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我こそは闇である。
我こそは毒である。
我こそは死である。
律すべし。
例えそれが、意に沿わぬものであっても。






  黒のカタコンベ
    第三幕
      「斬之二」


                               
滑稽





「刃様。お時間でございます」
「ああ、今行く」
暗がり。
どこからともなく聞こえた声に、静かに返し。
彼は闇色の水の中から出た。
驚いた事に物音一つ立たない。
水が滴る音すらも、殺して。
暗室を出た彼は、傍らに立つ美女からタオルを受け取ると柔らかい動作で体を拭き始めた。
「…刹の様子は?」
「最近はスフィンクスダンジョンでの戦闘鍛錬が主となっているようです。本日ももう宿を出て潜っているとの報告が」
「そうか」
全身を拭いて後、用意された服を着込む。
「凪」
「は…」
「夜には戻る。閨と飯の用意をしておけ」
「はい」
何時の間にか脇に侍していた美しい女性。彼女もまた、似たような恰好をしている。
「行ってらっしゃいませ、刃様」
「ああ」
その声に送り出されるように、アサシンの青年―刃―は在所を出た。


アサシンの名はギルドがつけるのが通例だ。
中には自分なりの名を名乗る者も居るが、彼等に関してはそうではない。
アサシンギルドの中に伝わる幾人かのアサシン。
その名をそれぞれ与えられ、それでもなお彼等を競わせるのは、やはり一つの名が理由であった。
『斬』。
つまりは名誉である。
だが、例えば彼の『刃』の名と、『斬』の名がもたらす名誉には天と地ほどの違いがある。
伝説となった斬なるアサシンの功績に関してはここでは省くが、今もって斬の名を継ぐ事は非常な幸運であると言える。
だが、刹と刃。
才能溢れる二人のアサシンの存在が、上層部に名の継承を躊躇わせた。
甲も乙もつけ難い。
故に、競わせたのである。
それによる、互いの実力向上も見越した上で。
だが。


「あのような男に…くれてやるものかよ!!」
ぎりぎりと歯を軋らせながら、彼はそのナイフをオットーの眉間に突き立てた。
『みゃー!!』
妙な奇声を上げ、毛皮をずり下ろして倒れるオットー。
刃はアサシンとしては名家の出である。
暗殺者であるアサシンは、己の血を次へ繋げようとする事が少ない。
だが一部に、優秀なアサシンの血筋を絶やさぬように繋げる動きもある。
彼が生まれたのは、そう言った家系。彼もまた、その血筋を証明するかのような優秀さを以って己を鍛え上げてきた。
所謂エリートなのだ。
だが。
競うべし、とギルドにて定められたにも関わらず、その相手たる刹は『興味ない』の一言でそれを断ってしまった。
「何と言う…!不遜な男が!!」
刹への怒りそのものを叩きつけるかのように、短剣を振るう。
彼にとってギルドとは神聖かつ背くべからざるものであり、その決定は絶対だ。
宅を出る折に彼から閨の準備を命ぜられた女もまたギルドから指定された婚約者であり、特に愛情を持っている訳ではない。
だが、少なくとも居て嫌な相手ではない。
それはともかく。
技術だけならば刹以上、速さと正確さは他に類を見ない筈の彼の唯一の、そして致命的な難点として挙げられるのはこの沸点の低さだ。
無論仕事の折にはそれを必死に覆い隠す。
だが、その覆い隠す作業すら許されない事も往々にしてあるのだ。
精神の未熟さ。これこそが『刃』と名付けられたアサシンが『斬』の名を得られなかった事だろう。
「おぉぉぉぉ!!」
そんな業を叩きつけるかのように、彼は暴威を振るい続けた。


暗殺者。アサシンと呼ばれる職業の者が人への暗殺行為を捨て、世界に跋扈するモンスターを暗殺する道に変わったのはもう随分前になる。
かつて恐怖を味わった人々は今も尚彼等への恐怖や嫌悪を捨ててはいないが、とにかく彼等の世間的評価は高くはない。
だが、それでもアサシンになる事を望む者が後を断たないのは、つまりそれだけ先達のアサシンが功績を遺しているからだろう。


夜。
一頻り啼かせた女をベッドに一人寝かせておき、彼は暗室で座を組んだ。
一日で唯一、全ての執着を捨てて心安らげる時間。
自分の呼吸音すら、闇に溶けていくような錯覚。
ほう、と一つ大きな息を吐く。
この境地に、普段から自分を置く努力をすべし。
それが現在彼が自身に課した鍛錬である。
ただ、心静かに。
この時ばかりは刹への怒りもあらゆる執着も捨て去る事が出来る。
今ここに、刃は一人だった。



深い、闇があった。
そこに蠢く者達は、永く外への興味を失っていた。
永く、永く。
外に在る者達が彼等の存在すら忘れ去る程の、永い時間を蠢き続けた彼等。
綻びは、一人の冒険者だった。
名誉欲に取り憑かれ、その扉を見つけてしまった男は、大した準備もないままにそこへと踏み入った。
結果彼は二度と戻る事無く。
彼の作った綻びは、そこに棲む者に再び外への興味を抱かせる結果となってしまった。
王都プロンテラ。
その至近に存在する事が判明したそのダンジョンは、この後こう呼ばれた。
『黒のカタコンベ』と。


続く










後書き
『斬』ってのはかつて滑稽が使っていた鯖でのアサシンの名前だったりします。
今は違う鯖だし二度と使う事もないでしょうが、結構愛着があったのでここで使わせて貰う事にしました。
次は再びシュウ君です。
では、次の作品でお会いしましょう。






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