或る夜の話 滑稽 「さ、今日も頑張ろうね」 「へーい」 二人で狭間に潜るようになって暫く経つ。 真言美ちゃんはモモと二人でデート気分みたいだし、 鏡花は生来のアネゴ気質で一年生二人を連れ回しているし。 まあ真言美ちゃん達や俺達と一緒じゃ居たたまれないだろうけど。 「…どうしたの?亮君」 「いや、何でもないよ」 何しろ自分がフリーだって事を存分に思い知らされる羽目になるんだろうからなぁ…。 鏡花もぼやいてたっけ。 「アンタ達に当てられる方が光狩と戦うよりへビィだわ」 …そんなに酷いだろうか? 「ふぅ…。いずみさん、ちょっと休憩しようか?」 「あ、うん。そうだねー」 何匹目かの光狩を倒した所で、一息つく。 手近な岩に二人腰を降ろし、邪魔な武器を護章に仕舞う。 「あ、お弁当作ってきたんだよー」 「お、いいねぇ」 いずみさんがバスケットの中から二つの弁当箱を取り出した。 「今日はおにぎりなんだー」 「へぇ…」 いつもの事ながら、調子のいい時のいずみさんの料理は凄い。 …俺も紅いおにぎりなんて初めて見た。 「隠し味にちょっとしたスパイスを混ぜたんだよ」 …どんなスパイスなのでしょうか。 こと辛味に関する知識について、いずみさんの含蓄は凄まじいの一言だ。 ただ。 「スパイスをちょっと混ぜた」のではなく、「ちょっとしたスパイス」を(隠せないほど)混ぜているのがミソかな。 取り敢えず口に入れる。 一口、二口。…おぉ、辛い。うん、見た目通りだ。 …全然隠し味になってないし。 家で作ってくれる料理は、やっと普通の味になってきたんだけどねぇ。 「へぇ…、今日のはいつにも増して激辛だね」 「あ…ちょっと辛すぎたかな?」 「ん、へーきへーき」 最初の時、気を失ってしまうほど辛かったいずみさんの料理。 最近はこの味付けにも慣れてきた。 …でも今火でも吹けたらきっと凄い火力になるんだろうなぁと、何となく思う。 ちょっと真剣にそういう術がないか聞いてみるかな…。 「ちょ、ちょっと待ってね。今お茶入れるから」 と、あたふた慌てるいずみさんからお茶を受け取る。 冷たいお茶が辛味で敏感になった口の中を流れていく。 …あぁ、いい。 これが熱いお茶だったら流石に泣いてたね。 同じようにお茶を飲んでいるいずみさんを見やる。 「…ふぅ、美味しい」 …可愛い。 ちょっとだけ疚しい気持ちが鎌首をもたげる。 …イカンイカン。鏡花に変な事を言われたからかな。 ―…あー、そうだ。ねぇ、バカップル一号二号ー。 ―誰がバカップルだ! ―そうですよぅ!どっちが一号でどっちが二号かハッキリして下さい! ―三輪坂…そうじゃねぇだろ…。 ―あら?反応するって事は少しは自覚があるんじゃないの? ―えー?でも鏡花ちゃん、今ここでカップルなのって二組しかないよ? ―いずみさん、それ火に油…。 ―え? ―ま、まあいいわ。じゃあカップル一号二号でいいわね。 ―だからどっちが一号なのかはっきりしてくださいって… ―…モモー。 ―済まねぇセンパイ。ほらほら三輪坂ー、話がこじれるから黙っとけー。 ―私としては力のモゴモゴ…! ―…んで?何だよ鏡花。 ―ちょっと聞きたい事があってね? ―…『また』後輩と何か賭けたな? ―うっ…! ―図星か…。 ―…亮。アンタ、今日から『重ね』辞めて『サトリ』を名乗りなさい。 ―…あのな。それで?今回の賭けの対象は何だよ? ―じゃあ聞くわよ?アンタ達さぁ、狭間の中で『シた』事ってある? ―ブッ! ―した?した…って何を? ―えっち。 ―え、ええぇっ!?ししししてないよそんな事! ―亮ぉー? ―…しててたまるか。 ―フーン…。どうやらホントみたいね。まぁ、いずみってうぶだしそーゆー事はしないと思ってたけど…。 ―ぎくり。 ―マナちゃーん?壮一ぃ?なーんで目を逸らしてい・る・の・か・なぁ? ―い、いや、何でもないぜ?な、なぁ三輪坂! ―そそそうですよっ!いつもと違って燃えたなんて事は全然…。 ―へぇー、燃えたんだぁ? ―…したのか…。 ―…(真っ赤) ―バ、バカ、三輪坂ッ! ―え…?あ、あぁっ! ―…センパイ。そんな温い目で見ないでくれ…。 ―いや、まぁ、人それぞれだしな…。 ―うぅぅぅぅ…オレのイメージがぁ…。 ―…(真っ赤) ―…いずみさん?あちゃー…いずみさんも再起不能だ。…ったく。んで鏡花、賭けの結果はどうだったんだ? ―ふ、ふーん!アタシの一人勝ちに決まってるじゃない♪ ―…鏡花、お前…虚しくないか。 ―言わないで…、ってかせめて疑問形にして…。 …あいつもつくづくオバサン化してきた気がするぜ。 …っと、思い出したら…。 イカンイカン。 「どうしたの亮君?」 「ん?何でもないぜ?…さて、そろそろ行こうか?」 「あ…うん」 勢い良く立ち上がり、背筋を伸ばす。 …取り敢えず見つからない内に鎮めないとな。 「…さて、後半戦。行こうか!」 「おう!」 …ん? いずみさん…、顔が赤い? …まさかね。 「ふぁ…」 「あ、欠伸」 「ん…。ちょっと寝不足でねー」 結構我慢してたんだけど。 後半戦に入ってから全然光狩を見かけない。これじゃ気も緩むよね…。 「駄目だよー?受験生だからって夜更かしばっかりしちゃ」 …。 判ってて言っているのでしょうかこの人は。 「そうだねぇ。…でも昨夜遅くなったのはいずみさんの所為だよね」 「え?……あっ!そ、それは…」 真っ赤になってる。言わないと絶対に気付かない人だからなぁ。 「まあ遅くまで頑張ったのは俺の責任でもあるかもね。何しろ―」 「だめだめーっ!それ以上はだめぇーっ!」 「…誰も聞いてないよ?」 「それでもだめーっ!」 「はいはい。…いずみさんは可愛いなぁ」 「う。…からかわれてるよ絶対」 真っ赤な顔で拗ねるいずみさん。だからそういう仕草が可愛いんだってば。 顔を寄せると、そっぽを向かれた。 …少々苛めすぎたかな。 「悪かったよー、いずみさーん」 「…」 早足で歩き出すいずみさん。 「機嫌直してよー」 「……」 「ねぇ、いずみさーん」 「…ふ」 ちらりとこちらを見て、小さく笑い声を漏らすいずみさん。 「ふふふ…あはははははは!」 「…何だよぉ、演技かよ」 「ちょっとからかわれたからねぇ。お返しだよー」 「ちぇ」 そう言って俺のすぐ横に戻ってくるいずみさん。 …まあこんな様子を散々見せつけられたら、一年の二人も嫌だろうなぁ…。 まあ正直バカップルだよな、と思わなくもないさ、うん。 「そう言えば…」 「なぁに?」 「…真言美ちゃん達は今頃どこで何してるんだろうなぁ」 ぽん。 そんな音がしたような気がした。 「いずみさん?」 いずみさんはさっきより更に真っ赤になっている。 茹で蛸みたいだ。 …あ、なるほど。 「ほーんと、どこで何してるんだろうね?」 「そ、そそそうだね?」 「二人っきりだしもしかしたら今頃…」 「どどどうだろうね?」 「…俺達もしよっか?」 「そ、そそそうだね、って、えぇっ!?」 慌ててこちらを向いたいずみさんの唇を奪う。 「んー!?ん、んんん…」 直ぐにキスに集中してくるいずみさん。 やっぱり気になってたんだなぁ、鏡花の話。 「ん」 顔を放すと、いずみさんの赤い目が揺れていた。 「あいつらも今頃こうやってキスしてる頃かな?」 「…亮君意地悪だよぉ」 俺の体にしがみつき、潤んだ目で見上げられる。…うぁ、これは。 「ん、でもさ…」 慌てて視線を逸らした先に、居た。 「あそこに…邪魔者が、ね?」 「…え?」 俺の視線を追う、いずみさん。 見つめる先には、光狩。 浮き首とか言ったっけ。 こっちには気付いていないみたいだけど。 「…亮君」 「ん?」 俺を掴む手にこれ以上ないほど力が篭る。…痛いよ。 「邪魔者は…許せないよね?」 「は、はひ?」 言葉にかなり殺気が込もってます。 ばっ、と俺から離れて、護章から大きな鎌を取り出す。 「…出歯亀は死刑だよね?」 …ちょっと怖い。 「はぁっ!」 「あ、あー!ちょっと待ってよいずみさん!」 慌てて俺も護章から自分の剣を取り出す。 「あー、もぉ!」 先に行ってしまったいずみさんを追う。 通路を抜けた広場のような場所。そこには、結構の数の光狩が居た。 「…そう。こんなに居たんだね」 「あちゃー…」 いずみさんの目が座ってる。 「亮君!」 「はい!!」 「…終わったら可愛がってね?」 真っ赤な顔で微笑むいずみさん。 思わず頷いてしまう。 と、いずみさんは光狩の方を向いた。 「…あなた達…」 うわ。光狩が引いてる。 振り向いただけでそんなに変わりますか。 「許さないからね!」 …怖いよ、いずみさん。 結局。 視界に映っていた光狩を片っ端から斬り倒して、取り敢えず周りに動く光狩は全く居なくなったんだけど。 光狩の駆逐に手間がかかりすぎて時間切れになっちゃったんだよね。 「んじゃ、解散」 部室で不機嫌に解散を告げるいずみさん。 触らぬ神になんとやら、ってやつかな。いずみさんから離れるようにみんなが部室を出て行く。 鏡花でさえ話しかけられない剣幕、ってのも珍しいな。 「ちょっと亮!さっさと機嫌直しときなさいよ!」 俺にそれだけ言うと、そそくさと帰ってしまった。 「さ、私達も帰ろうか?」 「おう」 …って。 一気に機嫌が直ったなぁ。 いずみさんが腕にしがみついてくる。 うーむ…。 「…ね、亮君」 「んー?」 「帰ったら今度こそ可愛がってね♪」 「…はい」 …逆らえない破壊力です。 あー、また明日一日寝不足なんだろうなぁ。 いや、それもまた楽しいんだけどね。 後書き ども、滑稽です。 今回はいずみさんエンドの後の話をやろうと。そんなノリで書きました。 …今回は「ありきたりー」と言われるのを覚悟します。 いや、こういうのも好きです。 前作の「惚気」とは少々ベクトルが違うと思うのですが、如何でしょう? では、モモ&真言美バージョンでお会いしましょう。 |
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