が来る!
― square of the MOON ―

短編 After Story





ラブラブな日々で行こう!
(Original Version)





Saturday:

キララの新しい土曜日


前編










 コウヤとの超常バトルから一月が過ぎようとしていた。
 様々な傷を、そして思いと記憶とを残した戦い。
 だが、桜水台学園・天文部のメンバーにも賑やかだが、それなりに平穏な日常が戻ってきていた。










 「………ここが」

 適度に閑散とした無人駅に降りたった俺は、腰に手を当てて周囲を見回した。
 人知れず、夜を守る火者を生み育てる隠里。
 そこは世俗から隔離された隠者の聖地。

「アンタ馬鹿ぁ?」

 後ろから呆れたようなツッコミが聞こえたが、激しく無視。

「お〜、ひっさしぶりやなぁ」
「うむ」

 小さな祁答院と大きな祁答院………ではなく。
 キララとマコトが同じように伸びをしていた。

「どや? 兄ちゃん。初めて火者の里に来た感想は?」
「うむ」

 俺は駅名が表示された看板を見上げたまま頷く。
 駅名は『火者の里』駅。
 改札口の上には『おいでませ♪火者の里』の垂幕。
 無人の駅の売店には、『美味い!火者の里』まんじゅうが飾ってある。
 『怨敵必殺火者Tシャツ』に『火者ダルマ落とし』とかもあるな。
 売店の隅っこには、『火者の里マップ』と一緒に、『火者の里艶妖話その壱』とか飾ってて妙にリアリティがあって凄く嫌なんだが、その弐はどこだ?

火者の里だな」
「………だから、そう言っとるやんか」
「それでは、亮、早速だが」

 マコトの頬笑みに踵を返して頷く。

「お茶でも飲もうか。そこに茶店がある」
「いや。既に連絡を入れているので真っ直ぐ向かいたいのだが」
「腹が減ったのなら飯でもいいな。そこに寂びれた飯屋がある」
「………往生際の悪い奴っちゃな〜」

 腕を組んで溜息を吐くキララの突っ込みも、当然無視。
 山のような荷物を全て抱え上げ、取りあえず逃げ込めそうな場所を目指す。

「いい加減にしなさい、亮」
「ふっ………何の事だ…くエッ」

 ネックレスのように俺の首にぶら下がったチロが、キュ…っと絞まる。
 普通、首を締めるのは血管を圧迫して『落とす』のであって、気管を潰すためじゃないと思うぞ、チロさんや。

「じゃ、行きましょうか。マコト」
「うむ。付いてきてくれ」
「………兄ちゃん、顔色戻せやぁ………青紫は正直、キモイで?」

 無茶を言わないで頂きたい。










 俺たちが天文部合宿から別行動を取ったのには、当たり前だが訳がある。
 真月事件の時に、光狩の一味と行動し、保護観察状態だった少女の診断結果報告。
 そして、祁答院の
実家に挨拶に行く、という用件である。
 何故。
 俺が?

「………ホンマ、往生際の悪い奴っちゃな〜」
「長老連にはアタシから話を通しておくから、マコト達は先に行っちゃってて良いわよ」
「長老?」

 ひらひらと手を振って踵を返した鏡花に代わって、サックを担ぎ直したマコトが答えた。

「火者としての組織を運営している、最高意思決定機関というところだ」
「ホンマに干乾びたジイ様たちが集まってる訳やないで?」
「………解り切ったコトは言わなくていいぞ、キララ」

 違ったのか。
 じと目のキララから顔を逸らすようにして、火者の里とやらの風景を見回してみる。
 何と言うか。
 普通だった。
 家の屋根は藁葺きじゃないし、道路はアスファルトで舗装化されてるし、車の代わりに馬が走り回ってる訳じゃないし、道ですれ違う
通行人が手裏剣を投げつけてくる事も無かった。

「日光江戸村でもそこまでアグレッシブなアトラクションじゃないで?」
「どうかしたのか? マコト」
「あ、いや…」

 心無し浮かない顔をしているマコトに気づいた。

「…ウチは放置か…」
「亮に嘘を言っても仕方無いな………。正直、私にとって実家は、あまりくつろげる場所ではないからな」

 マコトの実家である祁答院家は、火者の内でも由緒ある武術道場であると聞いた。

「マコト…」

 溜息を吐いたマコトが、力の無い頬笑みを見せる。
 能力者と非能力者の差別、というものだろう。
 俺は、胸の奥がムカツクような憤りを覚えた。
 俺は確かに、能力者と呼ばれるような『力』を持っている。
 だが、こんな手品に毛が生えたような『力』を持っている事に、どれほどの意味があるというんだろう?
 俺は正直。
 火者という組織、そして、祁答院の家に良いイメージを持っては居なかった。

「………亮?」
「ん、あぁ…何でもない」

 ふと。
 マコトと同じように、非能力者であるというだけで、ささやかな夢でさえ壊された一人の女性を思い出していた。

「まあ、そんなんリアルになる必要は無いて♪」
「………お気楽だな、キララ?」

 今回の祁答院家訪問の本目的は、キララを正式な養子として、祁答院に迎え入れるという重大用件な訳だが。
 頭の後ろで手を組んだキララは、小悪魔っぽい微笑をして保証した。










 駅から一時間ほど歩き通した俺たちの前に、馬鹿広い屋敷が待ち受けていた。
 生垣に囲まれ、時代がかった門の中には、平屋の邸宅とそこそこに大きな道場が配置されていた。

「………何て言うか、時代劇から抜け出してきたみたいだな?」
「ぶっちゃけ、古いんやけどな」

 何度か来訪した事があるというキララが、ストレートな感想を代弁してくれた。

「先ずは父様に挨拶を………」

 妙に古めかしい名称を使うマコトに苦笑した俺だったが、道場の方から殺気にも似た圧迫感を感じて振り返った。
 そこには、胴着らしき黒の装束を着た、壮年の男が立っていた。
 目つきが厳しく、気配にも隙が無い。
 悪人髭にサングラスな顔は、ぶっちゃけヤの付く職業の人のようだ。
 だが何よりも、叩き付けるように浴びせられる、これは―――敵意だ。
 反射的に身構えた俺の身体の奥から、闘気が生まれた。

「久し振りだな」
「………父様」
「上がるのならば早くしろ。
でなければ帰れ!

 髭面の親爺がなんか囀った。

「相変わらずやなぁ…あの親爺」
「そうなのか?」

 押し殺したような俺の呟きに、呆れた様子のキララが頷く。
 ちょっと俺はキレてしまいそうなのだが。

「父様、まずは伺いたい事があります」

 マコトはジーンズのポケットから、一枚の紙切れ取り出す。
 そこには、ただ一言。
『濃い!』
 と書かれていた筈だ。
 俺と、マコトとキララと鏡花で、一晩ほど検討した結果。
 『濃い』と『来い』をワープロの変換ミスしたんじゃないか、という結論に落ち着いたわけだが。
 何と言うか、あの親父さまは著しく濃い。

「………必要だから呼んだまでだ」
「見なかったコトにしたで、あの親爺」
「そうだな」

 どうでも良いんだが、祁答院パパの視線は、俺を睨んだままで居心地が悪い。

「さっさと来い! お前の婿を選ぶ準備は出来ている」
「…なっ!?」

 なんだそれは。

「わ、私には父様が何を言っているのか、解りません!」
説明を受けろ
「待って下さい! わ…私は家には必要の無い人間なのではなかったのですか!?」
必要だから呼んだまでだ

 マコトをまるで自分の手駒のように、本人の意思を全く聞こうとしない祁答院パパの態度に、俺は頭の何かが振り切れるのを自覚した。
 言葉も無く立ちすくむマコトの腕を掴み、入れ替わるように足を踏み出す。
 睨むように相対した俺と祁答院パパの間に、空気が爆けるような圧力が満ちる。

「………ぶち切れよったな。兄ちゃん。若いっちゅうか、何ちゅうか」
「あらあら。悪代官からお姫様を守る、騎士様って感じね♪」

 すぐ隣から聞こえてきた発言に、ビクリとしたキララが仰け反る。
 そこに居たのは、買い物カゴを手にし、エプロンさえも付けたままの女性だった。
 短く揃えた色の薄い髪、閉じているかのような細目を除けば、その顔立ちはマコトに驚くほど似ていた。
 気配も無く、足音さえも聞こえずに、始めからそこに立って居たようにのほほんと頬笑んでいた。

「祁答院ママ………脅かしっこ無しやで。しんぞー止まるかと思た」
「うふふ。お久し振りね? キララちゃん」
「そ、そうやな…お久し振りや」
「それで、あの子がマコトの選んだ男の子なのね? なかなか、侠気があるみたいじゃないの」
「侠気というか、無鉄砲というか、考え無しというか………良い奴であるのは間違いないんやけど」
「うふふふふ。それは楽しみね。あの人を相手にどこまで頑張れるか、見せて貰いましょう」
「亮…私は…」
「マコト、俺に話をさせてくれ」

 何か言い掛けるマコトを、安心させるように背中に触れる。
 祁答院パパの殺気が、圧力を増したように感じたが気の所為だろう。

「お父さん、家庭の問題に口出しするつもりは無いんですが…」
「貴様に『お義理父さん』などと言われる筋合いは無いわ!!」

 道場の窓ガラスがビリビリと震える。
 耳がキーンとする訳だが、何か誤解があるような気がしてならない。

「いや、お父さん…」
「まだ言うか! 娘をたぶらかした極悪人めが!」

 駄目だな。
 人の話をまったく聞かないタイプの人間らしい、このヒゲ親父は。

「聞いてください! 父様っ」

 絶妙なタイミングで、マコトが口を挟む。
 オーケー。
 びしっと一発、誤解をといてやってくれ。
 大きく深呼吸をしたマコトは、胸を張って叫んだ。

「私は、もう…
身も心も亮のモノなのです!

 嫌に空気が静かだった。
 耳鳴りがしてくるぐらいに全ての音が消えた。
 なんというか、アレだ。
 ………背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。
 自分の口がパクパクと開閉してるのが解るが、言葉は出ない。

「………誤解なんです。
お義理父さん
「黙れ!!」










 さて。
 何やら、面白おかしくなってきよったな。
 道場に連行された兄ちゃんは、真っ黒い胴着に着替えさせられとる。
 あの表情は、状況がまったくわかっとらんってツラや。
 さすがやな。
 それでこそ兄ちゃんや。
 祁答院パパの『コイツはコロス』的視線にも、気づいとらんかった。

「マコトさん」

 ずらずらと雁首並べとる道場生の中から、一際ムサい男四人が立ち上がる。
 たしか、祁答院道場の四天王―――と、自称してた奴らやな。
 妙に甲斐甲斐しく兄ちゃんの着替えを手伝っていたマコトが、初めて他人の存在に気づいたように振り返った。

「ああ、久し振りだな。みんな………」
「何故、貴女がここに居るのですか?」
「…ぇ?」

 威圧するように腕を組み、睨むようなきびしい表情を見せつける四天王ズ。

「マコトさんは道場に入るべきでない、と何度言えば解るのですか」
「つまり、必要ないと言う事だ」
「女が武術など覚える必要はない」

 マコトは言葉を失ったように、唇を噛んで押し黙った。
 ………しかし、まあ、マコトも随分と表情が豊かになったもんや。
 ちょい前までやったら、無表情の鉄面皮だったんやけどなぁ。
 やけど、代わりに氷みたいな無表情になり始めとる兄ちゃんが、妖しすぎて怖いんやけどな。

「なに女の腐った奴みたいに愚痴愚痴いっとんねん、自称四天王ズは」
「「「「自称では無い!」」」」

 ちょいと、助け舟を出して見る。
 なんや………このままやと、兄ちゃんがヤバイ気がする。

「む、お前は」
「似非関西製小娘」
「何故、ココに居るのだ」
「お前も道場から出て逝って貰おうか」

 ひとりで喋れんのか、あんたらは。
 ウチは連行されるように道場の外へと連れ出される。

「おいっ! お前ら…」
「あ、大丈夫やから♪ 兄ちゃんは準備運動でもしとき〜」

 お気楽に手を振って安心させとく。
 庭に出ると、とりあえず大きく溜息を吐いて、腕を組んで振り返った。

「何を考えとんねん。あんた等は」
「そんなコトはどうでもいい! 一体何なんだ、あの男は!?」

 四天王ズは気張った顔を一斉に崩して、
泣言をのたまう

「何て………そりゃ、彼氏に決まっとるやんか」

 ウチの言葉に、この世の終わりみたいな顔を晒す四天ズ。
 ムサイことこの上ない。

「お嬢様に彼氏が…」
「な、何という事だ…」
「おお、神よ…おお、神よ…」

 地面に蹲って、身悶える筋肉ダルマーズ。
 めっちゃキモイ。

「待て! 皆の衆。お嬢様が選んだ男だ。祝福してやるのが男ではないのか!?」
「しかし、しかし…だ!」
「マコトに餓鬼みたいな態度しかできひんから、誤解されたままなんやろーが、アンタ等は。ほんま、女々しいやっちゃなぁ。そんなだから、羽村の兄ちゃんにマコト寝取られるんやろうが」

 ウチの言葉に、耳を押さえて地面に蹲りピクピクと痙攣する四天ズ。

「ただ…我らはお嬢様の幸せを願って…」
「その通り、お嬢様には武術など必要でないっ。だから、我らが盾に、剣になろうと…うぅ」
「泣くな! 同志たちよっ…笑って祝福しようではないか」
「おう! お嬢様の幸せが我らの幸せ! その志に、一片の曇りも無いっ」
「………ナニやってんのよ? アンタ達」

 呆れたような呟きが、玄関の方から聞こえた。

「あ、鏡花の姉ちゃん。早かったなぁ」
「まあね。所詮、報告っていったって形式だし。実際に長老連が顔見せた訳じゃしね」
「なんや、ええ加減やなぁ」
「『アタシ』の前に顔を出せるほど、清廉潔白な君子じゃあないんでしょうね? 長老連のお爺様方も」

 その薄氷のような笑顔に、背筋がゾクゾクと震えるのを感じた。
 毒には毒を、鞭には鞭を。
 害意を持って相対する者にとって、思考を写し撮られるという事がどれだけの恐怖であるのか。
 ―――まあ、ウチらや兄ちゃんには関係ないんやけどな。
 チカラなんぞ無くても、顔色だけで何もかんも見抜かれるに決まっとるし。
 にっこりと笑った姉ちゃんが、腰に手をあてて庭を見回した。

「亮とマコトはどうしたのよ? ていうか、何をやってたのよ、あんた達は」

 屠殺場に並んだ豚のように頭を垂れていた四天王ズが、顔を上げて仰け反る。

「むぅ! 貴様はっ」
「蛇姫!」
「鬼姫!」
「同志たちよ、呼名が統一されないのは良くない」
「もっともな話だな。間を取って、蛇鬼というのはどうか?」
「おまえ あたまいいな」

 立ち上がった四天王ズは、鬼の首を取ったかのように勝ち誇って鏡花姉ちゃんを指差す。

「「「「何しに現われた、
蛇鬼姫」」」」

 ―――その毒薔薇のような笑顔に、背筋がゾクゾクと震えるのを感じた。
 終わったな………成仏せえやぁ。
 悠然と腕を組み、唇を笑みの形に歪めた、その艶やかな微笑。
 正直、直視できへん。

「………アタシがなんでここに居るかって?」

 その真っ赤な唇から、蛇のような舌が見えたのは、気の所為やと思いたい。

「そりゃ居るわよ。アタシの亮が、お邪魔してるんですもの」
「な、なんだってー!」
「どういう意味だ!」
「あの男はお嬢様のっ」
「ああ、御免なさい。間違っちゃったわね。正確にはアタシが亮の女って感じだし」

 組んでいた手を腰に当て、もう片方の手の甲を口元に当てる。

「ありえぬっ! ならばお嬢様はっ!?」
「簡単な答えじゃない? マコトも亮の女ってコトよ」

 高笑いしながら、艶っぽく腰を捩る。

「ふぅん? …これから試合するんだぁ。亮、大丈夫かしら? 昨夜もアタシ達相手に深夜まで寝技の特訓とかしてたしィ」
「うっ…」
「まったく、亮ってば激しいんだからぁ………腰の調子がおかしいわ」
「うおおおおおおおおおおおっっ!」
「羽村亮っ!!」
「貴様は許さん〜っ!」

 なんや………その、ワリ食うのが兄ちゃんってのが、確信犯やと、おもた。





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