RAGNAROK ONLINE Fan Novel ―ニンゲン…如きがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? 断末魔は、唐突だった。 侮っていた人間相手だっただけに、悔しさも一入だった事だろう。 ―カナラズ…キサマラヲ…ミツケダシテ…コロシツクシテヤル…! 段々と希釈していくその体で、出来る限りの呪詛を述べる。 ―カクゴシロ…ホロビヲ…キサマラニ…! 黒のカタコンベ 第二十一幕 「信念、なお強く」 滑稽 「…終わった、な」 「今でも信じられないけど、ね」 残ったのはひどく味気ない、静寂だった。 結局、多くの犠牲の果てに残ったものは運の良かった彼らの命だけ。 ひどく虚しい。 得られたものはなく、喪ったものは限りなく多い。 「ともあれ、戻ろう。…今なら制限もないようだからな」 その言葉が示す通り、ぷあ、とポータルが開く。 「プロンテラへの直通便です。乗られる方はお早く!」 満身創痍の彼等は、ひどくのったりと―だが気配にまで歓喜を乗せ。 次々に生き残ったプリースト達が開いたポータルに乗っていく。 「シュウさん、いこう」 「ああ、大将。悪いがまだちょっとした用事がある。…先に行っていてくれ」 「…?わかったよ」 双つの月の面々は、レベリオンの亡骸を抱えると先んじてポータルの先に消えた。 それを見届けてから。 シュウは玉座へと歩み寄った。 「聞こえている筈はないだろうが―」 そう前置きして、続ける。 「この勝利が恒久の勝利ではないことは、よく判っている」 兜の奥から覗く、ひどく冷たい眼光。 怒りと、哀しみが、混在した瞳。 「魔素がある限り、お前達は必ず復活を遂げる」 そして、これほど深い『底』の魔素を永劫に払う事など、どんな手段があろうと決して出来ないだろう。 「だが、お前だけを永劫に封じることなら、出来ないこともない」 シュウが手にしたのは、ひどく古びた一振りの長剣。 だが、オーク族がその秘法の全てを投じて鍛えるその剣は、戦闘で粉砕することは決してない。 ―それすら粉砕できるホルグレンの腕が不思議極まりないが。 「友の…先達の感じ続けた孤独、お前も味わえ」 シュウは振りかざしたそれを、玉座の中心に突き立てた。 「それは?」 「ここに永い事囚われていた、俺の先達の誇りだ」 まだ、彼が彼であった証は手許にある。 これだけでもきっと、彼の子孫は許してくれるだろう。 「帰ろう。友の牙が、きっと俺達を護ってくれる筈だからな」 光の殆どない筈の玉座で。刃がかすかに輝いたような気がした。 「リュード…」 「哂えよ…フリューゲルドルフ。俺はてめえの女一人護り切れなかった」 もの言わぬ骸を抱え、彼はそう自嘲してのけた。 「俺も似たようなものさ。護れなかった仲間も…居る」 「そうか…」 「…ああ」 血が滲むほどに噛み締めた唇。 「悔しいよな…」 「ああ」 小さく、息を吐く。 「ここに居ても、何も解決しないぜ、リュード」 「…もしも、あいつを手前の力だけで打ち倒したいなら、俺もお前も全くもって力不足だ。…まだ先にある高みを、目指すしかねえ」 「そうだな」 まっすぐ、こちらを見据え。リュード・クリティカルスターは確かに言った。 「俺は、それを目指すぜ、フリューゲルドルフ」 まるでそれが、愛した女への唯一の供養だ、と言わんばかりに。 「そうするといい。…さ、帰ろうぜ」 「さて、これで最後かな」 そう呟いてポータルを開いたナッツ。 心も体も傷つき尽くした、そんな満身創痍の五人が、我先にとポータルに乗る。 「…俺達が最後だな。それじゃ、行こう」 「ええ」 「流石に疲れた。何度も死ぬかと思ったよ…」 シュウも柔らかい顔で、俺もだと応じる。 ふと、ナッツが距離をとっていることに気付いた。 「ナッツ?」 だが。緊張感をなくしていた彼等はポータルの上に足を乗せてしまった。 「…さよなら、シュウさん、フィルさん、ララム」 ふと、ナッツがそんなことを述べた。 「…え?」 「まさか…?!」 最初に気付いたのは、ララムだった。 「管財者が、言っていたっけ。僕達のうちの一人だけは、決して生きてここを出ることは出来ないって」 先んじて乗ったのは、五人。 ポータル一つが運べる人数は、八人。 そして…残りのジェムはなく、ここではテレポートを使えない。 「出口が…あるかもしれん。俺も、残ろう」 シュウのそういった言に、だがナッツは首を横に振った。 「いいんです。それにもう、足が動かない」 ポータルを展開した瞬間に、か。彼の足は床に埋もれていた。 自分でやった筈はない。もしかすると、管財者は最初から彼に呪いをかけていたのかもしれない。もしくは、ポータルと同時に発動したか。 人数の事といい、念の入った事だが。 「…残念だよ、ナッツ。アンタとはきっと、いい旅が出来た。そう…きっと大将と同じくらい、いい冒険になったと思う」 「それは楽しそうな話ですね」 三人の体は既にかなり薄れてきていた。 もう間もなく、問題なく飛び去って行くだろう。 出来る事は、もう彼にはなかった。 「ならば、介錯だけでも―」 「必要ありません。でも、その想いは嬉しい…ありがとう、シュウさん」 「ナッツ!!」 ララムの悲鳴じみた声が彼の耳に届いた。 「さよなら、ララム。君と旅が出来て、楽しかったよ」 ナッツの満足そうな笑みが。 三人が見た、最期の彼の姿だった。 「ここには本当に、貴方しか居ないのですねえ」 ぎりぎり、斧が届かない距離で。 ひどくのんびりした調子で、彼はフリムルーラーに相対していた。 ―何をしている…? 足の拘束は、ポータルが消えた瞬間に解かれていた。 「管財者…でしたか。彼の怒りのお陰か、ここに取り残される事になりまして」 ―ふん…、残念だったな。 「いえいえ。僕は僕の心に従ったまでです」 にっこりと屈託ない笑みを浮かべる彼に、小さく舌打ちをしつつ。 ―五月蝿い男だ。…まあいい、血と肉を撒き散らせばそれどころではあるまい。 と、立ち上がろうとしたフリムルーラーだったが。 ―これは…!? 鎧と玉座を縫いつけるように、一振りの剣がそこに突き刺さっていた。 「さすがシュウさんだ。そう簡単には抜けませんよ、それ」 ―あのクルセイダーか…。オークヒーローの兜を被っていた…。 「そう。そしてその刺さっている剣はここに閉じ込められていたオークヒーローのもの。抜けるものなら抜いてみろ…と言わんばかりですよね」 ―貴様!! 「今僕を此処で殺せば、話し相手が居なくなりますが」 ―ぐ…。 言を止めるフリムルーラーに、 「まあ、僕が死ぬ迄で良ければ、話し相手くらいにはなりますよ」 と、ナッツは微笑んで見せたのだった。 黒のカタコンベ踏破報告書。 王宮騎士フィルドランス・タクト・マイヤーズが残したこの報告書は、最大秘匿事項として処理された。 其処に記された、王宮機関の圧倒的な無能ぶりが知れ渡るのが問題だった事もある。だが、それ以上に。 王都の下にこんなおぞましい空間がある事を知られる事による、民衆への精神的な打撃と混乱を避ける為である。 犠牲者の数は、まさに目を覆わん程であった、と報告書は語る。 騎士、多数。 プリースト、多数。 クルセイダー、多数。 実数は判らないのではなく、紙面上ですら秘された。 いや、実際を記したところで、どれだけの者が信じたか。 そしてその後にはこう続けられている。 民間協力者、数人。 オークヒーロー、1。 聖者、1。 報告者である彼が誰をして『聖者』と称したのかは、彼と共に歩いた者には判っただろう。 もしいつか、この報告書が日の目を見る事があったなら。 誰かはその聖者の事を謳うのだろう。 神の使徒、その優しさで仲間を救い。 今もなお、孤独な魔王の心を癒そうと― |
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