竜園
Original Novel

-迷宮神話-



第X章  妖精都市









 呼び声が聞こえた。
 求める意志を。
 切望が。
 誰を?
「誰だ?」
 問い返す。
 彼は闇の中に立ち尽くしていた。
 目を開く。
 彼の目の前には、一本の槍が突き立てられていた。
 槍?
 其れは槍のようにも見えた。
 其れは剣のようにも見えた。
 其れは斧のようにも見えた。
 ただ、ひとつだけ解ったこと。
 この武器は生物の一部だ。
「お前が俺を呼んだのか?」
 彼には資格があった。
 その手に、槍を握る資格が。
「………俺は、お前を求めていない」
 だが、槍は彼を求めていた。
 使い手を。
 あらぶる魂を。
 あらぶる魂を屠る、あらぶる魂の騎士を。
「俺は立ち止まる事が出来ない」
「この身が砕けようとも」
「例え、目の前に立ちふさがる、総ての物を打ち砕いても」
「お前は、その力となりうる物なのか?」
 肯定。
 ならば。
「受け入れよう」
 彼は、手を伸ばし、掴んだ。
 屠竜の運命を。





 シヴァは目を開いた。
 石造りの小さな部屋。
 床から身体を起こしたシヴァは、寝呆け眼で周囲を見回した。
 密閉された閉鎖空間に鉄格子。
 湿って、すえた空気。
 牢屋だ。
「あー…」
 身に覚えの無い状況に、シヴァは頬を掻いた。
 硬い寝具に強ばった身体を解しながら、寝呆けた頭をしきりに振る。
 煙草を探そうと胸に手をやったが、何もなくなっている事に気づく。
 処刑刀と予備の火炎剣は勿論、真っ赤な甲冑もはぎ取られていた。
 買い替えたばかりの騎士着のポケットを探るが、煙草もナイフも小銭も飴玉も無い。
「あ」
 途方に暮れたシヴァは、鉄格子に目を遣って驚く。
 格子棒に紛れて気づかなかったが、一本の槍が床に突き立っていた。
 鈍色に輝く、赤銅色の質素な槍だ。
 歩兵が使う長槍ではなく、騎士用の突撃槍に似ている。
 ランスというには、形状がまた違うような気がした。
 刃の部分と柄の部分が、ちょうど半分半分の造りになっている。
 ランスとソードとスピアを混ぜれば、こんな形になるのかもしれない。
 だが、余りにも完全に不完全さが混じり合い、武器として機能するのかも怪しい。
 槍の長さは、シヴァの背丈を悠に超していた。
「あわ」
 何気なく手に取ったシヴァは、柄の感触にすっとんきょうな声を洩らす。
 ザラつく槍の柄は、表面に細かな鱗が覆われていた。
 生物のような生々しい感触だった。
 脈打つような鼓動を感じたのは、気のせいだったろうかと小首を傾げる。
 手を引いて、もう一度驚く。
 槍の重さはまったく感じず、まるで空気を握っているかのようだった。
「何かの魔法具、か………?」
 シヴァは手に吸い付くように馴染む槍を玩びながら、牢屋唯一の家具である寝具に腰掛けた。
 突然牢屋で目覚めれば慌てるのだろうが、シヴァは頬を掻きながら多少困っていた。
 ここが何処だか知らないが、拘束が続けばシーダー登録が取り消されてしまう。
 場所は地下牢らしいが、自分の他に囚人の姿はなく、看取らしき人の気配もしない。
 ぐぅと腹が鳴り、いずれ餓死だなと困惑する。
 一体今日は何日なのだろうかと考え込んでいると、足音が近づくのが聞こえた。
「…っ!?」
「や」
 格子戸越しに現われたのは、年若い女性だった。
 実際、シヴァには年齢の見当が付かない。
 短めに切り揃えられたブロンドから、短剣のように尖った耳が覗いていたからだ。
 機能的で装飾を排除した服装からして、牢の巡視兵か何かなのだろう。
 シヴァは初めて目にした純粋なエルフを、まじまじと見詰めた。
 混血児のサリアより繊細な感じがしたが、別段耳以外に人間との違いは見付けられなかった。
 元々、人間や亜人種と呼ばれる種族は、神代の神人から枝分かれした同種だ。
 サリアという実例が示す通り、混血も可能な程に近い種族なのである。
 地上では繁殖力に優れていた人間が隆盛を誇り、ほとんどの亜人種は迫害や自然環境に耐えられずに数を減らしていた。
「…っ」
 身構えたエルフの女性は、シヴァが肩に立て掛けた槍に退く。
 何事か呟いたが、シヴァには聞き取れない言葉だった。
「あの、ひとつ聞きたい事があるんだけれど………」
「…ッ!!」
「………ここは何処」
 シヴァが言い終える前に、エルフの衛兵は逃げるように姿を消していた。
 にこやかな笑みを浮かべたシヴァの顔が凍り付き、傷ついた溜息を吐く。
「何で女が衛兵なんかに」
 壁に寄り掛かったシヴァは、何処か諦めた調子で呟いた。
 エルフは女系社会であり、出生率も男性が生まれる確率は低い。
 エルフ種族独特の強力な魔法力も、女性が主に引き継ぐ。
 それ故、女性が戦士となるのが当たり前の社会だったが、シヴァにそんな予備知識はなかった。
「まさか本気で餓死させる………」
 大勢の拍車が石畳を鳴らす音に、シヴァは自分が厄介に巻き込まれた事を確信した。
「………心算じゃないか」





 細身の剣を突き付けられたシヴァは、首後で手を組んだ姿勢で連行されていた。
 無論、牢屋で拾った怪槍は没収されている。
 槍を没収したエルフ達が、血相を変えてどこかに持っていってしまった。
 衛兵は皆エルフの女性だったが、シヴァは抵抗を手控えていた。
 丸腰でも肉弾戦なら勝てそうな気がしないでもなかったが、エルフはほとんどが皆魔法戦士だとサリアに聞かされていたからだ。
 サリア本人も、弱いが魔法の素質があるらしい。
「それにしても、何処だ。ここは?」
 シヴァは前後を挟む六人の近衛兵に、独り言のように呟いた。
 エルフの平均的な身長は、人間とほぼ同じだ。
 人間の男性としては長身のシヴァだと、頭ひとつ分は抜きん出ている。
 繊細な美しい銀のメイルを着ているが、華奢な手足では扱えるのが信じられない。
 勿論、オリハルコン製の魔法具なのだろうが、ショーウインドウに飾られた人形のような趣さえ感じられた。
 鎧の細工に溶け込むような髪の毛は、ほとんどが白銀だ。
 肌の色も紙のように白く、人間で言うアルビノに近い。
 生粋の古代エルフ種族は皆そうであり、血が濃いほど強大な魔法力を有する。
「帰りが遅いと、心配する人もいる訳で、釈放してくれると嬉しいんだけれど」
 シヴァは返事がないのを承知で、取り合えず訴える。
「何か捕まるような事をした身に覚えはないし………」
 正確には『エルフに捕まるような覚えはない』である。
 シヴァは言葉が通じていないのかと、諦め気味で続けた。
 シヴァを連行する一番前のエルフが、肩を怒らせて振り返った。
 エルフにしては長身で、兜を被ればシヴァと同じ程の身長だった。
 光に透けそうな蜂蜜色のストレートヘアが、頬を掠めた。
 通路の出口から差し込む光に、シヴァは思わず目を細めた。
 黄金を溶かしたような金髪だ。
「少し口を閉じていろ。人間」
 歪んだ口元から吐き出されたのは、ワーズアースコモンランゲージだった。
 侮蔑のイントネーションも見事で、ネイティブに近い。
 冷たいハスキーボイスに、温かみは一切含まれていなかった。
 人間に対する軽蔑感プラス、殺意さえも含んでいそうな声だった。
 亜人種の中でも、特にエルフは人間を劣等種と見做している。
「安らかな死を望むならば、だが」
 何方にしろ死を暗示させてくれるエルフの言葉を、シヴァは聞き流していた。
 無視されたエルフが腰のレイピアに手を伸ばし掛け、放心したように自分を見詰めるシヴァに気づく。
 実際、シヴァは見惚れていた。
 エルフではなく、その背後に広がる、幻想にして神秘的な眺めに。
「馬鹿な………ここは、地上なのか?」
 そう、シヴァが誤解したのも詮無きだろう。
 蒼き広大な空間が頭上に広がり、優しい陽光が映し出されている。
 平地の広がりもまた、霞み果てを見せない。
 流離う雲が、彼の立つ都市に影を映して流れていった。
 眼前に広がる、城下町を。
 森のような木々に調和した、人ならざるもの達の都市。
 シヴァは幻想と神話に語られる、伝説の妖精都市ナウリーグロウを目にしていた。





 神代。
 未だ、混沌と世界に様々な種族が住んでいた時代。
 生命の連鎖が、ワーズアースを席巻していた。
 世界を覆う絶え間ない戦雲の中で、争いを厭う妖精の一部は、その強大な魔法の粋を極めた都市を作り上げた。
 妖精の神が直接植樹したと伝えられる、世界樹の根元に築かれた城。
 魔法都市ナウリーグロウ。
 彼等は神樹を守るため、自分達を含め、都市を大地から切り離した。
 浮遊都市、空を流離う幻の都市として。
 だが、それでも他の種族の掠奪者達は、神樹と妖精の魔力を求める。
 特に人間の欲望は、尽きる事が内と思われるほどだった。
 あくまで争いを拒んだ妖精達は、人間の届かない場所へと姿を消す。
 ワーズアースの大地を捨て、自分達だけの世界へと。
 神代の純粋な妖精には、時空間を制御するほどの魔法が与えられていた。
 だが、ラグナロク迷宮と呼ばれる場所は、あらゆる亜空間を包容する機構だった。





 世界樹。
 総ての世界の植物が、世界樹を元に生まれたと伝えられている。
 神代の昔。
 この世界は、大海に浮かぶ巨大なひとつの大陸だったと神話は語る。
 唯一の大陸の中央には巨大な世界樹が生い茂り、総ての生物に恵みを分け与えた。
 老いた世界樹が朽ちる時、六つに株別れた世界樹を中心に、六つの大陸が大海に漂いだした。
 そのひとつが、ワーズアース大陸の世界樹=ユグドラシル。
 シヴァはその神樹ユグドラシルを、数百年ぶりに目の当たりにした人間となった。
「………すぐに過去形になりそうだけど」
 浮遊都市ナウリーグロウの中心には、伝説の通り馬鹿でかい樹が生えていた。
 直径数キロの都市外苑に、匹敵する程の枝振りを伸ばす、まさに樹の化物だ。
 根元から見上げても、数百メートル先の頂きを見る事は叶わないだろう。
 その皇城の謁見室と思われる場所に、シヴァは引立てられていた。
 純白の大理石で作られた、質素にして壮麗な空間。
 深紅の絨毯の両側には、完全武装の近衛兵が数十人と並んでいる。
 絨毯の先には、妖精の女王が鎮座ましましていた。
 その圧迫感は、背後に一面に広がる神樹の存在感に引けを取らない。
 シヴァに有り難がれという侍従の説明が、ようやく終わった。
 これは数千年ぶりに、妖精の王族が人間に謁見を許した珍事だった。
「………ま、これもすぐ過去形だな」
 丸腰のシヴァは、溜息を吐いて髪を掻いた。
 ラグナロク内部にナウリーグロウがあるという所説は、シーダーズギルドでも有名な話だった。
 それでも、存在の確認は報告されていない。
 それはエルフ達の強力な結界の存在と、目撃者を処分する機密保持の徹底にあった。
 シヴァは自分が生かされている理由を聞いて、呆気に取られた。
 途方に暮れた、という方が正しいかもしれない。
 『竜』
 最強にして、最悪の魔獣が、ナウリーグロウを襲撃したらしい。
 ドラゴンが神殺しと呼ばれる最大の理由は、総ての魔法を中和する力に依る。
 妖精の魔法はおろか、神々と呼ばれる者達の力も、総て。
 これだけで、妖精は無力な存在となる。
 無論、あらゆる生物が、竜と戦える力などない。
 例え百人のバトラーが戦いを挑んでも、竜は殺せない。
 傷ひとつ負わせられない。
 何故ならば、竜は不死身なのだから。
 如何なる致命傷でも、細胞の一片が消え失せても蘇生する。
 生態系が意味を失う、存在してはならない生物。
 不老にして不死。
 不死身の魔獣。
 満たされることの無い餓えと、無限の闘争本能の塊。
「それを、俺が、やっつけろ………って?」
 シヴァはあえて、『殺す』という表現を避けた。
「…」
「その通りです」
 シヴァの呆れたような質問に、ワンテンポ遅れて侍従が答える。
 女王とシヴァとの間には、侍従長の通訳が挟まっている。
 境遇に開き直っているシヴァは、腰に手を当て、ぞんざいな口調で言い返す。
「無理だろ。それ」
「いいえ、貴公だけに可能なのです」
「何故!?」
 憤慨したシヴァの問いに、女王の隣に控える宮廷魔法使いが答えた。
「汝がドラゴンスレイヤーに選ばれたが故」
「何だよ、それは?」
「『竜殺し』じゃ。汝が呼び寄せた、ドラゴンソウルの片割れよ」
 目深に魔導師のローブを羽織った老婆は、近衛騎士に命じて、ある物を運ばせた。
 エルフ族の老婆ともなれば、シヴァの想像を超える年齢だろう。
 数人の騎士達によって運ばれた其れは、シヴァが牢屋で見付けた奇槍だった。
「人間の騎士よ。其れを振るいて竜を殺せ」
「御免だね。あんた等がやればいいだろう? エルフにだって騎士は居るだろさ」
 シヴァは玩具の兵隊のように並んだ近衛騎士を、それとはなしに見回す。
 侮辱とも取れる仕草に、幾人かは傲然と憎しみの視線を向けた。
「其れより、さっさと帰してくれ。俺は、これでも忙しい」
 シヴァも、普段ののほほんとしている自分に対して、自覚があるのだった。
 いちいち断ってしまう辺り、のほほんとしているのだが。
 ポケットに突っ込んでいた手を腰に当て、囚人の自覚に欠けた台詞をのたまう。
「迷宮の中を人畜無害に歩いてる人間をかっさらって監禁するってのは、エルフの価値基準じゃ、どう思うのか知らないが、いささかモラルに欠けると、俺は思うんだ。大体、俺のレベルってまだ低いんだけどな。二週間前にクラスチェンジしたばかりの新米だし」
 元来、無口な質のシヴァだったから、ちょっと喋っただけで疲れてきた。
 根性が無い事、この上ない。
「………取り敢えず煙草、の前に、炎剣返してくれ。借り物だから」
「煙草はともかくとして、信用できぬ相手に凶器を渡せると思っとるのか? 人間よ」
 宮廷魔術師の老婆は、そう言って皺だらけの顔を意地悪げに崩した。
 だが、シヴァからすればマネキンのように直立した近衛兵達の方が、勘に触った。
 忘れていた、嫌な何かを思い出しそうになるから。
「信用できない奴に、頼みごとすんなよ」
「頼んどらんわい。………命令じゃ」
「脅迫、だろ?」
 くしゃりと老婆の顔が破顔した。
 シヴァは苦虫を噛み潰したような顔になった。
 どうも、怒りの矛先を上手く躱されている気がした。
 現状をどう考えても受けざるをえない依頼だった。
 例え、限りなく自殺示唆に近い、お願いだったとしてもだ。
「………それで? ドラゴン退治の報酬には何かくれるのか」
 嘆息したシヴァだったが、同じ質問を『何か』に問い掛けた事がある気がした。
 老婆が指を鳴らすと、侍従達が幾つもの豪華な宝箱が運ばれた。
 蓋が開けられると、黄金色の眩しい輝きがシヴァの顔を照らす。
 大粒の宝石に金貨の山。
 王侯貴族のような豪遊をしても、一生かかっても使いきれない程の財宝。
「御主が望むだけ用意しよう」
「………要らない」
 シヴァは子供のように頭を振った。
 俯いたシヴァの顔が、黒い前髪に隠れる。
 無意識に右掌で、鳩尾の辺りを押さえていた。
「俺が欲しいのはひとつだけだけど、あんた達は持ってない」
「失ったものを取り返したいのじゃろぅ?」
 一言の後。
 パン、と謁見の間に飾られた花瓶のひとつが割れた。
 ガチャガチャガチャと一杯の金属が擦れた響きが重なる。
 近衛兵達が一斉に、ハルバードの穂先を一点に向けた。
 もう一度、冷たい風が吹いた。
 空気を凍らせるプレッシャー。
 割れる音まで聞こえそうな程、張り詰めた空気が撓んだ。
 風の吹く先に、独りの男が立っていた。
 胸元を押さえた手が、鉤爪のように軋んでいた。
 黒髪を掻き分けた視線が、エルフの老婆を捉える。
 近衛兵達が表情豊かに思えるほど無表情なマスクの中で、凶気に染まった瞳がある。
「ほ、ほ、ほ、ほ…其れでこそ、真龍の御霊に近しい者。其れでこそ、竜殺しに選ばれた騎士。その激しさ、狂おしさでドラゴンを殺すがいい。汝が運命を果たせ」
「運命など! ―――俺は信じぬ! 従わぬ!!」
「神々の運命は誰にも変えられぬ。あがらえぬ。其れを承知で構わねば、話してやろう。儂の知っている事なれば総てを、な」





 浮遊都市ナウリーグロウは幾つかの区画に別れる。
 世界樹を頂くセントラルランドを中核に、空中回廊で十数個の浮島が連結している。
 その最北端。
 アラバスター造りの砦の一室にシヴァは居た。
 机に山積みされた中から取った一冊を膝に広げ、窓枠に腰掛けたまま外を眺める。
 零れそうなほどに茂った緑に、土の香。
 自分が今、空の上にいる事を忘れそうになる。
 城壁も総てが植物の中に溶け込み、森の中にいるようだ。
 今は封鎖されているが、空を飛ぶ船の港も見て取れた。
「うん…逃げるなら、それを使うしかないだろうね」
 ぼぉ…と空を見上げたシヴァが呟く。
 謁見の間で空気を凍らせた、張り詰めた圧迫感は影を潜めていた。
 ていうか、微塵もない。
 場違いなほどに。
 なんか昼寝しそうな程に。
「………操縦の仕方が解らない」
 気の抜けた脱出計画を宣っていたが、シヴァには逃げ出す心算が失せていた。
 始めから無かったような気がしないでもないが。
 迷宮内の異空間だというのに、抜ける程に碧い空だった。
 シヴァは目を細めて伸びをし、呟いた。
「………平和だなぁ」
「阿呆か。貴様」
 蔑みと憎しみと、明らかに呆れた声にシヴァは室内を振り返った。
「や。クリス」
「勝手に訳すな人間。私の名前は、サ−=クリスティアンだ」
 戸口に立った銀甲冑の騎士は、睨みに威圧感を増すように片眉を上げた。
 美女というより、細工師が彫りあげた人形のような、どこか現実味を欠いたほどのルックスだけに様になった。
 並の人間ならば、男も女も気圧されて身動ぎも出来なかっただろう。
 普通の神経を宿した奴なら。
「ん、解った。クリス」
 のほほんと微笑み返したシヴァは、意味もなく親しげに頷いた。
 ヒク…とクリスのこめかみに青筋が浮かんだ。
 腰に差した細身の長剣に右手を置く。
「素首、刎ねられたいか? 人間」
「俺の事は、シヴァって呼んで良いんだけど。クリス」
 鞘擦りの音は、小さな鈴が鳴ったようだった。
 銀色に輝くレイピアのブレードが、シヴァの首に添えられていた。
 シヴァは懐から煙草を取り出すと、エミュールから貰ったジッポで火を点けた。
 処刑刀や火炎剣も含め、シヴァの装備品は総て返却されている。
「殺意だけじゃ、人は殺せない。残念だけど」
「脅しだと思っているのか!?」
「事実、だろ? クリスは俺を殺したくってウズウズしてる。でも、殺れない。俺がドラゴンスレイヤーに選ばれた、唯一の人間らしいからね」
 舌打ちしたクリスは、シヴァの台詞を肯定するかのように収剣した。
「大体、呼び名くらい好きに決めてもいいんじゃないか? クリスを含めたここの屋敷に居るエルフの娘達、俺にくれるって言う話だったし」
 シヴァが求めた訳ではないのだが、竜退治の報酬として女王から下賜されたのだ。
 エルフの娘達は20人程も居るだろうか。
 皆、見目麗しい美女達だった。
 その他にも、魔法の品々を含めた金銀の財宝。
 それでシヴァのやる気が出たかは、甚だ疑問だったけれども。
「俺のモノなんだろう? あんたは」
 皮肉げに小首を傾げてみせるシヴァに、クリスは汚物を見るような視線を返した。
「その通りだ。………それで、貴公の事は何と御呼びすれば良いのだ? ご主人様か、マスターとでも呼べば良いのか?」
「………シヴァでいい」
「では、シヴァ。貴公は何を求める。我らを慰み者にでもするか?」
「する」
 皮肉をまともに首肯され、クリスが呆気に取られる。
 窓枠から立ち上がったシヴァは、屠竜槍を片手に扉に向かう。
 クリスは慌ててシヴァの前に立ち塞がった。
「ま、待て」
 きょとんとするシヴァの目前で、クリスは唇を噛み締めて胸に手を置いた。
「館の娘達は手を出さないで欲しい。は…辱めならば…わ、私が総てを受け入れよう。私は何をされても、か…構わない。だからっ…」
 赤面し、必死に訴えるクリスを、シヴァは不謹慎ながら可愛いと感じた。
 クリスは親衛隊の隊長を務めていたらしいが、部下思いの人格者だったのだろう。
 そんなエリートが何故、人身御供の人選に選ばれたのか解らなかった。
「俺を…慰めてくれる?」
「き、騎士に二言はない」
「誰でも良いんだ、俺は。俺よりレベルの高い娘であれば」
 シヴァの呟きを屈辱と受け取ったのか、クリスは唇を噛み締めた。
 シヴァは懐から、小さなオリハルコン製のベルを取り出した。
 報酬として与えられた、魔法具のひとつだ。
 それを目にしたクリスが後退ると、プレートメイルがカシャリと鳴った。
「卑怯者!」
「こんな道具を造ったって事は、人間もエルフも、大して違わない」
 目の前に掲げたベルを、小刻みに鳴らす。
 チリ…リリリリリ。
 ガチャリ、と拍車の音が響いた。
 腰を抜かしたように崩れたクリスは、痙攣反応を示す腰を意志力で押さえ込む。
 クリスの顔が見る見る火照りだした。
「ひ」
 噛み締めたクリスの唇から、言葉にならない音が漏れる。
 蹲ったクリスはガントレットを填めたままの両手で、股間の辺りを押さえ込む。
 『淫響の鈴』
 誰がこんな悪趣味な鈴を作ったのか、記録には残されていない。
 鈴の音は、錬金術で産み出された『蟲』を活性化させる。
 クリスの胎内に埋め込まれた蟲は、性衝動の希薄なエルフを、強制的な発情期状態に陥れる。
 魔法生物である蟲は、蜘蛛を両棲類にしたような形態をしている。
 外科手術で女性の胎内に埋め込まれた蟲は、八本の触足を膣管へと突き刺し、直接快楽神経細胞に融合するのだ。
 シヴァに下賜されたエルフ娘も皆、クリスと同じ処置を受けている。
 ほぼ無制限の寿命を有したエルフたちにとって、種族の固体数を維持するためには外法にでも頼らねばならなかったのかもしれない。
「約束通り、好きにさせてもらう」
 内股で床にしゃがみこんだクリスは、悔し涙を滲ませた瞳でシヴァを睨む。
 だが、頬は強制的に込み上がる欲情で火照り、尻はビクビクと痙攣していた。
「卑怯者!」
「後免。俺には他人を思い遣ってる余裕なんてない。くれるものは貰う。使えるものは使う。それが、誰を踏み躙る結果になっても」
 同じ台詞で罵るクリスに、シヴァは頬を掻いて呟いた。
 ベルを右耳のイヤリングに填め込み、痙攣しているクリスを抱き抱える。
 四肢の麻痺したクリスは、腰をビクつかせながらシヴァを罵る。
「…卑怯者…下衆…外道…犬畜生」
「何で、そんな汚い人間語まで知ってるかな」
 全身に鎧を纏っているとはいえ、クリスを抱えた腕に重さはほとんど感じなかった。
 高純度に精練されたオリハルコンの鎧なのだろう。
 天蓋の付いた寝具にクリスを寝かせると、金の絹糸が蜜を零したように、純白のシーツに流れ広がった。
「下衆、下衆、下衆…っ」
 シヴァもベッドに乗ると、海老の殻を剥くようにクリスの甲冑を剥ぎ取っていく。
 無意識に藻掻くエルフ娘だったが、色気の無いナイトスーツも簡単に脱がさせた。
 細枝のような手足は、やもすれば脂肪の一片もないように思える。
 白い上下の下着は、美麗な細工の編まれた純白のシルク地だった。
 必死に閉じられた両脚の内側が、艶々とした液体に濡れている。
「ひ、ぃ」
「純粋エルフの交尾衝動って、こんなに激しいんだ」
 シヴァは無造作に、クリスの内腿に右手を這わせ射れる。
 クリスは太股を捩るように締め付け、弄るシヴァの掌を拒んだ。
 シヴァは蜻蛉の羽を毟る残酷な子供のように、強制的に性感を高められたエルフ娘の股間を弄り続けた。
 クリスは血が滲む程に唇を噛み締め、下肢から伝わる官能を圧し殺そうとした。
 ぬちゃ…ぬちゃ…とシヴァの指が粘り切ったクリスのパンティを揉んだ。
 クリスはブリッジを描くように、立て続けに腹筋を痙攣させた。
 ビク、ビク、っと尻肉に笑窪を作るほどに絞めると、大きく両脚を開いてしまう。
「………イッた」
 シヴァはなおもエルフ娘の性器を揉みながら、事実を言葉にして呟いた。
 クリスは自分の恥丘を下着越しに掴んだシヴァを、涙を零して睨んだ。
「必ず…必ず貴様を殺す」
 エメラルドグリーンの瞳が、暗い憎しみと、肉の悦びに潤んでいた。
 彼女にとって、肉の悦楽は憎悪を伴う記憶だった。
「絶対に許さない…私を辱めるお前を、私は絶対に忘れない」
「別に…いいよ。なすべき事を済ませたら、アンタに、この首やる」
 膝立ちになったシヴァは、上着を、そして躊躇いなく総てを脱ぎ捨てた。
 そして、クリスのぐっしょりと重く濡れたパンティを引摺り降ろす。
 無毛のエルフ娘の性器は、卑猥に呼吸するように蠢く様を晒す。
「許してもらおうとは思ってないから………」
 だから、外法の鈴を使う事を躊躇いはしない。
 下衆になる事で力を獲る事が出来るなら、墜ちる事を選ぶ。
 シヴァの股ぐらから勃起した逸物が、淫蜜に濡れ滴ったエルフ娘の尻に宛がわれた。
 左肩にエルフ娘の両脚を抱えたシヴァは、シーツを強く握り締めるクリスの尻に、上から杭を射つように挿入した。
「ああ!」
 シヴァと肉の結合をしたクリスは、押さえようの無い官能の叫びを唄った。





 ぬちゅ。
 ぬちゅ。
 ぬちゅ。
 ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ…と有機的な響きが奏でられ続ける。
「あ…く」
 肉の絡む音。
「あ…く」
 粘液が掻き回される音。
 掻き出されても掻き出されても、肉の奥から滾々と滲み出る愛液。
 ピンク色の粘膜に、赤黒い塊が突き刺さっている。
 それが規則正しく出入りする度に、ピンク色の粘壷からエキスが滲む。
「あ…く」
「はあ」
 シヴァはクリスの身体から上肢を起こし、小さく震えた。
 射精の痙攣をする腰をがっちりと挟んだクリスの脚を、膝頭を押さえて左右に開脚の角度を広げさせる。
 つるりとした真っ白い肌の恥丘から、つぅ…と白い粘液が漏れ零れた。
 流れ込むモノがある。
 水が高い所から、低い所へ遷ろうように。
 高処に達した相手から、高濃度の生体エネルギーを吸い取る。
 サリアにセックスで余剰分のEXPを注ぎ込めた時と、ちょうど逆の現象が生じる。
 東洋では房中術と呼ばれる、男女の性交だった。
 肉の悦楽より、力をこの手に。
 今までの自分を総て否定する行いであろうとも、躊躇はしない。
 もう、失うものはないのだから。
「はあ、はあ…」
「あ…く」
 繋がりを抜き直す事もなく、シヴァは再び虚ろに呻くエルフ娘に蹲った。
 腰と腰を深く、深く繋ぎ合わせて。
 折れてしまいそうな腰を抱き締めて、クリスを自分の中に閉じ込める。
 肉の運動が開始される。
 シヴァの腰が浮き沈みする度に、クリスの脚が天井を弱々しく蹴る。
 無意識にシヴァの背中に回した両手で、爪の傷跡を抉る。
 何度も、何度も。
 碧い瞳は瞳孔が開いたまま、天鵞絨の天蓋を映していた。
 シヴァが身動ぐ度に、右耳のベルが小気味よく鳴る。
「あ…くぅ」
 腐敗のように、不自然な甘味の混じった吐息が、口紅を塗った唇を開かせる。
 シヴァが欲情を催し続ける限りベルは鳴る。
 ベルが鳴る限り、クリスの脳は快楽物質を分泌する事を拒否できない。
 美麗な妖精は獣欲の凌辱に身体を晒せたままだ。
 オーバーソル気味のシヴァは、性欲の異常昂進を自覚していた。
 シヴァはエミュールと暮らし初めてから、毎夜エミュールが許しを請う迄に抱いた。
 尽きる事の無い精力と引き替えに失ったのは、愛を交わす行為の満足感。
 ただ、獣のように。
 身体の求めるままに女と交わる。
 怠惰にセックスを続けるシヴァは、クリスの、エルフにしては豊満な乳房を吸った。
「ハーフのサリアよりでっかい………」
 シヴァは腰を振りながら、甘えるようにエルフ娘の乳房を弄った。
 肌色に近い小さめの乳首を吸っていると、クリスがシヴァの頭を弱く掻き抱く。
「あ…く」
 『淫響の鈴』の影響を受け続けたクリスには、自意識は残っていない。
 人形を愛玩しているのと同じだ。
 シヴァはちらりとクリスの顔を覗き、意識が無いのを確かめる。
「さ、くや…」
 喉の奥から搾り出すような、哀願の響きだった。
 失ったものの面影に縋る。
 それが残されたものの総てだから。
 呟きながら、全身で甘えるようにクリスにしがみ付く。
 挿入が深くなり、クリスが肺腑の空気を甘い吐息と共に漏らした。
 左右の乳首を交互に優しく含み、クリスの望まないであろう快楽を、肉の奥に奥に与えた。
「あああ」
 シヴァがクリスの股間に強く腰を押しつけた。
 びくびくびく…と括約筋の痙攣と共に、人間の精液をエルフ娘に流し込む。
 膣の奥底まで亀頭を埋めたまま、活性化された生殖機能で膨張した、クリスの子宮にたっぷりとザーメンを注ぎ掛けた。
 シヴァはクリスの手を握ったまま、脱力したように覆い被さった。
 エルフ娘の尻に挿入された勃起は解けなかったが、力尽きたように繋がっていた。
 流石に身体の疲れを覚えるシヴァは、そのまま荒い息が治まるのに任せた。
 眠るように、甘えるように、クリスの胸に顔を埋めたまま。
「重い…」
「クリス…っ?」
 しばし余韻に浸っていたシヴァだが、疲れたような呟きにビクッとして身を起こす。
 慌ててクリスの顔を覗き込むが、虚ろな瞳のまま天蓋を見詰めている。
「続けるのなら………少しだけ、休ませてくれ。ちょっと、きつい…」
「ご、めん」
 シヴァは見てる方が慌てるくらい狼狽えた。
 散々に性交渉を持ったせいか、クリスの態度から幾つかの刺が抜けた気がする。
 まだ、何十本も残ってはいたが。
「くす…変な人間だな、貴公は。………自分でシテおきながら」
「何で、だろね。最近、似たような台詞…よく聞く」
 ベッドに胡坐を掻いたシヴァは、溜息を吐いて髪を掻いた。
 仰向けのまま、足を伸ばしたクリスは完璧に近いラインを描く裸身を、惜し気もなく晒したままだ。
 少しの戸惑いも無い様子に、却ってシヴァの方が気まずさを覚える。
 ふと、お尻に流れ落ちた感触を覚えたのか、股間に指を這わせる。
 トロリ…とした白濁の粘液が、クリスの指に絡み付く。
 更に呼吸に合わせるように、とぷり…とぷり…と膣唇から溢れていた。
 出し入れは優しい動きだったが、行為の時間が長かったせいだろう。
 淫唇は粘膜を捲り反らせて、卑猥な汁に塗れて蠢く淫蕾を露に覗かせている。
「人間は楽しいのか? ………こういう事が」
 クリスは指の間に精液をにちゃつかせながら、ぼんやりと呟いた。
 胸の奥に開いた虚空を見詰めるように。
「気持ち良いのは確かだけど。………本当は、楽しくないのかもしれないね」
「嘘だ」
「どー…でもいい。他の奴の事は知らないし」
 煙草を探すのを諦めたシヴァも、ベッドに仰向けに寝転んだ。
「それでは、何故…私を抱いた?」
 替わりに上体を起こしたクリスは、責めるようにシヴァを問い詰めた。
「気晴らしか? 逃避か? それとも………私に子でも成させたいのか」
「子供…っ?」
「惚ける心算か? こんな…あんなに、私に注ぎ挿れておきながら…っ」
 流石に真っ赤に赤面しながら、クリスが喚きたてる。
 『蟲』は強制的に発情期状態を喚起させる。
 そこに射精を受ければ、受精の確立の低い人間相手とはいえ妊む可能性もある。
「もし、クリスが妊娠してたら認知するけど………」
「そっ、そのような問題ではない!」
「多分、出来ない………」
 偶然に枕元に落ちていた煙草をくわえたシヴァは、独り言のように呟く。
「何故、言い切れる?」
「出来なかったから」
 シヴァは体を起こし、此処ではない何時かを見詰めていた。
「………子供は、出来なかった」
「ふ…ん」
 クリスは興味なさそうにシヴァに背を向け、身体にシーツを巻き付けた。
「クリス」
「何だ?」
「今日から俺と一緒に寝て」
 竜が、エルフの次元結界から解放されるまで一週間。
 シヴァには、この館がある竜が封印されている離れ小島に軟禁される。
 生贄にされた30人のエルフ娘達と一緒に。
「毎晩、私に辱めを与えたいのか」
「綺麗事は言わない。暇があったら、抱く」
「………極付けの下衆だな、貴公」
「聖人君子な訳ないだろう。抵抗してもいい、それでも抱くから」
 クリスは諦めの吐息を吐く。
「好きに…しろ」
「…うん」
「ただし、約束は守れ。館の娘達に辱めを与えるような事をすれば、二度と女の抱けない身体にしてくれる。それでも、戦えるだろうからな」
「解った。クリスしか、抱かない」
 ベッドから脚を降ろして銀髪をポニーテールに結っていたクリスは、シヴァに晒した背中をぴくりとさせる。
 何か人間臭いジト目でシヴァに振り返る。
「私も抱かなければ、それに越した事はないのだぞ」
「嫌だ。クリスのレベルが高いのも解ったんだし」
「さっきからレベルレベルと、そんなにこの身体が気に入ったのか? そんなに弑虐を煽る身体をしているのか、私は」
 唇を噛み締め吐き棄てるクリスは、シヴァが吃驚するほどに感情を剥き出した。
「確かに、そういった意味でもクリスは充分可愛いと思うが………」
「なっ…ッ」
 自分で言っておきながら、クリスは反射的に赤面した。
「要るんだ。力が」
 膝を抱えたシヴァは、俯いたまま呟く。
 無造作に伸びた黒髪が、肩から顔を覆う。
「は?」
「総てを壊せる力が」
 クリスはゾクリと悪寒を走らせた。
 ベッドに蹲ったシヴァが、まるで別の存在、何か、人間以外の別の塊に見えていた。
 例えるなら。
 其れは。
 一切の光を奪われた、蟠闇。








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