ぱすてるチャイム Another Season One More Time 菊と刀 03 長幼の序 作:ティースプン |
自分で投げ込んだ爆弾だけに、ロニィ先生も適当な所で五人の間に割って入った。 冒険課では緊急の職員会議を開かなければならない。 教職員一同朝一で会議室に集まるよう、それぞれ科ごとに連絡を回すようにと。 この一言でミュウ達四人の教諭補助に真剣な空気が満ちる。 それで今日はお開きという感じになった。 翌日はロニィ先生もミュウ達も、慌ただしく、バタバタと走り回っており、声を掛けるのが憚られた。 記者連中がまだ張り込んでいるかも知れないので学園の外にも出られず、カイトは図書室で時間をツブすことにした。 お目当てはホップコミックスの「グロ剣」である。 親玉である超魔王に叛旗を翻したピッケル大魔王。 そのピッケルと共闘関係を結び、辛うじて、勝利する事ができた勇者があの後どうなったのかが気になったのだ。 が…… 「なんだよ、このショボイ話は?! こんなのがピッケル大魔王だと?! ふざけんじゃね〜ぞ、作者ぁ! こんな腐女子でも一部のゲテモノ好きしか喜ばねぇオチを付けて、テメェはそれでも作家の端くれかぁ?! 今までの、ピッケルは何処に行ったんだよ?! あのピッケルはぁ!! それとも何か? 本物のピッケルは、主人公を越える強さを得る為に修行の旅にでも出ちまってて、姿形はクリソツのこんなぁは、弟のショベル中魔王とか、股従弟のツルハシ小魔王ですってオチかよ?! 主要読者層の生学を敵に回す気か?! こんな温いマネして、タダで済むと思うなよ!! こうなったらなぁ……で、○○○○で、△△△△△にして、×××××××だ!! それだけじゃねぇぞ!」 辺りを払う怒号が図書室中に炸裂する。 どうもカイトの逆鱗に触れるような展開が描かれていたらしい。 ここが図書室で、新学期前の予習をしに来ていた生徒達がいるのも忘れてカイトは公共の場では、いや、親しい友人達との会話でもかなりアレな言葉を連呼しまくっている。 女生徒達はそそくさと逃げ出した。 男子生徒の大半も、聞くに堪えないアレな感じのオンパレードに、戦術的撤退を選択して実行。 残っているのは、先週着任したばかりの、気の弱そうな男の司書と、数人の男子生徒達だけだ。 彼らもカイトの暴言を止めたいとは判っているのだが、近寄ったら、いや、少しでも動いたら、自分にもアレが伝染しそうな気分に襲われて、動けなかったのである。 だが、ここで聞かされているだけでも、イヤ〜な感じで脳味噌が汚染されていくのが判る。 彼らは一様に心の中でこう叫んだ。 (誰か僕等を助けて!!! あの○○○な××××を排除して、プリーズ!!!) 彼らの祈りが通じたのか、図書室の扉が開く。 新たに入ってきた人物の額には不快そうなシワが刻まれていた。 だがそれは悪口雑言の内容に対する生理的嫌悪や不快感ではなく、単純に声の大きさその物にあるという感じだった。 音も立てず騒音の許へ近付くと、アホの肩を静かに、だが力強く叩く。 この俺の怒れる魂の迸りを邪魔する奴は誰だ。 と如実に物語っている表情で振り返ったカイトの顔が一瞬驚愕で強張り、そして(やや)正気へと戻った。 「図書室では静かに」 今年度で定年を迎える神術科主任、バド・ウィケンズは静かにそう言った。 「あ、その、済みませんでした」 思わず椅子から立ち上がり、カイトは後頭部を掻きながら頭を下げる。 「……思い入れのある作品なのかね?」 立ち上がったカイトにではなく、その前に積み上げられたホップコミックスの山に目を向けて問いかける老教師に、カイトを莫迦にしている雰囲気は無かった。 「え? あ、いや、まあ、そうです。っていうか、でした、かな?」 予想外の問い掛けにカイトは戸惑いながら答える。 「……ふむ。作品の終わり方に納得がいかなかったのかね、それともそこまでの展開に不自然なモノを感じたのかね?」 「え? あ、その展開もアレですけど、そっちはまあ、何とか理解できなくもないってレベルで、だけど、終わり方のほうは、その、なんていうのか……」 「……ふむ。まあ、そういう事もあるだろう。しかし、作者には他に伝えたいモノがあったのかも知れない。ただ、それを伝えるだけの術と力が無く、止むを得ず、そのときできた精一杯が、今、君が読んだその結末だったのかも知れない。もちろん、ただ単に投げ出しただけという可能性もないとは言えないが……」 神術の授業はあまり取らなかったので接する機会も少なかったこともあるが、この老教師がここまで饒舌になるのをカイトは初めて見た。 思わず言葉を失い、相手の話に耳を傾ける。 「とにかく、それだけ自分の心を揺り動かす程の絶対値を持った作品は、滅多に出会えるものではない。漫画も良いが、しかし他にもできるだけ多くの本を読み、そして一つでも多くのことを学びなさい。そうすれば何時か、今とは違った目、違った物の捉まえ方で、今日君が読んだ物語の結末を眺められる日が来るかも知れない」 「はぁ」 カイトは不得要領にそう応えたが、ややこしい哲学書をこれから何万冊読みふけった所で、今日読んだあのグロ剣のオチに好意的な評価が下せる日が来るとはとても思えなかった。 「……ふむ。それと、くれぐれも、図書室では騒がない様に。判ったかね?」 これにはカイトも顎を引いてはっきり「はい」と返事する。 「……ふむ」 そう言うと先生は来たとき同様、音を立てず、静かに図書室から出ていった。 誰かがため息を吐くのが聞こえた。 何か毒気を抜かれたカイトは、この五年間で新しく始まった漫画の単行本などに手を伸ばす気にもなれず、ここ数年の雑誌の流し読みを始めた。 気になる記事が有ったような、無かった様な。 どの芸能人とどの芸能人がくっ付いたとか、別れたとか、政治家の汚職だとか、軍部の不祥事だとか、自分が居なくなる前とあまり変わらない記事ばかりだった様にカイトには思えた。 校門が閉まる少し前、カイトは図書室を後にし、購買部に顔を出した。 戻ってきてからおキクさんに会うのはこれが初めてだった。 「おキクさ〜ん」 薄暗がりの中、ゴソゴソ動く人影にカイトは声をかける。 「なんだい、カイトか。悪いけどいま忙しいんでね、あんたの相手をしてられるヒマは無いよ」 店から出てきたおキクさんは以前と少しも変わってなかった。 「五年ぶりにやってきたお得意様に向かって言う言葉かよ」 「な〜に言ってんだい。お得意様ってのはねぇ、払いをキッチリとする人間を指す言葉だよ。五年前のあの日、アタシが立て替えてやった商品のお代、今直ぐ、耳揃えて払いなよ。そしたら、アタシだって、もうちょい、気合と心の篭った挨拶をしたげるよ」 「うへぇ! すっかり、忘れてた! 御免! おキクさん! もうちょい待って!! ダンジョン実習が始まったら、出来るだけ早く返す様にするから!!」 血の気の失せた表情で哀れっぽくカイトは嘆願する。 「冗談だよ。第一、もう、お代は頂いてるんだ。アタシに払ってもらったって、受け取れないねぇ」 カイトの姿に気を良くしたのかおキクさんはあっさり前言を翻す。 「へ? 払ったって、誰? もしかして、ミュウ? それとも……」 「ベネット先生だよ、あんたの担任だっただろう…って、アタシらにとっては五年前でも、あんたにとっては違うんだったね」 「ベネット……先生が?」 「……何か、今の発音、おかしくなかったかい?」 首をかしげながらおキクさんが呟く。 「そそそんな事ないよ、うん。ぜ全然、おかしくなんかない、普通だったさ」 怪しさ大爆発なカイトの答弁。 「そうかねぇ……。まあ、良いさ。とにかく、金はベネット先生の所に持ってきな。アタシは代金の二重徴収なんて、あこぎな商売はしないからね」 「実に立派だと思います」 カイトは純粋にそう思って口にしたのだが、おキクさんには度し難い言葉だったらしい。 「バカ言ってんじゃないよ! そんななぁねぇ、極々当たり前の事なんだよ!! 当たり前の事をやって立派だなんだって誉めそやす、今の世の中が異常なんだよ!!」 「そんな、人が折角……」 「折角? あんたみたいにクチバシの黄色いヒヨッコが、人生の大先輩を捕まえて何を如何してくれるって言うんだい?」 「失言、失礼しましたぁ!」 ムッとした表情でカイトが声を発した。 「……悪かったよ。仕事が終わらないんで、こっちも少しカリカリしてんのさ」 おキクさんも自らの言動が自分で言ってる大先輩らしくない事に気付いたらしい。 「終わらないって、コレって商品の搬入は全部済んでんじゃないの?」 店の奥に目を走らせながらカイトが呟く。 「ああ。その済ませた商品を全部、これから外に出さなきゃならないんだよ」 「はぁ? なんで? 違う商品が紛れ込んでたの? それとも、不良品とか」 「違うよ。引っ越すんだよ」 「引っ越す? なんで? って、それより、一体何処へ?」 「ここだよ。今、アタシが座ってるこの場所、この空間に」 返ってきた答えに、カイトは首を傾げる。 「判んなくったって良いよ」 「……その、手伝おうか?」 この申し出におキクさんはびっくりした顔をカイトに向けた。 「……気持ちだけ貰っとく。だけど、他人にいじられると後で大変なんだよ。他からは雑然として、無秩序に並んでる風に見えるんだろうけど、アタシにゃあキチンとした秩序にのっとって配されてんだよ。いま手伝って貰って、少しばかりの時間を浮かせられても、後になって、いた〜い出費に繋がりかねないからね。アタシは良いけど、ここに買い物に来てくれる子どもらには、時間は掛け替えのない、貴重な資本だ。ザッカは頂けても、青春の一滴は奪えない、いや、奪っちゃいけないよ」 そう言っておキクさんは笑った。 温かい包容力と自分の仕事に対する自信と誇りに満ち溢れた、美しい笑顔だった。 ずっと後になって、カイトはこのおキクさんの笑顔を思い出す。 この時のおキクさんの言った言葉。 青春の一滴は奪ってはいけない。 人生の大先輩。 その二つの言葉に隠された深い意味と悲哀を、カイトは深い尊敬と厚い感謝の念を以って思い出すことになる。 「……どうしたんだい?」 ポカンとしているカイトにおキクさんが声を掛けた。 「え? あ、いや。今のおキクさん、俺の中ではすっごく格好良かったから、つい、見惚れてた」 そう言ってカイトはへへっと笑う。 「今頃気が付いたのかい? アタシは何時だって格好良いし、綺麗だよ」 「でした、でした。じゃあ、俺、帰るよ。邪魔しちゃ悪いしって、そうだ、おキクさん。アレある?」 「アレ? アレって、あんた……いっけない。どうしても、間違えちまうねぇ。あんたが五年間この世から消えてたって事を」 「それ、言わないでよ、結構、キツいんだから」 器用に肩だけをガックリ落としてカイトが嘆いた。 「あのねぇ、カイト。今の冒険者養成機関に対する風当たりがどんなモンかは、あんただって知ってるだろう?」 「……ってまさか……」 「そう。そのまさか。長年、生徒の皆様にご愛顧頂いた当舞弦学園「裏」購買部酒販部門は、三年前、生徒の皆様方に惜しまれながらも消滅いたしました。今後は、先生がたの監視の目を盗んで、お外まで、飲みに行って下さい」 「そんな、毎日の夕飯に付く晩酌だけを楽しみにして生きて来たと言うのに、それ無くして、何を日々の糧として生きて行けと言うの? 教えて、おキクさん」 夕闇迫る購買部の前で、よよよ、と泣き崩れる(真似をする)バカが一匹。 「馬鹿なことほざいてないで、とっとと失せな! 学生の本分は勉強だよ!」 「ちぇっ! 明日からの新年度を前に、一人壮行会を開く積りだったのに」 「はぁ? 明日って、あんた、何も聞いてないのかい?」 「聞くって何を?」 「……明日になれば嫌でも判るさ。早く行かないと、寮の夕食、無くなっちまうよ」 「おっと、コイツはいけねぇ。夕飯が俺を呼んでやがるぜ。あばよ、おキクさん。達者でなぁ」 一陣の砂埃と共に、カイトはおキクさんの前から姿を消した。 バカでもカイトの身体能力は(その脳味噌の中身ほどには)悪くは無い。 「……つくづく、バカだねぇ……」 鈍痛を訴えるこめかみを押さえながら、おキクさんは嘆くが如く呟いた。 今日は、王国暦五六八年四月一日。 世間は四月バカで盛り上がっていた様だが、ここ舞弦学園では、明日から緊急導入されることになった新カリキュラムの編成と受け入れ態勢を整えるのに必死だった。 |
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