「新郎、亮。貴方はこの女を妻とし、いついかなる時も愛し、慈しみ、共に生きる事を誓うか?」 「ええ。誓ってます、一応」 「ちょっと!一応って何よ!?」 「し、新婦、鏡花。貴方はこの男を夫とし、いついかなる時も愛し、慈しみ、共に生きる事を誓うか?」 「誓ってるわ!!」 「んな喧嘩腰になるなよ…」 「えぇ…では指輪の交換を」 「…なんつーか照れるな」 「じゃ、止める?」 「やなこった」 八年目の記念日に 披露宴編 滑稽 「あー…長いなぁ」 「…流石にこれだけ続くと圧巻よね…」 来賓からの挨拶。 亮の学校の校長、たった一人の演説が、既に20分を超過している。 ここにいる全員の思いはすでに一つ。 曰く。 ―まだ終わらないのかジジイ!? これで一人目なのかと思うと、本気で滅入る。 「それでは甚だ簡単ではございますが、これにて挨拶を終わりにさせて頂きたく…」 ―黙れ。 「え、えー、次の方のご挨拶、という事になりましたが、ここで新婦からスピーチがあるそうです」 二人目、亮の学年の学年主任までもが同じく長い挨拶だった事にキレた鏡花が、司会からマイクを奪うように受け取る。 「どうもー♪」 モデル時代の営業スマイル。 生徒の一部が顔を赤くしているのは、まあ仕方ないだろう。 「…えーとね、本当ならこの後も色々とプログラムがあったんだけど」 亮は既に説得を諦めている。と言うより、彼も同じ意見なのだ。 「正直春の過ぎたジーさん達の挨拶をだらだらと聞かされてたっていい思い出なんて出来ないでしょう皆!?」 オォォォォォォォォッ!! 歓声。 主に生徒。…いや、亮の同僚も皆大声で同意している。 小さくなっているのは校長たち。確かにこれは哀れだ。ピンポイントで悪者にされてしまったのだから。 だが、亮を含め誰一人同情はしない。 ―ならばもっと短くまとめろ! …だからだ。 「つーわけで、ここからのプログラムは全部白紙っ!!」 オォォォォォォォォッ!! 「無礼講でいきましょぉぉっ!」 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!! 「相変わらず扇動するのは上手いよなぁ…」 亮のぼやき。 世が世なら革命ぐらい起こしていたのではないだろうか。 …いや、間違いなくした筈だ。 喧騒の中。 亮と鏡花に最初に寄ってきたのは、百瀬夫妻。 「よぉ、センパイに姉ちゃん。おめでとさん」 「ありがとな、モモ」 「ありがと、壮一」 にこやかに微笑む鏡花に、顔を赤らめる壮一。 ぎぅぅ…。 「いぎっ!?」 「…そぉーいちさん?」 晴れやかな笑顔の真言美。だが、新郎新婦からは見えていない左手が何をしているかは…気にしたくない。 「で、どうだい真言美ちゃん。楽しんでくれてる?」 「あはは…、先輩達らしくて楽しいですよー」 「そう?それじゃ最後まで存分に楽しんでいってね?」 「はい!じゃ、行きましょ、壮一さん♪」 「お、おう。じゃ、じゃあセンパイ、姉ちゃん。お幸せにな」 「ああ。…頑張れよ、モモ」 「そうね。…頑張りなさい、壮一」 「心遣い痛みいるぜ…」 引きずられるように連れて行かれる壮一。 (ああはなりたくないな…) 「大丈夫よ。…既になってるわ」 「…そうだな」 自分の未来に一抹の不安を覚えた亮である。 次に現れたのは星川夫妻。 「やあ、亮、鏡花」 「久しぶりだな星川。そちらが…?」 「うん。妻の瑞希さ」 「あの…その節はどうも…」 「あら、いいのよ。…今は幸せなんでしょう?」 「…はい」 「大丈夫?ヨクの馬鹿は迷惑かけてない?」 「あ…大丈夫です」 「そう?何か妙な事したら―」 そのまま雑談に入る二人。 それを微笑ましく見ていた二人だが、ふと翼が亮に声をかけた。 「亮」 「ん?どうした星川」 「…よく鏡花と式を挙げる気になったね」 「は?」 「もしかして亮って…」 と、哀れむような目を向ける翼。 「な、何だよ…?」 「虐められて喜ぶタイ…」 「チロ、Go!」 「しゃー!」 「…へ?」 鏡花の声と共に、物陰から現れた白い影が翼の服の中に飛び込む。 「…げっ!?」 かぷ。 「いてっ!いてて!うぁっ!チロ止めろ噛むなっ!」 噛まれた腕を振り回す翼。 かぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷ…。 「いてててててててて!!」 「つ、翼!?」 どうやら服の中ではチロが縦横無尽に暴れまわっているらしい。 かぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷ…。 「馬鹿!チロ!止めろ!そこはっ!!」 端からみると不思議なダンスだ。 一部の客は何事かと彼を凝視している。 がぶ。 「っあ…!」 不穏当な制止も虚しく、ひどく嫌過ぎる音が響き。 翼の動きが止まった。 「…ぅぅぅぅぅぅぅ…」 がっくりと膝をつき、うめく。 しゅるり、とチロが服の首元から出てくる。 「…チロ、お前そんなに鬱憤溜まってたのか?」 「しゃー♪」 冷や汗を流しながら聞く亮に、ひどく満足したような顔のチロ。 単に「思う存分やっていい」という鏡花の言葉を存分に守っているだけだったらしいのだが。 「う、うぅぅぅぅ…」 悲しげな顔で泣く翼。 「ウチの旦那を妙な趣味の人にしないでくれる?」 ニヤリと微笑む鏡花。 「うわぁ…」 「つ、翼…?」 何処を噛まれたのかは判らないが、ひどく精神的なダメージを受けている模様だ。 「…だ、大丈夫か星川?」 「有難う亮…君は優しいね」 「い、いや…いっそ哀れだからな」 「き…君の幸せ『のみ』を祈るよ…」 そう言ってフラフラと立ち上がると、翼は幽鬼のような歩調で自分の席へ戻って行く。 「翼…大丈夫? 「大丈夫ではないよ瑞希…」 最後に乾いた目でこちらを見ると、ぽそりと一言。 「…へび女帝…」 「チロー、追加欲しいってさー」 「しゃー♪」 「ひ…!ひぃぃぃぃぃっ!!」 「翼っ!」 刹那、翼はスプリンターも真っ青のスピードで会場を走り抜けて行った。 「あら、まだまだ元気一杯じゃない♪」 「…鏡花、お前、酷いぞ」 「あら、大丈夫よ。旦那様にそんな事する訳ないじゃない♪」 自分がそれをやられたら、と思い浮かべると、他人事では済ませない亮だった。 星川夫妻が会場に戻ってきたのは、それから30分後。 …何故か香水の匂いが来た時より強かったそうだ。 「羽村、七荻…おっと、今は羽村夫人か。おめでとう」 「いいわよ七荻で」 生徒や亮の同僚らの合間を縫ってやってきたのは、アメリカでブレイクしたプロレスラー『マスク・ド・ファイア』こと、新開健人である。 何度か絵葉書は来ていたのだが、顔を合わせたのは彼が日本を去ってからは初だ。 今は日本の団体に入って活躍しているそうだ。 「久しぶりだね、新開さん」 「おう。式には呼んで欲しかったが…、まさかこれほど遅くなるとは思わなかったぞ」 「…まあ入籍してからは結構経ってるんだけどね」 「そのようだな?」 「と、ところで新開さん。そちらが奥さんかい?」 「ん?ああ。紹介するのは初めてだったな」 二年前、亮の下に送られてきた絵葉書。そこには、 『結婚した!』 とだけ書かれていた。 で、亮達も気を効かせて二人分の席を用意してあったのだが。 「初めまして。新開の家内です」 「へぇ、新さん。中々の美人を掴んだじゃない。大事にしなさいよ?」 黒髪の、とても大人しそうな外見の美女である。並んで立つと中々お似合いの二人だ。 「び、美人ですか…」 「む、無論だとも」 祝いに来たはずの二人の方が照れている。 「そ、それでだな羽村。子供はいつ作るんだ?」 「「え!?」」 話題を転換しようとしたのだろうが、いきなり核心である。 「えーと、その、な?」 「うん、そうよ、あーと、ね?」 面白いようにうろたえる二人。 「ん?どうした?」 「ちょっと健人くん!そんな質問したらお二人に失礼でしょう!?」 と、夫の耳をつねる新開夫人である。 「いてててててて!」 「ごめんなさいね、ウチの『馬鹿』気配りがなってなくて」 「「い、いえ…」」 「ほら!謝って!」 凄まじい剣幕である。 「ぬ、す、済まん二人とも…。少々いい気になりすぎたようだな」 「あ、気にしてませんから」 「そうですか?どうもすいません」 「だ、大丈夫ですよ」 いつの間にか鏡花も敬語になっている。 「ほら、健人くん!他の方もご挨拶したいみたいだし、私達は戻りましょう!」 「お、おう。また後でな、羽村」 「失礼します」 と、席へと戻っていく二人。 「…あれは、新開さんが奥さんの圧力に負けたんだろうな」 「…ええ」 その点は、同意見の二人だった。 『あの年』共に戦った仲間の中ででトリを飾るのは、いずみ、マコト、キララの同世代独身コンビ+1。 「おめでとう…っていうのも今更おかしいかな、二人とも」 「いや、ありがとう。嬉しいぜいずみさん」 「ありがとね、いずみ」 「うん。おめでとう」 柔らかな微笑みと共に祝福するいずみ。 「おめでとう羽村、鏡花」 「おめでとなー、二人とも」 「ありがと」 「ああ、ありがとう祁答院、キララ」 酒でも入っているのか、ほんのりと顔の赤いマコトと、無邪気な笑顔を見せるキララ。 キララも今は大学生だ。姉マコトと遜色ないスタイルと美貌に、寄ってくる男は多いとかなんとか。 「しかし…さっきの無礼講発言はどうかと思うぞ」 「ま、ええやん。だらだら長くされても困るだけやで?」 「だが、人生の先達の言葉は貴重なものだぞ?」 「あんな内容のスカスカな演説で何を得ろ、って言うのよ」 「む…確かにそうだな」 「でしょ?」 「せやせや」 マコト、キララと会話に花を咲かせる鏡花。 「ねえ亮君。今の天文部はどうかな?」 「中々に粒ぞろいだよ。うまく鍛えれば里の連中にも負けないんじゃないかな」 「亮君がしごけば誰だってそうなるよ」 「…そんなにスパルタじゃないつもりなんだけどな」 亮といずみは、自分達の思い出深い天文部の今についてだ。 「んー。亮君って面倒見のいいお兄さん、って感じだったものねぇ」 「むしろスパルタなのは鏡花さ。かなり生徒達に怯えられてるもの」 「あぁ、それは判るね」 「…ちょっと亮?」 と、マコト達と話していた筈の鏡花の手が、亮の首根っこを掴んだ。 「こんな愛くるしい鏡花サマのど・こ・が!スパルタで!ど・こ・が!怯えられているっていうのかしらぁ?」 「…こういうところだと思うが」 平然と返す亮。 「な・ん・で・す・ってぇっ!!?」 「だからな鏡花…」 何故か脱力している亮は視線を来客の席の方へ向けている。 「何よっ!?…って…」 追って見た先には、こちらを見てひそひそと言葉を交わしあう者達。 主に、天文部や天文部OBだが。 ―うわぁ、やっぱり女帝、って噂は本当だったのね。 ―じゃ、じゃあ羽村先生があの人に手込めにされて篭絡された、って言うのも? ―え!?先生あんなに強いのに? ―先生だって男だぜ?あんな美人に誘われたら罠だって特攻するだろうよ。 とか、 ―凄ぇ…羽村先輩の首締め上げてるよ。 ―じゃあ最強は「女帝・羽村鏡花」なのか!? ―馬鹿、先輩が奥さんに手を上げるような人だと思うか? ―お前聞いて来いよ、「どっちが強いんですか?」って。 ―馬鹿!俺はまだ命が惜しいよ! とか。 挙句、 ―鏡花はヘビ女って異名を当時から持っていてね。 ―へ、ヘビ女ですか? ―うん。自分のシモベの蛇を操って皆を意のままに操っていたんだよ。 ―こ、怖いですね。 こんな話をしている昔の仲間まで。 「…りょ、亮!!アンタ判ってて反撃しなかったでしょう!?」 「さぁて…何の事かなぁ…?」 単にこんな場で口論するのが面白くないだけだったのだが。 「…亮、後で覚えてなさいよ」 渋々と、放される手。 「はぁ…、これでまた嫌な伝説が一つ増えるのね…」 「いいじゃねぇか、既に女帝って伝説があるんだから」 「良くない」 宴の終盤。 取り敢えず締めが必要だと言う事で、亮の挨拶がそれに当てられる事になった。 「本日は皆さんご出席下さって有難うございます」 一礼。鏡花も脇でそれに続く。 「まあ一風変わった式になりましたが、皆さんには楽しんで頂けたのではないかと思います」 拍手が起こる。 「と、同時に、進行役を勤めて下さった司会さん。思い切り違った方向に向けてしまって申し訳ありませんでした」 今度は笑い。 「幸せな中にハプニングがある、ってのが人生だと思います。鏡花と二人で生きていくこれからも、多分こんな愉快な事になるのではないかな、と今から楽しみです」 と、鏡花の方に目をやると、彼女も赤い顔で見返してくれていた。 「護る、なんて景気のいい事は言えません。何しろ彼女は女帝ですから…いてて!」 尻をつねり上げられる。 爆笑。 「ま、まあ。これからもこんな風に足を引っ張りあったり、助け合ったりの繰り返しだと思います。でも二人ならどんな事でも楽しく思えると確信しています」 姿勢を正し、強い、決意の視線を会場全体に向け。 「月並みではありますが、これで挨拶とさせて頂きます。本日は本当に有難うございました!」 最後に深々と、礼。 オォォォォォォォォォォォォォッ!! 歓声が、会場を三度揺るがした。 「…本当に月並みー」 「…うるせ」 挨拶終わって早々そう言い合う夫婦の顔は、だがそれでも零れるような笑顔だった。 続く…? 後書き(?) どうも、滑稽です。 披露宴編です。 今回、ちょっと微妙かな…、と。 どこがどう微妙なのか、自分でも測りかねているのですが、何故か微妙です…。 お気づきの方は、ご一報下さい。 即、直しますから。 あ、それと、これはもう一篇続く予定です。 それでは、「宴の後」にてお会い致しましょう。 |
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