ぱすてるチャイム
Another Season One More Time
菊と刀


03
美しき雨乞い女



作:ティースプン





「うわぁぁぁぁぁぁん」
それまで体育館中に轟き渡っていた大ブーイングの嵐を衝き裂いて、聞く者の心にいたたましさを掻き立てる泣き声が発せられた。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇん」
少しブーイングがおさまり、泣き声の発生源は何処かと首を振る者が現れだす。
「びぃぃぃぃぃぃぃいぃぃ」
水を打ったように静まり返った体育館の中、全員の視線は壇上に集中していた。

「……五年の間に、また、凶悪なスキルを開発して……」
眉間を揉み解しながらカイトが愚痴る。
「効果の程を試すために、ワザとやりやがったな……」
見ているこちらの心が痛くなる様なウソ泣きを壇上でブチかましてるのは、今年度からの舞弦学園冒険課、学年、盗術科、その他何でも来〜い担当、ロニィ・スタインハート先生だった。


流石に冒険課の主任として挨拶する事もあって、本日のロニィ先生はパリッとしたスーツを身に着けていらっしゃった。
それはそれはやり手のキャリアウーマンという言葉が形をとって現れたかの様なお姿である…………その目にも鮮やかなピンク色の髪さえ除けば。

壇上に登ると、挨拶前に咳払いを一つ。
ここまではお約束の演出だ。
生徒達への挨拶、二年間のねぎらい、それから名前と役職名を告げる。
そこまでも良い。
しかし……

「さて、例年通りなら専攻登録の書式などの説明に入るところですが、今年はその前に重要な発表があります」
何だ何だ、と余所見していた生徒達が壇上に向き始める。
ここでロニィ先生は演台に置かれた水差しからコップに水を注いで、軽く喉を湿らせる。

(それはチョッと早くね? てか、そもそも、緊張するタマじゃないだろ)
とカイトが胸の中で思ったのは秘密だ。
で次に……

「なんと、今年度舞弦学園冒険課で三年生となられる生徒諸君に、王国政府関係各省庁から素晴らしいプレゼントが贈られてきました」
ここでロニィ先生は軽く一回深呼吸した。

(化け物その物の肺活量してるクセに、何、スカしてんだよ)
とカイトが口の中でだけ毒づいたのもオフレコだ。
だが問題は次のセリフだ。

「それでは発表します。例年、月曜から金曜までは六時間、土曜四時間の時限割でしたが、今年は内閣特別法案の可決により、我が舞弦学園では、月曜から金曜までは八時限の特別編成カリキュラムが導入されました!!」
ここでロニィ先生は両腕を肩の高さで左右一杯に広げ、満面の笑みを会場に詰めている生徒達に振り撒く。

(授業時間が増えて喜ぶ生徒が、この世界のどこに居るよ)
カイトは舌打ちしたが、同時に湧き起こった大ブーイングに紛れてしまい、耳にできた者はなかっただろう。
もう不平と不満とブーイングのるつぼと化した体育館に、ロニィ先生の声はマイクを通しても誰の耳にも届かなかった。
壇上に注視傾注していたカイトでさえ――唇の動きから辛うじて――「ちょっと〜」とか、「みんな〜、きいてぇ〜」と叫んでいるらしいのが推測できた程度だ。

で、最初の泣き声に至る。


(おいおい。如何する気だよ)
壇上でビービー泣き叫ぶ(振りだ、そうに決まってる)ロニィ先生と、壇脇に置かれたピアノの傍で互いの顔を見交わしあっている教諭陣。
どんな風に事態を収拾させる積りかとカイトが観察していると、教師の中から一人、緑色の髪をした女性が壇上へと上っていく。
一歩踏み出す毎にぶるんぶるん揺れる胸で、それが今年度のスカウト技能実習の教諭補助セレス・ルーブランであると判った。
セレスは泣いてるロニィ先生の隣まで行くと、そっと先生を奥に押しやり、マイクを自分の方に向ける。

「え〜、只今〜、主任の方で体調が優れないとの申し出がありましたので、ここからはスカウト科主任補佐見習い代理であるワタクシ、セレス・ルーブランが〜ロニィ先生の通訳を〜勤めさせて頂きたいな〜とか思います〜。最後までたっぷりと〜楽しんでいって〜くださいね〜」
何処かおかしい、と言うか全部変ぢゃね〜かって感じがしないでもない挨拶をかまして、セレスがポワワワ〜ンと微笑んだ。
その笑顔にカメラ付き携帯を引っ張り出してカシャカシャやりだす大勢の男子生徒が、ひどく、カイトの癇に障った。

「え〜、授業時間数が増えるのは〜閣議決定されたことですので〜、学園側としましても〜、どうして上げられることも〜、出来そうになさそうな気がします〜。文句のある方は〜、小池準三郎総理に〜、直談判でも何でも〜、なさってみたらどうでしょう〜。意見を聞いて貰えたら〜、嬉しいでしょうねぇ〜。では〜、授業単位数が増えた理由を〜、ご説明申し上げればな〜と〜、思いマス〜。それは〜、必修科目が〜、増えたからです〜。今年度〜、三年生となられた〜、皆さんには〜、二つ〜、絶対に〜、履修してもらわなければ〜、ならない〜科目が〜あります〜。例外は〜認められそうにも〜有りませ〜ん。この二つは〜、何を専攻するにしましても〜、絶対に〜、最低単位数〜、履修登録〜してくださ〜い。でないと〜、卒業出来なく〜、なりますから〜、その積りで〜、良いですね〜」
同意を求めるかのようにセレスは小首を傾げる。
「では〜、その二つの〜、絶対必修科目名を〜、発表させて頂ければなぁ〜と、思ったりなんか〜、しちゃったりします〜」
セレスもそこでコホンと咳払いをした。

「ズバリ〜、射撃術と〜、徒手武術〜。この〜二つです〜」

それまで(ワリと)静寂を保っていた生徒達がこの言葉にざわつきだす。
内訳は当惑が過半数を占め、次に疑惑、そして極々少数が喜びという感じであった。
 
(射撃術と徒手武術ね。はいはい。適当に流したら良いんで……アレ? 専攻が何であれって、なんか違わなくないって、こう言う場合に使うんだっけ?)
カイトは必修とされた二つの冒険者スキルに何か違和感、矛盾を感じる。
それが何であるのか思い至る前に、セレスが今回の無茶過ぎる新カリキュラム導入までの経緯を説明し始めた。


冒険者の悪党化と冒険課生の不良化は、取り締まりに当たる警察に途方もない苦行を強いた。
あえて言おう、手の施しようが無いと。

武器を取っての戦闘もこなせて、魔術の素養を――自分では使えなくても、向けられた際の対応策を捻りだせる頭脳を――持ち、
ケガや骨折などの診立てと応急処置のスキルは駆け出し開業医以上を誇り、
何よりワナを発見したり、カギを開けたりといった技術は泥棒並。

道は一歩も踏み外していないのに、技能的には犯罪者との区別がつかない。
究極の総合職。
それが冒険者という職業だった。

そんな連中に対して、どの様な懲罰を設け、どの様な更生プログラムを課していけば良いのか。
真っ当な人間にすると言うのであれば、心理や精神を研究している専門家らが大勢いる。
治療法や苦痛を与える手段なら幾らでも考えられる。
しかし――冒険者を技能職者たらしめているのは、彼らの自我や職業意識。プライドやモラルと言った精神そのものだ。
それらを撓めて一般企業のサラリーマンのような、人畜無害な存在に変えるのは人的資源の浪費に外ならない。

国際情勢の悪化により冒険者業界は先行きの不透明感がにじみ出ているが、その情勢の変化によって、また何時、大量の冒険者が必要とされる日が来るかなど誰にも予測できない。
冒険者としての能力を何ら損なわずに、社会の不安要素となる部分のみを切除する。
これは医者や聖職者の手には余る仕事だ。

この難問に頭を痛めている政府に対して、深刻な人員不足に苦慮している軍部から次のような提案がなされた。
犯罪を犯した冒険者の中から適性のある者を選び出し、その犯罪程度に応じた一定期間の軍役を以って懲罰に代えるとする私案である。

佐官や将官クラスは別にして、かなり以前から軍では慢性的な人手不足、空洞化、高齢化が指摘されてきた。
それは最前線で特に顕著で、下士官と兵卒の数が圧倒的に足りないのだ。
ここを埋める人材として、問題を起こしている冒険者を充てようと言うのである。
この意見は最近になって出てきたものではなく、以前からも軍の一部から政府へ強い働きかけがあったらしい。
だが軍の主流である穏健派の働きにより、国会などで審議されることは今まで無かった。

それがこの度、軍部の要人数名と有識者らを交えた緊急の閣僚会議が開かれ、異例の速さで法案として可決された。
また軍部からの強い要望で、冒険者養成機関でも、軍人(兵卒)への転向転用が可能なスキルとして、射撃術と徒手武術の指導をカリキュラムに設けることが法案には盛り込まれる。

法案が可決されたのは年度末ギリギリで、新しい年度を迎える準備が既に整えられている国内の他の学園や冒険者養成機関に対し、本年度からの新カリキュラム実施は時間的に不可能だと教育相は強く反対した。
これに対し軍部では、これら二技能の指導には軍から人を出すとし、資金面でも軍と繋がりの深い軍需企業数社から物資や資金などを拠出させると約束したことで教育相も折れ、数年後の導入を視野に入れた試験的措置として要求は受け容れられることになる。
そして――

このカリキュラムの実施先に選ばれたのがここ、舞弦学園なのである。


「と言うわけで〜、プレゼントと言うのは〜、射撃術に関わる各種装備〜、消耗品等に関しては〜、国と舞弦学園が八十パーセント〜、その資金を提供するということです〜」
ノ〜ンビリしたセレスの声に会場のあちらこちらから歓声が上がるが、それが何故だかカイトにはサッパリ判らない。
そんな事よりも、まだ最初の疑問に頭を悩ませていたのだ。

「それでは〜、専攻の登録用紙を配ります前に〜、一つ冒険課から〜、皆さんの安全な学園生活に関する〜、重要な〜お知らせ〜、お願いが〜あります〜」
セレスのこの言葉もカイトには遠い世界だった。

「それは〜、絶対に〜、ロニィ先生を〜怒らせないで〜、と言う事です〜。先生は〜、こう言う〜、虫も〜、殺さない〜、人畜無害な〜、感じですが〜、笑いながら〜、ナイフを〜、突き刺せる〜、人なんですよ〜。その証拠を〜、今から〜、是非とも〜、ご覧に入れたいそうです〜」
この声にカイトはハッとなる。
椅子から立ち上がると、前の席に座っていた生徒に後から抱きつくような形で飛び掛った。
尻の穴から背骨にかけて針を突っ込まれたような(そんなアレな経験はまだコイツには無かったけどな)張り詰めた空気を感じたからである。

湿った肉が床に激突する音に重なって、ブスリ、というブキミな音が体育館中に響きわたった。


「ふ〜ん。ぼけら〜としてたワリにはなかなか素早い反応じゃない、カイト君」
笑いを含んだ明るい声がカイトの座ってた席から聞こえた。
押し倒した女生徒の上からカイトが振り返ると、「何処から出したんだ」と言いたくなる、嘆きたくなるような、バカでか〜い植木バサミをカイトの座っていた椅子に突き刺して、その柄に乗せた片方のヒールの爪先だけを支えにして、優雅な空気椅子を披露してるロニィ先生がいた。
ハサミより、壇上からここまでの距離を一瞬で移動した事実より、あんな不安定な状態で小揺るぎもせずに無意味な、だけど凄まじい筋力と平衡感覚を求められる空気椅子がやれることより、満面の笑みを浮かべて、本気で――それも「死んだって別にいいや」とのかるい感じで――生徒に攻撃を加えたという事実に、周りの生徒達は恐怖する。
――本気と断言できるのは、カイトの着てた強化学生服――丈夫なことで知られ、防具としての認可も受けている――の背中がスッパリと裂け、床に血が流れ落ちていたからだ。

瞬き一つ分でも行動が遅れていれば、カイトはあの世に旅立っている……。

「ナニ凶悪なマネしてんの!!」
余りのことにカイトも応接の声を失っている。
「先生に対して、シツレーなこと考えてたでしょう。事実無根で、名誉毀損で訴えられてもおかしくない様なことを。例えば、新しく開発したウソ泣きのスキルの具合を確かめる為に先生がわざと生徒達にブーイングを起こさせたとか、化け物から盗んできた様な肺活量してやがる癖にスカしてやがるぜ、あのアマとか、緊張するなんて高度な精神活動を行ってないくせに、緊張した振りしてガブガブ水ばっか飲んでんじゃね〜よとか」
「そこまでは言ってねーよ!!」
「じゃあ、何処までなら、言ってたのかしら?」
ロニィ先生はにっこり笑った。
その明るい笑顔に対して、カイトの顔からは一切の血の気が失われている。
切り裂かれた背中から滴りおちる血が体育館の床に不気味な模様を描いている事に、原因の三割ぐらいはあるかも知れない。






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