竜王戦鬼
著:エピオス
第一幕−激憎
T
爆音が響く。土煙が巻き上がり、樹木に覆われた森自体をも揺るがす。
「・・・・・・・・・・・」
大地に両手両膝のみで立つ純白。額からは二本の角が反るように突き出し、首から下は空色のマントに覆われている。禍々しい毒虫のような黒髪も、今は力無く垂れている。
(何を・・・・何をやったんだ・・・・・・・・・俺は・・・・・・・)
暁鬼。
彼はそう呼ばれている。人を超えた神の領域。そこへ足を踏み入れた存在。だが、今彼の脳裏を駆け巡るのは、他愛も無い、人間の感情だった。
(俺は・・・・・今・・・・何に牙を向けた・・・・・・・・・・何に・・・・・・・・・・?)
土煙が晴れ、暁鬼の背に、巨大な竜影が乗る。最大最強のドラゴン、ダイヤドラゴン。その透き通る小山のような影は、無限のような森の中であろうと、その姿を明確に現していた。
「どうしたのですかな?暁鬼殿?」
竜影の肩に、小さな、ダイヤドラゴンから比べれば、砂粒にも等しい人型の影が、誘うように問い掛ける。
「!!ジュエルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
弾けるように先回。細い、しかし猛禽類のような鉤爪のついた両手が、ドラゴンの肩に乗った黒長髪の伊達男。ジュエルに迫る。
「フ・・・」
微笑むように唇をゆがめ、軽く右腕を振るう。その動きに連動するように、ダイヤドラゴンが、民家数個分にはなるであろう右前足を振り上げる。
「アアアアアァァァァァァァァァ!!!」
秒速何百Mと言う凄まじい勢いで飛び出した白い矢は、ダイヤドラゴンの腕の壁を貫き、伊達男の顔を握り潰・・・・
「どうしたのです?」
暁鬼の鉤爪は、ダイヤドラゴンの腕を貫くどころか、触れることもせず、空を蹴り、二段階目の跳躍へ入った。
「たかがダイヤドラゴン一匹」
天に輝く太陽を背に、醜悪な叫び声が振り下ろされる。
「殺してしまわれたらどうです?その方が、私を殺すのも簡単だと思いますが・・・」
だが、その叫びは、世界で二番目の硬度を誇る鱗の尾によって弾かれ、勢いをそのままに大地へ抉りこんだ。
「それとも、彼女を“もう一度”殺すのは流石に忍びないですかな?」
竜が縮む。萎んでゆく紙袋のように、その姿は小さくなってゆく。小山から大木へ、大木から大岩へ、大岩から・・・人間へ。
「・・・・・・」
一糸まとわぬ姿の女性・・・・いや、まだ少女と言っても過言では無い姿へと姿を変えたダイヤドラゴンは、そこだけは以前と変わらぬ、冷たい視線を暁鬼へ向けていた。
「!・・・・なっ・・・・・・・あ・・・・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
一瞬だけ垣間見えた、何とも言えぬ幼子のような表情は一変し、何もかも燃やし尽くす、プロミネンスのような憤怒の炎が燃え上がる。
「おや?お喜びになられなかったよう・・・・!」
余裕の表情が一変、己の真横を走った紅い火炎弾に、恐怖の色が上塗りされる。
「ア゛アアァァァァァァ・・・・・・」
赤々と、煮えたぎったマグマを連想させる色彩を施された、爆炎に包まれた右腕、マグマの覗くひび割が体中を走る。
「ガアァァァァァァァァァアアアァァアアアア!!!!」
猪突猛進。その言葉を体言するかのごとく、稲妻のような勢いでジュエルへと迫る火炎と聖白の混合体。
「くっくそ!」
慌てて魔方陣を生み出すが、もう間に合わない。
「シィィィィィィネェェェェェェェェェ!!!」
音速の速さで打ち込まれる紅蓮の拳。触れれば、少しばかり他の人間より強いだけの相手など、瞬く暇も無く蒸散しているだろう。
だが、
「・・・・・」
無言で、裸体の少女が、暁鬼の前に立ちはだかる。その動作に、神おも超越する存在が、止まった。
「フィフィルス!」
ジュエルの叫び声とともに、ジュエルと少女の姿が、空気に溶けるように消えた。
残ったのは、つい先程まで、少女の眼前に止められた、炎を巻き出す一本の腕。
「・・・・ぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
神も魔王も、等しく怯えさせる叫びが、鬼の口より放たれた。
あとがき
長かった・・・何か一ヶ月ぶりぐらいのような気がする。
さて、とりあえずこれで布石は出来上がった。さて、これからどうしよう。