が来る!
― square of the MOON ―

短編 After Story





ラブラブな日々で行こう!
(Original Version)





Friday:

ホッシーのそれでも幸せな金曜日


前編










 コウヤとの超常バトルから一月が過ぎようとしていた。
 様々な傷を、そして思いと記憶とを残した戦い。
 だが、桜水台学園・天文部のメンバーにも賑やかだが、それなりに平穏な日常が戻ってきていた。










 ウチ等は今、駅におる。
 皆、結構なおっきさの荷物放り投げて、てきとーにくつろいどるわ。
 ………約一名を除いてやけどな。

「兄ちゃん、しんどいんちゃうか?」
「キララか―――問題ない」

 とか言いながら、額から汗をだらだら流しとる。
 両手にボストンバック。
 首からショルダーバックを提げ、背中にリュックを重ね合わせて背負っとる。
 まるで我慢大会やなぁ。
 手足がブルブル震えとるて、亮の兄ちゃん。

「全然平気よ、キララ。男の甲斐性よね? 亮♪」
「無様だな、羽村。これもトレーニングだと思って気合を入れろ」
「…」

 手ぶらで談笑していた姉ちゃんズは、ベンチに腰掛けたまま兄ちゃんをこき下ろした。
 イヤ、泣きそうな目で助けを求められても、困るんやけどな。
 あっさりと見捨てたウチは、視線を逸らして電車のダイアル表を眺めた。
 目的の電車は、ローカル線だけあって一時間に一本ちゅうとこやった。

「でも、ホンマええんか? ウチは部外者どころか、桜水台学生でもないんやけど…」
「良いって良いって。部長であるイズミがOKしてるんだし」
「うむ。キララにも良い経験になるだろう。幸い…という言い方も可笑しいが、まだこちらの学校への編入日も先だ」

 マコトの台詞は妙に言い訳臭い。
 ウチの事、独りにさせたくないんやろな。

「それに………私たち家族みたいなものじゃない?」
「せ、せやな」

 鏡花姉ちゃんの台詞に、なんや気恥ずかしい気がして俯いてまう。
 桜水台学園の天文部は、創立記念日を利用した合宿をするらしいんやけど―――

「天文部の強化合宿って、何するねん?」
「勿論、星の観測をするのよ。キララちゃん」
「嬢の姉ちゃん………とゴリの兄ちゃん来たんかい」
「誰がゴリだ?」

 
美女と野獣の到着やな。
 ケド、なんや………ゴリの兄ちゃんが季節感を無視したTシャツ一枚なんはどうでもエエとして。

「なぁ…嬢の姉ちゃん」
「何かな? キララちゃん」
「その
真っ黒いマント………考え直さへん?」
「う゛………変かな?」

 変とか、センスが逝かれてるとかの問題でなくてやな。
 その背中の、
髑髏と逆十字とバラのアップリケは止めた方がエエとウチは思う、比較的切実に。
 街中で見かけたら、
背中向けて逃げるわ、ウチは。

「そんな事は無いぞ。イズミはどんな格好をしていても可愛いからな」
「あ、有難う。健人くん………」
「はいはい、ご馳走様や」

 身体中が痒くて堪らんわ。

「悪ィ! 遅れちまった」
「スイマセン〜っ。電車、まだ着てないですよね?」

 また鬱陶しいカップルが、改札口から駆け寄ってきた。
 取りあえず、これでメンバーが揃ったみたいやな。

「なあ、兄ちゃん?」

 ウチはやってきた電車を眺めながら、さっきから独り立ち尽くしていた亮の兄ちゃんに聞いてみた。

「………荷物、下に降ろしとけば良かったんちゃうんか?」










「亮っ、お願いね(はぁと)」
「それでは頼むぞ、羽村」
「ついでにこれもな、兄ちゃん♪」
「………お任せ下さい」

「健人君。お弁当、食べて♪」
「お、おうっ」


 正直、見てらんねぇよ。
 俺は込みあがってくる熱いモノに、目頭を押さえた。

「どうしたの? モモちゃん」
「な、何でもねぇよ。三輪坂」

 チェック柄のボストンバックを手にした三輪坂が、頬っぺたをぷく…と膨らませた。
 呼び名が気に入らねぇんだろう、多分。
 だけど、三輪坂………マジ、勘弁してくれ。
 『マナちゃん』なんて呼べねぇよ。

 
男としての矜持に賭けて!


「モモちゃん、バックお願い♪」
「………おう」

 三輪坂のバックを受け取った俺は、渾身の力を込めて頭上の荷物棚に押し込める。
 腕がブルブル震えやがるぜ。
 何が入ってやがんだ?
 たかが、一泊二日の旅行だってのに。
 それも温泉旅館に宿泊ときてる。
 良いのかよ、顧問の引率も無しによ。
 ―――ていうか、顧問のセンコウって居んのか? 天文部に。

「もぉ…たかがじゃないよ、モモちゃん。私たちが入部して初めての合宿じゃない」
「………イヤ。どっちにしろ、たかが合宿って感じはするんだけどよ」

 俺、今口に出して何も言ってない筈だよな?
 姉ちゃんみてーな真似は勘弁してくれ。
 天文部の超人師弟コンビとは、良く言ったもんだぜ、マジで。

「………なんかヤな事、考えてない? モモちゃん」
「ご、誤解だぜっ、三輪坂」

 
慌てる事無く否定した俺。
 やっぱ、男は何時如何なる時でもどっしりと構えてなきゃならねえよな。
 『尻に敷かれてる』どころか『踵で踏み躙られてる』先輩たちと同じに見られるのは耐えらんねぇぜ。
 もちろん俺は違うぜ。
 違うぜ、…と思うぜ。
 大体、女って奴は何でこう、勘が鋭いんだよ。
 ウチの姉貴たちにしたってそうだ。
 男なんざ、自分を飾るアクセサリー程度にしか考えてやがらねェ!

「モモちゃん………隣に座って良い?」
「お、おう…べ、別に構わねぇよ」

 
毅然とした態度で許可した俺の隣に、ちょこんと三輪坂が腰を下ろす。
 子犬みてぇに無邪気な笑顔を見せる三輪坂に、気恥ずかしくなっちまって視線を逸らした。

「…はい、亮。あ〜ん」
「…食らえ。羽村」
「…ついでやからウチも、ほりゃ」
「勘弁して下さ………ムグ!…はが!…はうァ!」

 何やってやがんだよ、羽村先輩はよ。
 何があったのかなんて知らねぇけど。
 鏡花の姉ちゃんとあんだけ相思相愛だったってのに、なんでマコトの姉ちゃんとそんなんなっちまってんだよ!
 俺は自分でも、訳が解んねぇぐらい苛立ってんのを感じた。

「モモちゃん…何を怖い顔してるの?」
「あ、イヤ………何でもねー」
「私たちもお弁当食べよ?」

 微笑んだ三輪坂が、いそいそとバックから弁当箱を取り出す。
 グゥパーのキャラがプリントされた、ピンク色の可愛い奴だ。
 だけど、俺の視線は通路を挟んだ向かい側。
 羽村先輩とふたりの姉ちゃん(プラス一匹)を睨んだままだった。

「もうっ…変だよ? 今日のモモちゃん」

 頬を小さく膨らませた三輪坂から、拗ねたように腕を抓られた。
 俺は三輪坂が好きだ、本気で。
 だから、不安になっちまってる。

『結局、怖いのか………俺は』

 呟きが、口から漏れてた。

「なぁ………三輪坂」
「どうしたの? モモちゃん」
「お前………あっちに居たかったんじゃねーか?」

 三輪坂がきょとんとした目で俺を見詰めた。
 そして、羽村先輩たちと俺とを何度か見やってから、俺の言いたい事を悟ったみたいだ。
 その瞳が―――凄ぇ…怒ってる?

「モモちゃん………………………本気で言ってるの?」
「いやっ、けどよ!」

 三輪坂の右手が、遠投するみてーに大きく振り被られた。










「どうしたの? 健人君」
「いや。ホシの奴に会うのも、久しぶりだと思ってな…」

 イズミの問いかけに、俺はさ迷わせていた視線を向かいに合わせた。

「そうだね。………あれから一月だもんね」

 感慨深げに呟くイズミに頷いた。
 今回の合宿旅行は、部活動の一環という以外に、もうひとつの目的がある。
 火者としての使命。
 一時は闇の側に堕ちた少女の保護観察だ。
 そう、コウヤとの死闘が終わって直ぐに、星川の奴は光狩の仲間だった少女を追って東京へ転校していった。
 凍夜の中。
 報われぬ夢の中で生きていた少女を、奴は確かに救ったのだ。
 詳しい事情は解らん。
 その少女の犯した罪を、俺には弾劾する資格は無い。
 俺もまた、罪人だった。
 だが、俺は許され、俺の犯した罪も償っていると信じたい。

 そう―――
愛の力で。

ホシよ………貴様も癒し、癒されているのか?



「…モモちゃん………隣に座って良い?」
「…お、おう…べ、別に構わねぇよ」

「…亮♪ はい、お茶」
「…羽村、ドクターペッパーだ」
「…逃げちゃ駄目やな、兄ちゃん」
「…熱ぅ!…薬臭ィ!…鎖は勘弁…」


 深く韜晦する俺の耳に、ケツが痒くなるような甘ったるい会話が聞こえた。
 ―――断末魔の呻き声も混じっているようだが。
 無様だな、貴様ら?
 百瀬の向かい合わせのボックス席で、行儀良く並んで座ってる姿なんざ、お雛さまのようだ。
 七荻と祁答院ズに囲まれた羽村など、追い詰められて今にも逝ってしまいそうだ。
 ふっ………女に飼い慣らされた
犬め等が。

「………腑抜けどもめ」
「どうしたの? 健人君」

 メガネの奥から優しく頬笑みかける赤い瞳に、魂の安らぎを感じる。
 嗚呼、俺は癒されていく。

「大した事じゃない。む………その膝の上の風呂敷包みは?」
「うん。そろそろ私たちも、お弁当にしないかな?」


 
きたか
 だが、抜かりは無い。

「うむ、そろそろ昼飯の時間だ」
「そうだね、だから…」
「どうだろう、いずみ? せっかく電車に乗っているんだ。駅弁でも食ってみないか」
「でも、車内販売なんか、来ないよ?」

 無論承知だ。
 ローカル線に車内販売など無い。
 ニコニコと頬笑みながら、風呂敷包みを解いていく。
 むぅ!
 
俺の本能が大音量で危機を知らせている

「まあ、待て。こんな事もあろうかと、俺は駅で駅弁を」

 膝の上に広げられた重箱弁当に、動悸が乱れて発汗いちじるしい、俺。
 もはや一刻の猶予も無い。
 膨らんだスポーツバックの隣に押し込んでいた手提げ袋を取り出し―――

「亮君たち、お弁当もってこなかったみたいだから、その
余計なブツはあげちゃった」
「………いずみ(;´Д`)」

 メガネを外したいずみが、頬笑みはそのままに無機質な瞳で俺を見据える。

「お弁当作ってきてあげるって言ってたのに、本当に健人君も人が悪いんだから………
ねぇ?

 重箱の蓋が開けられると、鼻を突き刺すような刺激臭が立ち昇った。
 なんと言うか、
真っ赤だった。
 米粒まで真っ赤にコーティング(キムチ炒飯)されている。
 赤い絵の具を流し込んだように、重箱の中が真っ赤だ。

「―――顔色が悪いよ、健人君」

 俺は追い詰められているのを感じた。
 胃とケツの穴が、針で突き刺されるように痛い。

「はい………あ〜ん♪」

 豆板醤の塊のような真紅のブツが、箸に抓まれて俺の口元に運ばれる。

 いずみよ、そんなに
俺の愛を試したいのか!?

 このシチュエーションが羨ましいという奴が居るなら、今すぐ手を挙げろ。
 俺が直々に喰らわせてやる。
 俺は覚悟を決めて、大きく口を開いた。
 ―――が。
 五寸釘をフルスイングしたバッドで射ち込まれたような刺激が、鼻の穴を直撃した。

「っッー…げはあ!!」
「…きゃ!」

 我ながら盛大なクシャミが爆けた。
 ついでに、口の前に差し出されていた真っ赤な塊も爆け飛んでいた。

「………新開クン?」
「い、いずみ…」

 取り出したハンカチで、付着した辛味の元を拭ういずみ。
 その肩が、震えておられる。
 にっこり頬笑んだその瞳の奥に―――赤い炎が燃えていた。










「もお、お腹いっぱいや。タマには駅弁もええなー」
「そうね、何より自分の懐が痛まないのが良いわね」
「うむ。まったくだな」
「…」

 兄ちゃんが
物問いたげな目で、こっちを睨んどる。
 待遇に不満があるようや。
 まあ、ウチも鎖で縛られて足元に転がされれば、同じコトを思うかも知れんけどな。

「何よ、亮。その目は?」
「………もう、イヤだ」

 兄ちゃんの心が、ファイティングポーズをとるのが解った。
 男やな〜。
 勝てるはずも無い戦いに挑む決心したんか。

「何で俺がこんな扱いをされなきゃならないんだ!」
「何を言っている? 羽村」
「そうよ。自分で勝手に卑屈になってるんでしょうが、アンタは」

 おお、容赦無くコキ下ろした鏡花の姉ちゃんが、つま先で兄ちゃんをいちびる。
 兄ちゃんが新たな趣味に目覚めるのも近いようや。
 姉ちゃんの方は、元からそんな趣味…
絶対持っとるしな。

「………キララ〜♪ 後でゆっくりお話しましょ?」
「か、堪忍や」

 目ぇ笑っとらん姉ちゃんの笑顔は、凄かった。

「解らんな。何を焦っているんだ?」
「後ろめたいんでしょ、どうせ」
「そ、そんな事は無い!………と思うぞ」

 兄ちゃんが冷や汗を流しながら芋虫みたいに後退る。
 ………余っ程、後ろめたいんやな。

「だったら、ちゃんとアタシ達の目を見て話しなさい」
「雑作も無い事だ」

 とか言いつつ、あからさまに泳いどる兄ちゃんの目。
 スカートの中でも覗こうとでもしとるんかいな。

「本当にどうしたんだ? 羽村」
「な、何でもないんだ、祁答院。何でもない」
「もしかして………やはり、邪魔なのか。私は」

 マコトがちょびっとだけ視線を逸らして俯き加減になる。
 なんちゅーか、
破壊力のある芸を覚えたようや。

「ち、違うっ。祁答院は邪魔者なんかじゃなくて…」
「へ〜? そんじゃ、邪魔者はアタシなんだ?」

 脚を組んだまま、膝に肘をついた鏡花の姉ちゃんが、細めた目ぇで兄ちゃんを見下ろす。
 獲物をいたぶる蛇の目ぇや。
 どれくらい迫力があるかっちゅうと、ホンマモノのチロがフリーズしとるくらいや。

「そっ、そんなんじゃなくて、その、なんて言うか………色々と、俺にも、考えと言うか、ほらっ、つまり―――」

 見事やな〜、兄ちゃんの慌てッぷり。
 なんちゅーか、誠実さが全く感じられんわ。
 案の定、鏡花の姉ちゃんの目ぇが「視線で人が殺せそう」って感じになった。

「亮………今のアンタ、最低」
「きょ、鏡花さん?」
「しばらく、頭を冷やして考えなさい。―――それまで、絶交だから」

 『絶交』て子供の喧嘩かいっ………て、突っ込もうかと思ったんやけど。
 あらら、兄ちゃんは真っ白になって絶句しとる。
 そんなショックだったんか?

「鏡花…祁答院…俺は」
「うざい」
「む………済まんな、羽村」

 兄ちゃんが容赦無く通路に蹴り出された。










「モモちゃんの馬鹿ァ!!」
「み、三輪坂…?」




「健人君、酷いよっ!」
「い、いずみ」










 なんや知らんが、野郎メンバーが兄ちゃんを踏み付けるように通路に追い出されてきおった。
 それぞれ、顔面に紅葉やら、拳の痕やらをお見舞いされとる。
 ま、あれや。
 大の男三人が、魂抜かれたツラで突っ立っとる様は―――笑えるわ、ホンマに。
 その三匹の男どもが、互いの顔を見合わせて俯く。
 その肩が次第に、小さく震え始める。
 笑っとるんか、アレは?
 気ぃでも触れたんかと思ったが、弾けるように天を睨んだその目ぇには、流石のウチも背筋が冷とおなった。

 アレは―――
獣の目ぇや!

 
愛を失った野獣や!

 
奴らに恐れるモノは、何も失くなったんや!


 …

 …

 …


 チンピラに堕ちたとも言うけどな。
 取り合えず。
 今、ここに愛を失った三匹の獣が誕生したんや。
 獣の本能はひとつ。
 奴らの全身から沸き立つ、恐ろしいほどの波動が、こう叫んどる!

 
幸せなカップルが憎い、と。

 ………鬱陶しいわ、ホンマ。










「ハァイ♪ ミズキ。調子はどうだい?」
「あ、星川君…」

 病室の窓から外を眺めていた私に、星川 翼君が声をかけてくれた。
 扉に寄りかかるようにして、真っ赤なバラの花束を手にして。
 毎日。
 そして、ずっと私の側にいてくれる。

「チッチッチッ………駄目だよ、ミズキ」
「なっ、なに?」
「ボクの事は『ツバサ』、もしくは『ヨク』とでも呼んで欲しい。そう言ってるじゃないか」

 爽やかな笑顔を浮かべたまま、ベッドサイドにある椅子に腰掛ける。

「ご、御免なさい。翼…くん」
「うん。なんだい? ミズキ」

 その優しくて素敵な笑顔を直視できなくなった私は、慌てて視線を逸らした。
 そう、ツバサ君は素敵な人だ。
 それも、美形で優しくて、とても『今』の自分が釣り合うような人だとは思えない。
 夜の世界で、『もう一人の私』が罪の中で夢見ていた世界で。
 私はツバサ君と知り合って、恋をした。
 でも、夢が覚めた後でも、ツバサ君は私を追って、ここまで来てくれた。
 だけど………元に戻った『今の私』は、ツバサ君と向き合えるだけの勇気が持てない。
 そんな、つまらない普通の女の子だった。
 それに比べて、ツバサ君は本当に素敵な人だった。

 ―――
ついでにお金持ちでもあるみたい

 実は身体は完治していた私だったけれど、『家には帰りたくない…』という私の言葉を真に受けたツバサ君が、病院の個室を半ば無理やり借り取ってくれたのだ。
 看護婦さんの前に
山のような札束を積み上げた時は、流石に青くなってしまったけど。

『気にしないでいいのさ♪ これはミズキの為に稼いだ軍資金なんだから』

 嬉しかった。
 でも、ツバサ君………聞けなかったんだけど、
どうやってン千万円というお金を稼いだの?


 …

 …

 …



 
大阪?


 ひょっとして、
妖しい組織間抗争なんかに巻き込まれて無いよね?


「…幸せは減らない増えもしない、ありっこないで決めてかかれ♪…」
「え…?」
「…打算じゃない愛という本能だって信じさせて〜♪…」

 どこかで聞いたようなリズムを、口遊む。
 その視線は、さっきまで私が眺めていた窓の外へ向いていた。
 気を使ってくれているの?
 ツバサ君のさり気ない優しさが、私の心を解き解してくれる。

「歌はいいねぇ、歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう感じないかい? ミズキ」

 ………たまに
遠くに行ってしまった、と感じる事があるのだけど。
 等と考えていたら、目の前にツバサ君の顔があって驚いてしまった。

「ふふっ」
「な、なに? どうしたの…」

 サラサラの髪。
 長い睫。
 浮世離れした王子様のような微笑に、また逃げるように顔を逸らしてしまった。

「キミの心はガラスの様に繊細だね、ミズキ。………好意に値するよ」
「え、それって…?」
「それはね。好きってこと………さがアァ!!」

 あっ………
ツバサ君が空を舞った

 そのまま、爽やかな笑みを浮かべたツバサ君は、開けっ放しの窓の外へ飛んで行った。
 私は状況が理解できないまま、呆然と窓の外を眺めていた。
 ここは三階。
 雲ひとつ無い青空が綺麗だった。

「ふっ………星になったかホシよ」

 はちきれんばかりの筋肉をした大男が、膝からしゅうしゅう…と煙を立たせていた。
 どうでも良いけど、
人を跳ばすほどに力を込めたシャイニングウィザードなんて、やっちゃいけないと思う。

「うむ。危ないところだったな、娘さん」
「あ、貴方は…?」
「我々の事は、そう………
辻斬りマスクマンとでも呼んでもらおうか」

 だから、誰?
 何で虎の覆面を被ってるの?
 変質者?

「ザマぁないな、ホッシー先輩」
「無様だな、星川」

 変質者が増えた。
 蟹の覆面を被った少年(多分)と、竜の覆面を被った青年(多分)が病室に入り込んでいた。

「………つ、ツバサ君! ツバサ君っ!?」

 我に返った私は、慌ててベッドから飛び出そうとした。

「―――突然、何をするんだい!? キミ達は!」
「…ツバサ君?」

 窓枠に足を掛けたツバサ君が、星の世界から帰ってきた。
 土塗れになったワイシャツに、頭に突き刺さった木の枝。
 もしかして、地面まで落下したの?
 ゴメンね、ツバサ君。
 無傷の貴方に、喜ぶより―――
ちょっと恐怖を覚えたの、私。

「まったく! 久し振りに会った仲間に対する挨拶がこれなのか?」

「仲間?」

 竜の覆面を被った変質者が鼻で笑った。

「そんな幸せそうなラブラブ男が仲間だった覚えは無いな」
「な、何を言ってるんだい? 亮君」

「羽村亮………。
ふっ、奴は死んだよ


 明後日を向いた変質者のマスクから、光る物が流れ落ちた。
 泣いているの?

「ツバサ君………お友達なの?」
「イヤ、友達と言うか、部活の仲間と言うか。そうだ、ミズキも会った事が…」
「酷ぇぜ、ホッシー先輩………」

 蟹の覆面をした変質者が、ツバサ君の言葉にショックを受けたように俯いた。

「新しい
愛人が出来たら、もう俺の事は友達扱いかよ」
「つ…ツバサ君? 愛人って…どういうコト」
「な、何を言ってるんだい? 百瀬」

俺を捨てるのかよ、先輩!
 
前みたいに『モモ(はぁと)』って呼んでくれよ!!

 
あんなに激しく俺を愛してくれたのは嘘だったのかヨ!?


「イヤっーッッ!! ツバサ君、不潔不潔不潔!」
「誤解だよ、ミズキ! ボクはそんな」
「無様過ぎるな、ホシ? 人の心を玩んだ報いだ」
「まったくだ。今まで、何人もの少年を泣かせてきたツケだと思え」
「な、何人も…それも全部、男の子………ツバサ君、私の事はダミーだったの?」
「違うんだよ、ミズキ!」
「俺を捨てないでくれよ! ホッシー先輩っ」

 蟹覆面の男の子が、ツバサ君の腰に縋り付いて泣き喚いていた。
 そう、そんなにツバサ君を愛しているの?
 崩れ落ちた私の肩を優しく押さえ、竜の変質者が頭を振ってフォローする。

「星川を怨まないでやってくれないか? 例え、ウチの学校にいた頃は、とっかえひっかえ毎日のように下級生の男子を手込めにして、『
薔薇の王子様』と異名を取っていた男とは言え…」

「勝手に人の学園生活を捏造するのは止めてくれないか! っていうか、キミが一番タチが悪いよ、亮君!」


 現実が崩れていきそう。
 ツバサ君がそんな趣味をしてたなんて。
 よそよそしく感じてしまうほどの優しさも、全部嘘、偽りだったのね。

「さようなら………ツバサ君。今まで良い夢をアリガトウ」
「何を言ってるんだい、ミズキっ。目を覚まして!」
「さようなら、ホシ」
「さようなら、星川」
「さようなら、ホッシー先輩」

 腕を組んで横一列に並んだ、覆面変質者の人たちが、くっくっく…と笑っている。

「キミ達はボクに何の恨みがあるんだ!」
「お前に個人的な恨みがあるわけじゃない。ただ………俺達は
幸せなカップルが許せない、それだけだ」
「言ってる事が無茶苦茶だよ! って新開さん………な、何故、情熱的な眼差しをボクの下半身に向けているんだい?」
「さあ…何でだろうなぁ?」

 大きな変質者の虎覆面の奥で、目が光ってる感じがする。
 あの光は、光狩の目と同じ?

「な、何故、ハァハァハァ…言ってるんだい!? 新開さんっ」
「さ…さようなら、星川」
「さ…さよならだぜ、ホッシー先輩」
「な、何故、ボクを
哀れむような遠い目をして、後退りをするんだい!? 亮君っ、百瀬っ」
「大人しくしていろ、ホシよ。…三分ほどで総て終わる」
ウルトラマンかい!? キミは!!」

 嗚呼!
 ツバサ君が、ツバサ君が遠い所へ逝っちゃう!
 神様っ。
 誰でも良いから、ツバサ君を助けて下さい!

「―――何をやってるの? あんた達は」

 扉が開く音と、物凄く冷たい声が病室を凍り付かせた。
 あ、ありがとう。
 メドゥーサみたいな女神様。
 あれ?
 明るい髪をした
蛇神さまの顔が引きつった。

「………さようなら。三分後に又、ね」

 ゆっくりと閉じられる扉。

「嗚呼! 待って、待って下さいーっっ」





木曜日・後編へ♪  金曜日・後編へ♪