ぱすてるチャイム
Another Season One More Time
菊と刀


05
女教師達の昼下がり



作:ティースプン





「それにしても、良くかわせたもんだねぇ」
治療に当たるミュウの背後からカイトの傷を覗き込んで竜胆はそう呟いた。
本気で感心しているらしい。
今日は竜胆もきちんとしたスーツに、紺のタイトスカートを穿いていた。
同じキャリアウーマンでも、コチラは街で見かける軍の広報ポスターの女性士官といった感じである。
間違っても、お茶汲みOLなどではない。

「考えたんじゃねぇ、感じたんだ。もっぺん同じことやれと言われたって……」
そこまで言ったところでカイトは顔をしかめて口を閉ざす。
恐怖とともに先刻ほどの出来事を反すうしたのだ。
「だけど、どうやったらアレだけの距離を一瞬で移動できんのよ。魔法も神術も使わずに」
そう言ってコレットが首を傾げた。
ガラにもなく先刻から神妙そうな、深刻そうな顔をしてると思ったら、このちんちくりん半エルフ、怪我人の心配じゃなく、好奇心を優先してやがった。
カイトは胸中で毒づいた。

「それよりも、どうしてコッチの考えてたことがロニィ先生には判ったのか。そっちの方が知りてぇよ」
「あ〜、それは〜アレです〜、察相術ですよ〜。目の動きや口周りの動き、それに態度全体からも感情を推察し、その人の知性、理性、嗜好、語彙、行動様式なんかを併せて、総合的に判断する心理学の粋ですよ〜」
「待てよ? そういやぁ、前もなんかで……」
カイトは何かを思い出しそうになったが、途中でやめた。

「カイト君、どうかした?」
ミュウは患者の幽かな変化に気付く。
「い、いやぁ、別になんでも。……なぁ、俺ってそんなに判り易い顔をしてんのかな?」
「そうですねぇ〜、ワリとかなり〜読みやすいですねぇ〜。先刻も、私を撮ってる生徒さん達の姿を見て〜、ム〜カ〜って来てたでしょう? 俺の頃の携帯にはカメラなんか付いてなかったのに、こんちくしょーって。今も、コレットさんの態度に、難しそうな顔してると思ったら、このちんちくりん半エルフ、怪我人の心配じゃなく、好奇心を優先してやがった、って心の中で突っ込んでたみたいですし」
「舞台の上から俺の表情が見えたのか?! ってより何で?! マジんな事まで判んのかよ!? ほんとうは読心術でも使ってんじゃないのか?!」
まったく含みの感じられないセレスの言葉にカイトは血相を変える。
「カイトさん〜、読心術なんて〜無いですよ〜。有るのは〜心を読まれなくする技術だけです〜。カイトさんは〜……」
ニコニコ嬉しそうな微笑を浮かべながら喋っていたセレスが途中で言葉を止めた。
「お、俺は?」
「あ〜、何が言いたかったのか〜、忘れてしまいました〜」


治療を終えてミュウがカイトから離れる。
失血性ショックで倒れたカイトが体育館の教官控え室に運び込まれてから一時間は経過していた。
ロニィ先生はほんとうに冗談の積りなのだからタチが悪い。
履修登録の説明はカイト抜きでも滞りなく進められ、生徒達はダンジョンに下りる為の装備を整えに購買部に並んでいた。

「それで? 一体なに、話って?」
「え? ああ。ロニィ先生に言われたのよ、カイト君に授業内容を説明して専攻を決めさせたあと、ダンジョン実習の変更点とかを教えてあげなさいって」
「授業内容って、射撃術と徒手武術だろ。大体の見当は着くんだけどさぁ……」
「ま、普通そうだよね。で、どうだい? 今度は何かこれってモノ一本に絞って、徹底的に打ち込んでみるってのはさぁ? 剣術科(ウチ)はいいよ〜、なぁんか、あたしみたいな、凛々し〜い女剣士になりたいんですぅって目ぇ輝かしてくる娘が多いから、実技も座学も、華やかだよ〜」
「騙されちゃ駄目よ、カイト君! 今の授業方針ではね、剣術や弓術の男女合同練習は週に一回、それも冒険課主任立会いの下でって決まりがあるの。部活や同好会のノリなんかじゃ無いんだからね!」
「クラスマイン教諭補助、露骨すぎる勧誘妨害は協定違反ですが」
無感動な面持ちで竜胆が鯉口を切る。
「いいえ! これは義務です! カイト君には心身変調の恐れが残っていますから。神術部で預かるのが何かあったとき、助かる可能性が一番高いです」
「あの〜、察相術を〜学ぶために〜、盗術科は〜如何でしょう〜。私も〜、ロニィ先生も〜、喜んで〜指導させて頂きますよ〜」
「ダメダメ! バカイトはアタシんとこで引き取るわ。魔術の奥義を究める過程で、もっと、根気や集中力ってモンをコイツには学ばせないと、舞園と王国の歴史に拭いきれないほどの汚点を残すわ」

「剣術でだって集中力と根気は養えるよっ!! 良いじゃんっ! ウチは学年末の調査で例年より男子の数が異常に少なかったんだし、男と女の剣の違いを学ばせるには合同練習しかないんだから、譲ってくれたってさ!」
コレットの言葉に竜胆は唇を尖らせている。
「男手が要るって……カイト君の! いいえ、生徒の意志じゃなく教師の都合を優先するなんてあんまりじゃない、沙耶ちゃん!!」
まなじりを吊り上げミュウが叫んだ。
「男手が要るってのもあるけど……」
ミュウの指摘に竜胆も一瞬は怯んだ表情を見せるが、直ぐ満面に強い決意を漲らせて言い返した。

「あたしだって、ミュウ達と同じだよ! 素質のある奴を自分の手で育てたい! 自分の理論を確かめたい! 自分じゃできなかった事を生徒を通して実現させたい! そんな想いがあるから、相羽を誘ってんじゃないか!」
「なに揉めてんのか、当事者であるらしい俺にも解るよう説明して欲しいんだけど」
首を傾げているカイトに、四人はビクリと身体を震わせる。


「え〜っと、その、ほら、アレじゃない。不可抗力とは言え、カイト君は留年した、させられたでしょう。同期生としてそういうの、ちょ〜っと、恥かしいかなぁって思って」
引きつった笑顔でミュウがそう答えると、後を受けてコレットも、やはり早口で、
「そ、そ、そうそう。それに、今の子ども達って、根性も生命力も無いから、カイトぐらい頑丈でしぶといのが居てくれた方が、アタシとしても実習がラクに、じゃなかった、楽しくなるし」
とまくし立てると、竜胆も渋く険しい表情で
「才能があるってのに磨く努力もせず、腰も定まらずフラフラ遊んでられるってのも、周りに悪影響があるし、見てるとこっちも腹が立ってくるし、ねぇ?」 と言ってセレスに振った。
「ですねぇ〜」
「と、兎に角。みんな、カイト君の素質や才能に期待してるって事よ。それでぇ……」

「「「「専攻は何にする?」」」」
四人が唱和した。


「それなんだけどさぁ」
オリエンテーリングからこっち、頭を悩ませてきた疑問をカイトは口にした。
「射撃術って何なんだ?」


「はぁ? 射撃術ったら、射撃術じゃない。何がわかんないのよ?!」
コレットが心底呆れたという声を上げる。
「いや。だから、何をする、何を学ぶための場なのか今一……」
「何って、銃の撃ち方、使い方を学ぶ場だろう。あんなモン使うのに、学ぶって言葉が相応しいかどうか疑問だけどね」
竜胆が苦々しげに吐き捨てた。
「銃?」
「あ〜、カイトさん。あのですねぇ〜」
セレスがカイトの疑問に気付いて声を上げるが、ほぼ同時に同じ見解に達していたミュウが説明役を奪いとった。
「カイト君。カイト君の知ってる銃って、いわゆる魔法銃よね? ブレイザーとかダイアモンドダスト、それからパニッシャーとか。カイト君が心に思い浮かべてるのって、そんなのよね?」
「ああ。なんか、コレットと竜胆の様子からすると、違ってるみたいなのは判るんだけどさ」
「今では〜銃も〜様変わりしまして〜」
「そうじゃない、そうじゃない。初めに有りきは、あの二人の発見で……」
コレットが自分の存在を忘れるなとばかりに腕を振り回す。
「『様変わり』って言うよりかは、『(イカ)サマに変り』って言うべきだね」
かなり銃に恨みがあるらしい。
またしても竜胆が憎憎しげに吐き捨てた。
「と、兎に角、カイト君が知ってるって言うか、知ってたのと大体は同じだけど、違う武器になっちゃったのよ。今からじゃ説明して上げられる時間は無いけど」
「ふ〜む」
「それで、なんにすんだい、相羽? モチロン、剣術だよな?」
「専攻登録なんだけどさ、もう少し、考える時間を貰えないかな?」
珍しいことにカイトは大変真剣な表情を浮かべている。


「いやぁ、その、竜胆達が言う、一つの道を究めるってのが大事ってか、重要ってことは解るんだけどさ、なぁんか、こう、違うんだよ、俺の中では。目指してる方向性ってやつが」
「じゃあ、射撃術を専攻するの?! 聞いてたでしょう、新設される二教科の指導には軍からやって来る人たちが当たるって!」
教育現場における温情点などの高度な現場的判断が職業軍人に下せるか否か。ミュウはそれを懸念している。
「いや。まだ、そうと決めた訳じゃ……その為の情報をもう少し集めたいんだよ。みんなが毛嫌いしてる、その新しくなった銃って物がどんなのかを」
「教えてやるよ。あれは漢が使うような武器じゃない。止めときな、相羽。悪いこたぁ言わない、あたしやウォルシュ先生やなんかと一緒に剣術をやろうぜ。この五年間であたしが付けられた工夫やなんかも教えてやれるし、何より相羽はあの剣を託されたんだろう? ちゃんとそれを使いこなせる様になることが、あの二人への供養になるとあたしは思うよ」
そう語る竜胆にやましさは微塵もない。
彼女はほんとうに生徒の将来だけを思いやっていた。
「俺もそう思うけど、あれ、抜けないんだよ……ロニィ先生に鑑定して貰ったけど、先生にも判らないって。装備する資格が足りていないのだけは確かだけど、その資格が何なのかは不明だって」
「だから剣術だよ。ともかく剣術をやんなよ。御神刀だか何だか知んないけど、結局んとこはやっとう(、、、、)だろう? 抜けるのに必要な技能にしたって、剣の腕よりも高いものが要求されるなんてことは絶対に無いさ。第一、甲斐那さんは魔術も神術も使えなかったじゃないか。やっぱ剣術なんだよ。相羽があの剣の持ち主として選ぶべき道は」
情けなげに呟くカイトにむかって竜胆は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
ミュウ達のなかで唯一竜胆だけ甲斐那たちと面識があった。
「いや。甲斐那さんも刹那さんも、武術や法術といった枠組みには納まらない、もっと別な戦闘体系に身を置いていた様に思えるんだ。俺たちが知ってる剣術や魔術の先には、甲斐那さん達は居ないと思う」
単なる思い付きや、その場しのぎの言い逃れではない。
カイトの言葉には何らかの確信がこもっていた。


「どれもこれも中途半端だって言われてきて開き直ったさ。こうなったら、もう、とことんまで中途半端を極めてやろうかと」
「王国語がヘンよ、バカイト。どうやんのよ、中途半端を極めるって」
「いや。俺にもはっきりとは判ってないけど……」
「じゃあ、まさか……」
「どんなのか判らないけど、合いそうなら、射撃術か徒手武術にしても良いかなとは思ってる」

「それにアレだ、『哂ゥせぇるすぱぁそん』みたいに、パーティーの隙間お埋めします、ってな路線で行こうかと」
自分の発言に対して一様に愕然とした表情を浮かべる四人に、カイトは慌てて補足説明を行う。
「知り合いも居ないし、入って良いって言ってくれるとことか有るんなら、どのポジションやスキルでも、ある程度はこなせないとさ」

「浦島太郎の五年物に、留年の一年物なんかが重なったりしたら、もう、新設課程の一期生で主席とかでも取らなきゃ、ミュウ達、いや。今の時代には追いつけないじゃないか」
自分なりに色々と考えているんだというところを伝えようとした。
「でも、あれだ。後で気が変わったって言って、ミュウや竜胆達の所に世話になるって場合でも、その新しく付いた工夫や術とか察相術とか教えてくれるんだろう?」


「カイト君の考えてることは解ったけど、今の子たちは私たちの頃とかなり色合いや路線が違ってきてるわよ」
教職員として生徒の意志は尊重すべきだとは思うものの、ミュウの声には不満と不安があふれていた。
「そういやベネット先生が倒れたのは、生徒の態度の悪さに神経をすり減らした結果だって聞いたけど、本当なのかい?」
「どこから出たデマよ、それ。先生が倒れたのは病気が原因よ」
実際その現場に居合わせていたコレットがげんなりとした声を上げる。
「ウチとは場所が離れてるからその辺は聞こえてこないんだけど、あの先生、大丈夫なのか?」
「あ〜。ロニィ先生のお話では大丈夫らしいです〜。ベネット先生の一族の女性が必ず罹られる病気だそうで〜、命に別状は無いそうです〜。子どもの頃に罹ると症状も軽くて済むんだそうですが〜、大人になってから発症すると〜その分だけ、症状が重くなるそうです〜。今は大事をとって〜一族の許で療養されてるそうですよ〜」
「へ〜。流石はピンクの稲妻、ロニィ・ザ・スタンピード。判らない事があったらロニィに聞けって言われてるだけの事はあるなぁ」
しみじみと呟く竜胆にミュウも唱和する。
「本当。一体どこに情報源を持ってらっしゃるのか、未だに謎よねぇ……どうしたの、カイト君、真っ青な顔して?」
「え? あ、ああ。別に何でも……。いや実は、その俺、ベネット先生にすっげぇ借金しててさ。取り立てられたら如何しようって、ここ数日はビクビクもんで、顔あわさないよう気を付けて、逃げ回ってたんだけどさ。そっか、ベネットせんせ、病気でここに居ないのか。嬉しいような、寂しいような、フクザツなキブンだなぁ」


「じゃあ、カイト君。専攻登録の締め切り延長をロニィ先生に報告しておくわ。本当はロニィ先生からは、カイト君には情報を集める時間を渡して上げてって言われてたの。でも、月曜日の朝まで。それがタイムリミット、判ったわね?」
そう言ってミュウ達は生徒をダンジョンへ送り出した。


「隙間を埋めるって相羽は言ってたけどさぁ……」
カイトの気配が完全に消えてしばらくしてから竜胆がつぶやいた。
「無理なんじゃないのかな〜、あたし達の頃にもそんなこと言ってる連中は居たけど、逆に隙間から零れ落ちてっちゃう様なのばっかりだったしさぁ」
「自分の不得意分野を、その分野を得意にしてる相手と組んで、お互いの穴を埋めようっていうのが冒険の基本だもんねぇ〜」
深刻そうな溜め息を吐きながら、コレットも頷きを返す。

「カイト君にはあの子たちじゃ駄目だし、あの子たちにもカイト君では駄目だと思う。そんな気がする」
何処か遠くを見詰ている様な表情でミュウがポツリと漏らした。

「だからそう言ってるじゃん」
「スキル面とかの話じゃなくて信念、メンタル面でのこと。コレットも、沙耶ちゃんも、セレスも、本当は判ってるんでしょう? カイト君の言う中途半端を極めるって、満遍なく色んな事をそこそこ適当にやって、まあまあの域まで達したら終わりじゃ無くって、本気で何かを掴もうとしてるって。私にも今のカイト君の目指しているのがどんなものかは判らないけど、今の子たちには、カイト君の様に、心に想い描いた理想を追い求めようとする意気込みや気迫、執念といったものが欠けてるから、組んでも足並みが乱れるだけじゃないかなって」
そう語るミュウは、さっきまでの彼女にはなかった、不思議な気配をまとっている。
それに気付いた竜胆が尋ねた。
「それって、幼馴染のカンかい?」
「え? あ! ううん。もちろんそれも有るかも知れないけど、殆どは教師としてのカンね」
「ふ〜ん。じゃあ、やっぱり、バド先生との話もアレか? 本決まりになりそうなのかい?」


神術科主任バド・ウィケンズ先生は来年の春に退官される。
そのバド先生からミュウに、次年度から自分の後を継いで神術科の主任にならないか、という話が来ているのは教職員中に知れ渡っていた。
先生の出す課題にみごと合格すれば、先生が政府内の知人に掛け合って、無試験で、ミュウに神術教諭の資格を出して貰い、他の先輩教諭を押し退けて神術科の主任に推薦してくれるというのである。

だが、その話題に触れられたミュウは表情を暗めた。


「……ううん。まだ、お返事してない。って言うか多分、無理だと思う」
この言葉に三人は、何故と、ミュウに詰め寄った。
ミュウ自身も子ども達に神術を教えることに喜びや充実感を味わってるようであり、彼女の天職のようにも思われていたからだ。
「バド先生から出された課題。毎日、文献や中央図書館のページ、神術関係の掲示板なんかもあちこち覗いて、自分でも色々試したりしてるんだけど、片鱗さえも掴めない。と言うより、まるで見えてこないの、術の全貌が」
普段からは想像もつかないほど暗いミュウの雰囲気に、三人は思わず顔を見合わせた。

「沙耶ちゃん達の時はどうだった?」
三人に向けられたミュウの目には、遁辞や黙秘を禁ずる、執念の光があった。

バド先生がミュウに与えた課題。
それは神術の極意、偉大なる降臨の習得だった。


剣術、魔術、盗術、神術。
目指すものも必要とされる素質もまるで異なる四職種であるが、それぞれ極意とされる四つの奥義。
麒麟撃。カラミティ。ロニィSP(俗称。本当の名称は不明)。そして、偉大なる降臨。
この四つに付いてだけは、その習得と発動に同じ心と自らの職に対する一定の理解の深さが必要であると言われている。
そして竜胆、コレット、セレスの三人は既にそれぞれ各科の主任から奥義を学び取っていた。
それ故のミュウの問い掛けである。


「え? そう訊かれても何だったかな〜、ふと、それまでにも、自分の中か周りに在ったなにかに気付いた、って感じで、こう、すーっと。御免、自分でも良く判んない説明で」
ともどかしそうな竜胆。
「アタシの時もおんなじだわ、口に出しては言えない、なにか微妙なことに気付いたら出来るようになってたって感じ」
続いてコレットが自らの経験談を口にする。
「あ、私もです〜」
暢気そうな、何も考えてなさそうな感じにセレスが答えるが、もう三年近く机を並べて仕事をしてきた三人には、このホワホワしたエルフが思いきり頭を痛めて答えているのが判った。
それは本当に微妙な表情の変化、イントネーションの違い、傾げている首の角度等に現れる為、ちょっとやそっとの付き合い程度では判らない。

「バド先生のお人柄や性格を考えれば、からかったりされてるんじゃないってことは判るんだけど、こう暗礁に乗り上げてしまうと、自分の素質や才能ってモノを疑ってきちゃうな」
嘆くが如きミュウの声に竜胆が怒鳴った。
「自信を持てよ! ミュウには素質も才能もある! あたしらが保証する! だからきっと出来るよ!!」
「努力も為さっておられますし〜」
セレスがノ〜ン〜ビ〜リ〜と言った。
「あの爺さんだって、ミュウには期待して信頼もしてるから、課題を出したんじゃないの? 定年するからご祝儀にって、そんなマネするほど、まだモーロクはしてないでしょう?」
コレットが噛み付く。
「……うん。子ども達に言ってるように、私こそ自分を信じてあげないとね、有難う、励ましてくれて」
ミュウはそう明るく言って微笑んだ。
この学園で学んでいた時とあまり変わらない、見る者の心を和ませる、温かい笑顔だった。


沙耶から「幼馴染のカンか」と聞かれたとき、ミュウは大慌てで否定した。
そして即座に答えた。
教師としてのカンだ、と。

自分がカイトを想うのに劣らない位、他の三人もカイトに強い想いを寄せているのをミュウは知っていた。
それ故の気配り、三人に対する遠慮が言わせた言葉だった。
四人の中で誰がカイトに相応しいのか、カイトは誰を選ぶのか。
それをはっきりさせるには、おなじ条件でなければ卑怯だと感じたからである。
自分にだけ幼馴染というアドバンテージが与えられているのは、申し訳無い気がしたからでもある。
見栄や虚栄心といったモノが在ったことも否定はできない。

自分からはっきりした態度で臨めば、自らの胸の内をカイトに正直に打ち明けていれば、この後の事態は別の方向へ発展した可能性はあった。
竜胆の言葉を否定しなければ、四人のうちの誰かがカイトの心を射止めた可能性は充分にあった。
だがミュウには、自分からは打ち明けたくないという想い、カイトから告白されたいとの願いがあった
ピン髪で、ロングヘアーで、ヘアバンドで、幼馴染で、優等生であるにも関わらず、自分の方から手紙を出して相手を伝説の樹やら、坂やら、焼却炉やらの前に呼び出すといった積極性が欠如している。
その分、『アレ』よりも思い遣りに溢れ、言動にも行動にも信憑性が満ち溢れているが……。

とにかく、ミュウには告白されたいとの想いがあった。
これは彼女の心の奥深くには「カイト君は私を選んでくれる」という最後の自信があった事も関係している。
まあ、この自信は他の三人にもあっただろうが。

ミュウ達は自分たちが同じスタートラインに並ぶことでフェアにゲームを始められる、進めていけると思っていたが、失念していた事実が一つある。
それは自分たちは横一線に並べても、カイトを同じ開始位置に立たせるのは不可能だということだ。

ミュウ達は五年の月日を過ごしてきた。
その内セレスは四年、ミュウとコレットは三年、竜胆は二年、教諭補助としてこの学園で過ごしてきた。
その間、実に様々なことを経験してきた。
楽しい事件もあれば、辛かった出来事もある。
同じものを目にしながら、四人とも全員バラバラな感想を覚えたことすらあった。

だが四人には一つだけ共通した想いがある。
嬉しいとも思うし、悲しいとも感じられる一つの認識。
それが有るからこそ、自分はいまここに居るのだと断言できる一つの現実。

自分たちは既に子どもではない。
その子どもたちを指導する立場にある教師であるとの自覚。
正確に言えば教師ではないが、彼女達は大人と呼ばれる年齢に差し掛かっていた。
生徒たちの考え方や振る舞いを馬鹿だなぁと呆れながらも、心の何処かで羨んでいる部分がある。
ミュウ達はそんな自分に気付いていた。

少なくともこの時すでにミュウだけは自分たちが何者であるのか、心のどこかで理解していたのかもしれない。


今日は、王国暦五六八年四月三日。
舞弦学園冒険課に新しく二つの教科がもたらされた日。
その昼下がりのことだった。






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