ぱすてるチャイム
Another Season One More Time
菊と刀


01
本日の一等賞



作:ティースプン





「何でミュウ達はここに居るんだ? 冒険課の教師になるのって、ある程度の経験と実績がないと駄目だったんじゃなかったけ?」
カイトはそんな事を聞いた記憶があった。
「あ〜。うん、そうなんだけど、しばらくの間、特例が認められることになって」
まず口を開いたのはミュウだ。
「特例って?」
「生徒の数が多くなるんだよ、あたしらの二つ下位からはさ。それで先生も教室の数も足らないってことになって、数年前に法案が可決されたんだ。教諭が監督として就く場合に限り、教員免許がない者にも指導資格を認めるっていう」
ミュウの後を受けて竜胆が答える。
「へ〜」
「だからって誰でも教諭補助員になれるって訳じゃないんだからね。アタシたちみたいに、優秀な技能の持ち主で、先生からの信頼も厚いって条件も満たしてなきゃハネられるんだから」
「ほ〜」
「実戦で強いかどうかだけじゃなく〜、教える技術やなんかもですけどね〜」
「ふ〜ん。……それで、先生になるのって強制なのか? それとも自薦ってか立候補? 推薦?」


最初は自薦を受け付けていたが色々と問題が起こった。
冒険課で教わる中味は、実は枯れた知識で成り立っている。
冒険者に限らず何事もそうだが、経験だけがその職に就いた者を本物に変える。
そして秘伝やコツと言った物を他人には、同業者には教えたがらない。

新しい迷宮に赴き、学園で教わった知識と長年の経験から培われたカンとで、見たことも聞いたこともない新しいトラップを発見したとしよう。
老練な冒険者はそれを解除できたとしても、その解除法はおろか、トラップを発見したことさえ他人に教えようとはしない。
迷宮が踏破されて未知のワナや新種のモンスターが発見されても、協会や学界に報告され、系統だった知識に編纂されて学園に下りてくるまでには時間が掛かる。
冒険課の教師はみなそのことを知っている。

巣立っていった生徒たちが最初に、或いは二番目に入った迷宮で、自分たち教師も知らないトラップやモンスターの爪牙に掛かって死んだとの報せを耳にする度に、彼らは自らの無知と無力さを痛感する。

新しい事実は古い知識からは見えてこない。
現場から、戦場から戻ってきた者の声が絶対に必要だ。
だから生徒数の増加に伴い、教員の雇用数を大幅に増加させる必要が生じたのを学園側は好機と捉えた。
最前線の現場から最新の情報を得られる為の仕組や枠組作りの格好の機会だと。

その観点に基づき補助教員の募集が初めて掛けられた際、応募資格に記載されていたのは、「最近まで現場に出ていた、十年以上の経験がある冒険者」の一文だけだった。

これまで冒険課で教鞭を執るには、五年以上の現場経験と『トリプルB』以上のライセンスを持った者(実際はその一つ上、シングルAが暗黙の了解)に受験資格が与えられる採用試験(もちろん非常に難しい)に合格しなければならなかった。
ライセンス条件は足りないが、それだけの経験値なら準教諭の資格には充分だろうと学園関係者は考えたのである。
しかし先ほども言ったように、年季の入った老練な冒険者になればなる程、彼らは自らの学び得た知識や技術を独占しておきたがる。
そして最初の募集で集まったのは、年季は入ってるが、老練でも勤勉でもない手合いが殆どだった。

彼らの一人が、研究名目で学園の名前を持ち出し、国立保護指定区域にあるダンジョンの立ち入り許可を国に申請し、入手した許可証を偽造して旧知の冒険者に転売するという事件が起こった。
決してそんな輩ばかりでは無かっただろうが、事件後正規教諭と教諭補助員との間に不信感や差蔑意識が生まれ、事件発覚から半年後にはほぼ全ての教諭補助員が辞めていった。

新しい情報を吸いあげることは必要だが、それにも増して、今は教える手が必要だった。
そこで今度は、「最近まで現場に出ていた一年以上の経験のある冒険者」と、ガク〜〜ンと条件を下げてしまった。
これなら余りおかしなことにも染まっていないだろうとの政府の独断に拠るものだが、これは冒険課の教職員から総スカンを食らう。
だが先に独断を押し通したのは冒険課側との経緯から、今度は教師たちの声が無視されることになった。

あいにくこの募集に集まったのはごく僅かだった。
冒険課を卒業しても、即座に優秀な職業冒険者になれる訳ではない。
現場に出てからも覚えることや学ぶべき点、磨き直さねばならない技術は山のようにある。
とても他人の面倒など見ていられないというのが、新米冒険者たちの本音だった。

そんな訳で正規教諭が授業を、いや、子どもたちを任せても大丈夫と信じられる人材で急場は乗り切ろうということになった。
卒業してまだ日も浅く、教諭との繋がりも完全には切れてない、若い人材が補助員として選ばれることになったのである。
この場合、その学園の卒業生であることが望ましいが、教師からの推薦や学園間での連絡を密にすることで、他園の卒業生が採用される場合もある。

例えばロイドは剣術と神術の二つをこなせるから、やはり人手不足に悲鳴を上げてる陸軍幼年学園へ助っ人に行かされているし、完璧な前衛要員であるクーガーは荒くれ者が多い地域の学園で、その腕っ節と厳つい風貌で、生徒たちに睨みを利かせられる下働きとして重宝がられている。

セレスと同じクラスだった『あの』グロリアと光代は、今では問題児更生のエキスパートとして、ニコイチセットであちこちの問題園を渡り歩いていた。
イタズラされたら三倍返し。所持品を隠されたら四倍返し。教室に閉じ込められたら血も凍る様なお返しを、しかも正規の教諭には見つからない様に、生徒達にして回るので、自然と生徒達が問題を起こさなくなるのだと言う。

そういう問題行為を見つからずにやり遂げられる手際(それ以上に、子ども相手に復讐しようと考えられるオトナゲネェ精神)もアレだが、そういった手腕がこのような結果に繋がると予測し、添え状を付けて他の学園に送り出したロニィ先生の眼力(ってか肝の太さな)には空恐ろしいモノをカイトは感じた。

カイトのクラスの委員長だった陽子にも要請は行った。
上記の面々と較べると、冒険者としての素質や成績などが低かったのは事実だ。
しかし彼女の人当たりの良さや面倒見の良さは即戦力として充分期待が持てると、冒険課の教諭の誰もが太鼓判を押していた。
だが彼女はこの誘いを断った。
断って竜胆の後輩、ちさとの実家が開いている剣術道場に入門し、剣の腕を磨いている。
ちなみに、ちさとの実家、小沢流古式剣術道場は、ロイドの勤め先からワリと近い距離にあるらしい……。

保健委員のクレアは、冒険者の道を諦め、医者を目指してると言う。
コレットのところに届いた手紙によれば、この四月から病院実習に入る予定だそうだ。

シンゴと苅部はロニィ先生に正式に弟子入りし、何処か遠い所で修行してるらしい。
先生の口からは死んだという話も聞かないから、多分元気でやってるのだろう。


(みんな、色々と変わったんだなぁ)
かつての級友達の成長や意外な成功ぶりに、カイトは嬉しさや誇らしさを感じるとともに微かな寂寥感を憶えた。


ここでミュウ達四人の外観的変化や成長具合を記しておこうと思う。
先ほどはミュウと竜胆の胸とか胸、それと胸に、あと胸とか辺りにカイトの意識も神の目も集中していたが、それ以外の部分に変化が無かったわけではもちろんない。

先ずミュウはヘアバンドを止め、長かった髪を顎の辺りで切り揃えている。
かつての柔らかい、親しみやすい雰囲気が少しだけ影を潜め、綺麗とか美しいといった怜悧な印象を与える様になった。
だが笑ったときの表情には五年前と同じ少女らしさや温かさが色濃く残っている。

わずかだが身長も伸びた様に感じられる。
カイトを見上げてくる時の首の傾斜角が、以前よりも少しだけ、緩くなっているから……と思ったら、何とヒールを履いていた!
と言っても、赤くて、細くて、「踏んで、踏んで、女王様〜!」と言いたくなる様な、丈の高いピンヒール等ではない。
教師が履いていても非常識だとは思われない程度のパンプスである。
子どものころからスニーカーや運動靴、学園指定の茶色い革靴を履いている姿しか見たことのなかったカイトには新鮮な驚きだった。
今日の彼女はクリーム色のタートルネックのセーターに、膝下丈のスカートを履いている。


次に竜胆だが、ミュウとは逆に、彼女は髪を伸ばしていた。
後で三つ編みに纏めているのは、剣術の指導をするとき邪魔にならないようにだろう。
化粧っ気のなかった頬や唇にも、ファウンデーションや口紅の色が見える。
だが服装のほうは頂けなかった。
青いジャージ上下だ。
胸元まで下ろしたファスナーから、下にシャツを着ているのが判る。
そして足元はサンダルの突っ掛け履き。
剣道場で生徒の指導をしてた所から直で来ましたよという感じだが、彼女は学園にいる間は大体このファッションらしい。


コレットはちんちくりんのままだった。
これは仕方がない。彼女は幼生固定しているのだから。
ヘアースタイルは五年前と同じツインポニーだが、完全な金髪に変わっていたのが一番目を惹いた。
突付けば直ぐに噛みついて来そうな、やんちゃな感じは今も変わらないが、そこに(すこ〜しだけ)何か落ち着きのような物が垣間見られる。


セレスは服装面にかなり気を使うようになったみたいだ。
ロニィ先生の指示らしい。
今日は白いブレザーに白いシャツ。
お婆ちゃんの形見だという鈴のチョーカーは外して赤いチーフを巻き、青い石をあしらったチーフリングで留め、下は黒のロングスカートを履いている。
他の三人がどこかしらキリッとした空気を身にまとっているのに対し、彼女だけは、五年前と変わらず、ぽやあっとした雰囲気でいる…………様に思っていたのだが……

カイトは妙な居心地の悪さを今のセレスから感じていた。
前はトロさや騙し易そうな雰囲気に溢れていたのだが、いま目のまえにいるセレスからはヘンに緊張させられるというか……。
そうだ。
ロニィ先生の捉え所の無さを大幅にスケールダウンさせた物に、天然物のアレとをブレンドした感じのオーラというか、ナニかそう言ったモノが今の彼女からは照射されているのだ。


「なんか……」
ふと、カイトの口から言葉が漏れた。
「え?」
おしゃべりやお菓子を運んでいた手を止めて四人がカイトの方を向いた。
「なんか変わったよな、ミュウ達さ」
「「「「そう?」」」」
首を傾げながら、四人は互いの顔を見交わしあう。


「……綺麗になったよな」


図書室は大爆笑に包まれた。
コレットは床を転げ周り、竜胆はバカバカと手近なテーブルを叩きまくり、セレスは仰け反って白い喉を晒し、ミュウは身体をくの字に折り曲げ目には涙まで浮かべて、大爆笑している。
「な、何をそんなに笑う事があるんだよ!」
「だ、だって、カイト君が帰ってきてから、わたし達に口を開いた初めの一言がただいまで、二言目が、綺麗になったな、なんて言うから可笑しくって」
「いや〜、珍しいものを見させて貰ったよ、相羽。先生、これで何も思い残すこと無く、西に行けるよ」
「今年度に聞かせてもらった冗談のなかでは最っ高の出来よねぇ」


「そうね。かなりイケてたわね。だけど、今日のこの学園では二番目よ」


いきなり図書室に、と言うかカイト達の真ん中に、ロニィ先生が現れた。
カイト達がついぞ見たことが無いぐらい、憔悴した面持ちで。
この登場の仕方に一度、そのロニィ先生の表情に二度、テンポをずらして驚いたセレスに三度、カイト達は驚かされた。

「「「「心臓に悪い登場の仕方は止めて下さい!!」」」」(カ、ミ、コ、竜)
「あ〜、下さい〜」(セ)
「御免なさいねぇ。だけど、これも貴方達の為を思ってした事なのよ〜」
「「「「心臓が止まるかと思いました!!」」」」(カ、ミ、コ、竜)
「あ〜、ました〜」(セ)
「そうならないように耐性を付けてあげたのよ。良い、カイト君? 落ち着いて聞いてくれなくたって別に構わないけど、これから話すことを聞いたあとは、絶対に、落ち着いてちょうだい、良いわね」




「貴方の留年が、閣議決定されたわ」


ロニィ・スタインハートの放ったこの言葉が、これから始まるカイトの戦いの日々。
幾つもの出会いと別れ、そして様々な者たちの思惑と欲望、愛と悲しみと憎しみとが絡み合った、一年もの長きにわたる波乱の日々。
その幕開けを告げる鐘の音であった。

今日は、王国暦五六八年三月三十一日。
年度が終わる最後の日。
図書室でのことだった。







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