ぱすてるチャイム
Another Season One More Time
菊と刀


14
a BloodStained Blue Week-Part Two



作:ティースプン





四人が立ち去った後、カイトは連中が見下ろしていた窓に駆け寄る。
判りきってたことだが、射撃演習場と銃器保管庫が見えた。
しかし、だからと言って、あの四人が銃器類を盗みだす積りだという証拠にはならない。
彼らはどこか余所の景色をここからの眺めに見立てて、相談していただけかも知れない。
それに漏れ聞こえてきた片言隻句や見た目の印象だけで相手を判断するのは社会人として拙いし、冒険者としてもやってはいけない行為の一つだ。
できるだけ多くの相手、それも自分がその判断を信頼できる第三者的立場にいる者から情報を集めねばならない。
カイトはそう考えた。

現時点で取っ掛かりとなるのは、授業で顔を会わせたことのある、あのずんぐりむっくりだ。
カイトはどの授業で顔を合わせたのか思い出すのに集中する。
そして、何となくだが、剣術かスカウト技能のクラスで見たような気がしてきたのである。

そもそもあの顔は法術が使えるという感じではない。
声からしてもそうだ。
あれは、ハレルヤハレルヤとか、パパレホパパレホドリミンパとかの呪文や真言を唱えて良い型ではない。
あれは、気合だ、根性だ、ぬっ殺すぞボケ、いてまうどコラと叫んでなければダメな声だ。
カイトはそう考えたのである。

……初っ端からすでに主観と思い込み全開でダメダメな感じしかしないが、今回カイトのこの思い込みは正しかった。
最初にむかった剣術科教官室で、あのずんぐりむっくりとバンダナ鼻ピアスの情報が得られたのである。
そしてそれ以外にも様々な収穫があったのである。


「やあ、カイト君。あれ? ……ああ、そうか。まあ、色々あるからね。どうしたんだい、沙耶君か、それとも竜園寺先生にでも用事かな?」
カイトにとっては非常にありがたいことに、剣術教官室には『前年度』お世話になったレパード・ウォルシュ先生しか居なかった。
授業中にも関らず生徒が教官室にやってきたことに一瞬怪訝そうな顔をしたものの、先生は直ぐに笑顔でカイトを迎えてくれた。
「いや、今日はウォルシュ先生に用事ってか聞きたいことがあって……だけど、リンドー……先生は兎も角として、りゅーえんじ、せんせーが何で剣術教官室に居るの……ですか?」
カイトの微妙なイントネーションに剣術科の主任はにっこりと微笑む。
「沙耶君のことは竜胆で良いんじゃないかな。少なくとも前に君達を教えてた僕らや、ミュウ君達しか居ない所ではそんな他人行儀な呼び方をしなくても構わないと僕は思うよ」
と言われても、素直に頷けない事情がカイトの周りには存在していた。
だから「前向きに検討します」と何処ぞの国の国会議員の様な受け答えをしてから、新たな疑問を口にする。

「あの、それより、りゅーえんじ……せんせーがこちらにいらっしゃってるみたいな事を仰ってましたけど、それってどう言うことなんでしょう?」
カイトの声には硬いものが混じっていた。
「ああ。竜園寺先生の机はここにあるんだ。屋上の徒手武術科教官室じゃなくてね」
ウォルシュ先生はそう言って教え子に椅子を勧める。
「見ず知らずの男性ばかりの場所に若い女性が、それも外界とは隔離されて育てられてきたお嬢さんが一人っていうのは何かと不便で心細いと思うし、沙耶君とは顔見知りということもあって竜園寺先生はここに間借りすることになったんだ」
竜胆と顔見知りとの言葉にカイトの顔に驚きが広がったのを見て先生は大まかな事情を説明してくれた。


竜胆家――正確にはその宗家――は竜園寺家の分家、家臣筋に当たる軍人の家系だ(この話ではな)。
沙耶の祖父はその家の跡取りで、将来を嘱望された剣士でもあったそうなのだが、軍人になるのを嫌って家を飛び出した。
彼は無類の蕎麦好きで、蕎麦屋になって蕎麦の美味さを世に広めたいとの夢があったと言う。
家庭内争議の末に祖父は勘当となり、家督はその弟が継いだ。

祖父は借金をしながらも今の場所で小さな蕎麦屋を開業。
コツコツと借金を返しながら店は順調にその土地に根付き、やがて息子が生まれる。
息子もやはり蕎麦が好きで、父の後を継いで蕎麦屋になった。
竜胆 沙耶はそんな家に生まれ育った。

竜胆の家は宗家はもちろん、主家である竜園寺家とも何の関係も無いまま続いてきたのであるが、五年前に状況が変わった。
急に竜胆宗家から呼び出しが掛かったのである。
手切れ金的意味合いで祖父に渡した金の代わりに、沙耶に奉公に上がって欲しいと。
奉公先は竜園寺家。
数年の間、当主である剣嗣郎の介護で住み込みで働いて欲しいとのことだった。

半年のあいだ催促が一度も無ければ、借金には時効が成立すると法律では決まっている。
だから竜胆の家ではこの要求を突っぱねても問題はなかった。
法律を抜きにしても、一旦は手切れ金として渡した物を、何十年も経ってから実は借金でしたと返済を要求するのはどんな了見だと、竜胆も竜胆父も怒りはしたのだ。
しかし……

家を押し付けてしまった弟や両親に一言の詫びも言えなかったことを悔やみながら死んでいった祖父を想うと、無下に断るのも、ましてや訴訟沙汰に持ち込むことも憚られ、竜胆家では返済に応じることにしたのである。

マヒの出た病人の看護や介護だと聞かされて竜胆は竜園寺家に上がったのだが、主家では介助や看護の手はすでに足りていた。
そして借金弁済のただ働きと覚悟していたのだが、竜胆には毎月ちゃんとした給料(お手伝いや看護士以上の額)も支払われた。
実際の所、竜園寺家が必要としていたのは箱入り娘である菊の話し相手と、まだよちよち歩きの赤ん坊であった菊の妹の子守だった。
竜胆と竜園寺 菊との繋がりはこういった事情に起因している。
ウォルシュ先生はそうカイトに教えてくれた。


「休憩しようとしてた所でね。カイト君が戻ってきてからこっち、差し向かいで話す機会も無かったことだし、お茶を飲みながらその用件というのを聞かせて貰うよ」
ガラス戸棚から急須に湯飲み、菓子折りを引っ張り出しながら先生は言った。
「生憎、今は授業で竜園寺先生が席を外しているからヘタクソな僕が淹れるしかないけど、お茶菓子とかは同じだからその辺は安心してくれて良いよ」
先生は神妙な面持ちで茶筒の蓋を開け、計量スプーンできっちりと茶葉の量を量りだした。
そしてその茶葉を戸棚から出したばかりの急須にいきなり放りこんだのである。
そのまま直にポットからお湯を注ごうとするのをカイトが止めた。

「先生、お茶は俺が淹れますよ。先生は濡れたり汚れたりしたら困る書類や教科書をしまっといて下さい」

あけられた茶葉を一旦茶筒に戻すと、カイトは湯飲み茶碗と急須にお湯を注いで暖めた。
ポットでは九八度に設定されていても、注いだだけでお湯の温度は約八〇度にまで下がると言われている。
また陶磁器の類は夏場であっても冷えていることが多い。
冷えてる急須や茶碗にお湯やお茶を注げば、さらに熱が奪われ、お茶本来の味が出なくなってしまうのだ。

急須が充分暖まってから、おおよそ目分量で量った茶葉を入れ、あらかじめ適温まで冷ましておいたお湯を注ぐ。
緑茶の類は熱すぎるお湯を入れると香りが飛んでしまうし、苦味成分が抽出され過ぎて美味しくない。
お茶を淹れるには適温が大事だ。

急須にお湯を注ぐとき、蓋の底が浸かるまでお湯を注いでは駄目だ。
水分を含むと茶葉はかなり膨らみ、急須からお茶が零れてしまうからである。
またお茶を正しく淹れるには、茶葉を蒸らさなくてはならない。その為の空間、隙間が急須のなかには必要だ。
茶葉には生産農家の汗と愛情が詰まっている。
お茶を淹れる者は許可なく茶葉を無駄にすることを許されないのだ。
その為にもヒタヒタになるまで急須にお湯を注いではいけない。

充分な蒸らし時間を与えられたと思ったら、暖めておいた茶碗に時を移さずお茶を注いでいかなければならない。
このとき急須を揺すったりするのは止めておいた方が良い。
もろくなった茶葉の繊維が砕けて茶屑が混じり、風味を損なうからだ。
そして極めて大事なことだが、一つの茶碗にお茶をいっぺんに注いではならない。
必ず人数分の茶碗に細かく、一寸ずつ、廻し淹れしていかなくてはならない。
廻し淹れをする回数が多ければ多いほど、そして素早ければ素早いほど良い。

これをする理由は、淹れ始めと淹れ終わりでは、お茶の抽出濃度と成分が変わってくるためだ。
こちらの人は濃すぎて飲めず、あちらの人は薄すぎて飲んだ気がせずというのでは、お茶を淹れた意味が無い。
生産農家にも、お茶その物にも、申し訳が無い。
お茶を淹れる者は茶葉を無駄にすることを許されないのだ。
そのためにも、お茶は廻し淹れを心掛け、一碗ごとの成分濃度を淹れる者が調節するのだ。

あと、成分に違いは無いのだが、急須に残った最後の一滴は客の中で一番大切な相手の茶碗に注ぐのが礼儀とされている。
その一滴をえらく気にする人も世の中には居るので、憶えておくと良いことがあるかもしれない。
これは緑茶だけでなく紅茶でも同じだそうだ……馬鹿馬鹿しいがな。


さて、これは筆者の愚論だが、お茶の美味しい淹れ方といったものは存在しない。
正しい淹れ方は存在し得ても、美味しい淹れ方は有り得ない。
ただ人間の中にお茶が美味しいと感じられ、頂ける瞬間があるだけだ。
主はその瞬間を捉え正しいやり方、真剣な態度でお茶を淹れ、客に振舞う。
客も主の心を少しでも感じ取り、美味しく頂こうと心掛ける。
奉仕の精神と尊敬の心。
そんなお互い同士の想いが交流する時間と空間のなかでだけ、美味しいお茶は存在できる。
だが飲む前から美味しいお茶などという物は存在しないのだ。
……まあ、この辺は世迷言だが、上に挙げた技術的な部分は『概ね』正しい事ばかりだ(と思う、多分な)。


カイトは最後の一滴をウォルシュ先生の湯飲みに注ぐと、「どうぞ」と言って先生の前に差し出した。
ちゃんとした食事や料理といったものを作る腕はそこそこだが、お茶を淹れたり、酒の肴などを拵えるといったことにかけては抜群のセンスがコイツには具わっている。
その淀みない手際にレパード・ウォルシュの不安そうな目も途中から驚嘆と賞賛の眼差しへと変わっていった。
自分の前に出された湯飲みを口元に持っていく。


カイトの淹れてくれたお茶は、ここ数週間、竜園寺 菊が剣術科の職員に淹れてくれるお茶とまったく同じ香りがした。
飲んだ後で思わずため息が漏れる様な。
カイトが淹れたのはそんなお茶だった。


「カイト君は竜園寺先生と同じお茶が淹れられるんだねぇ」
ニコニコと笑いながらレパード・ウォルシュは生徒の点前を讃える。
彼としては最高の賛辞を贈ったつもりだったのだが、贈られた方はうげぇという表情を浮かべた。
「あのセンセー、お茶を淹れてくれんの?! ウォルシュ先生やマーチェン先生やリンドー……先生に? 授業中のことを考えると、ちょっと信じられないなぁ」
そう言ってカイトも自分のお茶を啜る。
「頑張っているみたいだね、カイト君は。月曜も大活躍したって聞いたよ」
その言葉にカイトは視線を落とした。
「あ。これは僕らが話しちゃダメだったんだっけ。……ああ、でも、本当に残念だよ。カイト君が剣術科に来てくれれば、沙耶君だけじゃなく、僕もティオ先生も大喜びだったんだけどな」
落ち込んでいる相手を励まさんと先生は忌憚無き意見を口にしたのだが、カイトは寂しそうな笑みを浮かべるだけだった。
剣術科主任はふうっと溜め息を吐く。
「どうも、僕は無意識のうちに相手が気にしていることを口にしてしまうタチの悪いクセがあるって沙耶君にも、竜園寺先生にも言われるんだけど、長年ココは男所帯でやって来てたから、どうしてもね。それより食べないかい? 沙耶君ちのすぐ向かいにある『七菓子(七凪風菓子)』屋さんの新商品なんだ」
そう言って生徒の前に受け皿とフォークを置き、ソフトボール大の包みを乗せた。
包み紙にはその店の名前らしい、芋豆菓子司・三栗屋という小さな文字と、商品名と思しき『文里』という大きな文字が毛筆体で印刷されていた。

菓子細工の極致とも言うべきその七菓子は味も形も素晴らしいものだったが、カイトは余り好きになれなかった。
『文里』という菓子の形と中味、そして命名由来に気に入らないモノを感じたからなのだが、それは今回の話の終盤部分で説明させて貰う。
振る舞われた物にケチをつける訳にもいかないと思ったカイトは、凄く美味しいですと先生には答えていた。
カイトの内心の不満を感じ取ったか、レパード・ウォルシュは微かな苦笑を浮かべていたが何もそのことには触れなかった。


振舞われた茶菓を食べ終えたカイトはここに来た用件を切り出した。
自分が受けている竜胆の講座に、自分よりもやや背の低い、色黒で、ずんぐりむっくりしたイースタン系の生徒は居なかったかと。

「ミクリヤくんかな、思い当たるのは」
その言葉にカイトは平らげたばかりの菓子の包み紙に目を落とす。
すると先生は嬉しそうな顔でこう続けた。
「そうそう。そのミクリヤくん。ミクリヤ シチロータくんだ。ミクリヤくんが何かしたのかい?」
ウォルシュ先生は心配そうな目をカイトに向けた。


ミクリヤ シチロータ。
『漢字』で書けば、御厨七郎太、だ。
竜胆 沙耶の実家、蕎麦処・竜胆庵が入っている商店街の一角に店を構える七菓子職人の店、三栗屋の末っ子(無論、男女混合七人姉弟のな)だ。
魔術神術の素養はカケラもなく、不器用なため、完全な前衛要員として剣術を専攻している。
と言うより、カイトが感じた通り粗暴で戦闘に使える脳みそも容量が少なく、要領も悪い為、敵陣に突っ込むしか芸がないのだ。
非常にタフで、何かを恐れるということが無いので『鉄砲玉』としては最適だ(実技の成績は学園でも上位に食い込んでる)。

交通機関を使えば一時間程度で通える距離に自宅があるので、寮生ではない。
その代わり、学外をほっつき歩ける時間が多い分だけ、面倒事を起こす回数も多い。
二月に一度は学外から呼び出しが掛かり、竜胆かティオ先生が引き取りに行く。
そういう生徒らしい。


カイトはそれを聞いた後、御厨 七郎太の学内の、特に商業課の友人や知り合いに心当たりは無いかを尋ねた。
鼻に裂傷のあるサザン系の生徒に。
するとレパード・ウォルシュの表情に緊張した物が走った……のだが、いきなり先生は笑い出した。
愉快そうに。

「今度は カイト君の方(、、、、、、) がチーターくんに興味を持ったのかい? 原因はやっぱりアレかな? 沙耶君のことかな?」
悪戯ぽい笑顔でウォルシュ先生が奇妙なことを口走る。
先生のその顔を見てカイトは「これはつい最近なにかで見た顔だぞ」と思った。


チーター。
カイトが探していたあの鼻ピアスの商業課三年生である。
純正サザン系人種の名前は発音やら表記がムツカシイという独自設定の発動により、苗字は省略する。

その辺は兎も角、元々コイツは剣術専攻の冒険課生だった。
そしてコイツの家も上のシチロータと同じ商店街で金物屋をやっている(つまり竜胆とも近所)。
粗暴なシチロータと幼い頃からつるんできただけあって、ワリと早い段階で暴力に訴えるタイプである。
しかも、かなり、ズル賢い。
シチロータを良いように利用して危ない橋を渡らせて、そのアガリをちゃっかり掠め盗って生きてきた。

コイツの行動理念は、周りに居る人間の中で自分が最大利益者になること、そしてそのコストは出来るだけ他人におっ被せることだ。
その為なら手段は選ばない。
誰かに概略と基本的な戦略目標を説明されれば、その場の状況に適した戦術を即座に組み立てられるだけの知恵もあり、剣の腕もそこそこ立つ。
そういう奴である。
だが……

コイツはある事件を起こし、二年生の半ばで商業課に移されることになった。

剣術の模擬戦闘訓練の時である。
教官の竜胆との試合中、どうしても彼女に勝てないのに腹を立てたチーターは非常手段に訴えた。
鍔迫り合いの最中、自分の木刀をわざと弾かせて気が緩んだ隙を衝いて、隠し持っていた銃で竜胆を撃とうとしたのである。
間一髪、竜胆はその不意打ちをかわすことができた。
幸いチーターが使ったのは不発が多いことで有名なリリー&フィールド社製で、この時も装填されていたのが不発弾だったので引き金を引きはしたものの、 これで(、、、) 怪我人は出なかった…………のではあるが……

「そのとき、沙耶君が物凄〜く怒ってねぇ……月末に入ってアレだったってこともあったけど、あそこまで沙耶君が荒れたのを見たのはあの時だけだなぁ」

やや引きつり青褪めた表情のウォルシュ先生の話によると、チーターの鼻の白い筋は竜胆がピアスを引き千切った痕だそうだ。
そして痛みで喚きちらしているチーターを、情け容赦なく木刀で、打ちすえ続けたらしい。
血が飛び散ろうが、肉が弾けようが、骨が砕ける音が響こうが。
竜胆の手は留まることを知らず、相手の悲鳴をまったく気にも留めず、目には狂気さえ宿してチーターをボコり続けたのである。

この騒ぎを聞きつけた冒険課の実習担当者が、全員、現場に駆けつけた。
そして、生徒を撲殺しようとしている竜胆を、総出で掛かってようやく、取り押さえることができたのだと言う。
体育館にはその時に飛び散った血痕が今もまだ残っているらしい……。

小口径の弱装とは言え、実弾の装填されてる銃を出した時点でチーターは警察に突き出されても当然なのだが、それは見送られた。
息子の惨状を見た保護者が怒って、過剰防衛で竜胆を告訴すると言いだした為である。
これには学園側も頭を抱えた。
竜胆の行為に行き過ぎがあったのは否めない事実なのだ。
彼女の将来を鑑みて、事件は学園内で処理することが職員の間で決められる。
結果、竜胆は二週間の謹慎、チーターは商業課編入という処分が下された。
チーターの両親は元々商業課へ息子をやりたいと考えていたのでこれで示談が成立したという訳だ。

因みに――ミュウたちに花鳥風月の敬称が与えられることになったのは、この事件以後のことである。
また竜胆が銃器類を毛嫌いするのも、そして以前「学年末の調査で例年より(剣術を専攻する)男子の数が異常に少なかった」と嘆いていたのも、この事件が大きく絡んでいた。


「まあ、僕の知る限りではその程度かな。悪いけど、商業課の生徒のことまでは僕らではちょっと判りかねるな」
そう言って先生はお茶を飲み干す。
「で、今度は沙耶君を賭けての決闘かい、カイト君?」
湯呑を置いた先生の顔には先程とおなじ悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
これも何処かで聞いた様な言葉だぞと感じたカイトはギョッとして先生に尋ねた。
「ウォルシュ先生! その、りゅーえんじ、せんせーは席を外してるって言ってたけど、何時、ここに戻ってく、じゃなかった、来られるの、ですか?!」

カイトの脳裏には月曜の徒手武術演習のことが浮かんでいた。
あのときもナージャ・アントノーヴァと同じ様なやり取りをしていたところに、あの少女が戻ってきて口論になったのだ。
大見得切ったにも関らず、鶏行歩百周は達成できなかった上、まだ全身筋肉痛は取れてもいない。
今あの先生とは、と言うよりもミュウ達とも顔を合わせたくなかったからこそ、他の先生に話を聞きにきたのである。

「え〜っと、授業が終わる頃だし、今週と来週頭まではもうそろそろじゃないかな」
先生は壁時計を見ながら生徒の問いに答えた。
カイトは大急ぎで暇乞いをすると、筋肉痛に痛む尻や太腿に鞭打って、剣術科教官室から逃げ出した。


その夜、カイトは集められた情報を整理してみた。
考えれば考えるほどあの四人、特にチーターという生徒が銃器類を盗み出そうとしている疑いが濃厚になってきた。
しかも他の面子(パセリと呼ばれていたノッポは措くとして)は金銭目的で盗みだそうという雰囲気でいたのに、チーターだけは現物への執着を見せていた。
それに奴が口にした最後の言葉。

「今度こそ、あのアマに思い知らせてやる」

あのアマとは、竜胆のことではないのか。
カイトの胸中に不安が広がる。

実際に銃を使ってみたから判るが、間合を取られた場合、剣で銃に勝つのは難しい。
と言うより、ほとんど不可能だろう。
威力、射程、攻撃回数。
その何れも剣より上だ。
攻撃回数は今の所六発が上限だが、複数の銃を装備するなり、撤退経路に前もって用意しておけば良い。
暗がりで待ち伏せされて撃ち掛けられでもした場合、竜胆では先ず勝てないだろう。

と言うか、聞いた話から考えるに、チーターが竜胆を襲うとすれば間違いなく待ち伏せや罠を仕掛ける。
一度失敗しているから、体当たり(接近戦)は挑まない。
二の轍は踏まないだけの知恵と、やられた恨みは何年掛かってでも晴らそうとする執念深さがチーターという元冒険課生にはあった。
少なくとも、カイトにはそう見えた。

全てが終わってから判ることだが、カイトの観察眼はこのとき既に状況を正確に読み取っていた。
しかし渦中にあるときにそんなこと判るはずがない。
そしてカイトは自らの判断や観察力に疑念を抱いていた。
五年間の消失による情報不足から来る疑心暗鬼である。
今まで正しいとされてきて、自分でも正しいと信じて採った行動が非難されてしまう今の現実に、カイトは怯えていた。
なにより……

カイトには自分の下した判断を信じたくないという想いが働いていた。
殺傷目的でしか使えない銃のような道具を、所属学課は異なるとはいえ、同じ学園に通っている生徒が盗みだそうとしているとは信じたくなかったのである。

このカイトという少年は苦手なのだ、人を疑うという行為が。
本人も判っていないだろうが、究極的な所での人間は善であるとコイツは信じているのだ。
普段どれ程馬鹿な振る舞いをしていようが、直情径行で自らを窮地に陥れる羽目になろうが、思慮が足りずについつい他人を怒らせてしまおうが、根っこの部分には他人を思い遣り、無条件で相手を信頼できる善良さが存在している。
でなければ、ミュウ達が好意を寄せるはずが無い。
ここの相羽カイトとはそういう少年である。

兎に角、そういう事情も手伝ってカイトは自分の見知った情報をミュウ達やロニィ先生に話すという行動は採らなかった。
報告するならもう少し情報を集め、確証が取れたうえでと考えたのであり、できればあの四人には翻意を促させたいと思ったのである。
大人の手を借りず、自分の力で。
何故か。

カイトにもプライドはあった。
本当なら自分はミュウ達と同じ年齢だという意識があった。
その意識がカイトにミュウ達に追いつきたい、竜胆を守りたいと思わせた。
何より、少しでも早く一人前になりたい、大人として認められたいとの願望や欲求があったのだ。
そういう気持ちからカイトは独自の行動を採ることにしたのである。

生憎、カイトが当初努力目標に掲げていたこれらの項目は、何一つ果たされずに終わる。
素質や努力云々を抜きにして、まだまだカイトは子どもであった。

良い意味においても、悪い意味においても。


明けて木曜日。
カイトは痛む身体を押して、また眠い目を擦りながら授業に出た。
目的は例の七菓子屋の倅、御厨七郎太を観察することだ。
生憎それは竜胆が担当する剣術実技であった。

心身ともに本調子ではない上に意識を他所に取られながらの実習だから、何度と無く格下の相手から有効打を取られる。
その度ごとに竜胆から情け容赦のない叱責が飛ぶ。
罵声が飛ぶたびに、他の生徒(女子も含む)から失笑が漏れる。
散々な時間ではあったが、それなりの成果はあったと言える。

少なくとも筋肉痛に苦しむ今のカイトが御厨七郎太に剣でのガチンコ勝負を挑んでも勝ち目は薄いということだ。
と言って、相手が剣を持っている状態でこちらが素手で戦うというのも論外だった。
いくらコイツに素質が有り余っているとはいえ、僅か二週間にも満たない修練の徒手武術の腕ではやる前から勝負は見えていた。

丸腰で油断を誘うという戦術も、あのバカ相手では期待できそうもない。
頭が悪い分だけ戦いに没頭できるだろう。
カイトの都合や状態などお構い無しに。
御厨七郎太は、『鉄砲玉』と言うより、純一戦士と呼ぶべきなのかも知れない。
そう思った時、ふと、甲斐那の言葉がカイトの脳裏に蘇った。

智を使い、勇を使い、愚を使い、貪を使う、これ軍の微権なり。

これは個人戦闘ではなく、カイトが軍や部隊を率いるという、およそ有り得ない状況を想定した時にされた話だ。
甲斐那は他にも色々な話をしてくれていた。
例によってこの時の甲斐那の説明も、コイツにはチンプンカンプンで、刹那が解説してくれた。

ジャンケンと同じで、戦いを行う者同士にはそれぞれ勝てる勝てないの相性や属性が存在します。
部隊を組織する場合は、色々な人材を集め、養い、それぞれを深く理解し、こちらも理解される努力をしなければ、その人達は指導者に付いてきてはくれません。
その努力をしたうえで、なお且つ敵も良く観察したうえで、勝てる可能性の一番高い相手にその人達を信じ、励まし、勇気付けて向わせなさい、と。

愚直なまでの猪突猛進型である御厨七郎太は、体調が万全でありさえすれば技巧派であるハズのカイトにとっては組し易い相手なのであるが……。


カイトはあくびをかみ殺しながら、他に思案がないかと考える。
今朝の明け方まで射撃演習場近くの草むらで張り込みをしていたので睡眠が足りてないのだ。

時代劇だけではなく、コイツは刑事ドラマも結構好きだ。
熱血漢な若手新米刑事よりも、取調室に篭って犯人とサシで頭脳戦を繰り広げるタイプの方が好きで……。
それより一番好きなのは、靴底をすり減らして街中を駆けずり回り、必要とあらば何日でも張り込みを続ける老練なタイプである。
そこに定年間際という設定が加わって、更に時効寸前の 未解決凶悪犯罪(コールドケース) まで抱え持ってたりなんかしようモンなら、ご飯三杯はイケる口だ(ドンブリでな)。

若いくせにかなり嗜好が変わっている、というか偏り過ぎだ。
子どもの頃に(肉体的に今よりももっとな)、テレビで三十分の 特撮の刑事物(ミスリルヒーロー) が放映されていた頃などは……

「フザケルな! アレのどこが刑事だ!! 大体、補給も連絡も地元警察からの応援も無しでの赴任は、刑事じゃなく駐在所のお巡りさんじゃないか!! アレはどう見たって法律を盾に取った通り魔殺人だ!! 黙秘権とか弁護士を呼ぶ権利とかはどこへ行った?! 犯人の裁判を受ける権利は?! 捜査令状も逮捕令状も無しで捜査に当たった場合、何らかの証拠が得られたとしても証拠能力は無いとされるんだぞ!!」

……などと思い切り否定的な意見を口にして、クラスの男子生徒から総スカンを食らったりもしていた。
こんな内容を小学園低学年の頃から叫んでいたりするのだから、相当アレだ。

とにかく、昨夜コイツは気持ち的には張り込み中の刑事になった積り(もちろん、定年間際のベテラン刑事と配属されたばかりのクソ生意気なキャリア組の一人二役で、アンパンとビン入りの牛乳も仕入れた上でな)で頑張っていたのである。
そちらでの成果は全くなかったが、その代わり他に浮かび上がってきた事実があった。

射撃演習場と銃器保管庫の警備は、本当に、ザルだということだ。
カイトの見た限り、警報装置らしき物は見当たらないし、巡回に当たる射撃術科の教官の姿も無かった。
軍の施設なのに大丈夫なのかなと心配してしまった程だ。
さらに……

星空の下、カイトはそこから銃器類を盗みだすことをぼんやりと考えてみた。
本当ならチーターの状況に自分を当てはめて考えるべきなのだが、他の二人、メガネとパセリの情報が丸っきり不明なために想像を途中で断念した。
そして、自分一人で何事もこなさなければならないとしたら、という条件で計画を立ててみたのである。
学園への侵入経路、保管庫への侵入方法、そこからの退き口、逃走経路、戦利品の保管場所、若しくは換金場所まで運ぶ手段に全体の所要時間。
考えていく内にカイトは、換金目的で盗むとした場合、一人と三人とでは盗み出す規模がかなり変わってくることに気付いたのだ。
チーター以外の三人で三等分しても充分な見返りとなるだけの分量となると、どの位の物になるのか。
いや、換金目的であっても、目指す金額が不明では相手の計画を予測するのは無理だ。

あのメガネの素性を洗わなければならない。

カイトはその様に結論付けた。
勘がそうしろと命じたのである。
今回の張本人はあのメガネだ。
あのメガネの身に金が入用になる何らかの事態が発生し、銃器類の窃盗を思い付いたか何かで、仲間を集めたのだと。
換金方法を持っているのがあのメガネであることも会話から明らかだった。

何とかして商業課生か商業課の生徒に詳しい人物に渡りを付け、あのメガネの情報を早急に得なければならない。

昨夜ベテラン刑事(である時の相羽カイト)と新米キャリア(である時の相羽カイト)が話し合い、到達した結論がそれであった。
カイトの精神分裂症も役に立つ場合があるってことだ…………多分、極々たまに、だろうけどな。


カイトには商業課の生徒に一人だけ心当たり、顔見知りが居た。
例のミハイル・ベイリュールである。
だが知らない仲ではないとは言え、会いにいくのは気が進まなかった。
それに冒険課の有名人である自分がノコノコと商業課の教室に行けば、チーターたちに感づかれる恐れもある。
全ては隠密裏に事を運ばなければならない。
学園の教職員の手を介さず、冒険課の生徒にも商業課の生徒にも極力知られずに、特定の生徒一人だけを呼び出す方法を考え付くのにカイトは必死だった。

カイトは最初、軍から来た老伍長さんに助けて貰おうと思ったのだが、変な噂が流れている所為か素気無く断られてしまう。
温厚な人格者である老伍長さんにしては珍しいことではあった。

背に腹は代えられず、カイトはおキクさんに連絡役を勤めて貰えないかと考えた。
ダンジョン実習前にブロックタイプのエネルギーフレンドを注文した時(飲むゼリーを頼もうとしたのだが、周囲に居た女子生徒の目が痛くて買えなかった)、ミハイル・ベイリュールの来店頻度をおキクさんに小声で尋ねてみた。
すると……

「あの子はウチで買い物をしないんだよ。冒険課にいた頃はよく買い物にきてくれてたけどね。実家に戻った今は、ウチみたいな零細企業は洟も引っ掛けちゃくれないよ」

おキクさんは肩をすくめてそう答える。
友達、いや、仲間の居ない辛さが筋肉痛のカイトの身に染みた。


寝不足のため、苦さしか感じないエネルギーフレンドを水で無理矢理喉の奥に流し込む。
胃がムカつき、吐き気がしたが何とかそれを我慢する。
階段を降り、前回探索できた場所まで進んだ。
前回はこの十字路に出た所で時間切れとなったのだ。

どの道を採るべきか、前回時はどういう訳か、いろいろ頭を巡らせ正しい道を選ぼうと考えたのだが、アレは何故だったっけ。
道に迷ったときにこそ導となってくれる守りのコインがあるのにと、カイトは右腰のポウチを探る。
「ん? ……あ?! そうか、くそ!! 先輩から貰ったコインは、もう一人のクソガキの方に恵んでやったんだ!!」

あのときの事を思い出し、カイトは壁に八つ当たりしようとして途中で止めた。
八つ当たりするだけの元気すらもう無いのだ。
体力も判断力も記憶力も限界ラインを大幅に下回っている。
今日探索するのは無理だ。
そう判断し、引き揚げようと踵を返したときである。

「「あ」」

カイトはもう一人のクソガキ、『弓矢』に再会した。
いや、『弓矢』の方がカイトに再会したか。
いずれにせよ、双方最悪な奴に会ったとの不快感を顕わにしていた。
互いに押し黙ったまま、通路の端と端に分かれ、やり過ごそうとする。

カイトは相手の武装が大幅に変化しているのに気付いた。
弓矢は消え、右手に握られてる銃に目が釘付けになる。

元『弓矢』もカイトの顔色の悪さに目を瞠った。
とりわけ、焦点の合ってるのか合ってないのか判らない、ドローンと濁った目が(他人事ながら)ミョーに心配された。

お互い相手に言いたいことが有ったのだが、どちらも口をきゅっと噤んだまま、一言もしゃべらなかった。
しかし……

「おい!」

通り過ぎようとしたとき、カイトが振り返って声を掛けた。
元『弓矢』が振り返る。
呼びかけたものの、カイトはそこから先の言葉が出なかった。
寝不足で意識と記憶に少し(当人比でな)混濁が見られたこともある。
それでもこの相手にムカつく想い出があることだけはカイトの脳裏にはっきりと刻み込まれていた。
故に言葉が出なかったのだ、ミハイル・ベイリュールとの橋渡しをして欲しいという言葉が。

元『弓矢』はカイトの様子を伺っていたが、返事が無いことに直ぐ痺れを切らす。
「呼び止めておいて、だんまりか。用があるんならさっさと言え。こっちは急いでるんだ」
この言葉にカイトは完全にカチンと来る。
寝不足から来るストレスだと思う、多分な。

「何か用があったのかも知れないが、忘れちまった。悪かったな、呼び止めてよ」
そう吐き捨てると後はもう振り返らずに、多少ふら付きながらも、カイトは真っ直ぐ出口へ向った。


「相羽くん?」
地上に戻り、更衣室に向かおうとするカイトを呼び止める者が居た。
カイトが振り向くと、ナージャ・アントノーヴァがパートナーらしい剣士の武装をした女の子と並んで立っていた。

彼女の姿を見たとき、カイトは頭の中で何かが弾けるのを、素薔薇しいアイデアが閃くのを感じた。
ナージャの手を掴んで何かまくし立ててるのは判っていたが、何を言っていたのかは覚えていなかった。
そして――喚き終わったカイトは彼女にもたれ込み、そのまま寝込んでしまったのである。

ナージャの相方だった女生徒は、後で友人達(不特定超多数なな)にこう証言している(言い触らしている)。


「刑事長(デカチョウ)。後生ですから自分とキョウコさんの仲を認めて、仲人を務めて下さい」


ナージャ・アントノーヴァの両掌を掴んで、目一杯上下に振りつつ、相羽カイトはそう叫んでいたと……。

後でこの話を聞かされたカイトは次のように推測した。
「アントノーヴァさん、ミハイル・ベイリュールとの仲立ちを引き受けてくれ」
自分は彼女にそう頼もう、そう言おうとしたのだと。
昨夜の『刑事達』に感化された為にそんなデタラメを口走ったに違いないと。


昨夜、現場(カイトの頭の中)で張り込みをしていたのは、矢張り定年を間近に控えたベテランノンキャリアである市ノ瀬刑事長(以後、刑事長)と、純粋な心と正義感を持った優秀なキャリア畑中刑事だった。
刑事長には四十年近く連れ添ってきた妻がいるが子どもは居らず、夫婦ともども若い畑中刑事を息子の様に愛しており、畑中刑事もこの刑事長夫婦を敬愛していた(カイトの中ではな)。
刑事長は彼が出世して警察機構を変革してくれることを期待していたが、畑中刑事の方では出世は諦めて、ある事件で知り合った女性、音無 恭子さん(以後、恭子さん)と結婚することを心に誓っていた(カイトの中ではだ)。

(カイトの中の)恭子さんには酒浸りですぐ妻に暴力を振るう粗暴な夫を誤って殺害したという 前科(マエ) が有る。
(カイトの中で)夫を殺してしまったことに気が動転した恭子さんは、咄嗟に、外部の者の犯行に見せかける偽装工作をしてしまった。
(カイトの中では)しかし素人の偽装工作は直ぐに見破られてしまい、恭子さんには第一級殺人の容疑が掛けられる。
(カイトの中の)恭子さんは美人で心優しい女性であったが、その分だけ近所のオバサン達からは妬まれており、不利な証言をされてしまうのだ。

(カイトの中で)この恭子さんの窮地を救ったのが、刑事長とその事件が初めての 仕事(ヤマ) になる畑中刑事であった。
(カイトの中では)二人は恭子さんの故殺、殺意の不在を立証し、懲役十五年の有罪判決を七年の実刑に減刑させることに成功する。
(カイトの中で)模範囚として恭子さんは三年で仮出所が認められ、頻繁に面会に訪れていた畑中刑事は彼女に求婚してOKの返事を貰った。
(カイトの中で)畑中刑事はこの張り込み中に尊敬する刑事長に恭子さんとの結婚を認めてもらい、夫婦に仲人を務めてもらおうとしていたのだ。


…………こう言う、タワケな事を、コイツが考えたのも、寝不足からくる判断力の低下とそれに伴う妄想力の大幅な強力化が原因だろう、多分な。
やっぱりコイツの精神分裂症は、役に立たない場合の方が圧倒的に多いってことだ、多分、絶対な。
この(バカな)カイトの(タワケな)発言が発端となって、(居もしない)相羽カイトの婚約者、「キョウコさん」は誰だという騒ぎが学園中を駆け巡ることになるのである。


今日は、王国暦五六八年四月二十四日。
少年が初めて何もせず、ダンジョン実習を切り上げた日。
翌日、冒険課の学生のほぼ全員と、冒険課に所属する女性教諭補助数名を一日中奔走させる原因となったタワケなデマが学園中を駆け巡る、わずか数十分前のことだった。






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