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分厚い闇色の広間の中。
久方ぶりの、生きた血の匂いが周囲に広がる。
分厚い闇色の兜の奥。
己の振るう一撃毎に、軽々と撒き散らされる血と生命。
分厚い闇色の鎧の奥。
沸き立つ己の心が在った。
分厚い闇色の記憶の底。
忘れていた一つの事を、思い出すに至った。











 黒のカタコンベ
   第十九幕
     「最下層・side『双つの月&リュード隊2nd・Hrimruler』」


                               
滑稽





「…嗚呼、そうだった」
ふと、得心したように呟くフリムルーラー。
「脆過ぎて楽しめないのが鬱陶しかったんだな、我は」
「楽しめない…だと?」
「人間は脆過ぎるのだよ。これを使わなくとも…」
フリムルーラーが斧を取り落とす。
「簡単に砕け散る」
そして振り抜かれた拳は、レイの隣に居た騎士を直撃した。
「がっ…ふ!?」
「ほう?中々に丈夫」
凄まじい衝撃音。吹っ飛ばされた騎士は取り敢えず立ち上がったが、大量の吐血とともに再び倒れ伏した。
「生きてるか?」
「ああ。…辛うじて」
既に生き残ったプリースト達がヒールを連発しているから、程なく復帰できようが。
「何つう…」
「膂力だ、か」
「長期戦は間違いなく不利だな、これは」
「…ああ」
圧倒的な破壊力が目の前にはある。
見るからに耐久力もあるだろう。
ならば、どうすべきか。
こちらの最大戦力をもって、一気に押しつぶすしかない。
「…レベさん」
「判ってる。暫く保たせてくれ」
「オーケー!シキさん!」
「ストームガスト!」
既に詠唱を開始していたシキの魔法が、フリムルーラーに直撃する。
「ダブルストレイフィング!」
ヴァッヅの矢が、その合間を縫って鎧に突き立てられる。
「ちぃ…!」
「ブランディッシュスピア!」
「ボウリングバッシュ!」
その背後から、騎士二人が各々の武器を振り回す。
「そこの連中!ぼーっとしてるくらいなら、手伝え!」
Dの一喝に、遠巻きに見ていた調査隊の面々の顔に、漸く生気が戻った。


突然の乱入者達の戦闘を見ていたイリゥが問うてきた。
「リュード。…彼等は?」
「フリューゲルドルフの連れだ」
「彼の?」
「ああ。何れも歴戦の、かなりの使い手だ」
バードの歌がプリースト達とウィザードの詠唱速度を上げさせ、更に騎士達への支援の効率を上げ。
騎士三人の肉弾戦闘とハンターの矢が、標的を絞らせない。
相手を定めずに振り回す斧など、ある程度素早ければ当たる事はほぼない。
「上手く機能しているな」
「ああ。さて、そろそろ俺も行くぞ」
リュードはさらりとそう告げると、槍を握り締めた。
「え…?」
「任せっぱなしには出来ないだろう。こっちも態勢を整えて、手を貸さないとな」
怖じるのは無理もない。だからリュードは、敢えて手伝えとは言わなかった。
騎士であるイリゥは、当然の事ながら死に近い立場なのだから。
「…判った。私も手を貸そう」
「いいのか?」
「…ああ」
「ヤユ!バビィ!支援は任せた!」
「…任せて!」
「死なせないわ、リュード」
「良し。…奴と闘える覚悟のある奴は俺に続け!」
相棒のペコペコに大きく地面を踏みしめさせながら、怒鳴る。
「全力だ!出し惜しみなしで、とにかく突っ込め!」
「お、応!」
「そらぁ!俺も止めてみせやがれ!」
「ぬっ!」
槍の手合いが更にもう一人増えた事で、フリムルーラーが微かにたじろいだ。
だが、その槍が突き立てられた瞬間。
見た目通りの厚い鎧に、槍は殆ど突き立たなかった。
「硬ぇ…!あの梟貴族並だ」
びりびりとした感触は、少し前に感じたような手ごたえだった。
「…マキスとカウントの事か」
「おうよ!結構倒すのに苦労したぜ!?」
「まあ、心弱いあ奴等ならばそれもあり得よう」
突き立っているハンターの矢も、この分では鎧の奥には届いていないだろう。
「…もう少しだ、リーダーさん」
近くでフリムルーラーに攻撃をしかけていた騎士の一人が、呟くように告げた。
「…あのモンクの旦那か」
「ご名答。もう少しでいい、保たせてくれ」
「いいだろう」
「キリエエレイソン!」
背後からかけられた加護に防備は任せて、リュードは背後に向かって大声で叫んだ。
「波状攻撃をかける!接敵した時には各自決死の覚悟でかかりやがれ!」
「お、おう!」
だが、その言に続いて彼等が体制を整えるより前に。
「爆裂波動!」
「…来た!」
最強の一撃の準備が整った。


全身の力を拳の一点に収束する。
全ての気力と腕力とを込めたその拳の直撃に、耐えられる者など、居ない。
誰もが大きく体を退けて、彼と敵との射線を開く。
後はただ、打ち出すだけ。
「阿修羅覇凰拳!」
とてつもなく重い、炸裂音が響いた。
鎧の中央に、放射状に皹が走る。
だが、粉砕までは達していない。
なんという硬さか。
「退け!次だ!!」
その声に、レベリオンは一瞬の逡巡もせず、大きく後ろへ引いた。
「…上では、随分と努力と研鑽が続けられたようだな」
「お前達みたいな連中に対するには、それくらい必要だったということだ」
「成程。だが、それだけの一撃でも私を倒すには至らないな」
「そうだな。それならば…」
ざ、と。全員が各々の得物を抱えてフリムルーラーを包囲する。
「何度でも、繰り返すだけさ」


暗がりの中を、四人が一団となって走っている。
「…長いな」
「ああ。だが、急がなきゃならん」
戦闘を走るクルセイダーは、さっきから一度も後ろを振り向かない。
「管財者の強さを考えると、連中の『主』の強さはどれくらいかしらね」
「…少なくとも、四人がかり程度で手に負える相手じゃないだろうな」
「…ラガさん達は、きっと来ている。今居なくても、きっとすぐ来る」
「信頼しているんだね」
「そりゃ、付き合い長いからな」
小さく笑いながらも、足も止めないし視線も動かさない。
「…シュウ。見えてきた」
「だな。さ、急ぐぞ」
結構な先に見える、ほんのりと明るい場所。
四人は其処に向けて、更に足を速めた。


三度ほど、拳は叩きつけられた。
その度に皹は大きくなり、そしてその皹へと攻撃が集中される。
更に、繰り返される出入りの中、フリムルーラーの攻撃は有効打には殆どならない。
と、いい加減苛立ったのか、フリムルーラーは一声咆哮した。
「ええい、鬱陶しい!!」
同時に、今までとはまったく違う程の勢いで振り回される巨斧。
法則性も何もない、駄々っ子が両手を振り回すかのような様だが、威力・速度ともに今迄とは一線を画していた。
避けられたのは、Dと後もう一人だけ。
そして、直撃を受けた中には。
「い…」
声もなくその直撃を受けた女騎士。
リュードの顔が強く引き攣った。
「イリゥーーーーーーッ!?」
声が、裏返る。
どちゃり、と生々しい音を立てて、倒れ伏す彼女を、すんでの所で抱き抱える。
「あ…うあ…」
右の太腿から、左の首筋までを一直線に走る裂傷。
間違いなく、即死。
声も生気も呼吸も力もなく。ぐったりとするその遺体を抱き締める。
「うう…あああ…!」
漏れる嗚咽。
何時かはある事だと思っていた。
何時かは来る別れだと判っていた。
だが、それはきっと自分の死が先にある筈だ、と勝手に決めていた。
「イリゥ…!」
涙を流すのは彼だけではない。
彼女とリュードを共有していたバビィとヤユも、同じように涙していた。
「待っていろ…。今、こいつをぶち殺す」
イリゥを横たえ、持っていたマントをかけて遺体を覆う。
幽鬼のように立ち上がったリュードの額に、血管が浮かんだ。
「オートバーサーク!」
槍を大きく振りかぶり、リュードが突撃しようとした、まさにその瞬間。
「これで終わりだ!」
狙うは一点。一際大きな皹の入った箇所。
これ以上の被害を出さない為にも、この一撃は外せない。
そんな覚悟を秘めた拳が。
「阿修羅覇凰拳!」
今度こそ、鎧を粉砕した。
「やった!?」
粉砕された鎧の中には、何もなかった。
だからこそ、そんな言葉も漏れた。
が。
―やれやれ、闇を固めた鎧でも、人の執念には勝てぬか。
声は、そこに響き。
鎧のあった場所に、青白い炎のような人型が立ち上った。
―さあ、まだ終わっていないぞ、人間。我はまだ健在なり。
「…本体は…」
斧が、ふわりと浮き上がり、人型の手の部分に納まる。
誰かが、愕然とした声で呻いた。
「本体は、念だったというのか!!」
―ああ。裸のようで些か恥ずかしくはあるが。ともあれ、こう言えば絶望するか?
フリムルーラーの口が、笑みの形に歪む。
実際に口で声を出している訳ではないのだろう。鎧兜の奥から声が聞こえていた訳ですらないのだ。
―お前達の今迄の努力は、全て鎧を壊す為『だけ』のものだったのだよ。
膝をついた者が居た。
蹲る者も居た。
どれも調査隊の面々だったが。
「おい!まだ勝負が決した訳じゃないだろう!?」
レイが声を上げるが、調査隊の面子の殆どが戦意を挫かれたらしかった。
「捨て置けよ。まだ諦めてないんだろ?アンタ達は」
目つきから正気が抜け落ちつつあるリュードが、そう吐き捨てる。
「…だが、我々だけで戦力が足りているとは思えんぞ」
Dが冷静に分析する。
「ち。それが問題だな。せめて、あそこに蹲ってるのとは違う、使えるクルセイダーが居れば」
思念体―即ち、念属性と呼ばれる存在―に、通常の物理武装ではダメージを与えられない。
魔力を付与された武器や、魔法。もしくは神の聖なる力による攻撃や、同じく思念による攻撃しか思念体にはダメージにならない。
付与によるロスを必要としない、大出力の聖気を使えるクルセイダーは、こういった場面では有用なのだ、が。
戦意を挫かれた数人のうち二人が、ここに残った最後のクルセイダーだった訳で。
「副マス、か」
つまり、リュードの示した『使えるクルセイダー』の当てが、『双つの月』も待ち望んでいる人物だった。
「フリューゲルドルフのホーリークロスなら、アイツにも充分有効な一撃だろう」
「マグニフィカート!そうだね。…それに、あの武器マニアならもっとこういう場面に適したモノを持ってきている筈だよ」
出来る範囲の支援を続けながら―本来殴り主体の彼女が支援に回らなければならない程、状況は良くない―アティがそう呟けば、
「ストームガスト!まったくですね。見せ場、なのですが」
「マグヌスエクソシズム!…ちょっとシキさん!集中して!」
攻撃中のシキも同調し、そんな彼をユーナが叱責する。
「キリエエレイソン!…シュウさん。早く来てくれ」
ラガが、小声で弱音じみた呟きを吐き出した時。
「…呼んだか?」
向こう側の暗がりから現れた男が、
「真打登場、ってな」
ざっくりと、フリムルーラーの体を斬り払った。


続きます










後書き
ども、滑稽です。
全ての線が漸く一つにまとまりました。
後少し。もう少し。気長にお付き合い頂けると幸いです。
目指せ年内完結…かな。
それでは、また次回。






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