ぱすてるチャイム Another Season One More Time 菊と刀 07 男子生徒達のたそがれ時 作:ティースプン |
それまでの振る舞いがかなりアレでも、ダンジョンに潜ったカイトはちょっと違う。 油断はせず、緊張し過ぎることもなく、着実に各階を攻略していく。 勝てる相手、勝てない相手を見誤ったりもしない。 もっとも、一年ものキャリアを積んでいるのだから、この辺の階層のモンスターなんかは束になったところでコイツの敵ではないが。 冒険課では専攻技能の一定レベルまでの習熟と、ダンジョン実習で四十層への到達を卒業の資格に求めている。 実習期間は一年。その間に生徒達は定められた階数まで到達しなければならない。 降りるのが目的なのだから、階段を見つければさっさと降りていけば良いだけという風にも思えるが、実際はそんな訳にはいかない。 浅階層のうちは規模も小さく、構造も単純なので、わりと短時間で一階層をクリアできる。 敵も弱く、イヤらしい攻撃をするモノも少ないから簡単に倒せる。逃げだすことも容易い。 だから生徒達もガンガン飛ばしまくり、かなり早い段階で十階層を突破する者も出てくる。 しかし…… 本当のダンジョン実習はそこから始まる。 一年の経験を経てこの場に立ってるカイトはそう確信している。 ここら辺りはレンガに仕切られ、そんなに危険なトラップもない。 余程のことでもない限り、敵に四方を固められるなんてことも起きない。 万一そうなったとしても頭を、あるいは肉体をすこし働かせば、囲みの弱い部分を斬り破り、逃られる可能性は十分にある。 だが十階から先はダンジョンの構造が変わる。 まずカベが消えて、足場が悪くなる。 ここから暫くの間、ダンジョンは屋外、湿地帯のつくりになっているからだ。 現実にカベは無くとも、通路以外は水に囲まれて、こちらは自由に動けない。 しかし敵陣には水棲モンスターが加わり、知らないうちに逃げ道を塞がれているという事態が頻繁に起こる。 湿原を走る狭い一本道。前後左右をビッシリ、馬鹿でかい金魚や巨大なタカアシガニに囲まれたりするともう大変だ。 降りることだけを重視して、ロクに戦わず、モンスターから逃げつづけていた生徒ではこの状況に太刀打ちできない。 モンスターは冒険課のアホ学生より頭を使って生きている。 不完全ながらも前衛後衛の概念を取り入れ、侵入者帰すまじとばかりに、必死の攻撃を仕掛けてくる。 生徒らにとっては授業の一部でも、モンスターにとっては生死に関わる一大事。 これは生存競争なのだ。 生徒たちは降りることだけが重要で、それがダンジョン実習の全て。飛越障害のあるフルマラソンのような物とでも考えているのかも知れない。 コース途中に現れるモンスターは自販機や給水所代わり。 使用できる通貨は剣撃や法撃で、出てくる商品はザッカだという風にでも。 その認識が間違いであることを、生徒たちは安全機構で脱出させられた保健室で壁や天井のシミを数えながら痛感する……。 ダンジョン実習は十階からが壁になっている。 それまで飛ばし気味に来て、ダンジョンなんてこんな物か、冒険者なんて楽勝だぜ、とのぼせ出す生徒たちの足を地に着かせる為の。 冒険に出るということは、常に死と隣り合わせで道を切り拓いていくことだと気付かせる為の。 目先の部分にばかり気を取られ、達成する術を磨くことを疎かにしてはいけないと理解させる為の。 なにより冒険者のやっていることは、本来なら平和に暮らしている生き物の生活を脅かすことに他ならず、どんなに大勢の幸せに繋がるとしても、現実には冷酷で非道なことをしているのだと悟らせる為の。 それらを理解したうえで、尚も冒険者として生きていこうとするのなら、絶対に自分達の力で乗り越えなければならない最初の、そして最後まで立ちはだかり続ける壁。 生徒達にそう気付かせるため先生達が用意した、優しさと色々な想いから成る、高くてあつい、壁なのだ。 十階層を突破する生徒らが出てくる頃というのは、パーティー間でのヒトの移動が頻繁に行われだす時期でもある。 こいつとならヤれそうだと思って組んでみたら、上手くいかなかったりとか(人を見る目がねー)。 気が合うからといって同じ科同士で組んだ為に、戦略的な幅や奥行きの無さに失敗したりとか(それぐらい気付けよ)。 それまでダメなヤツと思われていたのが意外な活躍を見せて注目を集め、ヘタレどもが群がっていくとか(尻軽な連中だ)。 また逆に信頼と友情を深め、結束を固くし、飛躍的な成長と発展を始める連中が現れるころでもある。 しかし、初めて実習で組んだ相手と最後までパーティーを組み続けるというのは意外に少ない。 少なくともカイトの知る限りでは。 (なにか縁があってお互い組むことになったんだから、最初に組んだ者同士、最後まで実習を続けられたら良いだろうな) 自分のときを思い出し、カイトはふとそんなことを考えた。 最終試験で起きた異変の後、いろいろ思う所があってカイトは独りダンジョンに戻った。 今でもあの選択は正しかったと思っているが、悔いがない訳ではない。寂寥感に襲われない訳でもない。 信頼できる仲間がそばにさえ居てくれれば、本当は手に負えない状況でも、へこたれず乗り越えることができる。 あの時カイトはつくづくそう思った。 独りは辛い、と。 二度目の実習、それも浅階層ということもあり、カイトは様々なことに思いを巡らせる。 託されはしたものの、自分には抜けない富嶽。 習ったものの基本を覚えるのがやっとで、それさえも本当は使いこなせていない弐堂流の技。 中途半端を極めるなどとミュウ達には言ったが、正直この時のカイトには何も見えてなかった。 新カリキュラムが導入された為に、カイトの成績はすべて白紙に戻されている。 単位を取得し直すには授業を受ける必要がある。 その授業を受けるにはザッカを稼ぐ必要がある。 そしておキクさん、いや、ベネット……先生に返さなければならぬ借金もある。 ダンジョン実習を軽く流していれば、ライセンスが貰えるというわけではない。 コイツの置かれている状況はなかなか厳しい。 問題は他にもある。 冒険課を卒業したその先はという、将来の不安だ。 現在カイト達が暮らすベルビア王国はラスタルと、またビアンキ・ユクサンブル間の関係悪化の煽りを受け、公境とされていた辺境に点在するダンジョンに行くことすら難しく、危険だと言う。 関係悪化の予測なら幾らでも立つが、関係改善の見通しはまったく立たない。 そんな状況から冒険者の悪党化がますます深刻さを帯びてくる。 そういった連中を懲罰や更正のため軍に入れるのは仕方ないにしても、それを軍備増強と取られて、更なる緊張を招くということが首相の小池準三郎には見えないのだろうか。 目の前に突きつけられた問題をとにかく――体裁や書類の上だけでも――やり過ごして、先送りしているだけにしか見えない。 冒険者の自業自得が状況の悪化を招き、政治家の無為無能が悪循環を引き起す。 この国と冒険者が置かれている現状も、決して明るいとは言えない。 そのうえ……!! 悲鳴と法撃音。 それに混じってモンスターの咆哮が聞こえた! 二、三度、軽く頭を揺すって気持ちを切り替えると、カイトは迷宮音楽が聞こえてきた方に駆け出していった。 (成る程、これは……) 駆けつけた先にはワナに足を挟まれ動けないでいる男子生徒と、それを庇うように弓矢を構えている男子生徒がいた。 そして彼らの向こうではモンスターが正にひしめきあっている。 前衛こぶしファイター×三、中盤こうもりん×三、後衛魔法士ポプリ×二。 まだ四層目で、カイトのように階層レベルを無視したモンスターでこそないが、初実習。 それも魔力も体力も限界に近づいてるこの時間帯、この編成はきつかろう。 「フン! つりゃ!!」 カイトは二人の横を駆け抜け、こぶしファイターに斬りつけた。 奇襲と言うこともあり、一匹目はただ袈裟懸けの一刀で仕留めることができた。 殺ろうと思えば二匹目も一息で倒せたが、やめておくことにした。 カイトの脳裏をある考えが過ぎったからである。 その考えを実行に移すため、中央のこぶしファイターは後ろ回し蹴りで吹き飛ばすだけにとどめた。 そして腰のポウチからコインを取り出すと、足を取られている少年に放る。 「守りのコインだ! 手首に置けば、あとは勝手にやってくれる! 覚悟をキメて、こうもりんだけを警戒してろ! 一旦口を閉じた後、しかも落下中にしか超音波は吐けん! あとはこっちの方でやる! なんとしてでも最後まで持ちこたえろ!!」 その後、練習用の弓に矢を番えようとしていたスカウトに自分の弓と矢筒を投げて渡す。 「こぶしファイターは俺が! そっちは俺の弓で後衛の二体を狙え! 練習用の弓ではあそこまでは届かん!! 詠唱の邪魔を最優先だ!!」 カイト指揮による緊急臨時編成での戦闘が開始された。 「ふぅ………………大したもんだな」 ゴーグルとマスクを外すと、カイトはやや憮然とした表情を二人に向ける。 カイトはこぶしファイターを全滅させ、こうもりん一匹を斬り落とした。 しかし二匹目を倒そうとした瞬間、つかいまを仕留め終えていたスカウトがカイトの狙っていたこうもりんを射ち落とす。 それに呆気に取られた隙に、最後の一匹も横取りされる。 自分がロイドに助けられたときとは異なる展開に、カイトは忸怩たる思いを抱かされた。 なんとか不甲斐なさを飲み込んで、助太刀に入った相手を観察する。 弓矢の方は、カイトと同じ、イースタン人種の血を引いてる様だった。 顔の彫りが多少深いかなと思わせる程度で、顔のつくりや黒い瞳などはイースタン人種に多く見られる特徴だ。 だが髪の色が金髪だった。 相棒をワナから解放するので力を使い果たしたらしく、両膝に手を当て息を荒げている。 それで頭頂部、髪の生え際がハッキリ見えるのだが、染めている様子はなかった。 ウェスタン人種とのハーフ、いや、クォーター辺りだろうか。 しかし…… (……あのグロリアって娘は下も金髪だったけど、こう言うのはどうなんだろう……) カイトは場違いな、と言うか、思い切りバカ! な事を思い出している。 もう片方、足をワナに挟まれていた少年はノーザン人種だった、間違いなく。 銀髪に青い瞳、そして透き通るような白い肌をしている。 彫りは深く、鼻が通り、しかも高い。 だが、また、しかし、だ。 (……本当に男……の子、なのかなぁ……) カイトは相手を見て少しハァハァ、じゃなかった、ドキドキした。 髪は短いが、この程度なら女の子でも珍しくない長さである。 もう少し髪を伸ばせば、誰もが女の子と間違えるだろう。 いや、違った。 とびっきりの、いや。絶世の美少女に間違えるだろう。 だが顎の下が――僅かではあったが――膨らんでるのが見えた。 残念なことに、魔術士の方も少年だ。 また違った。 類い稀なる、美少年だ。 他にカイトが気付いたこととしては、二人とも武装がかなり貧弱だということが挙げられる。 コイツでも、初実習では、飛燕とレザーアーマーまでは用意していた。 だが彼らの装備はあまり意味を成していない。 弓矢の少年が持っていたのは練習用の弓と矢筒だけで、身に着けているのは一般の(舞弦学園御用達ではない)ジャージ上下。 足を挟まれていた方は戦闘学生服を身に着けていたが、手にしてたのは詠唱補助用の――武器の用を為さない――短杖だけだ。 二人でようやく一年前のカイトの装備、その十分の七人前といったところである。 しかし―― これだけ貧弱な装備でここまで来られるというのはかなりの実力だ。 それにこの位のアレで、しかもコンビなら、自分の考えも上手く行くかもしれない。 このときコイツはそう考えていた。 「た……」 俯いていた魔術士がカイトの方に顔を向けた。 「ん?」 「助けに来るのなら、もっと、早く来いよ!! 死ぬところだったぞ!!!」 「なっ! 助けてくれた相手に向かって、その口の利き方は何だ!!」 カイトは決して恩着せがましい男ではないが、流石にコレにはカチンと来る。 「別にこっちは頼んじゃいねえよ。そっちが勝手に判断してやった事だろう」 『弓矢』も、カイトの胸元に借りていた物を放り投げ、相棒に和した。 「それとも、礼を言って欲しくて助けに来たのか? それじゃあ、危ない所を助けて頂き、どうも、ありがとうございま……!!?」 魔術士の美少年が言葉を詰まらせる。 腹立ち紛れにカイトが横の壁を蹴り砕いたのだ。 取り込まれていたのがかなり古い年代の迷宮とは言え、分厚いレンガの壁を五十センチ四方も、しかも生身の肉体で蹴り砕くとは、彼らには信じられない事態だった。 「それだけ憎まれ口が叩けんのなら、次からは声も出せなくなってから助けることにするぜ、助けるんならな」 陰々たる口調でカイトは言った。 「俺がこの世んなかで一ツだけ我慢できねぇモン挙げるとすりゃあ、それは礼儀ってモンを知らねぇクソガキだ」 天井を仰ぎ見、遣る瀬無さそうに呟く。 「気を付けろ。冒険者にとって一番の大敵は、いつだって、自分以外の冒険者だ」 そう言ってカイトは軽く笑った。 そして心のこもらぬ心配口調で続ける。 「いま自分の隣に居るやつだって例外じゃない。ちょっとした言葉の掛け違い、感情のくい違いで、見限る、裏切る、捨て駒にするなんてなぁ珍しくもねぇ」 「ニンゲン、調子ん乗ってるときが一番危ねぇ。迷宮の構造が単純だからって、敵も弱いからって、突っ走ってると、チョッと足元を掬われただけで、とんでもねぇ被害を喰いかねねぇ。お前」 『弓矢』の方を見ながら、カイトは魔術士(と思しき、ハァハァ、な美少年)を指差す。 「そいつがドジ踏んで足ケガしなきゃ、こんなメには遭わなかったのに、とか、いっそ自分だけで逃げちまおうか、って考えなかったか? それと、お前も」 そして魔術士(らしき、ハァハァ、な美ry)に顔を向ける。 「自分の言うことも聞かず、どんどん先に進もうとするバカがムカついたりしなかったか? 少し痛い目を見りゃ良いんだ、って思ったりしなかったか? 少しも?」 カイトの言葉に二人は棒でも飲み込んだような顔をしていた。 「まあ、俺にゃあ関係ねぇが、これからは気を付けろよ、隣に居る『仲間』にも……」 そこで少し背中を反らせ気味にしてカイトは言った。 「自分の背中にもな」 「ある日、視線を感じて振り返ったら、無礼なガキどもに礼儀を教えたくってウズウズしてる『浦島太郎』が手薬煉引いて、じゃなく、テグスを輪っかにして立ってるかも知れねえぞ」 そう言って含み笑いを漏らすと、カイトは来た道を戻り始めた。 「ま、待てよ!! そ、そんな言葉で、俺達がビビるとでも思ってるのか?!」 『弓矢』がそう虚勢を張る。 「ビビらせてんじゃねぇ、忠告してやってんだ。それに本物の冒険者は、本当にムカつく相手をビビらせるなんて無駄なマネはしない。ただ、その相手を」 そこでカイトは肩を竦めながら嘆息し、こう言った。 「処理するだけだ、誰にも、判らねぇようにな。ああ、忘れる所だった。その守りのコイン、お前らにやるよ。お捻りだ」 そう言って、ふてぶてしい嘲りの笑みを二人に向ける。 「天才だよ、お前。俺の弓で、棺桶に入っちまってる様な爺ィの自家発電よりもヘロヘロ〜な、あんな矢ぁ撃てるなんて。今でも自分の見た物が信じられねえぜ。珍しい、けど、目が汚れるだけの、正に、クソの役にも立たねえ見世物に対する、ささやかなお駄賃だ。机の上の豚に食わせてやりな」 そう吐き捨てると二度と振り向かず、カイトはその場を後にした。 「あれが……相羽カイト……」 相手の立ち去った通路を見詰めながら魔術士の少年が呟く。 表情は暗く、渋く、険しく、何か思い詰めている様だった。 「あ、あんな奴、別にどうってこと無いさ。大体、本当ならもう卒業してんだし、このぐらいの壁砕けなきゃ、それこそハジだ」 『弓矢』は空元気をだす。 「通路の壁はちょっとやそっとの打撃では壊せないだけの厚みを持たせてあるって、オリエンテーリングで言われたばかりだろう」 少年の言う通り、カイトがあけたサイズの穴を作るには、少なくとも鳳凰襲やマジックボム級の打撃四、五回分が必要だった。 もちろん、『弓矢』だってその程度のことぐらい承知している。だが…… 「ここの壁だけ、脆かったんだよ。俺達だって一年みっちり修行さえすれば」 敵に飲まれてはいけない。負けたと自分から口に出してはいけない。 口にしてしまえば、決して、その相手には勝てなくなってしまう。 そういう信念の元、これまでコイツは自らを奮い立たせてやってきた。 そんな親友を少年は好ましげに見つめていたが、 「……君なら出来るかもしれない。でも僕は……」 「あ? お、おい、何言ってんだよ! お前だって。いや、お前の方こそ、あの位、いや、あれ以上になれるさ!! 自信を持てよ! 商業課からの中途編入で、魔術と神術で学年でも上位五位にまで上ってくるなんて、素質と才能が無きゃ絶対不可能だ! そいつがどんだけ努力してたってさ」 モンスターが集まってくる危険も構わず、『弓矢』は大声を張り上げる。 そして視線を落とし、決まり悪げにこう続けた。 「その……悪かった。俺がお前の忠告を素直に聞いてたら……」 「ダンジョン実習に出れるこの日を、俺、ずっと待ってたんだ。だから、すっかり舞い上がっちまってて。冷静にならなきゃって、判ってたんだけど、これまで頭ん中で想像してたことや校舎裏で練習してたこととかが、思ってた以上に上手くいったから、あいつの言う通り、俺、調子ん乗ってた」 「お前が足、ケガしたのだって、俺のトラップ解除のスキルが未熟過ぎたからで、お前の責任じゃないし、それに、……」 言うか言うまいか迷っていたようだが、『弓矢』は真っ直ぐ正面から相手の目を見てこう言った。 「あいつの言った通り、俺、お前のことが邪魔だって、あの時、一瞬、思った。お前を置いて逃げようって、マジ一瞬考えた」 このとき彼はどんな糾弾も嘲りも甘んじて受ける積りだった。 だが魔術士の少年はそんな相手に優しく微笑む。 それはカイトが見てたなら、ハアハア、すること間違い無しなぐらい、綺麗な笑顔だった。 「でも君はそうしなかった。逃げそうになったけど踏み止まり、僕を守る為、敵の前に立ちはだかってくれた」 「そりゃ、お前には義理も借りも、恩だってあるし、それに……友達、だからな」 後頭部を掻きながら、『弓矢』は照れくさそうに言った。 彼らの付き合いは今日でちょうど二年目を迎えていた。 会った当初は反発もしたが、今では互いに心の内を見せ合えるまでになっている。 「そうだったね、最後の一つはどんなモンだか怪しいけど、それ以外の三つは、確かに、僕の心の出納帳にも書き込まれてあるよ」 少年はそう言って、(カイトが見ればまたしても、ハアハア、する事間違い無しな)笑顔を相手に向けた。 「そんな事より、さっきのことなんだけど……」 冗談だと解っていながらも、憤慨した風を装い、自分を励まそうとしてくれている優しい友達に少年が尋ねる。 「机の上の豚って、何だろう?」 カイトの頃とは異なり、最近の貯金箱は、豚では無く、金魚やリス、ハムスターが主流だった。 終了の鐘が鳴るまでまだ一時間近くも残っていたが、カイトは実習を切り上げることにした。 不快な気分をどうしても切り替えられなかったからだ。 本当ならもう一階ぐらいは進めたし、進む積りでもいた。 「……くそ!!!!!!」 更衣室に戻ってきたカイトは、ロッカーに思い切り拳を叩きつける。 「何をやってたんだ、俺は!!!」 「甲斐那さん達の手解きを受けただけで、大した努力もしてない癖に、強くなった気になってただけじゃないか!!」 カイトの歯がギリギリと軋んだ。 「一年だぞ。一年の間、必死の思いで、ミュウ達にも迷惑掛けて、穴倉ん中を這いずり回って、その成果がコレかよ!!! しっかりしろよ、相羽カイト!!!!」 カイトの不快さはあの二人が原因だった。 と言っても、少年達の態度云々の問題ではない。 確かに腹は立ったが、自分だってロイドに助けられたときは似た様な態度を取ったのだ。 他人を責める資格はない。 カイトが不快に思ったのは自らの非力さである。 実習一日目の彼らと、同じ戦果しか上げられなかった、自らの不甲斐なさへの怒りだ。 カイトでさえ引くのには梃子ずる張力の弓を、あの『弓矢』は軽々と引いて、四匹のモンスターを倒した。 ダンジョン実習一年のキャリアを持つ自分とさして変らぬ早さと、自分を遥かに超える精密さで。 末恐ろしい少年だった。 あのロイドを凌ぐやも知れぬ程の。 しかし実際はそれもさほど不思議ではない。 あの少年は幼い頃から冒険者を目指し、冒険課に入ったときから、ただもう、我武者羅に努力を積み重ねてきた。 魔術士の少年とルームメイトであることも含め、ある意味この冒険課の名物男なのだ。 魔術士の少年も然り。 会話にも上ったように、彼は二年に進級したとき家族の反対を押し切って、商業課から冒険課に編入した。 そして一年間の猛勉強を続け、魔術と神術で学年五位の成績に入るまでになった『弓矢』以上の努力家。 タイプこそ違え、二人とも冒険課のホープなのである。 またカイトも、自分で貶めているほど、成長していない訳ではない。 弐堂流の技はともかく、式堂兄妹の想いや理念と言ったものはカイトの中に正しく受け継がれていた。 「……グダグダ考えるのは止めだ。どうせ俺なんかじゃ何が近道かなんて判るわけ無いんだ。考えるだけ時間と体力の無駄だ!」 「何でもやってやる! 筋力も、持久力も、速さも、技も、全てを鍛え上げてやる! それで俺が潰れようと知った事か! 潰れる位なら、その方が逆に清々するってモンだ。甲斐那さんは俺に最初から出来ると信じたからあの刀を託してくれたんじゃない。俺が出来るようになるまで諦めないと信じてくれたから、あの刀を託してくれたんだ! 出来ようと、出来まいと、やるしかないんだ!」 カイトは己の不甲斐なさを歯噛みして、そこから立ち上がること、いや。 屈辱をバネに、そこから羽ばたき、甲斐那と刹那の居る高みに至らんとすることを決意した。 同じ頃、一人の少年が冒険者の道を諦めることを決心していた。 そしてそれとは逆に、その友人が自らの未熟さに腹を立て、カイトを凌ぐ程の冒険者になろうと決意を新たにしていた。 今日は、王国暦五六八年四月三日。 舞弦学園冒険課に新しく二つの教科がもたらされた日。 たそがれ時のことだった。 |
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