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敗北はありえなかった。
事実自分達は目の前の敵を押していたし、このまま押し切れば勝てると断じた。
何より、後ろには心から信頼できる相棒が居る。
その、背後からの衝撃。
真下を見れば、突き出ているのは確かに黒塗りの刃。
「あ…」
かふ、と。
自分が血を吐き出した音だけは、ひどく乾いて聞こえた。









  黒のカタコンベ
    第十六幕
      「side:斬&天『夢に殉ずる』」


                               
滑稽





「裏切り者…か。…毒を塗られていないだけ有難いか…な」
なんとなく、そんな事を呟いて、斬は崩れ落ちた。
厳密には、刃を抜かれたから支えがなくなっただけ、だが。
痛い。とてつもなく痛い。
人を殺傷する為だけに作られた、悪夢の武器『裏切り者』。
それは人だけではなく、亜人にも、もしくはかつては人であった闇の住人にも通用するからこそ重宝された。
だが、今しがた自分の腹をそれで貫いたのは、紛れもなく自分の相棒で。
「やっぱり、その…腕か」
「…ああ」
事後確認するまでもなく、その原因も判っていた。
「吶喊しないで、言う事聞いていれば良かったなぁ…。俺はいつも、自分の理性を御し切れなくて失敗する…」
血が抜けていく。薬品を使う力も沸かないのは、絶望感からか、それとも刺したカタールの効果からか。
「…済まん」
「…いいさ。…天」
「何だ?」
「こいつだけは…妻だけは。逃がせるように取り計らってくれ。…頼むよ」
がぶりと血を吐いた。取りすがっている妻の手の感触すら、遠ざかっていくようで。
「…そうはいかない」
相棒がどう首を振ったのか、それさえも知覚できずに、斬は意識を失った。


「そうはいかないさ…。なあ」
「…貴方はっ!」
憎悪の視線を向けてくる彼女に、小さく笑みを浮かべる。
「ふむ。やはり私の芸術は見事だ。そうは思わないかい?」
「…ああ、そうだな」
倒れ伏す斬達には最早興味すら持たず、レア・インジャスティスがまくし立てる。
「その腕は見ての通りインジャスティス…君達から見れば敵対者の腕なのだな、ふむ」
「…俺は確かにお前を刺そうと狙った筈だが」
「その通りだ。だが、君の『敵意』はちゃんと敵を突き刺したのだよ」
「…まさか」
「ふむ。インジャスティスにとって、敵意の行き先は無論…」
視線が動き、二人を捉える。
「じゃあどっちを刺しても可笑しくなかった、という事か」
「ふむ。そうとも」
思った以上に厄介ではある。
だが、ならばこそ出来る事もまたあった。
「ならまあ、こうすればいい」
ざぐり。
色褪せた右腕の半ばから先を、天は躊躇なく斬り落とした。
あふれ出す血にも構わず、器用にカタールを腰に差し、左手を懐へ。
「これを斬に」
睨みつけてくる彼女に、それを投げ渡す。
「イグドラシルの…実」
「早く」
「…はい!」
斬の出血が治まり、傷が癒えるのが判る。
「意識が戻るのを待っている暇はない。抱えて行くんだ。…出来るな?」
「…ええ」
貴方は、と聞いてこなかったのが有難かった。
察してはくれているのだろう。
斬を背負い、天の横を横切った彼女は、最早振り返らずに、奥へと歩いて行った。
「ふむ。足止めのつもりかね?」
「まあな。ついでに、一つの推論を立証する為に、な」
「ふむ。…ところで、その割には治療がまだのようだが?」
「…生憎あれは自分用の取っておきでね。もう懐には何も入ってない」
ぷらぷらと、無事な左手を振る。
「予備もないのさ。生来のうっかり者でね」
「ふむ」
すたすたと、無造作に歩み寄る。
途中すれ違ったインジャスティスの攻撃を最小限の動きで交わしながら、レア・インジャスティスの正面に立つ。
「む?!」
「で、だ」
ざくり、と。
天のカタールがレア・インジャスティスの胸を突き貫く。
「ぐう…!?」
「っと!」
避けて通ったインジャスティスがこちらに向かう前に、数度のバックステップで距離を置く。
そして視線をレア・インジャスティスから外さずに、問うた。
「お前さん、さっきから再生してないだろう」
胸の傷も痛々しいが、そういう素振り自体はない。
「ふむ…。機構にミスがあったようだな。改善の余地がある」
「だからこそ、付け込めるんだよ」
人の態と性質と知性。更に少なくとも急所は一緒だ。後は頸さえ刎ねればいい。
「ところで、ここから出る手段は?」
「ふむ?私を殺せば、出る事は出来る。…とはいえ、地上になってしまうがな」
ここまで踏破した意味はなくなるぞ?という発言に、天は今度こそ口許を緩めた。
「…ならいい」


―夢に、殉ずると決めていた。
そろそろ失血の症状が出そうだ。
全身の力を先ずは足に集めて、駆け出す。
これが最後の突撃だ。
斬られた。二度。
痛みは感じない。
すでに麻痺しているのが判る。
それでも、構わない。
目の前の怪物さえ殺せたら。
「ソニック…ブロー!!」
狙うのは決まっている。
左右の首筋。斬りおとせなければ、そのまま傷口を支点にへし折るだけの事だ。
「…ふむ。見事」
そう決めた俺の渾身は、六撃目で報われた。
「成る程。渾身の…連撃か。…これは、予想だに、出来なかった…な、ふむ」
『そうだろう?』
声は出ない。口を動かしてはいるが、肺から空気が抜けているのかもしれない。
一方の生首は、落とされた体の方は組織崩壊が始まっている。首は元気に喋っているから、それはそれで不思議なものだが。
ともあれ、レア・インジャスティスは死を迎える。それは決定事項だ。
「ふむ…私が死んだとて、こいつらは動きを止めはすまいよ。…残念だったな」
遠からず目の前の怪物は平然と復活するだろう。それだけの魔素が、ここには満ちている。
だが。
『なに、これで、俺の勝ちさ』
笑みが、浮かぶ。
―ずどっ、と。背中に衝撃が走り、胸から一本刃が生えた。
『あいつを、あいつ等を、逃がせた』
―二本目。
為すべきを、為せたから。
それがきっと、結実しているから。
―三本目は横からだった。はらわたが掻き回される感触。それはそれで得がたいかな、などとも思う。
ああ、だけどあと一つだけ心残りがある。
『済まない、ラガさん。…俺は、これで失礼するよ』
届いてくれていれば、いいけど。



四方八方から、全身を丁寧に突き通してくれやがった刃が。
大体30くらいまで数えられたところで。
俺は何も判らなくなった。





「ワープポイントが…開いた」
ぐったりとした体を背負いながら、そこに足を乗せる。
一度だけ、後ろを振り返る。
…追っ手はない。
「違う…。そうじゃない」
愛する夫を助けてくれた、その戦友。
余裕ぶってあの怪物を倒して、こちらへと笑いながら走ってくる。
そんなありえない妄想を、だが信じたくて振り返った後ろには、誰の姿もなく。
「…生きて。生きて、仇を。必ず…!」
意識のない夫に言い聞かせるように。
彼女は、そこに踏み込んだ。




―なあ、斬。一つだけ、俺の願いを聞いてくれないか?
『んー?』
―もし俺が死んだ後、俺がどこかで迷っていたなら、お前が俺に引導を渡してくれよ。
『どうやって。死んだらどうにもならないだろ』
―例えばニブルへイムとかだよ。ま、俺だったら普通にやってれば問題なくヴァルハラに行けるだろうけど、さ。
『へぇ。…で、もし俺が先に逝ったらどうするんだよ』
―ばーか。俺より先にお前が死ぬ訳ないだろう?
『何でだ?』
―俺の夢はな、大事な奴を命懸けで護って、そいつの腕の中で死ぬ事なんだからな。
『げ。お前もしかして、衆生か』
―ええい、そっちじゃねえ!友情だ、友情!!
『友情ねえ…』
―ま、頼むよ。もし万が一逆になったとしても、俺は必ずお前に引導渡してやるから。
『いいぜ。判った』
―…ありがとな。
『いや、頼られているのは素直に嬉しいさ』
―なぁ。もしどっちかがそうなったら、残った方はそいつの名前を背負うってどうだ?
『…名前を背負う?斬と天を組み合わせて、って事か?』
―そうそう。例えば―


side 斬&天 閉幕










後書き
ども、滑稽です。
これにて一旦斬と天のお話はおしまいです。後はエピローグまで彼らは出て来ません。
ですがまだ、この話の中枢に居る「王」の姿はまだ出てきていません。
シュウだってまだスカルヒーローと戦い終わっていませんし、まだもう暫くお付き合いいただけましたらと思います。
それでは、また次回。






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