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たった一人の強大な敵であるかもしれない。
見渡す限りを埋め尽くす大軍勢であるかもしれない。
だが、彼等が為す事はたった一つ。
憧れによって道を選び、其処に立つ男も。
血脈の持つ運命に従い、其処に在る男も。
ただ、眼前の敵を屠り、己が使命を遂行する事に。
全てを賭ける覚悟は出来ていたからである。







  黒のカタコンベ
    第九幕
      「中層・Side『双つの月、そしてはぐれた二人+1』」


                               
滑稽





即死しなかったのは、僥倖だった、と言っていいのかどうか。
先行していたアサシンの二人は、揃って巨大な穴に落ちた。
バックステップですら戻れないほどの巨穴。
ギルドメンバーに進路変更の警告を残すしか、彼等に出来る事はなかった。
そして彼等が落下した先―いや、滑り落ちた先、か―は、何かを作り出す工場のような場所。
いや、研究室と言ったほうが良いかもしれない。
硬そうなベッドに、吊るされているのは人の死骸か。とりわけ酷いのは体の各所をパーツごとに分けられ、無造作に転がされている者だろう。
死に触れる事の多い彼等アサシンでさえ、吐き気をかみ殺すのがやっと、という惨状。
「ふむ、人間かい」
そんな中、奥からとぼけた声を上げたのは、白い衣に身を包んだ人形。
「ここに能動的に人間が来るなんてどれくらいぶりだろうな、ふむ」
そう。それは間違いなく人形だった。
つるつるとした皮膚、赤い硝子玉のような目。
「インジャスティス…」
服さえ除けばグラストヘイムに居る人形のようなモンスターとよく似ていた。あくまで『似ている』程度だが。
随分こちらはつくりが丁寧で、かつ知性がありそうだ。
「ほう?まだアレは残っているのか、ふむ」
と、その人形は驚いたような声を上げた。
「成る程。アレを知っているのであれば君達の反応はまったく自然だ。まだアレの雛形が残っていたのか?それともまだ生産ラインだけは生きているのか?」
「な…に?」
「ふむ。君達がそういう反応をするというのであれば、生産ライン以外は残っていないのだな。つかぬことを聞くが、グラストヘイムの愚公はお元気かね?」
こちらの反応で勝手に結論づけ、次の質問をしてくる人形。
「…グラストヘイムは今や魔物と死者のはびこる魔都だ」
「さもあろう、さもあろう。そうでなければ私がここに居を構える必要などなかったのだからね、ふむ」
「貴様は一体何者だ?…インジャスティス、なのか?」
天の質問に、人形はふむ、と一声唸った。
「私は確かにインジャスティスと呼ばれる種類の魔物ではある。だがしかし、君達が指すインジャスティスとは少々身を形作る理が違うものだろうな、ふむ」
「何を…」
「そう、強いて名乗るならば『レア・インジャスティス』とでも、ふむ」
「レア・インジャスティス…?」
「オリジナル、でも良いのだがな。インジャスティスとは私が提唱した人類の改造体の一種であり、私のこの姿は君達が戦ってきたあのインジャスティスを研究し尽くした結果、作り上げられたものなのだよ、ふむ」
何を馬鹿な、と言いたくなるが、レア・インジャスティスを名乗るこの人形の姿と妖気はその句を告げさせない何かを持っていた。
「ここも一応インジャスティスのプラントの一つだ。ここの主は人間という種族が嫌いでね、ふむ」
「主…だと?」
「うむ。確かあの兄弟が対応している筈だが…、君達は会わなかったのかね、ふむ」
「兄弟?」
「ああ、別の入り口から入ってきた、というのは君達か。…人数がさほど居なかったから捨て置かれたようだな、ふむ」
こういうダンジョンではしばしば時間の感覚が希薄になるものなのだが、どうやら騎士団はもうここに来ていたらしい。
その部隊の大きさが自分達の隠れ蓑になってくれたのだろう。
一つだけ気になるのは、そこに居た筈のシュウの事だが。
「そこから健常そうなのを二、三見繕ってきてくれ、と依頼しているのだが…ふむ」
レア・インジャスティスがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
二人は大きく飛び退き、各自の得物を構えた。
「どうせだし、君達の肉体も使わせてもらおうか。現代の冒険者の戦技も知っておきたいからな、ふむ」
と、硬い音をさせて手の甲の辺りから刃を飛び出させるレア・インジャスティス。
「…天」
「何さ」
「どう見る?」
「分が悪い」
「…シュウさん、とやらは無事なのかね」
「判らないね。…ギルド通話もウィスパーも封じられてるみたいだ」
「辛うじてパーティ会話までは封殺されていない、か」
連続して聞こえてくる『大丈夫か』という声に『大丈夫だ』と返しつつ、天と斬は互いに腰を落とした。
「ふむ、それでは始めようか」
「死ぬなよ、相棒」
「そっちこそ、ね」
最後に口許を少しだけ歪め、
「「はっ!!!」」
二人は駆け出した。


時間にしてその少し後。
ラガ達『双つの月』の面々は落とし穴の前まで来ていた。
「…二人はここから落ちたのか」
「らしいね」
「うちらも落ちる?一応二人とも無事みたいだけど…」
「やめとこ。アサシンの身のこなしでもないととてもじゃないけど生きてられそうにないみたいだし、さ」
死ぬから来るな、とは天の最後の通達だ。
パーティとしてリンクされてはいるが、立て込んでいるのか少し前から返答がない。
もしかしたらとてつもなく強いモンスターでも居るのかもしれないが、二人ともが来る事を望んでいないのであれば、危険を推してまで行くべきではないだろう。
残酷ではあるだろうが、二人を助ける為に自分達までが死ぬリスクは負えない。
それがギルドマスターとしての、ラガの決断だった。
軽い調子で決定したようでいて、内心では煮えくり返っていたのだが。
「ところで、シュウさんと連絡は?」
「つかないみたいだねぇ」
こちらも懸案事項ではあった。
彼は紛うことなき多大な戦力だ。
途中で合流するのは必須案件だったと言っていい。
「ギルド通話もウィスパーも届かないみたいだから、ね」
「じゃあ…」
「このまま別ルートで下へ向かおう。生きて会える事を願って、ね」
それはもしかすると決断としてはとても推奨されないようなものだったのかもしれないが。
「了解」
率先して歩き出したのはD。他のメンバーの発言を全て切り捨てるかのような一言と共に別の道へとペコペコを進める。
「お、おい、Dさん!?」
「マスタを信じたのが俺達だ。大将の決定であれば、些細な疑問くらい投げ捨てるのが我々の本義…違うか?」
「いや、そうだけど!」
後ろを気にしながらも、ペコペコに乗る二人の足は速い。
少し後続と離れたところで、Dが口を開いた。
「シュウさんと合流の目処が立たない以上、副マスターの代理は君なんだぞ、レイ。…もう少ししゃんとしてくれ」
「…!」
「ここでマスタへの不満が爆発すれば、俺達は瓦解する。その果ては全滅さ…それは判るだろ?」
「ああ」
「だから、頼むんだ。俺達の現有戦力は通常の八割を下回るぞ」
実際、定時に参加出来た面子はギルドメンバー全員ではない。
シュウは言うに及ばず、セージ、ブラックスミス、騎士が一人ずつ、定時には間に合わなかった。
パーティ会話と通常会話以外が封じられている現状、その三人がどうなっているのか知る術はない。
「俺達二人で、居ないメンバーの分を背負わなきゃいけない。…判るよな?」
「判ってる。…つまりは率先して戦い抜いて死ね、って事だろ?」
「有体に言えば、ね。…とにかく、頑張ろう」
「おう」
そして二人はペコペコの進みを緩めた。
「ラガさん、早く!」
「急ごう。通常ルートで彼等のところへ向かうのは時間がかかりそうだ」


歩き去って行く『双つの月』の面々の背を見送って。
彼女―アサシンの女性は姿を現した。
隠形能力の一つ、クローキングである。
気配すら断じて彼等を追った彼女の能力は驚嘆に値するが、問題はそこではなく。
「旦那様…」
その視線の向かう先は落とし穴。
見たところ全くそのようなものがあるようには見えないのだが、少なくとも彼女の知る二人が揃って落ちたのであれば、そこには間違いなく落とし穴があるのだろう。
「やはり、落ちられたのか…」
信じたくはなかったが。
行ってしまった『双つの月』のメンバーの中にはアサシンの姿はなかった。
穴の前で逡巡していた事も含めれば、やはり二人は先行して落下してしまった、と考えるべきなのだろう。
「今、参ります」
本当にこの穴に落ちたのか。無事なのか。
それは判らなかったが、彼女にはそれはどうでも良かった。
「…貴方様が亡くなっては、私に生きる意味など…!」
ガコン。
空いた穴から下へ滑って行く彼女の目には、恐怖は微塵もなかった。


続く










後書き
ども、滑稽です。
これにて黒のカタコンベ内の棲み分けはほぼ完了した事になります。
1・『双つの月』のメンバー
2・シュウとその友人
3・調査隊とそれを押し付けられた形のリュード
4・落下して強敵と戦い始めた天と斬
ここから彼等はほぼ独立して活動を開始します。合流したりしなかったりしますが、それは後ほど。
次回はシュウ編となります。
では、次回にて。






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