「なぁ、鏡花」 「なーにー?」 「今更だけどさぁ、式でも挙げるか」 「…ホンットーに今更よね…」 八年目の記念日に 準備期間編 滑稽 「…えーと、式場は…と」 「うぉ!鏡花!何だよそのパンフレットの山は!?」 休日の朝。 何処かへと出かけていた鏡花は、山のようなパンフレットを抱えて帰ってきた。 式場めぐりをしてきたのは疑いないようだが。 「式場のパンフよ。あるだけ全部持ってきたわ」 「…ホントお前ってイベント関係に気合い入れるよな」 「悪い!?やるからには誰にも負けない式を目指すのよ!!」 熱く語る彼女に、冷ややかな視線を向ける亮。 「でもさ、結婚式って誰かと比べるものじゃないんじゃないか?」 「そうね…」 神妙な顔で頷こうとしたその首が止まる。 「…とでも、アタシが言うと思ったかしら?」 と、亮のそれよりも遥かに冷ややかな視線を向けてくる鏡花。 「な、何だよ」 「ねぇ亮?アタシ達が籍入れてから今年で何年目かしらぁ?」 「…えーと、六年?」 鬼の首を取ったように、ニヤリと笑う鏡花。 「そうよね?つ、ま、り。アタシは六年も式を挙げていただくのを待っていた、って訳よね?」 「そ、そうだな?」 「だからね?今更式に求めるものなんて、それくらいしかないでしょうがっ!!」 「う…」 言葉を詰まらせる亮。鏡花は更に言い募る。 「大体ねぇ!それなら何で今になるまで挙式しなかったのよ!?」 「し、仕方ねぇじゃん…」 「何が!?」 「…やっと資金が溜まったんだからよ」 「ぐ…」 今度は鏡花が勢いを止める。 「…ま、まさかアンタの甲斐性の無さに言い負かされる日が来るとは思わなかったわ」 「…招待客はどうしようかしら」 「…基本はチロを見られても驚かれない事だろ」 「そうね。チロも家族だものね」 「しゃー♪」 「じゃあ天文部の皆は全員招待、と」 「皆と会うのも久しぶりだわー♪」 羽村鏡花。旧姓七荻。 大学進学後もモデル業を続けていたが、六年前にある事件を起こしてモデルを引退。 ほぼ同時期に亮と入籍し、大学卒業後は非常勤の大津名火者兼専業主婦となっている。 「それで、亮?…アンタのクラスの生徒はどーするのよ?」 「あ」 羽村亮。 大学在学中に鏡花と入籍し、学内最強バカップル伝説を打ちたてた。 現在は思い出深き桜水台学園にて体育教師として働いている。 時には体罰も辞さない熱血教師だが、生徒、保護者うちの受けは非常にいい。 「…チロー、やっぱりアクセサリに擬態して…」 「しゃー!」 かぷ。 「いてててて!判った、判ったよ!」 「しゃー♪」 「ただし!生徒達に怯えられると困るから、『かぷ』は禁止な」 「しゃ、しゃー…」 少々寂しそうなチロ。 「安心しなさいなチロ。ヨク相手なら存分にやっちゃっていいわ」 「しゃー?」 「鏡花?」 「目に浮かぶのよねー。ヨクのやつがしっつれーな暴言吐くのが…」 「…あー、俺も浮かんだ」 「…しゃー」 同意する他二名。 「ん。それじゃあいずみ達天文部の皆、亮のクラスの生徒達と同僚の皆さん、後はお互いの家族で…いいわね?」 「構わねえよ…あ」 「何?」 「親父達と連絡つかねえや」 「…あ」 「んで、式はどっちにする?」 「和式か洋式か?」 「…お前なぁ。神前か教会か、って言おうぜ、せめて」 「どっちも神様の前じゃない」 「あのな…。それで、鏡花はどっちでやりたいんだ?」 「…神前」 「…?意外だな。ドレスがいいとか言うと思ってたけど」 「ヨクが…さ」 「星川がどうした?」 「ほら、昔ヨクの奴が文化祭でドレス着た事あったじゃない?」 「あー…、そんな事もあったな」 当然、覚えている。その時に自分はナース姿をさせられたのだ。 「しかも結構似合ってやがったじゃない?」 「そう…だったか?」 生憎そういった趣味はないのでよく覚えていない。 「あの馬鹿と無意識にでも張り合っちゃう事になると思うとね…」 「何だ。お前の馬鹿が原因なんじゃないか」 「…そうなんだけどね」 「俺は鏡花はドレスの方がいいと思うけどな」 「…?どうしてよ」 「おしとやかじゃない人間が白無垢着込んで良妻気取ってもな…」 スパァン! 「痛ってぇ!」 「アンタねぇ!嘘でももう少し気の利いた事言っときなさいよね!」 そう言ってもう一度叩こうとする手を優しく握り、引き寄せる。 「あ…」 至近距離で鏡花の瞳を見詰め、囁くように告げる。 「お前はドレス姿が一番似合うよ」 真っ赤になる鏡花。 「もぅ…馬鹿」 羽村亮式女帝操縦法其之一。 『鏡花はベタベタに弱い』 結局、式は教会で執り行う事に決まった。 「ねぇ、日取りはどうするの?」 「ん?俺としては『あの日』にしたいんだけど」 「あ、いいわね。…って、何浮かない顔してるのよ?」 「いや、俺達はいいけど、真言美ちゃんにはいい思い出のある日じゃないだろ?」 「そっか…、そうよね…」 『あの日』とは、彼らが付き合い始めた記念日である。そしてそれは、同時に一人の少女が光狩に誘拐された日でもある。 ついでに言えば、彼らが六年前入籍したのもこの日だ。 「んじゃ、聞いてみましょ」 「お、おい」 亮の制止も聞かずに、電話を取る鏡花。 『はい、もしもし、百瀬ですー』 「へろー、マナちゃん」 『あ、もしかして鏡花さんですか?お久しぶりですー』 「おっ久しぶりー。今日は仕事お休みなのね?」 『はいー。新婚生活を満喫してますよー』 百瀬真言美。旧姓三輪坂。 高校卒業後、俳優の養成所へ。 養成所卒業の後は、つてを頼って舞台俳優として劇団に入団。 最近は舞台での仕事だけではなく、アニメの声優などにも挑戦中。 今春高校時代からの恋人である百瀬壮一と目出度くゴールインした新婚さんでもある。 「満喫ぅ?な・に・し・て・る・の・か・なぁ?」 『な、なにって…そのぉ…』 「子作り?」 スパァン! 「あいたっ!」 「オヤヂな質問してんじゃねぇっ!」 受話器を奪い取り、強制的に話を引き継ぐ。 「あーもしもし、真言美ちゃん?」 『あ、先輩ですかぁ!お久しぶりですー』 「うん、久しぶり」 冷たい気配が背に刺さる。 見ると、かなり痛かったのだろう、頭を押さえた鏡花が涙目でこちらを睨んでいた。 『それで今日は何の御用ですか?』 「うん、それそれ。実はね、今度俺達式を挙げる事になったんだけど…」 『えぇっ!?先輩達「まだ」結婚式やってなかったんでしたっけ!?』 「…う、うん。実はそうなんだ」 『そーですかぁ!「やっと」先輩達もそのアツアツ振りをお披露目するんですね!?』 意識はしていないのだろうが(していたら嫌過ぎる)、臓腑を抉られるような鋭さの毒舌だ。 流石は女帝の一番弟子。 ぎぅ! 「痛てててて!」 「不穏当な思考は身を滅ぼすわよ?」 背中をつねり上げられているのだ。かなり痛い。 しかも背後にはドスの利いた女帝の気配。矢の様な視線も思いきり突き刺さっている。 …というより、考える自由くらいは保障して欲しいのだが。 「却下」 流石女帝。理不尽だ。 『えーと…。それで先輩?日取りはいつにするんですか?』 「うん。10月21日」 『え…』 「真言美ちゃんにはいい思い出のない日だと思うんだけど…大丈夫かな?」 ふと見ると、鏡花も真剣な顔でこちらを見ている。やはり不安なのだろう。 『…はい。構いませんよ』 「そう?」 『はい!先輩達の結婚記念日、って事で悪い思い出を上塗りしちゃいますよぅ!』 「…ありがとう」 受話器を鏡花へ。 「ありがと、マナちゃん。悪い思い出なんてブッ飛ばすような式にするからね!」 『はい!楽しみにしてますねー!』 「うん。じゃねー」 『はいー』 鏡花が受話器を置く。 「…いい式にしようね、亮」 「勿論だ」 数日後の夜。 幸運な事に式場の予約も簡単に取れ、大体の打ち合わせも終わった。 帰ってきて存分に肌を重ねた二人。折り重なるようにベッドに突っ伏している。 「…ねぇ、亮」 「んー?」 かけられた声が意外なほど真剣だったので、亮もまた真剣な顔を向けた。 「この前アンタ言ってたけど…、やっとお金が溜まったから、って。あれ、嘘でしょ」 「あぁ…その事か」 基本的に鏡花に隠し事は出来ないし、するつもりもまたない。 ただ問い詰められたりしない限りは答えるのは止そう、と勝手に決めていただけだ。 「…ねぇ、教えてよ」 「ん。…鏡花は、さ」 そっと、その柔らかい体を抱き締める。鏡花もまた、亮に誤魔化すつもりがないのが判ったらしく、素直に体を預けてくる。 「義姉さんより先に幸せにはならない、って決めてたろ」 「…知ってたんだ」 「まあな」 多くは語らないが、並の付き合いや繋がりではない。それだけでも多くが伝わる。 「…式はあの日って決めてた」 「…うん」 「義姉さんが先に幸せを掴んでくれるのを待ってた」 「…うん」 鏡花の姉、美里は、入院していた頃に知り合った若い医師と、去年の年末に晴れて結婚した。 それはかつて彼女が愛し、そして彼女を愛し続けた一人の男が、世界すら敵に回しても願った事。 そんな彼とどこか似ている男を選んだ姉。 亮も鏡花も不安はあるが、それでも彼女は幸せになれるだろうと確信できた。 「やっと鏡花も肩の荷が下りたんじゃないかと思ってな」 美里も鏡花の両親も、今や記憶にもない『あの人』。 覚えている人間だけで背負うと決めた想い。 それが、やっと昇華したのだ。 「亮…」 自分の胸に顔を埋め、肩を震わせる鏡花を見詰めながら。 少し言うのが遅れたけどな、と前置きして、 「幸せになろう、二人で。…な、鏡花」 亮は優しく微笑んだ。 続く 後書き(?) どうも、滑稽です。 えー、会話文が非常に多いです。見苦しいと思われた方は申し訳ありません。 が、どうやら結婚式は新婦のお披露目をする為の夫婦初の共同作業のようですので(偏見)、こういった形になりました。 ちなみに滑稽は独身で、結婚の打ち合わせ風景に関しては、4年程前に結婚した滑稽の姉が実家にてぼやいていた内容を元に作成しています。 「こんな所が違う」とか、「自分の時はあーだった」などと既婚の方は仰られるかもしれませんが、暖かい目で見てやって下さいませ。 それでは、次の作品でお会いしましょう。 |
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