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シュウ・フリューゲルドルフは機敏な動きを得意としていない。
姿も見えない遠くから相手を狙い撃つ程の器用さも持ち合わせていないし、どんな攻撃にも微動だにしない程にタフな訳でもない。
知識も誇れるほど重厚ではないし、まして然程敬虔でもない信仰心に神が応えてくれる訳でもない(彼は一応聖堂騎士なのだが)。
彼の寄る辺は、唯一つ。
その圧倒的な膂力にモノを言わせて強い一撃を加える事。ただそれだけだった。











 黒のカタコンベ
   第二十幕
     「死生紙一重」


                               
滑稽





―ぬあああああ!?
背後からフリムルーラーを斬り裂いた、ほのかに光る青い刃。
―こ、これは…!?
「無形剣。俺の精神力を食って念製の刃を為す武器だ。…ご存知だろ?」
―ぐぬう…
強打、バッシュ。
それを叩き込んだのは、鎧の塊。
金色の兜の下でにぃ、と笑いながら、シュウは周囲を威嚇するように言ってのけた。
「おら、何をのたくたやってるんだお前等」
「遅刻しといて何言ってるんだい」
「アンタ達が速過ぎるんだよ、ラガさん」
フリムルーラーの体を攪拌する様に光る刃を振り回しながら、
「大体念なら肉体のある連中より数段虚弱だろうに。とっとと火力で叩き潰せよ」
呆れたように手だけは止めない。
「虚弱とか、今来たばかりの人が言うかねぇ」
そんな声も、少なからず和らいでいる。
「経験に裏打ちされた予測さ。…ほら、とっとと始めろよ」
「し、しかしこいつの攻撃は…!」
「避ければ?」
問うてきたのはクルセイダーだし、答えたシュウも当然クルセイダーだ。
「な、それができたら―」
「出来ないんだったら喚いてないで我慢しな。それがクルセイダーってもんだ」
「ぐ…」
「うわぁ…言いたい放題言っちゃってますよ、どうしますマスター?」
「…ま、らしいと言えばらしいけどね。…シュウさんが甘んじて殴られてる姿なんて見た事ないけど」
「…殴られるだけじゃ癪だから殴り返しているだけさね」
言いながら、既に『双つの月』のメンバーは体勢を整えていた。
「この―」
状況に置いていかれていたフリムルーラーが、
「たかが人があっ!!」
その斧を叩きつけてきた。
凄まじい激突音が周囲を揺るがせる。
「…で、そのたかが人がどうしたって?」
凄惨な表情で、シュウはそう答えた。
「痛い痛い。…が、簡単に俺を殺せると思うなよ」
「馬鹿な。如何に貴様が頑丈であろうと、私の一撃を受けて生きている筈が」
「…キリエエレイソン。効果が続いている間なら、まあ死ぬほどではないわな」
リュードがなんとかフリムルーラーの攻撃を凌げていたのも、イリゥが一撃で命を喪ったのも、その有無こそが明暗を分けたと言っていい。
程なくシュウの傷はラガのヒールによって塞がれる。
「一体、いつ」
そんな疑問を提示したフリムルーラーの『頭らしい場所』が、ずれた。
「旦那、もう少しゆっくり頼むわよ」
「いくら心配だからって、ねえ」
「本当に」
シュウの背後から現れた、三人。
三人ともが、騎士。
両手剣を携えた徒歩の騎士、D。
同じく両手剣だが、ペコペコに乗った騎士、レイ。
ペコペコに乗った槍持ちの騎士、リョウ。
「…骨は拾ってやる。行くぞ」
「了解」
「…しっかたないねえ」
「ふへーい」
三者三様の態度ではあった、が。
さらりと死を覚悟させる言葉を吐いたシュウに、気安く請け負ってみせた。
「まずは、あの斧を黙らせる。…放って置いたら、余計に死者が出るからな」
「…どうすんのさ?」
「…レベさんに頼む」
「阿修羅、か」
「一撃で破壊できなかったら、レベさんが死ぬな」
「そだな」
斧の直撃を何度となく受けながら、その度にキリエエレイソンと大量のヒールを受けながら。
シュウは事も無げに応じた。
実際、シュウ自身後ろの誰かが手際を間違えば、その瞬間に命を落とすのだから、誰に文句を言われる筋合いでもない。
と、背後からそれに応じる声。
「…やろう」
応じたのは、無論話題に上っていた本人だ。
「頼む。流石にこの状態を続けるのは後ろの連中にも良くない」
振り返りもせず、その声に再度答え。
「今だ!ラガさん!」
「レックスエーテルナ!」
天から斧に突き刺さる、光の刃。
それ自体にはなんの破壊力もないが、そこに衝撃が加わると破裂して、通常の倍の被害を与える。
熟知していた四人が、一瞬だけ、手を止めた。
そして。
―しまっ…!
「阿修羅覇凰拳!」
その一瞬を見逃さずに、斧に叩きつけられる、拳。
放射状に走る、皹。
フリムルーラーの声音が硬くなった。
―おのれ!
だが粉砕するまでには至らず、持ち主はそのままレベリオンの命を奪おうと、皹割れた斧を大きく振り回した。
「ちぃ!」
突き飛ばすように、間に割り込んだのは、リョウ。
避ける暇は、なかった。
「すまん。…俺もすぐに行く」
とん、と大きく間合いを取るレベリオン。
そして、何度目かのイグドラシルの実を齧りたてる。
「…次だ。急げ」
眼前で真っ二つにされた仲間の事を意にも介さず―いや、そうしている余裕がないのは確かだが―Dがそう告げた。
降り注ぐ吹雪と矢、拡げられる退魔の力場、そしてリュードも含めて騎士三人と、シュウ。
その猛攻の中でさえ、フリムルーラーは動きを片時も止めない。
「ち…」
先ほどからシュウが齧りたてているのは、イグドラシルの種。レベリオンが何度となく口にしていた実程ではないが、それでも高い治癒効果がある。
―させるか!
フリムルーラーの視線は、力を溜め終え、走り出したモンクの方に固められていた。
―死ね!
振り上げられた斧。だが意に介しもせず、レベリオンはそこへと突っ込む。
「阿修羅!覇凰拳!」
振り下ろされる斧。それに体ごと投げ出すかのように、彼は拳を叩きつけ。
轟音とともに、今度こそ、斧を粉砕した。
だが。
それを成し遂げた男の上半身は、そこにはなかった。
否、どこにも見当たらなかった。
―くう!
「…これで、お前に決め手はなくなった」
斧の破片は散弾のように辺りに飛び散り、周囲に居た数人に直撃した。
だが、その前に破片の大半は。
振り下ろされた勢いと共に、至近に居た者に直撃したのである。
結果は言うまでも、なく。
「…俺の仲間は、身を呈してそれだけの事を為した」
「後は、お前を討つだけだ」


フィルドランスは、遊んでいた訳ではなかった。
だが、正直戦闘の勢いに圧倒され、その足を止めていた。
いとも容易く命を落とす仲間達、そしてそれを意に介する様子もなく戦闘を続ける旧友とその仲間。
判らないではない。だが、納得は出来なかった。
「フィル!」
「…あ、ら、ララムさん。…何?」
「付与は終わったわ。あんたも、早く!」
「あ、ああ…」
「早く!」
ぎり、とララムの歯軋りが聞こえる。だが、竦んだ足は動かない。
「あんた―」
「止すんだ、ララム」
「でも、ナッツ!」
「…竦んでしまうのは、仕方ないよ。…それにそんな様で、戦闘に参加された方が、邪魔だ」
言い捨てるナッツが、もう何度目かのキリエエレイソンをシュウに向けて放った。
「…!」
そんな折だった。レベリオンが斧を粉砕したのは。
「う…嘘だろ」
四散した、仲間を。その屍を文字通り踏み越えて。
なお踏み込むシュウ。
「…そこまでしなきゃいけないのか」
「…そうじゃなきゃ、生きて帰れないのよ」
普段は殴りかかる戦い方―殴りプリースト―のララムも、今回ばかりはそれを押し殺して支援役に徹している。
本当はシュウと並んで打ち込みたい、と思っているのだろうが。
いや、既に全身はそれを押し止めていると見るまでもなく判るほどに、びくびくと動いている。
シュウは一歩も退かない。
必殺の武器を失い、だがそれでも圧倒的な破壊力を示す魔王相手に、最接近しての戦闘を挑んでいる。
こちらを全く省みる様子はない。だが。
―早く来いよ。お前も護りたい何かがあるんだろう?
旧友の背中が、そう告げているように見えた。


瞬間、心の中を何かが吹き抜けた―


「ああ…ああああああああああああああああああああああああああああああ!」
寂しさも、悔しさも、悲しみも、怒りも、恐怖も。
何もかもを振り切って。
フィルドランスはフリムルーラーへ突撃した。
「遅かったな、フィル」
「待たせたね!」
回転をかけながらの槍の一撃が、フリムルーラーの肩口を捉え。
―ぐうっ!
とうとう、フリムルーラーが片膝をついた。


続きます









ども、滑稽です。
随分のご無沙汰でした。
フリムルーラーの武器破壊のくだりは、ROではGvGのみにある話で、ついでにBOSSの武器を破壊することは絶対できませんので、悪しからず。
次で、決着になります。もう少しで彼等もこのダンジョンから抜ける事ができます。
では、また次回。






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