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もし滅ぼさねば護れないというのであるなら、私はそれを滅ぼすだろう。
躊躇なく、遠慮なく、後悔なく。





  黒のカタコンベ
    第四幕
      「シュウ・2nd」


                               
滑稽





「と言う訳で、だ。俺は貴様を滅ぼす。覚悟しな?」
「ほざくな…」
金色の兜を被った聖堂騎士が、黒塗りの鎧を纏った騎士に刃を突きつけている。
巨大な馬に跨ったその騎士は、昏いその兜の奥から底冷えのするような声を上げた。
「来い…従者ども」
重厚な鎧を纏った骨の歩兵が、地中から現れる。
「カーリッツバーグ、か」
骨の剣士カーリッツバーグ。
通称なのか正式名称なのかは判らないが、その剣技は侮れないものがある。
「行くぞ…」
「おう、さっさと来い来い騎士気取り。お前程度の腕では聖堂騎士の一人とて殺す事は出来ないって現実を教えてやる」
「貴様ッ…!!」
ゆっくりとだが怒りを滲ませた足取りでこちらに向かってくる深淵の騎士。
「さぁて、と」
こちらも剣を構え、ゆっくりと剣の切っ先で十字を描く。
ズバン!と、炸裂音のような音を立てて打ち込まれた純白の衝撃波が騎士をぐらつかせる。
「く…。何故だ、何故貴様は人間の味方をする…!!」
「俺は人間だからな」
カーリッツバーグの攻撃を無視しつつ、激痛に襲われながらも聖堂騎士は剣を振るう。
「嘘をつくな。人間の裏切りにて住処を奪われたオーク族が、再び人間に心を許す筈がない…」
「だが、これは俺のものだ」
「…我は信じぬぞ。それが真実だ、などと…」
ぎりぎりと引き絞った槍が突き出され、足が抉れる。
白ポーションを浴びながら、幾度目かのホーリークロスを叩き込む。
「…人の身にて…オーク族に英雄であると認められた者よ。貴様はそれ程の力を持ちながら…!彼奴等の歴史を知りながら…何故!何故人間を護るッ!何故、人間に…っ」
「俺の護りたい奴が人間だからさ」
「お許し下さい、王よ…。一足先に…黄昏へ…ッ」
そう、最期の呟きを残し、深淵の騎士は塵と消えた。
「そう。お前達が『あいつ』を脅かし得る限り、俺は貴様等を滅ぼし続ける」
例えその果てに野垂れ死ぬ事になろうと。
オーク族のリーダー、オークヒーローたる者の証。
そしてその称号を得た者のみが被ることをゆるされる金色の兜。
オークヒーローの兜。
シュウ・フリューゲルドルフ。
オークならざる者でありながら、オーク族と心を交わし、オークヒーローの称号を得た、正真正銘の人間である。


数時間後。
シュウが現れたのは王都プロンテラの宿屋、ネンカラスの本館だった。
「やあ」
そして、出てきた彼を出迎えたのは、ペコペコに乗った一人の騎士。
「フィル…!」
「ここに居たら会えると思っていたよ、シュウ」
「しつこいな、お前も」
「まさか王都を根城にしていたとは、ね。見つけられないで居た連中は何をしていたんだか…」
大仰に溜め息をつく彼から視線を外し、溜め息をつく。
「…ラガさんから聞いたんだな」
「まあね。いいマスターじゃないか。君の事を心配してくれている」
「そうだな」
不器用ではあるが、かなり周囲に気を使ってくれる人だ。
この前の事が気になったから、敢えて溜まり場を教えてくれたのだろう。
「…仕方ねぇな…。ちょっと付き合え」
「…判ったよ。僕が勝ったら一緒に来てもらうよ?」
「勝手にしろ」
促して、今度は別館へと向かう。
PvP。
冒険者同士が戦闘を行う為の特殊空間だ。
ここでは特殊な結界の効果で、たとえ瀕死の重傷を負っても死ぬ事はない。
冒険者の減少は即ち王国の根幹を脅かすものだからだ。
モンスターとの戦闘でならまだしも、単なる喧嘩や相互鍛錬で死んでしまっては困る。
そういう理由で王国はこの空間を作る代わりにここ以外での私闘の類を禁じた。
唯一の例外はギルドのギルドとしての拠点、GvGでの争奪戦である。
とまれ。
「いらっしゃいませ〜」
「イズルードだ」
「了解」
従業員の声に軽く返して、ドアマンに話しかける。
一気に視界が変わり、誰も居ない街中へと、現れる。
「さて、と」
フィルはどうやら街の別の場所へ飛ばされたらしい。
ここからが、勝負だ。
背後から隙を衝こうと、地中に隠れてやり過ごそうと、それは既に戦略の一部だ。
シュウは袋から金色の兜を取り出すとそれを被り、次いで古ぼけた指輪を右手人さし指に嵌めた。
更にこれまた古びたグローブを嵌めると、数度握りを確認してから盾を持ち。
「よし、狩りの始まりだ」
シュウはのんびりした歩調で歩き出した。


フィルドランスは目を疑った。
堂々と自分を見つけて歩いてくるシュウの事もだが、何より。
「あの…兜は!?」
騎士団に務める彼だ、それなりに文献は読んでいる。
ゲフェンの南西、オーク族の住む村の中でも屈指の力を持つオーク、オークヒーロー。
その頭に被る兜は力と栄誉の証であり、オーク族でもオークヒーローしか被る事を許されないとされている。
「虚仮脅しをっ!!」
彼はつまりそう断じた。
槍を振りかざし、ペコペコを走らせる。
が、
「…うらあっ!!」
その一撃がシュウの鎧を打った瞬間。
「うぁっ…」
彼の意識は狩り取られた。


その時にはもう勝負はついていた。
突き出される槍に耐えつつ、騎士の急所めがけて渾身の一撃を見舞う。
数度見舞うつもりだったが、敢え無く一撃で気を絶したフィルドランス。
「他愛ない」
溜め息混じりに、刃を叩きつける。
「ぅ…」
「終わりだ、フィル」
気がつきかけたフィルの頚部めがけ、とどめの一撃。
「がふっ」
完全に動きを止めたフィルの体を見下ろし、
「俺の勝ちだな?」
「…じょ、冗談だろ…?これほど…これほどかよ…」
最早フィルは動けない。
それがここのルールだからだ。
「ぬるま湯に浸かってたお前じゃ、俺は倒せんさ」
「ぐっ…」
「俺が出す条件は一つだ。例え今後お前がどれだけ腕を上げて雪辱を誓っても、もうお前とはやらん」
「な、何故…?」
「俺が戦うのは俺が滅ぼすべき敵だけだからさ」
「…滅ぼすべき…敵?」
既にフィルには背を向けているシュウだが、これだけは言った。
自分の魂がまだ、金や名誉の前に腐りきっていない証明として。
「俺は王都や王族の為に戦うつもりはない。ましてや神の為でもない。そういう連中が切り捨てるであろう弱者の為に、その生活を脅かす全ての存在を滅ぼす為に戦うのさ」
「そうか…」
「じゃあな。お前は王都や王族の為に戦え。俺はその庇護下にある市民達の為に―」
「…ならば、今回の招聘、あながち無関係でも…ないよ」
「何?」
途中で言を中断された事より、その発言の真意が気になった。
こちらの戦闘哲学を汲み取ってなお、彼が無関係ではない、というその言葉の意味。
「…カタコンベ、は知っているね?グラストヘイム奥に在る、死者の巣窟だ」
「知らいでか。そもそも修道院の直接奥だろうが」
久々に出会ったのが修道院だ。馬鹿にされたような沈黙が降りる。
「…ああ、そうだったっけ」
「お前な」
本気で忘れていたのか、と呆気に取られるシュウ。
場を取り繕うように、フィルは慌ててこう続けた。
「その、カタコンベに在る多くは『人の』死体から派生したモンスターだ。まあ流石に伝説のダークロードはどうだか知らないけど」
グラストヘイム奥地、カタコンベ。
そこに住まう強大なる魔と死の象徴。
出会った者は殆どがその魔力と瘴気によって消し飛ばされ、その死肉が次のゾンビとなって其処を徘徊する。
闇の主こと、ダークロード。
「あいつに挑むのか?ありゃあ本物の聖地でも降臨させなきゃ勝てないだろ、実際」
聖地降臨、サンクチュアリという聖なる術があるが、それでも追いつかないほど振り撒かれる明確な『死の気配』。
どれほどのプリーストやクルセイダーの屍の上に勝利を呼び起こせるものだろうか。
「…違う。そうじゃない」
「じゃあなんだってんだ」
「長らく…、存在されて居ないと…されてきた、王都プロンテラが『封印していたダンジョン』。それが…発見されたとしたら、どうする…?」
「…なんだと?」
魔法都市ゲフェン。
山岳都市フェイヨン。
砂漠都市モロク。
街のそば、あるいは中には必ずと言っていいほど危険なダンジョンが存在する。
それは魔力法儀によってそのダンジョンを封印する役割を持っているからだ。
時計塔のある国境都市アルデバランだけは、その性質を異にするが。
そんな中でも、王都プロンテラだけには封印するダンジョンが存在しない。
近くに悪魔バフォメットの棲息する森はあるが、封印されている訳ではないし。
「通称、黒のカタコンベ。どこから運び込まれるのか、『モンスターの』死体から出来たアンデッドが徘徊する…呪われたダンジョンさ」
「冗談の類じゃ、ねえんだな?」
「ああ。これまでに随分の冒険者が行って帰ってこない」
「で、重く見た国王様が騎士団と大聖堂の偉いさんに命じて踏破させようとしている訳か」
「…そういうこと」
「はた迷惑もいいところだな」
頭を抱える。
と。ふと気になる事があった。
「…ラガさんも呼ばれているのか?」
「いや、招聘されているプリーストに欠員は居ないはず…」
「ちなみに、参加人数の内訳は?」
「クルセイダー3:騎士2:プリースト1…くらいだったかな」
「…馬鹿だろ、その組織草案出した奴」
頭痛すらする。
「支援がしっかりしていないで戦闘に勝てるものかよ」
ただでさえ未開の場所なのだ。
土台がしっかりしていなかったら勝ち目などある筈がない。
「大体クルセイダーと騎士とプリーストだけって構成が舐めているとしか言いようがないな…、ったく」
「…そ、そうか?」
「お前も大丈夫だって思っていたクチかよ…」
今度こそ、呆れる。
「どうしてこうプロンテラの騎士団やら聖堂の連中やらは縄張り意識が強いかなぁ…」
ともあれ。
「判った。これ以上つきまとわれても困るし、首都の住民に被害が及ぶのは俺も避けたいからな。…行ってやる」
「本当かい?」
「嘘はつかんさ」
何より。
フィルも探索隊に含まれているなら、このままにしていては彼も死ぬ。
探索隊はほぼ全滅するだろう、とシュウは見ていた。
せめて自分の関わった事のある者だけは生かして帰れるようにしたい。
「近く聖堂の方に顔を出す。それでいいんだな?」
「あ、ああ。頼むよ」
「…判った」
シュウはそれだけ告げて、PvPを後にした。
再びネンカラスの中に現れた彼は、徐に天上を見上げ、
「…けじめはつけておいた方がいいかもしれないな」
何かを覚悟したかのように、そう呟いた。


続く











後書き
この話の元になったのは、ROにおける『人型以外のモンスターのアンデッド』の存在を考えた時の考察だったりします。
ペコペコゾンビ、とかスカルサベージ、とか。
そんなのが出るとしたら…と考えた時、プロンテラ地下深くに存在するダンジョン、という設定を思いついた訳です。
ちなみに、これは全くの創作なので、ROユーザーの皆様は探さないようにしてくださいね。
ないぞ、というツッコミも不可です。
では次にて〜。






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