして、『薔薇の王子様』と異名を取っていた男とは言え…」 「勝手に人の学園生活を捏造するのは止めてくれないか! っていうか、キミが一番タチが悪いよ、亮君!」 現実が崩れていきそう。 ツバサ君がそんな趣味をしてたなんて。 よそよそしく感じてしまうほどの優しさも、全部嘘、偽りだったのね。 「さようなら………ツバサ君。今まで良い夢をアリガトウ」 「何を言ってるんだい、ミズキっ。目を覚まして!」 「さようなら、ホシ」 「さようなら、星川」 「さようなら、ホッシー先輩」 腕を組んで横一列に並んだ、覆面変質者の人たちが、くっくっく…と笑っている。 「キミ達はボクに何の恨みがあるんだ!」 「お前に個人的な恨みがあるわけじゃない。ただ………俺達は幸せなカップルが許せない、それだけだ」 「言ってる事が無茶苦茶だよ! って新開さん………な、何故、情熱的な眼差しをボクの下半身に向けているんだい?」 「さあ…何でだろうなぁ?」 大きな変質者の虎覆面の奥で、目が光ってる感じがする。 あの光は、光狩の目と同じ? 「な、何故、ハァハァハァ…言ってるんだい!? 新開さんっ」 「さ…さようなら、星川」 「さ…さよならだぜ、ホッシー先輩」 「な、何故、ボクを哀れむような遠い目をして、後退りをするんだい!? 亮君っ、百瀬っ」 「大人しくしていろ、ホシよ。…三分ほどで総て終わる」 「ウルトラマンかい!? キミは!!」 嗚呼! ツバサ君が、ツバサ君が遠い所へ逝っちゃう! 神様っ。 誰でも良いから、ツバサ君を助けて下さい! 「―――何をやってるの? あんた達は」 扉が開く音と、物凄く冷たい声が病室を凍り付かせた。 あ、ありがとう。 メドゥーサみたいな女神様。 あれ? 明るい髪をした蛇神さまの顔が引きつった。 「………さようなら。三分後に又、ね」 ゆっくりと閉じられる扉。 「嗚呼! 待って、待って下さいーっっ」 |
木曜日・後編へ♪ 金曜日・後編へ♪ |