ぱすてるチャイム Another Season One More Time 菊と刀 06 或る男子生徒の昼餉時 作:ティースプン |
ズチュチュチュチュチュ〜 「……フッ。不味くはない、ってか美味い。素直にそれは認めよう。だが、貴様には一つ重大な欠点がある……」 ベンチに腰掛けたままカイトは相手に静かに語り掛けた。 「何故、と言いたそうな顔だな? ならば言おう。お前の欠点、それは、吸った中身が本当に内容量の全てなのか、実際には確かめられないってことだ!」 熱血格闘漫画等で血気に逸る主人公を諌める師匠の如く、カイトは沈黙したままの相手に言った。 「こういうパックに入るのなら、ちゃんと中身を搾り出せる形で無ければいかんと言う事だ!!」 カイトの喋っている相手は小塚製薬のバランス栄養食品、エネルギーフレンドのゼリータイプ(パイナップル味)、その飲み終わったアルミパックである。 「もう一つ教えてやろう。お前の立っている場所は、既にお母さんたちの味方、家計の友、家庭用台所洗剤詰め替えパックが遥か昔に通過してきた場所だっ!!!」 まあ、実習に備えて自らを落ち着かせようと、敢えてふざけているのだろう……多分。 カイトが居るのは、舞弦学園のダンジョン施設に隣接する、男子更衣室である。 周りには誰も居ない。 すでにダンジョンに潜った後である。 傷の手当てやら何やらが長引き、カイトにはゆっくり食事をしている時間がなかった。 だから購買部で飲むゼリーを二つ買い、防具の買い足しとを行った。 今まで使っていたヘルメットを二束三文で強奪され、代りに厚革の頭巾にゴーグル、チンガードを選択。 さらに花粉症の人御用達の抗菌メッシュ入りのマスクを二枚購入する。 戻ってきたとき受けた、非致死性兵器による手厚い歓迎がほとほと堪えたのだ。 色つきのゴーグルで閃光をある程度まで遮断。 抗菌マスクの重ね着で、催涙ガス等の攻撃に晒されても、少しぐらい猶予が持てるだろうと考えてのことである。 目的にはそれなりに合致している選択だと思う、いや、思いたいのだが……。 「……まるっきり変質者か、銀行強盗の見本だな……」 姿見に映した自らの武装についてカイトは冷静な評価を下す。 先刻まで飲むゼリーのアルミパックに説教垂れてたのと同じヤツとはとても思えない。 まあ、切り替えの早さはコイツの数少ない長所の一つである。 意外とコイツには常在戦場の心構えができ上がっているのかも知れない。 一瞬前までへそ踊りで皆を笑わせていたのに、敵が宴会場に踏み込んできた時には、戦う覚悟が完了している……。 もしかして、コイツ……分裂症や多衝動性注意欠陥、或いは『アルツハイマー』や前向性健忘とかではあるまいか……。 「……樋口のパワーダンクドリンク(ザクロ風味)が飲みたかったな……」 姿見脇のくず入れにアルミパックを放り込むと、しみじみとした口調でカイトは呟く。 カイトがその名を挙げたのは弱小企業樋口製薬株式会社の商品で、コイツの大好物である、いや。大好物であった。 この会社のモットーは、『自然な飲料に秘められた魔法を科学して、人型種族の健康に貢献する』という、ワケの判らない物だ。 その風味は飲む者を峻別し、この世の物とはとても思われない食後感を食した者の口に長く残す。 食通にとってはそれがたまらなく、そうでない人はたまらなくイヤという、一種の珍味だ。 五年前の時点で舞弦学園の購買でこれを購入する食通は、コイツを含めても、わずか五名にも満たなかった。 カイトの代でこれを愛飲する食通も絶え、おキクさんは仕入先リストから樋口製薬株式会社の名前を消した。 それから間もなく、会社自体が職種変更したとの話を、おキクさんは購買部に商品を運んでくる物流会社の人間から聞いたそうだ。 商品をいれた包みを差し出してくる際、おキクさんがそう話してくれた。 「俺は、本当に五年間、この世界から消えてたんだな……」 カイトはしみじみと――悲喜こもごも至らざるはなしといった、本当にしみじみとした哀感あふれる口調で呟いた。 ……物の感じ方は人それぞれだとは思うが、そういう感慨はナニかもっと他のコトで抱けという気がしないでもない。 ここでカイトの武装を紹介しておこう。 主要兵装は飛燕。 いい具合にくたびれた感じが頼もしさを感じさせる、カイトの一番古い戦友である。 初めてのダンジョン実習からコイツと苦楽を共にしてきたこの刀は、その戦いと成長ぶりを一番近くで見守ってきた。 ある意味コイツがミュウ達以上の信頼を寄せる、一番の親友でもある。 いまその親友はコイツの左腰に納まり、自らが必要とされる時をただ黙って、静かに、待っている(ようにコイツには思われた)。 第二兵装、五連のダーツ。 付き合いは飛燕と同じぐらいに長いが、メンバーの入れ替わりが激しい。 最初は尾羽を赤、青、黄、緑、桃色でカラーリングし、それぞれを区別していた。 しかし、深夜の再放送枠で往年の合体ゴーレムアニメを見て以来、クラウン、ラムジ、イワノフ、マジソン、クラフトと識別コードを変更、今に至る。 常人には区別など付かないのだが、違いの判るオトコ、相羽カイトにはそれぞれ、手触りだけで、ちゃんと区別できる。 「俺はこいつらをダチだと思ってる。こいつらも俺のことをダチだと認めてくれてる。だから、言葉なんか無くったって、お互い判り合えるのさ」 実習で組んだ級友が目を丸くして「なぜ、区別できるのか?」と理由を尋ねてきたとき、コイツが笑みを湛えながら返した言葉だ。 この言を信じぬ級友たち全員を前に、カイトは目隠しをしたまま、差し出されてくるダーツに触れただけで、その『友』が『誰』なのかを当ててみせた。 級友たちはそのとき何か重大な見落としに気付いたかの如く、優しく穏やかな(とカイト独り信じている)笑顔をコイツ達に向けてくれた。 第三兵装のパチンコはカイトの右胸に留められている。 曲がり角や怪しい気配が漂ってる場所に差し掛かったときに、罠や待ち伏せの有無を確認したりするほか、前衛担当時に奇襲や猛攻を受けた際、楯で一撃目を凌いだのちに間合いを調節するため牽制目的にも使用される。 戦う状況を自分の有利な方へと導いてくれる、なくてはならない冒険の友、俺のパスポートだ(とか、コイツは言ってみたりもする)。 第四と第五兵装は順不同で、スリングとロングボウが来る。 言わずもがな、遠距離攻撃兵器だ。 弓矢だけでも良いハズだが、コイツは何かの本で「強風時には弓矢よりも投石器の方が有効な打撃を敵に与えることが出来る」とあるのを見て、投石器を武装に組み込んだ。 しかし、ダンジョン内で強風に見舞われたりするなんてことは、『しばらくの間』、無いだろう。 コイツが何時それに気付くのか、温かく見守ってやって欲しい。 兵装はここまで、次は防具だ。 頭と顔の備えは先ほど記したので割愛する。 胴体にはレザーアーマーを着用(名前はまだ無い)。 ラージシールドが左腕には結わえ付けられ、右腰のポウチには守りのコインが忍ばせてある。 このコインは卒業した先輩(パワーダンク飲み仲間)からの置き土産だ。 初めて来た分かれ道に差し掛かると、コイツはコイントスで採るべき道を決めている。 違いの解るオトコからの贈り物だ、正しい道へと俺たちをいざなってくれるに違いない。 と頑なにコイツは信じているが、これで選んだ道が階段や宝箱に続いていたことはただの一度も無い……。 ……と、それぞれに拘りがあるんだか、頭が悪いだけなのか判らない装備が続いたことで、読者の疲労も限界を超えてしまったと思う。 ここからは運否天賦に左右される(=ワケの判らない)モノではなく、良識ある人々がコイツに贈った誕生日プレゼントを紹介したい。 ダイヤの守り、心の指輪、EQシューズ、パワーリストの四点だ。 では、それぞれの贈り主も見てみよう。 ダイヤの守りはセレスからのモデル代。 文化祭で展示されたカイトの肖像画だが、なんと、あの年度の学生絵画コンクール油彩部門で審査員特別賞を受賞したのである。 そのとき彼女がロニィ先生からもらったお祝いの片方がこのダイヤの守りだ。 彼女はそれをコイツに贈ったのである。 ちなみに、もう片方はロニィ先生が開発した四十八の閨房技が記されたメモ帳(ロニィ『裏』SP・人丹練成編)であったが、これは来るべきときの為にとセレスが大事に保管、毎晩習得に――独りで――励んでいる。 心の指輪はコレットが通販で買ったが、気に入らなかった品。 コレには環境に優しいエコロジーの心と、お財布に優しいエコノミーの意識、そして資源を大事にしようというリサイクルの精神が込められている。 しかしこの指輪はヒューマン用だった為に、ハーフエルフの彼女には合わなかっただけだ。 事実、カイトの精神に(少しばかりの)落ち着きをもたらすという驚くべき、信じられない程の効果を上げている。 だが、これを作っていた会社は、折からの不況の煽りを受けて、倒産してしまった。 本当に良い物を作るところは、何時の世も社会からは受け入れられない。 そんな事まで偲ばれてくる一品だ。 EQシューズはミュウからのプレゼント。 限定モデルでかなりのプレミアが付いているが、それだけでは終わらない。 この靴、実はカイトの足にジャストフィットするよう作られている。 長年ミュウが愛用しているメーカーが、日ごろのご愛顧に感謝して、完全オーダーメイドの靴を作るというプレゼントキャンペーンを実施。これに当選した一人がミュウなのである。 彼女はそれをコイツの為に使い、足のサイズや形、身長、体重、運動能力など様々な項目を測定して、送られてきた仕様書に書き込んだ。 これはカイトの為だけに作られた靴。 世界に一足だけのEQシューズ、カイト・リミテッド・モデルだ。 パワーリストは竜胆からの励ましの品。 あたしを腕相撲で負かしてみな、という熱いハートが込められている。 彼女もこれで腕力を鍛え、強くなった。 往年のアクションスター、サニー干葉も愛用していた一品である。 通販特典で付いてきた干葉ちゃんポスターは、今も彼女の実家であるお蕎麦屋さんの壁で、当時と変わらぬ笑顔を店にきたお客様に振り撒いてくれている。 以上が去年と言うか、五年前カイトを支えてきたオールスターメンバーズである。 今日ここに新たな仲間が加わることになったのでこちらも紹介したい。 マッピング機能付き携帯伝話、通称マピケーだ。 五年前はまだまだ一般的とは言えなかった携帯も、最近では大幅にグレードアップを果たし、お手頃価格にまで値段を下げてきた。 この携帯は今から数代前の器種だが、マッピング機能のほか、冒険課の誰がどこに居るのか園内のサーバーで確認することも可能だ。 もっとも、プライバシー保護が声高に叫ばれる昨今、そんなことをやられるのは極めて稀だし、大抵サーバーのドアには厳重な鍵が掛けられている。 このマピケーは冒険課生全員に支給されており、今や冒険課の必需品である。 だがミュウからこのマピケーを渡された時、ウィズフリークの血がカイトに言わせそうになったものだ。 俺達の頃は、方眼紙にBの鉛筆だったぜ、と。 もちろん、この他にも水や、いざという場合に備えたブロックタイプのエネルギーフレンド、医薬品、その他いろいろが詰められてる袋もカイトの足元にはある。 荷物を肩に担ぐとそれぞれ装具の具合を点検し、いつも通り左手で飛燕を十センチほど鞘から抜き、口火を切った。 必ず自分の足でこの場所に帰ってくる。 そう己の心に誓う。 最後に、厄除けの呪いを口の中でゴニョゴニョ唱えると、カイトは更衣室をあとにダンジョンに足を踏み入れた。 カイトがダンジョンに降りて直ぐに、更衣室の古い柱時計が、ぼぉ〜ん、と鐘を一つ鳴らした。 針は二時三十分を指していた。 |
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