RAGNAROK ONLINE Fan Novel 例えその結末が死によって告げられるのだとしても。 黒のカタコンベ 第一幕 「斬」 滑稽 子供の頃、僕のヒーローはアサシンだった。 モロク近辺の砂漠に住む、狼の種族『デザートウルフ』。 親は駆け出しの冒険者達ではおいそれと太刀打ち出来ない程の能力を持つ猛獣だけれど、子供は然程苦もなく倒せる程度の能力しかない。 が。 十年前。 まだ冒険者として生きるかどうかさえも決める前の、子供の僕は。 その日偶然寝ていた子供デザートウルフの尻尾を踏んでしまった。 子供の頃はデザートウルフは危険じゃない。手さえ出さなければ素通り出来るから。 が、傷をつけて『敵』と認識されてしまったら違う。如何に子供とて凶暴な獣と化す。 そして獣と人間では、同じ子供でもその戦闘能力には大きな差がある訳で。 僕はそんな子供デザートウルフに追いかけられる羽目になってしまった。 子供とはいえ狼だ。一匹が獲物に襲い掛かれば、周囲に居る仲間も皆襲いかかる。 縄張りを出るのが早いか、捕まって殺されてしまうのが早いか。 もしもその時捕まっていれば、僕は今こうして冒険者をしていないだろうけど。 でも逃げ切れた訳じゃない。 その時僕は、砂に足を取られて転んでしまった。 幼い心に死を予感した時。 僕の頭上を影が覆った。 見えたのは、逆光に輝く白い髪と、黒いシルエット。 構えたのは二刀一対のカタールで、その動きはまるで目に映らなかった。 次の瞬間、子供デザートウルフは一匹残らずその息の根を止められていた。 「大丈夫か?坊主」 こちらを向いてにこりと微笑むアサシンのお兄さんの笑顔は。 その瞬間から今に至るまで、ずっと僕の目標だった。 「ふう…」 目が覚める。 モロクの宿、その二階にある一室。 銀髪のアサシンがそこに宿泊していた。 名は刹。但し、本名ではない。 子供の頃自分を救ってくれたアサシンに憧れ、自分もその道を進むと決めた時に、親からは縁を切られた。 転職時にその旨を伝えると、この名をアサシンギルドから与えられた。 伝説となった偉大なアサシンの一人。その名を継承する事を許された訳なのだが、個人的には少々荷が重い話だ。 十八の折に転職して一年。日々研鑽を続け、今では中堅クラスと呼んでもいい冒険者になっている。 「さて…準備準備っと」 固いベッドから降りて、服を替える。 支給されたものとは違う、柔軟かつ丈夫な素材のスーツ。ニンジャスーツと言うそうだ。どうやら東国天津におけるアサシンのようなものらしいが、そこを訪れた事のない彼にはよく分からない。 使い慣れたカタールを腰に携え、肩に幽霊の魔力を付与したマフラーを巻く。硬い地のブーツを履いて、最後に頭に青いバンダナを結びつける。 これで完了。 壁に掛けておいたザックを背負うと、刹は表へ出た。 宿を出ると太陽の熱気が顔を灼いた。この空気も久しぶりだ。 縁を切られ、転職して以来、彼は一年近くを魔法都市ゲフェンで過ごした。 幽霊の魔力を秘めたカード。それを目的にしていたのである。 最近になってそのカードを入手し、ほぼ一年振りに故郷に戻って来たのだ。 彼は今日初めて西のスフィンクスダンジョンに向かう。 ふと、昔住んでいた家を訪ねようかとも思ったが、止めた。 血と死に塗れた自分が行っても、迷惑なだけだからだ。 黴の臭いと、獣の臭い。 入ってまず感じたのがそれだった。 進むに連れて血の臭いと死臭が混じり、そして。 「ん…」 棺桶を背負った屍体がゆらゆらとこちらににじり寄って来る。 「じゃ、始めようか」 誰にともなく告げる。 彼をして中堅たらしめるもの。それは実力ではない。 むしろ彼という人間の性格が大きい。 誠実で、真面目で、少々そそっかしい。 職業選択を誤ったのではないかとよく言われるほど、その性格はアサシンには似合っていない。 実力は一流、そそっかしさがそれを鈍らせて一流半。 そそっかしささえ無くなれば、一流と呼んで何ら差し支えない。 彼を評するならば、そんな所か。 とにかく、伝説のアサシンの名をギルドが与える程、彼の戦技には定評がある。 速く、鋭く、重く、強い。 そんな刹撃を舞うように繰り出すのだから、受ける方はたまった物ではない。 数秒の後には、残骸と化した屍がそこに散らばっていた。 どんな職にも、伝説と呼ばれる程の名手は存在する。 アサシンギルドにおける「刹」と言う名もそう。 現在も生きて元気に活動している猛者もその中には多い。 愛鷹、玉櫛を連れて縦横無尽に戦うハンター、リクオウ。 一撃必殺の字を捩って、ただそう呼ばれる本名不詳の必殺のモンク、壱撃。 そしてその壱撃と双璧を為す、桁外れの強固さを持つ鉄壁のモンク、熾闘神。 精霊に愛された男と呼ばれる、どんな難易度の武器さえも造り出すブラックスミス、精霊工房。彼のそれも通り名のようだ。 冒険者の多くが伝説を目指し、彼らを目指し、そして志半ばで夢を折り、または折られ、散り、または去って行く。 それがこの世界の常。 さて、刹であるが。 ダンジョンも奥地に進んで来たところで、ふと、ある事に気付いた。 「…ポーションが…ない」 持ってこなかったのか、途中で落としたのか。 何にしろ、かなりまずい。 「一旦帰るか?…っと」 目の前に現れたモンスター。 「まずいかな…」 牛の頭、短躯の者なら二人分はありそうな上背。 手にした巨大な槌は、潰されれば間違いなく即死出来るほど凶悪な様相を呈している。 「…よりによってミノさんかい」 怪力の象徴、ミノタウロス。 だが、その戦術は幅広く、上手く立ち回らなければ熟練の冒険者でも危険極まりない。 「…フゥ」 息を吐き、そして止める。 両手を交差し、静かに『その一瞬』を待つ。 「フゴォォォォォォォッ!!」 巨大な槌が振り下ろされた刹那。 それをわずかな動きで避け、懐へと飛び込む。 晒されたのは、筋肉の塊。 否。 刹の目に映るは、即ち― 「ソニック…」 急所の群れ。 その一つに、カタールを突き刺す。 引き抜く。 再び、突き刺す。 再び、引き抜く。 ただ愚直に、それを繰り返す。 六度の突き。六つの刺傷。 それが刻まれたのは、ほんの一瞬。 「…ブロー」 刺したのはどれもまぎれもない急所。即ち、致命傷が六つ。 鮮血を吐き散らし、それでもなお、巨大な槌を振りかぶるミノタウロス。 判っていた事だ。 この程度では、このタフなモンスターは倒れない。 横飛びに、『それ』を避ける。 凄まじい勢いの圧。 地面が、揺れた。 「っ…」 体勢が、崩れる。 眼前に迫るのは、三度振り上げられ、振り下ろされた巨大な槌の、面。 「うぁっ!?」 すんでで避ける。 食らえばミンチだ。砕けていた。潰れていた。 冗談じゃない。 (…一気に決めないと、殺されるな) 少なくとも、それは確実だ。 一気に、一寸の反撃も許さず、ただひたすらに突き続ける。 もう幾度目かの振り降ろしを空振り、苛立ちも露にミノタウロスが両手を振り上げた、刹那。 刹は再び懐に飛び込み。 振り上げた肩の付け根、関節と筋肉のある場所にカタールを突き刺した。 「ブモォォォォォォォォッ!!」 牛の頭だろうが巨体だろうが所詮は人型。 急所はほぼ人間と同じ。 ならば即ち、力の集約する点も然り、だ。 槌を持つ腕から力が抜けるのが判る。だが、槌から手は放さない。振り下ろす事も取り落とす事も出来ない微妙なバランスの上にあるからだ。 好機。 これ幸いと、ひたすら高速でカタールを突き刺す。 「ブモ…ブモォォォォォォォォォォッ!!!」 悲鳴。 ぐきん、と。頭上で鈍い音が聞こえた。 その瞬間、刹は最後の一刺しを―人間で言えば―心臓に突き込み、一気に横に飛んだ。 轟音が響き。 同時に、ミノタウロスは倒れて動かなくなった。 「…危なかったぁ」 深く安堵の息を吐き出し、刹は額の汗を拭った。 取り敢えず、一旦帰ろう。 回復アイテムが無い状態での無茶は死に直結しているのだから。 と、元来た道を帰ろうとして振り向いた刹が見たのは。 「うそぉ…」 山のようなミノタウロスの、それこそ群れ。 「しょうがないな…ちょっと値が張るけどこの蝶の羽で…」 と、ザックに手を突っ込んで、硬直する。 「…ないし」 ポーションに加え、脱出アイテムまで忘れるという体たらく。 自分に蹴りでも入れたい気分だが、正直― それどころではない。 一瞬の逡巡。そして。 「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」 ミノタウロスの群れの中に、突進する。 振り下ろされる槌の圧力と轟音の中を掻い潜りながら、走り抜ける。 目指す先は、ただ一つ。 出口だ。 「三十六計…逃げるに如かずっ!!」 気付いたミノタウロス達が追うが、追いつけない。 刹は一気に階段を駆け上がり、後ろを振り向く。 追うのを諦めたらしく、ミノタウロスの姿も気配もない。 が、前を向くと。 彷徨う神官マルドゥークと、ダンジョンの番人パサナ、番犬マーター。 更には死してなお動き回る棺桶担ぎのレクイエムまでもがこちらを見ていた。 「…まじ?」 ひくひくと頬の筋肉が痙攣する。 じりじりと、にじり寄ってくるモンスターの大群。 「…はぁ」 溜め息。 そして。 「仕方ないな。…かかってこい!!」 刹はカタールを構え直した。 「俺が力尽きるのと、貴様等が俺に駆逐されるのと…どっちが、早いかっ!!」 言っている事は中々堂に入っているのだが、その要因が「ポーションと羽を忘れたから」なのだと考えると、素直に感心する訳にもいかない。 「おぉぉぉぉぉぉっ!!」 悲愴感も顕に、敵の中に突っ込んでいく刹。 ここでの不運は、敵に囲まれた事だろうか。 それとも、誰一人として助けを呼べそうな人間が周囲に見えない事だろうか。 まあ、取り敢えず。 刹が宿に帰りついて力尽きた時には既に夜になっており。 ついでに刹は疲れでその後二日程寝込む羽目になった。 合掌。 続く 後書き どうも、滑稽です。 初RO小説です。いや、テーマが手広く出来る分、とてもとても難しい。 いや、滑稽に中堅の強さのキャラを書く技能が欠如しているだけかも。 取り敢えず、楽しんで頂けたら幸いです。 それでは、また。 |
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