「あー、終わったぁ」 「何気抜けした声出してんのよ。オッサンくさいわねぇ」 「うっせ」 今更の挙式なので新婚旅行ともいかず、皆と一緒に家に帰ってきた二人。 旅行は年末年始に回して、明日は普段どおり学校だ。 既に二人とも普段通りだ。雰囲気に酔うほどでもない。 八年目の記念日に 宴の後 滑稽 「つっかれたわねー」 亮の体に寄りかかり、ちびちびと酒を飲む鏡花。 くだを巻くその様子は、昼間多くの客を魅了した花嫁には到底見えない。 「…お前も似たようなもんじゃないか」 だが鏡花は亮の言葉をすっぱりと無視し、 「…あんなの二度とやりたくないわ」 「おいおい…」 「見栄を張るのなんて一度で充分よ」 「あのな…」 「ちゃんと捕まえておきなさいよね!」 「…あぁ、勿論だ」 酔うほどではないが、空気は甘い。 亮がそっと後ろから抱くと、 「あ、こら…」 言いながらも、その手を払おうとはしない。 はにかんで亮の方を見上げる表情は― 「鏡花…」 「あん…」 亮の理性を簡単に吹き飛ばした。 が、付き合いが長いのはありがたい事で。亮は鏡花を強く抱き締めるだけに留まった。 付き合いが短かったら有無を言わさず押し倒していただろうし、同時にチロと鏡花の逆襲を受けていたに違いない。 情欲に任せて突っ走ればいいものでもないのだ。 「亮…」 潤んだ瞳と柔らかい声。 ゆるゆると腰に回した両手を上下に。 「…っあ」 鏡花が期待に熱い吐息を漏らし、亮が鏡花の首筋に顔を寄せる。 ピンポーン。 「「!!!」」 と。 突然インターホンが鳴った。 慌てて離れる二人。 いや、疚しい事をしていた訳ではない。夫婦なのだから。…が。 高まっていた二人の雰囲気を寸断するのにはとてつもなく見事で。 「…はぁ」 溜め息をつく亮。 「…何なのよ、もう」 ぶつぶつ呟いてドアに向かう鏡花の顔は、明らかに不機嫌だ。 「はいはいはい…。何よ、アンタ」 「え?えっと…そ、速達です!」 ライオンでも射殺せそうな鏡花の眼光に、手紙を持ってきただけの青年は思いっきり怯えている。 「そう」 憮然とした表情でそれを受け取り、追い出すように戸を閉める。 「何なのよこんな時間に…ったく」 「速達だって?…誰からさ」 「さぁね。送り主なんて書いてないわよ」 「…?」 受け取ったのは、一通の封筒。 「とにかく見てみようぜ」 ハサミで封を開け、中身を取り出す。 「…一枚だけ、か」 「何かしらね…」 出てきたのは、律儀に畳まれた簡素な紙が一枚のみ。 開き、文章に目を落とす。 『二人とも、おめでとう。 幸せになってくれ。 宗司』 簡潔な文。だが、そこに込められた想いは確かに二人に伝わった。 「…亮ぉ」 「良かったな、鏡花」 見守っていたのだ。 最愛の人の為に全てを敵に回し。 倒れてなおその人の幸せのみを願い続け。 そして、今も―。 「亮!!」 すがり付いてくる鏡花。 肩が震えている。 その背を優しく撫でながら、 (ありがとう…ソウジさん) 祈らずとも届く所に居るのなら、きっと伝わっていると信じ。 「…幸せになろうね、亮」 「…あぁ」 鏡花が見せるありったけの笑顔。 それを見て、思い出す。 …凍った夜。全てに決着をつけたあの日以来、ずっと持っていた疑問。 誰よりも、自分よりも。 俺は鏡花を愛せるのだろうか、と。 義姉さんを愛したあの人のように。 あの時は答えを出せなかった。けど。 誰よりも、自分よりも。 鏡花を愛し、慈しむ事が出来ると。 お仕着せの神父の前なんかじゃなく、最愛の彼女と二人きりのここで。 誓う。 ―八年目の記念日に。 終 後書き どうも、滑稽です。 「八年目の記念日に」シリーズ、一応の完結です。 内容はとても短いのですが、実は前二作はこれの為だけに存在すると言っても過言ではない、というくらい気合を入れていたのです。 そもそもこれは「夜が来る!」本編鏡花END、「涙は誰がため」の後日談として考えた話です。 個人的には、これを読まれた後にもう一度「涙は誰がため」を見直して頂けたら嬉しいです。 それでは、次の作品でお会いしましょう。 |
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