ぱすてるチャイム Another Season One More Time 菊と刀 28 Fuck Me Again If You Dare, I Shall Squeeze You! 作:ティースプン |
「本格的行動に入る前の軽いジョギングぐらいで、陸に打ち揚げられたトドみたいに寝っ転がってどうするつもりだ?! そうやってクソ入りのズタ袋のように寝っ転がってたら、テーネーに埋葬してもらえるとでも思っているのか、マラ頭ども!! 軍はそこまで親切ではない!! さっさと起きろ! 起きんと百戦錬磨の淫売がわしのイチモツを見たときと同じくらい、喜んで飛び上がる羽目になるぞ!」 ライオット・ワーブ先任曹長は自分の下に配属された(下士官以前の)クソ五人組に、十キロのランニングを命じて自らも先頭に立って走った。 休憩は一切無しで走ってる間中、彼らに歌(ちんけプロデュース、モーニング狼。の「0魔神」)を歌わせ続けたものだから、クソどもは全身汗だく。 “癌マン”と“白アスパラ”は――成果はまったく伴わないものの――活発には動き回っていたので、アゴを突き出して酸素を貪る程度の醜態をさらすだけで済んだ。 しかしだらけにだらけまくっていた“フケツ”と“口だけ番長”の二人は背筋が引きつるように激しく痛んで、釣り上げられた魚のように地面をのたうち回り、“白い奴”に至っては手足から身体を支える力すら失われてグラウンドに土下寝、自らのぶちまけたゲロの海で溺れるハメになった。 新兵訓練だけなら多少はその低度にも合わせてやれるのだが、分隊長にして小隊最先任下士官は息を整えるヒマさえ与えずクソどもを射撃演習場へと追い立てる。 ライオット・ワーブは焦っていた。 求められている案件、射撃術の設計構築にまったく見通しが立っていなかったためである。 ライオット・ワーブの銃に関する認識は貧困だ。 引き金を引くとエネルギーが解放される。 威力がデカくなれば反動もキツくなる。 遠距離の敵に命中させるのはムツカシイ。 この射撃術科の主任である(ベきハズの)サザン人が銃について知っていることと言えばその三つ、その三つだけに過ぎない。 そして――超スゴイ驚くべきことだが――つい先ほどまで氏はそれらを踏まえて本気でこう信じていた。 発射時のクソ反動を抑えれるクソ腕力。 絶対に外さない距離まで近付けるクソ脚力。 どんな状況にもビビらないクソ根性。 その三つを身に付ければ銃の欠点は補える、射撃術とか言うものは完成する、と。 「そんなアホなことを考えられるのも、そんなアホなことをやって実際に戦果を上げられるのも、そんなアホなことを実行したあと敵陣のど真ん中から生還してこられるのも、王国陸軍人多しと言えど、あんただけだ」 素薔薇し過ぎるアイディアを聞かされたとき、伍長さんは上官不敬罪ものの目付きと顔つきと言葉遣いで吐き捨てた。 そして溜め息を――とてもとても深い溜め息を吐いて、先を続ける。 「銃は遠距離兵器です。それを体当たり(接近戦)ができる距離まで標的に近付いて使用する意義、必要性は、全くと言っていいぐらいに、全然、有りません」 当たり前すぎる指摘に息を呑む射撃術科主任、“怖るべき熊”ライオット・ワーブ。 伍長さんはさらに畳み掛ける。 「現時点での射撃術とは、これまでに培ってきた専門性をいちじるしく損なうような訓練は――心身両面ともに――極力行わず、なお且つ可及的遠距離から標的に命中させられる技術を言うんです。自分はそのように解釈しております」 「そんな都合のいいモンが実際この世に有るのか?」 副官の分析にライオット・ワーブは目を白黒させている。 「無いから考えろと命令されたんでしょう」 「そんなモンを考え付けれるようなドタマ、わしにゃあ無いぞ。押し付けられたあのクソどもにだって無いに決まってる。ありゃあ、親からは、ロクに脳ミソも分けてもらえず軍に入ってきたツラだぞ」 伍長さんは「顔と能力は関係ないでしょう」と諭し、続けた。 「不平を垂れたら解決するなんて問題は、我々の世界には有りません。手持ちのコマ、なけなしのフダ、あえかな運。それらをやり繰りして状況に当たるしかないでしょう、いつも通りに」 「……目算があるのか?」 部下の言葉にサザン人はなにかを感じ取る。 「いつの時代のものかは自分も知りませんが、現実にかなりの数が作られて兵器として使用されていた時期があったんでしょう? なら、その安全で効果的な運用法も構築されていたと考えるのが妥当です。現物はあるんですから、そこから辿っていけば必ず見つけられる筈です。なにか不審な点、おかしな所がありますか?」 「時代や国がどんなでも、商売人は客のことよりもまず手前ぇらの儲けと責任の回避を第一に考えると思うがな。だとすりゃあのオモチャ、ウンヨーホーホーとやらもヒネりだせねぇうちから、見切り発車で軒先に吊るされてましたと言われても、わしは全然驚かんぞ」 部下の非難げな眼差しにライオット・ワーブはバツが悪そうに咳払いした。 「しかし貴様の言う通り、現時点ではそれを信じ、手探りで状況を進めていくのが実際的ではある。さしあたっては……」 「配牌を確認するべきですな」 伍長さんはそこで一旦深い溜め息を吐いた。 「それを済まさんことには、戦略の立てようがありません」 射撃術演習場に射撃術科の人員が一堂に会する。 こうして全員がここに集まったのはこれが初めてという所に、勤労意欲の程が窺えた……。 「考課表によれば貴様らは銃の扱いが上手いということになっている。だがそれを鵜呑みにはできん! なぜなら銃は、まだ運用方法が確立されておらず、貴様らをわしに押し付けてきた軍人務部は、猫のエサ係すら満足に務めれん能無しマラの吹き溜まる、クソの穴だからだ! よって、今からこのわしが、貴様らのドタマにどれぐらい脳ミソが詰ってるかを確認する! 階級の低い者から一人ずつ順番にだ! “サエズリ野郎”、配置に着け!」 分隊指揮官からの指名を受けた“サエズリ野郎”ベルナルド・バースは、おっかなびっくり、「ご報告しなければならないことが」と声を上げた。 上官から目で先を促され状況を説明する。 個人所有の銃は持っていないと。 「信じられんド低脳ぶりだ!! マスのかき過ぎでドタマに栄養がいかなくなってるのか?! わしんとこに配属されておきながら、自前の道具がないとはどう言う積りだ、おフェラ豚!!」 教科主任からの指摘に対するベルナルド・バースの弁明はこうである。 自分は正規入隊の軍人ではない。 悪党冒険者更生法の適用を受けただけの犯罪者であり、言わば執行猶予中の身である。 いくら銃の使い方を教える立場にあるとはいえ、銃を――選りにも選って逮捕理由である銃を――個人で所有するというのは流石に如何なものかと。 そう言う意識が働いたのだ、と。 「……ほう。わしはどうやら貴様を見くびってたらしい。なかなか「ご愁傷さま」な心がけだな、ベルナルド・バース特別伍長」 冒険者崩れの言葉にライオット・ワーブはホガラカな笑顔を見せた。 そこにいた全員『殊勝な』と言いたがってるのだろうとの察しは付けつつも、沈黙を保っている。 当事者であるベルナルド・バースも、上官の笑顔に釣られてケーハクな愛想笑いを浮かべていた。 確かにこのときこの場には、和やかな空気が漂っているようにも思われた。 「ところでもう一つ答えてくれるか、バーニィボーイ」 それまでと全く同じ表情でワーブ氏が問い掛ける。 「銃購入に充てるよう軍経理部から支給された金をネコババするのは、貴様のなかではマズイことにはなってないのか? んん?」 この言葉に“サエズリ野郎”の顔は一瞬で青ざめ、釈明しようと口を開きかけ……演習場の床と熱い口付けを交わした。 直前に風切り音と湿った肉を叩く音とが数回聞こえたので、主任が修正した以外の可能性はありえない。 しかしそれがどんな風に行われたのかはクソども――修正を受けた本人も含む――の目には映らなかった。 「わしがクソ莫迦だとでも思っていやがったのか、マヌケ!! 睾金横領はれっきとした犯罪だ!! ましてや戦費の着服は貴様一人で済む問題ではない!! 部隊全員を死の危険に巻きこみかねない重大な犯罪行為!! 国家への裏切りだ!!! その程度のことも考えずに今日までスカンク並みの悪臭を周囲にバラ撒いてきやがったのか、この愚かマラめ!!!」 アホの頭を軍靴でグリグリ踏みつけながら、ライオット・ワーブは気炎を上げる。 「よく聞け、アホンダラ! 次に腐ったクソをわしの前に垂らしやがったときには、こんなヌルい扱いでは済まさん!! 地面相手にファックしたくなるほどキスさせてやる!! 掘られすぎでガバガバにゆるみまくった貴様のそのケツ穴から、ノミのクソ程度のモラルすら無いハラワタ引きずり出し、それで首絞めてあの世に送ってやる!! 判ったか、ウジ虫!!!」 上官の怒声にベルナルド・バースはウジ虫が鳴くよりも小さな声で、途切れ途切れになりながらも「Sir, Yes, Sir」と応えた。 バース『伍長』には治療が絶対必要でしょうという伍長さんの提言により、一番手の栄誉は“デブシロサンボ”に移行する。 “デブシロサンボ”、アーサー・スコット・クラークはブツブツ小声でこぼしながらも、銃を手に射撃ブースに立った。 二番手の心積もりでいたのを崩されたせいで成績は散々(順番通りでも、絶対、大して結果は変わらなかったろうけどな)。 やはり上官から格別のお言葉を賜ることとなった。 次にブースに入ったのは“白アスパラ”、スクワイヤ・マジョルニコフ。 “デブシロサンボ”に比べればはるかにマシだが、軍を代表してきた人材としてはハラキリ物なその成績に、主任は極めて公平で、客観的な感想をお述べになる。 三番目に検査に臨んだ“フケツ”ことジョージ・ウォレス・ミラーの成績は、先の二人の平均。 そして“癌マン”アズサ・P・服部にバトンが渡ろうとしたとき、“サエズリ野郎”の治療が終った。 「……スキンのまま産まれてきやがったクソバカか、マヌケ。それとも、努力してようやくそのザマか?」 さきの三人に対して発せられたものとはうって変わって静かな口調だが、声には比べ物にならないほどの苛立ちと辛辣さが溢れている。 許し難いふざけたクソ垂れやがったことは別にして、ライオット・ワーブはこの冒険者崩れの口先男に多少期待のようなものを寄せていた。 正確に言うと、コイツの持っているはずの射撃術に、である。 そもそもコイツはそこだけを見込まれ、ここに配属されてきた人員だ。 他はさておき、そこでだけは絶対に役に立たなければならない。 しかるに先の三人のクソどもより成績が悪いというのは言語道断だった。 いや、得点だけを見れば、確かに、確かに最高点だが、それを出すまでの過程が……。 「十八回だ。わしは銃がカートリッジをファックする音を、クソ十八回、聞いたと思ったが、間違いはないか、伍長?」 上官の問いに「はい、閣下。間違い御座いません」と伍長さんは即答した。 「発射されたカートリッジの数はそのうち六個しかなかったように見えたが、それも間違いないか、伍長?」 この問いに対しても「はい、閣下。間違い御座いません」と伍長さんは即答した。 「とすると、この愚かマラはツラとドタマがクソマズイだけではあき足らず、クソテッテーテキにツキにも見放されていると、そう言うことだな、伍長?」 「はい、閣下。そうではありません。顔の造作は個人の好みに左右されますので、自分には判断がつきかねます。また、頭の良し悪しも検査項目とその計測方法によって結果にバラつきが出ますので、これも返答を差し控えさせていただきます。が……」 そこで伍長さんは深々と溜め息を吐く。 「最後の一つに関しては自分も全然同意であります、閣下」 「ストローでビー玉を吸い込み続けてきたせいで、何か選ぶときにはスカ引くクセでも付きやがったのか、このボケナス!!! 前のクソどもが引いたハズレの数を全部丸ごと合わせて合計してもたったの四発だぞ、四発!! 一人でこいつらの……三倍! クソ三倍ものクソ掴みやがるとはどう言う積りだ、キューカンチョー頭め!!」 射撃技能の測定には各個人で所持してる(べき)銃で行われるはずだった(最初ライオット・ワーブはその積りでいた)。 そのために少なからぬ血が流れることにもなったのだ(『公金』横領というか、支給された銃を“番長”が質屋で金に換えたのは事実なので自業自得だけどな)。 だが今回は同じ条件でなければ正しい検査結果は出せないだろうとの意見が伍長さんから出された。 射撃術科主任はこれを至当と認め、全員が一つの銃で検査を行うことになる。 いま授業で用いられているリリー&フィールド社の銃だ。 持ち弾は各自六発で、同心円の描かれてる的を狙う。 中心円の得点は十点、そこから円が一つ外へ行くにつれて一点ずつ点数が下がるというアレだ。 一番目のクラーク軍曹は三発を的から完全に外し、一発を紙の隅っこに入れ、なんとか最後の二発を一番外の円に当てられたので六十点満点中二点。 引き当てた不発弾は一つ。 不発率に関して『だけ』は上々の成績と言える。 次のマジョルニコフ軍曹は一発目を八点の枠に入れた。 だが二発続けてスカを引いたことで集中が途切れたのか、中心から遠く離れた円に残りの五発を撃ち込んで二十三点。 フケツのミラーは四発目にハズレを引いたが、終始安定した低さを見せて結果十三点。 そして、問題のベルナルド・バースであるが……。 彼は一発目を――中心円をギリギリ外して――九点の枠に入れた(これには全員小さく感嘆する)。 だが良かったのはそれだけだ。 それから立て続けに五個もの不発を引き当ててしまったのだ(これは授業中の生徒も含めたなかで最高記録)。 カートリッジをフルセット入れ直して仕切り直しと張り切るが、そこからも出なかったり出なかったりで集中が完全に途切れる。 結果二十六点。 コストとリターンの釣り合いがまったく採れてない、最低のはるか下をいく点数だ。 万州帰還兵が辛辣になるのも無理はない。 期待していたほどの腕が無いのは良いとして(本当は良くないけど)、問題は他にもある。 軍人だってツキを重視する商売なのだ。 “サエズリ野郎”のこの不ヅキは論外中の論外なのだ。 「銃もカートリッジも、作ったのはオレ、いえ、自分じゃありません。どちらもリリー&フィールド社の仕事です。企業が果たすべき責任を消費者である自分に求められても困ります」 口にしている中身は正しいのだが、怒れる熊サンを鎮めるには至らない。 「戦場に来ることなどクソ絶対にない企業の卑怯マラなど誰が問題にしているか、このドアホ! 問題なのはクソ無責任なクソ企業のクソ腐れマラどもがヒリ出したクソを十二回も、クソ十二回も掴まされくさりやがった腐れクソマラ頭のクソド不運と、クソド不覚と、クソを回避するクソ手段をクソ講じなかったクソ怠惰とクソド無能だっ!!」 理性は反論すべきでないとしきりに訴えていたのだが、さすがに黙っていられなかったらしい。 “サエズリ野郎”ベルナルド・バースはムッとした表情で言い返す。 「ご記憶に無いようですので申し上げますが、オレ達の好きなようにして良いと仰ったのは曹長ご自身です。第一……」 冒険者崩れのこの男はそこで一旦軽く息継ぎをし、一気に続きをまくしたてた。 「ドーやりゃ掴んだカートリッジのアタリハズレが判るんスか!? 撃つ前に?! そんななぁ企業からも教わっちゃいないんスよ?!」 この言葉には“デブシロサンボ”も“フケツ”も、“白アスパラ”までもが、きな臭い表情で頷いている。 「それも含め銃に関係したあらゆるクソの拭き方、始末方法を考えるのが、今回のわしらの任務だ」 部下の垂れたクソに一瞬沈黙したのち、たいへん静かな口調でライオット・ワーブはそう応えた。 「手を抜いても良い。確かにわしはそういう採り方もできる命令を貴様らに達した。貴様ら愚かマラどもが、今日までたるみにクソたるんだ日々を送ってきたのは、発令者であるわしに全ての責任がある。それは認める。だが……」 分隊指揮官は“サエズリ野郎”を真正面から見据えた。 「いまと同じことが戦闘中に起きれば、死ぬのは貴様だ。わしではない。そして貴様が死んだ責任をわしか、わしよりも上の者か、あるいは貴様の言う企業や株主とか言うクソどもの誰かが仮に認め、その謝罪会見まで開いたとして、それになんの価値がある? 自分は運と、顔と、ドタマがクソ悪かっただけで、ホーテキには何のクソ責任も無かったんだというクソ確信抱いてミジメなクソ地獄に落ちることは、貴様にとっては生命よりも大事なことなのか?」 論理のすり替えと言えなくもないが、古参兵は実際的だ。 ベルナルド・バースも、不承不承ながら、反抗の言葉を飲み込む。 “サエズリ野郎”も、ガキと呼ばれる頃はとうの昔に過ぎ、多少はこの世の裏というものをその目で見ている。 他人の口車に乗せられた莫迦の辿った惨めな末路といったものも、そこには含まれていた。 そしてそんな奴らと同じ運命だけは絶対に自分は辿るものかと心に決め、注意深く生きてきた積りだったのだ。 内心忸怩たるものがあった。 またライオット・ワーブも自らの責任を完全に棚上げしたような口ぶりではあったが、個人的感情に任せて国賊級に無思慮な命令を出してしまったことを内心では大いに恥じ、深く悔いてもいた。 しかしそんな心の動きを周囲に喧伝しながら生きる趣味をこのサザン人は持たない。 抱え込んだ苦悩や懊悩、疑念や焦りをいちいち面に出したりしてたのでは、現場の下士官などは務まらない。 反省や後悔などは個人の内部で始末すべき事案であり、外部の人間に向けて発信されるべきものでは断じてない。 この万州帰還兵はそう信仰している。 男なら、舌でなく、行動で落とし前をつけるべきだと。 「え〜っと、あの、宜しいでありますでありますか、曹長殿」 重苦しい場の雰囲気にもめげず(というよりも気付かず)、“癌マン”アズサ・P・服部がノーテンキな声を上げた。 「……わしに殿は要らん。憶えておけ、ボンクラメガネ」 「は、判りましたであります、曹長殿」 「……それで何だ。生理休暇の申請か?」 ライオット・ワーブは奥歯を強く噛みしめ、こめかみを襲う鈍い痛みに耐えつつ言った。 「え? ああ、いえ、ご心配くださって有難うございます、曹長殿。ですが、僕、いえ、自分は健康ですし、それと男であります」 「アホンダラマラ!! クソ用件をさっさと言いやがれと言っとるのが判らんのか、ボケナスメガネ!!」 なぜ怒鳴られたのか理解できず、“癌マン”は恐る恐る言った。 「……え〜っと、その、いま、カートリッジが不発か不発でないか判らないとバース伍長クンが言っていましたが、それって本当なんでありますでありますか?」 “癌マン”の顔は本当に怪訝そうだった。 「判らないわけじゃないわけでありますでありますよ、二号軍曹。引き金を引いた後でなら、誰にだってちゃ〜んと判るでありますよ。ああ、これは不発『だった』って、ね」 “口だけ番長”が、これまた、上官侮辱罪級の口調と、表情と、態度で言った。 「いや、その、普通、触ったときに判るでありますでありますでしょう?」 その場に居た全員から不審の眼差しが“癌マン”へと注がれる。 「掌に乗せたり指先が触れたりしたときに、何か、こう、ピーンと伝わって来るものがあるでありますでしょう。ちょうど、アレがこう来た時にこっちがビビビッてなる感じなのが不発じゃない方のカートリッジで、そうではなく、アレがああ来た時に、こっちじゃなく、そっちの方がピピピって雰囲気になってジワ〜ッてくるのが不発じゃない方じゃない方のカートリッジです。判るでありますですか?」 爽やかな微笑を浮かべて説明(とコイツ一人だけが勝手に思い込んでいるところのもの)を終えた“癌マン”アズサ・パードナー・服部を、ライオット・ワーブが速やか且つ鮮やかな動きでヘッドロックに極めた。 「バ・カ・は・キ・サ・マ・か? それとも、ここに入ってる小人がショーシンショーメーのイカレポンチか? わしは判るように説明しろと言ったんだ! 説明だ、セツメイ! 判るか? 普段お前がヒトって呼んでるイキモノの言葉に、それも王国公用語に直しやがれって意味だ! 判るか、このウルトラ・能無し・スペシャル・ボンクラ・デラックス・アホタレ・メガネマラ!!」 必死に送られてくる降参の合図は完全に無視し、ライオット・ワーブはそのドタマに中指一本拳を抉りこませる。 キューティクルが輝く“癌マン”のおかっぱ頭からは、キシキシという不気味な音が聞こえていた。 「あ、あ、あ、あんまりじゃないですか!! これ以上判りやすくは出来ないってくらい判りやすい言葉を使って説明したでありますでありますよ!!」 頭を撫でさすりながら床に落ちた眼鏡を拾い上げ、“癌マン”が非難の声を上げる。 「わしみたいな普通の人間にイカレポンチ語が理解できるとでも思ったのか、ウジ虫!!」 「この学園の生徒殿たちの皆さん方は判り易いって言ってくれてるであります!」 「んなもんはクソ社交辞令に決まっとるだろーが!!! ノータリンでマラ頭な貴様を哀れに思っただけだ!!」 「そんなことは如何でも良いでしょう、閣下。いま重要なのは本当にアズサ軍曹にカートリッジが不発か否かを区別できる能力があるかどうかを確かめることです」 極めて低次元な言い争いをする分隊のトップ(能力ではなく階級の話)二人に伍長さんが割って入る。 「大丈夫ですか、アズサ軍曹? 証明できますか?」 アズサ・P・服部がブースに入ろうとしたとき、待ったが掛かる。 未開封のパッケージからでなければ、正確な検査にならないだろうという意見だ。 横槍を入れたのは、もちろん、“タイトルホルダー”ベルナルド・バース。 だがこの意見の正しさは全員(“癌マン”を含む)によって認められた。 直ちに伍長さんが新しいカートリッジの箱を運んでくる。 アズサ・P・服部はとくに緊張した風もなくブースに入ると銃を取り、銃身を握り締めた。 回転弾倉は主要銃器メーカー四社共通の機構だが、装填/排莢システムはそれぞれ異なり、各社独自のカラーを打ち出そうとしている。 リリー&フィールドが選んだのは、銃身が本体(銃把部分)から外れる分解式だ。 企業側では「弾倉を交換するだけで連射可能な画期的機構」としているが、その画期的機構とやらにはもれなく接合部が磨耗しバカになっていくという、あまり嬉しくないオマケ(構造的欠陥)まで付いてくる。 他の三社のカラーも記しておくと、スミス&ウェイランド社では銃身の下に排莢用のエジェクターレバーを設けている。 撃ち終わるとこれを操作して一個ずつカラのカートリッジを排出し、また新しいカートリッジを一個ずつ込め直していくという、大変に手間の掛かるつくりになっている。 この面倒臭さ満点の仕組だからだろうか、ここの愛用者には一発必中を心掛け、実際に実践できる剛の者が多いとの噂(都市伝説)まで付いている。 残る二社のうちペンガーナは弾倉が横にせり出すスイングアウト方式を採用し、ヒグチ銃器が考え出したのは中折れ式だ。 スミス&ウェイランドとペンガーナが右利き用の商品を送り出しているのに対して、ヒグチ銃器のものは(結果的にはリリー&フィールド社もだが)左利きにも配慮した構造になっている。 “癌マン”は新しいパッケージから無造作にカートリッジを一つかみ取り出した。 そしてトランプを配るかのように、一個ずつカートリッジを弾倉へと込めていく。 込め終わると、残った分を元のパッケージに戻…… 「「「「「「なにをしている」」」」」」( ̄皿 ̄#) 全員(伍長さん含む)から待った(多量の怒気含む)が掛かった。 「え? なにって、使わなかったものをもとの所に戻すのは社会の常識じゃないですか」 アズサ・P・服部は「この人たちは何を怒っているのだろう」という顔をしている。 「使わなかったものを戻すのはそうでも、使えないクソまで戻すのはどこの穴のジョーシキだ?」 ワーブ氏から怒気に満ち満ちた声を掛けられても、“癌マン”はまだ首を傾げている。 「……戻そうとしたなかに不発カートリッジは無いのか、ノータリン!!」 「え? ……ありますよ」 一瞬“癌マン”は掌のカートリッジに眼を落とし、そう答えた。 「それまで戻してドーする!! このボンクラマラ!!」 「……ああ! 確かにそれはチョッとマズイかも知れません。いやー、やっぱり曹長殿ともなると頭良いですね〜」 さわやかな笑みを浮かべるアズサ・P・服部。 対照的に不快度指数が急激に跳ね上がってきている他の面々。 「マズイのは貴様のクソマラ頭だ、このマヌケ! 検査のあいだ、一度掌に取ったカートリッジは箱には絶対戻すな!! 不発は貴様の左手に置け! そうでないものは右手だ! 判るか!? 左手はどっちだ?!」 “癌マン”の左手がピクリと動きかけたのより、湿った肉を叩く音が先に(複数回)響いたように聞こえたが、多分、錯覚だろう。 イタ過ぎる紆余曲折の後、ようやく“癌マン”は銃を手に標的と向き合うことができた。 緊張した様子など微塵もない無造作な右構えの姿勢を採り、ヒョイっと言う感じに銃をまえ…… これまで聞いたことがない轟音が響き渡り、『触煙』のきつい匂いが射撃術科の面々の鼻を衝いた。 一同顔色なく、どの口にも音はない。 的の中心円はまるでパンチでくり抜かれたかのように完全に消失し、縁からは煙が上がっている。 銃声は一つにしか聞こえなかったが、“癌マン”の筒先から六回火線が伸びていくのは全員が目撃していた(全員視力に問題はない)。 中心部分が消失したのは、一点に一瞬で六発のカートリッジが集中し、その衝撃で射入孔周りが削り取られた結果だ。 邪気のない(ノーテンキな)笑顔でアズサ・P・服部が振り返る。 「どうです? 言った通りでありますでしょう?」 偶然カイトが出してみせた学園の最高記録が塗り替えられた。 「三回だ!」 的を睨みつけるのを止め、射撃術科主任が不機嫌な声を上げる。 「貴様みたいな愚かマラでは三百億兆万回でも足りんぐらいだが、時間が無い! 同じことをあとクソ三回やれ! 一度ぐらいでは絶対に信用なぞ出来ん!!」 試験の延長を命じられてもアズサ・P・服部は拗ねも怒りもせず(と言うより、自分がどう思われているかすら気付いてない)、なんの含みも感じられない朗らかな笑顔で「了解であります」と答えた。 伍長さんが新たに未開封のパッケージを三箱取ってきた。 そのまま“癌マン”に手渡そうとするのに上官がアゴをしゃくる。 伍長さんは直ぐに氏の意を汲んだ。 傍らにあったクズ箱から替えたばかりのゴミ袋を取り出すと、その場にあるカートリッジを不発も含め全てブチ込む。 そして中身が混ざるよう何度も振って、その後“癌マン”に手渡した。 「不発を混ぜたら駄目だったんじゃないんじゃないんですうゥウゥっ!?!」 “癌マン”が垂れるクソは途中で引っ込む。 彼の鼻の下には主任の中指一本拳が深々とめり込んでいた。 「わしがここの神だ。カミサマがお決めになられましなさられられたことに、イカレポンチなクソは垂れるな。判ったな、ウジ虫クン」 スカッとサワヤカな笑みを浮かべながら、サザン人は相手の人中をエグりにエグった。 「Si……Sir, Yes, Sir……」 眼に涙をにじませ、手で口もとを押えながら“癌マン”は答えた。 チョッとした紆余曲折のあと、“癌マン”は的に向きなおる。 相変わらずノーテンキな微笑を浮かべたまま、ゴミ袋に手を突っ込んで無造作にカートリッジを一つかみ分取り出す。 そして軽く握った拳からカードを繰り出すみたいに弾倉に込める。 掌に残った分は、先刻言われたとおり、不発とそうでない物とに分けて左右に置いた。 弾倉を銃に戻すと、やはり先ほどと同じ無造作な右構えの姿勢で、またしてもヒョイっという感じに右腕を突き出す。 滑らかな動作で同じ手順を三度踏み、その全てに於いて最初とまったく同じ結果が再現された。 ライオット・ワーブと副官は“癌マン”の姿勢に色々気になる点や、興味深い事柄を発見した。 そのほとんどはクソどもには解らない(気付くことすらできない)ことばかりだったが一つだけ、それもG・W・ミラーだけが気付いて、口にしたことがある。 「……身長が」 ようやく他のクソどももそれに気付く。 誰に対しても丁寧口調で腰も低く、しかも猫背気味にしているので判らなかったが、アズサ・P・服部の身長は優に百八十センチを超えていた。 「口からクソを垂れるな。しばらく黙ったまま、カカシみたいに突っ立ってろ。判ったか、ボンクラマラ!」 ライオット・ワーブはブースから出てきた部下に口を開く暇を与えなかった。 そして真剣な表情で“癌マン”の周囲を回り出す。 頭のてっぺんから足の先に至るまで、鋭い視線を送り続けた。 何度目かに“癌マン”の後に回った時、氏はおもむろに“癌マン”の右肩甲骨の辺りを突いた。 突かれたアズサ・P・服部は二、三歩ふらついたが、それ以上何ということもなく直ぐ直立不動の姿勢に戻る。 他の者が「どうしたんだ」と情けないものを見る表情を浮かべる中、伍長さん一人、口を軽くOの字に開いていた。 余人には軽く押したとしか見えなかったが、ライオット・ワーブの手には微妙で強烈な力が込められていた。 ただ筋肉を付けましたというだけではバランスを崩し、地面に叩きつけられるような力だ。 しかしそんな力に曝されても、アズサ・P・服部はわずかによろめくだけで済ませてみせた。 「……フン。ドタマの方はわしの歯カスでも詰めてやった方がまだマシなぐらいお粗末なモンだが、ガタイのほうはそれよりもまだ少しはマシらしい。まずまずの立ち方だ、ボンクラマラ」 淡々とした口調で古参兵が言った。 銃を撃っていたときのアズサ・P・服部は、実に綺麗な立ち方をしていた。 わずかな歪みも偏りもなく、正中線と地面とを垂直に交差させる本当の自然体。 二人のベテラン下士官が気づいたことの一つだ。 「足腰だけじゃなく、全身まんべんなく鍛え込んである」 そう言って射撃術科主任は“癌マン”の右腕をつかみ上げる。 「トレーニングルームに通って、臭い息と汗とを撒き散らしながら重石の上げ下げ体操で鍛えた肉体じゃない。荷物を運んだり、持ち上げたりする生活を何年も続けてできる筋肉の質と付き方だ。一体……」 ――何時から、何故、何のためにそんな生活を続けてきたのか。―― ライオット・ワーブが自分の見落としに気付いたのは、そう口にしようとしたときだった。 大抵のことでは動じないこのサザン人も余りのことに唖然とし、質問を忘れてしまう。 “白アスパラ”スクワイヤ・マジョルニコフは恐怖の表情を浮かべて自分のと相手の持ち物とを見較べ、“デブシロサンボ”アーサー・スコット・クラークはトンキョーな呻きを漏らし、滅多なことでは動じないフケツのミラーでさえ厚汚い顔を驚きで歪めていた。 アズサ・P・服部の掌は大きい。 具体的に言うと、巨漢としか呼びようのないスクワイヤ・マジョルニコフに匹敵した。 身長や体格からすれば異常のサイズと言える。 しかも規格外の大きさとは別に、目立つ、非常に珍しい特徴が有った。 二つの口からまったく同じ感想が漏れた。 「「長生き出来そうにない手だな」」 その言葉に“癌マン”は泣きそうになっていた。 『スーパーな』銭湯のBA(浴室業務員)から下半身の一部位を指差され、「うわぁ 大っきい〜 はぁと」などと言われたりするのは(リップサービスと判っていても)、男として自尊心をくすぐられ、それなりに嬉しいだろうが……。 むさ苦しい病気持ちの愚かマラどもに『それ』以外の身体部位を指差されて、好き勝手なクソを垂れられるというのは誰にとっても――いかな好人物、“癌マン”アズサ・P・服部にとっても――決して嬉しいことではないのだ。 図らずも一致した見解を述べたのはライオット・ワーブと、誰あろう、“口だけ番長”ベルナルド・バースだった。 驚愕と嫌悪が入り混じった視線が交錯しあう。 自分と同じ感想を持つ人間が他にいようとは――選りにもよってそれがコイツだとは――お互い夢にも思わなかったのである。 「如何言うことだ。ワケを言え、“サエズリ野郎”」 指揮官からの命令に“番長”は天井を見上げた。 「フッ」と物憂げな溜め息を漏らす。 「昔……オレがまだ若かった頃です。すこし、覚えたことがありましてね」 微かな笑みを口許に浮かべ、ここではない何処か遠くを眺める眼をして、もったいぶった口調で続きを語りだそうとして……壁までふっ飛ばされた。 指揮官の修正なのは絶対だったが、相変わらず何をどうやったのかは新米どもには判らない。 「なぁにが『オレがまだ若かった頃』だ!! ケツにタマゴのカラぶら下げてるヒヨッコのまだ若かった頃ってなぁ何時のことだ?!!! ケジラミだらけの親父のタマ袋ンなかで、他のオタマジャクシと一緒にネコかきの練習してた頃か?!! キサマの耳の穴はクソ垂れだす穴か!? わしはクソ垂れたワケを言えと言ったんだ!! 最後に寝小便垂れたときに、何べんママにケツぶっ叩かれたのかをビョーシャ付きでカタって聞かせろと言ったのではない!! 判ったか、ウジ虫!!」 「Si……Sir, Y…es, Si……r……」 荒ぶる上官の怒号にベルナルド・バースは応える。 バクテリアが鳴くよりも幽かな声だった。 「裏社会で食い扶持を稼いでたとき、顔見知りに居たんスよ、二ご……ハットリグンソードノと同じ手ぇしてた奴が」 非常に虚ろな目をして“口だけ番長”は“癌マン”の手を指差す。 彼の手の第一から第三指までは測ったように同じ長さをしている。 「スリで食ってるそいつから酒んときに聞いた話だと、第一指(人差指)と第二指(中指)とが同じ長さの手ってのは、業界じゃあありがたがられるらしいんス、神の手とか、幸運を招く指とか言われて。だけど……」 そこで“口だけ番長”は軽く溜め息を吐く。 「そう言う手ぇしてるのに限って、大抵、早死にしちまうらしいっス。相手のヤバさ嗅ぎ分けるカンとかが身に付く前に天狗んなって……」 甲高い口笛とともに“番長”はのどを掻っ切る仕種をしてみせる。 ほとんどの面子はそれで納得した表情を浮かべたのだが、しかしまだ「判らん」とクソ垂れる莫迦どもがいた。 矢張りライオット・ワーブと、今度は“デブシロサンボ”A・S・クラーク。 二名は異口同音にこう問うた。 「「長生きできないって手ぇしたヨタモンが、貴様にヨタ飛ばせるまで長生きしてこれたのはどう言うワケだ?」」 「そいつには弟が居たんス。母親が違うせいか、写真で見た感じ、あんましツラとかはそいつとは似てなかったスけど、『手』はそいつと同じで、『腕』は数段上ってのが」 動揺も面食らいもせずベルナルド・バースは答える。 「いま言ったみたいにヤバイのに何度か手ぇ出してたらしいんス、稼ぐためじゃなく遊びで、スリルを味わうためだけに。で、最後に仕事した相手に手首から先を両方とも落とされたんスよ、問答無用で。それで落とし前はついたって放り出されても、両手が使えねぇんじゃ止血帯も満足に巻けねぇしで……」 番長は肩をすくめ、ごくまともな意見(コイツにしては)で話を締めくくった。 「毎朝、ビンに入った、自分より腕利きだった弟の手ぇ見てから仕事に出掛けりゃ、どんなにアホで向こう見ずなスリでも、すこしは慎重になろうって気になりますヨ、フツーはね」 自分に集まる好奇の視線に軽く嘆息し、ライオット・ワーブは語りだした。 「これまでに五人。コイツと同じ手をしたクソに出くわしたことがある。一人残らずコイツと同じイースタン人だ。戦争でな」 氏は一旦そこで言葉を切る。 “癌マン”――イースタン人とウェスタン人のハーフ――が異見しようとする空気を敏感に感じ取り、修正を行なった為である。 「だがコイツの手とクソ痛すぎるマラ頭は両方とも天然モンだが、そいつらのは違う。そいつらの手は、いや手もクソドタマも、養殖モンだ。クソ痛みに満ち満ちたクソ時間をクソタップリ掛けて作り直した、そびえ立つクソだ」 そう口にする古参兵の眉間には深い縦じわが刻まれていた。 「そいつらの一人がその手を作ってるのを間近で見たことがある。そのついでに話も聞いた。クソ硬いモン目掛けて、左右の貫き手をクソ思いきりぶちカマす。ただそれだけだ。ただそれだけをクソ延々と繰り返す。砂を突くことから始め、マキワラをドツき、クソ地面をホり、クソ丸太をエグり、火に掛けたナベで灼けたクソ小石にファックする。指先だけで水の入ったツボを一日中つかみ続け、トンカチで手の甲を叩き、やっとこで生爪を剥ぐ。毎日の様に爪は割れ、指は絶えず脱臼し、しょっちゅう骨折を繰り返す。ケガをしたらションベンと粗塩を擦り込み、その痛みに耐えながら課業をこなし続けることで、指はクソ少しずつ太く、短く、クソガンジョーになっていく。一年三百六十五日、土日祝日盆暮れ正月、聖誕復活万聖節、クソ一日も欠かさず、片時もクソ休まず、その課業をクソ続ける。……イースタン以外の人種にゃあマネるどころか、クソ理解もクソ想像もクソ不可能なクソシューネンとクソ忍耐と腐れ覚悟でな。そうしてクソ十年も過ぎる頃には、三本の指先がクソキレイにそろえられた、ショーシンショーメー、本物のクソキョーキが完成するってスンポーだ。実際、クソ恐ろしい生きモンだぞ、イースタン人って連中はな」 そう言って氏は恐ろしい(別の意味でな)イースタン人を一瞥する。 「お聞きしてよろしくありますか?」 想像を超えたイタい内容に臆病マラどもが押し黙るなか、“白アスパラ”スクワイヤ・マジョルニコフが上官に尋ねた。 「他の身体部位もその手と同じかそれ以上に鍛えてきたと思われる人員が――つまり、スリなどと違って戦う技術を、おそらくは非凡なまでの格闘戦能力と、尋常ではない苦痛にも耐えられる強靭な精神力とを手にできたはずの兵士や達人が、何故、長生きできないんでありますか?」 古参兵の答えは「“サエズリ野郎”の話と同じだ」だった。 「そいつらは全員若いうちに死んだ。自分は特別だ、ユーシューだと言うクソ満足感、クソユーエツ感はどんどん肥大し、ダダもれにあふれ出すまでになり、確実にそいつを腐らせる。手段であったものが目的に変わり、最後にはあちこちで要らんクソ恨みを買うのが楽しいと考えだすようになる。そんなクソ行動が将来自分をどれほどクソ窮地に追いやることになるか、そんなクソ簡単な未来予測もできん愚かマラは、ミジメなクソ地獄に落ちるしかない。それが判っていながらも、焚き火のなかのクリ拾いを止めんファッキン・コメィディアンも、クソムザンな死に方しかできん。そいつにどれだけクソ優れたクソ資質とクソ特技があっても、一人の兵士にできることなど、たかが知れてる」 サザン人の表情は昏く、険しいものだった。 「ですが、閣下。我らのアズサ軍曹は、そう簡単にはくたばってくれそうにもない、キョ〜リョクな運命に守られておいでのようです」 それまで独り静かに“癌マン”の掌を診ていた伍長さんが、声(チョッとウンザリ気味の)を上げた。 「この年になるまで自分もアチコチでいろいろなモノ、チョっと信じられないようなモノを数多く目にして参りましたが」 小隊最年長下士官は、驚きとも呆れとも取れる、溜め息を漏らす。 「三重生命線なんてモン拝ませてもらうのは、コレが初めてです」 東方式卜占術の知識は無くとも、その響きから一同おおよその意味を推測した。 「つまり貴様が言いたいのはこういうことか? このボンクラノータリンクソ眼鏡マラは、クソ長生きをしくさりやがる、と」 忌々しげな顔をした上官からの問いに伍長さんが頷くと、某“番長”と某“白い奴”が非常にイヤそうな顔で舌打ちする。 「生命線だけではなく、頭脳線、結婚線も実にイイのが走っとられます。それに拠るとそろそろ結婚してないとおかしい、と言うか、マズイ頃なんですが……」 「手のひらのシワやワレメがそいつの真実の姿を示すってんなら、なんでこの大莫迦メガネは、ぶっコクことしかドタマに無いマラ頭のエテ公にだって垂れれんようなクソしか垂れやがらんのだ? 窓に鉄格子のはまった病院で年中無休にラリってるイカレポンチなタワケマラでも、コイツの百億万兆倍以上に「エスプレッソ」の利いたタワごとをほざくぞ」 上官が『エスプリ(機知)』と勘違いしているのは全員すぐに気付いたが、誰もそれを指摘しない。 「いや、入出力機器の調子がおかしいだけで、魔法CPUや魔法メモリ、魔法HDDに魔法ビデオカードの類は非常に高性能なものが実装されているのかも知れません……」 本気かふざけてるのか、判断に苦しむ表情で伍長さんが言った。 「モニタもスピーカーもキーボードもマウスもマイクも全部がクラッシュしてて、どうやって性能が?」 呆れ顔をした“白い奴”の唸り声に、伍長さんは「我が意を得たり」と笑みを浮かべた。 「ご賢察です、クラーク軍曹。入出力機器に不具合があるのであれば、不具合の無い、性能の良い物と交換すれば宜しい」 王国軍人多しといえど、こと銃の扱いに関する限り、このアズサ・P・服部以上の人材は、テンサイは居ないと断言できる。 居たとしても、この先そんな人員がここに派遣されてくる可能性は絶無だ。 であるなら自分たちのすべきこと、しなければならないことは一つしかない。 「射撃術科の総力を挙げて『アズサ語』を調べあげ、あらゆる角度からアズサ流を研究し尽くし、解った事実を有機的知識体系、技術体系へと編纂し、効率的訓練システムを作り上げる。最終的には、射撃術科の教員と冒険課の生徒さん全てが『アズサ軍曹』になるんです」 力説する伍長さんに、“癌マン”以外の射撃術教導分隊の面々は心底イヤでイヤでタマりませんという顔を向けていた。 それに気付いた演者も非常にキナ臭い表情を浮かべてこう言い添える。 「銃の腕に限っての話ですよ」 「「「「「当たり前だ!!!!!」」」」」(# ̄皿 ̄#) クソ野郎どもの唱和する声が射撃演習場に響くなか、“癌マン”独り声も無く、目の幅涙を流していた。 |
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