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それは、人間が嫌いだった。
人間の何をそれほどまでに嫌っているのか、自分でも理解できず。
時には臭い、と。
時には煩い、と。
色々様々な理由をつけたが、どうにもしっくり来ない。
永く悩んだ末、それは考えるのをやめた。
とにかく我は人を嫌う、憎むと。











  黒のカタコンベ
    第十八幕
      「最下層『side:双つの月&リュード隊』」


                               
滑稽





「…ここが、最下層…か」
ひどく長い階段を下りたラガは、小さく息を吐いた。
「命の気配がしないな。…これほど閑散とした場所など、上にはないだろう」
Dも同意する。
「大きくて広い。大聖堂みたいですねえ」
「確かに。魔神が降臨するなら、こんなところかもしれんな」
大量の魔素が、充満している。
闇に包まれているわけでもないここが、妙に暗く感じるのは、その所為だ。
「…天さんは、どこで力尽きたんだろう」
「ここじゃ、ないみたいだな…」
「ああ。全く血の匂いもしない」
天の死は、彼らの耳に伝わっていた。
最期に一瞬、ぶつりと届いた空耳のような囁きではあったが。
だが、メンバーには判ったのだ。否、判ってしまった、と言った方が正しいか。
もう二度と、あの少し間の抜けたアサシンとは顔を合わせることが出来なくなったのだ、と。
避けてはいた話題ではあった。だが、今言葉にしてしまったが故に、皆の顔に陰が落ちる。
「こン上も、くまなく探せた訳ではねっすから。そのどこかかも知れンでっし、もしかすっとまったく違ぁ層があったんかも知れンでっし」
「だねぇ…」
「せめて、弔いたいとは思ったんだけど…なあマスター」
「ん…そうだね」
彼らの雰囲気を落としているのはそれだけではなかった。
Dが、その件を口にする。
「そして結局、副マスとは合流できず、か」
「…来るよ。シュウさんは必ず来る」
「ま、そうだろうね。…あの人は、いつものようにいい場面を自覚せずに掻っ攫って行くに違いないんだ」
「あー…そういう人だね。確かに」
一頻り笑うと、ラガはふと目を細めた。
周囲を見回し、確信を持って告げる。
「入り口はここだけじゃ…ないんだろうな、この広さなら」
「だねえ。行こう、奥に。どれほど広いのか判らないけど、取り敢えず、踏破して…シュウさんを待とう」
「ああ」
来なかったら、とは誰も言わなかった。
それだけは言ってはならない台詞だった。
頷きあった彼らは、奥へと歩を進める。
無論、警戒は怠らずに。


その直後か、それともかなり前か。
リュード率いる一隊は、ラガ達の位置よりも随分奥だった。
「…気配が違うな」
「…そうですか?」
疑問符を浮かべるのが数人、頷くのが数人。
ここに至るまでに、多くの者達が斃れた。
二百人は居た筈の仲間が、今やもう顔と名前を簡単に一致させられる程まで減ってしまったのだ。
「やれやれ。ここが最後だといいんだけどな」
オウルノーブルに襲われるまでにおよそ半数が命を落とし、オウルノーブルとの戦闘で更に半分近くが命を落とした。
そしてここの直上。到達できたのはリュードとその愛人三人を含め、三十に満ちず。
さらにその半分を、ジェムの都合と怪我の具合から上へ戻らせたのだ。
人数は少なくなったが、残ったのはあくまで精鋭だ、と確信していたのだが。
いや、精鋭でさえ、感覚が麻痺するような状態なのかもしれない、と考え直す。
と。魔素が動いたような感覚と共に、
「つくづく。人というものの探究心なる強欲には辟易するものだな」
静かに響いた声。
リュードをはじめとした数人。その額と背筋を、どっと汗が流れた。
その汗はとてもとても冷たく、玉のような。
戦慄を覚えた全ての者の視線が、間に唯一置かれている玉座に注がれた。
そこにあったのは、黒い鎧。
声がそこから聞こえたというのではなく、圧倒的な負の気配が出現したのだ。
ざり。誰かの立てた足音が強く響く。
だが。
「寄るな」
今度は注視していたからので判った、が。
その声は確かに、鎧から聞こえていた。
そして。
「…ああ…!?」
今度の隔意に満ちた声は、その声に戦慄しなかった者達の膝を一声で屈させてみせた。
「人など…視界に入るのも不快だからな」
がちがちと、歯を鳴らし、理解できぬ寒気に身を震わせる。
もっと濃くなれば、気配だけで彼らを殺す事も出来るのではないかという確信。
オウルノーブルなど、この存在の前には赤子に過ぎない。
だがリュードは、己を奮い立たせ、声を上げてみせた。
「貴様は…貴様は何者だ…!」
「我はフリムルーラー。永劫の退屈を謳歌する者」
「フリムルーラー…」
聞いた事のない名だ。
文献ですら、見たことがない。
忘れかけていたが、ここはプロンテラの下なのだ。
王都がここを封じる為だったとするならば、文献すら残っていないのは明らかにおかしい。
ふと、リュードは或る推測に至った。
封じる為ではなく。忘却する為だったとしたら。
入り口を王都という蓋で封じ、二度と干渉しない為の杭としたのであったなら。
鎧は、動くでもなく、ただ声を上げるだけでしかない。それでもなお、この威圧感。
あながちこの推論は間違っていないのではないか。
「そうだな。…貴様等は、我が前で互いに殺し滅ぼしあってもらおう。死してもなお、腐れても骨と化しても」
その声に応じたように、先程まで震えていた者達がふらふらと立ち上がった。
歯を流し、恐怖に涙しながら、操られるように動き出す。
「ち…!」
この戦力では、勝てる気が、しない。
余りにも、違い過ぎる。
つくづく、戦力の幅の狭さが悔やまれる。
「逃げる準備をしておけ。…動き出す前なら、逃げ様はある筈だ」
「…しかしっ」
突然の逃亡を示唆するリュードの発言に、突拍子のなさを感じたのか、食い下がるプリースト達。
「止めなさい。ここで仲間割れをするのは無意味よ」
「くっ…だが、ここに来てまでそんな弱気な…」
「だからこそ、だ。あいつはちょっと、やば過ぎる」
そんな逡巡と反発が、決定的な間を逃した。
「…む!?」
ずうん、と。
音を立てて、突如鎧が立ち上がった。
「おお…!なんということだ!!」
大仰な仕草で、ショックを受けている事を表現するフリムルーラー。
「何だ…?」
頭をわずかに上げ、何かを注視するかのように動きを止める。
「我が至上のコレクションが!馬鹿な…!魂すら残っていない!?くそ…ここに居る限りは我が呪縛からは逃れ得ん筈…!」
魔素を通じて、殺意が膨れ上がった。
「く…急げ!」
「は、はいっ!」
慌ててブルージェムストーンを床に置くプリースト達だったが、
「馬鹿な…発動しない!?」
時、既に遅し。
「…気が変わった」
人一人が隠れそうな、超巨大な刃振の斧。一瞬で、それを何処かから取り出す。
「臓物と鮮血と骨を曝せ。貴様等は生物としては取るに足りんが、装飾物としては中々悪くない」
重厚な鎧に身を包んでいる筈なのに、全く音もなく。
フリムルーラーは斧を振り上げ、振り下ろした。
恐怖と自我との間で身動ぎの殆ど出来なかったプリーストの頭蓋に叩きつけられたそれは。
一瞬で彼をただのミンチに変えて、床に突き刺さった。
揺れる床。響く音。
「散開!」
リュードの脳が、一気に戦闘のそれへと切り替わる。
恐怖に動けなかった者は、見捨てるしかなかった。
…リュードと視線を合わせた顔が―恐怖と哀願に満ちた光が―粉砕されて飛び散るのを、見ることしか、できなかった。
「畜生…!」
吼える。
「ふ。吼える余裕があるなら、大丈夫みたいだな―」
―声は、何故か背後から聞こえた。


響いた轟音を察して、先ず走り出したのは、騎士三人だった。
「おおおっ!」
「ちぃ…!」
「っ!!」
叩きつけられた斧を避けながら、槍と両手剣を振り回す。
だが、容易く次手に入られた為、鎧に触れる事すら出来ずに退がる羽目になった。
「…紙の斧、って訳じゃないよな」
持っているのは見るからに超重巨大な武器だ。にも関わらず、攻撃速度が半端じゃなく速い。
紙に色塗っただけ、と思いたくなるのも判る。
「まさか。それであんな衝撃が伝播するものか」
実際、周囲には血と骨と肉が散乱している。紙は論外だが、生半な材質と重量ではないのが一目で知れる。
「アンタ達…シュウさんの言っていた調査隊の人達か」
「…そうだ。お前等は…」
「『双つの月』の者だ」
「そうか、奴のギルドの…」
「シュウさんは?」
「途中で逸れた。あいつの事だから心配はしていないが…な」
「ちえ、マスター落胆するぞ」
少なくとも、ここには居ないのだから。
と。
「無事かい!?」
後からやってきた残りのメンバー達。
「…彼らは?」
「調査隊の人たちだって。シュウさんとは逸れたらしい」
「ああもう、いつでもどこでも突貫気質なんだからなぁ…!」
強く溜息を吐くギルドマスターに苦笑しながらも、視線は鎧から外さないでいるレイ。
こちらには目も呉れず、棒立ちになっている残り数人にきっちりと斧を食らわせた所だった。
「で?あそこの化け物は?」
「フリムルーラー、と名乗っている。ここの主…だろうな。あの戦力なら」
「フリムルーラー…?」
聞いた事のない名だが、問題はそこではない。
問題なのは、目の前のそれが、敵なのだ、という一事に尽きる。
「さあ、やろうか。こいつを倒してシュウさんを待つんだ!」
「「「「了解!」」」」
そう声を張り上げるラガの、そしてそれに口々に応じる『双つの月』のメンバーの。どちらの目にも、恐れはなかった。


続きます










後書き
ども、滑稽です。
ここからは駆け足です。
リュード編下層をカットし、戦場で合流。
ここからは最下層編、と銘打ちまして闘争が始まります。
そろそろゴールが見えてきました。
フィナーレまで後少し。皆様、お付き合いのほどを宜しくお願いいたします。
それでは、また次回。






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