ぱすてるチャイム
Another Season One More Time
菊と刀


12
The LADY and ladies. Officers and a gentile man.



作:ティースプン





一部の生徒の思惑や感慨はどうであれ、いよいよ舞弦学園で徒手武術と射撃術の授業が開始された。
そこで今回はそれらを指導するべく、軍から派遣されてきた教官達を紹介しておこうと思う。
そのうち約半分はカイトの学園生活にはたいした関りを持ってこないのだが、他の生徒や教員には厄介事を持ち込んでくるメンドーな連中なので、大まかな事だけでも記しておきたいと思った次第である。


一人目、徒手武術科教官、竜園寺 菊。
この物語に登場する二人のメインヒロイン、その片方、白いヒトである。

代々将官を輩出する軍でも指折りの名門竜園寺家の娘であり、病に倒れた父に代って数年前から竜園寺家を取りまとめている当主でもある。
事情があって彼女はその敷地から一歩も外に出ることなく養育された、正真正銘の箱入り娘だ。
よって彼女が身に着けている知識や技能は、すべて家庭教師たちから学んだものである。
語学や薬学、一般教養を修め、舞踊、華道、茶道、書道、絵画等を嗜み、当代随一と噂される達人とその門人から古武術の技と心を学んだ。

家族はいま言ったように寝たきりの父と妹が一人。
父剣嗣郎は、数十年前の世界中を巻き込んだ大戦『万州戦争』に軍を率いて現地に向かい、その活躍から『ベルビアの盾』と呼ばれるようになった英雄である。

彼女には優秀な軍人である兄が居たが、三年程前に任地で事故に遭い死亡している。
母親も彼女の妹を産んでしばらくして亡くなった。
幼い頃から母の側で奥向きの仕事を手伝ってきたが、母が死んでからは彼女が使用人らを指揮しながら竜園寺家の台所に立つようになる。

一回り年の離れた妹は今年初等部に上がる年齢に達した。
姉とは違い、妹のほうは全寮制の女学園に入ることになる。
これは竜園寺家の収入や経済力に翳りの生じたことが理由の一つとして挙げられる。
同時にこれは彼女が今回の作戦に参加することを承諾した理由の一つでもある。


軍は一枚岩ではない。
内部では穏健派と急進派がその主導権を奪い合っている。
今回の冒険者更正法についても穏健派は異を唱えていたのだが、さまざまな圧力が加わったために、賛同する意向を示さざるを得なくなった。
だが、積極的賛成と取られるのは彼等としてもメンツが立たない。
そこで賛成してますし協力もしてますよ、と言い訳が立つだけの生贄を差し出すことにした。
それが『客寄せパンダ』、竜園寺 菊である。

病床にあるとは言え、軍でも数少ないイースタン人系の将軍、竜園寺家の令嬢が法案の実施に協力することは人口の四割以上を占めるイースタン系国民の支持をあつめる材料にもなる。
また、竜園寺中将に回復の見込みはなく、跡取りである長男も死んだ今、竜園寺家が穏健派に占める役割や影響力はほとんど失せたと言っても過言ではない。
穏健派の重鎮たちはそのように判断した。
そして彼女にも父親への医療費補助の大幅な減額やその他諸々をちらつかせて、武術教官に就任することに同意させたのである。


もう一つの大きな理由は、姉が妹を気遣ったということだ。
心配はしているが、しかし父の病気は容態が急変する類のものではない。
屋敷には長年仕えてきた使用人が居るし、信頼できる主治医だって付いている。
まだまだ体の小さな妹にできる事などほとんど無い。
なら――屋敷の外の世界を見にいかせる方が妹には有意義であると判断したのだ。

無論、この辺りの事情を知ってる者は軍上層部に僅か数名を数える程度で、ほかには ほとんど(、、、、) 居ない。
この辺が竜園寺 菊を取り巻いている大まかな状況である。


徒手武術科の菊を紹介したのなら、徒手武術科の他の教官の紹介に移るのが順当だが、先に射撃術科の面々を紹介する。
これはカイトが徒手武術の授業でお世話になるのは座学、実習共に竜園寺 菊ただ一人であって、彼女以外とは顔を合わせる機会すらほとんど無いこと。
また射撃術の指導教官から目を付けられてしまって逃げるに逃げられないこと。
何よりカイトのこれからの学園生活には銃が暗い影を落とすようになってくるので、自然と射撃術科の面々との交流が深くなってくる為である。

射撃術科の一人目、スクワイア・マジョルニコフ。
この科で一番の巨漢であり、カイトが授業外で初めて言葉を交わすことになる教官でもある。

本当に雲を衝くという形容がふさわしい大男で、ノーザン人種。
体毛が薄いタチなのか、標高が高いと酸素も薄くなって木々も育たなくなるのか、若年性脱毛症を患っており既に末期でご臨終である。
幼い頃に罹った病気のせいで、顔中痘痕だらけ。目なのか痘痕なのか判らない顔をしている。
身長に比例して筋力があり、持久力にも優れ、さらに底なしの魔力許容量まで誇っている。
スミス&ウェイランド社の大型銃を十発以上も連続で撃ち出せるのは射撃術科の中ではコイツだけだ。

しかし性格がヒジョ〜に大人しい。
と言うか、ヨワヨワのヘタレだ。
その高過ぎる身長のために、普段から高山病か酸素欠乏症にでも罹っているのかも知らん。
とにかくそんな感じなので、今のところ、生徒を引っ張っていくことが全然できてない。
やる気は大いにあるのだが、生徒達から相手にされず置き去りにされているのが現状だ。


二人目、アズサ・パードナー・服部。
イースタン系とウェスタン系のハーフである。
若しかすると、ノーザン系の血も遠くには混じっているかも知れないが、物語には全く関係してこない程度であろう。

アズサという名前から女性を想像された向きも有るかも知れないが、残念、コイツは男だ。
綺麗な感じのする名前だが、顔と名前の不一致ぶりは詐欺罪で有罪が成立しそうなぐらいのアレだ。
セルフレームの眼鏡を掛けているが、サン様のような微笑みの貴公子なぞでは無い。
コイツにできる貴公子と言えば、コントに出てくる様な、白タイツ穿いて青洟垂らしたバカ王子が精々だ。

コイツは春先の生れだから、梓(アズサ)と付けられた。
名付け親はお婆ちゃんだ。
これは両親の仲が余り良くなかった所為もある。

名付け親は育ての親でもある。
だからコイツも三文値が安い。
主体性がなく、のんびり屋で、弱虫だ。
そしてプレッシャーにも物凄く弱い。

……ここまで読めばオチ(てか、元ネタな)が見えたと思うがその通り、コイツは射撃の天才である。
コイツは一〇〇メートル先に置かれたコインをドーナツ状に射抜ける技量の持ち主である。
また、五〇メートル先までの同じ弾痕に正確に命中させられる技も持っている。
しかも、左右両方の手で銃を同じように扱える器用さも持ち合わせている。
そのうえ、カートリッジに触れるとそれが不発か否かを大よそ感じ分けられる、超感覚までもがコイツには備わっている。

射撃が得意なのは良いが、なぜ、どうしてそんなことが出来ているのか、理論的なことがコイツにはサッパリ判ってない。
自分が特別だという自覚が無いのも問題に拍車を掛けている。
生徒からの「どうすれば良いんですか」との質問に対し、

「こうして、ああして、そうして、こうすれば良いんだよ〜」

としか答えられないのは教壇に立つ前に「もっぺん母国語の勉強からやり直して来い!」と言うほか無い。


……言うまでもないことだが、コイツの下には未来から来た青いネコ型魔法ゴーレムは配属されてたりはしない。
無論、その妹を名乗る黄色いのもだ。
しかしコイツの上に『ガキ大将』はいるし、『腰巾着的なバカ』も居るので、その辺は安心してくれて良い。
憧れてる女の子は……まあ、物語が進むにつれて、その辺りについて触れる機会もあるかも判らない。
だが飽くまでもコレは無印ぱすチャの二次(四次)創作であって、今年(二〇一〇年現在)で三十年目を迎えるアレをメインにした二次創作ではないから、その辺は余り期待しないでもらいたい。


三人目、G・W・ミラー。
ジョージ・ウォレス・ミラーなんて書くと「どちらの御曹司さまで?」と思うかも知れないが、コイツの実家はちっぽけな肉屋を営んでいる。
ミラー(粉屋)だが肉屋だ。間違いではない。

コイツは背が低い。
一六〇センチを切る背の低さで、しかも痩せている。
にも関わらず、痩せの大食いという言葉がぴったり当てはまるぐらい良く食いやがる。
そこから付いた仇名がバケツのミラーだ。

出された物は何でも食う。
不味かろうが美味かろうが頓着しない。
とにかく、味にはこだわらず、大量に、食うのだ。
親も困り果てて、口減らしの為にコイツの年齢を三年ほど水増しして、厚底の靴も履かせ、入隊資格を満たしていない内から軍隊に放り込んでしまった。
ミラー(粉屋)で肉屋のクセにサバを読み、挙句の果てには靴屋のお株まで盗んだって訳だ、コイツの『両親』は。

バケツのミラーはフケツのミラーでもある。
食うのに金をつぎ込む為に、服装やら身なりには金を掛けられないのだ。
と言うか、掛ける気も無いのだろう。
とにかくコイツは普段から臭くて汚いうえ、物臭で無口だ。
夏の暑い盛りでも、一週間もの間風呂に浸からなくても平気でいられる。

平気でいられないのは周りの連中だ。

そいつらがコイツをふん縛って風呂に入れる。
そのとき、コイツは何も言わず、火の点いた猫の様に大暴れする。
不潔であることになにか信念でも抱いているのかも知れない。

欠点ばかりを挙げ連ねてきたが、コイツにだって長所の一つぐらい存在している。
無茶苦茶、手先が器用なのだ。
目を瞑ったままリンゴの皮剥きをやらせても、世界記録が出せる程だ(まあ、コイツに剥いて貰っても、誰もそのリンゴを食いたがらないだろうが)。
コイツはその手先の器用さを活かし、食費の足しにしようと軍隊内部でコツコツ内職に励んでいた。
そのとき、銃のグリップに綺麗な象嵌細工を施しているのが上の目に留まったのである。
それが今回の舞弦学園の授業で何かの役に立つかもと考えられ、ここに出向させられることに繋がった訳だ。
だが、身なりを気にしないコイツの不精さと、不潔さと、馬以上の大食い振りに上官がうんざりして暇を出したというのが本当の所だ。

コイツは生徒達に銃とカートリッジを配って、適当に射撃練習をさせてるだけで、技術的な指導は何もしていない。
だが銃の不具合や持ち主との合う合わないといったハードウェアの問題は即解決してくれる辺りに、辛うじて責任感と呼べる物を見ることができる。


四人目、ベルナルド・バース。
短く刈り込まれた金髪に、常にその顔に浮かんでいる軽薄そうな薄ら笑いが特徴の、二枚目半の微妙な男前だ。
言動が非常に軽く、安請け合いが激しいが、それ以上に逃げ足が軽やかだ。
面倒事や重労働からは真っ先に逃げ出す。
先に出てきたマジョルニコフとアズサは、良い様にコイツのカモにされている(『腰巾着』ってのはコイツだ)。

この男は既にその名を歴史に残している有名人である。
良い意味でではない、悪い意味でだ。
施行されてまだ日の浅い冒険者更正法。その適用第一号がコイツなのだ。
つまりコイツは、軍に配属されて二週間にもならない、更生中の悪党冒険者なのである。

捕まった理由と言うか、犯した罪が拳銃強盗。
強盗そのものは上手くいったが、逃げるのには失敗。
その際、逃走経路沿いにあった公団住宅に立て篭もって、駆けつけてきた警官たちと激しい打ち合いを繰り広げ、かなりの被害を相手側に与えたことになっている。
それで不穏な空気が漂い始めている国境線に送られたのだが、そこの責任者がコイツの罪状と、「銃を使えるヤツが居たら寄こせ」との上層部からの回状を読み比べて……

「せっかくだから、オレはこのヘタレを送るぜ」

と王都に送り返してきた程の逸材(=逸脱した人材)だ。

ちなみに――

コイツが卒業したのは、舞弦学園とは姉妹園提携を結んでいる、ラスタルの光綾学園である。
そこでコイツは満遍なく四技能をそこそこ程度修めてきた。
もちろん、成績表で教師が感想やら所感やらを書く欄には三年間、判で押したが如く、「落ち着きが無く、根気が有りません。もう少し頑張りましょう」と書かれつづけてきた。
そんな奴である。

そんな奴だから授業でも指導らしきことは何もせず、生徒達に撃ちっ放しをさせている。
あるいは生徒相手に下らないおしゃべりをしてるだけだ。


五人目、アーサー・スコット・クラーク。
名前は涼しげだが、実物は熱い男だ。
違った。厚くて暑い男だ。
射撃術科のメガネは既にアズサで売り切れなので、コイツにはメガネはもちろん、その他の後付オプションも一切無しだ。
サングラスに野球帽のガンコレクターな傭兵とかを想像していた方々には申し訳ない。

白くてデブくてキモいオタク。

それがコイツだ。
厚くて暑い男と言った意味が判ってくれたと思う。
射撃の腕はからっきしで、手先も不器用。
他の連中が一応前線勤務からの出向であるのに対し、コイツ独り補給や兵站部門の出身である。
特技はネットやコンピューター関連の技能、そして銃も含めた武器や防具、そしてそれらに使われてる素材等の知識が異常に豊富だ。
またモニターを眺めてる時間が長い割には、非常に視力が良く、耳も良い。
だが目と耳が良い分だけ口が悪くて、愚痴っぽい性分である。
場の空気が読めないという欠点もある。

コイツも実習は丸投げの撃ちっ放し状態。
時間が終わるのを雑誌を眺めながら待つのがコイツの授業スタイルである。
座学も同じで、各企業から資料として渡されて来た社員用の基礎マニュアルを黒板に板書し、それを生徒に写させて終わりだ。


さて、射撃術科に所属しているのはもう二人居る。
内一人は既出のあの御仁だが、もう一人とひっくるめて最後に回すことにして、ここからは竜園寺 菊以外の徒手武術科の人員を紹介させて貰いたい。


徒手武術科主任教官、ヤナチェク・クラスホイ。
少年の面影を多分に残したノーザン人種の青年士官だ。
ロイドから甘さを大幅に抜いて、その分だけ鋭さや冷たさを加味した感じと言えば良いだろうか。
身長は一八〇センチはあり、銀灰色の髪を短く刈り込んでいる。

服の上からだと判らないが、その肉体はかなり鍛え込まれている。
士官学校を出ただけのお坊ちゃん士官ではなく、エリート中のエリートと言った雰囲気だ。
事実、彼はロック・ハースト士官学校を第三位の成績で卒業したエリートであり、この作戦の発令前まで散発的な武力衝突の絶えない国境地帯で警戒の任に当たっていた実戦経験者でもある。

言動も自信に満ち溢れており、その内容も豊富な知識に裏打ちされている。
だが冒険者という職業が嫌いなのか、人種蔑視の意識が強いのか、その両方なのか、生徒達を見る目が冷たい。
こちらに戻ってくる際、射撃術科の『腰巾着』と同じ交通機関で道行きを共にしてきたらしいので、或いはその時に何かあったのかも知れない。

武術スタイルは撃拳、つまりボクシングだ。
足技や投げ技、固め技の類はほとんど使えない。というか、使わない。
その代わり、その撃拳は速くて重く、技も多彩だ。
彼の持論はこうだ。

投げ技や固め技よりも、当て技の間合が先である。
掴まれる前に、敵の意識を刈り取れる頭部の急所か、相手の動きを止められる身体部位を的確に打ち抜ける技と力があれば、他の技術は不要である。

彼はこの持論を実践できるだけの技量と肉体にも恵まれ、またそれらを磨き上げる努力も積んできた。
教え方は丁寧なのだが親切ではない。
言ってしまえば、射撃術科のアズサと同じだ。
自らが為し得ている技が、どういう理論や段階を経て、どの様な身体的条件に合致することで可能となっているのか。
その辺りを指導することを抜かしているので、丁寧に教えていても出来の悪い生徒や未熟な子たちにはどうしても付いていけない。
それを本人の努力不足と断じ、自らを一切省みない。
天才と呼ばれる型に有り勝ちと言われるアレである。

しかしその整った容姿と高身長、そして怜悧な雰囲気が女子生徒には受けて、そんな教え方でも女子生徒からの不満は余り聞かれない。


徒手武術科副主任、チャイカ・ガラーホフ。
ウェスタン系とノーザン系のハーフと思われる人物である。
上のクラスホイの副官(人事的には一応)だが、徒手武術科の渉外担当めいたことや事務処理などもやってのけられる才幹の持ち主である。
クラスホイよりも年上だが、こちらの方が若く見える。

常に無表情で、メタルフレームの眼鏡を着用してることもあって、非常に冷たい印象を受ける。
同僚らの冗談にもニコリともしない。
痩せぎすに見えるが、鍛え上げて一切のぜい肉を落としきったという感じの、大変引き締まった肉体の持ち主。
その為か一九〇センチを超す身長なのに小柄に映る。

非常に甲高い声をしているのが一番目、いや、耳に付く特徴である。
本人は自分の声が嫌いなのか、小さくボソボソとした語り口調で喋り、授業中でも必要最低限の事しか話さない。
生徒を注意するときも、怒鳴ったりせず、冷たい視線を向けるだけで目的を果たす。

それでも目的が達せられない場合は黙って実力行使に移る。
それもかなりきつめの。

最初の授業でこの注視に気付かずに騒ぎ続けていた生徒は、いきなり、裏投げを食らわされて泡を吹き、保健室に担ぎ込まれたのである。
それがあってから、この教官の授業は非常に張り詰めた空気が漂う様になった。

この男の武術スタイルは、我々の世界で言う所の、柔道と空手だ。
どちらかというと柔道の方が得意である。

生徒のどこが出来てないのかを見抜く能力はあり、段階を踏んで学ばせる頭もある。
だがその辺りでこいつは手を抜くのだ。
具体的に言うと、素質があっても専攻が徒手武術でない生徒には、あと一言の助言で突き抜けられるのに教えないとか。
逆に、専攻が徒手武術でも素質がない場合、その生徒に合ったスタイルやコンビネーションを考えさせたり、手助けをしたりせずに放置するといった具合だ。
まあ、天才ゆえの潔さとか諦めの速さ。
あるいは合理主義者、効率至上主義者のセオリーとでもいったところだろう。
こんなことが生徒達にばれたら、生命の危険にも繋がりかねないと思うが……。


徒手武術科平教官の一、ジェイミソン・ムスタング。
前回の話でも上った徒手武術科、否。
今回軍から派遣されてきた軍人のなかで一番のイケメンだ。

事実、本人にもその自覚(それもかなり行き過ぎた)があるらしく、自ら伊達者ジミーと名告ってる。
その風貌や言行などに射撃術科のバースに通じる物があるが、こちらには何かしら凄みが付いて回っている点が違う。
それが良いものなのか悪いものであるのかはじきに解る。

ウェスタン人種で、豪奢な金髪に青い目をしている。
非常に垢抜けており、どんなときも微笑を絶やさず、言動にも軽薄なモノが混じったりするが、徒手武術や武器を使った戦闘の腕前も確かな男ではある。
武術スタイルは柔道ベースに空手をチョッとかじった感じだ。

生徒をその気にさせるのはウマく、そこそこ上達もさせてやれるのだが、ある一定の域まで達すると成長が止まる。
本来の技に自分流のアレンジを加えて教えているので、コイツから学ぶ者にはその技の本当に辿り着けなくなっているのだ。
優秀な術使いではあっても、指導者や教育者にはなれない。
そんな奴だ。


徒手武術科平教官の二、サイモン・カーチス。
彼は笑顔ではなく、笑声の貴公子である。
いや、そうなると奇行師と呼んだが良いかも知れない。

髪の毛が銀色な所を見ると、割と近くにノーザン系の先祖が居るのかも知れないが、両親は紛れも無いウェスタン人種だ。
常に下らない、セクハラすれすれの冗談を飛ばしては笑っている。
身長、体格、体重は標準的で、徒手武術の腕も平凡な様に思われている。
外見も標準より少し上ぐらいの二枚目顔だ。

だが、口を開くと。
と言うよりも、黙っていることができない以上、どれ程イケメンでも、三枚目にしかなれないのである。

武術スタイルは柔道と空手を過不足無くやって来ている。

陽気なのは確かだが、その実、酷薄な人間でもある。
そして自分ではそのことをはっきりとは認識できてない。
故に、いま自分の教えている技能や知識が人を殺せる危険な物であるとの認識が欠落している。
教え方が的確でその態度や雰囲気が軽佻浮薄な分だけ、危険な事故に繋がる可能性がある。


徒手武術科平教官の三、トレント・クフィル。
他の面々に比べると、非常に地味で目立たない、大人しい人物である。
大柄でも小柄でもなく、軍人として平均的な体格。
茶色い髪に茶色い瞳をしており、普段からあまり喋らない。

授業でも最初に指示や説明を行ったあとは、質問されたときに答える以外、一言も口を利かない。
声は低いが良く通り、滑舌もしっかりしている。
口で説明するよりも、身体を使って教えるのが主である技術だから務まっているのだろう。

柔道が専門で、殴ったり蹴ったりは苦手な方だがそこそこは出来る。

教えるのは一番上手い。
だが義務的、作業的に教えているだけで、それらの意味と目的を自分達の中に問い掛けさせる部分が抜けている。
器械の様な印象を受ける人物である。


徒手武術科平教官の最後、オズワルド・グリッペン。
抜きん出た巨体の持ち主で、射撃術科のマジョルニコフと同じ位の身長がある。

金髪に青い目をした厳つい顔をしている。
顎と右頬にある古い大きな裂傷も原因だろうが、この男は恐い。
軍から派遣されてきた教官のなかで一番恐がられているのである。

初めての授業でこの人物が腹に響く程の胴間声で打ちかました挨拶はこんなのだ。

「俺は冒険者が嫌いだ。ここに来たのも、お前らみたいな冒険者の卵を存分に甚振れると聞いたからだ。覚悟しておけ、笑ったり泣いたり出来ない程たっぷりと可愛がってやるからな」

まあ、この様な内容の事は竜園寺 菊も口にしたし、カイトを気に入ったと言っている例の軍曹殿も仰ってらしたから驚くには当たらない。
それにあの二人は、そう口にしていながらも、本心は何か別の事を目指している風に生徒達には思われた。
口にした言葉に何がしかの本心が有ったとしても、自らの感情を最後の一線では抑制できる冷静さ、理性が感じられた。

だが、この人物からはそういう心の抑制とか理性といった物がまるで感じられなかった。

コイツは柔道も空手も両方共に極めている。
舞弦学園に来る前、主任のヤナチェク・クラスホイとの練習試合で引き分けに持ち込めたのはコイツだけだ。
他の面子は誰一人としてヤナチェク・クラスホイの身体に触れることすら出来なかった。
それは技術的にどうこうではなく、体格的なアドバンテージに守られてという部分が非常に大きかったのではあるが……。
軍全体を見回しても、素手でコイツとわたり合える人員はそんなには居ないと思われる……同世代には。

腕力一辺倒の脳筋バカそのものな風貌だが、実際には状況を冷静に分析できる頭脳や狡知も持っている。
だが、それらを使って生徒達を本当に甚振っているだけな様に感じられる。
最初の授業から、生徒達からは保健室に担ぎ込まれる者や、顔や身体を腫らしたりアザを付けられたりする者が続出した。

授業終わりに指導をつける場でも、貶すばかりで何処が良かったのか悪かったのか、技術面での助言や精神的な励ましやらは一切無い。
オズワルド教官から生徒に伝わってきたのは彼自身の粗暴さと残忍さ、それに胸の悪くなる様な冒険者への悪意だけだった。


以上で徒手武術科の面々は紹介し終えた。
残っている射撃術科の二人に話を移す。


ライオット・ワーブ。
射撃術科の教官達を纏め上げるべき立場にいる、筋金入りの鬼軍曹様である。
代々下士官を送り出してきたサザン系の軍人一家の出であり、彼の父親も、そのまた父親も、さらにそのまた父親も軍曹だった。

カイトが感じた通り歴戦の勇士であり、万州戦争にも従軍していた経歴の持ち主である。
言動からも判る通り、ここ十年近くの間は訓練教官を務めてきた。
三流タブロイド紙を購読し、新兵を怒鳴りつけ、安酒をかっ食らう日々を送ってきたということでもある。

未だに独身で、趣味と呼べるようなものが無いので、そこそこ金が貯まる。
ある程度貯まると無駄遣いをするのが趣味と言えば趣味だろうか。
そんなアレで、流行している銃とか言うオモチャ(軍曹主観)を買ったのだが、直ぐに飽きて小型トランクに仕舞い込んでいた。
それをどこで聞きつけたのか、いけ好かない上官から「貴様は銃に詳しいだろう」と因縁を付けられ、他にも諸々のしがらみから今回の射撃術科の束ね役を引き受けざるを得なくなった。

この人物は反復練習こそが上達への唯一の道という信念に基づいて行動している。
統一規格を通した歯車や駒の様な兵隊を造るのであれば、それは正しいだろう。
射撃術を専攻した生徒にもそれで良いだろう。
だが、単元数だけでここの講座に組み込まれた生徒にとって、それは絶対に違うと思う。
この軍曹にはまだその辺りの事情がよく飲み込めていないのである。
しかし人を無理矢理にでも引っ張っていく積極性や有無を言わさぬ雰囲気は、ここに派遣されてきた教官中、一番のモノを持っている。
階級や素質ではなく、人生経験の差であろう。

また洗練され尽くしたと言うべきか、羞恥心を捨てきったと言うべきか、指導におけるアレな言動にも定評がある。
事実、軍上層部にまでその評判は知れ渡っており、「恥を曝すことが無いよう言動には細心の注意を払え」と厳命されてきたという経緯がある。
命令には絶対服従を叩き込まれた下士官のサガで、極力普通の言葉を喋ろうとしているのでフラストレーションが溜まりつつある。
そんななか浅からぬ因縁を孕んだ相手、相羽カイトが自分のクラスに配属されて非常に喜んでいる。

面識こそ無かったが、ワーブ軍曹はカイトを知っていた。
その辺りはこの物語の終盤で、軍曹自身の口から語って貰う予定なのでここでは伏せさせて頂く。
ただ、授業が開始された現時点においては、このサザン人下士官は、欲求不満の解消先として、カイトに目を付けたと覚えて置いて貰いたい。

さて、ワーブ氏を軍曹と呼んできたがそれは正しくない。
長年軍曹の階級に留まっていたため本人も自らを軍曹と呼んでしまいがちだが、今回の異動で曹長に昇進しているのだ。


序に他の十二人の階級も記しておく。
ベルナルド・バースが伍長である事を除き、上記射撃術科の四人は全員軍曹。
ヤナチェク・クラスホイが中尉である事を除いて、上記の徒手武術科の五人は全員少尉階級である。
また舞弦学園異動に際して、全員予備役に編入されている。
徒手武術科の軍人は全員に実戦経験が備わっているが、射撃術科の教官は、曹長とバース伍長を除いて、実戦に出た経験が無いとの共通点がある。

竜園寺 菊は軍人ではなく、軍属民間人だ。
有する資格や技能から少佐待遇と給与が与えられており、舞弦学園に派遣されてきた軍人全員への一応の指揮権を持たされている。
しかし、普段の彼女にその指揮権を使う意志はなく、徒手武術科のクラスホイが実際の指揮権を握っている。
まあ、彼女に対して何かものを言うときは、命令ではなく、要請であると彼自身は言ってるが。


さて、射撃術科には人員がもう一名居ると書いた。
だがその人物は射撃術の教官ではない。
その人物がここに来ることになったのは、ライオット・ワーブの補佐官、雑用係としてである。

名前と経歴の程は不明だが、ワーブ曹長は、そして他の面々も、伍長とか伍長さんと呼んでいる。
ウェスタン系の軍人でライオット・ワーブよりも年上である。

この人物の風采挙止は下士官や一兵卒とは思えない程物静かで、洗練されている。
体格も上官とは対照的で長身で引き締まっており、誰が相手でも敬語を用いて話し、その言葉の端々には軍人とは思えない、いや。
学者にも思われる深い知性と教養、滋味といった物が感じられる。
直情径行な上官とは異なり、深謀遠慮を心掛け、教科主任のあらゆる暴走行為に歯止めを掛けられる唯一の存在だ。

曹長は今回の異動に当たって自分の下に配属される部下というか同僚の履歴を見て、一つだけ軍上層部に掛け合った要求があった。
それがこの伍長を自分付きで舞弦学園に同行させることである。
自分とは万州戦争以前から付き合いのあるこの男が居れば、まあ、何とか当面の目的は果たせるだろうとの目算だけから実行に移させた人事だった。

今の所、この老兵は学園と射撃術科の交渉の窓口係を担当し、他の全ての教官の雑用を引き受け、学園の用務員の手伝いまでこなしている。
今回派遣されて来た軍人の中で一番腰が低く、一番年長の人物でもある。
常に穏やかで優しく温かい笑みを浮かべて、軍の教官からの、そして学園側から承った仕事をこなす為に学園のあちこちで生徒から目撃されている人物だ。
生徒からのちょっとした頼み事も嫌な顔一つせずに引き受けてくれる、心優しいお爺さんである。
軍から来た色々と問題の多い『お客さん』への怒りや不満が爆発しないのは、この老下士官の働きに助けられてる部分が大きい。


以上が、今回軍から舞弦学園に派遣されてきた職員の全てである。


望み得る限りで最高の人材をそちらには送る。
軍から舞弦学園に行った話はそういう事になっている。
その言葉に嘘はなく、上記の面々が、この短期間に軍のほうで用意できた、最高の人材である。
今回の法案施行に力を注いでいた急進派に集めることのできた「格別優秀なスタッフ」なのである。

穏健派に頼み込んで軍全体にまで検索範囲をひろげれば、最初からもう少しマシな人材を引っ張ってくることはできた。
しかし急進派は対抗勢力に借りを作りたくなかった。
また穏健派の方でも人的資源の流出は避けたいという本音があった。

軍は人手不足である。
どちらの派閥も、使い勝手の良い優秀な人材を外部に送り出すというのはしたくなかった。
しかし……


子どもの教育に手間と暇を惜しむというのは本末転倒、いや。
それこそ亡国の音というものではないだろうか……。


とにかく、そんな状況下で急進派が影響力を発揮できたのは、野戦でのガチンコ勝負が得意な部隊がほとんどであった。
そんな中で銃を扱っていた人材を探せば、適者生存の法則が働き、前線では活躍できずに逃避先を求めて銃に縋った連中になってくる。

中には前線でも活躍できて、余暇や趣味で銃を扱っている優秀で老練な軍人もいたのだが、先に挙げたような理由からもそういう人材の派遣は見送られた。
未知数の兵器の運用法を考えるに当たっては若い頭脳の方が良いという、軍の言い訳にも一理あった。
だが一般的に見て軍人の中に根強い冒険者蔑視の気持ちがあった為、その辺りから問題が発生するのを懸念したというのが一番の理由である。

射撃術科に揃えられた連中を見て、上層部急進派も「流石にこれはチョッと……」と不安に駆られたのだろう。
徒手武術科には、考課表や従軍経験や戦績を鑑みた、極めて優秀な人員を送り込んできた。
だが、自分がやるのと他人に教えるのとでは、求められる資質が違うことを考慮しなかったようだ。
上のやる事と言うのは大体がこんなものだろう。


軍は一枚岩ではないと言ったが、それは末端の彼ら舞弦学園出向組十三名にも当てはまる。
階級差を抜きにしても徒手武術科は、菊一人を除き、射撃術科の六、いや七名を馬鹿にしていた。
射撃術科の方もそれぞれ纏まりがなく、バラバラで、だらけ切っていた。

彼らは最初全員で射撃演習場近くに設営された仮設兵舎で寝泊りしていたが、直ぐに徒手武術科が舞弦学園の校舎の屋上を自分達の待機所として開放する事を要求、そちらに簡易住居一棟を運び込んでそちらに移ってしまう。
彼ら自らで住み分けを選んだことにより、軍人内部での衝突やいざこざは避けられた様に思われた。
また、生徒達の喫煙スペースになっていた屋上への巡回業務から解放されるということもあって、学園側も大喜びであった。
このことが後にある問題を招くことに繋がるのだが、現時点では学園も軍人側でもそんな事は予測すらされなかった。

概ね、学園生活自体は平和だった。

ある男子生徒がサザン人教官から特別に目を掛けて貰ったり……
その同じ生徒がさる箱入りお嬢様先生による熱心な指導を受ける栄誉に浴したり……
また、その同じ生徒が、書類上は同じ年齢だけど年上な女性教諭補助の四人から丁重な扱い……
まるで腫れ物に触るがごとき扱いを受けたりしてたみたいだったが、別に学園や社会を騒がすような大事件もないまま時は四月も下旬に差し掛かっていた。

王国も学園も、表面上、まだこの時期は概ね平和な時間の流れにあった。
水面下では様々な人と金の流れが渦を巻き、激しくぶつかり合っていたとしても……






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