ぱすてるチャイム
Another Season One More Time
菊と刀


08
特許法とPL法



作:ティースプン





次にあるのは今から五年前、王国暦五六三年四月一日の新聞、その経済面の記事である。


魔法銃業界に新たな風? 二人の冒険者の新たなる挑戦

先ごろ、王都の多目的ホールで、新しい会社の設立記念セレモニーとこの会社が開発した新型魔法銃のお披露目が行われた。
招待されたのは商工業界の関係者、魔術アカデミー、運送団体、それに各局の報道関係者であった。

会社の発起人は二人。
リュクリュス・エメンタールとガーファンクル・ロゥエンガード。

名前に聞き覚えの在る方々も居られようが、この二人は今までにも度々その名を紙面に轟かせた事のある人物だ。
実はこの二人、嘗ては、冒険者としてその業界ではその名を知らぬ者は無いと噂される程の有名人だったのだ。
と言っても、昨今流行の悪漢冒険者としてではなく、遺跡の発掘や古代遺産の発見などで数々の成功を収めた優秀な方達なのである。
それまで開拓していたフィールドを産業や商業に移して今回の冒険に打って出たのには、色々な理由と数々の苦難の物語があった。
彼らが最後に出た冒険で手にした一冊の魔道書、それに書かれていた内容がそもそもの始まりだった。

これまでの私達は「銃」と聞くと、冒険課を卒業した者だけ、持って生まれた才能の持ち主だけが手に出来る道具だと思ってきた。
だが、これまでのその常識、いや、偏見を覆す驚きの秘法がその魔道書には記されていたのだ。
発見者でもあり解読も手掛けた彼等の話によると、今の我々が知っている魔法銃。
その核となる魔力変換晶石をこの魔道書に記されたやり方で加工すると、その魔法銃本来の理想発射限界数を大幅に上回る量の魔力触媒が精製されるのだと言う。
これだけ聞くと、「何だ、今までの物と同じじゃないか」。そう思われるかもしれない。

だが違うのだ。

このやり方で精製された魔力触媒は、ただ魔力とだけ反応し、エネルギーを生み出すのである。
この表現ではピンと来ないかも知れないので言い方を変えよう。
この魔力触媒使用の新型魔法銃(二人は魔法カートリッジ方式と命名した)は法術素養が全く無い人間にでも、またその素質を少ししか磨いていない者でも使用が可能なのだ。
無論、素養が無い者には五大属性への魔合変換反応は起こせないが、それでもこの魔法カートリッジの威力は見た者の度肝を抜いた。
筆者も実際に撃たせて貰ったのだが、もう、凄いとしか言いようが無かった。

本当に撃てたのだ。
普通課卒業の、法術の素養無しと判定された、筆者にも。

目の前で、自身の手で起こしていることながらも本当に信じられなかった。
余りの興奮に定められていた回数も思わず忘れ、引き金を引き続けてしまった程だ。

試し撃ちのマトとして用意されたのは、王国軍重装歩兵大隊でも使用されている最新型の板金鎧。
それを着せたダミー人形であった。
五メートルの距離から発射された魔弾は鎧の胸を貫き、ダミーの胸を撃ち砕いて、鎧の背中側を貫通した。
無論、その場にいた者全てが鎧には何の仕掛けもされていないのを確認したうえでのことであり、二人にもおかしな挙動は無かった。
その後、来場者から魔術の素養のある人々が無作為に選出され、他の属性を持ったカートリッジを試射したが、これもまた凄いの一言だった。
実際、あれは見た者で無いと判らないであろう。
兎に角、本当に凄いのだ(こんな表現しか出来ない、自分の文才の無さが悔やまれる)。

さて、凄い凄いと褒めちぎってきたが、二人がここに辿り着くまで決して平坦な道程ではなかったことを紹介していきたい。

魔道書を発見した彼らはこの触媒精製法を検証し、最新魔法物理学の基礎理論も当てはめた上で、計算式に誤りが無いことを確認するのに連日徹夜で一月も掛けた。
そして、計算式と精製法を記した起業プランを携え、先ずは銀行に融資を頼みに行ったのだが、断られてしまった。
昨今目立ってきた悪党化する冒険者に対する、融資担当窓口のマニュアルによる物だ。
これはどこの銀行に行っても同じだった。

次に彼らが向かった先は魔法銃を扱う店舗組合だが、ここにも話を断られた。
その後も企業回りは続き、鍛冶屋組合、薬品関連、商品流通業、それに幾つかの貴族の門も叩いたが、その何れからも融資を引き出すことは出来なかった。

ここまでで来たら、もう自分達の力だけでやるしかない。
ガーファンクル・ロゥエンガードが、挫け掛けていたリュクリュス・エメンタールを励ました。
彼らはそれまでに蓄えてきた僅かな財産を掻き集め、足りない分は借金で賄い、生産ラインに最低限必要な機材を全て取り揃えた。
人も雇い、慣れない手つきで現場を指揮し、ようやくこのほど、その苦労が報われたのだ。
彼らは日の目を浴びた新型銃、二人の血と汗と涙の結晶であるその銃を、それぞれの頭文字を取って、リュガーと名づけた。
製作段階で不備が見つかったものが五丁あり、今回、我々の前に紹介されたのはその六番目のモデル、リュガーP〇六であった。

この新型魔法銃が、悪党冒険者達の犯罪行為に巻き込まれる一般市民の盾となってくれる事を、筆者は切に願っている。
今後もこのリュガー社には注目していく積りなので、期待して欲しい。


経済面でこの様な感情丸出しの記事しか書けないというのは、客観性を求められる記者としてどうかとは思うが、掲載許可が出たことを考えると、編集長をも揺るがすほどの熱い魂を持っていたのだと解釈してやろう。

日付が日付だけに、この記事が掲載された当初は外国の国営放送をマネたイタズラかと大半の人は考えた。
その認識が覆されるのは約二週間後のことである。
テレビに連日連夜、魔法ケース採用新式魔法銃だの、魔砲カートリッジ採用改良型魔法銃だの、魔包クリップ採用新型魔法銃だのと似たような名前の商品が一斉に映し出されるようになったのだ。
どの局のどの時間帯のコマーシャルも、これら新型魔法銃で埋め尽くされる。
しかし――その中に先ほどの記事に挙がったリュガー社の名前は無かった。

確かにあの二人は冒険者としては人の倍以上も優秀ではあった。
剣も魔法も、そこいらのベテランが逆立ちしたって二人の足元にも及ばない程の才能の持ち主だった。
ところで、そんな二人の冒険者技能の内訳を紹介したいと思う。

リュクリュス・エメンタール。
専門は剣術(全体の八割)、魔術・神術(残りの二割)。
ガーファンクル・ロゥエンガード。
専門は魔術(全体の六割)、神術(全体の三割)スカウト技能(残りの一割)。
……という辺りである。

カイト達が暮らすこの世界にも特許法、またはそれに類する法律はある。
この新型魔法触媒の発見者たちは、その法律の意味をはっきりとは認識していなかったのだ。
養成機関にいた頃、彼らは実習には積極的に参加していたが、座学は然程勤勉ではなかった。

気付いている向きも有ると思うが、この業界で法律関係一番の専門家は、魔術士でも神術士でもなく、スカウト、盗術士なのだ。
情報収集とその分析も手掛ける彼らは、自分達の業務内容のどこまでがセーフでどこからがアウトなのか、他の技能者よりも注意を払っている。
法律業界に転向したり、冒険者専門の弁護士に転身したりする者も多い。
この物語の最初のほうで、セレスが学生の権利に関する条文をスラスラと口に出せていたのも、そういう事情があったのである。

リュガー社を設立した二人は、スポンサーを求めて企業周りをした際、プレゼン用の資料を持参していた。
断られても、後で相手の気が変わるかも知れないとの微かな望みを胸に、それらを訪問先全てに置いてきた。
あの記事が出た後、と言うよりも、あの式典に参加していた中にはかつて二人の訪問を受けた企業の関係者が何名か居た。
その連中は式典が終ると大急ぎで帰社し、当時の資料を探し出したのである。

もちろん、その全てが資料を残しておけた訳ではないが、それでもかなりの数の企業や貴族の手元にそれは残っていた。
触媒精製法の資産価値が弾き出されると、各社一斉に生産体制作りに取り掛かる。
また大々的な宣伝に打って出られるよう、広報部へも指示が飛んだ。
それに平行して、製法のキモとなる部分は削除した精製方法ならびに必要機材の情報などもホームページ上にはバラ撒かれる。
すでに一般大衆への認知度が高い知識や技術には特許申請は下りないという、特許法の規則を逆手に取ったのだ。

訪問を受けていた企業は二人が特許申請を出していないこと、そして他の企業を数多く回っていたことを調べ上げていた。
他のところが特許申請する可能性はある。
しかしこうしてしまえば、自分たちも特許使用料を得られなくなるものの、他の者もその恩恵は受けられなくなる。
見下げはてた商人根性と言うべきか、見上げた企業倫理と言うべきか、とにかくそんな思考に基づく商売戦略であった。

結果、一般市民からもこの魔法カートリッジ方式の銃を作って一山当てようと考える者も、少なくない数、出始める。
この生産ライン構築に必要な初期投資費用の総額は……まあ、我々の世界で脱サラしたお父さんが、自宅を改造して喫茶店を開業するのと同じぐらいのカネが掛かるとでも思って欲しい。
事実、企業はそういう脱サラ企業家が大量に出現するのを狙っていたと思われるフシが、当時のホームページの文言からは見受けられる。
情報による大衆の心理操作といった辺りだろう。

のっけからこの様な状況で新型魔法銃販売戦争が勃発した。
雨後の竹の子のように、次から次へと湧き出てくる新しい会社の新しい商品。
だがそのほとんど全てが社名と商品名が異なるだけで、中身は丸っきり同じデッドコピーに過ぎなかった。

先ほど『キモとなる部分は削除して』と書いた。
企業側のホームページ通りの製法では、触媒の生産量が本来の三割程度にまで落ち、その質に至っては到底殺傷能力など望めない物しかできない作りになっていたのである。
しかも脱サラお父さんの工房から出荷されてくる製品のなかには、ヘンな創意工夫が凝らされてる物も多く、そのほとんどが暴発事故を招いた。
怒れる市民の声が内閣に銃製造へ規制を求めたのは言うまでもない。
市民団体の突き上げに当時の第三期小池準三郎内閣もようやく重い腰を上げ、魔法触媒型銃製造に関する資格や安全基準を定めた条例を作成し、それらをこれから起業しようとするお父さん達に徹底させた。
結果、脱サラするお父さんは居なくなり、大企業主導による業界再編へと進んでいく。

現在この業界で一般人に名前が知られているだけの組織規模、販売経路を持つ企業は次の五社に絞られてくる。
その内一社は、カイトとはともかく、今回舞弦学園で実施されるカリキュラムとは余り関係してこないのだが、それも含めて紹介していきたいと思う。


一社目、スミス&ウェイランド。
名前からも判る通り、鍛冶屋組合からの合同出資による会社だ。
魔法カートリッジの出来や精度はイマイチだが、鍛冶屋だけあって銃本体の頑丈さは特筆に値する。
もちろんその分重いのだが、カートリッジや魔力が尽きた場合、鈍器としての使用も視野に入れて鍛造された形状は機能美の極致と言える。
また五社中ココだけが使い捨て大型銃(我々の世界で言うバズーカ砲に近い)を作っているが、こちらの売り上げはあまり好くない。
売り上げを伸ばそうとして、「デカくて、硬い、スミスの銃」という販促の標語が生まれることとなる。
この言葉が兵卒や下士官のハートを射ち抜いたらしく、軍人にはここの愛用者が多い。


二社目、ペンガーナ。
社名はペンタグラム&ガンナーズを略した物。
『銃』ではなく、『魔法銃』を扱い続けてきた店舗主人達の結束によって生まれた会社。
言ってみれば業界最古の老舗卸問屋だ。
特徴としてはカートリッジの威力が他社よりもやや弱いことが挙げられる。
だがここはメンテナンスフリーを謳い文句にしており、暴発や不発などの発生件数が一番低いという実績がある。


三社目、 ヒグチ(火口) 銃器。
製薬会社を前身に持つこの会社は、銃ではなくカートリッジで人気を集めている所だ。
使用済みカートリッジを集めて持っていくと、保証料として預かっていた代金の一部を返還してくれるのである。
ユーザーフレンドリーで、アフターケアーが行き届いている故に、リピーターが増えてきている。
ちなみにこの保証金制度は他社でも採用されつつある。


四社目、リリー&フィールド。
ここの製品は、とにかく、値段が安いこと。
それが唯一の美点と言って良い。
いま唯一と言った。
そう。それ以外は欠点のバーゲンセールだ。

銃本体の完成度が低い。
命中精度も良くない。
暴発で死人が出たという話は聞かないが、怪我人は出ているし、不発カートリッジを掴ませられる割合がじつに高い。
これらが美点と相殺し合ってるか否か、ビミョ〜なところが購買者のギャンブラー魂を刺激し、出荷数業界一位を誇っている。

ここは倉庫業、運送業などの商品の集積や流通を担ってきた会社が母体。
その辺のコネにより安価な生産流通網を作ることで、中間業者を一切排し、低価格化を実現した。
新型魔法銃業界の巨人である。


最後に、これは、企業とは言いかねるのだが、新型魔法銃業界でその名を燦然と輝かせている『店』がある。
ここは冒険者や自警団の間でよりも、ブランド物や宝飾品の好きな若い女性や奥様方の話題に上ることの方が圧倒的に多い。
名前はブッタネスカ。
その意味は『娼婦』だ。

『店』と言ったが間違いではない。
ここの出資者はノーザン人貴族である。
それも社交界や政府のお偉方の間では兵器コレクターとして有名なある貴族がこの店を運営させている。
しかもブランド店や宝石店などがひしめきあってる王都の一等地にこの店はある。
近々二号店を出すとも囁かれているが、その辺りについては定かではない。

ここには定番商品という物がなく、すべて注文生産になっている。
面談を受けて家柄に人柄、社会的地位、資産状況などを細かく審査された上で、基準に達してないと注文をとって貰えない。
しかも注文の中味が経営者であるその貴族の趣味や好みに合わない場合、お引取りを願われるという、実にとんでもない店である。
それを『さすがは貴族様』などと持ち上げる連中が居たりするもんだから、ますます調子に乗ってくる。
一朝滅んだときにこんな殿様商売をやらかしたりすれば、次の日から閑古鳥相手に営業しなければならなくなるだろう。

経営哲学は措くとして、ここの商品は完全オーダーメイドの一点モノだから、全く同じ品というものは存在しない。
使われる素材も金や銀などの貴金属を使用し、所々に宝石をあしらったりしてあるので、兵器と言うよりも宝飾品と呼ぶのがふさわしい。
店がお高く留まっているのと同じか、それ以上に値段も高い。
普通のサラリーマンでは給料三か月分はたいても、カートリッジ一個――実に馬鹿げていると思われるだろうが、これらにも貴金属を使用し、熟練の細工職人が一個一個丁寧に手作業で精緻な紋様を彫りこみ、宝石を象嵌加工している――すら買えないという、そんな店だ。

武器とは娼婦のような物。
常に優美で、官能的であらねばならない。
飽きられれば、また役に立たなくなってしまえば、直ぐ棄てられ、新しい物に取って代わられる。
そんな儚くも美しい存在。
武器とはそういう物である。

これがオーナーであるその貴族のなんとかいう公爵の言葉であり、店の運営方針だそうだ。
それで店にも『ブッタネスカ』という看板が掲げられたのである。


これが書かれている記事を見たとき、違いの解るコダワリのオトコ、相羽カイトが鼻であざ笑ったのは言うまでもない。

(古女房みたいに馴染んでくるまで振り回してやって、こっちも振り回されてやって、心中してやるぐらいの覚悟がなきゃ、武器がこっちの言うことを聞いてくれるもんか。あいつらには魂があるんだ)
憤然たる想いがカイトの胸中に膨れ上がる。

(何より、武器が自分を守ってくれる、敵を打ち砕いてくれる力があるとの信念を持ってやれずに、敵を前にどんな技が揮えるって言うんだ)
カイトの脳裏には飛燕を初めとする戦友達の姿が浮かんでいた。

(戦いに勝つには、己の闘技に対していささかの揺るぎもない、鉄石の如き信念が求められる。甲斐那さんはそう言ってた)
今は亡き師の言葉が蘇る。
その技を具現化してくれる武器にも、矢張り、並々ならぬ信頼が必要だ、と。

(コイツはコレクターだ。それも頭に大馬鹿と付く、な)
カイトはそう断じた。
(この店も、彼女へのプレゼントは見つけられても、男が戦場で共に戦い、そして共に死んでくれる仲間を探しにいくような場所じゃない。俺とは、一生、縁のない場所だな)
この時コイツはこう思ったのであるが、さて……


次に新型の魔力触媒使用型魔法銃、通称魔法カートリッジに付いて説明させて頂こう。

魔力触媒は二種類の粉末を混合させることで、魔合反応が起こる状態になる。
片方だけの場合、絶対に魔合反応は起きない。
また、触媒はどちらも温度変化に強く、不燃性という特徴がある。

この二種類の触媒を同じカートリッジに詰めて使用に備えるわけだが、既に二つが混ざっている状態だと、身体の一部が触れただけでも魔合反応が起きてしまい、持ち運ぶことすら危険になってくる。
そこで片方は粉末状、パウダーに加工してカートリッジに詰め、もう片方を粒状、グレインに固めて、カートリッジ底の窪みに嵌める。
グレインは一定以上の衝撃が加わると粉末状に弾ける様になっている。
このグレインを引き金と連動している叩鉄で砕き、粉粒二種類の触媒が混合される。
そこへ人型種族の体表を覆うような形で常に放たれている魔力が、グリップ内部に仕込まれている魔力吸収装置によってカートリッジへと流れ込み、撃発が起きる。
というプロセスを取る様になっている。

魔法カートリッジの利点としては、法術の素養がない者でも扱えること(その場合、直接打撃の力に変換される)。
『使用者を選ばず誰でも一定の効果』が得られ、遠距離まで届く強力な飛び道具/属性攻撃武器である点だろう。
魔術の素養があれば炎/氷/雷の、そして神術素養があれば光/闇と五つの属性攻撃と物理的打撃が、一丁の魔法銃だけで可能となる。
その辺りがウケて民間人だけではなく、高レベルの魔術や神術までは修められない戦士やスカウト、そして物理的な攻撃力に不安のある魔術士、神術士にも使用する者が増えている。

良いこと尽くめのように思えるが、もちろん銃にも欠点はある。
触媒と魔力との魔合反応は常に定量だ。
『使用者を選ばず云々』ということは、製品になった時点で誰が用いても同じ結果、同じ威力しか引き出せないということである。
魔術の修行を十年積んだ魔術士でも、今日初めて銃を握った一般人でも、同じカートリッジからは同じ打撃力しか生み出せない。
従ってカートリッジが生み出せる力を上回る『硬い』敵が現れた場合、理論上それで攻撃することは徒労でしか無いということになる……。

で、カートリッジを(正確にはそれに込められているエネルギーを)撃ち出す銃本体に付いて書いておきたいと思うのだが、生憎これに付いては書けることがほとんど無い。
リュガー社の二人がプレゼン用(いや、プレゼント用と言うべきか)に置いていった資料には、触媒の精製方法しか記されていなかった。
その為、ペンガーナ社が銃身に属性間の反発や摩擦を抑える紋様を彫り込む技術に秀で、それ以外の四社がペンガーナを模倣しながら、独自の様式美を手探りしているのが現状だ。
メンテナンス云々はこの辺りに関わってくる。

一丁ですべての属性攻撃が可能とは言ったが、無条件で、或いは一切の危険も無しにとまでは流石にいかない。
炎属性を撃ちまくっていた直後に氷属性を、或いは闇属性の力を放とうとすれば、銃身に働いてきた炎の力と摩擦が生じる。
単純に急激な温度差によって銃腔破裂を招くかもしれない。
その反発を抑える為の紋様彫刻に関してペンガーナは、長年旧式魔法銃を扱ってきた経験から割り出された、優れたノウハウを有しているのだ。

ここまでの説明で、カートリッジはヒグチのにして、銃本体はペンガーナかスミス&ウェイランドのモノを使えば問題は解決するんじゃないかと思われた向きもあるかと思う。
しかしそれが上手く行かない。
むしろ危険なのだ。

我々の世界でもヘッドフォン・ステレオ等の取扱説明書に、

当社の製品には、必ず、当社の専用電池のみをご使用下さい。他社の製品ですと故障の原因となる恐れがあります。これによって生じた故障や不具合に付いて、当社は一切責任を負いません。

といった感じの注意書きがあるが、これを販促の煽り文句以上に受け止める者はそんなには居ないだろう。
だがカイト達が暮らすこの世界の新型魔法銃の取説に書かれた注意事項は、販促ではなくPL法に基づいた、命に関わる注意事項なのである。
他社の製品同士を使うと本当に暴発の危険があるのだ。

カートリッジへの触媒の充填率、その配合比率、カートリッジに使用されている素材の違い、叩鉄の素材や使用されている魔力吸収装置の微妙な仕様の違い、銃身への紋様彫刻の違いなどなど、それらが影響を及ぼし合っているのだと推測はできるが、もともと未完成の設計図をもとにしている兵器だから、どれをどう直せば良いのか、各社共に手探りで実験を重ねている段階だ。
はっきり言って銃はまだまだ揺籃期、いや。孵卵器で眠りに就いている段階だと言えるような気がする。

最後に銃の形状に関して少しだけ記しておく。
初めはどの会社も単発式の物を発表し、横への二連装銃身、縦への二連装銃身、縦横二連装四銃身などが発表されていった。
で、縦二連横三連の六銃身配置が市場に出回った時、

――ダサい。
――重過ぎ。
――次にどれが発射されるか判らない。
――乱戦時に狙いを一発毎に微調整していくのは絶対ムリ。

などのクレームが各社に殺到したため、一時、開発競争が表面上沈静化した。
そして各社ほぼ同じ程度の研究開発期間を経て、輪胴型連発銃(ローテイター)の開発に成功。
現在世間一般に出回っているのはこのタイプで、これからカイト達が授業で使っていくのもこの辺りが主である。



カイトはこういった情報を図書室のコンピューターで検索した。
更衣室で決意を新たにしたダンジョン実習から一夜明けた日曜である。
専攻を決めるため、銃について調べることにしたのだが……。

第一発見者の二人は、まあ、馬鹿だとは、カイトも思う。
その馬鹿に付け込む企業のやり方はあくどいものの、規模と程度に差こそあれ、冒険者も日常茶飯でやってる事だ。
自分たちに非難する資格は無い。
だがその後が問題だ。

特許法。
何かの折にカイトはセレスからこの法律の存在を聞いていたが、今回これらの企業がやった様な使い方があることまでは知らなかった。
右も左も判らぬ素人に、必ず折れる細工をした剣を大量に配り、戦場に引きずり出して討ち死にさせる。
それによって更なる混乱を巻き起こした後、政府に禁止令を出させる。
そして大企業が悠然と落ち首拾いを済ませて、業界の覇者を決める。
戦略的に見れば被害も少なく、正しいやり口だとは、カイトにも判る。
しかし……

「ダンジョンじゃ捕食者、被捕食者の関係にあるモンスター達だって、冒険者の姿を見たら戦いを一旦中止して共同戦線を張ってくるってのに、それとはえらい違いだな」
カイトはため息を吐いた。
「モンスターの方がよっぽど綺麗で、善良に思えるなぁ」

「奴らは食うけど、貪らない。そこには居ない敵をわざわざ呼び寄せて、狩ったりもしない。普段は無視している存在を、自分の都合の良い時だけ、利用するってことも無い」
虚空に視線を彷徨わせてカイトは呟く。

「……昔から、世界の皮を一枚剥いだら、本当はこんなふうだったのかな……」

ロニィ先生に諭されたこともあり、戻って来なければ良かったとはカイトも流石に思わない。
ただ……

自分の暮らしている世界がこんな汚い大人達が棲んでいる場所だったとは気付きたくなかった。

それだけだった。


窓の外から聞こえてくる喧騒に、鬱になるばかりの心を救われた。
学園に隣接する国有地に、軍から送られてきた兵士や委託業者達が資材を運び込んで、射撃場を建設している声だ。
現場には青い魔法ビニールシートが掛けられており、どんなものが建設されるのか窺い知ることはできなかった。

「しっかし、これらの資料を見る限りじゃ、そもそも武器自体が未完成の欠陥品で、使用法が確立されてる風には思えないんだけどなぁ」
窓から外を眺めてカイトは一人ごちる。
「ましてや、その教授方法が出来てるっていうのは、どう楽観的に考えたって、ムリな気がするし……」

「……この辺も、脱サラお父さんの時みたいに、なんかの撒き餌なんだろうか? 高価なオモチャを税金で俺たちにあてがうことで、政府への不満を解消するとかさ……」
カイトは腕組みし、首を捻った。
「ま、新聞記者からの取材攻勢が俺一人から、学園全体、冒険課の三年生全員に移ったことだけは、小池のおっさん宛てに感謝のメールを出してやっても良いかな」
前向きに考えることにしたようだ。


「それにしても……」
沈み行く夕日を眺めながらカイトは呟く。
「リュガー社の二人は今、何処で、何をしてるんだろう。それにお披露目会に出された銃ってのは、一体、どんな物だったのかな……」


リュガー社を設立したリュクリュス・エメンタールとガーファンクル・ロゥエンガードは、借金を返せる目処が立たず、人知れず行方を晦ましたと言う。
あの記事を書いた記者がそこまでは調べたのだ。
腐っても冒険者だとカイトは感心した。

しかし、最初に日の目を浴びた魔法カートリッジ銃リュガーP〇六。
この銃に関しては、記念式典に呼ばれたうちの誰一人として写真用の器材を持っていかなかった為に、どんな形状だったのか、またどんな仕組、どんな性能をしていたのか、全て不明のままだった。


今日は、王国暦五六八年四月四日。
新カリキュラム実施を明日に控えた夕暮れ時。
図書室でのことだった。






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