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死ぬ事が万象の規定事項であるならば、誰かの為に生きて死ね。



  黒のカタコンベ
    第二幕
      「シュウ・フリューゲルドルフ」


                               
滑稽




俺は孤児だ。
最初の記憶は孤児院から始まっている。
院長はかつて大聖堂に勤めていた人で、聖女とまで呼ばれていたらしい。
年を経て大聖堂を辞し、プロンテラ郊外に孤児院を開いたのだそうだ。
両親の顔は知らない。
知っているのは二人とも名うての騎士だったという事と、俺を捨てたのではなくて役目に殉じたのだ、という事。
幼い頃、それは俺の自慢だった。
そして今も、それは俺にとって汚すべからざる誇りである。

憧れたのは両親だった。
誰かを生かす為に傷つき、誰かを護る為にその命を散らした。
親父の親友だ、という騎士―後に俺の師匠となるのだけれど―に聞かせて貰った親父とお袋の想像は、何時しか俺には目指すべき目標となっていた。
だからだろう。院長達の反対を押し切って十歳の時に俺は師匠の下に弟子入りした。

俺に信仰はない。
あくまで教会の連中の信じる神を俺は信じていない、ということだ。
理由の説明できないような幸運で命を拾った事は一度や二度じゃあないから。
ただまあ、結局『何もしなくても信じてさえいれば救ってくれる』なんて神様、どこの世界を探したって居やしないだろう。
権力の手段としての信仰なんだったら、俺は要らない。

俺が院長達の願いを無視して剣士の道に進み、そして聖堂騎士となったのも実際の所そんな理由だ。
騎士にならなかったのは、孤児院と少しでも繋がりを残しておきたかったからで、それ以上の物ではない。
誰かを護る為に護る為の力を得るか、誰かを護る為に戦う為の力を得るか。
それはきっと、そう志した人達の命題なのだと思う。
俺が選んだのは後者。
誰かを護る為に、その敵なる者を滅ぼす為の力を。
それこそが、俺の覚悟―


グラストヘイム。
かつては繁栄したであろうこの巨大都市も最早その面影を残しては居らず、今ではアンデッドや悪魔、闇に魂を売った騎士達の俳諧する魔都だ。
流した金髪、草の葉をくゆらしながら彼、シュウはその修道院区画を歩いていた。
「…ちぃ」
はぐれてしまった仲間達。
その居場所をパーティリンクと呼ばれる一種の波動を頼りに探し、そちらに向かって歩く。
「シュウ」
「…レイか」
隣に突如現れたのは騎士。
レイと名乗っている。
魔力を持った蝿の羽を撒き散らして合流を急いでくれたらしい。
「ラガさんは?」
「ああ、うん。シキさんと一緒にもうすぐ来ると思う」
「そうか」
ギルド『双つの月』。
そのマスターであるプリースト、ラガーヴ・リンと、副マスターであるシュウ。
そして、ギルドのメンバーであるレイとウィザードのシキ、それにヴァッヅなるハンターを含めた五人がこのギルドの全体である。
「ふん。イビルドルイドか」
目の前に現れる、死臭を撒き散らす巨大なアンデッド。
「ホーリー…クロス!!」
聖なる力を刃に込めた十文字の斬撃。
その波動がイビルドルイドを体内から破壊するが、そこは強大なアンデッドの一。
たかだか一撃の破壊効果で滅ぶ事はない。
「とっとと…吹き飛べ!!」
炸裂する十文字の光刃が数発追加され。
イビルドルイドを塵へと吹き飛ばした。
『ボァァァァァッ』
その消滅を確認する事もなく、シュウは視線をめぐらせた。
「シュウさん」
「あ、ラガさん」
そこに現れたのは、ラガーヴと件のシキだ。
「様子はどうだい?」
「シキさんはドルイドがちょっとね」
「仕方ないさ。相性の問題だ」
「だね」
「ま、後は俺に任せて三人は先に行っていてくれ」
「え?」
「いや、あの連中をどうにかしないと」
シュウの視線の先。そこに残りの三人も視線を巡らす。
「げ」
死霊・レイスが、三体程の群れをなしてこちらに寄ってきていた。
「逃げるのは性に合わないからね。片付けてから行くよ」
「手伝うよ」
「こんな所で消耗しても仕方ないだろ?俺なら瞬殺出来るから、気にしなくていいさ」
「…判った。任せる」
「おう」
レイを連れ立って、奥へと進んでいくラガーヴ達。遠ざかっていく気配を背で送りながら、シュウは死霊達を睨む。
じりじりと寄ってくる死霊達。気がつけば数が増えている。
「鬱陶しいぞ…」
死霊達の動きが、止まった。
「俺は今、不機嫌だ」
まさか恐怖というものでもないだろうが、
「裁きを受けて…」
シュウの言には厳かな響きが雑じりつつある。
「只、塵と散れ」
右手を柔らかくかざし、力を全身に漲らせる。
「天におわせし我が軍神よ…」
光と、聖なる力が体の中に収束していく。
「貴方が敵は即ち我が敵…」
死霊達が慌てて動き出した。
至近へとにじり寄り、こちらに噛み付いてくる。
それでもシュウの祈りは止まらない。
「悪しき力に拠って其処に在る、そのあらゆるを…」
死霊達の攻撃にも微動だにせず。
「滅ぼす力を我に貸されよ!!」
シュウは両眼をかっ、と見開いた。
「グランドクロス!!」
大地から十文字に吹き上げる、聖なる波動。
『ギャハ、ぎゃはははははは!!』
吹き飛ばされ、それでも高笑いを残して消える死霊。
シュウは一つ息をつくと、今度は敵が存在しない事を目で確認した。
そして。
「…出て来いよ、フィル」
柱の影に潜む誰かに向かって声をかけた。
「やぁ、気付かれてたのか」
現れたのは、騎乗用鳥類ペコペコに乗った騎士。
高貴さを醸し出すその容姿は、薄汚れたここの雰囲気にそぐわない。
「流石だね、シュウ。見事な破壊力だ」
「お前の世辞は嬉しくない」
にこやかに微笑む騎士。反してシュウの表情は硬い。
「何の用だ」
「判っているだろう?今日こそは色好い返事を貰わないとね」
「何度請われようと答えは一緒だ」
「困ったね…。今回は実力行使も辞すな、って厳命受けているんだけど」
と、ふとフィルの視線がシュウの後ろを捉えた。
人の気配。
「シュウさん?」
「!…ラガさん。どうして」
「ちょっと遅かったから心配になってさ。…彼は?」
シュウが答えずに居ると、先にフィルが口を開いた。
「ふむ。そのプリーストさんが君のギルドのマスターかい?」
「ああ」
「なら君がどういう存在か判って貰った方がいいかも知れないね」
「俺はそんな大したもんじゃない」
「君はもう少し自分の価値を知るべきだ」
苦笑しながら、フィルは顔をシュウの背後へと向けた。
「初めまして」
「貴方は?」
「騎士団長及び大司教の命により、聖堂騎士シュウ・フリューゲルドルフを王都プロンテラへ連行するよう命ぜられた者です」
「連行?穏やかではありませんね」
「はい。騎士団及び教会はシュウ・フリューゲルドルフの能力を是非王都防衛の要の一人として役立てて欲しいと考えて居ります」
「何と」
「私は騎士団王都防衛部隊所属フィルドランス・タクト・マイヤーズ。彼と同期の選抜者であり、友人でもあります」
「それで、今は追手なのさ」
「ええ。不本意ですが」
ラガーヴは怪訝な表情を崩さない。
「あの…、シュウさんが追われる理由って?」
「シュウは王都防衛部隊、そして大聖堂からの招聘を悉く無視して居るのですよ」
「え?」
シュウに視線が集まる。
「大聖堂からの指令。これは聖堂騎士やプリーストである以上、どんな理由があっても必ず応じなければならない至上命令です」
「ええ、存じてます」
「シュウはそれを無視し尽した為、現状犯罪者として扱われているんですよ」
「…その為故郷が同じで同期であるこいつに白羽の矢が立った、と」
最後を締めたのはシュウだ。
そしてラガーヴ達から距離を取り、フィルに向かって剣を構える。
「実力行使だと言うなら、来ればいい」
「…判ったよ。今日は退く。こんな所でやりあうのも馬鹿らしいしね」
フィルは溜め息をついて背を向けた。
「お騒がせしましたね」
「…いや」
そのままの姿勢で再び口を開く。
シュウへ、哀願の意すら籠った一言。
「…シオネを、妹をこれ以上待たせないでやってくれ」
「まだ足りんのさ。俺はまだあいつを護りきれるほど強い剣じゃない」
「…今度は遠慮しない。瀕死の重傷を負わせてでも君を大聖堂に連行する」
「出来るなら…やって見せろ」
「…ああ。はっ!!」
駆け去っていくフィルの背を見送る事もせず、シュウは歩き出した。
「すいませんね、ラガさん。手間を取らせた」
「え、いや、それはいいけど…」
「さ、行きましょう」
有無を言わせぬ口調のシュウに、三人は仔細を問う事も出来ず、顔を見合わせるだけだった。

「バッシュ!ホーリークロス!…まだまだまだまだぁぁぁぁっ!!!!」
群がる大量の死体を舞うように撃滅していくシュウ。
その凄まじさは圧倒的としか言いようがない。
だが今日に限って、その様はどこか八つ当たりの様に見えた。


シュウ・フリューゲルドルフ。
相棒であるプリースト、ラガーヴ・リンや彼と立ち上げたギルド『双つの月』の仲間達と共に旅をするフリーのクルセイダー。
その類稀なる筋力を根源として構成された退魔能力は、個人の持ち得る能力の極みにさえ至りつつあり。
不死者の王たるドラキュラと幾度か交戦し、撃退すらしたという記録が残っている。


続く










後書き
ども、滑稽です。
超不定期連載(連載ですらないかも)の今作ですが、主人公二人目、シュウ君のお話です。
刹君も今後また出てきますので、楽しみにしてくださっている方は待っていて下さいね。
では、次の作品でお会いしましょう。






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