最早殆ど覚えていないことではあるが。




  或る光狩の回顧録

                               滑稽




最初に見たのは、目の覚めるような蒼だった。
一面の蒼。それが光であると気付いたのは、自我の確立からどれほど経ってからだっただろうか。
生まれてきた経緯は知らない。
ただ、自分を優しく見下ろす影の、
「貴方は誰かの夢なのよ」
という言葉が、はるか昔の事であるのに未だ心の奥に残っている。


その場所は言ってみれば寒々しい場所だった。
自分が誰かの夢。そんな言葉の意味も捉えかねていた当時の幼い僕には、そこの寒さを自覚出来る訳もなかったのだけれど。
今にして思えば、そこに居た者は、皆自分しか見えていなかったようだった。
同じような姿をした同類でさえ、思い遣るといった概念を持たない。
当時の僕だって同じ。
そんな事を思えるようになったのは、きっと僕の内面が変わったからなのだろう。
もしかしたら、未だに自分は冷たい夜の世界で、自分の孤独に気付くことなく彷徨っていたのではないか。
そう思うと、少しだけ怖くなる。


現世に出たのは一体いつだったか。
何かに導かれるままに進んで、気が付いたらそこに居たような気がする。
取り敢えず最初は何も考えずにウロウロしていた。
最初に見かけたのは、あの日声をかけてくれた影と同じ、二本足の生き物。
見た瞬間、言葉ではなく理解する。
自分達を生み出した存在。
アレがその「誰か」。
目の前に居るのが直接の親ではないのだろうが、その同種。
形のない何かが、満たされる感覚。
だが。
それは次の瞬間霧散した。
見えていないのだ。
そう、自分は彼等の夢。
叶わなかった夢。
心の奥に潜んでいたモノが、彼等の瞳に映る道理もなく。
孤独。
得体の知れぬ孤独。
あの蒼い世界ですら感じなかったもの。
おかしくなりそうだった。


それから何度か仲間を見かけた。
親なる種族―人間の背に張り付いて、とても幸せそうにしていた。
僕もそうなれるのかな、と少しうらやましく思えた。
だけど。
何故かそれが正しい事だとは思えなかった。
一緒に居た人は、どう見ても仲間を見えて居なかったから。
その幸せが、偽りにしか見えなかったから。


一度、人間に張り付いた仲間の様子を観察した事がある。
徐々に心身の平衡を失い、周囲から奇異の目で見られるその人間。
一緒に居る事に固執し、いつしか彼を心ごと取り込もうとする仲間。
間違っていると思う。だが、止めようとは思えなかった。
それに憧れた自分を否定できない。一つ間違えれば、きっと自分もそうしていた。
報われなかった夢の化身。そんな言葉が自分を打つ。
我々は幸せにはなれないのだろうか?


僕を見る事の出来る存在。
最初に彼らから向けられたのは、敵意だった。
怖かった。泣きたかった。悲しかった。
武器を向けて怖い顔をする彼らは、何故僕を狙うのだろう。
僕は何もしていないのに。
皆は戦ったのかもしれない。
でも、僕は彼らを傷付けるのは嫌だった。
何でだろう。
あの時声をかけてくれた人影と。
同じ匂いがした。


結局抵抗せずに捕まってしまった。
彼らはいぶかしんでいたが、関係ない。
自分を見てくれる存在が居るのは、嬉しい。
それで消されても構わない。
少なくとも、誰も見てくれないあの場所に戻るよりは数倍ましだった。


連れてこられたところには、結構沢山の仲間が居た。
何をされるのかは分からなかったけど。
別に不安はなかった。
消されない、って確信があったのかもしれない。
ぼくたちの世話をしてくれる人は、ぼくたちにとても優しかったから。


そこでの生活は至って平穏なものだった。
たまに体に妙なものを貼られたり、外から変な言葉が流れてきたりはしたが。
最初は暴れていた仲間も、次第に段々大人しくなっていって。
気がついたら、孤独はもう感じなかった。


どれくらいそうしていたんだろう。
一ヶ月くらいかもしれないし、百年もそうしていたかもしれない。
よくわからないや。
ぼくはある日部屋から出された。
ぼくの目の前にいたのは、ひとりのお姉さん。
にっこりと笑って、ぼくに言ったんだ。
「君にご主人様ができるんだよー」
って。
とても嬉しかった。
でもどこかで見た事のある笑顔だったなぁ。
…どこだったっけ?


どうやら自分は「じゃこう」と呼ばれる存在らしい。
かしゃ、とか言ったか。自分を捕まえていた連中はそう呼んでいた。
彼らには感謝してもし足りない。
何故なら、最高の主人に出会わせてくれたのだから。


ごしゅじんさまは、きんいろのかみがきれいなおねえさんだった。
「この子がアタシのパートナー?」
「そうだよー。この子がこれから鏡花ちゃんと一緒に戦うの」
「ふーん」
ぼくのかおをふしぎそうにじっとみてる。でも、いやなかんじじゃない。
「それで鏡花ちゃん、この子の名前は何にする?」
「あら?アタシが決めていいの?」
「勿論よ。だってこの子は鏡花ちゃんのパートナーになったのよ?」
「そっか…。そうねぇ…」
ごしゅじんさまがぼくのなまえをつけてくれるんだって。とてもうれしい。
「うん、決まった。アナタの名前は―」


ふと捕まる…いや、拾われる前の事を今でも思い出す。
生まれた日、逆光で見えなかったけど。
あの人はきっと微笑んでくれていた。
彼女のように。
「チロー!ご飯よー!」


ぼくはしあわせだ。
ごしゅじんさまはいつだってほほえんでくれる。
そのよこにいつもいるおにいさんもやさしくしてくれる。
おいしいめろんぱんだってたべられる。
むかしのなかまとたたかうのはちょっとだけつらいけど。
ぼくはいま、しあわせだ。
『しゃっ、しゃー♪』







後書き

どうも、滑稽です。
今回の主役はチロ君ですね。
心情表現で殆どを成り立たせています。
表現が違うのは二重人格(?)というよりは、チロの冷静な「光狩」としての部分と、無邪気な「チロ」としての部分を持たせたかったからです。
…それがしっかりと表現出来ているかは謎ですが。
それでは、次の投稿作品でお会いしましょう。






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