苦悩。もしくは惚気でも可。

                               滑稽




困っている。
感情を抑制する術は修めていた筈なのに。
上手くいかない。
だが何故だか、心が乱れるのだ。


私には愛している男が居る。
羽村亮。「夜を護る者」と称される、若くして最強に名を連ねる火者。
これ程の男の側に居られるというのは、私にとって幸福だと言うしかない。
彼と二人で居る時、私は常に幸福を噛み締めている。
朝、キララが学校へ行ってから二人歩く学校への道。
昼、二人で作った弁当を食べる中庭。
夜、キララが寝ついてから肌を重ねる亮のベッドの上。
折に触れて感じるその優しさが、心を満たしてくれる。


繋がりが薄れた訳ではない。
亮は変わらず優しく、常に暖かい。
問題なのは妹、キララだ。
最近妙に亮に懐いている。
それだけなら微笑ましい図なのだが。
「なぁ兄ちゃん、ウチが背中流したるから一緒に風呂入らへん?」
とか、
「兄ちゃん、このご飯ホンマ美味いわぁ」
「兄ちゃーん、一緒に寝ようやぁ」
などと言って事ある毎に亮にべたべた甘えるのだ。
最初の内は特に気にしていた訳ではない。
だが、それが続いてもう一ヶ月にもなる。こうも続くと少々不安になってくる。
亮の心がいつかキララの方に向いてしまうのではないかと。
…判っている。
私は嫉妬しているのだ。
子供の、キララに。


一度疑い始めてしまうと、押さえが効かなくなる。
嬢の視線や、鏡花の態度。どれもが疑わしい。
こんな事で乱されてはいけない。
彼女達は戦友なのだ。
強引に亮の腕を取る鏡花に敵意を覚えたり。
「作り過ぎちゃったから…」と、亮に弁当を渡してくる嬢に焦燥を感じたり。
自分の狭量ぶりが悲しくなってくる。
何より、愛する亮を信じきれない自分。
それが何より嫌だった。


そんな日が続いたある日、亮と百瀬が話しているのを見かけた。
「…だからさ…頼む。…を…」
「ったくよ…には…いんだよなぁ…はよ…」
どうやら亮が百瀬に何かを頼み込んでいるようだ。
「…さんや…は頼れないだろ…最近…だし」
「…だなぁ…判ったよ…センパイには…があるしな」
何の会話かは判らなかったが、こちらに気付いた亮が私に微笑みかけてくれた。
だから今はそれでいい。
そう思う事にした。


次の日曜日の朝。
珍しい客が来た。
「おはよーございまーす!」
「…三輪坂?」
三輪坂が私を直接訪ねてきたのは恐らく初めてではないだろうか?
亮の家と隣り合っている所為か、大抵彼女は百瀬と共に亮の部屋に顔を出す。
現在天文部のリーダー格は嬢ではなく亮に移っているから、それが普通だ。
「それで…今日は何の用だ?」
「あのですねぇ。キララちゃんはもう起きてますか?」
キララに用事か?
しかし妙だ。
三輪坂はあまりキララと仲が良くない筈だ。
まあいい。用があるならそれを止めるつもりはない。
「キララー!客が来てるぞー」
「客?兄ちゃんか!?…何や、三輪坂の姉ちゃんやんか」
あからさまに落胆した様子のキララ。
「何の用があってこんな朝っぱらから家に来たねん」
「んー…あのね…」
迷惑そうなキララに気圧された様子の三輪坂。だが一応用件はきっちり伝える様だ。
「実は壮一君と来週デートに行くんだけどね」
「何や?朝っぱらからウチに惚気に来たんか?物好きやなぁ、姉ちゃん」
「…今度新しく出来たお好み焼き屋さんに行くのよ」
「…何やて?」
キララの目の色が変わる。
「それで…それでね?私お好み焼きの焼き方って上手じゃないから、キララちゃんに教えて貰いたいな…って」
「そか!それはええ心がけやな!ええよ!教えたる!」
「本当?有難うキララちゃん!」
「んっふっふ。ただし、そのお好み焼きはウチが食うてもええんやろ?」
「勿論よ!材料は沢山準備してあるから、早速家に来てくれるかな?」
「よっしゃ!すぐ行くから待っとき!」
そう言うと、キララは私の横をすり抜けて電光石火で部屋の奥へ戻った。
どたんばたんと音が響いてくる。
…む?転んだようだな。喚いている。
ふと三輪坂を見ると、何故か含みのある笑顔を向けてきた。
…何だ?
「お待たせや!」
お、戻ってきたな。
「それじゃ、行こうか?」
「おう!お姉ちゃん、今夜は晩飯いらんから」
「…え、そんなに食べるの…?」
朝行って、晩まで帰らない。…本当にどれだけ食べるつもりだ?
「せや!お好み焼きなんてご馳走やさかいな!食い溜めしとくねん!」
「そ、そう…あはは…」
ぱたん、と。
扉が閉まった。
珍しい事もあったものだ。
とにかく、今日のこれは良い機会だ。
逸る心を押さえつけつつ、亮の部屋に向かう。
「…亮?まだ寝ているか?」
答えを聞きもせず、合鍵で鍵を開けて中へ。
日曜日の朝、大抵亮は遅くまで寝ている。
土曜日の鍛錬に加え、最近は受験勉強やキララの相手が含まれているから特にぐっすりと眠っている。
起こすつもりはない。
久しぶりに二人きりで休日を静かに過ごす。
そういうのも悪くない。
「あぁ、おはようマコト」
亮は起きていた。
「今朝は早いんだな?」
「…久しぶりに二人っきりだからな」
面と向かって言われると、照れる。
いや、それより。
「…何故二人きりだと知っている?」
「そりゃ…、隣であれだけ騒がれればなぁ…?」
む、そうか。
キララの声も三輪坂の声もよく通る。
それで起きてしまったのだな。
「済まんな。もう少し気を使えば良かったか」
「いや、いいさ。その時にはもう起きてたし」
こう言っては悪いが、珍しい。
「ま、こんな日は貴重だからな」
見透かされたかのような、亮の一言。
「それで、今日はどうしようか?」
「え?」
「二人っきりだ、って言ったろ?二人でどこかに出かけようか?」
亮は既に今日一日を私の為に費やしてくれる事を決めていてくれたようだ。
嬉しい。
「…いや、今日は二人で…。二人だけで静かに過ごしたい…」
「そうか。ならこっちに来いよ」
そう言われて初めて、私は自分がまだ玄関前に居る事に気付いた。
後ろ手に部屋の鍵を掛けて、私は部屋に上がった。
不覚にも、沸き立つ情念を我慢する事が出来なかった。


「…なぁ、亮」
「ん?」
昼過ぎ。
久々の情交を貪るように行って、私はベッドに横たわっていた。
今日は亮に心の底から甘えられる。
そんな確信と安堵から、私は先ほどからの疑問を亮にぶつけてみる事にした。
「何で今朝はあんなに早起きだったんだ…?」
「午前十時が早起きの時間だ、って言われたら俺も困るんだが」
「…いつもなら平気で昼過ぎまで寝ているだろう?キララだって朝からお前と遊べないといつも不満を漏らしているのに」
三輪坂とキララのやり取りで目が覚めたのなら判る。
だがこの寝坊助の亮は、その時間には既に家事の殆どを終わらせていたらしい。
「本当はさ」
ぽつりと、呟く亮。
「モモと真言美ちゃんのデートは今日だった筈なんだ」
「…それで?」
「ちょっと無理を言ってな、デートを来週に回してキララを連れ出してもらった」
その代わり今日のお好み焼き代は俺持ちなんだけどな、と苦笑する。
「何故そんな事をした?」
この時の私は、少し拗ねていたのだと思う。
亮が無理をしてキララに好物を馳走したというのが、面白くなかったのだ。
だが、次の発言で私はそれを完全に覆した。
「…最近二人っきりの時間が殆どとれなかったからさ」
亮の頬が赤い。
多分私も赤いだろう。それが判る程、顔が熱い。
「二人っきりになりたかったんだよ」
そういえば二人でこれ程ゆっくり出来たのはいつ以来だろう。
真夜の後、そういえば殆どいつもキララが居た。
言われるまで気がつかなかったが、私のフラストレーションはその頃から少しずつ溜まっていたらしい。
亮はそれに気付いてくれていたのだと言う。
「まあ俺も最近マコトを抱いてなかったし」
それは寸分違わずキララの所為だ。あいつがもっと早く寝ていればその時間は取れた筈なのに。
そうやってここに居ない妹に憤りを向けていると。
亮が優しい目でこちらを見詰めていた。
「それに」
…ああ。ささくれ立っていた心が癒えていく。
「…何よりマコトが寂しそうだったから、な」
亮…。
やっぱりお前は最高だ。







後書き

どうも、滑稽です。
…甘いですか?甘いですね?甘いって事にしといて下さい!
限界です!あー限界ですともさ!
ラブをもっと出してくれ、という要望がありましたのでいつのまにか電波からそっち方面にシフトしましたこの作品。
一応「独白。もしくは毒吐くでも可。」と同じ時系列に存在する話になります。
…が。
甘い(と自分で思う)作品は電波より書くのに抵抗がありましたさ…。
えー、次はリハビリで重い作品になる…のかな?
とにかく、次でお会いいたしましょう。
それでは、また。






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