ぱすてるチャイム Another Season One More Time 菊と刀 33 are you men enough to fight with me, YOU BITCHES?--Interval 作:ティースプン |
万州戦争の開戦理由でございますか? 理由と言いましても、いろいろ絡まりあっておりますなぁ。 新大陸の発見とそれによる市場の拡大。インゲロ・セクサン人におけるマスキュリニズムの台頭、エルブンリブの隆盛、本流垂迹説の解釈などなど……。 ただ――たった一つというのなら、やはり………… 人権戦争、その戦後処理でございます。 聖ユクサンブル帝国領カルネア地方、ナナス帝記念特別自治区。 人権戦争の折、パヴァーヌ派神術士ミューゼル・ガウの考えに共感したユクサンブル帝がエルフの主権と自治を認め、戦後彼らに解放した土地。すなわちルーベンスで唯一の『エルフ』の、『エルフ』による、『エルフ』のための国、ということになる、一応……。 難民に土地を解放する、与えるというのは確かに根本的な解決策の一つになり得る。 この場合は唯一と言って良い(平和的なヤツはな)。 しかし六大国で最初にエルフ保護を掲げ、人権戦争を戦ってきた聖ユクサンブルならば融和政策を推し進めていくのが順当に思える。 そして解放するのがカルネアというのもこれまでの政策と矛盾してるようにも映る。 賢帝が有能な統治者で民衆から敬われていたのは事実だが、だからといってユクサンブル国民すべてが諸手を挙げ、エルフ保護に賛成していたわけではない。 エルフに対する深い恨みと激しい妬み、そしてそれらを上回る恐怖は六大国のヒューマン全ての心に抜きがたく刻み込まれていた。 ラスタルほどではないがユクサンブルは魔法源濃度が平均して高い国である。 ヒューマン全体で魔術神術を遣える者の比率が現代より低かった時代である。 そんな頃に――部分的であれ段階的にであれ――人妖混住に踏み切るというのは決して現実的な選択とは言えなかった。 解放先だがこれはどこでも良かった訳ではない。 ぶっちゃけ相手は、超スゴイ、強力な武装難民である。 最低でも全体の自給自足が可能でなければ、隔離政策など受け容れようはずがない。 魔法源濃度が低すぎる土地というのも、あまり、良い気持ちはしないだろう。 カルネアというのはその二つから導きだされた答えでもあったのだが、これには国内から強い反発、不満の声が上がった。 ユクサンブル併呑以前からカルネアには農業や牧畜、それに漁業で暮らしてる者達がいた。 その彼らから二束三文で生まれ育った土地と生活、それに文化とを奪い取ろうというのだ。 文句が出ないと考える方がどうかしている。 それだけではない。 カルネアにはルーベンスでも屈指の産出量を誇る塩鉱脈が存在し、賢帝はその採掘権と専売権までエルフに与える聖断を下したのだ。 いくら相手が強力な武装難民でも、これは余りにも自国の民と経済をないがしろにした政策にも思える。が、しかし…… 難民側からもこれには不安や不信が囁かれた。 これは賢帝の罠ではないのか。 女に袖にされた腹いせに、自分たちをこの大陸から完全に抹殺しようという謀計にはあらざるやと……。 怖れ多いことにユクサンブル帝がエルフ擁護に乗り出したのは、信仰と自らの良心に従ったからではなく、聖ミューゼルに懸想し、その歓心を買うためだとの噂が戦前から巷間には流れていた。 そして……戦争を終わらせるため聖ガウは、枕外交で、ナナギの女支配者を動かしたという噂がこれまた実しやかに囁かれていた。 そのことに賢帝は激怒していると……。 賢帝や聖女という肩書と、大陸本土に暮らす者たちがナナギという国に昔から抱いてきた神秘的なイメージ。 なにより情報通信技術がまだまだ未発達だったことが原因だが、これらの噂はファッキン・デマだ。 まず賢帝という涼しげな響きから眉目秀麗な白皙の貴公子などを思い浮かべそうになるが、遺されてる彫刻や肖像画、それに愛用の甲冑などを見る限り、ユクサンブル帝ナナスはマウンテンゴリラ、いわゆるシルバーバックを彷彿とさせる容貌魁偉の美丈夫である(帝のもう一つの異名、白銀の聖賢とはその婉曲表現だ)。 ヤセ専で面喰いで(日記でそう仄めかしている命知らずが何名か側近にいる)、絶世の美女と謳われた――帝より二十才も若い!――パイローラ妃だけを幸して側室は一人も置かず、その頃すでに成人した王子、王女も数人いた。 次にミューゼル・ガウだが、彼女も聖女と呼ぶよりかは肝っ玉母ちゃんと言った方がマジしっくりくる、大変恰幅の良い、わりと年配の(つまり賢帝の守備範囲からはかなり外れた)女性だった。 女史はそれまでに夫や子供をはじめ、家族全員を戦争で亡くしている。 内面からあふれ出す慈悲忍辱の心や人としての魅力で輝いてはいたが、造作的に見た場合――今だけでなく当時でも――いわゆる美人のくくりに入るタイプではない(矢張りこの辺についても何人もの関係者が証言を残している)。 なにより…… 枕外交やろうにも、当のナナギ帝は何十年もまえに干上がり、枯れ果て、くたびれきった、梅干し婆さんなのだ(若いころは傾城傾国を地で行く超スゴイ美人ってか女傑で、メスオス構わずウグイス鳴かせまくりの喰いまくりで、英雄(女だけど)色を好むとはこういうことサとばかりに何匹ものツバメを囲ってたけどな)。 戦争のさなか娘夫婦がそろって儚くなり、後を襲わせようにも親王があまりに幼すぎたため已むを得ず、重祚したのである。 ――他の国だけでなくナナギ本国でも、この母子二代(見方によっては三代)にわたっての治世を一人の女帝によるものだと混同している、と言うかわざと国民に誤解させている向きが在る……。 いつお迎えが来てもおかしくない老女に孫背負わせての戦争の指導というのは荷が勝ちすぎてる。 それに元々この出兵には国民だけでなく執政府、軍指導部からも反対の声が上がっていた。 聖ミューゼルの献身、命懸けの行動に多少感銘のようなものを受けはしたが、最終的に奈菜璃帝が兵を退かせたのは政治的判断だ。 『教科書に書かれているような感傷』からなどでは決してなかった。 『土地そのもの』に問題はまったく無かった。 ここだけで本当に完全な自給自足が可能だ。 立ち退きを求められたカルネア領民への保障は本来の資産価値の十分の一以下、それこそスズメの涙にも満たないものだが、その総計たるや莫大なものになる。 しかも戦争の犠牲者や遺族への保障やらなにやらで金が入用になる終戦直後、ユクサンブルは単なる税源以上のモノを手放した。 これで拒否したりすれば難民側が完全な悪者だ。 だが、それだけに、難民のあいだでは絡めとられたという恐怖が強かった。 故にこの状況から何とか一旦は逃れようと必死に頭をひねったのだが、結局、彼らはカルネアへの移住を受け容れることになる。 言い訳と呼べるようなものを本当に誰も、なにも、ひねり出せなかったためだ。 智謀でユクサンブル帝に勝てる者など当時世界には存在しなかった。 安住の地とは呼べずとも定住の地と生計の途は得られたのだ。 ひとまずのところエルフ難民も、内部的には、仲良く暮らしていけただろうと思うかもしれない、が、違う。 エルフにも『人』種の違いがある。 また地縁、血縁、魔力強度などによる身分秩序が形作られており、さらにその中でも職種や思想といったものの違いから、幾つもの集団や結社、勢力に分かれていた。 当然そこには様々な差蔑や偏見、諍いといったものも存在した。 そして敗戦によって指導者集団とその縁辺の地位と信頼がガタ落ちしていたこと。 さらに賢帝の政策(要求)によって新たな身分秩序が形成されたことが問題をよりややこしいものにしていた。 『エルフ』難民と書いてきたが、ユクサンブルが受け容れてきたのはエルフだけではない。 ハーフエルフにヒューマンが大勢含まれていた。 前者は戦争の置き土産。そして後者は外でもないヒューマンの魔術士第一、第二世代とその縁辺たちである(大半はビアンキ人ナナギ人で、ユクサンブル出身者はさすがにこの時点ではゼロだった)。 その数はエルフ・ハーフエルフを大幅に上回っていた。 歴史の教科書などでは第一次大陸戦争がヒューマン側の勝利に終わったのは魔術が最後の決め手になったからとされているが、この表現は正確ではない。 魔術士達が死力の限りを尽くさざるを得なかったからと、そう言うのが正しい。 はじめは無知とそこからくる恐怖が主な原因だったが、最初はどの国も魔術を遣える者をエルフ側に通じた裏切り者だと捉えた。 そして、老若男女貴賎の別なく、彼らを強制的に戦場へ送り込んだのである。 これは「通じてないのなら、生っちろい長耳どもをブチ殺せるはずだ。それで自らの潔白を証明しろ」という理屈とすら呼べない理屈による。 彼らは常に最前線に送りこまれたが、その扱いは懲罰部隊より酷かった。 薬師や神術士に掛かるのはおろか満足な食事すら与えられないこともザラで、神術士を中核とする督戦隊にピッタリ張りつかれたまま、転戦と連戦を強いられ、死戦犠軍を余儀なくされた。 結果、作戦成功率や勝利への貢献度といった点では他兵科の追随を許さないものになったが、損耗率もケタはずれに高いモノになる。 これは魔術を遣えない者たちが魔術士を薄気味悪く思いながらも、心のどこかでは羨み、そしていずれ彼らが(エルフのように)自分たちを支配しようとするのではないかと恐れていたことも関係している。つまり、前線送りとは消極的な死刑の扱いにほかならなかったのである。 故に終戦を迎えても彼らを見る目が変わることはなく、むしろその戦果(と言うより、自分たちが行ってきた数々の仕打ち)からますます恐れるようになり、自然と締め付けも厳しいものになっていった。 亡命する者が出てくるのも仕方がないと言える。 ナナギ『皇国』がビアンキに同調し人権戦争を戦ったのも、エルフに人権を認めないとか言うよりも、この亡命した魔術士、魔剣士たちから国防機密が漏れたり、軍事技術が広まったりするのを怖れた部分のほうが大きかった。 また大量の亡命者が出たという事実は、各国首脳部を大いに不安がらせ、本国に残った魔術士たちへの対応を軟化させることにも繋がっていった。 摩擦や衝突をおさえるため賢帝は、入植希望者全てにそれぞれが帰属する民族の申請と登録を行い、民族ごとでの入植を義務付けた。 賢帝はこのとき民族を「人種的もしくは文化的(言語、職業、それに信仰対象)特徴が九割以上一致した、一定の頭数から成る集団」と定義する。 これにより多くの集団や勢力が新たに民族として一応の独立を果たす。 また入植先を決めるのも、この民族の利益代表同士による平和的話し合いで決定することを絶対条件とした。 会議の期間は最長でも半年と定め、延長は不可。決められなかった場合――それが如何なる事情であったとしても――ユクサンブル政府がそれぞれの入植先を御神籤(ちゅうせん)で決定すると。 そして半年後…… 後に総領会議と呼称されることになる一回目の民族利益代表会議。 この会議における一族一票の投票により、チャグ塩鉱をはじめとした実入りが良いとされた土地の大半はヒューマン側によって抑えられる、が……。 それらのほとんどは弱小の少数民族であり、そしてそれらを取り囲むかたちで周辺地域に入植したのはエルフ達であった。 過去の経緯やらなにやらで民族同士対立していた、反感を抱きあっていたのは人妖共通だ。 しかし、ほかに行き場のないエルフ側は「平穏に暮らしていければどこでも良い。多少のことには目をつぶる」と、種全体の意志は完全に一つにまとまっていた。 ルーベンスの農業や漁業について知識も技術もなかったことが良い方に作用したと言える。 対するヒューマン側はというと民族同士でにらみ合い、同族内でもいがみ合っていた。 同じ業種の者たちで徒党を組み、自分たちの生業が主産業である地域に入植することを声高に主張し、譲るということを知らなかった。 生業が主産業の土地に入植すれば自ずと主導的立場に就けるのだ。 そうなれば故郷にいたときよりも良い暮らしができるようになる。 しかもそれが民族に一番貢献できる方法で、なお且つ民族全体が豊かになるとの大義名分まで付けば、消極的になるべき理由はどこにもない。 ヒューマンたちは欲の皮を突っ張らせ、骨肉の争いに血道をあげ、足の引っ張り合いに精を出す。 エルフ側はこのスキを衝いた。 対立がどんなモノに端を発し、内外の力関係、人間関係はどうなっていて、それぞれ何処への入植を希望し、各々の有力者はどういった人物で、どれだけ味方(票)を獲得しているのか……。 そういった事柄を可及的綿密に調査し、対立を助長するよう工作を行った。 そして大勢力に取り込まれていて、カルネアのどの産業にも大した技術も知識もなく、なにより独力では絶対に入植先を守りきれない弱小民族を技術指導者として厚遇することを約し、本命に立てたのである。 同時に――それぞれ担当を決めたヒューマン側の各民族利益代表および有力者のもとを極秘裏に訪れ、ヒューマン内で票が割れるよう、こう言って頭を下げてまわった。 「自分たちに票をくれとは言わない。だけど、自分たちが敵対している『あの』民族と、そちらの対立している『あの』民族、それにそれらと連合しているところにだけは絶対に票を入れないで欲しい」と……。 またこれに併せて、まだ若い、幼い『置き土産』の引き取りと、彼らを押しつけられた女性たち(わずかだが男性もいた)で希望する者にエルフのなかで福利厚生が行きとどいた、言うなれば『永久就職先』の斡旋をタダで、積極的に行う。 どちらも入植するまでは『戸籍』をそのままにしてである(口が減れば配給物資が浮いて利鞘が稼げるし、コブ付きと独り身では再婚の難易度は天と地ほども違ってくる)。 この提案を受けてエルフ側に移った(或いは移らされた)者は相当な数にのぼった。 説明を求められるとエルフ側は「今の自分たちにできる唯一の戦災保障だから」と答えたが、もちろん本当の狙いは違う。 ハーフエルフを引き取ったのは発言力の強化が目的であり、寡婦や寡夫を受け容れたのは後々神術を手に入れるための布石だ。 総人口と民族数はヒューマンの方が多かったが、戦闘者人口が種族全体に占める割合はエルフ側が圧倒している。 ――法撃戦限定で、損害に目をつぶりさえすれば、女や老人はもちろん、子どもも充分戦力に勘定できる。 異議申し立てすら行わずヒューマン側がこの結果を受け容れた理由にはこれを危惧したところもある。 賢帝を憚った部分ももちろん大きい。 しかしそれらは飽くまで二次的な要素。 そこに行きつくよりも前、もっと根本的なところに、非常に深刻な問題が生じていた。 尻尾や首根っこ掴まれたどころの騒ぎではない。 ヒューマンの有力者たちほぼ全員がエルフ側にガッチリときんたまを握られていたのだ。 存在はマジカルで、見た目はメルヒェンでも、エルフはリアリズムの世界をプラクティカルに生きる種族。 つむじやうなじを見せたぐらいで他人が親切にしてくれる、票が買えるなどというナメた、甘ったれた考えなど、ミジンコの垂れたクソほども抱いてはいない。 自分たちの損にはならないからと言って、他人の都合や利益のためだけに骨折ってやる莫迦はいない。 誰であれそこに何らかの見返りを、必ず、求める。 そのようにエルフの認識は一致していた。 ゆえに彼らは自分たちに用意できて、相手にとってこれ以上のモノは絶対ない手土産帯同のうえで頭を下げにいった。 つまり―― エルフの方は『マクラ』を辞さなかったってコトだ。 見覚えと身に覚えのある女が、やや膨らみ気味の腹部になんとも言えない眼差しを向けたあと微笑みを浮かべ、意味あり気な流し目線を寄こしてくれば、大抵の男はビビる(勘違いしないでね、作者は違うんだから)。 だが彼らがビビったのは、読者諸兄『が』考えたようなそんな軽い、ヌルイ、状況なぞではない(ほ、本当に作者はそんなんじゃないんだからねっ!)。 当時は、現代から見れば信じられないぐらい、律法主義が幅を利かせていた。 また、『日』常にかぎらず、生活のあらゆる場面に宗教が顔をのぞかせていた。 夜の営みは子孫を残すための神聖かつ大事な行為であり、快楽だけを目的に致すのは神への冒涜であると厳に戒められていた(現代でもそのハズ、だけどな……)。 ラヴェル信仰でもっとも厳格な宗派などは、互いのハダカを見たり触ったりもダメで(ナメたりニオイを嗅いだりなんて以ての外な)、差し込み部分に切り込みを入れたシーツを間にはさみ、正常位で、本番だけを行うべしとしていたほどだ(水の神様だけに『流れ』を妨げる匂いのあるモノは一切ダメという風にでも考えたらしい……)。 バカバカしいってレベルじゃねーぞって感じだが、そんなアレな戒律でも人々は忠実に、至極真面目に守っていた。 経緯を考えると、そこまで信じられない、バカバカし過ぎる話ってワケでもない。 四神信仰は、『侵略者』に反攻する『武器』を手に入れるため、始まったものだ。 彼岸や来世での幸福のためでもなければ、心魂の向上を図るためでもない。 絶対生残の執念、徹頭徹尾現世利益だ。 それで神々の加護が得られるなら、 神術の効果が少しでも高まると言うのであれば、 大概の戒律は守れる。守れるのだ。 そんな、頃に、だ…… 「ゆりぃしゃ(偽)はぁ〜、じうはっさいいじょお〜なんだよ〜(`・ω・´) 」とか……、 「あぁん! 早くぅ〜、はやくティアリス(偽)を縛ってぇっ〜〜!!(:.;゚;Д;゚;.:)」とか…………、 「あ、あの! ……きょ今日は、その、本当に、本当にその……だ、大丈夫な日ですから、安心なさってください、あの……あ、『あなた』(/д\*)」………………、 などといった言葉を鵜呑みにし(≒言質にとり)、ハァハァしまくり、今ではすっかり冷めきってしまったカミサンとの若かりし頃の甘酸っぱ〜い思い出なんかが蘇ってきたりなんかしちゃったりして、たった今紹介されたばかりの相手と一戦交えるどころか、キッチリ延長十二回ウラまでヤリぬいたなんてことが宗教関係者の耳に入ろうものなら即刻破門。 村八分どころか村十割三分八厘九毛ぐらいにされて、家でも家族のみんなから一生氷のように冷たく白〜い目で見られ……名前? (/д\*)の? ……エレーヌ(偽)。よくある名前さ。 とにかくコレがウマいのは、エルフ側は処罰対象に絶対なれないところだ。 入信自体認められてないのに、破門できるワケがない。 そもそも当時の宗教関係者たちはエルフに魂があるとは認めておらず、霊格的にはイヌやネコと大差ない生き物だとしてきたのだ(聖ミューゼルが訴えていたのは反戦とこの認識を改めることな)。 宗派や教義、解釈する人によっては獣姦罪まで適用される怖れがある。 しかし動物に適用される戒律なんてモノはなく、直接処罰する法律もまた存在しない。 そして、どんなに現実や常識に反していたとしても、戒律にないことは裁けないのだ。 法を以って理は破れても、理を以って(或いは利や情で以って)法を破ることは許されない。 律法主義とは基本そんな感じのアレなのだ。 だからまだこの頃は人妖間の婚姻も養子縁組も法的には認められないワケなのだが、反対にヒューマンが哀れに思った『動物』を『家に置いてやる』ことや、仕事を『手伝わせる』のを禁じる、処罰することもまた不可能なのである(『永久就職先』はコレを拡大解釈したモノな)。 ついでに言うと、四神信仰と旧神の教義の違いや慣習のすり合わせ、統廃合がまだまだ手探りでいろいろ進められていたこの時代、配偶者のいる相手との性交は問題外だが、妾を囲うのは無問題だった。 それは病気、災害、戦争などで一番の働き手を失って困窮している者に、十二分に衣食住の世話をしてやることが大前提の行動であり、布施行の一種、善徳と見なされていた(マジメな話、『浮気は甲斐性』ってのは、本来この経済支援できる度量、財力を指した言葉な。節操のない下半身を自慢したりする言葉なんかじゃなく)。 しかし難民がウチの外で新しい別の家庭(実質的なな)を持つ、扶養家族をつくるというのは善徳ではない。無責任だ。 ユクサンブル政府もさすがに禁止令こそ出さなかったものの、難民に出産や性交を奨励したりはしなかったし、ヒューマン側難民だってそれぐらい空気を読んで、いろいろガマンもしてたのだ(逆に『だから』エルフ側にシてヤラれたって部分もあるけどな)。 エルフ側の『戦災保障』にしても同じだ。 彼らは自分たちの食べる分をギリギリまで切り詰めることで受け容れた者たちを養ったのだ。 ひもじい思いとみすぼらしい格好だけは一度たりともさせなかった。 そして、どれだけ自分たちが苦しくても、それを彼らのまえでは露ほども表にあらわさなかった。 究極の事態にこそ至らなかったが、裏にあった意図を考えれば、これはやって当たり前の行動だと言える。 しかしエルフ側に移ってきた者たちは、理屈を重んじ、筋を通そうとするエルフ側のこの姿勢をたいへん高く評価した。 狙いがどこにあったのか解ってからは、多少その評価も減じたかも知れないが、『実家』に帰る者だけは現れなかった。 少なくとも、戒律を持ちだして自分たちへの割り当てをピンハネしたりする神術士や宗教関係者、なにより感情に任せて手を上げてくるような『近しい親戚』どもよりも遥かに高等な生き物であり、共に暮らしていくに値する相手と認めたのだ。 それに…… 彼らはエルフ側になんらかの魂胆があることに最初から気付いていた。 気付いたうえで提案に乗ってきたのだ。 飢え死にするとしても、今よりも絶対マシな気持ち、清々しい気分で最期の瞬間には臨めるだろうと。 うすら寒さを覚える感慨だが、それでもこれが人妖間の本当の意味での融和、相手のことを理解しようという意識がお互いに芽生えた瞬間だった。 何れにせよ、これ以上はヒューマンの情けにはすがらず、なにより迫害や命の危険に晒されることなく自力で暮らしていける地盤が手に入ったことにエルフ達は安堵し、狂喜乱舞した。 そしてヒューマン側の民族利益代表たちも自分たちが謀られていたことに気付いた。気付いて激発しそうになった。 しかし――泣き笑いの表情で喜びあっているエルフの姿に何も言えなくなった。 人妖間の票数は二倍近い開きがあった。 これでエルフ側が勝つにはヒューマンの票が二つ(以上)に割れ、種族一丸となっての一点買いが絶対条件。 身内から一族でも裏切りが出ればその時点で敗北確定というイチかバチかの賭けだ。 エルフ側が勝ったのは結果論に過ぎない。 しかも見た目の勝率は約八割と好調だが、取りこぼした二割のなかにはエルフ側が喉から手が出るほど欲しかった食糧庫や水源、なにより種族防衛戦略上重要な軍事拠点が幾つも含まれていたのだ(人口比、繁殖力、なにより半端ねぇ精力に性欲を思えばヤべェ以外の言葉がねぇ)。 これはヤリ逃げしくさった、文字通りの、腐れマラや、土壇場でビビって元の勢力に寝返りやがった臆病マラ。反対に憐憫の情といったモノに駆られて、エルフ側に票を入れたりなんかしてくれやがった愚かマラなんかが出たのが原因だ。 実質的な勝率はギリギリで七割と言ったところだ(実はこの七割という数字も後でさらに下がる……)。 払わされた犠牲を想えば、勝利と呼べるのかさえ疑わしい。 だが…… それでも、エルフ達はこの結果を心の底から喜んでいた。 計画していた場所に入植できた民族も、思いもよらぬ僻地、周りを完全にヒューマンに囲まれた土地に置き去られることになった民族も、みな一様に。 なかには『ロメオとアリエット』を彷彿とさせる歴史的不仲によってヒューマンにまでその名を知られる二族もいたが、それらの利益代表たちでさえ泣き笑いの表情で抱き合い、お互い背中を叩いて、歓喜に咽んでいた。 ヒューマン側利益代表たちも解らなくなっていた事実にようやく気付いた。 自分たちがいつの間にか加害者に、弱者を迫害し、略奪する立場に回っていたことに。 社会的、歴史的にはヒューマン側難民は間違いなく犠牲者なのだが、純軍事的に見るとこれは立派な加害者であり、過酷な闘争に生き残り栄光を掴んだ、勝利者でもあった。 人権戦争終結後、各国政府は――帰国を絶対条件に――ヒューマン難民全員に亡命と亡命後の戦闘行為において同国人を殺傷した罪をすべて不問に付すとの特赦を与えていた。 そしてその前の戦争における『現場での扱いについて』謝罪もし、(幾ばくかの)慰労金の受給資格まで認めたのだ。 もちろん、人道的見地から採られた政策などでなく、ユクサンブルの強大化、魔法戦力の独占を防ぐための措置だ。 それでも前例のない破格の対応に違いはなく、彼らの自尊心を大いにくすぐり、良い気分にもさせたのである。 他でもないユクサンブルが歓迎したこともあり、この戦略はそれなりに効果を上げ、各国魔法戦力の拡充に成功する(自ら招いた状況であっても、国家にとって難民はうれしい客ではない)。 ラスタルに至っては、この時期に唯一、帰還難民の『所有物』というかたちでエルフ数族(中核は先述の指導者とその係累)を迎え、後に大陸最高と謳われる魔術士団を形成するまでに至った。 これが親エルフ政権誕生の下地となり、また、いささか薄汚れている観はあるが、大陸規模での両種族の融和が進む遠因にもなったのである。 虐げられてきたのだから自分たちは報われて当然との想いがヒューマン難民には強かった。 そして戦場での実体験からどんな場合でも弱気は禁物という意識が働き、国家にすら自分たちは頭を下げさせたとの自負ゆえに冷静な状況判断ができなくなっていた。 優良種たる自分たちヒューマンにできないことが劣等種に、魂を持たないエルフどもなんぞに、できるハズがないと。 一個族ではなく種全体の利益、最大多数の最大幸福のために、たとえ一時のこととはいえ欲を捨て、積年の怨みまで忘れて協力しあうなど、絶対不可能だと。 つーか、『そんなことの為』に自分たちの母や、祖母や、妻や、姉や、妹や、娘や、孫娘やらに、あんな(検閲削除)をさせるなんて、あり得ぬだろと(あり得ねーのはテメーらの歪みきった性癖と歪みねぇ性欲だ)。 エルフに対する判断ミスは措くとして、同族に対する認識間違いは大問題だろう。 入植先を巡っていがみ合っていた相手は自分たちを死地に追いやった仇敵ではない。 追いやられたさきの地獄で同じ苦しみを分かち合ってきた戦友。戦争の犠牲者だ。 その事実を想起していれば譲り合いの心だって生まれただろう。 少なくともお互い相手の言い分を、少しぐらいは、聞いてみようかという余裕ぐらい芽生えたはずだ。 そうすれば、エルフ側がナニかしていることに気付き、こんな事態は迎えずに済んだかも知れない。 ひょっとしたらエルフとも理性的な話し合いを持ち、ある程度の妥協点を…………いやー、『腐れマラ』が大量発生してただけだな、絶対……。 殺し合いに疲れ果てていたエルフ達は平穏な暮らしを切望していた。 またヒューマンという種に、心底からの恐怖を、抱いてもいた。 ゲンコツと『鉄くず』を振りまわして怒りを表すことしかできなかった『サル』が、 神の加護などという冗談を口にしだした途端、魔術に対抗できるようになり、またその魔術まで自分たちから盗みだし、 挙句の果てには自分たちにも出来ない術を、大量殺戮のみを目的とした悪鬼羅刹の業を『超スゴイ短期間』でカマしてくるまで進化すれば、そうなって当然だ……。 相手側が最悪の選択をするのなら、エルフ側は迎え撃つ気でいた。 争いにはウンザリしていたが、それよりもイヌやネコと同じだと蔑まれ、人格や感情が備わっているのだと認識すらされないことに彼らは限界を覚えていた。 この先も動物と見なされ生きていかなければならないのなら、種族の尊厳と誇りを保つために戦って全滅するほうがマシだ。 新しく『返したい意趣』もできたところだ。 ヒューマンだけではそんなに長く『ここ』で笑ってはいられない。手遅れになってからそれに気付け。気付いて、慌てふためきやがれと、ほの昏い激情を、ふつふつと、滾らせていた。 このエルフ側のヤル気はヒューマン側にも直ぐ感じとれた。 そして深刻な現実にも思い至った。 エルフ側が策を弄したのは自分たちで住みよい土地を独占する為ではない。 自分たちの経験や技術不足をハンデとして、ヒューマン側との負担と労苦が同程度になるよう、入植先を公平に配分するのが主目的だ(身勝手過ぎる言い分なのは彼らもよく理解している)。 欲しかったのは平穏な暮らしだ。蓄財に興味はないし、まだそんな事を楽しめる状況でも無い。 妬まれることは妨げにしかならず、恨みを買うことに益はない。 そもそもナナギは打算から兵を退いただけで、本当にエルフに人権を認め、矛を収めたわけではないのである。 ビアンキも、自国だけでは戦線を維持できないために仕方なく、歩調を合わせたに過ぎない。 名目さえ立てば直ぐにでも軍を返してくるだろう。 人妖難民間での内輪揉めなどは格好の名分にできる。 その場合、ユクサンブルがビアンキに味方する可能性がないとは言えない(はじめに賢帝が受け入れる腹積もりでいたのはエルフだけだったしな)。 そしてカルネア全周の警戒防御は、エルフ単独は無論のこと、ヒューマン単独でも不可能なのだ。 次回侵攻時、果たして六大国は人妖どちらを、気を入れて、殲滅しようとするか? 自分たちの統治にとってどちらがより脅威だと、悪影響を与えると判断するか? 新しい生活と安全を守っていくには、ここで暮らしていく者たちすべての協力が必要不可欠。 その単純な事実をヒューマンたちはようやく悟る。 そしてこれまで戦争のなかで培ってきたエルフに対する認識を改めた。 エルフは血も涙もない怪物などではない。 心も言葉も通じない魔物では決してない。 多少毛色は異なっているが、殴られれば自分たち同様痛がるし、切られれば自分たちと同じ赤い血が噴きだす生き物だ。 身近な者が死ねば悲しみ、嬉しいことがあれば歓び、理不尽に対しては怒り、已むを得ない状況にあっては堪え忍び、時機を待つ。 自分たちとなんら変わらぬ情動と生理を備えた人類(ヒューマン)であると。 なにより彼らは敵ではない。 カルネア移住を選んだ者にとってそれだけは絶対に確かだった。 ゆえにヒューマン側は激発を抑えるわけだが、エルフに謀られたこと、出し抜かれたことへの恨みは残った(繰り上がりで主導的地位に就けた連中なんかは、裏ではそれなりに、感謝してたけどな)。 シてヤラれた連中などは男の純情(笑える冗談だ)を利用され、踏みにじられたことを、終生忘れなかった。 権力の座から追われ、社会的地位と信用も失い、家族からもそっぽを向かれりゃ、怨みだって募るだろう(自業自得だけどな)。 そしてエルフへの恐怖を新たにし、事あるごとにそれを周囲にこぼし続けた(だから怖えーのはテメーらの性ry)。 ……エルフの名誉のために記しておくが、彼らのなかでカルネア初のハーフエルフが誕生するのはこれから何年も先のことだ。 移住に関する法的手続きのすべてが完了した後、接待役をつとめた女性のほぼ全員が中絶したからである。 神術は手に入れていなかったが、当時エルフには魔術併用の医療技術があった。 極めて優れた術式が数多く実用化され、それまでに多くの命を救ってきた。 なかでも堕胎と不妊治療は頂点を極めていたと言って良い。 生命力繁殖力の弱いエルフが不妊治療に力を入れるのは当然だが、真逆の堕胎術まで発達したのは、産む側と産んでもらう側では、原則、もう既にこの世に在る者の方が重いと考えられていた為である。 数多の幼い母子を死なせつづけた末に彼らがたどり着いた結論だった(彼らの医術も新生児治療だけは苦手としていた)。 宗教関係者らがエルフを動物以下と断じ、疎んじた論拠も主にこの辺にあった。 命に線引きし、親から貰った肉体を切ったり貼ったりすげ換えたり入れ替えたりするなど、神の領域を侵す不届きな行為であると。 ……もちろんこれらは建前で、本音(上層部のごく一部のな)は「自分たちの地位や権威、収入を脅かされてタマるか」って辺りだ。 そして堕胎術、いや、医術を発展させてきたからと言って、エルフが自らの行いについて疑問や罪悪感を抱いてこなかったわけではない。無関心や無感動でいられたわけでも。 しかし…… 産んだとして、その先はどうなる? 脅迫の材料にするためだけに『こしらえた』モノに、一体どんな人生を送らせてやれる? ノルマが数人いたためにどれが父親かもハッキリとは解らず、吐き気を催すどころか、自殺したくなるような屈辱と荒淫を強いられた末にデキた、劣情と勘定の産物に。 なにより『そんなもの』とどう向き合っていけば良い? 他でもない自分たちが、それを思い出すだけで、ドス黒いモノが噴き出すのを抑えられないでいるのに。 我が子として愛してやれる自信なんかまったく無いのに。 命をもてあそぶことが許されるなどとは、エルフだって考えてはいない。 長命種ゆえにエルフは生命倫理、そして貞操観念といったものも発達させていた。 ゆえに、ヒューマンの様に、戒律とやらに従って身ごもったモノを産み落としさえすれば、親としての責任を果たしたことになるとも思ってはいなかった。 『親』の都合からそんな風に産みだされてしまったというだけで周りから疎まれ、蔑まれ、罵られながら生きていかなければならない罪や義務が『子』の側にあるなどとは、エルフには考えつくことすらできなかった(前世での罪を償うために輪廻転生を繰り返すといった発想とかな)。 親であるという事実が子の人生をもてあそんでもよい免罪符になるとは絶対に。 エルフが堕胎という途を選んだのはこういう訳だ。 無責任かどうかはともかく、その代償は払わされた。 堕胎した女性の半数以上が子どもの産めない身体になったからだ(全員十八歳以上だったのは事実だが、年齢と『器が整っている』かどうかはエルフの場合、ワリと、無関係だからな)。 もちろん彼女たちもこの辺の事情とそうなった場合の保障はすべて説明され、是としたうえで、接待役を引き受けてはいる。 それでも引き換えにしたモノの重さ、そしてヒューマンの恐ろしさ(あまりの馬鹿さ加減)に、悔いばかりが残るコトになった。 立ち退きを求められたカルネアの元住人の大多数がそれぞれの家を焼き、船を沈め、家畜を殺し、農地に塩を、そして水源にはありとあらゆる汚物をブチ込んで故郷を後にしていたのだ(持ち出せる家財道具の量には制限を掛けたから準不動産は置いていくだろうと当局は考えたのだが、甘かった……)。 原状復帰には膨大な時間と労力が必要だった。 理知的なエルフにとってコレは妄想することすら不可能な事態だった。 さきの保障内容も当然、超スゴイ、大幅な下方修正を余儀なくされる。 そしてヒューマン側難民は――この状況に至ってもまだ――自らを完全な被害者と見做し、至極クソのん気に、莫迦の一つ覚えみたいに、エルフへの恨み言を垂れ流し続けていた(流石にこの辺は現実逃避だろう)。 この状況に対してユクサンブルは支援の暫定的延長を決定する(しょうがないよな)。 また入植先を決めれば解散とされていた総領会議も、援助物資ならびにカルネアから上がってくる富の再配分、相互扶助を話しあう必要から継続されることとなる。 民族自治や合州制が導入されていても、疑心暗鬼をなくすために、一本化された外交の窓口は必要だった。 …………ここまでダラダラと書き連ねてきてナニが言いたかったのかと言うと、カルネアという土地が最初からすさまじいまでの憎悪と怨念を孕んでいたということ。 そしてそれらは時が経ち貧富の差が広がるにつれて、強まりはしても、薄れたりする可能性は、丸っきり、無かったことだ。 王国歴五二八年六月三十日。 この年の通常総領会議最終日、会議場にそのエルフ女性が飛びこんできたのは閉会間際のことだった。 大変緊迫した面持ちに激しい身振りも交え、非常に真剣な調子で何事かを訴えているのは判るのだが、しかし女性がなにを言っているのか解る者はその場には一人もいなかった。 エルフ言語……らしいのだが、もの凄い早口でまくし立てているうえにアクセントやイントネーションが微妙に異なり、しかも文法や単語の意味も違っているらしかった為である。 また、奇抜すぎるその格好にド肝を抜かれていたということもある。 ――闖入者が身に着けていたのは、わずかな宝飾品と腰布だけで、ほとんど全裸と呼んでも差しつかえない姿だった。 暑さが気になる季節に入ってはいたが、海水浴場でもハイレグはもちろん『ビキニ』すらまだまだ一般的ではなかった当時、コレは刺激が強すぎた。 事実、高齢の総領のなかには引きつけを起こし、医務室に緊急搬送される者が出たほどである。 このふしだらな格好した女は何者か。 この重要な会議の場にこのような慮外者の闖入を許すとは何事か。 警備に当たってる連中は、一体ナニをしているのだ、ケシカラン(イイぞ! m)!! ……と総領たちがざわめきだしたとき、エルフが一人、問題のケシカラン警備担当者たちに案内され、会場に入ってきた。 総領たちに緊張が走り、場は一斉に静まりかえる。 入ってきたのは引退した先代のザブツ族総領だった。 ザブツ族。 元々の地位やら由緒、法撃戦力といったものはかなり低いが、エルフとしては例外的に繁殖力の高い者たちが多く集まってできた民族であり、頭数の多さではエルフ民族でも一二を争う大所帯だ。 前述のチャグ塩鉱周辺に入植したエルフ民族の一つである。 やって来たこの先代総領は第二代総領だが、二つの大陸戦争にも従軍して、民族独立にも最初から直接関わってきた古株だ。 現在の地所への入植をもぎ取るのにも大いに活躍したかなりのやり手である(事実、年配の総領のなかには、この二代目に何度も煮え湯を飲まされた者が大勢いた)。 環境回復と産業振興に目星がつき、すこしばかりの経済的余裕(他地域と比較すれば)が出てきたころに総領に就任した。 そして神術の獲得や民族全体での魔力強度の底上げを図るのに、まだはっきりとした方針として定まってなかった族外婚主義を、政策のレベルにまで引き上げて、推し進めていく。 この流れのなかで彼はチャグ州に入植したビアンキ系のチクリー人、その総領家(ヒューマン側民族のほとんどが総領は世襲か、数家族での持ち回り制を採っていた)に一族の者を入れた。 これが民衆に範を垂れようとしての行動だったのか、単に私欲に走っただけなのかは不明だ。 しかし――その勢力や影響力がより強固なものになったのだけは確かだ。 ――こちらの女性は、ナルツ族の新しい総領で、エーベル殿と申される。 当人の持ち物らしい外衣を女性のむき出しの肩に掛けながら先代のザブツ族総領は居合わせた者たちにそう言った。 エルフ側民族のほとんどは複数の民族が合わさってできていた。 例の独立条件とミリタリーバランスとを兼ね合わせた結果である。 このナルツ族というのは人種的な近さからザブツ族に組み込まれた少数民の一つだった。 というか、両者の違いは魔力強度が強いか弱いかだけで、本来は同じ民族だったらしい。 ナルツ族は初めてルーベンスに上陸したエルフ、通称サンフラワーファミリーの一つで、ケタ外れの魔力強度を誇っていたそうである。 水と風の術を得意とし、第一次大陸戦争では人妖双方から泣く子も黙ると恐れられた存在であったと。 だが戦争の長期化と激化のまえに一人また一人とその数を減らしていき、人権戦争終結時にはわずか数家族を数えるだけになっていた(もともと頭数も少なかったらしい)。 そして――入植が始まって程なく、彼らは忽然と人前から姿を消す。 彼らの姿を見た者はこの日まで大陸には一人もいなかった。 ――ナルツ族は守護神セドナの導きに従って、これまで南ユケイ連峰の奥深くでひっそりと生活してきた。 先代はそう説明した。 今回こちらの女性が新しく総領となるに当たってその神が、盟約の証として沿海州を平らげ、そこで採った塩を供物とするようにとの託宣を下してきたのだと。 この言葉にひとり色めきたつ者が居た。 当の沿海州に入植した民族の一つ、セクサン人の代表である。 沿海州はアンドルード海に面するカルネア西部の俗称で、本格的な漁業が行える唯一の土地だ(東にもう一か所レーベン湖もあるが、あちらは完璧な湖だ)。 ゆえに水産業を生業としていた民族(ナナギ系の大半がこれに当たる)の全てがここへの入植を切望し、熾烈な根回し合戦が繰り広げられたのだが、最終的に入植を果たしたのは、この皇国系ナナギ人のセクサン人とビアンキ系のインゲル人だった(ほかにも数合わせでエルフ数族が入植)。 人種も出身も異なるものの、インゲル人とセクサン人には共通点が三つある。 ヒューマン民族のなかでは頭数が少なく、水産業を主な生業とし、なにより大陸では絶対少数派である女性優位の民族だった点だ。 そんなマイノリティーである彼女たちが他の『男ども』を押しのけて沿海州に入植できたのは運や偶然などではない。 セクサン人の初代総領がインゲル人を抱き込んで、エルフと手を結んだからだ。 蓼食う虫も好き好きとはよく言ったモノで、エルフがマクラをシかけた男たちの全てが面食いだったワケではない。 B専もいれば、D専もいたし、なかにはF専といった業の(ふか〜い)者までが、無視できないぐらい多く、含まれていた(笑うべきか、嘆くべきか。それが問題だ)。 ノーブル系やスレンダー系、はたまたペド系といったタマであれば幾らでも供給できるが、さすがに上記三種のツワモノを満足させられる人材はエルフのなかには皆無だった。 そして大体これと真逆のことがインゲル人とセクサン人には当てはまった(何事にも例外はある)。 その名からも解る通りインゲル人は、ゲイレーン伝説で有名なビアンキ北部、ウホーツク海を望むインゲル地方出身者の集まりだ。 この辺りは土地がやせている為に海に糧を求めるしかないのだが、岩礁が多いために網が使えず、またしょっちゅう船底を擦るので、素潜りでエモノを採ってくるしかない漁師泣かせの漁場である。 夏場でも水温が「すごく……冷たい」ので、潜れるのは――筋肉と脂肪で厚くその身を覆った――女たちだけだった。 もちろん、「なんでも試してみる度胸」のある男がいないワケではないが、そういった男たちはみんな必ず最後には海水で「腹がパンパン」になって「アッー!(ry そんなようなワケなので、このインゲル地方では家に食べ物を運んでくる女性が発言力を増していき、自然と女性優位社会が形成されていったのである……。 そしてこの件のパペットマスターであるセクサン人総領だが、彼女は周りから「母親から容貌以外すべての才能を倍増しで受け継いで生れてきた」と言われた才媛である。 武芸はもちろん芸術や学問にも優れた才能があり、大陸の主要言語にくわえてエルフの言葉も幾つかマスターし、何より空気を読む技術に長け、話術が非常に巧みだった。 しかし色黒の不美人で、背が低く、かなり太めの体型だったために口さがない連中(主に藩王国系ナナギ人)は彼女を――羨みと蔑みと怨みの念から――『ツルから生まれたタヌキ姫』と呼んだ(その代わり、『女の値打ちは目方と肉質と息の長さ』という価値観のインゲル人から直ぐに信頼されたけどな)。 そして―― ここに居るかぎりは魔術も使えたわけで、現実に魔術剣技、神術剣儀の開発に携わった剣匠の一人にも数えられ、第一次大戦中はエルフから常にその動向を警戒されつづけた部隊指揮者、端倪すべからざる戦術使いだったことも事実なのだが…… 実際に彼女、クルミ・セクサン(ナナギ表記では勢久山 玖瑠巳)がいつ魔術に目覚めたのか――そもそも本当にスフィンクスウィルス陽性だったのか――は不明である。 聡明なクルミ・セクサンはその人生の最初期から既にエルフと同じ見解――親切には必ずウラがある――に達していた。 そして「自分たちに味方する民族はヒューマンには居ない」とも確信していた。ナニをさせてやったところで、ヤリ逃げされるのがオチだと。 そこで沿海州入りへの協力を条件に、総領それぞれの嗜好に関する詳細な情報、艶戯指導、最適な人材のレンタル。なによりエルフ側が嫌がった、しかし万一の保険として絶対必要な、『証拠』の『保管』を引き受けるとエルフ側にもちかけ、勝利を収めたのである。 ――……「平らげる」という言葉に今の若いヒトが身構えてしまうのは解るが、そんな物騒な話ではないので安心して頂きたい。 堅い表情でいるクルミ・セクサンの玄孫に憫笑を向けると、ザブツ族先代総領はこう続けた。 沿海州の方々にはナルツ族の臣になる儀式をしてもらい、その後でこちらの方がアンドルード海で両手いっぱい分ほどの塩を作って、それを神に捧げる儀式を執り行うのに立ち会ってもらえば決着すると。 奉納の儀が終わればこちらの女性はただちに一族のもとに戻られる。二度と我々のまえに姿を現すことはない。 儀式は飽くまでも形式だけで、なんの通力も拘束力もない。どうかご助力頂けないだろうかと。 『商売敵』からの求めに沿海州に入植していた他の総領たちは「まぁ、いいけど」という感じで軽く肯いた。 簡単そうな仕事だったことと、そこまで複雑なウラもなさそうだったこと、なによりこの相手の無用の怨みを買うのはマズイと判断したからである。 しかしセクサン人の代表タクミ・セクサン(琢巳 勢久山)だけは首を縦に振らなかった。 この時期、彼にはどうしてもこの要求には応じられない事情があったためだ。 タクミ・セクサンは飽くまで代理、病気で倒れた総領の弟。 沿海州で塩づくりが始まったのは、クルミ・セクサンが揚げ浜式の塩田を開かせたことにさかのぼる。 エルフ側に塩を押さえられていることへの懸念に加え、環境を回復させる費用を少しでも補うために始められたのだ(前はユクサンブルが塩の安定供給に努めていたし、あまり塩づくりに適していないこともあって、塩を作ろうという発想自体がなかった)。 以来塩づくりはずっと人力主導で行われ、流通もほぼカルネアに限定されてきたのだが、ここに来て器械による大量生産体制を確立し、周辺国にも輸出して外貨を獲得しようという動きが水面下、男たちの手によって進められていた。 時代も下って近隣に暮らしている他の男性優位の民族とも交流が盛んになるにつれて、インゲル人セクサン人のなかでは男性の社会進出と地位の向上を求める運動、マスキュリニズムが活発になっていた。 男女間に能力の差など無いと手っとり早く証明するために考えられたのが器械化であり、状況はすでに最終段階に入っていた。 姉は病床にあり、他の沿海州の総領たちも地元から離れているこの会議の間が作業を完了させられる唯一のチャンス。これが失敗に終われば、宮刑に処されるほどの法律違反も彼は犯している。 要求に応じられるわけがなかった。 どこをどう見てもこれは沿海州のなかだけでの話である。 無関係な者がクチバシを突っ込んでも紛糾するだけだ。そもそも利が漁れるといった雰囲気でもない。 第一それでこちらに矛先を向けられたりすれば面倒だ。 まさに触らぬ神に祟りなし。他州の総領の誰もがそういう結論に達していた。 よって案件を処理し終えていた常会のほうは閉会にし、あとは別室に移り当事者だけで納得のいくまで話し合ってもらおうということになった。 この話し合いが本当はどのように行われたのかは今となっては判らない。 だが翌日の各国の主要紙の全てに、この会談が行われることになった経緯とともに、ナルツ族の手によってセクサン人代表が怪我を負わされたとの記事がデカデカと掲載された。 この件について真っ先に――事実関係をまったく確認せずに――ビアンキが不快の念を示した。 過去二回の種族間戦争を引き合いに出して、エルフの危険性を訴えたのだ。 そしてこの主張に対して最初に鼻息を荒げたのは、ユクサンではない、ベルビアだ。 ベルビアはエルフ擁護派の立場に加えて、本流垂迹説の観点からセクサン人の行動をラヴェル信仰に対する挑戦だと痛烈に罵倒し、ナルツ族支持を表明したのである。 宗教関係者がエルフの医術を苦々しく思っていたことは先に書いた。 魔術治療を廃れさせようと様々な弾圧を加えたのだが、何れも失敗に終わった。 いや、むしろ発展する手助けをしたのだ。 神術治療が受けられなければ、エルフ側は医術に依存するしかなく、それが磨かれていくのは当然の帰結だ。 それに気付くまでに四半世紀近く掛かったのだから、アホとしか言いようがない。 だがそこまで考えが及んでしまえば、どの方向に舵を切るべきなのかはアホでもすぐ解った(世代交代によって、根底にある理念が変化していたこともある)。 魔術を併用してもしょせん医術。欠点(限界)は見えている。 患者の体質や生命力によって使える術式が制限されること。 飽くまで物理的な力で底上げされてる『だけ』の手技だから、傷痕や後遺症と無関係ではいられないこと。 なにより医者個人の技量や経験に頼る部分がきわめて大きいこと。つまり技術を磨く、維持するための機会を医者が絶えず必要とすることである。 神術はこれらの欠点を『かなり』カバーしていた(もちろん濫用は人体に深刻なダメージを与えるが)。 ゆえに、ヒューマンはエルフ側に神術を解禁したのである。 結果エルフは四神崇拝に改宗していき、同時にそれまで培われてきた医術知識は急速に喪われていった。 痛みに耐えて、醜い傷痕も残るのに、それでも治らない場合があるとなれば、マゾでもない限り、神術を選ぶだろう。 「もし奪わんと欲すれば、まずは与えるべし」とは、よく言ったものだ。 そして本流垂迹説というのは本来この為に考案された便法だった。 エルフは実際的な生き物だが、それでもルーベンスに来るまえに信仰していたモノ――四神とは本当に縁も所縁もない――はあった。 このエルフ側の『神』を、それを象徴する性格や権能、色彩、逸話などで四神の大体どの辺りに通じるか判別し、神の化身や属神だったことにして、四神への帰依を認めたのである。 『本流』は他宗との差別化を図ろうとした厳格なラヴェル崇拝者、ベルビア国教会派だけの呼び名で、他はどこも本尊垂迹説と号していた。 そして、ナルツ族が信仰していたセドナとは半『人』半亀の姿をした女性格の大水妖だった。 実際のところ、ベルビアとビアンキがこの事件をそこまで深刻に受け止めていたかと言うと、全然そんなことはない。 工業化を推し進めていたビアンキは労働力を国外からの出稼ぎなどにも頼っており、そこにはエルフだって混じっていた。 人妖間での傷害事件など毎日国内のどこかの工場で起きてたことだ。 しかし、そのことでビアンキが特に警戒を強化したとの記録は無い。 エルフの祭儀が妨害されたことにしても同じだ。 これが史上初めての事件だったワケではもちろん無い。 同じような事件は他の国、特にナナギやアガメンなどで、これまで何度も起きていた。なかには本当に死人が出たことだってある。 しかし、それらの時にはベルビアは何の声も上げなかった。 両国の対応がここまで違うのは、カルネアが問題だからだ。 カルネアがどこにあるかを書き忘れていた。 カルネアは大陸の中央、南ユケイ連峰とユクサンブル最大の湖レーベン湖、そして大陸最大の汽水湖であるアンドルード海を結んだ三角地帯のこと。 そこにはビアンキとユクサンブルが平地で繋がる唯一の場所が含まれている。 ビアンキはライの海に面していない六大国唯一の国だ。 よってコルウェイドからの富を国内に入れるには、どうしても他の国の領土、つまりベルビアかアガメン、ユクサンブルの何れかを通らねばならない(海路だけに頼るのは経済と安全の面で問題がある)。 関税率や港湾使用料はベルビアが一番高い(貿易摩擦も配慮しての措置。ただぼっていた『だけ』ではない)。 しかし距離的にコルウェイドから一番近いこと。また広くて使いやすい港を有し、ビアンキまでの交通網も整備されていたので、ここを通るのが一番早くて安全。また他とは違って予定が立てやすかったので、結果的には一番割安になる場合がまれに良くあった。 アガメンは税金や港湾使用料は安いが、港が使いにくくて数も少なく、交通行政もお粗末だった。 ユクサンブルは港も道路もベルビアと遜色ないレベルである。通行に求められる費用も良心的だ。 しかし―― ここを通るとカルネアへの払いまでが自動的に発生する。 そしてカルネアの交通事情はアガメン以下という酸っぱさだった。 コルウェイド発見以来、ビアンキは『カルネア税』の引き下げ、撤廃を念願にし、これに食い込む隙をずっと狙ってきた。 沿海州でのマスキュリニズムを好機と捉え、国内企業に彼らへ働きかけるよう指示したのも、その足掛かりにするためである。 ベルビアが騒ぎたてるのも当然だ。 しかしこのとき躍起になって騒いだ(本流垂迹説なんてモノを持ちだしてきた)のは、政府でもベルビア国教会でもなく、ノーザン人貴族たちであった。 べつに彼らが国政を自由にできる力を持っていたからではない。実際のところ貴族はすでに斜陽を迎えていた。 既得権益にしがみ付くほかに彼らには収入の途がなく、勢力の翳りを悟らせぬよう、あわよくば少しでもかつての権力を取り戻すため、無茶をおし通してみせる必要があったからである。 これで現地の方で争いを避けようとしてたのであれば、もう少し違う展開もありえたかもしれないが、外でもないそのカルネア側が一番怨念をぶつける機会を求めていたのだから手の施しようがなかった。 あとは本当にクソあっと言う間だ。 王国歴五二八年七月七日。 ベルビアはビアンキに対して宣戦を布告。同時にエルフ保護を名目にラスタル、ユクサンブルに参戦を要請し、二国ともこれを了承。 対する側もナナギに応援を求め、補給路確保のためにアガメンと協商を結ぶ。 そしてカルネアも、人妖に関わりなく、それぞれの思惑からどちらに付くかを選んだ。 公式にはベルビアは聖塩戦争と呼び、ビアンキはアンドルディア事変と称し、ユクサンはカルネア紛争と名付けた『歴史上最も不実な十年間』、通称万州戦争はこうして開始された。 『不実』というのは、『カルネアの住民がその所属陣営をコロコロ変えた』ことから与えられた形容である。 また人権戦争の俗称、『不毛な三年間』に合わせたという部分もあった。 実りがまったく無かったわけではないが、確かにこの二つには雰囲気の似たところが存在している。 しかし両者には決定的に異なってる部分があった。 賢帝、獪媼、聖女(魔魅姫も一応)。人権戦争には、『英雄』だけでなく、戦争を止めようという意志と力を持った政治家までもが存在したが、万州戦争には『英雄』しか居なかったこと。 そして終戦の根本理由が人妖らの自発的な意志や力などとは全く無関係だった点である。 王国歴五三七年十二月二五日午前三時。 コルウェイドでオプタを震源地とする震度七(以上)の直下型大地震が発生した。 インフラは全壊して、建物もその多くが倒壊。コルウェイドの経済は完全にストップする。 支援環境が壊滅したのでは仕事どころではなく、冒険者の殆どがルーベンスへの引き揚げを選択した。 これを非道というのは酷な話だ。 彼らの専門は探索活動。 軍人とは違い、救助活動を行なえるような訓練は受けていない。 何より冒険者はフリーランス。実際の報酬が約束されない仕事に身体は張れないし、張らないのが普通である。 新大陸の開拓が開始されてから初めての大規模災害となったこの地震は、聖誕祭大地震の名で呼ばれることになる。 冒険者だけでなく、入植者らによって新大陸の開発が行われるようになって二十五年が経過していた。 そこからもたらされる富や資源、なによりその市場は、各国の経済に無くてはならないモノに成長している。 コルウェイドの復旧は――可及的速やかに解決すべき問題として――六大国に重くのしかかった。 結果―― 王国歴五三八年一月一日。 ベルビアの首都カザンにおいて、休戦とコルウェイドの救済と復興に関する条約、通称カザン条約が六大国の間で調印される。 ここに万州戦争は事実上の終戦を迎えた。 穏やかな冬晴れの暖かい日だった。 万州戦争の被害は各国とも目を覆う以外ないという惨状に達していたが、それでも、聖誕祭地震が起きなければ、その後もあの戦争は続けられていただろう。 当時政府の関係者だった者はみなそのように口をそろえている。 そして当時のインタヴューでも兵士たちはどの国でも同じ答えを返していた、「勝てる自信は無いが、負ける気も全然しない」と。 もう一週間あれば相手側に一方的な打撃を食らわし、自分たちの『勝ち』で『終戦』を迎えられたはずだと。 実際どうなっていたかはともかく、ちゃんとしたカタルシスが得られなかったこと。 万州帰還兵の多くは今もそのことを引きずっていた。 そして老兵が終戦の経緯について吐き捨てたのには、吐き捨てるだけの事情があったのである。 |
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